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ダークヒーローが僕らを守ってくれている!  作者: 重源上人
VS.アイドル魔法少女キューティクルズ編
55/76

第二十三話 その足音は深き闇より 断罪と狂乱のディエス・イレ

 アカネはブラックの渾身の右フックを両手で受け止めると、叫び返した。


「ブラックは今からだってアイドルを目指せる! 私は知っているから! ブラック、あなたが一番のアイドルなんだって!」

「これ以上戯言は聞きたくない! ローズ! こいつを斬り飛ばせ!」


 もはや口調の変わってしまったブラックは、ローズに命令を飛ばす。


「仕方ないわね。……ごめんなさい、アカネさん」

「ローズさん!?」


 ブラックは背後に跳躍し、ローズがアカネに斬りかかる。

 もの悲しそうな表情でありながら、ローズは躊躇いの無いステップでアカネに突撃してきた。


 そんなアカネを守ろうと、アオバが飛び出した。


「やめてくださいローズさん! 僕たちはっ――!」

「ハッ! ッタァ!」


 ローズは上段切りのフェイントを放った。アオバのガードを上段に掲げさせ、ローズは即座に反転してがら空きになった腹部に回し蹴りを叩きこむ。


「あがっ!?」


 アオバは体を折り曲げて吹き飛ばされた。

 ローズは体勢を整え直すと同時に、間髪いれない振り下ろすような刺突をアカネ目掛けて放つ。


 アカネは反撃はせず防御的に腕を掲げると、衝撃に備えて思わず目を閉じてしまった。


 その瞬間だった。


「あらあら~?」

「なっ!?」


 突然、ローズの赤いショートソードの切っ先が叩き落とされた。


 ローズとアカネとの間に、アザラシ・キューティクルが着地してきたのだ。

 四階から飛び降りてきたようで、着地と同時にアザラシの足元のコンクリートタイルに大きなひびが入った。そのままアザラシは大振りのテレフォンパンチをローズの顔面目掛けて振り抜いた。

 

 ローズは後方に跳躍。その剛風を巻き上げる拳をすれすれで回避した。


「アザラシっ!? どうして!?」

「うふふ? それはこっちの台詞よローズ。あなたらしくない行動ね~」


 アザラシは前傾姿勢の構えを取り、表情こそは笑顔のままでありながらも巨獣のような威圧感を出してローズに対峙した。


「会社の経営が大変そうだったのは知っていたけれど、ここまでする? あなたはもっと大人だったはずよ? どうしちゃったのかしらね~?」

「それは……」


 ローズは視線を落とし、口ごもった。


「大人が辛いのは、当たり前。あなたはそれを知っていて、誰よりも長いこと戦い続けてきた。私のようなヒッピーとは違うでしょ? 経営が苦しいからって楽な道を探すような人じゃないわよね~? 何があったのかしら? お姐さんに教えてくれないかしら~?」

「アザラシ、私は……」


 ローズは額に手を乗せると、頭痛を抑え込むように後退した。なにか言いたい事があるようだったが、それを頭痛の痛みにかき消されているかのようなよろめきをみせる。


「ローズさん! 分かっていますよね!」

「うっ! ブラック……」


 ブラックがローズを睨みつけると、ローズは頭痛が急に収まったかのようにスッと姿勢を戻した。


「……アザラシ、ごめんなさい。幻滅させてしまったかもしれないけれど、これが本当の私なの。責任の重さに押しつぶされた、弱い人間が本当の私だった。私は会社の為に、責任を果たす!」

「あらあら~? どういうことかしら? まさかあなたを叱らないといけない日が来るなんて、まるで思っていなかったわ~?」


 アザラシは両手を鉤状に曲げて力を込めた。筋肉の収縮が音を鳴らすほどの力を込め、笑顔でありながらもかつてないほどの怒りに満ちた視線を向けた。


「同じ年長者として許せないわねぇ~。これは、おしりペンペンが必要かしら?」

「……必要かもしれないわね。お願いするわ、アザラシ」


 ローズは煮え切らないような表情でありながらも剣を構えた。だがそこにアザラシの胸を借りる様子はまるでなく、本気でアザラシを迎撃をする構えを見せる。


「ローズさん……」


 アカネはそんな敵対行動を取ったローズの姿を信じられないように見た。


 ローズとアザラシは一触即発のにらみ合いを効かせ、互いに動かない。

 突撃が主体のアザラシに対し、ローズはカウンター系の魔法陣を得意としているためである。互いに先手不利の状況では自然と膠着(こうちゃく)状態が発生してしまうのだ。


 そんな様子の最中(さなか)、他の場所でも動きがあった。


「危ないデス! ブラック!」

「ちっ!」


 ブラックの背中に七支刀が振り下ろされ、それをメタリック・キューティクルズのゼロワンが受け止めた。


「ディアブロさん、敵はあっちのヒーロー戦隊デスよ?」

「深淵の暗闇を隠し持っているならば、斬り捨てる。すべてのシャドウを皆殺しにするために私はいる」

「過去の記憶もないのにすごい復讐心デスね?」

「ゆえに復讐だけが私のすべてだ」


 説得が不可能であると思わせるだけの十分な意志をディアブロはみせ、遠慮の無い斬撃をさらに振り下ろした。


「なんだあの黒いキューティクルズ? 見たことねぇな?」

「同士討ちを始めちゃった!? キューティクルズ、どうなるの!?」


 観衆がざわめく。

 勧善懲悪に慣れ過ぎてしまった観衆は応援の方向性を失い、誰を応援すれば分からず考察を連ねて雑声を響かせた。


「アカネちゃん! 私たちもブラックを止めるよ!」

「コックさん!」

「クロスオーバーは魅力的だけど、こんなやり方は許せない!」


 アカネのそばにクッキング・キューティクルズのリーダー、コックが駆け寄り、それに合わせて他のクッキング・キューティクルズのメンバーもアカネを取り囲んだ。クッキング・キューティクルズのメンバーは一斉にブラックに向けて拳を構える。


 ブラックはそんなクッキング・キューティクルズにも一瞬だけ黄金色に輝く瞳を向けたが、少し立ちくらみを引き起こさせただけで何の影響も怒らなかった。


「くっ! やはり比較的新しいキューティクルズは心に闇が溜まっていない! だとしても、戦いさえ始めてしまえば問題ない! みなさん! 攻撃範囲を広げて下さい! ヒーロー戦隊も、観客すらも巻き込むほど、とにかく暴れて下さい!」


 ブラックは自身の周囲を取り囲む古参のキューティクルズに命令する。


「ヒャァアッハァァァァ! こういう機会を私は死ぬほど待ち望んでいた! いくぜ相棒(トンプソン)! 全部の玉を射精(だし)ちまえ!」


 最高の笑顔でトリガーハッピーが銃を持ち上げる。照準など視界にもいれずに適当な方角に銃口を向けた。


「させない! ピッツァ・フリスビー!」

「邪魔すんじゃねぇぇぇ!」


 コック・キューティクルがブーメランのようにピザを投擲し、トリガーハッピーはクレー射撃のように飛来するピザを迎撃していく。


 そんな様子を見ていたヒーロー戦隊側も、ジャスティスレッドを中心に戦う姿勢を固めた。


「まずいぞ! ヒーロー戦隊! 俺たちもルビー・キューティクルに加勢する!」

「待てレッド! それがブラックの狙いだ! 俺たちは観客を守ることに集中すべきだ!」

「何言ってるんだトミー! ルビー・キューティクルには仲間がまだ少ない! あの数ではブラックを倒しきれないぞ!」

「そうだとしても、今はまだ我慢をっ――!」


 そうトミーが言いかけた瞬間だった。


 突然、ブレーカーが落ちる弾けた音と共に、ショッピングモールの電灯が一斉に消えた。


 トミーとジャスティスレッドは口論を中断する。


「なんだっ!?」


 ジャスティスレッドが驚きの声を上げた。


 キューティクルズも互いに攻撃の手を止めて周囲の状況を確認し始めていた。近くの仲間も見えないほどの暗さ。銃の照準はおろか近接格闘ですら同士討ちの危険があるほどの暗闇である。


 周囲は暗闇に染まり上がって何も見えない。光源は少なく、バッテリー式の非常灯と観衆の掲げる携帯端末の光だけがまばらに輝いているだけだ。

 目が慣れてくると天窓から星屑が輝く光が見えるようになり、星明かりがぼんやりと人の輪郭を見せてくれる。


 そんなショーのアクシデントに観衆たちのざわめきが徐々に大きくなっていく。


「どうしたんだ? また停電か?」

「うわっ、暗くて動画撮れないよこれ!」

「なにが起こったんだ! なんで急に電気が消えたんだ!?」


 周囲の観衆のざわめきが高まっていく。突然の説明の無い停電に観客たちは不安げに周囲を見渡していた。


「一体、誰の仕業です! こんな時に!」


 ブラックが苛立ちを見せた。だが、名乗り上げる者はいない。


 目が次第に慣れてくると黒く染まった店舗の輪郭が見えてくるようにもなってきた。物につまずくほどの暗さではないが、見えるのはあくまで輪郭だけなので人物の判別はまだ難しい。


「……これって、もしかして。事務所の電源が落とされた、のかな?」


 アオバが気付いたかのように周囲を見渡し、誰かを探す。


 すると、ジャラリ、ジャラリ、と、鎖の束が擦れ合う不気味な物音が大きく響いてきた。


 そんな不審な物音に周囲の不安と混乱が高まってくると、ショッピングモール奥側の観客から悲鳴が上がった。


「なんだ!?」


 ジャスティスレッドが再び驚き叫ぶ。


 一斉に視線が悲鳴の響いた方角に集まった。

 そこでは観客が左右に道を開くように逃げ惑う姿があった。その観衆の周囲は漆黒のように暗く、携帯端末が僅かに輝くだけだったので何者が現れたのかまではわからない。

 

 数秒して観客が息をのむように静かになると、堅いブーツの足音とチェーンの擦れる音がより大きく響いてくるようになった。


「……あ、クロスさん」


 ユダが小さくつぶやいた。


 ほんのわずかな光に反応して、真っ赤に充血した眼が暗闇の中に浮かび上がってくる。やがて星明かりに全身がさらされると、周囲の観衆より頭一つ大きい人影が姿を現した。


 それは大きめのフードを頭にかぶり、マフラーで顔を隠した、黒いロングコートの大男。目を煌々と赤く輝かせ、闇を吸うような厚手の黒いハードレザーを重々しく揺らして歩く不審人物。

 手には事務所に置かれていた鋼鉄製のチェーンの束が握られており、無感動そうな歩調は死刑台を用意する死刑執行人を連想させた。

 その鎖は首つり用ではなく、侵入防止チェーンの予備だった。トラック搬入口用の一番大きな代物である。鉄輪の直径は大人の親指ほどであり、振り下ろせば車のフロントガラスだろうと叩き割ることができる重量のある鈍器だ。

 

 そんなクロスはヒーロー戦隊を一瞥もせず、真っすぐにキューティクルズに向かって歩いていく。


「あらあら~? あれは相当な悪役、かしら?」

「見りゃわかる! あれはヤベェやつだ!」


 トリガーハッピーは迷わず銃口をクロスに向けた。その動きにハッと気付いたように、他のキューティクルズも敵対関係をやめて一斉にクロスに迎撃姿勢を見せた。


 ジャスティスレッドもその正体にようやっと気付くと、驚きの声を上げた。


「クロスさん! 加勢に来てくれたのか!」

「ジャスティスレッド! あれが何か知っているのですか!?」


 ブラックがジャスティスレッドに尋ねる。だが、ジャスティスレッドは戸惑ったように返事を返した。


「あ、いや! 彼は無関係の一般人だ!」

「寝ぼけているんですかあなた!?」


 ブラックは混乱した怒りの声を上げる。


 ジャスティスレッドとしてはクロスがヒーロー戦隊の関係者であると思われるのは迷惑であろうと気を効かせた形であった。だが、だからといって無害であるという説明までは上手く出来ないようでもあった。


「どうして!? なんであの連続殺人鬼がこんなところに!?」

「アカネ! それ誤解だから!?」


 アオバが突っ込む。だが、連続殺人鬼という説明は気持ちいいくらいすんなりと周囲に浸透した。その見た目、威圧感。ずぶの素人が見ても何人か殺している人物だとすぐにわかった。


「アカネさん! なにを知っているんです!? 彼は一体何者です!」


 ブラックが尋ねる。


「あれは怪人王が呼び寄せた連続殺人鬼! キューティクルズの肉を切り裂いて食べるつもりなんだよ!」

「だからそれは誤解なんだってば! あれは普通のボディガードさんだって!」


 アオバは説得を試みるがまるで説得力がない。

 誰もが道を空け、なるべく距離を取りたくなるクロスの重圧はまさに巨悪の殺戮者たるそれだ。手にしている武器もまずい。鎖の束など殺人と拘束を考慮に入れた真性の凶器である。


 手加減を間違える事の無いクロスにとって鎖の束は応用可能で便利な非殺傷武器だが、そんなことは観衆には分からない。


「いったん休戦だ! 死にたくなければあいつを迎撃するぞ!」


 トリガーハッピーの掛け声を放つと誰もが納得した。

 クロスとキューティクルズとの距離は刻一刻と(せば)まって来ている。議論の余地などない。


「変身した今ならっ! 私がやっつける!」

「だめだっ! アカネっ!」


 アカネはクロスに突撃していった。


 クロスは困ったように首をかしげたが、アカネがステップを効かせた右ストレートを放ってきた瞬間、クロスはその拳をたやすくはたき落とし、大きく振り上げたチェーンの束をアカネの側頭部に叩きこんだ。


「えっ! あがぁっ!?」

 

 アカネは激しく吹き飛ばされ、噴水の縁に頭をぶつけた。

 

 アカネの意識が吹き飛びかけるが、ほんのわずかな幸運によってまだ意識を残していた。噴水の縁に寄りかかり、なんとか起き上がろうと足を引く。


「アカネ!?」


 ブラックが叫んだ瞬間、アカネは目を見開いた。


 クロスの強烈な蹴りがアカネの下顎を打ち抜いたのだ。

 抗いようの無い衝撃にアカネの脳幹部が激しく揺すられ、当然の如く脳震盪を起こして気絶。アカネは白目をむいて床に崩れ落ちた。


「きゃぁぁぁぁぁぁ!」


 観衆の中から誰とも知れない女性の悲鳴が上がる。


 クロスの攻撃は脳震盪が起こるギリギリの手加減された攻撃であった。だが、そのことに気付くものはいない。クロスの攻撃は人を殺せるような無慈悲なもので、キューティクルズの殴り合いと比べるとファンタジーな要素が一切なく、本気の殺意が見て取れるほどであった。


「ちょっ、喧嘩両成敗!? 待った待ったクロスさん! 僕たちはいい側だから! 倒すべきはあっち!」


 アオバはブラックとその周囲を取り囲む古参のキューティクルズを指差した。


「ムゥ」


 クロスはひとまず指示された方向を向く。理想的ではないがキューティクルズの全滅もクロスは視野に入れており、敵意を持ってキューティクルズに向かって歩いていく。


「これはまずいデス! 第二バッテリー解放! ボルテックス・ナックルバースト!」


 焦ったゼロワンが右腕を輝かせた。空中に微細な電流が撒き散るほどの帯電が右腕を包み、背中のブースターを着火させるとゼロワンは弾丸のように突進する。


「……ム?」


 クロスは回避するそぶりすら見せなかった。

 ゼロワンの掌底打がクロスの胸を叩く。だが、加速が足りず体重も軽いゼロワンの突進では吹き飛ばすほどの威力はでなかった。クロスはよろめきこそするものの打撃によるダメージはほとんどなく、体格差もあって衝撃を押し返すことは容易であった。


「一撃必殺デス!」


 だが威力不足はゼロワンにとっても想定内。押しつけた手の平をさらに押し出すように体を構え、発剄(中国拳法の技法。寸剄、ワンインチパンチとも呼ばれる技)の動きに合わせて高圧の電流をクロスの胸に放電させた。


 手のひらから弾けるような電流が円形に放出される。

 だが見た目の割に電流は弱めのスタンガンほどで、クロスは僅かなダメージしかない。


 黒革のロングコートとその下のラバーのインナーがともども絶縁素材なので、電流は大幅に軽減されていたのだ。せめて頭部を狙えば通電させられたのかもしれないが、ゼロワンとクロスは頭二つ分の身長差がある。クロスは無傷のまま圧倒的上位者の視線でゼロワンを見下ろしていた。


「なぜデス!? 百万ボルトの電撃が弱まってっ――! あっ!」

「ヴォォォォォ!」


 クロスは力強くゼロワンの側頭部を掴み、噴水の池の中に頭を押しこんで溺れさせた。

 ゼロワンの上半身のほとんどが水に浸され、頭部は水底に押しつけられる。


 ゼロワンに強く抵抗される前に、クロスは後ろ髪付近に隠されていたカバーのフックをつまむと、外部出力用のソケットを開けて頭の中に水を流し込ませた。


「ビがッ!? バびボビバびッ!?」


 水の中で光が明滅する。漏水で電子回路がショートしている電光だ。


 ゼロワンの全身が脳腫瘍患者のような全身性痙攣を引き起こし、関節があらぬ方向にねじ曲がったり、不規則に回転したりしはじめた。


 クロスはゼロワンを噴水から引き上げると適当に捨て置いた。

 人工筋肉が硬縮して微細な痙攣を続けるゼロワンは、頭部を破壊されて死後痙攣を引き起こしている死体にもみえた。


 そのような動きからゼロワンが反撃不可能であると確認すると、クロスは次のキューティクルズに視線を向ける。


「ゼロワーン!?」


 青いドレス装甲のゼロツーが戦闘不能になったゼロワンに駆け寄っていく。

 迂回するように走るゼロツーをクロスはチラリと視線を向けるも、距離があるので自分から襲いかかろうとはせず、再びゆっくりとキューティクルズ本隊に向けて歩き出した。


「やばい、ヤバいぞあいつは! スマイリー! あいつを暗殺できないか!?」

「無茶を言うな! 私のワイヤーでは力不足だ!」

「クッキング・キューティクルズ集合! これはキューティクルズ同士でいがみ合っている場合じゃない! 力を合わせて、あいつを倒すよ!」

「うん!」「分かった!」「任せて!」


 次に突撃していったのはクッキング・キューティクルズの五人組だった。


 フライパンに花柄のぺティナイフ、電動泡立て器にカジキマグロなど武器になりそうなものを携えたコックドレス姿の少女たちがクロスに攻撃を仕掛けていく。


「あ、ちょっと! あれは僕たちの敵じゃないんだってば!?」


 アオバはクッキング・キューティクルズを止めようとしたが、気付いた時には全員すでに突撃してしまった後だった。


「ムゥ……」


 クロスは困ったような声を鳴らした。

 誤解されることは想定の範囲内だが、その想定の上限ギリギリまで誤解は悪化している。ジャスティスレッドやアオバの説得による誤解の軽減を計算に入れていたのだが、クロスの意図を読み切れていない二人が積極的な説得に踏み切らないでいたことが真因だ。クロスの登場にはある種の信頼感があるのか、ひとまず任せてみようという心理が働いているのだろう。


 しかしこのままではクロスがキューティクルズを全滅させて帰っていくという理想とは程遠い結末が待っている。クロスはレッド辺りがうまく気付いて立ち回ってくれることを祈った。


 対人経験の少なさゆえに人の行動予測が甘くなるというクロスの欠点が露呈する結果だった。メールくらい送っておけばよかったと後悔してももう遅い。クロスとしては不本意だが、中途半端な戦闘はできない以上、キューティクルズの全滅を目指して戦わねばいけなくなっていた。


 そんな後悔をしながら、クロスはパティシエ・キューティクルの腹部にボディーブローが叩き込んだ。さらにはチェーンの束で足元を払い横転させたショコラティエの頭を、サッカーボールのように蹴飛ばして気絶させる。クッキーの手裏剣が投擲されるとチェーンにからめ捕られたイタマエ・キューティクルを盾にし、攻撃を受けきると背負い投げで噴水の角に頭部を叩きつけて昏倒させた。


 観客たちが目を覆いたくなるようなキューティクルズの敗北が続く。ジャスティスレッドはまだ行動しない。


「みんな、殺されたくなければ呼吸を合わせて! キューティクルズ、全員突撃!」


 ローズの号令でキューティクルズは全員が一斉に攻勢に出る。だが、先陣を切ったディアブロの七支刀が回避されてカウンターで吹き飛ばされると同時に、この数でも大勢に影響はない事を多くが悟った。


 それはかつて、クロスが採石場で48人のヒーロー戦隊を圧倒していた時と様相が似ていた。

 弾丸のような刺突、背後からの奇襲、複数人での同時攻撃。すべてクロスには無効である。回避可能なものは全て回避され、回避不能の場合はニ手先を読まれて盾が用意されて同士討ちが起こる。


 クロスの戦い方は大分手馴れたものだった。

 正義の味方はどれほどの攻撃でも死亡することがない。それゆえに多少過激な攻撃でも気絶で済む。同士討ちは有効なダメージとなり、逆にヒーロー側は物理的な攻撃以外の出力が大幅に減少するデメリットを受ける。基本的な要素はキューティクルズもヒーロー戦隊と同じだ。


 だが一つ違いを挙げるとすれば、それはクロスの見てくれの最悪さだった。

 身長187cmの大男が、可愛らしい女子中学生のみぞおちを蹴飛ばし、あげくにほっぺたを鷲掴みにして後頭部を柱に叩きつけていた。

 攻撃を受けても火花を散らすだけのヒーロー戦隊とは違い、容赦の無い攻撃を受けて気絶していくのは少女たちだ。腹部をけられれば苦しそうな表情をするし、気絶すればよだれを口から垂らす。見た目の痛々しさがヒーロー戦隊と段違いである。


 そうしてキューティクルズが次々気絶していくと、ついに観客のどこかで子供がガチ泣きする声が聞こえてくるようになった。その親だろうか、「大丈夫だよ、最後には必ず正義の味方が勝つからね」と、子供をあやす声も聞こえてくるようになる。


「これはまずいぞ! キューティクルズを助けに行かないと!」

「落ち着けスポーツレッド! あれは味方だ!」


 ジャスティスレッドが走りだそうとするスポーツレッドを押しとどめた。だが、スポーツレッドはそれでも助けに行きたそうに体を前に傾けた。


「分かってる! だが、正義の味方としての本能が……!」


 頭では分かっていても体が勝手に動いているようで、スポーツレッドは無理に押しのけることまではしなかったが、それでも助けに行きたそうに前のめりの姿勢を維持していた。


「やっちゃえークロスさん! がんばれー!」

「やめろユダさん! 応援するな!」


 トミーが慌ててユダを抑えつける。ユダはどうして抑えつけられなければいけないのか理解できない様子で、不思議そうにトミーを見返した。


 その理由はすぐに理解できることとなった。


「なにをやっているんだよヒーロー戦隊! 早くキューティクルズを助けに行けよ!」


 観衆の中からそんな野次が飛ぶ。


「い、いや、あれは俺たちの味方なんだ……」


 ジャスティスレッドは歯切れの悪そうにつぶやいた。


「あれが味方!? 一体どういうことなんだよ! あれお前らの敵だろ!?」

「え、なに、やっぱりヒーロー戦隊洗脳されてるの!?」

「お前らが助けに行かなくてどうするんだよ! キューティクルズ全滅しちまうぞ!」

「キューティクルズ死んじゃうよぉぉー! お母さーん! うぁぁぁぁん!」

「大丈夫だから、ほら、泣かないで!」


 観客からブーイングに近いヤジと子供の泣き声が響き渡る。


 実際、クロスはキューティクルズを全滅させかねない勢いで戦っている。気絶のさせ方は相当手馴れたものだった。


 誰もがキューティクルズの全滅など見たくなかった。客観的に見ても主観的に見ても倫理的にもヒーロー戦隊が取るべき行動などわかりきっていたし、一部ユダの反対を除いてキューティクルズを守ることは満場一致で採択されることだろう。

 

 ジャスティスレッドが背後を振り返ると、ヒーロー戦隊は幾人ものメンバーが無言の頷きを見せた。

 その代表として、トミーが口で説明した。


「レッド、クロスさんには悪いが、ここで俺たちも参戦してキューティクルズと協力関係を創るぞ」

「待ってくれ、それだとクロスさんが……」

「おそらく本人も理解している。そのためにこんな行動を取っているんだ」

「だが、それだとクロスさんが悪人だと世間に広まってしまう」

「ヒーロー戦隊が悪だと思われるよりは百倍マシだ。泣いた赤おにの童話くらい見たことあるだろう? クロスさんは悪い怪人を演じるつもりなんだ。ブラックを撃退してもヒーロー戦隊は怪人との疑念が残るから、こっちの怪人を善い怪人だと思わせるために戦うつもりなんだ。セーフティのあるヒーローだけだとクロスさんには一生勝てないから、だから怪人との協力が不可欠になるんだ。クロスさんはキューティクルズとヒーロー戦隊の大団円を狙ってこんな行動をしている。わかってくれ」

「……そんな」


 ジャスティスレッドは苦悩する視線をクロスに向けた。

 クロスは叩きつけて床に仰向けになっていたトリガーハッピーの頭を鷲掴みにして、さらに床に頭を叩きつけて気絶させようとしているところだった。その姿を見ていると本能的にジャスティスレッドもクロスを撃退したいと考えてしまう。


 だがジャスティスレッドはそれをこらえた。


「……ダメだ! 彼も仲間なんだ……! 仲間は、裏切れない……!」

「お前、なんで、あれを見てそんな決断ができるんだよ!?」


 スポーツレッドが突っ込む。他のヒーロー戦隊と怪人も驚きの表情を浮かべていた。


 だが、ジャスティスレッドは振り返って叫び返した。


「誰かを犠牲にして平和を創ることは簡単なんだ! だがそれは罪を背負って手に入れる平和だ! そんな偽物の平和、本当の正義の味方なら絶対に選ばない!」

「レッド! おまっ――!?」

「俺たちは誰もが、泣いた赤おにのように最後に泣くべきではないんだ! 一番いいハッピーエンドを探すぞ! 俺たちはクロスさんと戦わない!」


 ジャスティスレッドは決意したように強くクロスを見た。そして、叫ぶ。


「クロスさん! ブラックを狙ってくれ! あいつがこの戦いの元凶だ! あいつを懲らしめろ」

「なっ!?」


 ブラックは驚愕ゆえに目を見開いた。


「ムゥ?」


 クロスの赤い目が暗闇に残滓を描きながらゆっくりとブラックに向く。

 その毛細血管の満ちた目は生き物のものとは思えないほど赤く煌めき、視線が重なった瞬間にブラックの心臓を強く引き絞った。


「こ、こないでください!」


 ブラックは思わず後ずさる。

 そんな時、ブラックを守るようにアザラシ・キューティクルが前に出た。


「あらあら~。させないわよ?」

「アザラシさん!?」

「ブラック。あなたは悪いことしようとしてたみたいだけれど、私が守るから安心してね~。この世界はね、みんな謝ったら許してくれる優しい世界だから。あんな怖そうな相手から罰を受ける必要なんてこれっぽっちもないの。だから、怖がらないで。一人ぼっちになったら、お姐さんだって助けにいけなくなっちゃうからね~」


 アザラシはブラックを背中に隠すように構えてクロスに対峙する。レスリング選手のように前傾に構え、クロスを牽制するように両手を前に構えた。


「……ム」


 クロスはアザラシがたやすく気絶させられない相手であることに気付くと、ブラックに歩いて向かう途中、寄り道をした。

 噴水近くでうつ伏せで痙攣しているゼロワンに近寄り、背中の薄い布地を肩まで持ち上げる。


 何をするつもりかとアザラシがいぶかしんで睨んだ。


 クロスはゼロワンの機械の設計を即座に見切り、背中のハッチを開けたのだ。

 カメラのシャッターのような開閉口が開くとリボルバーの弾倉のような部位が現れ、そこには弾丸のように円柱状の部品が装填されていた。クロスはその単一電池サイズの円柱状部品を抜き取る。


「……あ~、あらあら~。メタリックの第二バッテリー……。お姐さん、久々に冷や汗かいちゃうわ~」


 クロスはそのバッテリーをチェーンを掴む手の中に握り、再びアザラシに向かって歩き始めた。


 タックルを主体とするアザラシからすれば助走距離をこれ以上狭めるわけにもいかず、ろくな対策を用意する暇もなかった。


「……うふふ。年長者は辛いわねぇ」


 アザラシは即座に決意を固めて突撃した。コンクリートの床を踏み抜き、床の塗装を弾き飛ばす力強い進撃で加速する。


 クロスはその場で立ち構えると、チェーンを振るい拳に絡みつかせた。そして鉄の拳となった腕をタイミングを見計らって背後に大きく振りかぶっていった。


 アザラシは攻撃手段にショルダータックルを選択する。パワーファイターとしての一芸を最大限に生かし、考えもなくただ力を込めていく。


 だが、衝突の瞬間、アザラシは後悔した。


「(あら~、完璧なカウンターねぇ~)」


 ゆっくりと感じる時間の中、アザラシはそんな思考を脳内でつぶやく。


 クロスの鋼鉄の右フックがアザラシの顎を捉えた。


 鉄の塊が叩きこまれた瞬間、クロスの想定の二倍の雷撃が、アザラシの頭部を貫いた。

 頭部を貫通した電流は二階の手すりにまで通電し、体を伝った電流は床の上を円形に拡散して周囲を一瞬だけ明るく輝かせる。

 落雷に近い電流と完璧なカウンターヒットは当然の如くアザラシをはじき返し、アザラシは背後に膝を折るようにして倒れていった。


 アザラシは白目をむき、口から蒸発した唾液の湯気を上げて、全身の筋肉を硬直させて崩れ落ちた。


「アザラシさん!?」


 怯えたブラックがさらに大きく後退する。


「ググゥッ!」


 クロスは腕に巻きつけていたチェーンの束を床に投げ捨てた。鋼鉄のチェーンは真っ赤に発熱しており、電源付近の中心部は少々溶解している。


「ムゥ……」


 想像以上の電撃の威力にクロス自身も驚愕した。おかげで有用な武器であったチェーンを破棄せねばいけなくなってしまう。


 仕方なしにクロスはブラックに向かう途中でさらなる寄り道をした。ほんの僅かばかり最短距離から道を逸れ、かつては噴水の一部分であった大きな石片を持ち上げる。それは人の頭二つ分ほどある大きな塊であり、振り下ろしてよし、盾にしてよしの使い捨ての便利な鈍器である。


 それを両手で抱え上げたクロスはものの見事な殺人者へと昇華した。変身ヒーローの不死特性を知らない観客にとって見れば、クロスは本気でブラックの殺害を試みようとしているようにしか見えなかった。


 クロスはブラックを目標に定め、睨むような視線を向ける。フードの中で緋色の瞳孔が禍々しく絞られ、その眼光を直視したブラックは心臓を跳ね上げた。


「あ……」


 ブラックは腰砕けになったように背後に倒れ込んだ。再び起き上がりたくとも足が微細に痙攣していて力が入らない。恐怖で力が抜ける経験など初めてであり、怯える声すら上げることも出来ず困惑した。


 そうしてブラックが震える足から視線を上げると、そこには石塊を高々と持ち上げていくクロスの姿があった。


「あ、あ……」


 ブラックは目を見開いた。


 周囲の観衆の悲鳴と子供の泣き声が徐々に高まってゆく。それは一秒後の惨劇を予測しているかのようで、ブラックは抗いようのない恐怖を前に受け身となった。


 そうして石塊が最上段まで持ち上げられた。その瞬間だった。


「グゥッ!?」


 石塊を振り上げた体勢で、クロスは背後を振り返った。


「させ、ない、わ……」


 アザラシがクロスの足首を掴んでいた。僅かに残った力を振り絞り、クロスの足の骨をへし折ろうと力を込めていた。

 焼け焦げた化粧が黒い(すす)となって顔を汚し、髪はぼさぼさに乱れさせ、痙攣と筋硬直のある肉体を引きずって根性だけで這ってきたのだ。


 だが惜しむらくは、万全の状態ならばクロスの足を捻じり切ることも出来た握力が、今はもはや残っていないということだった。


「ヴォォォォ!」


 クロスは怒声と共に石塊をアザラシの頭蓋に叩き落とした。足の骨を折られる前にと、勢いよく放たれた最大威力の石塊は頭頂部に当たった瞬間真っ二つに砕け散ってしまう。


「きゃぁぁぁぁ!」


 またもや観客の悲鳴が大きく響いた。


 アザラシは気絶する。指の筋肉は硬く硬直していたが、クロスは屈んで足首から指を引きはがすと、再びブラックに向き直った。


「そんな、そんな……」


 ブラックはお尻を引きずって背後に後退していた。


 ブラックは希望を探すように周囲を見回す。


 ヒーロー戦隊たちは最悪なことにこの様子を傍観する立場を取っている。その近くに立つアオバもブラックを助けに来てくれる様子はない。

 キューティクルズはすでに半数以上が気絶していた。意識を保っているクッキング・キューティクルズの二人は敵対していたブラックをわざわざ助けに来るつもりはないようだ。気絶することの無いディアブロはどこかに身をひそめている。奇襲の機会をうかがっているようで、ディアブロはチャンスが現れるまで再び出現することはないだろう。少なくともブラックを助けてくれる見込みはない。

 意外なところでローズもまだ意識を保っていた。だが、むやみな行動をしてまでブラックを助けにこようとはしないでいる。クロスの戦闘力を警戒して、なにか手立てがないか探しているようだった。


 そんなローズにブラックは黄金色に輝く瞳を向けて無理やり操ろうとした。だが、ローズに反応はなかった。


「(そんな、心の闇からは勇気を生み出すことが出来ない……! 怯える心ばかりが膨れ上がっている……!)


 心の闇は弱い心であるがゆえに隠される。

 ブラックは、ローズに見捨てられたのだ。


 本来の勇敢なローズならばそんな行動は取らない。だが、今のローズは精神の表層に脆弱な意志が支配している状態だ。他の古参のキューティクルズも同様であり、ブラックごときを助けるために無理な行動は取らない。それよりも安全策、具体策を探すかのようにブラックの様子を見守っていた。


「(そんな、そんな……! 誰か助けて! 誰か助けて! 誰か助けて!)」


 ブラックはせわしなく周囲に黄金色の目を向けた。だが、それは精神的に逆効果を生み出すばかりでローズたちの警戒心を高めていく。


 そうこうしているうちにクロスは距離を大きく縮めていた。それは、すでに攻撃が届く範囲であった。


「ヴォォォォォ!」

「あ……、いやぁぁぁぁ!」


 クロスの片手に握られた石片がブラックに向けて振り下ろされる。


 その瞬間だった。意外な乱入者が飛び出してきた。


「う、うぉぉぉぉぉぉ!」


 クロスの攻撃が止まる。


 観客の中から、あの(・・)警備員が警棒を振り上げて突撃してきたのだ。


「ムゥ……?」


 クロスは困った声を鳴らしながら、警備員に体を向け、迎撃する姿勢を整えた。

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