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ダークヒーローが僕らを守ってくれている!  作者: 重源上人
VS.法律戦隊ジャスティスレンジャー編
5/76

第三話 駅前に現れた恐怖! 無限のカロリー お菓子怪人パティシエール・ロマン参上!

 駅にたどり着くと、そこは休日の来訪客でごった返していた。

 都市部とは言えないが、それなりに高さのある高層ビルと、人気の飲食店が集まる駅前だ。


 交通量の多い国道に面しているが、車の騒音よりも人ごみの雑踏の方がはるかに騒々しい。国道の向かい側にはチェーン店の競合で栄えた商店街があり、駅地下にも四十店舗以上の店が出店しているため、人が集まるのは当然ともいえる立地をしていた。


 有象無象の群衆を収容しきれるだけの駅前の広場は、祭りなどで露店を並べるために過剰に広く設計されたイベントスペースだ。クロスたちはそんな広場にいた。

 白と茶色のパターンレンガタイルに、有名建築士によるキャンドル型噴水、駅前特有の高層建築物にならぶ飲み屋の看板。駅に沿って建てられた大小様々のカフェテリアにファーストフード店。少し遠くにはパラソルと円形テーブルの並ぶビアガーデン。

 そして尋常ならざる雑踏がクロスたちの視界を奪い、ほんの20メートル先の飲食店すら様子をうかがうことも出来ない状況に追い込んでいた。


 中学生のカップルに、高校生の集団、親子連れの家族、小学生二人組、アフロヘアーの外国人、巡回中の民間警備会社の警備員に、外回り営業中のサラリーマン。駅前に集まる人ごみは多岐にわたり、さらにはそれら組み合わせも数秒後にはまた新しい組み合わせにすり替わって同じ人物が再び視界に入ることは二度となかった。


 そのあまりに人の多い様子に、モリスがたまらずに叫んだ。


「うわ~! 今日思ったよりも人が多かったよ!? どうしよう、もしかしてお店どこも入れないかな?」

「本当に、人が多いね……」


 モリスとユダは辺りを見渡した。はぐれたら二度と再会できなくなるような人ごみの数である。当然の如く、そのような雑多な場所で落ち着いて腰を据えて休める場所などあるはずがなく、すぐ視界に入るような一等地はどこも満席だった。 


 やがてユダが噴水の辺りに視線を向けた際、休める場所ではなく、そのかわりに何か気になるものを見つけたようだった。


「あれ? あそこにいるの、もしかして赤井君かな?」

「え? 赤井君って、ユダっちと同じクラスの?」


 ユダが見つけたのは、どうやらユダの同級生の男子だったようだ。その男子は噴水のふちに座り込んで頭を抱えており、前のめりに肘をついていた。


「うん。あそこの噴水で座ってる人、やっぱり赤井君だよ。……どうしたんだろう、一人で座って。……友達いないのかな?」

「いやいやユダっち。いないのかな? は、さすがにひどいって! こないのかな? の間違いにしといてあげようよ」

「うん、でも、なんだかうなだれてるみたい。なんで一人で駅前にいるんだろう? ……ごめんモリス! ちょっと声をかけてきてみるね!」

「あ! ちょっと、ユダっちぃ!? 目的忘れないでぇ!」


 ユダはクロスの腕から離れて、噴水の広場まで走っていった。赤井の目の前まで駆け寄ると、ユダは赤井に声をかけた。


「あの、こんにちは、赤井君」

「あれ? 湯田さん!?」


 赤井は下げていた顔を持ち上げ、ユダの登場に驚いていた。うなだれていた割には表情に曇りはなく、ただ困惑して視線をユダに向けていた。


「こんなところでどうしたの? 何か悩んでいるように見えたけど?」

「あ、いや、別に悩んでたわけじゃなくて、昨日けっこうな運動したから疲れてただけなんだよ。湯田さんこそ、いったいどうしたんだ?」

「なんかちょっと気になってね。今日は友達と遊びに来たんだけど、もし暇なら、赤井君も一緒にどうかなって?」


 ユダは無意識におせっかいを焼いていた。相手がだれにもかかわらず、困っていそうな人にはつい声をかけてしまうのはユダの癖だった。モリスにはよく直した方がいいと言われていたが、本人には直すつもりがまるでなく、今日もまたその癖がつい出てしまったのだ。


 別にユダは目的を忘れたわけではなかったが、同級生一人増えたところでなにも問題ないだろうと、そうユダは考えたのだった。


 赤井は懐かしがるようにユダを見ると、軽く笑ってから返答した。


「ははは、大丈夫だよ湯田さん。今日は俺も友達と待ち合わせしているんだ」

「ほんと? ……良かったね。友達、出来たんだね」

「まあな、高校に入って半年もたてば自然と友達も出来るさ。とはいえ、これも全部湯田さんのおかげなんだがな。入学早々の一人ぼっちだった俺に、湯田さんが話しかけてくれなかったらいまごろ俺は退学していただろうしな。そういえばクラスが変わってから湯田さんは知らないかもしれないけど、今じゃ俺は風紀委員をやっていて、自分でもびっくりするような真面目くんになったんだぜ。さらに言えばそのおかげで、この本と出会えて本当に人生も変わったんだ」


 赤井は足元に置いた手提げ袋から、分厚い鈍器のような法律辞典を持ち上げた。それは赤いメタリックカラーの硬質な装丁のなされた法律辞典だった。


「……それは、六法全書?」

「ああ、こいつのおかげで俺は人生が変わったと思う。友達がいなくて一匹狼気取りだった俺が、今じゃ法律サークルのリーダーだ。まあ、あれから色々あってな。今日はこれからそのサークルの仲間たちと、そっちの飲み屋街にあるグリーンマイルっていうカフェバーで勉強会しようって話になったんだ」

「へ~、そうなんだ。いいことだね」

「ああ、まったくだぜ! おっと、噂をすればその仲間が来たみたいだ。おーい、ホワイト!」

「あ、レッドさん! お待たせしました」


 駅の入り口からは、白のダッフルコートに身を包んだ白石つかさが走って来ていた。ショートヘアを左右に揺らし、手には六法全書が入っているであろう手提げ袋を抱えていた。


「……レッドさんって?」

「ああ、それは俺のあだ名。赤井だからレッド。あいつは白石だからホワイト」

「なるほどね。なんだか赤井君に似合っているね、そのあだ名」

「そうか? あんたにそう言ってもらえると、うれしいな」


 ホワイトは赤井の手前でぴたりと止まった。仲よさそうに話すユダと赤井を見て、ホワイトはどうしてか近付けず、少しばかり距離を取ってから話し始めた。


「……あれ? レッドさん。この人は?」

「ああ、この人は俺の同級生の湯田さん。俺に六法全書と出会わせたきっかけを作ってくれた、まさに恩人だよ」

「あなたは、白石さん? よろしくね。私、ユダっていうの」


 ユダはホワイトに向けて軽く会釈をした。ユダのその仕草は清楚で可憐。ホワイトはユダを前にして、自然と緊張してしまっていた。


「えっと、こ、こんにちは! 私は、白石つかさっていいます! それで、えっと、その、……湯田さんとレッドさんて、どういう関係なんですか?」

「どういう関係って?」


 ユダはいきなりのホワイトの質問に疑問を持ち、首を傾げた。

 その首を傾げた反動でユダの長い黒髪はふわりと揺れ、隣にいた赤井の肩に黒髪が少しばかり乗り上げる。


 レッドとユダの距離感は相当に近かった。二人は隣り合ったと呼べるほどの近さを保っており、まるで添い合っているようにホワイトの目には映っていた。


「あの、ただのお知り合いさんですか?」

「ええ、そうだけど?」


 ユダは当然のように返す。するとホワイトはすぐに返事を返した。


「あ、あの、私は、その……、レッドさんの、……か、彼女です!」


 ホワイトはとたんに何か慌てるように動いて赤井の隣にまで走り、赤井の左腕に自分の両手を巻きつけた。


「お、おい、ホワイト! いきなりひっつくなっ!? 急にどうした!?」


 赤井がそのホワイトの突然の行動に困惑する。普段積極的な行動をとる事のない内気なホワイトが、ほっぺたをすりよせるようにして、いきなり赤井の腕に強く密着したのだ。


「お、落ち着け。ここは人前だから、少し離れてくれないかホワイト!?」

「わ、私は彼女だからいいんです! 彼女じゃない人は、くっついちゃだめですけど!」

「いや、いきなり何言っているんだおまえは!?」


 ホワイトはユダをにらみつけながら言っていた。


 ユダはその視線に押されるようにして赤井の隣から離れる。そのホワイトの行動の意図をユダは察知すると、自然とほほ笑みをこぼしていた。


「ふふ、よかったね、赤井君。モテモテだね」

「あ、ああ、まぁ、そうだな」

「ま、まぁって、なんですか、まぁって! レッドさん!?」

「いや、否定的な意味じゃないぞ!? 本当におまえ、今日は一体どうしたんだ?」

「ううぅ、私だって知りませんっ!」

「なんで拗ねるんだよ!? なあホワイト、俺、なんか怒らせるようなことしたか?」

「してませんけど、してました!」

「なんだそれ!?」


 赤井はそのホワイトの様子にひどく困惑した。赤井にとってホワイトとここまで会話の噛み合わないことは初めてだった。すり寄せられたホワイトの頬はいまだ赤井から離れない。


「すまんレッド。待たせたか?」

「あっ! ブルー! 遅いぞ!」


 駅の入り口側から赤井は呼びかけられた。声の聞こえた方角を赤井は振り向くと、同じサークルのメンバーである青柳瞬が、いつの間にか近くまで来ていたことに気が付いたようだった。


 そしてその後ろに、同じく法律サークルのメンバー、紫乃原ゆいもついて来ていたことに同時に気が付く。


「わぁお! ホワイト積極的っ! やる時はやるじゃん!」


 紫乃原は両手をあげて大仰に驚いていた。


 紫乃原は小学生を卒業してきたばかりくらいの見た目の、しかし服装だけは大人じみた紫のワンピースに白のショールマントという、少し背伸びをした子供のような中学生だった。

 髪型は僅かにウェーブをかけた弱めの縦ロール。顔も体格も小さいが、瞳と胸だけは人並みに大きい。さらにはその女の武器を活かすだけのナチュラルメイク技術と健康的な肌の露出の仕方を心得ていた。これで年齢さえ整えば男をもてあそべるであろう、そういった美少女であった。


 その二人組を見た赤井は、ひとまずの状況の変化に安堵する。


「ああ、パープルもやっと着いたか。……ん? なあブルー、イエローは一緒じゃないのか?」

「あいつは情報収集があるから夜から来るそうだ」

「そうか、まあイエローに関してはいつものことか。すまないな湯田さん、こっちはどうやら仲間が集まったみたいだ」

「みたいだね。じゃあ、私も友達を待たせてるから。また学校で会おうね、赤井君」

「ああ、またな、湯田さん!」


 ユダは小さく手を振ってその場を離れた。赤井もホワイトに掴まれていない方の手を上げて軽く振り返す。


 その様子を見たホワイトは、レッドを抱擁する腕にさらなる力を込めた。


「またってなんですか!? またって!? レッドさん!」

「いや、そこは気にかけるような挨拶じゃないだろ!? ホワイト、ひとまずおまえは落ち着けって!?」

「私は落ち着いていますよ! 落ち着いていないのは、……えっと!? その、あの!? そんなことはどうでもいいんです! とにかく! いま私は、レッドさんに張り付いていないと落ち着かないんです! だからこのままギュッとさせて下さい! せ、せめて、ユダさんが見えなくなるまででいいですから!」

「なんだっていうんだ、おい……?」


 赤井は混乱するホワイトの対応に腐心した。多少ゆすったくらいではホワイトは離れず、赤井はついにあきらめてホワイトにされるがままになった。


 ホワイトはユダが雑踏に消え去るまで、じっとその背中を見つめていた。


 ユダは雑踏にもぐりこむと、誰の視界からも消え去る。そしていくばくかの人の流れから抜け出し、クロスとモリスの所まで戻ってきた。


「お待たせ、モリス、クロスさん」

「ね、ねえ、ユダっち。今の人たち、ユダっちの知り合い?」


 モリスは不安そうな声色でユダに向かって言う。ユダはすぐに返事を返した。


「うん。そうだよ」

「昨日ユダが襲われたのって、たしかジャスティスレンジャーだったよね?」

「うん」

「ジャスティスレンジャーって、たしか六法全書から力を借りてたよね?」

「うん。そう言ってたね」

「そしてたしかメンバーは、レッドとブルーとイエローと、ホワイトに、パープルっていう、すごく特殊な色遣いのヒーロー戦隊だったよね?」

「そうだけど、それがどうしたの?」

「ええ!? むしろなんで気付かないの!? めちゃくちゃ露骨なヒントがあったじゃん!? あいつらまず間違いなくジャスティスレンジャーだよ!」

「うそっ! それは本当なの!?」

「こんなウソついてどうするのさっ! もうユダっちはあの人らに近付かない方がいいって! 何かの拍子に私たちが怪人ってばれるか分からないよ!」


 モリスはクロスの腕を掴んだまま、まくし立てるように言う。


「どうしよう。ジャスティスレンジャーが来てるのに、トミー君まで呼んじゃったのはまずかったかな? 今から連絡して間に合わないかな?」


 モリスはポケットから携帯端末を取りだすと、手馴れた指さばきで電話をかけた。


 prrrrrrrr! prrrrrrrr!


「あれ?」


 モリスが電話をかけた途端、非常に近くのどこかで誰かの携帯端末が音を鳴らした。


「よう、待たせたな」


 モリスが背後を振り返る。そこにはカプチーノの入ったプラコップ四つと、モンブランケーキ四つをプラスチックのトレイに乗せた、短髪の青年が立っていた。


「トミー君! なぜここに!?」

「お前が呼んだんだろ!? ……ほら、お前の分のミルク二つ入りカプチーノ」

「あ、ありがとう~! トミー君気がきくね! ……じゃないよ! タイミング悪すぎるよトミー君!」

「タイミングなんて知らねえし。とりあえず、あっちのコーヒーショップに席とってあるからそっちで話し合おうぜ。それと、そこのいかにもすごく強そうな人が一般人のクロスさんでいいのかな?」


 トミーは見上げるようにクロスを見た。トミーの身長は168センチ前後なので、187センチあるクロスとは頭一個分ほどの身長差があった。さらには黒レザーコートの圧倒的な質量感の差で、細身のトミーとは決定的な体格の違いを生みだしていた。


「うん、そう。この人がクロスさん」


 ユダが淡々と答える。その答えにトミーは納得し、そして申し訳なさそうに答えた。


「そうか、だとしたらすまないな。一般人だってのにモリスのわがままに付き合わせちゃってよ。コーヒーはカプチーノでよかったかな?」


 トミーはトレイから一つのコーヒーカップを手にとって、警戒することなくクロスに向かって差し出した。

 クロスは手渡されたカップを受け取り、同時に小さくうなずく。


「俺はこいつらの怪人仲間の、富井 条っていうんだ。よろしくな」


 トミーは自己紹介を軽く済ませて、手元のトレイからカプチーノを一つ手にとり、カップに口をつけて中身を吸った。


 クロスは片手にコーヒーカップを持ちながら、カップを持つ手にメモ帳を挟んで片手でメモを書く。そしてそのメモをトミーに見せた。


『スペルは?』

「トミー・ジョーじゃねえよ! 富井 条! れっきとした日本人だって!」


 トミーはひとまず突っ込んでから手に持ったカップをトレイに戻した。すでにその問答は何度か経験しているのか、その突っ込み方がどこか手慣れていた。


 そこにクロスとトミーの間に割って入るように、急にモリスがトミーの前に詰め寄ってくる。


「トミー君。どうして来ちゃったのさ!? 今日どうやらここにはジャスティスレンジャーが来ているみたいだよ! これじゃあ私たち、一網打尽にされちゃうよ!」 

「まじ? ……だとしても今日はこんなに人が多いし、変身でもしない限り問題ないだろ? むしろ、下手に人気のない所に行った方が危険だぜ?」

「うっ! それも、そうだろうけど……」

「……それとモリス、お前には一つ言っておかないといけないことがあるな」

「え、なになに?」

「とうっ!」

「あいたぁっ!?」


 トミーは予告もなしに手刀打ちをモリスの頭頂部に叩きこんだ。


「チョップ!? チョップなんで!?」

「当たり前だっての! お前はなに一般人を巻きこもうとしてるんだよ。これは俺たち怪人の問題で、一般人を巻き込んでいいわけがないだろうが!」

「だ、だってー! そうでもしないと、秘密基地に私たち帰れないじゃん……」

「おまえなぁ、俺たちは命のかかった戦いをしているんだぞ? 一般人を勝手に巻き込んでおいて、万が一そのクロスさんに命を落とされたりしたら、お前はその責任をとれるのか?」

「うっ! そ、それは……。その…………」


 モリスは口ごもった。人差し指をツンツンと突き合わせて、視線を下に向ける。


「ほらな、やっぱり何も考えていなかったんだ。お前はいつも考えが甘いんだよ。今日はクロスさんには食事だけ食べてもらって、あとは帰ってもらうぞ。俺たちと一緒にいて仲間だと思われたらクロスさんだって迷惑だ」

「うぅ…………。わかったよぅ……」

「分かったならよし。それじゃ、あっちになじみの店が特等席をあけてくれているから、まずはそこで食事を取ろう。どうも最近新作のメニューを出したみたいで、おすすめは――」


 そこまでトミーが言葉を言いかけた時、駅前の人の集まらないとある一角で、大声が響いた。


「ゴ~、シュートッ!」

「キャンッ!」


 自転車置き場の近くで、吐き出されるような小犬の鳴き声が鳴った。


 クロスたち四人は、背後の自転車置き場を振り返った。そこではヤンキー風の三人組が、小犬をサッカーボールのように蹴って遊んでいるところだった。


「へっ! このくそ犬がよぉ! よくも俺のチャリにションベンかけてくれやがったなぁ!」

「ひゃっひゃっひゃ! たかしよぉ、お前サイコー! さすが元サッカー部のストライカーはキックパワーが違うなぁ! あの野良犬十メートルは吹っ飛んだぜえ!?」

「やるなぁたかしィ! せっかくだからシュート練習しようぜ! ほら、たかしパァス!」

「ギャイン!」


 チェーンをジャラジャラと付けた鼻ピアスの男が、倒れていた野良犬に駆け寄って腹部を思いっきり蹴りあげた。野良犬は放物線を描いて、たかしと呼ばれた金髪の男の眼前にまで送り届けられる。


「ん~! オーバーヘッドッ! キィーック!」

「ギャンッ!」


 見事な後転宙返りから繰り出されたオーバーヘッドキックが、生きたサッカーボールを九十度折り曲げて街路樹の幹に叩きつけた。

 街路樹に激突した野良犬は根元に転がり落ち、骨の折れたであろう手足はピクリとも動かさなくなった。地面に横たわり、野良犬は荒い呼吸をくりかえす。


「ひゃっひゃっひゃ! たかしサイッキョー! 見ろよこの野良犬。足が一本グニャングニャンだぜ!」


 道路脇の縁石に座っていた真緑色の髪をした男も立ち上がり、野良犬の首根っこを掴んで持ち上げると左右に振った。


「キャヒッ! キャヒンッ!」


 野良犬は弱々しく鳴いた。口角と足首から血が滲みだして僅かな赤い飛沫を放つ。折れているのは足の骨だけでは無いらしく、内臓も相当な損傷を負っているようだった。


 だが、その痛みを知らない真緑色の髪の男は、飽きもせずに野良犬をベルのように左右に振り続けた。


 駅周辺の人々も一部一部でチラチラとヤンキー風の三人組を見ていたが、我関せずと言った様子で通り過ぎていた。その様子を見ていた駅周辺の通りすがりの人々は、口々に彼らの行為を批評する。


「やだ、ヤンキー。怖いわねぇ」

「今時珍しいなぁ。まだあんな連中がいたのか」

「おお怖っ! 目線だけは合わせないようにしないとな」


 誰もがその存在を認知してはいるが、注意しようとする者は一人も現れない。集団心理の表れなのか、非情なまでの無関心を道行く人々は体現していた。


 だがそんな中で唯一、直情的に怒りをあらわにする少女がいた。


「なにあれ! 許せない」


 それはユダだった。ユダはモリスやトミーの肩を押しのけ、ヤンキー達の所へ一直線に歩きだそうとしていた。


「待った待ったユダっち! ユダっち一体何をする気さ!」


 モリスが慌ててユダの両肩をおさえた。だが、ユダはモリスを引きずりながらも直進しようと足腰に力を込めていた。


「すこし変身して、あいつらをボッコボッコにしてくる!」

「だめだって! 確かに変身したら勝てるけど、今日はジャスティスレンジャーが来てるんだから、その後でユダっちの方がジャスティスレンジャーに襲われちゃうって!」

「別に悪いことするわけじゃないし、ジャスティスレンジャーは関係ないよ!?」

「そんなこと言い訳にもならないよ! ヒーロー戦隊といえば、格闘ゲームのストーリーモード並みに人の話を聞かない連中だよ! 怪人が現れただけでジャスティスレンジャーは殺しに来るんだよ!」

「じゃあ、変身しないで行くよ!」

「それもろくな展開にならないよ! きっとあのヤンキーに暗い所に連れて行かれて、ユダっちきっとエロい事されちゃうよ!」

「でも、だれか行かないと、あのワンコ死んじゃうよ!? 」


 ユダはモリスの腕を振り払おうと暴れた。


 モリスとしては見て見ぬふりをすべきと言いたいところであったが、それで説得できないことは自明の理であった。


「分かった分かったユダさん。じゃあ俺が行くから、ユダさんはこのモンブランを持って待っててくれ」

「え!? トミー君?」


 トミーがユダの隣を通り過ぎ,すれ違いざまに片手に持ったトレイをユダに手渡した。ユダはあわててコーヒーカップが一個とモンブランが三個のったままのトレイを受け取る。


「トミー君。何か考えがあるの?」

「無いが、俺の能力は足止めに特化しているから、ジャスティスレンジャーが来てもこの中で一番逃げられる可能性が高い。まっ、何とかして見せるさ」

「ちょっとぉ! トミー君もダメだってそれじゃあ! 万が一ってこともあるでしょ、も~! ストップストーップ!」


 モリスが今度はトミーの腰を囲うようにして抑え込んだ。全体重をかけられたモリスの抑止に、トミーの歩みは止まった。

 そのモリスの様子を見たトミーは、あきれた様子で言葉を返した。


「落ち着けってモリス。いくら俺でもヒーロー戦隊が来てるってのに変身なんてしないさ。ちょっと能力だけを使ってあいつらをおちょくってやるのさ」

「あ、そうなの?」

「お前やユダさんの能力と違って俺の能力は応用が利くし、万が一の事態でも大抵の場合は逃げ切れる。変身しなくてもあのヤンキーに負ける要素はない。それなら、俺が適任だろ?」

「それなら、……大丈夫かな?」

「大丈夫さ。それじゃあ少し、あいつらの顔面にクリームパイでもぶつけてきて――」


 そこまでトミーが言葉を言い掛けた瞬間。


「おいっ! その犬を離しやがれ!」

「えっ?」


 突然、若々しい青年の声が駅前に響いた。その声は、勇敢にもヤンキー達に向けられたものだった。


 その声はユダでもトミーでもない、意外な第三者のものだ。


 金髪のヤンキーは振り返ると、その声に主に対して眉をひそめて威嚇する。


「なんだてめえ? おうっ? こら?」

「法律サークルの赤井っていうんだよ。てめえらがむかつくから声をかけたんだ。何か文句あるか? おう、こら?」


 その青年は赤井であった。決してヒーロー戦隊などではない。ヤンキー達とは頭一つ分ほど身長に差のある、小柄な青年だ。


 見上げるようにして目の前に立つヤンキーを赤井は睨みつけている。

 だが、赤井は所詮ただの高校生。まるで強そうな雰囲気はなく、金髪のヤンキーはすぐに赤井を見下した。


「へっ!」


 金髪のヤンキーは鼻で笑うと同時に、予告なく赤井の顔を右フックパンチで殴りつける。


「ぐっ! て、てめぇっ!?」

「おらっ!」


 ヤンキーは間髪いれずに、よろめいた赤井の腹に鋭い前蹴りを叩きこんだ。


「が、っは!」


 赤井は腰を前のめりに折り曲げて後ろに吹き飛び、膝をついて地面に倒れ込む。


「おいレッド! 大丈夫か!? 無茶をするな!」


 人ごみから出てきた同じサークルの青柳瞬が、赤井に寄り添った。赤井は腹部を強く抑えて口からは胃液らしきものを少量ばかり吐きだしていた。


「なんだよ、口の割に弱っちい野郎だなぁ!」


 金髪のヤンキーは横たわる赤井をバカにするように笑った。


 それを見た青柳は、額に青筋を浮かべて勢いよく立ち上がる。


「ふざけんな! てめぇこのやろっ――」

「ひゃっはー!」


 自転車が真緑色の髪の男によって青柳の頭の上に投げ落された。

 ステンレス製で重量のある自転車が、青柳の体を下敷きにして叩き潰す。


「ぐぁっ!」

「死ねやぁ! ガキンチョォ!」


 自転車を投げつけた真緑色の髪のヤンキーが、大きな跳躍をつけて自転車の上に飛び乗った。


「ぐぁ!」

「はっはぁ! 死んだぁ! 死んだぁ!」


 真緑色の男は自転車の上で何度も跳躍をくりかえす。そのたびにステンレス製のフレームが折れ曲がり、青柳の体に割れたフレームの刃が突き刺さって深く傷を作った。


「ぐっ! がっ! がっ!」


 青柳は踏みつけられるたび、肺から空気が押し出されていく。なんとか押し返そうと自転車のフレームを掴んで持ち上げようとしたが、それなりに体格のある真緑色の髪のヤンキーを押し返すことはできなかった。


 その二人の蹂躙されている様子を離れて見ていたモリスが、ついたまらずに叫んだ。


「な、なんで変身しないの! あいつら、ジャスティスレンジャーで間違いないのに!」

「あいつらがジャスティスレンジャーなのか!? だとしたら、ヒーロー戦隊は一般人が相手だと変身できない仕組みだぞ!?」

「え、そうなの!?」

「くっ! 余計な事をしてくれる! あんなに目立っては不意を突くのが難しい、俺の能力がばれる可能性があっては手が出せないぞ! どうしたものか……」


 トミーは親指を噛む仕草を見せて悩んだ。

 だがそんな瞬間、さらなる大声が駅前の広場に響いた。


「あなた達っ! やめてよ!」

「んっ?」


 そのヤンキー達による凄惨なリンチの現場に、勇敢な少女の声がぶつけられる。


 その少女は、黒髪のロングヘアーを首元のヘッドフォンで束ね、男物のブカブカのジャージを着た不可思議な少女。

 ユダだった。


「ちょっ! ユダっちぃ!?」

「おい、ウソだろ! やめてくれよユダさん!」


 トミーとモリスが驚愕する。

 しかしユダはそんな後方の様子など知りもせずに、金髪のヤンキーを見上げるように睨んでいた。


「何か用かい、お譲ちゃん?」

「もちろん。あなたが蹴ったワンコと、そして赤井君たちに謝って。そしたらあなたたちにはこの場からさっさと消えてもらいたいの」

「ふっはっ! ふひゃひゃ! お、面白いジョークだな、お譲ちゃん!」

「私、本気だけど?」


 ユダは怖気づく様子もなく、ヤンキー達を睨みつけた。

 

 ヤンキー達はその中学生程度の見た目の少女が自信満々に威圧してくる様子を見て、これほど滑稽なことはないと三人そろって爆笑していた。


 モリスとトミーはその状況に戦慄する。


「まずいよ! ユダっち本当に変身してあいつらぼっこぼこにするつもりなんだ!」

「くっ! まずい! ユダさんじゃあ、あのヤンキーを倒せてもその後がっ……! やっぱり俺が行くしかないか! とびきり目立ってしまうが仕方ない! ……変身!」


 トミーは両手を眼前で交差させ、そして振り下ろした。その瞬間、トミーの体は渦巻く闇に包まれた。


 突然、爆発するかのように現れた闇の炎に、駅前の人々の視線はその一か所に集まった。


「な、なんだぁ!」


 金髪の男が叫ぶ。

 なにの予兆もなしに駅前の広場に二メートル級の黒い炎の渦が現れたのだ。


 その円柱状に渦巻く黒炎の下、暗黒の入り口が底知れぬ闇を描いていく。

 深い暗闇に湛えられたそのゲートの中から、ゆっくりと押し出されてくるようにして、かつてトミーであった者が白い異形の姿をして現れてきた。


「んっん~! 怒りっぽいのはいけないなぁ! 君たちには少し、糖分が足りていないんじゃないのかぁい!」


 飄々とした声が、スピーカーから流されるようなざわめきをもってして響き渡った。


 その不自然な声の主は、手を振り払い闇の炎を打ち消すと、両手を広げてテンション高々に名乗りを上げる。


「そんな君たちの強い味方! スウィーツ怪人 パティシエール・ロマン! 参上!」


 その怪人は巨大なピエロじみた顔、クッキーと飴で装飾されたコックコート、水あめのような透明感のある緑のエプロンマントを着て、幅広で無意味に巨大なコック帽をかぶっていた。


 それは明らかに人間の類ではない、気ぐるみのような体格の、お菓子をつかさどる怪人が駅前に登場したのだ。


「な、なんだてめえは!」

「なんだ、はないだろぅ! さっき名乗ったばかりじゃないかぁ! 君たちに最高のお菓子をご馳走してあげようという、サイコーにテイスティな怪人さんじゃないかぁ!」

「お菓子だとぉ! いらねえよ! そんな甘ったるいもん!」

「おぉっとぉ! いけないなぁたかし君! 君は格好つけるためにいつもブラックコーヒーしか飲んでいないねぇ! それでは甘さのバランスが偏ってしまうよぉ!」

「んなっ!? ちげぇし! 俺は甘ったるいもんが嫌いなだけだし!」

「ダンディズム気取ったって駄目だよぉ! 君が実は甘党だってことくらい、僕には簡単に分かっちゃうんだからねぇ。そんな君にはこれ! チョコレート・リトル・ドームケーキ!」


 パティシエール・ロマンは、唐突に手を金髪のヤンキーの前に差し出す。その手の上には、一口サイズのドーム型チョコレートケーキが乗せられていた。


 そのドーム型チョコレートケーキの甘ったるいショコラチョコの香りが金髪のヤンキーの鼻腔に入り込むと、本人の意思を無視して唾液を口腔内にあふれ出させる。


 ヤンキーのたかしはごくりと自分のつばを飲み込んだ。


「さあ! これを食べて、今すぐにサイコーのカロリーを摂取するんだ!」

「い、いらねえし!」

「やかましい! 甘いものを我慢するのはサイテーの行為だぞ! さあ食え!」

「むぐぅ!」


 お菓子怪人は、強引に金髪のヤンキーの口にチョコレート・ドームケーキを押し込んだ。


 金髪のヤンキーはチョコレート・ドームケーキを強制的に食べさせられると、その瞬間、濃厚なプディングがドームケーキの中からあふれ出て、カラメルの甘みが尋常ならざる速さで口腔内に広がっていく。

 そのシルクのように繊細なカラメルプディングをもったいなくも一口で飲みこむと、今度は外殻のダークチョコレートが口腔内で溶けて広がり、カカオの香りを纏ったほろ苦い甘味が味蕾を刺激した。


 金髪の男は思わず、ドームケーキのプディングのしみ込んだスポンジをかみしめる。

 すると、中心にシェル加工によって閉じ込められていたホワイトチョコレートがしみ出してゆき、一口かむたびにプディングとホワイトチョコレートの芳醇な甘みと濃厚な舌触りが舌の上で転がっていった。


 金髪のヤンキーが気付いた時には、天国のような甘みは喉を鳴らして食道を通り過ぎていた。いつの間にか口の中に何も無くなっていたことにすぐに気付けなかったほど、そのケーキは強烈な甘さの割に、さっぱりとした後味を残していた。


「ウソだろ、なんだこれ……」


 金髪の男は天にも昇る感覚を全身の細胞で感じ取っていた。

 異常なまでのカロリーが一瞬にして細胞に吸収され、活性化した臓器が限界を超えて強化されると、目に見えて金髪のヤンキーの健康具合が増進されていく。


「どうだいぃ! うまいだろぉ! うまいだろぅ!」


 ピエロ顔の怪人は、邪悪な笑顔を金髪のヤンキーに向けていた。


「おい、たかし! 大丈夫か!?」

「たかし! どうした!? しっかりしろ!」

「おっとぉ! 君たちにも最高のスウィーツをあげないとねぇ! エスプレッソ・ティラミスに、オレンジのデニッシュペーストリーだっ!」

「「むぐぅ!」」


 鼻ピアスの男と真緑色の髪の男の口に、それぞれの味覚に合った最高のお菓子をお菓子怪人は詰め込んだ。


「う、うめえ!」

「お、おぁあ! うめえ!」


 ほんの一瞬の咀嚼の後、瞬く間にそのお菓子は二人の喉に飲み込まれていく。

 その二人のヤンキーもまた発光せんばかりの勢いで皮膚に艶が現れてゆき、曲がった背筋がシャンとなるほどの活性化したカロリーを吸収した。


「おいしいだろう! おいしいだろう!? さあ、好きなだけ食べるといいよ!」


 そう叫ぶとピエロ顔の怪人は、多種多様のお菓子を空中に並べる。


 それらのお菓子はいずれも有名菓子店で並べられるものよりもはるかに上質な、王室や皇室に献上されるレベルの、最高級品質のお菓子ばかりだった。


「「「おお! これ、全部食べていいのか!」」」

「もちろん! お代わりもあるよ!」

「「「おお! うめえ! うめえ! うめぇ!」」」


 批評に慣れていない三人のヤンキーの口からは、そんな上品とも言えない評価のみが連呼される。ピエロ顔の怪人はその三人の様子を見て、満足そうに笑っていた。


「っくっくっく! そろそろかな」


 お菓子怪人がそう言った瞬間、三人のヤンキーの体に異変が起こり始めた。


「う、うぉ!」

「なんだ! 手が! 腹が!」


 ヤンキー達が十個目のお菓子を食べたあたりだった。三人のヤンキーの手や腹が、まるで水を詰め込んだ風船のように膨れ上がり始めたのだ。


 その現象に戸惑う三人に対して、お菓子怪人は唐突に説明を始めた。


「っくっくっく! そのお菓子は特別製でなあ。一つ当たり十万キロカロリーある! 体脂肪は一キロ当たり七千から九千キロカロリーぐらいで計算されるから……。さあ、お前たちは果たして、何キロ太っちゃったのかなぁ~!」

「うぉう! 膨らむ! 破裂する!」

「動けない! い、息が出来ない!」

「く、苦しいぃ! 助けてくれぇ!」

「くぁっはっはっはぁ! 安心しろ! 死ぬことはないぞぉ! ダイエットすればもちろん元には戻れる! だがな、九十分の散歩で消費されるカロリーは約三百キロカロリーといわれているから、君たちのダイエットはいったい何年かかるのかなぁ! かかるのかなぁ! かなぁ!」


 お菓子怪人は嗜虐的な笑みを浮かべてヤンキー達を見た。


 もはやヤンキー達はその原型をとどめない。腹部はまるで飴玉のように丸く、腕も連なったハムのように膨らんでいた。

 ヤンキー達はついに立ってすらもいられなくなっていき、転げ回るように背中や腹を地面に押し付けて倒れ込んだ。


「くっくっく! ご来店ありがとうございましたぁ! 糖尿病不可避だから、合併症おこして死ななかったらまた一緒にお菓子食べようねぇー! バイバーイ!」


 お菓子怪人は水あめで出来たエプロンマントをひるがえし、ヤンキー達にはもう用はないと言わんばかりに背を向けて立ち去ろうとする。


 振り返ると観衆が怪人に対して不安そうな視線を向けていた。


 お菓子怪人はその怯える観衆の隙間から、誰とも知れない少女二人が暴行を受けていた小犬を何とか救命しようと四苦八苦している様子を見て、ついほほ笑んだ。


 観衆はそのほほ笑みを悪意ある嗜虐的な嘲笑だと勘違いした。次の標的にされる事を恐れて距離を取る。

 広く空間の開けられた駅前広場にもはや何の用もない。お菓子怪人は歩いて観衆に近づき、頭上を飛び越えてその場を立ち去ろうと力を込めた。


 その瞬間だった。


「そこまでだ! お菓子怪人! とう!」

「なにっ!」


 突然、空中を飛翔し登場する、赤い全身タイツの姿がお菓子怪人の目の前を横切った。


 とっさにその攻撃を回避したお菓子怪人は、その自分に飛び蹴りを喰らわせようとした存在を目で追い掛け、着地して動きを止めたその存在を見て驚愕した。


「まさか! 貴様は!」

「この世の悪を六法全書は見逃さない! ジャスティスレッド、出廷!」


 現れたのは正義の味方にして、法律の化身、ジャスティスレンジャーだった。


「ジャスティスレンジャー!? ふふんっ! 貴様も、僕の最高のスゥイーツを味わいに来たのかなぁ!?」

「悪いがヘルメットをかぶっては味わえないぜ! おまえを倒してから、友達と食べに行くことにするさ!」


 ジャスティスレッドお菓子怪人に向けて戦闘態勢に入った。お菓子怪人も両手を広げ、応戦の構えを取る。


「おい見ろよ! あっちでジャスティスレンジャーが怪人を倒すってよ!」

「ほんとっ! 見に行きましょう!」

「パパ! こっちこっち! ジャスティスレンジャーが来てるって!」

「なに、本当か!」

「ジャスティスレンジャー来てるんだ!? ラッキー! こっちに遊びに来てよかったぁ!」


 駅前の多く集まっていた人々がジャスティスレンジャーの登場に気付き、一斉に周囲に駆け寄ってくる。


 その人々はいつの間にか円形に囲う人だかりの壁となり、まるでファイトクラブのギャラリーのように、ジャスティスレッドとお菓子怪人の逃げ道を奪っていた。


「きゃー! ジャスティスレンジャー! やっちゃえー!」

「ジャスティスレンジャー! がんばれー! 負けるなー!」

「いっけー! ガンバレー!」


 周囲の観衆たちから応援の声が上がる。老若男女問わずの観衆が周囲の熱気に身を任せ、熱い期待と興奮を限界まで高めていく。

 そんな大小さまざまな子供たちによる熱い声援をジャスティスレッドは背に受けると、手に持った六法全書が情熱で真っ赤に燃え上がった。そしてその陽炎を生み出すほどの熱気に包まれた六法全書を眼前に掲げジャスティスレッドは叫ぶ。


「六法全書、変形! フレェェェェムッ・ジャスティスアックス!」


 [ジャスティスアックス! 斬首刑ネック・スラッシュモォードッ!]

 分厚い六法全書が機械音声を流しながら、火花を散らす謎の変形動作を経て、赤い炎をまとう両刃斧へと姿を変えた。


 正義の味方と悪の怪人の激闘の予感に、周囲の観衆のボルテージは際限ない高まりを見せていた。


 ついにお菓子怪人が逃げれる余地など、ほんのわずかな隙間すらも残されずに消えていた。


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