第十二話 激闘! 怪人VSキューティクルズ! 混迷極めし者たちのアルス・ノヴァ! 《前篇》
「行くでござるよ! スポーツレッド殿!」
「かかってこい! 剣道怪人!」
格闘ゲーム機の筺体越しに、剣道着の青年と野球服の青年が言った。
「さあさあ始まりました! 格闘ゲーム地区大会ファイナルバトル! 先手を取ったのは剣道怪人キクチヨ! 着地硬直に小足が刺さるゥ! そこからコンボをつないでぇ、画面端ぃ!」
「やりやがったな!」
「まだまだ行くでござるよ!」
「めくりを狙うが、これは読まれた! お互い距離を取って牽制! しかしキクチヨ氏、剣道着で視界が悪いのに恐ろしい目押し精度! 対する相手も今日は野球服で、いつからここはコスプレ会場になったのか!?」
「拙者、私服は剣道着以外を持っていないのでござるよ!」
「俺もなぜか、私服は野球服しかないんだよ!」
ここは駅前にある、市で一番大きなゲームセンターの一角だった。大人気格闘ゲーム機の筺体を挟んで剣道着の男性と高校球児が白熱している。
さらに周囲に集まったギャラリーに混じって、黄色のテニスユニフォームを来た女子高校生、夜のバーをイメージさせる黒いジャケットベストの壮年の男性、アロハシャツにビーチサンダルの青年、キラキラとしたラメ入りのドレスを着たホステス嬢。
そんなあきらかに場違いなメンツが二人の勝負の行方を見守っていた。
「おいっ! 負けんじゃねえよキクチヨ! 怪人の意地を見せろ!」
「ウフフ、キクチヨさん、がんばってくださいね」
「もちろんでござるよ!」
アロハシャツの青年とホステス嬢が、剣道怪人を背後から応援する。
「赤丸くん、落ち着いて戦うんだ。大技を狙わず小技を差し込め」
「そうだよレッド! じゃなかった! 赤丸、がんばれ!」
黒いジャケットベストの男性と黄色いテニスユニフォームの女子高生が、スポーツレッドを背後から応援する。
「任せてくれ黒羽さん! 黄乃子!」
「ちょっ! あたいを名前で呼ぶなぁぁぁ!」
「へぶぅ!?」
テニスユニフォームの女子高生が、スマッシュを繰り出すかのような大振りの平手でスポーツレッドの頭をぶん殴った。
スポーツレッドは椅子から横転して床に倒れ込む。
「おお~とっ! ここでギャラリーからのめくり攻撃! これはガー不可だぁぁぁ!」
「なにすんだよ黄乃子!」
「うっさい! あんたに名前で呼ばれると、背中がもぞもぞするんだもん!」
「だからっていきなりっ! おっと、やべえ!」
スポーツレッドは即座に起き上がり、再びゲーム台のレバーを手に取った。
「体力バーギリギリで立て直した! しかし壁際! キクチヨ氏、露骨に必殺技で削りを狙ってくる!」
「行くでござるよぉぉぉ!」
「行け! キクチヨ! そのまま削りきれ!」
キクチヨの対戦キャラクターが光った。
全ゲージを使った特大の一撃で勝負を決めにかかるつもりなのだ。
「負けて、たまるかぁぁぁぁぁ!」
スポーツレッドは目を大きく見開き、画面に鼻先が触れそうなほどに前のめりになる。
「ここでスポーツレッドの、小足が、刺さったァァァァ! 超必潰された! そこからキャンセルかけての、スポーツレッドの、……まさかの、中段が、入ったぁぁぁぁぁ!」
「なんですとぉぉぉぉ!」
キクチヨはレバーをガチャガチャとけたたましく動かした。
ギャラリーが湧きあがる。
「コンボがつながる! 目押しミスらなぁーい! 画面端まで、……運送してぇ~! 百烈が、入ったぁぁぁ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
キクチヨは絶望的な状況に、思わずレバーから手を離して、剣道の小手の付いた両手で筺体の端を何度も殴打する。
「当店は台パン禁止だぜぇぇぇ! このバカヤロォォォォ!」
「無念でござるぅぅぅぅ!」
キクチヨは椅子ごとひっくり返った。
数十秒後、キクチヨ側の画面に【YOU LOSE】の文字が大きく表示された。
▼ ▼
「ウフフ、キクチヨさん、残念でしたね。私はなにをしていたのかさっぱり分かりませんでしたけれど、あの実況者さんのテンションを見るに接戦だったのでしょう? 私も残念に思っちゃうわ」
「ううう! 負けたでござるぅぅぅ! 勝ちたかったでござるよぉぉぉ!」
キクチヨは筺体の前にしゃがみ込み、ホステス嬢に背中をさすられてなぐさめられていた。
「オウこらスポーツレッド! ヒットポイント満タンからゼロにするとか、ふざけてんのかてめぇ!」
「これはそういうゲームだろうが! 負けたからって悔しがるんじゃねえよ!」
優勝賞品の二千円商品券を握った野球服のスポーツレッドは、アロハシャツ姿の水着怪人と取っ組み合いの喧嘩になっていた。
「まあ二人とも、これは言い争いをするような問題じゃない。落ち着くんだ」
黒いジャケットベスト姿のスポーツブラックは、二人の仲裁に入る。
そんな状況の中、テニスユニフォーム姿のスポーツイエローは、わざと聞こえるように大きなため息を吐いた。
「は~、これだから男ってバカなんだから……。そんなゲームにマジになっちゃってどうすんの」
「「なんだと!」」
今度は二人の怒りの矛先がスポーツイエローこと黄乃子に向かう。
二人が熱く格闘ゲームの歴史を仲良く語り始めると、黄乃子は藪蛇をつついてしまったと言わんばかりにげんなりとした様子で二人の話を聞き流す。
そんな状況を横目に、大会運営のゲーム実況担当者がテンション高々に次回の大会の日程を説明していた。
すると、ふとゲームセンターの入り口から近付いてくる悪目立ちした一団に実況者は視線を向ける。
「おおぉ~とっ! 今度はキューティクルズのコスプレーヤー集団だ! どうしてこんな大会の時に限ってコスプレしてくるんだお前らは! やるならもっと大きい大会の時にしてくれよ!」
その実況が耳に入った瞬間、ヒーロー戦隊と怪人の一同も思わず入り口方向に視線を向けた。
実況者はそんな異常事態に実況する口が止められない様子だった。
「しかし懐かしいなぁ、おい! あれは、《シカゴ・ギャングスター・キューティクルズ》に、《イエローナイフ・オーロラ・キューティクルズ》か! 俺の妹が小学生のころにテレビ特番をみて応援してたぜ! その後ろにいるのは《ロシアン・ビースト・キューティクルズ》だったかな!? これは割と最近のキューティクルズか!?」
歩いて来ていたのは中高生程度の少女たちだった。
「情報通りいやがったぜ。どんな時でもスポーツのユニフォームとかあいつら正気かよ?」
「ハッピー、あまりはしゃぐな。今日はスマートにいこう」
「わかっているぜスマイリー!」
先頭で会話しながら歩いてくるのはギャングスター・キューティクルズの二人組だった。
ハッピーと呼ばれた少女は男物の黒いマフィアスーツを燕尾服のように魔改造し、腰にガンベルトを巻いてくびれを作っている。首からは魔法で生みだしたかのような発光する白い絹マフラーを垂れ掛けさせていた。さらに頭には大きめの鳥の羽根の付いた中折れハット。
コンセプトは間違いなくギャングなのだが、そのいでたちは西部劇のガンマンを想起させた。
その衣装が無ければただの小柄な黒髪短髪の女子高生なのだが、犬歯をチラリと見せて笑う姿には狂犬の雰囲気が渦巻いていた。
その隣にいるのは同じように白いマフィアスーツを燕尾服のように改造した少女だ。
しかしベルトは細めの女性物を使用しており、首にマフラーは巻いていない。帽子も付けておらず、代わりにシルクのように白い長髪が左右に揺らしていた。
何より違うのは忍者的な薄手の布マスクで顔半分を覆っていることだ。両手に装着された黒革の手袋が露骨に暗殺者っぽさを示しており、細身の体躯とあいまってスマートな暗殺者を連想させた。
「あの人たちが怪人?」
「そうね、シャドウとは段違いに強いらしいから、私たちは気をつけないと」
「二人とも気にしすぎ、そんなの関係ないって。私が顎を殴れば気絶するに決まっているよ」
その後ろに続いてくるオーロラ・キューティクルズはスタンダードな魔法少女の三人組だった。
ウェディングドレスを思わせるフリルいっぱいのドレスに小さな肩マント。
色はそれぞれシアン、マゼンタ、イエローという三原色で、そんな淡い色合いの布地に螺鈿のような虹色の光沢の輝く目の痛くなる衣装をしている。
衣装のデザインに違いが無いので個性の一番の違いは髪型である。シアンは淡い空色のポニーテール。マゼンタは少し濃い赤紫色のツインテール。イエローはゴリン(超短い短髪)に稲妻のようなラインの剃り込みを入れている。
イエローだけ妙にボクサー臭いが、表情が爽やかなのでまだボーイッシュの範囲ではあった。
「がぁるるる! 悪い奴らをやっつけぁぁぁぁ!」
「ハラショォォォ! 血だ! 肉だぁぁぁ!」
「やめてよみんなぁ……。怖いよぉ……」
「あらあら、みんな今日も元気ね」
その後ろに続くのは動物モチーフだと一目で分かる、ビースト・キューティクルズの四人組だった。
美女と野獣も統合される時代なのか、毛皮を多用した蛮族感のある半獣の女子中学生たちである。
獰猛さを隠すつもりのない虎とヒグマがモチーフの二人は、両手を広げ爪を長く研ぎ澄ませて獲物を探していた。
頭からかぶった毛皮がどうしようもなく非文明的であり、申し訳程度のミニスカートでは女性らしさすら感じさせない。
そんな二人にびくびくと怯えるのはフクロウモチーフの少女である。白い翼に黒い矢印模様の描かれた清廉な翼が背中から生えているが、その大きな羽で身を包んで涙目で縮こまっていた。
そんな三人を保護者的な視線で見つめるのはアザラシモチーフの女性である。他三人と比べると年齢が高く見える女性で、恐ろしいまでに豊満な胸をアザラシの毛皮で包んでいた。
「なんだ、なんでキューティクルズがこんなところに?」
「……真っすぐこっちに向かってくるでござるね」
「おい、先頭を歩いてくる黒いスーツは知ってるぞ。もし本物なら本気でヤバい」
スポーツレッドと水着怪人もこの状況になって互いに取っ組み合いをやめた。
同時に水着怪人はその先頭を歩いてくる黒スーツのキューティクルズの姿を見て冷や汗を吹き出させる。
「オーケー! カモンっ! M1トンプソン! ドラムマガジン!」
黒いスーツのキューティクルズがそう叫ぶと、両手に少し古い形式の短機関銃が顕現した。
「本物だ! 本物のトリガーハッピー・キューティクルだ!」
水着怪人がそう叫んだ瞬間、トリガーハッピーは待ったもなしに引き金を引いた。
「Fuck'in and diiiiiiiie!」
そんな汚い台詞と同時に、一秒間で十二発の四十五口径弾が乱射される。
両手のサブマシンガンのノズルから火薬の焔が花開き、ゲームセンターの騒音を一瞬にしてかき消していった。
「豪華絢爛、蜘蛛ノ吹雪!」
同時にホステス嬢を中心に白い蜘蛛糸が爆発するように拡散。蜘蛛糸はゲームセンターの客を絡め取って壁際まで弾き飛ばしていく。
「ビリヤードテーブル・シールド!」
黒いベストの男性が地面に手を触れた瞬間、バーなどで設置されているような重厚な造りのビリヤード台が生えてきて弾丸を防いだ。
四十五口径弾が格闘ゲームの筺体の液晶に大穴をあけ、蛍光灯を粉砕し、クレーンゲームのガラスと景品を弾き飛ばしていく。
ガラス片が雨あられのように空中に霧散して目も開けられないような状況が続いた。トリガーハッピー・キューティクルの笑い声と共にサブマシンガンのドラムマガジンに込められた合計二百発の弾丸が破壊の限りを尽くし、一瞬にしてゲームセンターはガンシューティングの世界へと変貌した。
弾丸をすべて撃ち尽くすとようやく銃撃はおさまった。
スッキリした様子でトリガーハッピー・キューティクルは両手の銃を掲げると、天井を見上げて言った。
「ビンゴォ! やっぱりいやがったぜ、怪人!」
天井には蜘蛛糸を放ったホステス女郎蜘蛛が張り付いていた。
ホステス嬢はとっさに変身し、拡散する蜘蛛の糸でゲームセンターの一般人を壁まで避難させたのだ。
吹き飛ばされた一般人は蜘蛛の巣で拘束され、何が起こったかわからない様子で戸惑っていた。
「ウフフ、挨拶もできない女の子は嫌われちゃいますよ? お嬢ちゃん?」
ホステス女郎蜘蛛は八つの目で睨むように言った。
「おおっとぉ!? これは意外! キューティクルズは本物のキューティクルズだったぁ!? しかも天井に張り付いているのは怪人か! これは意外な組み合わせだぁ! まさかこんななんでもない日にこんなレアなバトルを見れるとは思わなかった!? 今日ここに来た暇人ゲーマーどもは運がいいぞぉ!」
そんな状況の中、壁に磔にされた実況者はいまだマイクを手放さずに実況する。
「いくぜぇキューティクルズ! 奴を取り囲め! 害虫駆除だ!」
「がぁぁぁぁぁ! 切り刻んでやぁぁぁぁぁぁ!」
「天井から下りてこい! お前の顎にアッパー叩きこんでやる!」
「やめてよみんなぁ……。キューティクルズが勘違いされちゃうよぉ……」
殺る気スイッチの入っちゃった系キューティクルズ達がホステス女郎蜘蛛を放射状にとり囲んでいく。
キューティクルズの中でも血の気の多いメンツが敵意をむき出しにしてホステス女郎蜘蛛に突撃して行った。
そんな時、ビリヤードテーブルの壁の向こう側から、剣道着を武者大鎧に改造したかのような怪人が跳躍してきた。
「チェストぉぉぉぉ!」
剣道怪人は柄の上下に竹の刃のある特殊な竹刀を振り回し、着地と同時に斬撃を放った。
先頭を走っていたトリガーハッピーの両手のサブマシンガンが両断されると、二撃目を警戒してとっさに跳躍して後退する。
その攻防に反応して周囲のキューティクルズも慌てて剣道怪人と距離をとった。
「おっとぉっ!? 危ねえ!」
「気をつけろハッピー! 害虫は毒を持っているから害虫なんだ! 舐めてかかろうとしないでスマートにいけ!」
「すまねえスマイリー! だがこれで二匹目だぜ! それぞれ取り囲んで袋叩きにする作戦で行くぞ!」
トリガーハッピーはスマイルキラー・キューティクルズに向けて喜ばしそうに答えた。
「一体何の用でござるか!? キューティクルズが怪人を襲うなんて訳が分からないでござるよ!」
剣道怪人キクチヨは困惑した様子で言った。
「先に仕掛けたのはてめえらだろう? そういう話になっているんだ! 落とし前は付けさせてもらうぜ!」
「ウラァァァァァ! こいつを引き千切るのは私だぁぁぁぁぁ!」
先立ってヒグマの皮を被った女子中校生が突撃していく。
人相や体格こそ女子中学生だったが、その血走った視線は獰猛な獣のそれである。魔法の力で強化された膂力は実際の野生動物にも匹敵していた。
キクチヨはそんな振り下ろされてきた鋭い鉤爪の生えた手をたやすく竹刀で受け止めた。
「拙者たちはそんな事知らないでござるよ! 何かの間違いでござる、よっとぉ!」
キクチヨはさらに振り下ろされてきたヒグマ・キューティクルの爪を竹刀で受け流した。
それと同時に足刀蹴りを放ち、ヒグマ・キューティクルを弾き飛ばして距離を取る。
「うグゥ!?」
ヒグマキューティクルはその熟練された動きに驚愕する。魔法の力で付与されたヒグマの膂力を受け流されることなど想定していなかったのだ。
そんな状況の中、ビリヤードテーブルの背後に隠れていた正義の味方と怪人は言い争いをしていた。
「おいっ!? なんで俺たちが出ていっちゃいけないんだブーメランパンツ!」
「そのあだ名はやめろ! いいかスポーツレッド! お前らは正義の味方だろうが! ギャラリーがいる状況でお前らヒーロー戦隊は、怪人とキューティクルズ、どっちの味方にならなきゃいけない!?」
「どういうことだよ!? 俺はお前らの味方だろう!?」
「お前らはファンを裏切れないだろうが!? 出ていったら最後、正義の味方同士で怪人を倒す流れになるんじゃないのか! 俺たちを助けに行くつもりでクロスオーバーして、逆に怪人を殺しに来るとかそんなバカな状況になるかもしれねえじゃねえか!?」
「そ、そんなバカなことあるものか!」
「わからねえぞ!? なにせ、そうなるよう正義と悪は昔から作られてきたんだからな!」
「しかし、キューティクルズの数は多いぞ!? お前たちだけじゃやられちまう!」
「しかしもだってもねえよバカ! とにかくこの状況で出ていくんじゃねぇ! ここは怪人だけで解決する! 幸いなことに、キクチヨは怪人の中でもかなり強いからな!」
スポーツレッドはアロハシャツの水着怪人に引きとめられた。
そんな状況の中、剣道怪人とキューティクルズは肉薄した戦闘を繰り広げていた。
「おお~とぉ! 怪人の竹刀がキューティクルズの攻撃を捌いていくぅ! 上下左右四方八方からの攻撃を剣道怪人は難なくいなしていくぞ! これはキューティクルズ側が若干不利かぁ!」
壁に張り付けられた実況者が声高らかに解説する。
そして現実もまた、解説通りの内容だった。
「がぁるるる! 避けるなぁぁぁぁ!」
「ちょっ!? 痛い! 竹刀で顔を叩かれた!」
「私の暗殺を見切った!? こいつ、何者だ!?」
キューティクルズの徒手空拳や背後からのワイヤーの攻撃も全て剣道怪人は見切っていた。
「女郎蜘蛛殿! 拙者に手出しは無用でござるよ!」
「うふふ、そんな野暮はしないわよ。頑張ってね。怪人一の剣士さん」
ホステス女郎蜘蛛は天井伝いに場所を移動していく。
剣道怪人は見事な足さばきで立ち回っていくと、一瞬だけキューティクルズの攻撃が止み、尋ねられた。
「その強さ、おまえはいったい何者だ!?」
「よくぞ聞いてくれたでござるよ! かつては西に東にその名を轟かせる、日の本一の怪人剣士! 百の正義を打ち倒し、千の敵を切り倒した大豪傑! その名もキクチヨ、殺陣師キクチヨがいざ参らん!」
剣道怪人の立ち回りは見事だった。上下に長い双刃の竹刀を棒術の要領で振りまわし、何かの攻撃を防御するか、誰かの体を殴打した瞬間に竹刀の乱舞する方向が変わっていく。
背中に目が付いているかのように攻撃をいなし、三方向からの同時攻撃をも切り崩して反撃する。その動きはまさに熟練の殺陣師のそれである。
時代劇のヒーローが野武士を切り捨てるかのように、ハリウッドのアクション演出家が魅せるかのように、キクチヨの動きは流麗にして大胆だった。
攻撃があたらないのはキューティクルズの動きが粗雑だからではない。むしろ格闘に一定以上の実力があるからこそ、格上の殺陣に完封されるのだ。
「こいつはすげぇや! キューティクルズといえば銃撃戦と格闘技のエキスパート集団! 魔法の力で物理的に無双する連中を、あの怪人は竹刀一本で全部切り返してしまっているぞぉ! エキスパート以上のエキスパートがここにいたぁ~!」
実況者の解説が高らかとスピーカーから響き渡る。
「ちょっと待って!? 怪人は強いって聞いていたけど、ここまで極端に強いの!?」
「あの怪人の剣技っ、隙がない!」
「私のジャブがすべて見切られた!? 弾丸より早いはずの私の拳が!?」
キューティクルズの面々はその戦況に驚愕していた。九人がかりで袋叩きにする予定が、逆に完全にやり返されているのだ。
「見事でござるなその格闘技術! しかし、そこまででござるよ! 近接格闘に置いて拙者以上の猛者はこの世にいない! なんならもっと数を増やしてもいいのでござるよ? 拙者の剣は、敵が多ければ多いほど強くなるのでござるからな!」
剣道怪人はキューティクルズの攻撃に隙を見つけながら喋る。
やがてキューティクルズも状況が呑み込めてくると攻撃の手を緩めた。剣道怪人はそうして手を止めたキューティクルズから距離を取ると、竹刀を反転させて見事な残心を見せながら立ち構えた。
「ついに拙者の時代が来たでござるな! キューティクルズが相手なら拙者は無敵でござる!」
「おい、キクチヨ! そのままそいつらを完封出来るか!?」
ビリヤードテーブルの裏からアロハシャツの青年が尋ねた。
「もちろんでござるよ! 拙者の剣は無敵でござる! フューチャーレンジャーと戦っていた頃は、飛び道具ばかり使われて逆に完封されていたでござるからな!
「あっ!? ばかっ!?」
「弱点がわかった! 飛び道具だってみんな!」
シアン・キューティクルが叫ぶ。
「トリガーハッピー!」
「オーケー! まかせな!」
トリガーハッピー・キューティクルは両手に再びサブマシンガンを顕現させた。魔法の力で手も触れないのにコッキングが引かれ、弾倉に残っていた空薬莢が排出される。
「Eat this(喰らいな)!」
「待つでござる! 火縄を使われると、拙者の剣では、どうしようもないので、ござっ、るぅぅぅぅ!?」
再び毎秒二十発の四十五口径弾がばら撒かれた。
剣道怪人は姿勢を低くして、ゲーム台の後ろを逃げるように駆け抜けていく。
「私たちも行くよ!」
「ええっ! オーロラの風よ! 全てを貫け!」
さらにオーロラ・キューティクルズの攻撃が加わる。オーロラと同様の七色の光がビーム状になっていくつかのゲーム台を焼き払っていった。
オーロラとは、つまり太陽風として送り届けられてきた荷電粒子が生み出すプラズマである。
きれいな見た目に反して落雷以上に強力な攻撃であり、オーロラの光線が通り抜けた後にはゲーム台の基盤もガラスも無残に溶かされていた。
「ハラショォォォ! 投げろ投げろぉ!」
「がるるるる! うがぁぁぁぁぁ!」
ビースト・キューティクルズはゲーム台を持ち上げて放り投げた。コンセントを引きちぎると配線から火花が散り、着弾すると液晶画面がガラスを巻き散らかして落下する。
魔法少女とは一体何だったのか? その暴れ方はもはや未開の野蛮人である。
さらにヒグマ・キューティクルは己の筋力だけを頼りにエアーホッケーの台を軽々と持ち上げ、狙いも定めずにブン投げた。
「やめるでござるよっ! どあぁぁぁぁぁ!?」
剣道怪人はゲーム台の下で頭を抱えてうずくまった。
格闘ゲーム台の液晶が銃弾ではじけ飛び、プラズマのレーザーで上半分が蒸発し、さらにその上に新たなゲーム台が着弾して転がっていく
「くっそ! やっぱり俺も行くしかねえのかよ!」
アロハシャツの青年はそう叫ぶと服を脱ぎ棄て、虹色ブーメランパンツの水着だけの姿になった。
「なぜ脱いだ!?」
「うるせえ、ノリだよ! 変身っ!」
海パン姿の青年は頭上で腕を交差させると振り下ろす。その瞬間黒い炎が空だを包み、間髪いれずに大柄な怪人が黒炎の中から跳躍して現れた。
キューティクルズは一斉に天井を見上げる形で、新たな怪人に視線を向けた。
「夏の新作セレクション! ビーチボール爆弾!」
怪人は空中でスイカ柄や地球儀柄などの多様なビーチボールを創りだし、キューティクルズに向けて飛ばす。
「避けて! 爆弾だ!」
シアン・キューティクルが言う。
ただのビーチボールに見えたそれは地面に触れた瞬間爆発し、垂直に爆炎を上げた。
キューティクルズは左右に分かれて回避したのでその爆発によるダメージはない。しかし、剣道怪人に対する攻撃は完全に止められてしまっていた。
「なにもの!?」
「通りすがりのただのサメだ! 水着怪人・ブラボーオーシャンマリンC参上!」
大きなサメの顔、体中に張り付けられた水着に浮輪、片手にはハンマーのように装着されたビーチボール。そんなバランスの悪いデザインをした怪人がゲームセンターの中央に降り立った。
「ああ、最高だ最高だ! 今日は獲物が多い! まだまだ弾がばら撒ける! もっともっと破壊と殺戮が楽しめる! 今日は最高の一日になりそうだ! 楽しすぎて狂っちまいそうだ!」
「ああちくしょう! 最悪すぎる! 本物のトリガーハッピー・キューティクルだよな! なんでキューティクルズ随一のキチガイが俺たちを襲ってくるんだよ!?」
「誰がキチガイだ! 決定! お前は死刑! 私の三秒クッキングでネギトロにしてやる!」
トリガーハッピーは両手のサブマシンガンをそこらに投げ捨てると、新たに銃を顕現させた。
「しゃあねえな! クロスオーバーはしたくはなかったが、こうなったからには仕方がない! お前らには少し痛い目を見てもらおうか!」
「痛い目を見るのはお前だ! そのふざけたサメの顔にケツの穴を増やしてやるよ!」
「ヒハハハハ! そんな水鉄砲でそんなことが出来るのか!」
「水鉄砲? 私の相棒をバカにっ――!?」
トリガーハッピーは驚愕して目を見開いた。両手に握っていた銃が、いつの間にか大きめのタンクの付いた水鉄砲に入れ替わっていたのだ。
「なっ! 水鉄砲!? いつの間に!?」
「お前たちは怪人を勘違いしている。怪人はいつもいつも倒される弱い存在だと。だがそれは思い違いだ! 正義の味方さえいなければ怪人はいつだって世界征服できるような無敵の存在! その圧倒的なパワーをお前たちに見せてやる! ワールドメイクっ! この世界よ、白い砂浜と青い海の楽園となれ!」
水着怪人が両手を大きく広げると、その瞬間、廃墟と化したゲームセンターが一瞬にして南国のビーチへと姿を変えた。
「なんだっ!? どういうこと!?」
「ここはどこ! なんで南国に!?」
足元が突然砂浜に変わりキューティクルズはよろめく。
頭上には燦々と輝く太陽。青い海の遠くに見える防波堤。ハワイやグアムを連想させるヤシの木の街路樹に、サーフボードの立て掛けられた海の家。
ゲームセンターだったころの面影はまるでなくなり、明るく開放的な行楽地が視界に広がった。
「あっ! 蜘蛛の糸が解けたぞ!?」
「うおおおぃ!? なんで俺たち、水着になっているんだ!?」
壁に蜘蛛の糸で磔にされていたゲームセンターの一般客たちは壁が無くなったことで解放され、それと同時にビーチに似合った水着姿に着替えさせられていた。
「ハラショォォォ!? なんで私も水着姿になっているんだ!」
「どういうことだ! 私たちの衣装はどこにいった!?」
「あらあら~、みんな可愛い水着ねぇ」
「ええ、なんでぇ……! なんで私だけ、スクール水着なのぉ……! や、やだぁ……」
キューティクルズの面々もそろって水着に着替えさせられていた。いずれもキャラクターとしての個性を残したオーダーメイドのような水着である。
ギャングスター・キューティクルズはシックな白と黒のパレオ付きビキニ。
巨乳なアザラシ・キューティクルにはそのスタイルの良さを前面に活かすライトブルーのマイクロビキニ。
タイガー・キューティクルには白い虎柄キャミソールのセパレートタイプ。
「「「おおぉぉぉ~~!」」」
そのキューティクルズの水着姿に、ゲームセンターの一般男性客の歓声が沸き起こった。
「フハハハハ! 見たか! 俺たちの時代の怪人は自分だけの異世界を作ることができる! この世界ではお前たちの力は半減し、逆に俺の力は倍になるのだ! さあ、覚悟するがいい!」
水着怪人は自慢げに自分の能力を語った。
「い、イヤぁぁぁぁぁ!」
「マゼンタ! どうしたの!?」
「二月の海ロケはもうイヤ! 二月の海ロケはもうイヤなのぉぉぉ!」
突然マゼンタキューティクルが寒さに震えるようにしゃがみこんだ。なにか個人的なトラウマが想起されたようで、暖かなはずの南国で極寒の幻覚を見てるかのようだった。
「お、おう。……計算通りだ! まずは一人脱落のようだなキューティクルズ!」
水着怪人は引きつったかのように言葉を詰まらせながら言う。
マゼンタ・キューティクルズに対しては少しばかり憐憫の視線を向ける。
「がるるる? クンクン……。おいしそうな匂いがする!」
「ハラショォォォ! これは焼きそばの匂い! カレーとラーメン、かき氷! あの海の家からだ! 同志よ、食べに行くぞぉぉぉぉ!」
ヒグマとタイガーが本能的に海の家に向かって走り去っていく。
海の家ではこの世界の住人が鉄板で焼きそばを焼いていた。
そして襲いかかると言っても過言ではないほどの勢いで駆け寄ってくるビースト・キューティクルズに住民は驚いている。
「あらあら、二人とも。慌てないでね? いまお姐さんがきちんと買ってきてあげますからね~」
アザラシ・キューティクルの巨乳お姐さんが穏やかな様子で二人の後を追いかける。いつの間にか手には大きめの財布が握られており、当然のように観光客として溶け込んでいっていた。
「ふえぇぇぇ……!? みんな、あの、まだ怪人がいるんだけどぉ……!」
一人取り残されたスクール水着姿のフクロウ・キューティクルが涙目で呼びとめる。
しかし追いかけることもできず、三人の後ろ姿と水着怪人を交互に見て戸惑っていた。
「貴様! あいつらに一体何をしやがった! 洗脳か!?」
「俺はなにもしてねえからな!?」
トリガーハッピー・キューティクルの問いかけに水着怪人は戸惑いながら答えた。
キューティクルズは南国の楽園に飛ばされたことにより、怪人の魔の手にかかって瞬く間に瓦解を始めていった。
キューティクルズの残った真面目なメンツは、ついに怪人の能力の恐ろしさを思い知った。