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ダークヒーローが僕らを守ってくれている!  作者: 重源上人
VS.アイドル魔法少女キューティクルズ編
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第二十九話 魔法を使うより、殴った方が早い! シンプルな前哨戦のカルテッド!(ポロリもあるよ) 

 ダークネスイエローは暴れていた。黒鉄の巨獣がその質量感に似合わず俊敏に駆け巡り、ショッピングモール内の商品から商品価値を根こそぎ奪い取っている。

 現在の一階の噴水広場。生活雑貨コーナーと食料品コーナーを内包した、体育館よりも天井の高い広大な空間だ。だがそんな広場でも、ダークネスイエローの巨躯からすれば手狭に感じられた。


 ダークネスイエローはレジを蹴飛ばしながら前進し、さらに食品コーナーの棚を押し倒してスナック菓子を勢いよく飛散させていく。その突進は清涼飲料水コーナーの保冷棚に前足を突っ込んでようやく停止し、機械片と炭酸飲料が盛大に撒き散らかした。


 そんなダークネスイエローを追って食料品コーナーに光輝く女性たちが集まる。


 キューティクルズだ。

 キューティクルズは食品棚の上を足場に飛び移って駆け寄っていくと、赤いショートソードで斬りかかった。さらには空中をプラズマ浮遊しながら電磁銃を放って牽制し。両手のサブマシンガンを乱射して弾幕で視界を奪い。中には食品棚の影に隠れて、帯刀した日本刀での必殺の機会をうかがっている者もいる。


 だがいかなる攻撃でも、ダークネスイエローには傷一つ付かない。その刺々しく重厚な獣鎧は斬撃や銃弾をはじき返し、関節部を狙ったショートソードの刺突ですら刺さった瞬間抜けなくなっていた。


「うっ!? 抜けない!?」

「関節を狙うのはいい判断だが、甘いぞレッドローズ!」


 ダークネスイエローはその場で勢いよく回転。遠心力を付けてローズを壁に叩きつけた。


「あぐぅっ!」

「これが実力差だ! 斬撃も、銃撃も、電撃も私には通じない! 絶望して、死ねェェェ!」


 ダークネスイエローは近くにいたトリガーハッピーに飛びかかり、前足を振り下ろす。


 トリガーハッピーは大きく背後に跳躍し距離を取ると、手早くサブマシンガンのドラムマガジンを取り外し銃弾を再装填した。


「やかましいぞ子猫野郎! 攻撃が効かないからって絶望するわけねえだろ! 千発撃って効かないなら、一億発撃ってハチの巣にしてやらぁっ!」

「ええそうね! 一億くらい殴れば、多分装甲も凹むでしょうね!」

「がるるぁぁぁ! 一億回噛みつく!」

「ハラショォォォ! 一億回、ぶん殴る!」


 タイガー、ヒグマの両名がダークネスイエローの背中に飛び乗り、背中の装甲に噛みついた。


「お前らバカか! 物理的な方法は利かねえんだよ! いや、そもそもシリーズ的に魔法はどうした!? おまえら魔法少女だろ!?」

「魔法なんてない! 拳で殴る!」


 オーロライエローが俊敏なステップからの右ストレートをダークネスイエローの前足に叩きこむ。


 だがダークネスイエローはよろめくことすらなく、当然鎧に傷一つ付かない。


「脳筋か!? 正攻法は効かねえって言っただろうが!」


 ダークネスイエローは前足でオーロライエローを踏みつぶそうとするが、ボクサー特有の機敏な動きでこれは回避された。


「だって私ボクサーだもん! 殴ること以外出来ないもん!」

「開き直ってるんじゃねえよ! 力を合わせて大魔法放つとか、時間をかけて魔法陣を描くとか、そういう発想はてめえらにねえのか!?」

「そんなん出来るわけないじゃん! ちょっと常識的に考えてよ!」

「ふざけんなァ!」


 ダークネスイエローが突進を放つ。たった一度の踏み込みで時速八十キロに達し、背中のタイガーとヒグマは引きはがされる。乾物コーナーと調味料コーナーの棚を吹き飛ばして着地し、床の被膜とコンクリートに長い爪痕を残してブレーキをかける。


「何度でも言うが、私に物理的な戦術は通用しない! 私は深淵の王! 影と闇の王だ! 地面に映る影を拳で殴ったところで無駄なんだと知れ!」

「くっ! そういうことなら、もっと力を込めて殴るしかない!」

「がるるぁぁぁ!」

「ハラショォォォ!」

「ヒャァァァッハァァァァ! テンションあがってきたぁぁぁ! 弾はまだまだあるぜぇぇぇ!」

「てめぇら人の話を聞けやァァァァ!」


 ダークネスイエローは怒り狂うように前足を掲げて爪を振り下ろした。


 だが結果は変わらない。キューティクルズの攻撃は装甲に弾かれ、ダークネスイエローの攻撃は回避される。

 

「クソッ! 大魔法対策とか考えてきた私がバカ見てぇじゃねえか!」


 ダークネスイエローが吐き捨てるように言う。


 するとダークネスイエローは油断から、真上から降下してくるアザラシの存在に気付くことが出来なかった。


「うふふ。魔法少女の本質は、拳で殴ることにあるの、よっ!」

「がっ!?」


 アザラシのアームハンマーがダークネスイエローの眉間を穿った。超筋力による衝撃は装甲を凹ませることまでは出来なかったが、無敵とも思えるほどの巨体をよろめかせることは出来た。


「効いたぞ!」

「もっとだ! もっと拳に力を込めろ!」

「効いてねえし、勘違いするな! よろめいただけだ!」


 ダークネスイエローは取り繕ったかのように言う。


 キューティクルズはごり押し合戦に持ち込もうとしていた。そこに勝機を見出したわけではない。単純にヒーロー戦隊と比べて応用性に優れた技が少ないことが原因だ。


 キューティクルズシリーズの戦闘は基本的に、魔力を高めて物理で殴るストロングスタイル。拳で殴って弱らせて、必殺技でさらに殴る。それで倒せなかったらもっと強い力で殴る。それでもだめなら集団で囲んで必殺技で殴る。倒したら念のためもう少し殴ってもいい。


 これは一般的に“単細胞”と呼ばれる、優れた戦闘スタイルだ。

 なんやかんやで結局のところ、暴力は強い。際限なく力を高めていけばいつかは勝てる理論だ。


 もちろんそんな戦闘の仕方には限界があるのだが、キューティクルズの敵はもともと怪人と比べて脆弱であったため、これまでの戦闘ならばこれで問題なかった。それゆえに実力の高いキューティクルズほど戦闘スタイルは単純化していた。


 ダークネスイエローは困り果てた。これではあっさり勝てて(・・・)しまう。

 装甲による防御など、ダークネスイエローにとって見ればまだ第一の布陣に過ぎない。まだまだ策は用意してある。だが、キューティクルズが単細胞(バカ)の集まりだったのなら、いつかダークネスイエローの爪と牙が当たるたびに数を減らしていき、最後はあっさり決着が付いてしまうことだろう。


「ただ殴るだけのサルどもめ!」


 ダークネスイエローは跳躍して場所を移動すると、一つの商品棚を体重で押しつぶした。


 潰れたのは食用油の陳列棚だ。ステンレスの棚が砕け散り、床に食用油のボトルが散らばり落ちた。

 そしてダークネスイエローはその転がった食用油を、巨大な前足でまとめて薙ぎ払うように弾き飛ばす。


「ぶぁっ!?」

「うぇ!? べたべた!」


 散弾のように弾き飛ばされた食用油を浴びてしまったのは、クッキング・キューティクルズのコックとパティシエだ。


「死ねェ!」

「あっ!」

「きゃっ!?」


 ダークネスイエローが鋼の爪で地面を引っ掻き、最大速度の突進を放つ。


 いつものように跳躍して回避しようとしたところ、コックとパティシエは油で足を滑らせてしまった。


「させないわっ!」


 ダークネスイエローの前にアザラシが立ちはだかる。着地と同時に片足を地面にめり込ませ、まさかの頭突きでダークネスイエローの突進を受け止めた。


 黒鋼の刺々しい頭部装甲がアザラシの頭と衝突。派手な衝突音響かせ、アザラシの片足がさらに深く地面を削ってめり込んだ。

 だがアザラシが弾き飛ばされることはない。それどころか押し返せそうな勢いで黒鋼の装甲に額を押し付ける。


「アザラシっ!」

「大丈夫よ~。お姐さん、強いから!」


 アザラシはさらに片足もより深く地面にめり込ませ、ダークネスイエローの顔面を両手で挟み、拘束した。


「アザラシィ! たった一人でキューティクルズを守るつもりかっ!?」

「あらあら~、さすがに一人で戦っているつもりはないわよ?」

「キューティクルズ最強の筋力とはいえ、貴様ごときの力では私の装甲は貫通できない! 無駄なんだよ!」

「知ってるわ。私は私のできる事をしているだけ。……うふふ、舐めてかかると痛い目見るわよ?」

「なに?」


 アザラシはダークネスイエローの顔の装甲をがっつりと掴み、絶対に離さないという鋼の意志を見せた。


 するとダークネスイエローの頭上に、火の付いた酒瓶が弧を描いて落下していく。


「なっ!?」


 ダークネスイエローはアザラシに掴まれて回避することができない。ダークネスイエローの首筋辺りに火炎瓶が着弾すると、度数の高いアルコールが赤い炎を燃え上がらせた。


「ぐぉぉぉ!?」


 ダークネスイエローは驚愕する。


「あまり我々をバカ呼ばわりしないでいただこう!」


 少し離れた場所で叫んだのは、火炎瓶を投げた投手、イソロク・キューティクルだ。


「ぐぅぅっ! このっ!」

「お姐さん、さそり座の生まれなの。掴んだら離さないから、覚悟してね?」


 アザラシはダークネスイエローをがっちりと挟んで離そうとしない。

 すると火炎瓶の効果が徐々に表れてきた。炎に溶かされるように、ダークネスイエローの装甲が霧状に削れていき始めたのだ。


「鎧が溶けてる!」

「あいつ、炎が弱点か!?」


 アカネとアオバが言った。


「違う! やつは炎の光に削られているんだ! 深淵にも時代によって特性がある事を知っているか! 私のサムライ・キューティクルズの時代は魂がテーマの深淵だった! ファッショナブルなら視線と劣等感! メタリックは人間性! ギャングスターは規則と戒律! そしてこの時代は、強いスポットライトの裏に生まれた心の陰影! つまり歴代の中でも特に光が弱点だ! スーパースター・キューティクルズ! 君たちの力が頼りになる! 私たちが火炎瓶でフォローするから、大技の準備をしていてくれ! 火炎瓶の数は気にしなくてもいい、もうライン生産の体制を整えたからな!」


 イソロクが指差すと、そこではその他四人のサムライ・キューティクルズの面々が、正座して火炎瓶を量産していた。


「うえーん! なんで私たちはこんな地味な仕事やってるのー!? 私も目立ちたいよー!」

「泣き言言わない、泣き言言わない! 私たち元からこんなんじゃん!」

「そうだよリキュウ! 諦めて! クッソ地味なのにいい仕事するのが私たちのいつもの立ち位置でしょ!」

「うふふ……。元が日本人の魂ですからねぇ……。はい、次の酒ビン持って来ましたよ……」


 アルコール度数四十度以上の酒をゲンパクが運び、手渡されたタダタカが蓋を空け、ゲンナイがポケットティッシュの束を詰め込み、リキュウがラベルをはがす。


「あれ? 私のラベルをはがす仕事って必要?」

「それは、ほら。観客のみんなが動画撮ってるでしょ? 後でテレビ局がそのムービーを借用する際、モザイクかけないで済むじゃん?」

「ええ!? マスコミさんにも気ィ使ってるの!?」

「おい、おまえら! 喋らずに手を動かせ! 手を抜いて勝てるほど、あの深淵王は弱くないぞ!」


 イソロクの叱咤激励が飛ぶ。

 しかしそんなイソロクに対し、リキュウが不満げに言い返した。


「こんな活躍の仕方嬉しくないよー! おのれイソロク、あとで呪ってやる~っ!」

「呪わば呪え! だが一つだけ忘れるな、私たちは戦術を選べるほど強くはないんだ! 誰かの為の戦いに、見栄えを気にする感情は不要だ!」

「わかってるよー! うう~、それなら本気見せてやる! カニ工船のバイトで鍛えた歯車力を見せてやる!」

「バイトに遠洋漁業!? 夏休み見掛けないと思ったら、バカかおのれは!?」


 イソロクが驚きの声を上げる。

 だがリキュウはその宣言に恥じることなく、見事なまでの速さで火炎瓶のラベルをはがし始めた。右から左へと受け流し、見る見るうちに作業を終了させていく。割とどうでもいい工程であるのだが、どんな仕事でもいちいち高いクォリティを達成する日本人の悲しい(さが)である。


「……い、いや、やればできるな、リキュウ! さて、あとはこれをみんなで……」

「その火炎瓶! 俺たちに任せてくれないか!」

「きみは、ジャスティスレッド!?」


 赤井がイソロクに話しかけてくる。

 赤井はジャスティスレンジャーとしての衣装ではない。能力が封印された今は、赤いジャケットがトレードマークの普通の青年の姿だ。とても戦える力があるようには見えなかった。


「ダメだ! 変身していない状態では深淵王の攻撃が致命傷になる! 死にたくなければ下がっていろ!」


 イソロクは軍刀の切っ先を赤井に向け、脅迫的に牽制した。

 だが赤井は、そんな軍刀をまるで棒きれのように物怖じせず、表情に強い意志を見せて相対した。


「変身していないだけで、俺たちはまだヒーロー戦隊だ! 逃げるつもりはない!」

「死にたがりに用はない! 帰れ!」 

「帰るものか! 頼む、イソロク! 俺たちを信じてくれ! だいたい、そんな内職じみた仕事をしなければいけないなんて、まるで手が足りていない証拠じゃないか! キューティクルズだけであのダークネスイエローに勝てるわけがない!」


 その赤井の言葉にイソロクは苦々しい表情を見せた。


「そんなこと百も承知だ! だが、そんな勝てない戦を勝てるように導くのが私の仕事だ!」

「俺たちもそれとおんなじ仕事に就いているんだよ! なにより、あいつは深淵王であると同時に怪人王だ! 俺たちにとっても乗り越えなきゃいけない壁でもある!」

「死んだらどうするつもりだ! 私は守ってやれないぞ!」

「もちろん表立って戦うつもりはないし、あくまでキューティクルズの補助にまわるだけだ! 迷惑はかけない!」

「……くっ!」


 イソロクは視線を逸らし、苦虫を噛み潰したかのような表情で人材不足を悔しがる。


「……力の無い自分たちが情けない! 分かった、ジャスティスレッド! 力を貸してくれ! だが、もし傷つくようなことがあればむしろ私が殺しに行く! 我々には、お前たちを守りながら戦う余力はないことを忘れるな!」

「結構だ! よし、みんな! 行くぞ!」

「「「「「「おー!」」」」」」


 そのかけ声と同時に、スタンバイしていたヒーロー戦隊と怪人のメンツが駆け出してくる。野球服の高校生、私服の女子高生、剣道着の青年。レジを飛び越えて食品コーナーに入り込み、一部は停止しているエレベータを駆け上がり、一部消防士の男性などは消火ホースを構えて耐火防備に備えていた。


「全員で来るのか!?」

「もちろんだ!」


 赤井も出来たての火炎瓶を受け取ると駆け出していく。


「肩を借りるでござるよ! アザラシ殿!」

「あら?」


 先頭を駆け抜けてきたキクチヨが、アザラシの肩を踏み台にしてダークネスイエローの頭上に飛び乗る。装甲の隙間に手を掛けてよじ登り、首筋のアルコールの延焼部分を飛び越えて背中の中央部分で立ち構えた。


「危ないわ! 何をする気!?」


 ローズが叫ぶ。

 だが、キクチヨはそんな注意を気にするそぶりを見せない。


「準備オッケーでござる! スポーツレッド殿、武器パスでござるよ!」

「あいよっ!」


 二階の手すりから身を乗り出した野球服の高校生が、キクチヨに野球バットを投げ渡す。


「キクチヨー! 投げるよー!?」

「いくでござるよ!」


 キクチヨは受け取った野球バットをくるくると振りまわして見事な演武を披露して、パフォーマンスを兼ねた準備運動で体を温めた。

 すると、すぐさま下の食品棚から小麦粉の袋が投げつけられてくる。


「チェストォォォ!」


 キクチヨは投げられてきた小麦粉の袋をバットで粉砕した。


 小麦粉の紙包装はたやすく破れ、中から煙幕の如き粉末が飛び出す。時々砂糖の袋も混じらせながら五個六個と小麦粉を叩き割っていくと、粉煙がまたたくまに拡散していった。


「おい、ちょっと待て! あのバカもしかして!?」


 トリガーハッピーが最初に気付く。


 粉末の空気中の飛散濃度が濃くなってくると、ダークネスイエローの背中の燃焼が徐々に強くなってきていた。有機物である小麦粉が燃焼し始め、火の勢いを強めているのだ。


「もうやばいぞ、そいつはすぐに爆発する! キクチヨ、飛び降りろ!」


 消防士の男性が散水ホースを構えて叫ぶ。


「了解でござる! アザラシ殿! しゃがむでござるよ!」

「けほっ、あらあら~?」


 粉雪のように小麦粉が舞い散る中、キクチヨがダークネスイエローの背中からすぐさま飛び降りた。

 さらにキクチヨはアザラシの肩を掴み、引き倒すように地面に伏せさせた。


「放水!」


 消防士がキクチヨとアザラシの二人めがけて水を放水する。


 そんな完璧なタイミングで空中に浮遊した小麦粉が着火した。

 一瞬で炎は膨れ上がり、強烈な勢いで爆炎が燃え広がった。


「グゥオオォ!?」


 ダークネスイエローが炎の中で驚愕する。

 空中に浮遊した小麦粉が一斉に燃え上がり、膨張した炎が爆発となっていた。


「うぉっ! 火の手がこっちにも!?」


 炎の膨張は爆風で巻き上げられた未開封の小麦粉にも引火して二次爆発を引き起こす。視界が一斉に炎 で埋め尽くされ、ダークネスイエローから十メートルの範囲に爆炎が広がり、火柱は天窓にまで届きそうなほど燃焼した。


「粉塵爆発!? あぶなっ!?」


 ローズが目元を手で隠しながら驚く。


 粉塵爆発。

 空気中に燃焼可能な粉末が一定濃度飛散していた際、一斉に燃え上がることで発生する爆発である。ただの燃焼反応なのだが、発生した際の火の勢いはすさまじく、濃度によっては建物だろうと軽く吹き飛ばす威力がある。家庭用コンロに一掴みの小麦粉でも爆発する、凶悪な爆炎だ。


 そんな爆発を爆心地で喰らったダークネスイエローは、爆発が収まった後も全身に炎を纏わせていた。


「グゥオォォォォ!」


 巨大な四肢を慌ただしく動かしてその場を移動する。炎に包まれたダークネスイエローが壁に激突すると、体から燃えた小麦粉の火の粉が飛び散った。


 すると、体を覆う炎に黒い煙が混じり始めるようになる。


「あっ! 光が装甲を溶かしてる!」


 アオバが言った。


 ダークネスイエローの装甲の表面にただれが発生し始めてきた。炎はダークネスイエローの全身を蝕むように、少しずつ装甲を蒸発させていた。


「グゥオォッ!」


 ダークネスイエローは清涼飲料水の冷蔵棚に頭から突っ込んだ。多少体がべたつくこともいとわず糖質多めの液体に体をすり付けて、なんとか炎を消化する。


「がるるぁ! チャンス!」

「ハラショォォォ!」

「ガッ!?」


 タイガーとヒグマがダークネスイエローに襲いかかった。ヒグマの右アッパーが超重量の肉体を誇っていたはずのダークネスイエローの体を吹き飛ばし、タイガーの爪がイージスの如き顔の装甲に深いひっかき傷を描いた。


「効いた!?」

「グゥッ! 調子に、乗るなぁァァ!」


 ダークネスイエローは追撃を狙ってきたオーロライエローを全身をひねって振り払い、よろめきながらも全霊の力を込めて突進する。


「あぶないっ! ジャスティスレッド!」

「うぉっ!?」


 イソロクが赤井を掴んで引き寄せ、突進を回避する。


 ダークネスイエローはそのまま突き進み、エスカレーターの角に体をぶつけて転倒するも、なんとか専門店街の暗い大通路の真ん中で体を起こした。


「逃がさねぇぇぇぜぇぇぇ! ハチの巣にしてやる!」

「ぐッ!」


 そんなダークネスイエローにトリガーハッピーが追撃を仕掛けた。マズルフラッシュで両手に花を咲かせたトリガーハッピーが、800発/分×二丁分の弾丸による面制圧を行う。


「このっ! 甘いんだよお前らは! 一手遅かったな!」


 薄闇の廊下でダークネスイエローは身構えた。


 トリガーハッピーの弾丸はダークネスイエローの体の表面を傷だらけにしながら、少しずつ削っている。

 はずだった。だが、弾丸の衝突時の火花が徐々に小さくなっていき始めた。


「うぉっ!? どんどん装甲が堅く……! 傷が治っているだと!?」

「言ったはずだ! 私は無敵だと!」


 ついには弾丸で装甲に傷一つ付かなくなった。最初に削った銃創は瞬く間に消失し、頭部装甲に描かれたタイガーの深いひっかき傷も目に見えて縮小を始めていた。


「ええっ! 回復が早すぎるよ!?」

「ちょっとうす暗いだけであの早さ!? 卑怯だ! チートだ!」

「まずいわね! みんな、火炎瓶持って追い込んで!」


 ローズが号令をかける。


 すると、イソロクの腕の中から起き上がった赤井が叫ぶ。


「大丈夫だ! みんな! 頼む!」


 すると、ダークネスイエローの周囲を取り囲むように、二階、三階の手すりから、身を潜めていたヒーロー戦隊、怪人の面々が姿を現した。


「よっしゃぁー!」

「この懐中電灯を喰らえー!」

「フラッシュ焚け! もっと明るくするんだ!」


 ダークネスイエローの頭上が光に照らされる。生活雑貨コーナーの懐中電灯に、カメラ店から持ってきた高性能フラッシュ装置。


 さらには……。


「火を放てー!」

「投げろ投げろ! そら投げろ!」


 火を付けたニット素材の冬物コートをハンガーラックごと二階から投げつける。さらには燃えそうなものには全部火を付けて、すべてダークネスイエローに投げつけていた。


「待ち伏せ!? グゥゥッ!?」


 ダークネスイエローは驚愕する。

 光による効果は覿面(てきめん)だった。特にカメラのフラッシュによる光はダメージが著しく、幾重にも重ねられた光がダークネスイエローの体を押し潰す。


「おお! すごいな、ジャスティスレッド!」

「俺はなにもすごくない! ただ戦うって決めただけで、粉塵爆炎もこの待ち伏せも味方のアイデアだ! 本当にすごいのは、怪人に、ヒーロー戦隊に、それにキューティクルズ! つまり俺以外の全員だな」

「ならそこにあんたも加えておけ!」

「まだ俺なんてひよっこだ! よし! あとは一番大きいの頼むぜ、スーパースター・キューティクルズ!」


 赤井はアカネとアオバに熱い視線を送る。


「ありがとう! みんな!」

「その光、僕たちに貸してね!」


 ルビー色のアイドル衣装のアカネに、サファイア色のアイドル衣装のアオバが跳躍した。


「さあ、光を私たちに向けて!」


 アカネが叫ぶと、互いに示し合わせたかのように一斉に光がスーパースター・キューティクルズに向けられた。

 懐中電灯の光を浴び、炎の赤外線を吸収し、フラッシュの光をかき集める。


「輝け! 私たちの心!」

「みんなの光で、闇を打ち砕け!」


 アカネとアオバに光が集まると、一瞬だけ周囲が暗くなった。光の粒子を余すところなく吸収し、光学兵器並みのエネルギーが集約する。


「必殺! (ダブル)・フォトンバスター!」


 落下加速を乗せたダブルライダーキックが、榴弾砲のような加速でダークネスイエローの顔面に叩きこまれた。


「グゥッ! グガァァァァァ!?」


 着弾と同時に光が爆散。闇色の装甲片がはじけ飛び、ダークネスイエローの巨体が激しい衝撃音と共に吹っ飛んでいく。


 ダークネスイエローは観葉植物の樹木を薙ぎ倒し、二階の手すりを打ち砕いて、体をねじらせながら落下した。


「おっしゃぁぁ!」


 赤井がガッツポーズを決める。


 だが。


「舐め、る、なァァァァァ!」


 ダークネスイエローは壁を引っ掻き、猫科特有の重心移動で身をひねり、ギリギリで着地した。


「なんだと!?」


 赤井が驚く。


 ダークネスイエローは顔を中心に激しい闇煙を吹き出させながらも、ダメージの回復を待つことなく地面に爪を突き刺し、よろめいた体を震わせて力技で強引に立て直していく。


「冗談だろ! あれ喰らってまだ立ち上がるとか……。待て待て待て、おいおいおい! みんな避けろぉ! ヤバいのがくるぞっ!


 二階からスポーツレッドが叫ぶ。


 ダークネスイエローは口を大きく開いて牙をきらめかせていた。そして黄金色の瞳を闇の濃い通路の中でひときわ輝かせると、口から戦車砲のように勢いのある暗黒弾を発射した。


「きゃぁっ!?」

「うぁぁぁぁ!?」


 アカネとアオバは避けたものの、音の壁を超えた暗黒弾が生み出すソニックブームに巻き込まれ、渦巻いた空気にもみくちゃにされるように吹きとぶ。


 さらに暗黒弾は直進し、噴水を根元から粉砕すると、正面玄関先の観客の中に着弾しようとしていた。


「プラズマ・プロテクション!」


 メタリック・キューティクルズのゼロワンが電磁防壁を展開した。傾斜を付けた電磁壁は大きく歪みを見せながら、すんでのところで暗黒弾の弾道を曲げることに成功する。


「きゃぁぁぁぁ!」

「うぁぁぁぁぁ!」


 観客の中から悲鳴が響いた。風圧に巻き上げられた石粉と石片を頭から被ったのだ。


「あれヤバいデス! 予備シリンダー一個使いきって、弾道曲げるのが精一杯デした! 直撃したら特別硬い機械の私でも部品に逆戻りデスよ!」


 ゼロワンの肩甲骨の辺りから、空になったバッテリーシリンダーが薬莢のように排出される。


「調子に乗らないよう覚えておけ! お前たちが今戦っている相手は、無敵であり不死身の深淵王だ! 一万人分のエネルギー! 復活する肉体! そして絶対に折れる事の無い黄金の意思! 世界の半分は常に闇が覆っているという現実を思い知れ!」


 暗黒弾発射直後のよろめきを立て直し、戦闘姿勢を整えて薄闇の中で装甲を回復させる。


 深淵王は深い闇の中にいた。暗い専門店街の回廊は闇がより色濃く、数秒ほどで粉砕された装甲部分も復活する。


「必殺技でもダメージがないの!? ずるくない!?」

「違うよアカネ! 僕、感触で分かったんだ! 僕らが光を集めた時、周囲の闇が濃くなってあいつの装甲が硬くなってた! 僕たちの光とあいつの闇の強さは、連動しているんだ!」

「ええっ!? 私たちの光は弱点じゃないの!?」

「弱点だけど、同じだけあいつも強くなるんだ! 光の力では、あいつは倒せないんだよ!」


 アオバが冷や汗を流しながら叫ぶ。


「じゃあどうすればいいの!? キューティクルズはみんな光の力が源だよ!」

「僕だってすぐには思いつかないよ! せめてあの闇の装甲がはがせたら多分浄化出来るけど、それをするためにはキューティクルズの魔法の光以外を使うしかない!」

「光以外って!?」

「えっとね、ヒーロー戦隊が変身できたなら解決できる問題なんだけどなっ!?」


 アオバが振り返って赤井を見る。


「くっ! 変身は待ってくれ! クロスさんがジャスティスイエローを倒せれば、すぐにでも変身は出来るはずだ!」


 赤井は悔しそうに歯噛みをしながら前に出ると、視線を上げて三階にいるトミーに向けて叫んだ。


「トミー! 何か新しい作戦を考えておいてくれ! あいつに同じ手は通用しない! 可能なら装甲をはがせる方法、無理なら牽制になりそうな作戦だけでいい! 三階の部隊は任せた!」

「分かった! 任せてくれ!」


 トミーはそう快く答えると、三階の手すりの向こう側に消え去った。


「スポーツレッド! 二階の人員を指揮して、何か役に立ちそうな道具類をかき集めてきてくれ! とにかく光が作れるものならなんでもいい! 俺の指示を待たずに、ゲリラ的な攻撃をたのむ!」

「よしきた!」


 二階のスポーツレッドもその場から駆け出していく。


「レッドローズさん! 頼みがある!」

「なに、ジャスティスレッド!」


 ローズは即座に返答した。


「一階の部隊は運動神経のいい人員であつめている! だから、なにか俺たちに武器を貸してくれないか!?」

「私たちの武器を!?」


 ローズが驚き、信じられなさそうに赤井を見た。


「ああ! 俺たちは能力を封じられているが、その本質はまだヒーロー戦隊だ! もしかすればキューティクルズの武器を変化させて、ヒーロー戦隊の武器のように扱えるかもしれない!」

「そんなことできるの!? いえ、出来たとしても危険よ! 衣装がなければ防御力が一切ない! すこし触られただけでも即死のよ!?」

「分かっている! だからキューティクルズに俺たちを守ってもらいたい! 攻撃は俺たちが担当するから、ダークネスイエローの攻撃を防いでくれ!」

「正気!?」

「もともと無敵のスーツがあったから正義の味方やってるわけじゃないんだ! いまの俺の見た目はただの高校生かもしれないが、中身はヒーロー戦隊だ! 俺たちに任せてくれないか!」


 赤井が熱く語る。

 すると、ローズもその熱い意志に触発され、それ以上言い返すことができなくなった。


「……そこまで言うなら、あなたを信じるしかないわ! その熱い心、あなたこそ本当の正義の味方ね! 本職のついでに戦っている私たちとは大違いよ!」


 ローズは感心したように赤井を見下ろした。


 だが、赤井は浮かない表情を見せ、つぶやくように答えた。


「……いや、違う。今の言葉は、イエローの受け売りなんだ。この勇気も、正義への情熱も、イエローから教えられたものだ。本当の正義の味方がいるとすれば、あいつだったはずなんだが……っ」


 赤井はダークネスイエローを真っすぐに見た。


 ダークネスイエローは戦闘姿勢のまま、闇の中で身構えている。

 消費した闇を吸収し、力を蓄えている様子だった。


 そんな中、赤井の後方で、ハスラーの黒いジャケットベストを着た男性がトリガーハッピーに声をかけた。


「ではトリガーハッピーさん、私に銃を何丁か貸していただけないだろうか? 私はアンゴラとイラクで傭兵経験がある。大抵の銃器なら問題なく取り扱えるだろう」

「私の相棒は貸し出せねえな。そもそも魔法で弾丸を作ってるんだぜ? 扱えるのか?」

「分からない。弾が出ないかもしれないし、弾丸の代わりにビリヤードボールが発射されるかもしれない。武器の交換なんて始めてだからな」


 ハスラーの男性は自信なさげに答えた。


「ローズ殿! 拙者にその剣を貸してほしいでござるよ!」

「あら、あなたは」


 キクチヨが剣道着から水を滴らせながら話しかける。


「拙者は変身しなくとも剣の実力は変わらないでござる! 刀剣類を持たせれば右に出るものはいないでござるよ!」

「そう、でも、大丈夫? 魔法の武器よ?」

「魔法でも幽霊でもご安心召されよ! 刃あれば包丁だろうと武器でござる!」

「それなら、お願いするわ」


 ローズはキクチヨに赤いショートソードを手渡した。


「いざ、大立ち回りをご覧にいれよう! 古今無双の怪人剣士、殺陣師キクチヨは西洋剣術もお手の物! 快刀乱麻の一太刀に切り裂けぬものこの世にあらず! 疾風怒濤の無限刃、その目に焼き付けよ!」


 キクチヨは赤いショートソードを受け取り、まるで体操選手のバトンのように見事な回転演武を披露すると、勢いを付けて刃を水平に整えて構えた。


 その刃物の取り扱いは言うまでもなくローズ以上だ。ローズは舌を巻くようにキクチヨの演武を感心して眺めていた。


 だが。


「むむっ?」


 キクチヨの体に、ほんの一瞬の違和感。


 次の瞬間。

 スパーン! と、小気味のいい音を立てて、キクチヨの着ている服の、一切合財が消し飛んだ。


「ぬぉぉぉっおぉぉ!」

「きゃぁぁぁぁぁ!」


 全裸。キクチヨは一糸まとわぬ即全裸。


 観客、キューティクルズ、その他も諸々の方角から悲鳴が上がった。


「拙者の剣道着がァァァ!?」


 剣道着の中から金髪碧眼のヨーロッパ系イケメンが現れた。脂肪がなく、すらりと整った筋肉に白麗の肌。ギリシャ彫刻のような肉体美を見せ、股間に表示されたモザイクは少し大きめだった。


「ちょっと、ウソでしょ! 私の剣が、あなたの剣道着をファッションと認めなかったのよ!? 私ってバカ! こうなることは予想出来たはずなのに!」


 ローズが全裸のキクチヨから距離を取った。


 周囲から阿鼻叫喚の絶叫が響き渡る。キクチヨはショートソードを構えてあたふたとしていると、股間のモザイク掛ったロングソードがブランブラン揺れて悲鳴がさらに高まった。


 ついにここから、キューティクルズの逆転が始まる。


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