第十三話 激闘! 怪人VSキューティクルズ! 混迷極めし者たちのアルス・ノヴァ!(後編)
「ヒハハハハ! どうしたキューティクルズ! まるでお話しにならないじゃないか!」
「ふざけやがって! こんなお遊びみたいな能力で勝った気になったつもりか!?」
「お遊びで結構! お前たちはそんなお遊びにやられちまうんだよ! ヒハハハハ!」
水着怪人がトリガーハッピーに向けて嘲笑の笑い声をぶつける。
「ハッピー、何か羽織るものはないか? 水着姿で暗殺なんて出来ない。そんなのスマートじゃない」
「スマイリー! ここは奴の作った世界だぞ! 暗殺なんて出来るわけがないだろうが!? おい、キューティクルズ! まだまともに戦えるのは何人いる!?」
トリガーハッピーが背後を振り返り、後続のキューティクルズの状況を尋ねた。
「ごめんなさいハッピーさん! マゼンタはもう戦えそうにない! 二月の水着撮影がトラウマになって立ち直れないみたい!」
「私はまだまだいける! ハッピーさん、私に先陣を切らせて! あのサメには私の右フックを叩きこんでやらないと気が済まない!」
オーロラ・キューティクルズのシアンは地面にうずくまって震えているマゼンタを介抱していた。
そしてイエロー・キューティクルは拳と拳を叩き合わせるとトリガーハッピーの隣にならんで水着怪人に敵意ある視線を向けた。
「あ、あうぅぅぅ……! ごめんなさい、ごめんなさぃ……! ビースト・キューティクルズのみんなは、もう、戻ってこないと思いますぅ……」
スクール水着姿のフクロウ・キューティクルは背中に生えた大きな薄灰色の翼で体を包み、申し訳なさそうに涙目で答えた。
他のビースト・キューティクルズのメンバーは現在、少し離れた海の家にて焼きそばとかき氷を食べている。
ちなみに海の家のメニューは、
焼きそば600円
ラーメン(醤油)650円
ラーメン(特製・塩)750円
カレーライス600円
かき氷250円、
アイスクリーム各種250円
ソフトクリーム(バニラ・イチゴ・チョコレート)300円
と、なっており、これらのメニューを一通り食べ終えないことにはビースト・キューティクルズの三人は帰らないことだろう。
「まともなのは五人だけか……。だが、怪人は一体だけ! この数の差なら負けることはない!」
「ヒハハハハ! たった五人で俺に勝つだと!? キューティクルズごとき百人いようと俺には勝てないんだよ!」
「舐めるな! キューティクルズの近接格闘はヒーロー戦隊以上! 五秒もあればお前の顔なんて正月の餅にしてやれるんだよ!」
「バッカじゃねえの!? なんで俺が真正面から戦ってやる必要がある!? 出てこい、サーフボード!」
水着怪人が地面を蹴り上げると、射出されてくるような勢いで地面からサーフボードが飛び出してきた。水着怪人はそのサーフボードの上に飛び乗り、波の上に着地する。
「まずい! 水中じゃ格闘技は使えないじゃねえか!?」
「ハッピー! 沖に逃げる前に仕留める! 行くぞ」
ギャング・キューティクルズの二人が慌てて海に向かって駆けだしていく。
「おっと! 待ちなキューティクルズ! そこで止まれ!」
波の上でサーフボードの上に綺麗に立ったまま、水着怪人はバランスを崩すことなく手のひらを向けてキューティクルズを制止した。
「なんだっ!?」
「お前たちの水着は特別製でなっ! 実はその水着、水に溶ける素材で出来ている!」
「なんだって!?」
トリガーハッピーは驚愕した。
「「「ふぉぉぉぉぉぉ!?」」」
水着姿の男臭いギャラリーが、その事実にたまらず歓声を上げた。
「うっさいぞ男ども! 興奮すんじゃねー!」
ギャラリーの盛り上がりにトリガーハッピーは思わず怒りの声を向ける。そんなギャラリーの視線もあって、トリガーハッピーは恥ずかしさをつい無意識に感じてしまい、手で胸を隠して後退した。
「ちょっとぉ赤丸! なにあんたも混じって興奮してんのよ!」
「あいたたた! 待っ! 黄乃子、こればかりは、男の本能のようなもので!」
「そんなの! 知らない!」
「知らないじゃなくて、骨が、折れっ!? あああああ!」
スポーツレッドである赤丸とスポーツイエローである黄乃子が、水着姿のままいちゃつく。
心なしか、スポーツレッドの後ろ手にねじられた腕が可動限界を超えたあたりまで持ち上げられ、きしむ音が大きく響く。奇跡的に骨がポッキリいかない、ギリギリの範囲であった、
「私に任せて下さい! 拳が届かなくても、私のオーロラならっ!」
シアン・キューティクルが片手を天に掲げる。すると手の先に太陽光が集まり、七色の極光が渦巻いていった。
「させるか! 灼熱・ビーチサイドBURNING!」
「えっ!? 太陽が、急に強く!?」
「熱っつぅ!? 砂浜が熱っつい!」
太陽が一瞬にして真昼の位置にまで昇り、強烈な南国の風を吹かせる。
さっきまでの浜辺は午前中の涼しいものだった。だが急に時間が推し進められ、正午近くの砂浜が一番熱せられる時間に変更されたのだ。
その砂浜の熱さは常夏の楽園のもっとも暑い時期の温度である。つまりはビーチサンダル必至の灼熱地獄だ。そんな砂浜にいては足裏のやけどは免れ得ない。
「熱ちちっ! 火傷するっ!」
「みんな! あそこのビニールシートまで走れっ!」
キューティクルズは砂浜の熱さに跳ねるようにして走っていく。そしてパラソルの立てられた一畳ほどの小さなビニールシートの上に五人全員が飛び乗った。
「ヒハハハハ! ここから詰めの時間だ! 水鉄砲FESTIVAL!」
水着怪人は波の上をサーフィンしながら腕をふるうと、海の中から無数のタンク付き水鉄砲とビーチサンダルが飛び出してきて、同じく地面の熱さに四苦八苦するギャラリーの前に落下していった。
「おお、サンダルだ! ありがてえ! ありがてえ!」
「空圧式の水鉄砲? 何だこりゃ? どうすればいいんだ?」
もとゲームセンターのギャラリーたちは急いでビーチサンダルを履くと同時に、疑問を持ちながらも水のたっぷり詰まった水鉄砲を持ち上げた。
「ヒハハハハ! キューティクルズといえども、無害な一般人を殴り倒すことは出来まい! さあ一般人ども! その水鉄砲であいつらの水着を溶かしてしまえ!」
「なっ!?」
キューティクルズに戦慄が走った。
その瞬間、シュッコ、シュッコ、シュッコと、気の抜けるような音を鳴らして、ギャラリーがピストンで水鉄砲の中に空圧を溜め始めていく。
「な、なんてことだ! くそう! 体が思うように動かない!(シュッコ、シュッコ、シュッコ)」
「洗脳されてしまった! これは、どうしようもない!(シュッコ、シュッコ、シュッコ)」
「本当はこんなことしたくないのに! 体が勝手に動いてしまう!(シュッコ、シュッコ、シュッコ)」
ギャラリーたちは口々にそんな事を言いながら、一人残らず水鉄砲を構えてキューティクルズに向かって歩きはじめた。
その表情は、まさに洗脳されたとしか思えないほど、今にもよだれを垂らしそうなスケベどものそれである。
「ウソだっ! あいつら絶対洗脳なんかされてないぞ!?」
「くっ! なんて卑怯な!」
キューティクルズはビニールシートの上に寄り固まり、ゆっくりと近付いてくるギャラリーに備えた。
「ヒハハハハ! さあ、キューティクルズを取り囲んでやれ!」
「イエス、ボスッ!」
男性客たちが左右に広がっていき、ビニールシートの上のキューティクルズを取り囲んでいく。
その足並みは本当に思考に同期がかかっているのではないかと思えるほど連携が取れていた。
「近付くな! それ以上近付いてきたら、おまえの顎にアッパーめり込ませるぞ!」
「ぜひお願いします! あ、いえ、洗脳されているから、思ってもいないことが口に出ちゃう! なんて洗脳って怖いんだー!」
ギャラリーの男性客は止まらない。口々に言い訳くさい棒読みが吐き出される。
「こうなったら! こっちも水鉄砲で応戦するぞ!」
「やめろハッピー! あいつらの水着を溶かしてどうするんだ! そんなことしても大参事にしかならない!」
両手に再び水鉄砲を構えたトリガーハッピーをスマイリーが片手でいさめた。
水鉄砲を持ったギャラリーはすでにキューティクルズの包囲を終えていた。同時に各々水鉄砲の銃口を向け始めていく。
「ヒハハハハ! 総員、構え!」
水着怪人の号令に合わせて全員の動きが整えられた。構え方はそれぞれ違ったが、しかし確実に水着を狙っていた。
そんなギャラリーの各々の目には隠しきれないほどのスケベ心が見え隠れしていた。
「ちくしょうっ!」
「ヒハハハハ! 終わりだ! 総員、打――っ!」
そこまで水着怪人が言いかけた瞬間、突然、ガラスを割るように空を砕いて何者かが侵入してくる。
「そこまでよ!」
割れた空から二人の女性が降下してきて砂浜に着地。
黒と白のコートをそれぞれひるがえし、着地と同時に一回転すると一陣の風を巻き起こした。その風は砂浜の砂を巻き上げながらギャラリーを呑み込んでいくと、足をすくい上げて転ばせていった。
「うわぁぁぁぁ!?」
「なんだぁ!」
風に巻き込まれたギャラリーたちは砂浜で転倒すると、正気を取り戻して慌ててキューティクルズから距離を取っていく。
水着怪人は空間を超越してきたその侵入者に驚き、サーフボードを反転させて目を見開いた。
「バカな! なぜ、ニューヨーカー・ファッショナブル・キューティクルズがここに!?」
「いざという時の為に見張っていたのよ! そう! こういうときの為にね!」
レッドローズが言う。
ニューヨーカー・ファッショナブル・キューティクルズは、レッドローズ・キューティクルとホワイトジャスミン・キューティクルの二人で編成されたキューティクルズだ。
金属装飾で彩られたオーバーコートと胸元のコサージュが特徴的で、地味目な色合いが特徴の現実のニューヨーカーと比べるとずいぶんと派手なファッションをしている。
レッドローズは真っ赤なポニーテールをたなびかせたキューティクルズだ。
赤いセーターには装飾のように小型の装甲が取り付けられており、ホットパンツのベルトにはおもちゃじみた赤い刃のショートソードが装備されていた。
ファッション的な要素は現代的だが、組み込まれたモチーフは中世騎士の甲冑であろう。羽織った黒いオーバーコートのレッドメタル装飾はまさにスタイリッシュな代物だ。装飾や装甲が無くなればファッション衣料としても違和感はない。少々古臭く中二病臭い雰囲気は拭えないが、それでもスタイルと容姿に優れたレッドローズは装甲のあるなしの関わらず見事に着こなしを見せていた。
「ローズ! このような下賤な相手など、さっさと切り捨ててやりましょう!」
ホワイトジャスミン・キューティクルが腰からレイピアを引き抜く。
ローズが黒騎士ならば、ジャスミンは姫騎士といったいでたちだ。
フリルのついたファーコートに薄ピンク色のブラウス。ほんのりラメの煌めくチュールスカート。そして申し訳程度に取り付けられた白金の装甲。銀のように輝く白い髪をシニヨンに結って盛り上げた髪型はまさに貴婦人のようだった。
ローズやジャスミンは他のキューティクルズと比べると一回りほど大人びていた。
ファッション主軸のキューティクルズなのでお子様体型では成り立たないのだ。すらりとした手足にメリハリの利いたスタイル。そして凛とした表情に綺麗に伸びた背筋。年齢としては二十代前半といった所だろう。
その他のキューティクルズが一貫して中高生程度の見た目だったのに対し、ファッショナブル・キューティクルズの二人は一気に大学生程度にまで見た目年齢を跳ね上げたのだ。
純粋な印象の問題として、その大人な雰囲気からは他のキューティクルズ以上の実力を容易に予感させた。
「おのれ! ファッショナブル・キューティクルズ!」
「水着怪人! 戦う前に言っておくわ! まず、この子たちの水着のデザイン、これに関しては褒めてあげる! でも所詮は男が考えた水着デザイン! スタイルばかり強調して一番大切なキュートさが足りていない!」
「そうねローズ! 見せてあげましょう! 本物のファッションスターの実力というものを!」
「行くわよジャスミン! 剣を合わせて!」
ローズも赤い刃のショートソードを引き抜くと、ジャスミンの銀のレイピアの刃と重ね合わせた。
「「ファッションアッープ! スーパースタイリング! コーディネーション!」」
二人は同時に剣を掲げる。
すると剣から強烈な虹色のフラッシュが輝き、浜辺全域を包んだ。
その光は一瞬にして収まると、男くさかった灼熱の太陽が行楽地としての穏やかさを取り戻し、海風がほんのりとした涼しさを送ってくるようになる。
「バカな! 俺の世界に、干渉しただと!?」
少しばかり空が広がった気がした。青々とした空が今はライトブルーの天幕となり、いつの間にかウミネコが空を飛んでミャアミャアと声を鳴らしている。
だが、変わったのはそれだけではなかった。
一番変化したのは、水着姿のキューティクルズ達だった。
「えっ! 何このパーカー! かわいい!」
「おお! 黒のパーカー! それにサングラスにサンバイザーか! 悪くねえ!」
「マゼンタ! もう立っても大丈夫なの!?」
「ええ、このパラソルを握った瞬間、急に日焼け止めを塗らなければいけない気がして体が温まったの。シアンの麦わら帽子もかわいいね。水色のリボンなんて珍しい」
「ありがとう! だってこれは私たちに合わせたオーダーメイドみたいなものだものね! これが終わったらローズさんにこのままもらえないか聞いてみよう!」
「えぇ……。なんでスクール水着に名札が増えているんですか……? しかもひらがな……。ローズさんひどいよぉ……」
キューティクルズは各々ビニールシートから砂浜に戻ってくると、新たに増えた衣類や装飾品の可愛らしさに盛り上がっていた。
主に増えたものは上着だった。それもラッシュガードという水着と同じ素材で作られた、速乾性に優れるパーカーをほぼ全員が羽織っている。そんな上着のほかにも、ビーチ用にデザインされた日傘に麦わら帽子など、各々の個性に合わせた最適の小物が追加されていた。
「なにぃ!? 俺の完成されたトレンド水着に、ファッション小物を追加してアップグレードさせただと!?」
「「レッドローズ&ホワイトジャスミン! クールでスタイリッシュに決めちゃうわ! レッツ、ショータイム!!」」
ローズとジャスミンは剣を構え直してポージングを取った。それと同時に白と赤の花びらが爆発するように飛び散り、周囲に雪のように舞い散って融けるように消えていく。
水着怪人の背筋にゾッとするような寒気が駆け抜けていった。
この登場の仕方は間違いない。怪人達にとって最も恐れるべき事態。勝ち確演出が入ったのだ。
幻聴でキューティクルズのメインテーマが聞こえてきた。幻聴のはずなのにオーケストラの生演奏のようにビリビリと鼓膜を震わせてくるそのメインテーマは、それだけで水着怪人の存在感を薄くしていった。
「どうしてだろう! このパーカーと麦わら帽子があるだけで、まるでファッションリーダーになった気がする!」
「さすがは元ファッション界の女王のデザイン! いつもの衣装じゃないのに、キューティクルズとしての力が戻ってきたみたい!」
「そうか、このパーカー! ボクシングチャンピオンの着ているガウンに似ているんだ! だから力が湧いてくるんだ!」
オーロラ・キューティクルズの三人が言う。
「違うわよ? あなた達はさっきまで怪人の作った水着を着ていたでしょう? その水着があなた達の力を半分封印していたの。でも今はちがうわ。あなた達はそのファッションで新たに可愛らしさを手に入れた。キューティクルズの力の源は羨望と理想が生み出す希望。それを集められるだけの可愛らしさを手に入れた今、普段の変身よりも力が出せるはずよ」
ローズが振り向いて言う。片手を腰の当てて首だけで振り返るその姿は、かつてファッション雑誌の表紙を飾っていた黄金時代の頃の立ち振る舞いそのままであった。
「そしてここは水着がもっとも映える海! ローズ、私たちも着替えるわよ!」
「ええ、行くわよジャスミン!」
「「ファッションアッープ! スーパースタイリング! コーディネーション!」」
二人は再び剣を重ね合わせると、輝いた。
一瞬で水着姿に変身する。ローズは赤いバラの描かれたタンキニ(上部がタンクトップ形状の水着)に。ジャスミンは大人びた純白のクロス・ホルダー・ビキニに姿を変えた。
ショートソードやレイピアのデザインは変わらないので、舞台演劇用の小道具を間違って持ってきたのではないかと思えるような不釣り合いさがあった。だが、二人のキューティクルズとしての立ち振る舞いが水着を戦闘衣装のように印象を変えてしまう。威風堂々と胸を張る二人の自信が、水着のファッション性を昇華させているかのようだった。
「おのれっ! 俺の世界でこれ見よがしに着替えやがって! 水着のプロフェッショナルである俺に、そんな少し流行遅れ水着姿で勝負を挑むつもりか!?」
「流行は関係ない! 人には人のもっとも合ったファッションがある! あなたの流行に頼り切った服飾センスでは私たちには勝てないわ! さあ、みんな行くわよ!」
ローズが指揮杖を振り下ろすように剣先を水着怪人に向けると、キューティクルズは一斉に海に向かって行った。
「くっ! 水着の水に溶ける特性が無くなってやがる! 俺の水着は乗っ取られたってことか! だが、ここはまだ俺の世界! 海辺でサメに襲われる恐怖を味わせてやる!」
水着怪人はサーフボードから飛び降りると海に潜った。全身に大量に生成した水着を巻いて手足を縛ると、分厚い水着の鎧をまとったサメの形状へと姿を変える。
「来るわよ! みんな、構えて!」
「はい!」
キューティクルズが腰まで海に漬かった所で各々武器を構えた。
少し離れた海中に二メートルほどのサメの魚影が駆け抜ける。
その泳ぎ方は軟骨魚類そのまま模倣しており、大きな弧を描いて18ノット(時速約35キロメートル)まで加速してくるとレッドローズに向けて突撃してきた。
「タイミングを合わせてみんな! 一斉に攻撃するわ! 3ッ! 2ッ! 1ッ!」
ローズはそんな獰猛な攻撃に怖気づく様子もなく剣を構えていた。
サメと化した水着怪人はレッドローズの上半身に牙を突きたてようと口角を横にして飛びかかっていった。
「がああああ!」
水着怪人はうなった。
それと同時にレットローズはのけぞった。背中を海面に沈みこませ、赤い刃のショートソードを水着怪人の喉元に突き立てる。
だが水着怪人に傷一つ付かない。水着の鎧が全ての攻撃を防いでいるのだ。
水着怪人はレッドローズを飛び越えるとさらにジャスミンのレイピアの連撃に包まれるが、出血どころかかすり傷一つ付かない。さらにもっとも硬いサメの頭部は硬質化したサメ肌で覆われており、逆に刃こぼれを起こさせるほどだった。
「喰らえ!」
イエロー・キューティクルが叫ぶ。
水着怪人が浅い水辺に着地すると、イエロー・キューティクルによるレバーブローが胴体に叩きこまれた。
ズドンッ! と、サンドバックをスレッジハンマーでぶん殴ったような炸裂音が響き、イエロー・キューティクルの小さな拳が腹部にねじ込まれた。
だが、水着怪人はサメの質量まで再現しているのか、大きな波を立てただけで吹き飛んでいくことはない。僅かにその巨体が揺らいだだけですぐに水に沈んでいく。
「重っ!?」
イエロー・キューティクルは驚愕した。
「喰らえといったな!? ではおいしく食べさせていただこう! がるぁぁぁぁ!」
サメの巨体をひねらせてその場で暴れると、身の丈に似合わない俊敏さを見せて方向転換を行いイエロー・キューティクルに牙をむけた。
「させない! ハンギング・ワイヤー!」
サメの口にピアノ線のワイヤーが引っ掛けられ、上半身が噛みちぎられるすんでのところで引き寄せられる。
両手に巻きつけたワイヤーを力の限りスマイルキラー・キューティクルは引き寄せると、振り返ってトリガーハッピー・キューティクルに向けて叫んだ。
「いまだ、ハッピー!」
「OK! こっちを見やがれ変態サメ野郎! Kiss my ass!(くたばれ!)」
トリガーハッピーは再び両手にドラムマガジン式のサブマシンガンを生み出すと、即座に引き金を引いた。
秒間十二発の四十五口径弾が水着怪人の胴体に突き込まれ、炸裂する鉛の弾頭が火花と水しぶきを散らす。
しかし、水着の鎧を突き破れる銃弾は一つもなかった。
「ヒハハハハ! 効かねえな! この鉄壁のAカップ水着の鎧は、どんな攻撃でも概念的に吸収するのだ!」
「なんだそりゃ!? 貧乳バカにしてんのか!?」
トリガーハッピーが眉間にしわを寄せて叫んだ。
水着怪人は銃弾の衝撃を物ともせず、まるで雨粒でも浴びているかのように余裕を見せて笑っていた。そして身をよじらせながら砂浜を這いずり、再び海中の中にもぐりこんでいく。
ちなみにファッショナブル・キューティクルズの二人とアザラシ・キューティクル以外は、その他全員が貧乳である。変身した後の姿が主に中高生の見た目となるため、いたしかたないと言えるだろう。
「どんな攻撃も通用しないって! そんな卑怯な能力ありなの!?」
「私の拳すら貫通しないなんてっ! あっ! また来る! ローズさん、避けて!」
再び水着怪人は口を大きく開けてローズに襲いかかる。
ローズはショートソードでカウンター気味にサメの顔を叩きつけ、なんとか自分の体を押し流し、海の中に尻もちをつくような形で倒れ込んで回避。
水着怪人の頭には小さな切り傷が付いたものの出血すらしておらず、海中から飛び出している間だけ笑い声を上げ、身をひねって再び海の中に潜り込んでいった。
ローズは肩まで海水に漬かった状態からすぐに身を起こし、軽く頭をゆすってポニーテールについた水をはじき飛ばす。
「大丈夫!? ローズ!」
ジャスミンが叫ぶ。
「ええ! 大丈夫よ! 私に任せて! 次の攻撃が来た時、私があいつを倒して見せる!」
ローズはショートソードを振るって水を払うと、刃を正眼に構えて正面を見据えた。
「ヒハハハハ! やってみるがいい!」
海岸の離れた場所に水着怪人が再び現れると、サメの背びれを海面から突きださせてローズめがけて突進してくる。背びれは海を切り裂くように左右に波しぶきを跳ね上げ、魚雷のように直進した。
そして水着怪人は直前に潜水する。波をかき分ける音が消えるとほんの一秒間だけ海は不気味な無音となり、次の瞬間、爆発するような水しぶきを上げて飛び出してきた。
「あなたに一番のファッションを! ファッション・アッープ! レッツ! スタイリッシュ・コーディネーション!」
ローズがショートソードを振り払うと、正面に直径二メートルほどのバラの魔法陣が生み出された。
真っ赤なバラ色の魔法陣は突撃してきた水着怪人を包むように重さなく変形していく。
ローズは海の中に潜り込んでサメの突撃を回避すると、魔法陣に包まれた水着怪人は勢い余って砂浜にまで飛んでいき打ち上げられた。
そうして真っ赤な繭のようになった魔法陣は、水着怪人が砂浜で転がるのをやめた瞬間に風船が割れるような破裂音を鳴らして消え去った。消える瞬間に幻想的なバラの花びらが飛び散る。
「うっ! ぐぉぉっ! 何だこれは! 体が動かない! 封印術っ! いや、これは……、ウェットスーツだと!?」
魔法陣が消えた後、サメの胴体が青いラインの入った黒いウェットスーツに包まれていた。
人間用ではなく、サメの体格に合わせたウェットスーツである。わざわざサメの体に合わせたデザインのスーツは、ピッチリと体にすいつき、体の動きを阻害させていた。
サメの強靭な尾びれの動きすらも制限するそのスーツは、まるでタイヤのゴムで出来ているのかと思えるほど堅く強固であった。
「人間っていうのはね、服を着ていなければただの哀れな獣に過ぎないの! その服はあなたの理性の鎧! あなたの理性をファッションにしてあなた自身を縛りつけた! 人格を失った獣でなければその鎧は壊せない! あの怪人王ですら足止めした究極の防具よ!」
「ぐおおお! きつい、締まる! くそっ、なんて能力をもってやがる! 俺の理性が俺自身を締め付けてくるなんて!」
水着怪人はウェットスーツに体を締め付けられ、海洋生物よろしく砂浜の上で身をよじりながら、より硬くなっていくウェットスーツに押し負けてぐったりとしていく。
「さあ、みんな! 必殺技を決めるわよ!」
「おっしゃあ! よくもコケにしてくれたな変態サメ野郎! 貴様は子供が虫を切り刻むような無残な殺し方で殺してやる!」
「落ち着けハッピー。スマートに行こう」
「今なら最大威力のオーロラが作れる!」
「シアン! マゼンタ! 力を合わせて! 私の磁界でオゾン層に穴を空けて、太陽風を呼び寄せるよ!」
ローズの呼びかけに合わせて、キューティクルズは海から砂浜に戻りながら各々必殺技の準備をしていく。
ファッショナブル・キューティクルズは互いに寄り添いあって剣を重ねた。
トリガーハッピー・キューティクルは両手にサブマシンガンを。スマイルキラー・キューティクルはサイレンサー付きのハンドガンにコートを手首ごとグルグルに巻きつけたものを構える。
オーロラ・キューティクルズはイエローが宇宙からのプラズマ流をかき集め、そしてシアンとマゼンタもその光を受けて輝く。そして三人が手を重ね合わせると、三人の体をつたって光が集約していく。
仲間のいないスクール水着姿のフクロウ・キューティクルだけは、どうすることもできず、こっそり隠れるように海に潜って、目元だけ海面から出して口から泡をぶくぶくさせていた。
「ぐぉぉぉぉ!? まずいまずいまずい!」
水着怪人はあわてて身をよじらせるが、ウェットスーツが今や鉄のように硬くなってしまい首から上だけをじたばたさせている状態だった。
キューティクルズを水着にして能力を封印させていた意趣返しなのか、水着怪人の能力もウェットスーツで封印されている状態であり、大津波を引き起こすどころか砂粒すらも満足に動かせない様子であった。
「「永遠のスタイリッシュをあなたに! エターナル・ファッショナブル・フラッーシュ!」」
「let's die now!」
「「「暗闇を切り裂け、光のカーテン! オーロラッ、バースト!!」」」
光り輝く巨大な斬撃が、四十五口径の銃弾が、プラズマの奔流が、水着怪人に向かって一斉に集約していく。
「うおおおおおお!」
水着怪人は叫んだ。だが、どうしようもなかった。
能力は封印されている。鉄壁の水着の鎧も性能が半減し、物理的な攻撃はともかく必殺技は防げない。回避はおろか、サメの姿のままで両手を掲げることすらできなかった。
そして同時に必殺技が着弾する、そんな瞬間だった。
「させるかぁぁぁ!」
水着怪人の前に、機械的なデザインをした赤いバットを持った、赤いヒーローが着地した。
「スポーツ魂よ轟け! そしてうなって、燃え上がれぇぇぇぇぇ!」
飛来して行くキューティクルズの必殺技が突然一点に集中していくと混じり合い、野球ボール大の球体にまで濃縮されていく。
そうして圧縮されたエネルギー弾が、赤い野球バットの芯に突き刺さった。
「うぉぉぉぉ! 奥義っ! ピッチャー返し!」
エネルギー弾は野球バットを貫通させんばかりに直進運動を取っていたが、その威力に比例して野球バットは硬く強くしなりを強化させ、さらに燃え上がってエネルギー弾に炎を纏わせはじき返した。
「えっ!?」
「みんな! 避けて!」
ローズが注意を促すと同時にキューティクルズ全員が飛びのいてエネルギー弾を回避する。
野球ボールと化したエネルギー弾は砂浜の砂を巻き上げ、海水を左右に切り裂きながら螺旋の烈風と共に海の奥にまで飛翔していく。
数秒かけて数百メートル先まで突き進み、海上に着弾すると、エネルギー弾は真っ赤な爆炎を上げて約七十メートルほどの巨大な水柱を生み出した。
「なんだとっ!?」
トリガーハッピーが驚愕する。
「俺の親友を倒させはしない! かかってこいキューティクルズ! スポーツレッド、登板だ!」
真っ赤な全身タイツにフルフェイスのヘルメット。野球モチーフのヒーロー戦隊。スポーツレッドが野球バットの先端をキューティクルズに向けた。