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ダークヒーローが僕らを守ってくれている!  作者: 重源上人
VS.アイドル魔法少女キューティクルズ編
49/76

第十七話 結集! ショッピングモール! 黄昏を超えて響きゆく魂の為のカノン!

 暗月の空に星が輝き、夜の風が冷え込んでくる午後11時半。


 ショッピングモールの駐車場から一般の車両が消え去り伽藍(ガラン)となると、看板に当てられた照明と駐車場の街灯も次々と消灯していく。休日の隆盛を見せていた人並みは完全に消え失せ、出入り口には警備員がチェーンを掛ける時間となっていた。


 それだけならばいつもと変わらぬ閉店である。だが、この日だけはショッピングモールの室内灯が灯されたままだった。

 電力費節約のため閉店後三十分以内の消灯が厳命されていたはずだったが、今日ばかりは全ての自動ドアの向こう側からは最大光量の光が漏れだしていた。完全自家発電可能なショッピングモールの燃料代は、電力会社から買うよりも安くなるとはいえ、それでも時間単位で数十万円分の燃料が消し飛ぶ代物である。それを消し忘れていたとあれば始末書も書きたい放題だ。


 だがそんな状況に焦りも見せずチェーンを掛けてきた警備員は、ショッピングモールの本館に戻ってくる。正面自動ドアにまで近づいてくるといつもの癖でとりだしたカギをポケットに仕舞い直し、苦笑いしながら自動で開く自動ドアをくぐっていった。


 ショッピングモールの中は、店舗入り口に網がかかっているもののほぼ営業時間と同じ様相であった。吹き抜け構造で天井は高く、等間隔に並べられた照明が空間を隙間なく照らしている。


 そうして正面玄関を抜けて最初に目に入ったのは噴水だ。そして、噴水を取り囲むようにしてくつろいでいる、キューティクルズの魔法少女たちの姿。


 噴水の縁に座り、なにやら話し合っているファッショナブル・キューティクルズとギャングスター・キューティクルズ。


 近くのベンチで肩を寄せ合い、互いに携帯端末を手に持ってなにやらゲーム系アプリで協力プレイをしているメタリック・キューティクルズ。


 たこ焼き屋のシャッターをこじ開け、勝手にたこ焼きを焼き始めているビースト・キューティクルズ。お姐さんのアザラシ・キューティクルが焼き、他三人はその近くで爪楊枝を持って待機して、鉄板から(じか)に取ってはホクホク食べている。


 床に正座して軍刀に打ち粉をまぶしているのは、サムライ・キューティクルズの一人、イソロク・キューティクルだった。中学生程度の身長に浅葱色(水色に少し黄色を混ぜた落ち着いた色)の軍服を着用し、警備員に気付くと左に掛けた長い肩マントを揺らしながらおもむろに立ち上がった。左目には黒革の眼帯を掛けており、右の隻眼で警備員を確認すると軽く軍刀を振るって腰の鞘に戻していた。

 キューティクルズの刀は手入れ不要なので、打ち粉をポンポンしたかっただけなのだろう。と、警備員が内心考えていると、それを読まれたのかイソロク・キューティクルにほんの一瞬だけ睨まれた。慌てて警備員は視線を逸らす。

 サムライ・キューティクルズは四人組だったはずだが、周囲に他のサムライ・キューティクルズの姿はない。


 代わりに目を凝らすと、遠くの衣料品店で黒衣と包帯を纏った怪しげな二人組、ブードゥー・キューティクルズがマネキンに落書きをしていた。展示用のマネキンは哀れなことに服を脱がされ、書道家の達筆のような読めない文字を全身に描かれていた。二人はそれを一つ書き終えるとぶつぶつと呪言を口ずさみながら次のマネキンへと移動していく。


 対照的に楽しげな話し声が聞こえてきたので視線を切り替えると、食品売り場でクッキング・キューティクルズの五人組がショッピングカートに手当たり次第食材を放り込んでいた。

 彼女らはそれぞれ調理師やパティシエをモチーフにした色鮮やかなドレスを装着し、薄力粉やら牛バラ肉やらバニラエッセンスやらをかき集めていた。

 それらは武器に使うつもりなのかもしれないが、メーカーの善し悪しや紙コップが必要か話しあっているところを聞いていると、中学生の催し物の買い出しに来ているようにしか見えなかった。衣装がなければまさに学園祭の買い出しである。

 

 パッと見て警備員が見たキューティクルズの様子はそんなところだった。


 オーロラ・キューティクルズやスーパースター・キューティクルズの三人組の姿は見えないが、おそらくどこかに待機しているのだろう。そんなことを警備員が考えていると、ふと黒いアイドル衣装姿のブラック・キューティクルが声を掛けてきた。


「警備員さん。人は全員いなくなりましたか?」

「ああ。お客さんはもちろん、職員も全員帰ったよ。仕事が残っている職員は、明日タイムカード打刻の三時間前に出社してなんとか調整するってさ」

「そうですか。では、あなたも早くここから離れて下さい」

「はいよ、ブラックさん。時間になったら指示通りチェーンを外してくるよ。だけど本当にそれだけでいいのか? 俺も一緒に戦ったっていいんだぜ?」

「それは迷惑になるのでやめてください。私たちは私たちの力でヒーロー戦隊と戦う必要があるんです」

「……そうだとしても困ったことになったら呼んでくれよ! 俺、かっこいいとこ見せますから!」

「その時はこの無線で呼ばせていただきます。ですが、無理に戦いに割って入ってこようとはしないでください。誰にとっても迷惑になります。いい子のみんなとのお約束、ですね」

「……ああ、まあショーに割り込んだりなんてしたら駄目か。それじゃ、まあ、俺は外で始末書書いているんで、せめて雑用とかでもあったら呼んでください」

「ええ。ではまた」


 ブラックはそっけなく警備員から離れていく。


 そうなると警備員もいつまでもここにいるわけにもいかず、他のキューティクルズと楽しくおしゃべりすることを諦めて、とぼとぼと外に歩いて出ていった。


 そしてブラックは、代わりにイソロク・キューティクルの元に向かっていく。


「イソロクさん、他のサムライ・キューティクルズたちは?」

「すまない。時間まで本屋に行くとか雑貨を見てくるとか言って、どこかに行ってしまった。もうすぐ帰ってくるとは思う」

「……では、オーロラ・キューティクルズは知りませんか?」

「彼女たちはあっちにいたな」


 イソロク・キューティクルは日用品コーナーの区画を指差した。


「あっ! 私たちはここにいます~!」


 すると展示用電動マッサージチェアの向こう側からシアン・キューティクルズの手が上がった。どうやらマッサージチェアに肩と腰を揉んでもらっているようであった。


「自由ですか、あなた達は」

「ごめんなさーい。私たち肩の凝る仕事してるから、マッサージチェアの魔力に勝てなくて」

「そうなんだよね~。私もボクシングしてるから、筋肉がパンパンになっちゃってほんと辛いんだよ」


 三つあるマッサージチェアはオーロラ・キューティクルズ三人で全部埋められていた。

 そんな様子を見てブラックは深いため息をついた。そして全員に聞こえるような大声で叫ぶ。


「みなさん! 聞いてください! もうヒーロー戦隊に通達は出しました! あと十数分程度でヒーロー戦隊たちはここにやってくるはずです! 全員、構えて下さい!」


 ブラックの声掛けにキューティクルズ達は各々返事を返し、軽く体の筋を伸ばしたり、食品を乗せたカートをどこかに運んでいく様子が見られた。

 だがあきらかに緊張感が足りていない。ビースト・キューティクルズがたこ焼きを食べる手を止める様子はなく、ブードゥー・キューティクルズも視界に入らないどこかに行ってしまっていた。サムライ・キューティクルズの残りメンバーも返ってくる様子はない。


「みんなー! そろそろ集まってー!」


 ローズも声を張って全員に呼びかける。

 そこまでしてやっとオーロラ・キューティクルズもマッサージチェアから立ち上がり、メタリック・キューティクルズも携帯端末を太もも内部の収納スペースにしまい込んだ。


 そうしてキューティクルズがぼちぼち集合を始めた最中。

 ブラックの元に、サムライ・キューティクルズのリーダー、イソロク・キューティクルが近付いて話しかけてきた。


「申し訳ない。ブラック、少々尋ねてもよいだろうか?」

「イソロクさん、なんでしょう? 時間が無いので手短にお願いします」

「では聞こう。なぜ我々は、ヒーロー戦隊と戦わねばならない?」


 イソロクの表情はやや険しいものだった。睨みつけるように細めた隻眼でブラックの表情をうかがっており、今回のこの事態へと至った経緯と、それに伴って納得のできる説明を求めていた。


 ブラックはイソロクが疑念を抱いているのだと理解すると、その駆け引きに買って出るように真っすぐに睨み返し、そして無表情にて、至極当然のように説明して見せる。


「それは伝えた筈です。スーパースター・キューティクルズが怪人からの襲撃を受け、それを調査するうちに怪人がヒーロー戦隊と結託して何かしら悪事を働こうとしているという情報が入ったのです。ヒーロー戦隊と怪人の混合軍を止めることができるのは私たちだけ。だから、私たちが戦わなければならない」

「それは聞いた。だが、ヒーロー戦隊は怪人に騙されている可能性もある。むしろその可能性の方が高いのではないか? なんとかして説得することは出来ないのか?」

「説得はすでに試しました。ですが彼らは騙されているわけではないようです。この状況はヒーロー戦隊が生み出したようなもので、怪人と仲良くなれないかと試みた結果の状況です。今のヒーロー戦隊にとって怪人は友人のようで、たとえ騙されていたとしてもヒーロー戦隊は友人となった怪人を信じることにしたようですね」

「……そうか。つまり今回は、殴って目を覚まさせてやろうと?」

「一番の目的は怪人の動向を探ることです。かりそめの友人関係ではいずれボロがでます。それを狙って今回スーパースター・キューティクルズを襲った理由を明らかにし、可能ならばヒーロー戦隊に怪人の本性に気付いてもらうつもりです」

「……ずいぶんと大雑把だな? お前はもっと丁寧な作戦を組むタイプだと思っていたのだが。具体策はないのか?」

「具体策は、……ありました。ですが過去形です。とある事情があって作戦は全て撤廃しております。とはいえ一度戦えばいやがおうにも状況が好転するよう仕掛けてありますので、戦闘を重ねておけば悪いことにはならないでしょう」

「悪いことにはならない? 敗北する可能性など考えなかったのか? 正直、情報の為にいきなり戦闘に入るなど悪手すぎるだろう」

「敗北? たしかに戦力差はあります。ですが歴戦の知将であるイソロクさんから見ても、この戦いはそんなにも絶望的なものですか?」


 ブラックは怪訝な視線を向け、怖気づいたのか、と、声には出さずに煽って見せた。

 その視線に当てられて、イソロクは眉根の皺を大きく深めて不機嫌そうな顔になった。


「……いいや、そんなことはない。今回のこの戦いだけならば引き分け以上の結果に持ち込ませることができる。私がそうしてみせる。だが二回目や三回目はどうなる? 今回現れるヒーロー戦隊が20人だとして、二回目は30人、三回目は40人。ヒーロー戦隊とは歴史の長さが違うのだ。いずれ地力で差が出てくることは明白だ」

「では、今日から尻尾を巻いて逃げろと?」

「そんなことは言っていない。だが戦争は一度始めれば止めることができない。それを知っていて、その上でお前は決断しているのか? そういうことを聞きたかったのだ」

「愚問ですね。すべて織り込み済みです。この戦いの後、戦闘が激化していくようならそれに応じて新たな支援を受け取れるよう手はずを整えています。私たちにだって将来に備えた支援者がいるのですよ」

「……そうか。ならば言うことはない。……命令通り、私はただ暴れまわってしんぜよう」


 イソロク・キューティクルは腕を組んでその場から離れていく。

 その背中からはまだ納得できていないという意志がありありと見て取れた。柄元に手を乗せ、愛用の軍刀に相談するような視線を向けている。


 そんな後ろ姿をブラックは見送っていると、その隣を入れ替わるように、小柄なフクロウ・キューティクルが両手に山盛りのたこ焼きを乗せた紙皿を持って近付いてきていた。


 ブラックはやや怪訝(けげん)な目をフクロウ・キューティクルに向けると、フクロウ・キューティクルはブラックの手前まで近付き、ブラックの目を見ないよう視線を下に落として立ち止まった。


「フクロウさん、何の用です? あなたも私に質問ですか?」

「あ……、あの……」


 ブラックの目元にしわが寄る。


 そんな威圧的な視線にフクロウはたまらず一歩後退した。だが戸惑うようにオドオドとしながらも、片方の山盛りのたこ焼きをブラックの前に差し出した。


「あぅぅ……。その、これ、……どうぞ」

「たこ焼きですか? なぜこれを?」

「うぅ……。なんだかすごく、大変そうだったから。……仲間に振り回されるのは、私も同じだから、他人事とは、思えなくて。……あの、その、お腹一杯になったら、眉間のしわ、無くなると思うから。……半分こ、したくて」

 

 フクロウ・キューティクルは(うかが)いたてるようにびくびくとしながらも上目遣いになって、ブラックの表情を覗いた。


 だが、ブラックの爪跡のある端正な顔は不機嫌そうな表情を崩さなかった。


「なるほど、結構です。そんなものを食べている時間は私にありません。貴方もそれは片付けて、早く応戦の準備をしてください」

「え……、あ、あぅぅ……。でも、お腹、すいたら、大変……」

「二時間前に栄養ゼリーを服用しました。問題ありません」

「それじゃあお腹すいちゃう……。世界で一番幸せなことは、お腹がいっぱいになることだって、アザラシお姐さん言ってたから。だからあっちで、みんなで座って、たこ焼きを――」

「何度も言わせないでください。もしこれ以上続けるようなら、そのたこ焼きを地面に叩き落としますよ?」


 ブラックはついに苛立ちを表立たせて、威圧的に返答した。


「ごめんなさいごめんなさい!」


 それを受けたフクロウ・キューティクルはたまらず腕と羽を畳んで縮こまり、怯えてブラックから距離を取っていった。


「分かったらすぐ行動です。この戦いはあなたが思っている以上の、それこそ人類史の分岐点にもなりえる決戦なのです。それを自覚してください」

「はい……」

 

 フクロウは涙目になりながら、両手にたこ焼きの山を抱えてビースト・キューティクルズの元に戻っていく。


「あっ! フクロウさん、やっぱりちょっと待って下さい!」

「えっ! あっ!?」


 フクロウはブラックに急に呼びとめられ、慌てて紙皿の上のたこ焼きを落としかけた。それを何とかバランスを取って元に戻すと、再びブラックに向き直る。


「これを持っていってください」

「え? ……これ、手鏡?」


 ブラックが差し出してきたのは、化粧直し用のコンパクトミラーであった。


「ええ、これから決戦です。歯に青のりが付いていないか念入りにチェックして、他のビースト・キューティクルズとも互いに確認し合ってください。それと、あとは、これらも持っていってください」

「えっと、……これは?」


 ブラックはさらに、市販品のガムと、小型のスプレーボトルをコンパクトミラーの上に重ねる。


「歯磨きガムと、口臭スプレーです。口を開いたらたこ焼きの匂いがするなんてしないように。最低限のエチケットです。これらは返さなくてもよいので確実に使うようにしてください」

「え、あ、あの……」


 そうそっけなくブラックは言い、半ば強引にフクロウのポケットに押し込むと、さっさとその場から離れていった。そして周囲を確認し、ちらほら集まって来ているもののいまだまとまりきっていないキューティクルズの面々を見て、辟易とした溜息を吐いた。


 そんな瞬間、噴水の縁に置かれていた携帯無線機のランプが点灯した。一瞬だけ砂嵐のチラついたような音を鳴らし、外に出て行った警備員の声が大きく響く。


「来たぞ! ヒーロー戦隊だ! チェーンを空けて俺は隠れるぞ! あと二分くらいで到着するみたいだ!」


 その警備員の声はショッピングモールの奥まで届いた。最大音量であったためブラックはたまらず耳を塞ぎ、あわてて駆け寄って音量調節のつまみを回した。


「……っつ! みなさん、聞きましたか! 想定より早いです!」

「みんな! 集合して! 最終確認よ!」


 ローズが声を張って全員に呼びかける。するとローズのリーダーとしての実績が見事に散らばっていたキューティクルズの収拾に成功する。


 遠くに行ってしまっていたブードゥー・キューティクルズやサムライ・キューティクルズのメンツは来ることが出来なかったとはいえ、それ以外のキューティクルズは駆け足でローズの元へ集まってきていた。


 野性児であるビースト・キューティクルズの食事を中断させてまで集合を可能としたのは、まさに長年のリーダーとしての積み重ねによるものであると言えるだろう。


 ローズはある程度キューティクルズが集まってきたことを確認すると、完全に集合しきる前に話し始めた。


「みんな、分かっているわね! 手順は教えた通りよ! すぐにヒーロー戦隊は来るから――」

「ああっ!」

「えっ!? どうしたの、シェフ!」


 ローズは突然の大声に驚き、叫び声を上げたであろう人物に視線を向けた。

 

 その人物はクッキング・キューティクルズのリーダー、桜色エプロンドレス姿のシェフ・キューティクルであった。


「このお惣菜のちくわ、すっごくおいしぃ~い!」


 シェフ・キューティクルは頭に乗せた小さなコック帽をどこかに飛ばしそうな勢いで歓喜している。プラスチックの使い捨て容器にみっちりと詰め込まれたちくわを胸に抱え、そこから引き抜いたであろうちくわを一本手に握りしめていた。

 そのちくわは先ほど飲食店街に持ち込まれた食材の一部であり、ようする話がシェフ・キューティクルはつまみ食いをしていた。


「ちょっとー! シェフー! せっかくの食材を勝手に持ってこないでよー!」

「ショコラも食べてみてよ! これ、すっごくおいしいよ!」

「……しょうがないなー! 一本ちょうだい」


 チョコレート色のエプロンドレスを装着したショコラティエ・キューティクルも一本ちくわを受け取る。そして一口食べると、ものの見事に舌鼓を打った。


「……ほんとだー! おいしーっ!」

「でしょ、でしょ!」

「おいしそうだな! 私にも一本くれ!」


 トリガーハッピーがそんな実演販売に心ひかれ、たまらず片手を差し出してきた。


「あ、トリガーハッピーさん! どうぞどうぞ!」


 シェフ・キューティクルは(こころよ)くトリガーハッピーにもちくわを手渡す。


「ちくわねぇ。突然大声出すから、びっくりしちゃったわ」


 ローズは苦笑いを見せて、シェフ・キューティクルがちくわを配る姿に肩をすくめてみせた。


「ローズさん、()めて下さい。決戦前だっていうのに、ちくわをかじっているわけにはいかないですよ」

「そうねぇ。……でも、おいしそうね。私も一本もらおうかしら?」

「ローズさん!?」

「ごめんねブラック。私もすぐ食べちゃうから!」


 そう言うとローズもちくわを一本受け取る。

 それを皮切りに、ほかのキューティクルズもちくわに群がっていった。


「がるるぁぁ! ちくわ! 食べたい!」

「ハラショォォォ! ちくわァァァ!」

「私もちくわほしいデス!」

「みなさん落ち着いてください! これからヒーロー戦隊との決戦です! ちくわを食べるのをやめてください!」


 ブラックの悲痛な叫びが大きく響く。しかしそんな呼びかけもむなしく、キューティクルズの間でちくわが感染爆発(アウトブレイク)を引き起こした。次に次にとちくわを欲しがり、キューティクルズが手を伸ばしていく。


「私も一本欲しいんだけど、いいかな?」

「どうぞゼロツーさん! たぶん全員分足りますよ!」

「全員分あるのか! すまない、ならば私も食べさせていただきたい!」

「あらあら~。私も欲しいわね~」

「もちろん、どうぞどうぞ!」

「やめてください! 配らないでください!」

「ブラックさんもいかがです?」

「いりません!」


 ブラックは大慌てで事態を収拾しようと声を張った。


 しかし、それがどれほど常識的な意見であったとしても、少数派の意見は無視されるのが民主主義というものである。ブラックの説得はむなしくショッピングモールの中に木霊する。


「本当においしい! ちくわなんて食べるの何年ぶりだろ!」

「これは参ったわね。上層部にお願いして、今度宇宙に行く時に真空パックに詰めて持って行こう!」

「持っていかないでください! お願いですから、ちくわを食べるのをやめてください! 早く準備してください!」

「大丈夫デス、ブラックさん! 焦らないで欲しいデス! みんなそのうち真面目に戻りマスから!」

「だったら今すぐ真面目に戻ってください!」


 ブラックが息切れを引き起こすほど叫ぶ。

 そんなブラックの肩に、トリガーハッピーが軽く手を乗せた。


「落ち着けブラック」

「トリガーハッピーさん?」

「これを見てくれ」


 トリガーハッピーは親指と人差し指でちくわを挟むと、その先っぽを口にくわえて見せた。そしてちくわの穴から息を吸い込むと、香りを楽しんだ後に短く息を吐きだした。


「葉巻だ」

「ちくわです!」


 ブラックが突っ込みを入れる。


 ちくわはほぼすべてのキューティクルズに配り終えられていた。最初に手渡された者達はすでに半分ほどまで食べ終えてしまう。


 そんな時だった。ローズがふと正面玄関の自動ドアの向こう側を視界に入れて、驚愕した。


「えっ!? あそこから歩いて来てるの、ヒーロー戦隊!?」

「うぉっ! まずい!」


 トリガーハッピーが慌てて口にくわえたちくわを手元に戻す。芸の細かいことに手のひらにちくわを押し付けて、携帯灰皿で火を消すような動作までして見せた。


「えっ! 待って! まだちくわ食べてない!」

「げほっげほ! 喉の変な所に欠片が入ってった! 肺にちくわがっ!」

「なにをやっているのですかみなさん! 早く配置に!」

「ちくわはどうすればいいのデス!?」

「ああ、もう! 背中にでも隠して下さい!」


 キューティクルズは蜘蛛の子を散らすように駆け出して行った。手に持ったちくわはそれぞれ服の中や背中のベルトに差し込むような形で隠す。ブラックは噴水の後ろに隠れ、他のキューティクルズは商品棚の後ろに隠れるか、吹き抜けから二階へと跳躍してその場から姿を消していった。


 慌ただしくあったショッピングモールで、キューティクルズは息をひそめた。



        ▼       ▼



 ヒーロー戦隊と怪人達は、暗く街灯の無いショッピングモール敷地内へと入っていく。


 総勢34名の軍勢の姿がはっきりと姿を現すと、侵入防止用のチェーンを警備員が開けた。その警備員に先頭を歩くジャスティスレッドが話しかけようとしたところ、警備員はわき目も振らずに逃げ出してしまっていた。


「警備員行っちまった。……怯えた様子はなかったし、俺たちが来ることを知っていたってことだよな」

「その通りだと思うよぉ! ここにキューティクルズが待ち受けていることは間違いないねぇ!」


 レッドの疑問に、お菓子怪人に変身したトミーが答えた。


「……なあトミー。怪人は絶対に口調を変えなけりゃだめなのか?」

「いや、そんなことはないぜ。声で正体バレしないようにしてるだけだ。癖になってるんだよ、声を替えて喋るの」


 お菓子怪人は巨大な顔に描いた笑顔を崩さぬまま、普段のトミーの冷静な声で答えた。


「じゃあ普段と同じ調子で喋ってくれ。そのテンションだと調子が狂う」

「わかった、そうする」


 怪人やヒーロー戦隊はすでに全員が変身済みであった。特に隊列などは組んでおらず、中の良い者同士で話し合いながらコンクリートの歩道を歩いてきている。


 先頭にジャスティスレッド、その隣にお菓子で出来たパティシエのコックコートと巨大な顔をしたお菓子怪人のトミーが続く。

 そこにコイン怪人、歯医者怪人、なまはげサンタ怪人、アメフト怪人、消火器怪人、ガマガエル忍者、ディスコジョッキー神父、剣道怪人、水着怪人といった怪人勢。

 格闘戦隊ファイトレンジャーの5人。運動戦隊スポーツレンジャーの5人。植物戦隊フラワーレンジャーの3人。教育戦隊ティーチャーレンジャーの教職員5人。威力偵察部隊ミリタリーレンジャーのセラとドーラの2人。イエローを除いた法律戦隊ジャスティスレンジャーの3人のヒーロー戦隊勢が、それぞれ入り混じって歩く。

 

 平均的な身長の集うヒーロー戦隊の中に、さも当たり前のように身長2メートルのドラム缶頭のコイン怪人やアメフト怪人が混じって歩いてくる姿は、平時の争い合っている姿しか知らない一般人から見ればこの上なく違和感を感じさせることだろう。その怪人達がいきなり隣のヒーロー戦隊を襲いかかるのではないかと自然と危惧させる。それだけ怪人の姿は異質であった。

 

 だが今は消火器怪人とスポーツレッドが今回の戦いについて相談し合い、歯医者怪人とブルーティーチャーが戦闘時の連携について話し合い、キューティクルズをネタに猥談を始めようとしたガマガエル忍者を周囲のヒーロー戦隊が締めあげていた。その会話の中には、確かな互いへの信頼がはぐくまれていた。


 そんな軍勢の先頭で、ジャスティスレッドは再びトミーに話しかける。


「クロスさんと連絡はあったか?」

「いいやまだだ。急な場所指定だったから、もしかすれば合流の難しい場所にいるのかもしれない。そうなればアオバさんとも合流できないな。俺たちだけでも説得できるかどうか……」


 トミーがそう話した瞬間、前方から駆け寄ってくる少女の姿があった。


 キューティクルズかと思いジャスティスレッドは身構えるが、変身しておらず、その揺れる猫っ毛のショートヘアーが視認できるとすぐに彼女がアオバであると理解できた。


「すみません、遅くなりました!」

「アオバさんだけか? クロスさんになにがあった!?」


 息を荒げて駆け寄ってきたアオバを見て、ジャスティスレッドが慌てて尋ねた。


「クロスさんは先にショッピングモールに行きました! どうやらジャスティスイエローもすでに来ているみたいで、そっちの相手をしてくるって!」

「イエローも来ているのか!?」

「はいっ! キューティクルズもすでに来ているみたいで、僕は説得を優先するように言われました!」

「そうか、ならイエローはクロスさんに抑えてもらうとして、俺たちは当初の予定通りキューティクルズの説得に専念する! みんな、準備はいいか!」


「おうっ! 大丈夫だ!」

「任せて下さい、レッドさん!」

「あんたこそ緊張するんやないで! レッド先輩」

「ゲコゲコ! 戦闘準備は完璧でゲコ!」

「説得でござるよ、ガマガエル忍者殿! 戦闘は……、まあ、やるのでござろうがな!」


 いくつにも声が重なって響く。

 そうしてヒーロー戦隊24人、怪人10人、キューティクルズ1人の混成軍は、道路から車の無い駐車場に入り、自然と陣形を横に広げながらショッピングモールの正面玄関に向けて進軍していく。


 そんな中、トミーがこっそり軍勢の中に後退し、誰にも聞こえないような小声で端を歩いていたセラに尋ねた。


「(……セラ。裏切り者は見つかったのか?)」

「(トミーさん、残念ながら、全員グレーのままです。誰が情報を漏洩させたかまでは分かりませんでした)」

「(そうか。俺も怪人側にも聞き込みをしてみたが、誰も親睦会の情報をキューティクルズに漏らした奴はいなかった。そうなると、だれが親睦会の情報と、変身前の姿の特徴を教えたのだろうな?)」

「(わかりませんが、ヒーロー戦隊はほぼほぼ白です。可能性があるとすれば怪人側です。ジャスティスレッドはこの裏切り者の件を知っていますか?)」

「(いいや教えていない。あいつは気付いてもいない)」

「(そうですか)」

「(ここの怪人達は限りなく白に近いグレーだが、もしこの中に確信犯の裏切り者がいた時は、内密に処理したい。その暗殺の実行は頼めるか? もちろん俺もフォローする)」

「(……ええ。了承しました)」


 そこまで会話し終えると、ショッピングモールの正面玄関が近付いてきた。

 ガラスの扉の向こうでキューティクルズが散開していく姿がチラリと見えると、ジャスティスレッドは背後を振り返り、全員に周知するように言った。


「みんな! どうやらキューティクルズは待ちかまえているようだ! だが、たとえ戦闘になったとしても説得することは諦めないで欲しい! 誤解しているだけならばいくらでも話し合いで解決できる! 倒そうなどとは思わないでくれ! それと、戦闘は主にヒーロー戦隊側が主軸になって戦う! 怪人達は無理のない範囲でフォローしてくれ!」

「おいっ! なんで俺たちがフォローなんだよ!」


 水着怪人が声を張って言った。


「それはヒーロー戦隊のスーツはほぼほぼ無敵だから、倒されることはあっても撃破されることはないからだ。消滅の危険性のある怪人達を前に出すよりも安全なんだ。それに俺たちとの連携も完璧とは言えないからな。怪人の攻撃は周囲を巻き込む系も多いから、同士討ちを避けるためにも前衛後衛をしっかり分けた方がいい」

「ふざけんな、かっこいい所だけ持って行こうってか!? そうはいかないぜ!」

「これを提案したのはトミーだぞ?」

「はあっ!?」


 水着怪人は勢いよく振り返った。そしてお菓子怪人が小さくうなずいて見せるのを見ると、チッ、と小さく舌打ちを鳴らしてしぶしぶ納得した。


「納得してくれたようで良かった。よしっ! 進軍する! 俺に続いて入店してくれ!」


 レッドは先頭に立ってショッピングモールに向かって歩いて行った。


 ゆっくりと開く自動ドアをくぐり、不気味なほど静かなショッピングモールへと入り込んでいく。

 正面に見える噴水、左手に見える食品売り場、右手の生活用品売り場、奥に見える専門店街と、4階まで続く吹き抜け構造。

 人の姿はない。キューティクルズの姿もない。だが、不気味なほどの視線を感じた。

平時ならば買い物客たちが雑声を鳴らし、スピーカーからは音楽が流れているはずのこの広大な憩いの空間が、恐ろしく透き通った静寂を保っている。音が鳴らないだけで気温がマイナス2℃ほど下がったような気がした。それだけ今のショッピングモールは気味の悪いほど閑散としていた。


「ようこそ、ヒーロー戦隊。……そして、怪人たち」


 噴水の裏側から、真っ黒なアイドル衣装のキューティクルズが姿を現す。


「お前はっ!」

「お初にお目にかかります、ジャスティスレッドさん。私はブラック・キューティクルです」


 端正な顔つきに、右目に刻まれた4本の爪跡。ふくらはぎまで伸びた手入れされた黒髪。

 目元の爪跡さえなければたやすく人を魅了できるであろうその美少女は、穏やかながらも敵意ある視線をジャスティスレッドに向けていた。


 その姿を確認した瞬間、アオバが軍勢の中から飛び出してきた。


「ブラック! 話を聞いて!」

「ああ、アオバさん。あなたはそちらに合流していたのですね」


 ブラックは舌打ちを鳴らしそうなほど苦々しい表情になった。


「ブラックは騙されているんだ! この戦いを望んでいる黒幕がいる! こんな戦いをしちゃダメだ! 一緒に黒幕を探そう!」

「……なにを言うのかと思えば、そんなことですか。黒幕などすでに想定が付いているのですよ」

「えっ!?」

「それは、……そこにいる怪人たちです! さあ、みなさん出てきてください!」


 ブラックの宣言と同時にキューティクルズが物陰から姿を現す。食品棚の裏側や柱の影、2階の手すりから飛び降りてきてヒーロー戦隊と怪人を取り囲む。


「囲まれた!?」


 ジャスティスレッドが驚く。


 現れたのは、ニューヨーカー・ファッショナブル・キューティクルズの二人、シカゴ・ギャングスター・キューティクルズの二人、イエローナイフ・オーロラ・キューティクルズの三人、デトロイド・メタリック・キューティクルズの二人、ニッポン・サムライ・キューティクルズのイソロク・キューティクル、ロシアン・ビースト・キューティクルズの四人、ヨーロピアン・クッキング・キューティクルズの五人、ブロードウェイ・スーパースター・キューティクルズのブラック・キューティクル一人。

 総勢二十人のキューティクルズだ。


 そこにサムライ・キューティクルズの残りメンバー三人とブードゥー・キューティクルズ二人の姿は、いまだない。


 ヒーロー戦隊と怪人を一斉に取り囲んだキューティクルズは、ほとんどポージングにも近い格闘姿勢を構えて見せ、絵になるほど格好良く体勢を整える。その腰元にちくわが差さっていたとしても、まるで違和感がなかった。


「さー! バトルなのデス!」

「綺麗なハチの巣にしてやるぜ!」

「最終ラウンドだ! ゴングをならせ!」

「ガルルルル! もぐもぐもぐ!」

「ハラショー! もぐもぐもぐ!」


 タイガー・キューティクルとヒグマ・キューティクルの二人は、こんな時でも口にちくわを頬張って噛み砕いていた。だがこの二人のフリーダムはいつもの事なのか、そのことに誰も気にするそぶりを見せない。


「アオバさん! そこから離れて! こっちに来て!」

「ローズさん!?」


 アオバはローズの呼びかけに驚いた。

 しかしアオバはすぐにローズも騙されているか誤解しているのだと想像すると、すぐに説得する言葉を放った。


「ローズさん! 今回の件は怪人王イエローともう一人謎の悪党が仕掛けた罠です! 僕たちがヒーロー戦隊と戦う必要はありません!」

「アオバさん! その罠というものがそもそも罠だった! 騙されているのはアオバさんよ! そのもう一人の悪党というのは、そこの怪人達の中にいる!」

「えっ!?」


 アオバは背後を振り返り、驚愕している怪人達を見た。


「怪人たちの中に、あなたやヒーロー戦隊を騙して操ろうとしている人がいるの! 怪人王イエローと内通している怪人もいるわ!」

「え、えっ!?」

「そんなバカな! 俺たちの中にそんなことするやついねえぞ!」


 水着怪人が叫ぶ。それに続いて、他の怪人たちも声を上げていった。


「そうでござるよ! 拙者たちは寄せ集めもいいところの集まりでござるよ! こう自分で言うのもあれでござるが、趣味人と社畜ばかりでそのような陰謀なんて組み立てられないでござるよ!」

「ああそうだ! そうなんだが、そう言えば俺たち、怪人の中でもバカの寄せ集めじゃねえか!?」

「ああ、その通りだ! 先代怪人王ゾシマはそんなバカで温厚な怪人ばかりを召喚していたんだからな!」

「ええっ! そうだったのでござるかトミー殿!」

「ああ! それと俺を名前で呼ぶなキクチヨ! 今の俺は、お菓子怪人、パティシエール・ロマンだよぉッ!」


 トミーは突然取りつくろうかのように、見た目に沿ったピエロらしい動きをしはじめる。


「キューティクルズ! 封印したモリスを――、いえ、ゴミ怪人を返して! あとホステス女郎蜘蛛さんも!」


 コイン怪人がユダの声そのままに叫ぶ。

 銀鎧にドラム缶頭のコイン怪人が少女の声で叫ぶものだからローズも多少困惑していたが、すぐに返答は返ってきた。


「怪人! あなた達が諸悪の根源であることは間違いない! だから、戦って見極める! あなた達の目的を!」


 ローズは抜剣し、赤い刃のショートソードが振り払われた。そのタイミングに合わせて他のキューティクルズも一斉に刃を抜き、拳を構える。


「戦って見極めるって便利な言葉だよな! お前ら格闘ゲームの住人かよ!」


 水着怪人が苛立たしく叫ぶ。


「ローズさん! 駄目です! 戦っては相手の思うつぼです!」

「アオバさん! あなたも怪人から離れて! ……いえ、まさか、……もうすでに洗脳されている!?」

「洗脳!? いいえ、僕は洗脳なんてされていません!」


 アオバはあわてて首を振る。


 そしてその様子を見ていたトリガーハッピーが、水着怪人を見ながらつぶやくように言った。


「そう言えば怪人に一人、洗脳が出来るやつがいたな!」

「あれは洗脳じゃねえよ!」


 水着怪人が怒鳴り返した。

 その様子を見たトリガーハッピーは、水着の仕返しをしてやったとばかりに、にやりと笑った。


「……もう結構です。水かけ論では議論になりません」

「ブラック!?」


 ブラックが動いた。影となって地面を潜り、高速で蛇行移動してアオバに近付く。


「危ない!」


 ジャスティスレッドがアオバを背後に押し出した。すると先ほどまでアオバの顎のあった場所にブラックのアッパーカットが飛び抜けていく。さらにその勢いのまま跳躍したブラックは、転倒したアオバめがけてかかと落としを振り下ろした。


「六法全書、変形!」


[ジャスティスアックス! 斬首刑ネック・スラッシュモォードッ!]


 レッドはジャスティスアックスの刀身でかかと落としを受け止める。


「ヒャッハァァァ! そうだ! 言葉なんていらないんだ! 出てこいトンプソン!」


 トリガーハッピーが両手を掲げ、ドラムマガジン式サブマシンガンを手の中に顕現させると、振り下ろすようにして照準を向けた。


「全員! 迎撃体制を取れ!」

「やっぱりでござるよ! 結局説得なんて出来ないでござったな!」


 怪人とヒーロー戦隊たちもそれぞれ武器を構え始める。


「ブラックっ! このっ! 変身っ!」


 アオバも床から身を起こすと、即座に光を纏って変身し、体を起こした勢いを乗せて右ストレートをブラックめがけて放った。


 ブラックは十字ガードで守りを固めてその拳を受け止める。そして、さも洗脳された相手を見下ろすかのようにアオバを睨んだ。


「アオバさん、あなたが怪人側に付くつもりなら、私が目を覚まさせます!」

「それは僕の台詞だよ! ブラックはもっと冷静な行動がとれる人だと思ってた! だけどこんなやり方をするつもりなら、僕が正気を取り戻させてやる!」


 アオバは拳をブラックのガードに押し付けたまま、宣言するように叫んだ。


 それと同時に、各々の技の準備が整う。

 トリガーハッピーの銃撃を引き金に、双方が一斉に攻撃を開始した。


kiss(キッス) off(オフ)(くたばれ)!」

「まずい! ビリヤードテーブル・シールド!」

「オーロラ・フラッシュ!」

「ガルルルァァァ!」

「ハラショォォォ!」

「奥義! ピッチャー返し!」

「どすこい! ざぶとん手裏剣!」

「渦巻け! ファッション小物流星群スターダスト!」

「装着! グスタフ・ドーラ砲! 発射ぁッ!」

「べっこう飴シールド!」

「口伝・居合奥義! フナサカ・ブレード!」

「三角定規ブレード!」

「チョーク・シューター!」

「ハッピー☆クッキング! まぜまぜ~! しあわせ☆バタークッキー!」

「忍法! 水圧レーザーの術!」

「ジャスティス・ブリザード!」

「カポエラ奥義! 音速飛び膝蹴り!」

「うなれ太陽風の拳! オーロラ・クロスカウンター!」

「ゲーセンコインバルカン!」

「発破解体クリスマスボックス!」

「光よ集え! 輝きよ弾丸となれ! サファイア・スフィアー!」


 一瞬にして幾多の攻撃が空間を埋め尽くす。水圧レーザーが壁を切り裂き、オーロラのプラズマレーザーが噴水を蒸発させ、座布団が柱に刺さる。軍刀と三角定規が刃を切り結び、飛翔するファッション小物はべっこう飴にからめ捕られた。クリスマスボックスの爆発をかいくぐってビースト・キューティクルズが爪を振るい、巨大なバタークッキーをイエローファイターが飛び膝蹴りで打ち砕いた。


 バタークッキーの破片が降り注ぐ真下で、刃が火花を散らし、幾重もの拳と足技が振るわれた。攻撃のたびに炎や電流がはじけ飛び、星やらちくわやらもそこらへ飛んでいく。


 その過剰すぎる戦闘空間の密度は誰もが冷や汗を禁じえなかった。戦闘が乱闘形式になった瞬間、同士討ちの危険性に誰もが気付いた。現にサブマシンガンの弾丸やゲーセンコインバルカンのコイン弾は敵味方関係なく放たれている。さらには同士討ちだけではなく、みるみる傷を増やしていくコンクリートの柱はそう時間を掛けないうちに破壊されるだろう。つまりは建物の倒壊の危険性もあった。


「まずい! このまま戦ったら建物が崩れる!」

「その通りデス、ジャスティスレッドさん! そういうわけなので、みなさん距離を取るのデス!」

「みんな! 場所を大きくとって!」


 ローズが声を張ると、ブラックとファッショナブル・キューティクルズの二人を残して、他のキューティクルズは一斉に分散していった。食品売り場や生活雑貨エリア、さらには吹き抜けを飛んで二階三階へと移動していく。


「みんな! 戦力がなるべく均等になるよう追いかけてくれ! 封印した怪人をどのキューティクルズが持っているかわからないが、もし救出できたらここに戻って来るんだ!」

「分かった! よしじゃあヒーロー戦隊は先に追いかけてくれ! 俺がそれに合わせて怪人を編成して送り込む!」


 トミーが怪人を呼び寄せようと周囲に声を掛けた。


「拙者はサムライ・キューティクルズを追うでござるよ! 一度戦ってみたかったのでござる!」

「よし、じゃあ俺はトリガーハッピーだ! 水着の鎧ならあいつらを完封出来る!」

「分かった! 戦う相手が決まっているやつはすぐにでも追いかけてくれ!」


 トミーは手早く指示を出していく。


 ヒーロー戦隊たちもほぼ直感的にキューティクルズを追いかけていく。そのヒーロー戦隊との相性を考え、トミーの指示で怪人も後を追随していった。


 そして玄関ホールの噴水前広場では、サファイア・キューティクルとブラックが拳のいなし合いを続けていた。

 その横で応戦する形でジャスティスレンジャーとファッショナブル・キューティクルズも戦闘を開始する。食品売り場からは魚介類が肉片となって飛散し、生活用品売り場からは無数の四十五口径弾が扇状に飛び散っていく。二階の手すりが太陽風のレーザーを受けて消失し、三階からは切り刻まれ衣類が紙吹雪のように散ってきた。


 あちこちで技名と雄たけびが鳴り響き、そのたびに爆音と雷鳴と驚愕の絶叫が轟いた。


 戦争が、始まった。


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