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ダークヒーローが僕らを守ってくれている!  作者: 重源上人
VS.アイドル魔法少女キューティクルズ編
51/76

第十九話 ファイトレンジャーVSビーストキューティクルズ! 三階専門店街での死闘! 肉弾戦のレドヴァ!

 ショッピングモール三階、専門店街。


 道の左右に服飾屋、小物屋、雑貨屋、スポーツショップがずらりと並ぶ複合店舗の区画である。中央部には広い吹き抜け空間があり、階下では銃弾やら調理器具やらが飛び交っていた。


 当然三階でも戦闘は行われている。広い通路と連絡橋を戦場に、ファイトレンジャーとビースト・キューティクルズが争っていた。


「がるぁぁぁ! 噛みちぎってやぁぁぁぁ!」

「ハラショォォォ! 吹き飛べぇぇぇぇ!」


 とにかく目立つのは虎とヒグマの毛皮を被った蛮族風の魔法少女二人。


 タイガー・キューティクルはその俊敏さを活かし、三人掛けのソファーをジャンプ台にしてレッドファイターに向かって真っすぐに跳躍した。


 ヒグマ・キューティクルはその三人掛けのソファーを持ち上げ、頭上に振りかぶってただ力任せに投げつける。


「燃えろ心のバーンニング! フレイム空手! 後の先、上段裏回し!」

「流水よ断ち切れ! スプラッシュ・ジークンドー! 飛燕一文字蹴り!」


 レッドファイターの炎を纏った上段裏回し蹴りが、カウンター技としてタイガーの右肩に突き刺さった。


 ブルーファイターの水流を纏った横薙ぎの蹴りが、三人掛けのソファーを両断しする。


「がるぁ! いたい! がぁぁぁぁぁ!」


 蹴り飛ばされたタイガー・キューティクルは、体を丸めてネコのような受け身を取り地面に着地した。そして蹴られた肩に付いた火の粉を慌てて振り払う。


「タイガー! よくも我が同志(ダヴァーリシ)を! ウラァァァァ(ypaaaa)!」


 ヒグマも拳を振り上げて蛮人の如く突撃していく。通りがかりにあった邪魔な観葉植物を無意味に叩き折り、握りしめた両手を高く振りかぶると頭上でアームハンマーを作って跳躍した。


「あらあら~。みんな頑張るわね~」


 そんな様子を、少し離れた場所でアザラシ・キューティクルは指を組んで観戦している。

 アザラシはビースト・キューティクルズにおいて一回りも二回りも大人びた女性であり、豊満な胸に手を乗せたままおっとりと静観していた。


「サンダー・サンボ! ショルダーロック!」

「ブリャー!?」


 イエローファイターがヒグマの背後にまわり、振り上げられた両腕を絡め取ってがっちりと組みついた。


 サンボはロシア発祥の格闘技だ。関節技が多いことに特徴がある。それゆえに膂力に秀でたヒグマ・キューティクルの腕も眼前で交差する状態で固定され成す術がなくなっていた。

 見事に動けなくなる角度でヒグマは組みつかれ、しかも電流も纏っていたため通電によるダメージも受けることとなる。


「あわ、あわ……。どうしよう、助けないと……。でも、電気に触るのは痛そうだし……!」


 そんな中、あきらかに戦闘慣れしていない歩調ででフクロウキューティクルが近寄ってきた。


 フクロウはヒグマと十歩ほど離れた場所で立ち止まり、しかし拳を振り上げるわけでもなく、背中の翼を縮こませてオドオドと困惑していた。


「はっけよ~い! のこったぁっ!」


 そんなフクロウめがけてゴールデンファイターが突撃していく。

 相撲取りの鍛え抜かれた張り手がフクロウの顔に向かって力強く振り下ろされた。


「ひゃぁぁぁ!」

「どすこっ……!」


 フクロウはなにも出来ずに縮こまった。素人の防御らしく両手を掲げ、背中を丸める。


 ゴールデンファイターはそんな非力な相手を前に攻撃することもできず、攻撃を寸止めさせた。


「すいませんでしたー!」


 ゴールデンファイターは気真面目なことに、姿勢を整えてから頭を下げ、フクロウに謝罪した。


「ふぇっ……! あ、あの、その、こちらこそごめんなさい! なんだかとってもごめんなさい!」


 フクロウもそれにつられて謝罪する。なんだかよくわからないがとにかく謝罪しようとぺこぺこと何度も頭を下げて謝った。


「アブブブブ! 電気がっがっがっが! ハラショショショショッ!?」


 そんな中、イエローファイターに組みつかれたヒグマがより強力な電気が浴びせられるようになって、ついに口のろれつがまわらなくなっていっていったようだった。


 そのようなヒグマの惨状を見たフクロウは、ハッと気付いたようにゴールデンファイターを見上げた。


「あっ……! や、やっぱりごめんなさい! えと、攻撃、しますっ!」


 フクロウはオドオドとした姿勢を崩さないままに、背中の両翼を広げて見せる。


「おおっ!?」


 ゴールデンファイターは驚いた


 その翼は片翼三メートル、灰色と茶色で模様が描かれた巨大な羽だ。

 フクロウ特有の消音機能を内蔵した膨らんだ羽毛をしていながら、かつ猛禽類の力強さを感じさせる筋肉量が一目でわかるほど大きい。小柄すぎるフクロウ本体と比べるとギャップの酷い勇猛さだった。


 そのような翼が大きく振りかぶられ、そしてただ一度だけ羽ばたかれる。


「んのぁぁぁぁ!」


 その風圧にゴールデンファイターの体がたやすく浮かんだ。近くの観葉植物が鉢ごと吹き飛び、店舗のガラスのショーウィンドウが軒並み破砕していく。


 当然その風圧の砲弾は進行方向状の障害物をすべて巻き込み、ゴールデンファイターにイエローファイター、ヒグマ・キューティクルやその後ろのレッドファイターもまとめて吹き飛ばした。


「なんだぁぁぁ!?」

「ハラショォォォ!?」

「吹き抜けに落ちる! レッド掴まれ!」


 ブルーファイターが吹き抜けに落ちかけたレッドファイターを通路まで引き寄せる。


 逆に中高生程度の身長で体重の軽いヒグマはよく飛んでいき、隣の連絡橋の上まで飛んでいくとなんとか背中を丸めて着地した。


 そして体重の重いゴールデンファイターは体を即座に落下させ、通路の手すりを大きく曲げさせて停止する。


 そんな中、風の直撃を避け、柱で三角飛びを決めてきたオレンジファイターがフクロウに向けて飛来してきた。


「遅すぎる風だ! 音速のカポエラ奥義! 真空飛び膝蹴り!」

「あわっ!?」

「がるぁぁぁ! 危ない!」 


 フクロウに飛び膝蹴りが激突する瞬間、射線に割って入ってくる形でタイガー・キューティクルが飛び込んできた。

 タイガーはフクロウを腕で薙ぎ払ってその場から押しのけると、自分のほっぺたで飛び膝蹴りを受け止める。


「がるぅっ!」

「タイガー!」


 タイガーは弾かれ、小物屋のガラスケースに背中を打ち付けた。ガラスケースが倒れると、中の腕時計やジッポーライターを巻き散らかして転がった。


「うっ、キューティクルズ攻撃すると罪悪感がヤバい! ううっ! ごめんね! お願いだからすぐに気絶して! 音速(ソニック)顎打ち上げ蹴り(ケイシャーダ)!」


 オレンジファイターは間髪いれずに二歩の軽快なステップでフクロウに近付くと、くるりと反転して勢いを付けた蹴り上げを放った。


「はわっ!」


 フクロウは目を見開いて硬直した。回避行動が取れない。

 そして蹴り上げがフクロウの顎を穿つ、そんな瞬間だった。


 音速の足技が、バシンッと音を立てて手のひらに受け止められた。


「えっ!?」

「あらあら~。女の子の顔を攻撃するなんて、ひどいことしちゃダメよ~?」


 オレンジファイターの足を掴んだのは、おっとりとした微笑みを見せているアザラシ・キューティクルであった。


「えい!」

「きゃぁぁぁぁ!?」


 オレンジファイターはアザラシに片手で振り回された。まるでおもちゃでも振りまわすかのように軽々と体が浮かび、オレンジファイターは一度柱に叩きつけられた。

 そしてマネキンでも投げるかのような手軽さで離れた場所の書店まで放り投げられる。


「オレンジ!」

「っく! みんな気をつけろ! すごいパワーだぞ!」

「俺がやり返してやる! 燃え上がれ魂! バーンブースト・正拳かぎ突き! うおぉぉぉぉ!」


 その様子を見たレッドファイターが、背中から炎を噴き出させて加速させたフックパンチをアザラシに向かって放った。


「あら~」


 そんな加速の付けられた拳を、アザラシはおっとりとした動きでたやすく片手で受け止める。

 拳が衝突した瞬間に手のひらから爆風のように炎が炸裂したが、そんな熱量を無視してレッドファイターの拳を覆うように握りしめた。


「ウソだろ! 今のは最大の加速を付けた空手の一撃っ――! ぎゃぁぁぁぁ! 拳が潰れるぅぅぅ!?」

「おいたは駄目よ~?」


 アザラシはレッドの拳を握りしめた。さほど力を入れたようにも見えない指が、見る見るうちにレッドの握りこぶしを圧縮してつぶしていく。


「ぐぅぅ! 燃え上がれ、俺のバーニングハートぉぉぉ!」

「あら~?」


 レッドファイターは燃え上がった。全身発火だ。

 その全身を包んだ炎は即座に膨らみ上がり、爆風のように円形に放出される。


 その炎風はアザラシ・キューティクルの全身をも包みこんだ。だがアザラシはそんな炎にもまるで表情を崩さず、優しげな表情でレッドを見下ろした。


「効かない!?」

「うふふ。アザラシはね、厚い脂肪があって熱さ寒さに強いのよ」

「脂肪!? そんなもので俺の炎がっ! っは!?」


 レッドファイターは思わず、目の前にあったアザラシ・キューティクルの豊満な胸を凝視した。

 夕張メロンサイズのGカップがすぐ目の前にあり、たまらずレッドファイターは息を飲む。


「あら~? いけないおめめね?」

「あっ!」


 レッドファイターは即座に視線を上げた。


 アザラシは空いた片手で胸の谷間からポケットボトル(太ももに沿って湾曲した鋼鉄製のボトル。禁酒法時代に流行したもの)を取り出し、器用に片手で蓋を外ているところだった。


 なにをするのかとレッドファイターがいぶかしんでいると、アザラシはボトルの中身を口に煽り、レッドに向けて噴きかけた。


「うわっ! なんだ!?」


 噴き掛けられた液体は青い炎を上げて燃え上がり、レッドの顔に張り付く。


「えっほっ!? この匂いは、アルコールか!」

「ロシアではただの水道水よ?」


 限りなく透明に近い青い炎。

 もともと炎を纏っているレッドファイターに炎は効果がなかったが、そのかわりに強烈なアルコール臭が激しくレッドファイターをむせ込ませた。どう考えてもそこらのウィスキーよりも度数が高い。工業用アルコールではないかと思えるほどのアルコール臭だ。


「レッドっ! よけろぉ!」

「はっ!?」


 その呼びかけに気付いてレッドファイターが顔を上げた。だが、すでに遅かった。


 いつの間にかレッドの手は解放されていた。そして目の前では、アザラシ・キューティクルが腕を大きく背後に振りかぶっているところだった。


「お・や・す・み」

「ぐぼぁっ!?」


 フルスイングから放たれたラリアットが、レッドファイターの頭を消し飛ばす。

 強烈すぎる一撃ゆえに瞬きする間もなくレッドファイターの頭が床に打ち込まれた。


 そのあまりある衝撃は下の階にも伝播して、あろうことか下の通路の蛍光灯を三つも割ってしまう。当然レッドファイターの頭は半分ほど床にめり込んでしまったほどであり、アザラシの尋常ではない膂力を見せつけられる形となった。


「レッドぉ!?」

「うふふ~。さ~て、次は誰かしら~?」


 アザラシはレッドファイターの上を当然のように踏み越えると、のんびりとした歩調でファイトレンジャーに向けて歩いて行く。


「はっけよ~い! のこったぁ!」


 そんなアザラシに突撃していったのはゴールデンファイターだ。相撲の立会いそのままの踏み込みでアザラシにぶつかった。


「あら~。すごいパワーね~」


 そのような体当たりの勢いをアザラシは受けきった。そしてゴールデンファイターのまわしを掴んで見せると、自然と互いに相撲を取り合う形で力は拮抗する。


「はー! のこったのこったのこった~! のこったー!」


 ほんの数秒後、力の釣り合いは瞬く間にゴールデンファイターに傾いた。


 ただ筋力に優れただけのアザラシと、本職の相撲取りでは足腰の鍛え方がまるで違うのだ。

 腕力と握力でアザラシは右に出るものはいないと自負していたが、だからといって腰の入った力士の押し出しを腕力だけで止めることは出来ない。


 アザラシは見る見るうちに足を滑らせて押し出されていった。


「あら~。後ろに滑っていくわ~」

「ごっちゃんです!」


 さすがのアザラシもゴールデンファイターを賞賛した。

 しかし力負けしていながら、アザラシの穏やかな表情はまるで曇る様子がない。


「しかたないわね~。このまわし、(ほど)いちゃいましょ~」

「どすこい!?」


 アザラシはゴールデンファイターの腰の後ろに手を回し、結び目を掴んだ。


 スーツの上に巻いているまわしであるので解かれても問題はないのだが、職業病かゴールデンファイターはあわててそれを防ごうと力を緩めてしまった。


「ちょんまげも掴みやすそうね~」

「んのぉぉぉぉ!?」


 アザラシはその隙を突いてゴールデンファイターのまげを握りしめた。ヘルメットの上のまげを引きちぎれんばかりに引き寄せられる。

 相撲取りとしてゴールデンファイターはまげを解かれるわけにもいかず、されるがままに頭を下げるしかなかった。

 

「うふふ、ごめんなさいね。これで退場よ」


 アザラシはゴールデンファイターに大外刈りを掛けた。まげを引き寄せられて成す術のないゴールデンファイターはたやすく足を引っ掛けられ、そのまま片手で肩の上に担ぎあげられる。

 ゴールデンファイターの足が一瞬だけ天井を向き、バックドロップを決められる形で吹き抜けの手すりに腹部を強く叩きつけられた後、ゴールデンファイターはそのまま三階から投げ捨てられた。


「ゴールデンファイター!?」

「うふふ。残念だったわね? 土俵から落としちゃったわ」


 アザラシは何事もなかったかのように手すり際から身を起した。


「さて、次は誰? そうだ、次の人はお姐さんがマッサージしてあげるわよ? 肩と腰、どっちをもんで欲しい?」


 アザラシはレスリング的な前傾姿勢を取り、鉤状に曲げた指からみしみしと筋肉の軋む音を響かせた。


 掴まれればただのマッサージでは済まないことなど目に見えている。握られたら最後、ハンバーグになる前の牛ミンチのように肩と腰を揉み砕かれることになるだろう。これはアザラシなりの脅迫だ。


「くっ! まずい! 俺たちの技ではパワー負けしてしまう! 近接戦では勝ち目がない! なにか、なにか違う方法を探さなくては!」

「がるるぁ! アザラシ、すごい!」

「ハラショォォォ! いいぞぉ! 全部ぶっ壊せぇぇぇ!」

「あらあら~。みんな戦わないの? 仕方ないわね~。それじゃあここのヒーロー戦隊は私が倒しちゃうわよ? その後でみんな一緒に戦いましょ~」

「がるぁ! そうするっ!」

「ダー!」


 タイガーとヒグマは場所を移動し、アザラシの背後の少し離れた場所で観戦を始めた。

 前傾姿勢を取っていたアザラシは行動を開始し、姿勢を低くしたまま駆け出していく。


「ブルー! 私のサンボでこいつを取り押さえる! その間に増援を呼んできてほしい!」

「無茶だ!? あれを相手にそんな時間、持つわけがない!」

「考えている時間も――っ! 来た!」


 イエローファイターは迎撃の構えをとり、アザラシを待ちかまえる。片手を前に出し、もう片腕は脇をしめた。力を受け流す合気サンボの動きだ。


 イエローファイターの熟練の技量をもってしても、アザラシの攻撃を受け流せるかは極低確率であった。尋常ではない膂力に加えて、動きが熟達したレスリングのそれだ。駆け寄ってくるアザラシの圧力は十トントラックにも相当する。


 そんなアザラシの手がイエローファイターの腰に伸びる。そんな瞬間だった。


「悪い子はいねえが~!」

「はっ!?」


 アザラシは踏み込みの最後の一歩で床にひびを入れるほどの強烈なブレーキをかけた。そして力技で無理やり体を後退させ、背後に跳躍する。


 すると先ほどまでアザラシの首のあった場所に、大きな鉄の(なた)が振り下ろされ床に深く突き刺さった。鉈を振り下ろした人物は吹き抜けの手すりを乗り越え、赤い(わら)の外套をひるがえしながら三階に着地する。


「がるぁ!? だれだ!」

「お前は、なまはげサンタ!?」

「がははは! 悪ぃ子の匂いがするなぁ! ここはおらの出番かぁ!?」


 右手に大鉈、左手に白い大袋。顔には大きな歪みのある鬼の面。木綿のサンタクロース衣装に赤い藁の外套で身を包んだ不格好な姿をしている。そんななまはげサンタ怪人は、怒りに満ちた鬼の形相をキューティクルズに向けた。


 だが、そんな怪人の登場にアザラシはひるまない。


「あらあら~。怖そうな怪人さんね~。そんな見た目じゃ子供が怖がるわ」

「悪い子どごを怖がらせるためにいるんだもら当然だぁ! さあ、悪い子見つけたどぉ!」

「がるぁぁ!? こっち見られた!?」

「私たちは悪い子じゃないぞ!?」

「ウソつくでねぇ! おめどら、宿題をやっていねな!」

「がるぁ!?」

「なぜそれを!?」

「あらあらぁ~? 二人とも、宿題は終わらせてからここに来るってお姐さんと約束したわよね? どういうことかしら~?」


 アザラシは首だけ振り返り、問い詰めるような視線でタイガーとヒグマを睨んだ。


「アザラシ! こわい! こわい!」

「ちがう! 私たちは、あとでしようと思っていたんだ!」

「あら~?」

「悪い子どご見つかったみたいだな! 鬼がやってきたどぉ~!」


 なまはげサンタは大鉈を振り上げ、威圧的な歩調でタイガーとヒグマに近付いて行く。


「あら~? だからと言って、危害を加えさせたりはしないわよ?」

 

 そんななまはげサンタにアザラシは組みついた。レスリングの動きでなまはげサンタの腰を囲い、頭を腹部にうずめる。


「(おい、アザラシ・キューティクル)」

「あら?」


 突然、なまはげサンタの仮面の裏側から、若い青年の声が聞こえてきた。


「(死んだふりをしてくれ。あの子たちを怖がらせたい)」


 アザラシは力をそれ以上込めるのを止めて、わずかに思案した。


「(……どうして協力しなければいけないの? 私はあの子たちの保護者よ?)」

「(お前も年長者なら分かるだろ。なまはげの役目)」


 アザラシはさらに時間をかけて考え込む。


「(……あなたを信用しろと?)」

「(なまはげは悪い子を懲らしめるためにいる。こんな見た目だが、中身は教師だ。協力してほしい)」

「(…………)」


 アザラシはそのまま数秒間だけ組みついたまま考え込む。そして……。


「あぁ~れ~! や~ら~れ~たぁ~!」


 突然その場から飛ぶように離れ、へたくそなバレリーナように片手を上げてくるくると回り、力無く地面に倒れた。

 あまりにもずぼらな演技であったが、キューティクルズは突然敗北してしまったアザラシに驚愕した。


「がるぁ!? アザラシ!?」

「どうした!? なんでやられた!?」


 タイガーとヒグマは驚きのあまり一歩退いた。


「がははは! 必殺・オトナノジジョー! 悪い子供どごを相手にした時、おらは無敵となるのだ!」

「がぁぁ!? ずるい!」

「なんだってッ!? お前、ひきょう者だ!」

「ずるくないし、卑怯者でもねえ! おらはなまはげだ! さあ、悪い子はいねぇが~! 泣く子はいねぇが~! 喰っちまうど~!」


 なまはげサンタは大鉈を振り上げ、大股歩きで威圧的にキューティクルズに近付いて行く。


 そんな時、なまはげサンタの前を遮るようにフクロウ・キューティクルが飛び出してきた。


「ダメ……! みんなを、食べさせない!」


 フクロウは背中の巨翼を振りかぶり、なまはげサンタを吹き飛ばそうと力を込めた。


「……吹き飛っ――!」

「おおっと、待つど!」


 なまはげサンタは手の平を向け、フクロウを制止した。

 フクロウは律義にも翼を途中で止めてしまう。

 すでになまはげサンタの攻撃の間合いであった。だがなまはげサンタも大鉈を下ろして戦闘姿勢を解除してしまう。


「君はどうやら良い子のようだ……」


 なまはげサンタの首がぐるりと反転する。歪んだ鬼の面が反対側にまわり、代わりに翁の面のような笑顔の老人の仮面が現れた。体を覆っていた藁の外套は背後に持ち上げられてマントのようになると、中に隠されていたサンタクロースの衣装があらわとなる。


「フォっフォっフォっ。メリークリスマス! 私は季節外れのサンタさん。宿題の終わっていたいい子にはプレゼントをあげよう!」


 一瞬にしてなまはげサンタの印象が一変した。大鉈を背中の藁の中に差し入れ、代わりに楽しげに白い大袋の中をごそごそとあさり始める。


「えっ、えっ……?」


 フクロウは状況の変化に対応できずに、ただ戸惑うことしかできなかった。


「それに君は、どうやら普段からみんなに迷惑をかけないとっても良い子のようだ。学校の成績もいいね。これは特別いいプレゼントをあげないといけないみたいだ。どんなプレゼントが欲しいかな?」

「ふぇぇ……!? あ、あの、私……」

「ああ、言わなくてもいいよ。君が欲しかったのはこれだね? ぬいぐるみ屋のガラスケースの中にあった、非売の展示品! 名称不明の大っきなテディベア!」


 突然白い袋が膨らんだかと思うと、中からフクロウの身長とほとんど同じサイズのテディベアが引っ張り出されてきた。


「はい、メリークリスマス!」

「わぁっ……!」


 フクロウは大きなテディベアを手渡されると、思わずキラキラと目を輝かせて抱きついた。


 そのテディベアはフクロウの両手で囲えないほど大きく、質の良いモヘアの毛皮は優しい肌触りをしている。

 つまりは完全特注の贅沢な一品物だ。個人向けのプレゼントにしては高級過ぎる品であると言えるだろう。


「すごい……! やわらかーいー!」


 フクロウはテディベアに顔を埋もれさせた状態で喋り、綿を通してくぐもった感嘆の声を響かせた。


「がるるぁ! ずるい!」

「ハラショォォォ! 私もほしい!」

「悪い子は駄目だ!」


 なまはげサンタの顔が再びぐるりと回転する。歪んだ鬼の面が正面に現れ、サンタの衣装は藁の外套に隠されてしまった。


「おめどら! 悪いことは宿題だけでねな!? 割っちゃった手鏡を机の裏に隠してっどれ!」

「がるるぁ!? なぜそれを!」

イディオット(バカ)! タイガー!」

「あらあら~? 無くしちゃった私の手鏡、あなた達の仕業だったの~?」


 アザラシ・キューティクルがゆっくりと這いあがる。


「がっ!? アザラシが生き返った!」

「ゾンビ!」

「それだけでねな! 終わっていない宿題を無くしてしまったと先生に言い訳しただな! ほかにもフローリングで爪研ぎをして、それをカーペットで隠しているべっちゃ!」

「がるるぁぁぁぁ! こいつ、黙らせる!」

「ウラァァァ! おまえ! 死ねェェェ!」

「あらあら~? それは本当なのかしら~?」


 アザラシが四つん這いの姿勢でタイガーとヒグマを睨みつける。


 その圧倒的な捕食者としての視線に射抜かれ、なまはげサンタを攻撃しようとしたタイガーとヒグマはビクッと体を震わせ急停止した。


「アザラシ! ちがう! 敵はあっち!」

「そいつ倒せば、全部解決! みんなシァスティ(しあわせ)!」

「そんなことさせないわよ~。うふふ。この期に及んで往生際が悪いわね~?」


 アザラシは前傾の構えをとり、両手を左右に広げて指を鉤状に曲げる。先ほどファイトレンジャーに向けたものよりも本気度の高い突撃姿勢だ。


「嘘を付くような子は、お尻ペンペンよ?」

「がるあぁぁ!? お尻ペンペン!?」

「それはダメ! 骨盤割れて死ぬゥ!」

「あらあら~、引け腰になっているわよ二人とも。反省しない子はどうなるか、よ~く分かっているようね? きちんと謝ることが出来たら、お姐さんだって笑って許してあげるんだけどな~?」

「逃げる! タイガーはまだ死にたくない!」

「私も逃げる! 全力で!」

「あらあら~?」


 タイガーとヒグマは足を揃えて駆け出した。脱兎の如き四足の全力疾走である。


「……お姐さんと鬼ごっこしたいのかしら? うふふ、お姐さんは絶対に逃がさないわよ~?」


 アザラシも床を踏み抜くような力強い足取りで駆け出していく。そのパワーに満ちた加速は大型恐竜のようで、大型トラックであろうと正面から押し返せそうな勢いであった。スピードこそさほどではないが、単純に見た目が怖い。

 

「がるぁぁぁ! 追ってくる!?」

「怖い! アザラシ怖いィィィ!」


 タイガーとヒグマは服飾売り場のジャングルに飛び込んでいった。その後に続いてアザラシも追いかけ、ハンガーラックやらマネキンやらをへし折りながら潜り込んでいく。


「ふぇぇ……!? みんな、どこ行くの……! ま、待って……!」


 大きなテディベアを抱えたフクロウがたどたどしい足取りで三人を追いかけた。大きすぎるテディベアは視界を完全に塞いでしまう上、体のバランスが悪くなる。ほとんど横歩きに近い動きでフクロウは歩き出した。


「ふぉっふぉっふぉ。君は一度家にそのぬいぐるみを置いてきた方がいいんじゃないかい? こんな戦場に置いては、燃やされたり千切れたりするかもしれないよ?」


 再びサンタクロースと化したなまはげサンタがフクロウに声をかける。


「ふぇっ……! で、でも、私だけ、家には帰れない。他の階では、他のキューティクルズ達も、がんばって戦っているから……」

「ふぉっふぉっ! 誰も怒ったりしないよ。もし怒られるようなら、私が口車に乗せたのだとみんなに向かって謝罪しよう。せっかくのプレゼントが傷だらけになってしまったら私だって悲しい」

「い、いいのかな……?」

「君のその自慢の大きな羽で、文字通りすぐに飛んで戻ってくればいいのだよ。ほれ、それを抱えては飛びにくかろう。そのぬいぐるみのすっぽりと入る大きな袋もあげよう」


 なまはげサンタは白い袋からさらに大きな袋を取り出し、口を広げてフクロウの足元に広げた。

 フクロウがその意図を察し、その上にぬいぐるみを置くと、手早く袋が持ち上げられすっぽりとぬいぐるみは覆われ巾着口で閉められる。


「あ、ありがとう……」

「ふぉっふぉっふぉっ。さて、時間が惜しかろう。すぐに飛び立つがよい」

「……うん! ありがとう……! サンタさん……!」


 フクロウは背中の巨翼を勢いよく振り上げた。たった一度の羽ばたきで十メートルほど後方に飛翔し、一瞬のうちに吹き抜けの中に落下していく。


 なまはげサンタが風圧の怯みから体勢を立て直して即座に吹き抜けの中を覗くと、フクロウはさらなる羽ばたきで時速六十キロほどまで加速して、開きっぱなしの正面玄関めがけて急降下しているところだった。


 真面目なことにフクロウは本当に急いで戻ってくるつもりのようである。他のビースト・キューティクルズとは違い、寄り道などしないことだろう。正面玄関を突き抜けていった時には時速八十キロに達していた。


 そんなフクロウの後ろ姿を確認して、なまはげサンタは笑った。


「ふぉっふぉっふぉっ! 大勝利!」


 なまはげサンタは勝利ポーズをとるように背筋を伸ばして腕を組んだ。


「……なんだ、この勝利の仕方は。まじめに戦っていた私たちがバカみたいじゃないか」


 少し離れた場所で、イエローファイターが愚痴をこぼすように肩を落としてつぶやいた。


「ふぉっふぉっ! 相手が子供限定だが私に敵う相手はいない! かつてはこの力でティーチャーレンジャーを半壊させたものさ! もちろん最後はやられたが、それでも怪人の力はすごいのだ!」

「……正直、わすれていたな。だがもともと五対一で釣り合う戦闘力の差があるんだ。本当に怪人は強い。こんな卑怯臭い能力も持っているくらいだもの。俺はお前たちを守るつもりでいたが、これは謝罪しなければいけないだろうな」


 ブルーファイターが賞賛の声を上げる。

 それになまはげサンタは気を良くしたように声のトーンを上げて答えた。


「ふぉっふぉっふぉっ! では協力しよう! まだこのショッピングモールでは戦っている仲間がたくさんいる! 加勢しにい――っ!?」

「なんだっ!?」


 突然、周囲から火花が散った。床や柱、天井からなにもない空間に至るまで花火を巻き散らかしたかのように閃光がきらめく。


「見た事のない技!? これは怪人!? キューティクルズ!?」

「分からん!」

「ほっ!? あっちから誰か来る!」


 なまはげサンタが奥から走り寄ってくる存在に気が付いた。

 駆け寄ってきたのは消火器怪人だ。


「くっ! なんだ今の光! いや、それより! お前ら! 余裕ができたか! それなら向こうの加勢に行ってくれ!」

「なにがあった! 消火器怪人!」


 ブルーファイターが尋ねた。すると消火器怪人は慌てた様子で声を荒げた。


「急げ! 最強のキューティクルが出てきた! すでに何人かやられている! なにかの能力で封殺しないと全滅するぞ!?」

「なんだって!?」


 その慌てた説明は本格的な緊急事態を示すものだった。

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