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ダークヒーローが僕らを守ってくれている!  作者: 重源上人
VS.アイドル魔法少女キューティクルズ編
41/76

第九話 陰謀と陰謀と陰謀! ダークヒーローのカヴァティーナ!

「……止血剤の塗布完了です。……まさか日本でフラググレネードの破片を抜く日が来るとは思っていませんでした」


 ミリタリーホワイトことセラがそうつぶやいた。


 場所はクロスのアパートだ。

 クロスはソファーベッドにうつ伏せに横たわり、その隣で膝立ちになっているセラの治療を受けている。


 この場には、クロスを含め四人の人物がいた。


「まさかイエローがすでに行動を起こしていたとは……。えっと、あんたは確か、サファイア・キューティクルだったか? 大丈夫だったか?」

 

 レッドはアオバに尋ねた。


「えっと、はい。僕はなんともないです。お尻を打っただけでかすり傷一つありません。その、ありがとうございます、ジャスティスレッドさん」


 アオバは緊張した面持ちで答えた。

 服装は胸元からへそまで真っ赤に血に染まったパジャマのままだ。パジャマの上にはレッドから渡されたのであろう赤いジャケットベストを羽織り、クロスの近くの床に座り込んでいる。


「ですが、あの、この人は、大丈夫そうですか?」


 アオバはクロスの背中を見て言った。


「右背部第七第九肋骨の圧迫骨折。フラググレネードによる17カ所の切創(せっそう)と爆傷。左手には貫通刺創。その他軽度の打撲が複数箇所。……(つば)付けとけば治りますね」

「えっ!?」

「冗談です。すでに病院で行える程度の外科治療は全部やったので、今後の受診は不要です。後は自然治癒に任せれば問題ありません。モルヒネも投与したので痛みもすぐに収まるでしょう」

「そ、そうですか。ありがとうございます」


 アオバはセラに向けて小さく頭を下げた。


 セラとレッド、それとアオバとクロスの四人は僅かに言葉に詰まり沈黙する。

 そこに白い光が瞬き、ジャスティスホワイトこと白石が現れる。


「ダメでしたサファイアさん。レッドローズさんの家はすでにもぬけの殻でした。手がかりになりそうなものも見つけられませんでした」

「そう、ですか」


 アオバは落ち込むようにうなだれた。

 ホワイトは大きめのダッフルコートをはたいて埃を落とすと、アオバの隣にしゃがみ込んで尋ねた。


「あの、サファイアさん。一体何があったのか、教えてもらってもいいですか?」

「うん、でも、どう言ったらいいのか……。最初はシャドウに襲われただけだったんだけど、ショッピングモールに逃げ込んだらそこで怪人王イエローが現れて、それからこの人に襲われて……」


 アオバはクロスの背中をチラリと見た。


「クロスさんに襲われた? なんでボディガードのクロスさんがキューティクルズを襲う必要があったんだ?」

「あっ! いえ、それは私たちが勘違いしただけなんです! まさかこの人がボディガードだったなんて夢にも思わなくて!」


 アオバはあわてたように眼前で手を左右に振る。


 その様子を見たレッドとホワイトは顔を見合わせた。


「……なるほど、どこかで情報が伝わっていなかったのか」

「クロスさん、見た目だけなら本当に怖いですから。そういえばパープルさんもあの襲撃の夜がトラウマで会おうともしてくれませんし、余計な勘違いがキューティクルズにも広まらないといいんですけど」


 レッドとホワイトは困ったように言う。

 そしてクロスオーバーを懸念しているのか、ほかの正義の味方との迎合にどう接するべきか戸惑い、再び僅かな沈黙が流れた。


「あ、あの、この人の火傷は治療しなくてもいいんですか?」


 そんな状況に耐えかね、アオバがセラに尋ねた。


「ああ、この火傷は治療しない方がいいでしょう」

「なぜ?」

「普通はこのような全身やけどはすぐに人を死に至らしめますが、クロスさんの場合は体の別の機能が代わりに働いて安定しています。これを無理に治療してしまうとせっかく奇跡的に起こった生命の神秘が無駄になって死んでしまうでしょう。それに全身の皮膚移植をしたところで、結局は継ぎはぎだらけのフランケンシュタインになるだけです。リスクを考えれば治療しない方が無難ですね」

「……そうなんですね」


 アオバは不思議そうにクロスの姿を眺めた。


「イエローが出てきたということはヒーロー戦隊も無関係でもいられないな。クロスオーバーはしたくないから本当は別々に撃破したかったが、イエローとシャドウが協力していたらまずいよな」

「あ、いいえ、怪人王は黒幕がどうとか言ってました。目的は僕たちじゃなくて、その黒幕だって」

「黒幕?」

「はい。多分黒幕とはシャドウを生み出している存在だと思います」

「そうか、じゃあ少なくともシャドウと協力関係というわけではなさそうだな。……よっし! それなら連れ去られたルビー・キューティクルとエメラルド・キューティクルをなんとか救いだしてから、俺たちはイエローを撃退する。手伝えなくて悪いが、その黒幕とやらがシャドウ関連だった場合はキューティクルズの方で対処してくれ」

「救助までは手伝ってくれるんですか?」

「ああ、さすがにそればかりは見過ごせない。あいつもさすがに無関係の人間に危害は加えないとは思うが、さすがに誘拐も監禁も犯罪だ。いや、もちろん銃刀法も危険物所持法も全部アウトなんだが、ヒーロー戦隊と無関係な相手まで危害を加えるなんて許せない」


 レッドは覚悟を決めらように握りこぶしを作ってみせる。

 その動きに合わせて座っていたホワイトも立ち上がった。


「そうですよねレッドさん! 私たちでイエローさんの暴走を止めないとですよね!」

「……暴走? ……いや待て、冷静に考えるとおかしいな?」

「え、なにがです?」

「イエローはあれでいて普段は冷静で頭がいい。それなのになんでクロスオーバーの危険を冒してまでキューティクルズを誘拐したんだよ?」

「それは、黒幕を探すためでは?」

「どうして黒幕を探すことにこだわるんだ? イエローが黒幕を倒す必要があるのか? 正体さえ見つけてしまえばあとはキューティクルズが倒してしまえることだろ? なのにわざわざ誘拐なんて危険なことをしてまで黒幕を探しているんだ? それでクロスオーバーしたら本末転倒だろ?」

「……そう言われると、おかしいですね」

「ああ、あいつは一体何を考えているんだ?」

「もしかして、イエローさんは、黒幕の陰謀に乗じて何かを企んでいる?」

「あっ! ……だが、なにをする気だ?」

「それは、わからないです」

「…………あーっ! くそっ! こんなことならトミーも呼んでおくんだった! どうして俺はこういうことに知恵が回らないんだ!」

「レッドさん、やっぱり、いつものように黒幕が現れるまで待つべきでは?」

「ああ、いや、結局そうなるのか。悪役が出てきて倒したらハッピーエンドになるのが一番理想なんだが、こんなに陰謀だの黒幕だの出てくるとそれでも大丈夫なのか不安になるな」


 レッドは眉間にしわを寄せ、そのしわを指で押さえた


「……ちくしょう! 学校の点数ばっかり上がっても、こういう時に頭が働かなきゃ意味がないっていうのによ!」

「学力なんて飾りですよ! レッドさんには熱い心があるから大丈夫です!」

「熱い心?」

「陰謀なんてわからなくても、レッドさんならきっとその心の強さが全てを解決させてくれるはずです! 自信を持って下さい! だってレッドさんはヒーロー戦隊のリーダーなんですよ! 熱い心がトレードマークのレッドなんです! どんな問題が起こっても最後は絶対にハッピーエンドにしてしまうんです! どうか自信を持ってください!」

「ホワイト……。ああ! そうだな! その通りだ! 正義は必ず勝つ! イエローには甘い考えだって笑われるかもしれないが、ここはヒーロー戦隊らしく素直に救出作戦を考えよう! 陰謀なんて全部蹴散らして解決するぞ!」

「はい! それでこそレッドさんです!」

「ありがとうホワイト! 俺は熱い心を思い出したみたいだ!」


 感極まったレッドは両手でホワイトの小さな手に力強い握手をした。


「えっ!? あっ……! レ、レッドさん!」


 ホワイトは突然手を握られ、思わぬ状況に顔が火照り出す。


「そうだよ! 今になって俺はわかった! こんな状況で気付くのもおかしいが、俺は昔の俺を思い出した! 綺麗事でも良かったんだ! 確かに成し遂げるのは難しいかもしれないが、成し遂げるなら綺麗事が一番いいに決まっている! 俺はそれを忘れていたんだ! 今度こそ俺はあいつと立ち向かう! ヒーロー戦隊として!」

「は、……はい! その時は、私も一緒です!」

「ああ! もちろんだ! ホワイト、お前が俺の彼女で、本当に良かった!」


 何か熱い気持ちに目覚めたレッドは、血が(たぎ)るほどの情熱を込めて、ホワイトを両腕で包むように抱きしめた。


「レレレレレレ、レッドさん!?」


 ホワイトは顔を溶鉱炉の鉄のように真っ赤に発熱させる。

 そんなホワイトの動揺を無視して、レッドはホワイトを締め付けた。


「ホワイト! ありがとう! 大好きだ!」

「はうはうはう……! わ、私もです! レレ、レッドさん!」


 ホワイトも思わず抱きしめ返す。ホワイトの手がレッドの背中にまわり、服を引くようにキュウっと握りしめた。


 そんな突然発生した二人のラブ空間に、アオバは戸惑った。


「えっと……、あの……」


 なんとも声を掛けにくい雰囲気に、アオバは視線をさまよわせるしかない。


「(……いいな、彼氏。私も欲しいな。どこかに死にかけの美少年とか落ちてないかな?)」


 セラが心の中だけで小さくつぶやく。


「……ムゥ」


 その心のつぶやきが聞こえたわけではないが、突っ込み不在のこの状況に耐えかねて、クロスが体を起こした。


「あ、クロスさん。大丈夫か?」


 レッドがクロスに気付いてつぶやく。


「あっ!?」


 その瞬間、周囲に人がいたことに気付いたホワイトが、爆発するかのように顔を赤く加熱させた。


「わ~っ!? みなさんごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 ホワイトは弾けるようにレッドから離れ、周囲に高速で謝罪し始める。

 雰囲気に流されてどれだけ恥ずかしい行動をしていたのか、その周囲の視線に気付いてしまったのだ。


「お、おいホワイト。どうしたんだ?」


 しかしレッドに自覚症状はない。ヒーロー戦隊としての熱血に目覚めたレッドは、同時に主人公としての鈍感さにも目覚めていたようだった。


 そんな中、クロスはボールペンを手に取り、メモ帳に文字を書いて見せた。


『イエローには手を出すな』


 それは非常に丁寧につづられた一文だった。


「はぁっ!? なんでだよ!」


 レッドは盛大に疑問をていし、クロスは続けて文字を書いた。


『イエローにも考えがあってやっていることだ 邪魔をすべきではない』

「クロスさん! 何か知っているのか!」

『知らないが わかる』

「どうしてそんなことが言えるんだ! なにを企んでいるのか分からないって言うのに! いや、せめてキューティクルズの二人くらいは救出すべきじゃないのか!?」


 クロスはメモ帳のページを一枚めくり、新たに文字をつづった。


『もし必要な時は私が止める レッドが手を出すのはイエローを倒す時だけだ』


 そのメモをレッドに見せるとクロスは立ち上がり、フードを深くかぶって顔を隠した。


 マフラーの無い状態でフードを被ると、クロスは某国民的RPGの黒魔導士のような面持(おもも)ちになる。

 フードの奥で赤い瞳がぼんやりと光を反射し、顎先までチャックを閉めて口元を隠す。

 敵対しておらず、かつ、殺人鬼という先入観さえなければ、その姿の頼もしさは計り知れない。


 クロスは壁のホワイトボードまで歩くと、そこでまた新たに文字をつづった。


『今日あったことはメールで全員に連絡して、レッドたちは休むといい 私はこのアオバさんを護衛して明日に備える』

「クロスさん! それじゃあなにも変わらないだろ! こんな時にじっとしていていいのか!?」

『良かれと思って取った行動が最悪の方向に進むことはよくある クロスオーバーしないことを目標とするならばヒーロー戦隊たちは一切手を出すべきではない』


 クロスの文面にしてははっきりとした物言いの内容に、レッドは押し黙るしかなかった。


 そんな中、セラがクロスに尋ねた。


「クロスさん? 無理をしたところでいいことはありません。自重してください」


 クロスはその問いかけの意図がわからず、首を傾げた。


「前回の傷も癒えていないのに今回の怪我も無視して戦うつもりですか? すでに体がボロボロのはずです。なんならこの場であなたの創傷の数を読み上げましょうか? 普通は二週間の入院を推奨するところですよ?」


 セラから至極当然の疑問がぶつけられた。

 だがクロスは表情を変えずに、自然体で返答を返した。


『怪我は関係ない』

「関係ない? そんなはずありません。バカなことは言わ……、書かないでください。これは医療従事者としての命令。ドクターストップです。ボロボロの体を酷使してもいいことなんて一つもありません」


 ホワイトはやや強い口調で言った。

 クロスはわずかに考え込むと、逆に疑問形でセラに答えを返した。


『正義の味方は 体がボロボロなら戦わなくていいのか?』

「っ!? いえ、でも、あなたは一般人のはずです!」

『イエローはそうは思っていない 奴の目的は、私とイエローの間だけで決着をつけ、ヒーロー戦隊を引っ張り出さずにカタをつけることだ』

「それは、どういうことです?」

『ヒーロー戦隊さえ出てこなければクロスオーバーは起こり得ない だから殺人予告を出して私を呼び寄せた そして私とキューティクルズを協力させ、自分を撃破対象に仕向けさせる 私さえいればヒーロー戦隊と協力させずとも、キューティクルズだけで怪人王を撃退できるようにするつもりだ』

「では、自ら悪役に名乗りを上げたということですか?」

『そうだ つまりはヒーローショーを演じるつもりだ 一つ問題なのが黒幕の存在 これをなんとかしないと横やりが入ってショーは成り立たない』

「それは今回のクロスオーバー目的の黒幕ですか?」


 クロスは小さくうなずくと、再び文字をつづる。


『黒幕はショーを始める前になんとかしなければいけない だがこれはイエローが一人で何とかするつもりだろう だからそれは全部任せて、こちらはショーの準備をしておこうと思う』

「準備? いったいなにをするんですか?」

『ここにいるアオバさんに、歴代キューティクルズにイエローが悪役だと周知してもらうこと それとイエローの準備が終わるまで、黒幕の操るシャドウからキューティクルズを護衛すること』

「その護衛は、クロスさんが?」

『むしろ無関係な私にしか出来ないことだ』

「クロスさんはそれでいいんですか? 楽なことではないはずですよ」

『19年間働くことすらできなかった 何かの役に立てるのならそれ以上喜ばしいことはない』


 そう書くとクロスはその場から離れ、アオバの前に立った。


「え、えっと……?」


 アオバは困惑する。

 するとクロスは片膝をついてアオバに視線を合わせると、握手を求めるように片手を伸ばした。


「あ、握手ですか? それじゃあ、えっと、よろしくお願いします。僕は明日集合するキューティクルズに、イエローが悪役だと説明すればいいんですね? その、それまでの護衛、よろしくお願いします」


 アオバはクロスの大きな黒いレザーの手を握り返し、自重気味にその手を上下にゆすった。



        ▼       ▼



 静かな波の音がさざめく。

 ここは埠頭の倉庫街だ。新月ゆえに月灯りはなく、まばらに設置された街灯だけがコンクリートの地面を照らす。

 特別目立ったものはなく、目に見えるのは倉庫の灰色の壁、地味めの色でカラフルに染まったコンテナの迷宮、数十個のドラム缶の上には数日前の雨水が水たまりを作っている。


 そんな人気のない場所で、両目に眼帯を付けたトレンチコート姿の外国人が、木箱の上に乗せたノートパソコンを相手に話しかけていた。


「よお、待たせたな副大統領(プロフェッサー)。定時連絡なんだが、悪い知らせと、さらに悪い知らせ。どっちから聞きたい?」

『ほぉ……。それは実に面白そうな知らせだ。順当に悪い知らせから教えてくれ』


 しわがれた老人の声がスピーカーから響く。


 ノートパソコンには黒いローブを羽織った人物が映っていた。ローブのフードを深くかぶって顔に影がかかっているため素顔は見えない。薄手の黒いグローブを着用しており、眼前に組んだ手の指は骸骨のように細く人間らしさを感じさせなかった。


 特徴的なことにローブの裏地が発光するかのような紫色のポリエステル生地であった。袖口や襟元がチラリチラリと不気味な紫色に煌めき、不健康な毒々しさを感じさせる。その生地の輝きは魔術的な神秘さを思わせ、まるで悪い魔法使いを実写化したかのような様相だった。


「じゃあまずは悪い知らせだな。キューティクルズの作戦は失敗だ。出鼻からいきなりくじかれてやがる。描いていたシナリオはもはや軌道修正も難しそうだし、ここから最良の結果を求めるのはもうできないな」

『ほぅ……。では、もっと悪い知らせは?』

「怪人王イエローが現れた。今回の作戦を滅茶苦茶にしたのもあいつだ。それにあいつは俺たちの存在を一番危険視して行動している。このまま作戦を続行していれば俺だけじゃなくあんただって危険が及ぶぜ? 俺はとっとと逃げることを推奨するね」

『ふむ……。それと、もっともっと悪い知らせがあるみたいだが、それについても教えてもらえるかな?』

「もっと悪い知らせ? 何だそれ?」

『ところで、その場所は確かに安全かな?』

「ここか? ああ、俺の目で確認した。監視カメラもレーザーもレーダーもないブラックゾーンだ。わりといい場所だと思うぜ?」

『そうか。では視界ジャックを試してみるといい』

「視界ジャック? おいおい、さっきも調べたが、この周辺にはネズミの生体反応すらまばらな場所で……」


 トレンチコートの男は人差し指と中指をおもむろに右目の眼帯の上に乗せた。

 すると、見る見るうちに顔色を悪くして驚く。


「ウッソだろ!?」

 

 トレンチコートの男は振り返ってコンテナの上を見た。

 そこには、目を黄色く輝かせたイエローが膝をついて見下ろしている姿があった。


「へえ、よく私の存在に気付けたな?」

『職業柄、後ろめたいことが多くてね。人の視線には敏感なんだ』


 モニターの中の老人が答えた。顔を隠すフードの闇の中でカサカサにひび割れた唇が笑顔をかたどった。

 イエローはそのモニターの奥の人物を見定めるように視線を落とす。


「お前らと会うためにわざわざブラックとレッドローズを泳がせておいたんだが、それも無駄になってしまって残念だ。そういえば顔を合わせるのは初めてだよな? 自己紹介は必要か?」

『不要だ。と、言いたいところだが、ここは礼儀として挨拶しておこう。私はアメリカ合衆国第51代副大統領、リチャード・レクター。通称はプロフェッサー。君もぜひプロフェッサーと呼んでくれ』

「ああいいぜ。私は27人目の怪人王、ジャスティスイエロー。私の事もイエローと呼べ」


 イエローはそうそっけなく語ると、3段積みのコンテナから当然の如く飛び降り、ゆっくりとトレンチコートの男とノートパソコンに近付いてくる。


「さて、私がわざわざやって来た目的も説明しておいた方がいいか?」

『ああ、それはぜひともお願いしたい。アメリカで一番物知りの私も、日本では情報収集の技能も大きく制限されてしまうからね。情けないことにこの状況の詳細が分かりきっていないんだよ』

「そうか、それじゃお前たちと確認を取りながら説明しようじゃないか。今回のお前たちの目的は、私の撃破だな? キューティクルズにアメリカ公演という餌をちらつかせ、ヒーロー戦隊と協力させて私の撃破を狙う。その時ヒーロー戦隊とキューティクルズの合体必殺技をそのノートパソコンで観測し、研究することで新たな未来技術を抽出する。それも国際条約で禁止されている兵器転用を考えているんだろう? だからこんな後ろ暗いやり方で行動している。違うか?」

『……ふむ、惜しいな。残念ながら少し違う』

「なに?」

『いや、実にいい推測だ。私以外の、おそらく軍需七大企業の連中だったらきっとそんな作戦を考えていただろう。だが、その考え方は少々古い。10年前のヒーロー戦隊の考え方だ』

「へぇ、それじゃあお前はどんな作戦を考えていた?」

『申し訳ないが教えられない。普段ならヒントの一つでも言っているところだが、どうせすぐにわかることだ。今は内緒としておこう』

「そうか、残念だ」


 イエローはさほど残念そうでも無さそうな表情を見せ、ノートパソコンから数歩離れた場所で立ち止まる。


 トレンチコートの男はそれに警戒して、ノートパソコンの後ろに隠れるように後退していった。

 イエローに視線を向けられると、俺は関係ないと言わんばかりに苦い笑みを見せ、両手の平を掲げて見せた。


「じゃあ、私の目的は説明しておこう。私の一番の目的は、お前らとのクロスオーバーだ」

『ほう……』

「はっきり言おう。今の私が正義の味方として活動するには悪役が必要だ。それも国内のザコじゃ相手にならない。お前のようなやつがちょっかいを出してくれて本当に良かったと思うよ」

『なるほど。確かに怪人王などしていれば自然と戦う相手はヒーロー戦隊となってしまう。君の考えからすれば手持無沙汰でいるわけにもいかないというわけだな』

「そうだ。最終目標はジャスティスレンジャーと一切関わらずに済むことだ。私がジャスティスレンジャーと関わっていられないほど忙しくなれば、それほど平和な話はない。あいつらはあいつらで勝手にやるし、私はお前かアメリカのヒーロー相手にちょっかい出して遊んでいればいい。アメリカなら多少地形が変わっても特に問題はないだろう?」

『ああ、それは迷惑な話だ。曲がりなりにもアメリカ国民として、クロスオーバーはご遠慮いただきたい』

「まあそう言うな。自分で()いた種だろ?」

『アメリカは問題の種をまくが収穫はしない国だ。歴史の教科書を読んだことはあるならわかるはず。自分勝手で申し訳ないがお断りさせていただこう』


 モニターの悪い魔法使い風の老人は立ち上がり、画面のカメラ付近に手を伸ばした。


『残念ながら時間のようだ。だが君とお話し出来て楽しかったよ。どうやら私も退屈しないで済みそうだ』


 フード裏地の紫色の輝きが老人の笑顔を不健康そうに照らし出す。枯れ木のようなひびの入った頬はゾンビのようで、血の気を感じさせないほど乾燥していた。


『さて、代わりに君の相手はミリオン・アイズくんがしてくれるだろう』

「はっ!? 俺!?」


 トレンチコートの男が驚愕する。


『ミリオンアイズくん、このノートパソコンを期日まで守りきらなければ成功報酬は無しだ。さらに言えばもし壊せば君は自力で本国に帰るか死体として空輸されてくることになる』

「おいっ! そんな話聞いていねえぞ!」

『契約書にわかりにくいように書いておいたからね。まあ、がんばってくれたまえ』


 その瞬間、ノートパソコンの画面が消失し、真っ暗な液晶だけが残った。

 トレンチコートの男はエンターキーを連打するが、ノートパソコンはなにの反応も返さない。


「おいっ! おいっ!」


 沈黙した画面を覗きこむが再び電源が付くことはない。

 トレンチコートの男はフルマラソンでも走ってきたかのような冷や汗を額から流した。


「はは……。なあ、俺は金で雇われただけなんだよ。分かってくれるよな? このパソコンを持って指定の場所に行くだけの簡単な仕事を頼まれただけなんだ」

「ああ、よーくわかるよ」


 イエローは軽い笑みをトレンチコートの男に向けた。

 男は音を立てないようノートパソコンを畳むと脇に抱え、ゆっくりと後退していく。


「別に俺が悪い奴じゃないって言うのもわかるよな? 本当に俺は無関係なんだ」

「そうかそうか」


 イエローはトレンチコートの男の歩調に合わせて歩いて近付いていく。


「俺には金が必要なんだよ。ほら、俺の息子は難病にかかっているんだ。それを治すのに大金が必要なんだよ」

「お前は離婚三回してる上に、たしか子供なんていなかったんじゃないか?」

「ああ、まあそうだ。いやほらでも、元奥さんに請求された慰謝料が何億円とあってだな」

「同情の余地なしだな」

「いや違うんだ! 難病にかかっている娘がいるのは本当なんだ!」

「息子じゃなかったか?」

「ああそうだ言い間違えた! えっと、売春宿で孕ませちまった女子大生がいて、その子の息子だ!」

「……判決を言い渡してもいいか?」

「結構だ!」


 トレンチコートの男は両目に掛けられた眼帯を引き千切るように取り外した。


 男の両目は円形の水槽に眼球がそのまま入っていた。眼は半球状に飛び出したガラス面に押し付けられ、カメレオンのように左右別々で視線をさまよわせている。まぶたはなく、代わりにカメラのシャッターのような絞りがカシャリカシャリと駆動音を鳴らしながら瞬きしていた。


「お前は、死刑だ!」


 イエローは懐からリボルバーを取り出し、照準を向ける。

 それとほぼ同時にトレンチコートの男も小型の拳銃を取り出した。


「ターンフォーム! 《シャッター・アイ》!」


 両目のシャッターがほんの一瞬だけ閉まり、再び開いた時、両目の眼球は発光せんばかりに真っ赤に充血していた。


 イエローが待ったもなしに発砲を開始する。

 それと同時にトレンチコートの男も発砲し、二つの弾丸は空中で衝突してはじけ飛んだ。その銃弾の衝突はイエローの弾丸が尽きる六発目まで続く。


 そして装弾数に勝るトレンチコートの男の銃の弾丸が三発、イエローの腹部を貫いた。


「ぐっ! ……その目、もうコピーしていたか!」


 イエローが痛みに顔をゆがめる。だが、膝を付こうとはせず真っすぐに再びトレンチコートの男を睨み返した。


「ぎゃぁぁぁぁ! なんだこの目! 頭痛が痛ってぇぇぇぇ!」


 トレンチコートの男は両手で頭を抑えて膝をついた。両目のシャッターは閉じられ、全身が脳の激痛に反応して震える。

 

「【コピーマンズの目】! 厄介だが、所詮は劣化移植品だな! 完全な同一人物になりきれるコピーマンズと比べればずいぶんと制限が多そうじゃないか!」

「うるせえ! あ、いいえごめんなさい。どうだ、ここは痛み分けってことで見逃してくれないか?」

「痛み分け? お前はなにを言っているんだ?」


 イエローは背筋を伸ばして立ち上がると、腹部の銃創に手を当てた。

 その手をさするように滑らせていくと、腹部にあった銃創は綺麗さっぱり消え去っている。


「ほら、時間を戻して元通りだ」

「……冗談きついぜ」

「アメリカ人ならジョークは大好きだろ?」


 イエローはリボルバーをそこらに投げ捨てると、どこからともなくホームセンターで拾ってきた薪割り斧を取り出してゆっくりと歩いて近付いてくる。


 トレンチコートの男は拳銃のシリンダーを落として銃弾を再装填しようと動くも、それには間に合わないとすぐに気付き体をのけぞらせた。


「ターンフォーム! 《リキッド・サーペント》!」


 男の体が水に変わり、喉を切り裂いていくイエローの斧は水しぶきを上げた。

 そのまま液体になった男は流水となって地面を流れ、十メートルほど離れた場所で再び元の姿に戻り地面に転がる。


「【コピーマンズの目】。全身に埋め込んだコピーマンズの細胞を両目に連動させて変化させる。どんな能力でもコピーすることができるが、制限がきつく、役に立つものは数秒しか使えなかったり、一日に一回しか使えなかったり、出力が大きく劣化する」

「解説どうもっ!」

「悪党なら、自分の能力くらい自分で説明しやがれ!」


 イエローは駆け出し、薪割り斧で頭蓋を割るべく真っすぐに振り上げた。


「ターンフォーム! 《ファイアー・スターター》!」


 男の両目のシャッターが一瞬だけ閉じ、眼球は赤とオレンジが渦巻くまだらの火球へと変化した。

 その瞬間、両目から強い風圧と無数の火の粉が衝撃波として押し出されてくる。


「くっ!」


 イエローはとっさに両腕を眼前で組んで防御した。

 その攻撃は見た目こそ熱そうだったが、火傷するほどの熱を持たない見掛け倒しの攻撃だった。


「ターンフォーム! 《テレポーター・ジェームズ》!」


 両目のシャッターが切られると今度は真っ白に眼球が漂白されていた。

 トレンチコートの男はコンテナの迷宮の入り口に視線を向けると、そこまでの七十メートルの距離を瞬間移動して着地する。


「ターンフォーム! 《ウィッチャー・カメレオン》!」


 男のトレンチコートが変色し、コンテナの色あせた藍色が映り込む。コートを持ち上げて頭にかぶると、一瞬だけイエローを振り返り、光学迷彩服と化したトレンチコートにくるまってコンテナの迷宮の中に掛け込んでいった。


「鬼ごっこか! いいぜ! 少し遊んでやるよ!」


 イエローもその場から瞬間移動すると、コンテナの上に乗って迷宮を見下ろした。

 トレンチコートの男が走り抜けたであろう場所に不審な変色は見られない。その様子にイエローは舌打ちを鳴らすも、顔には笑顔を見せていた。  


 イエローはコンテナの上を飛び移りながらトレンチコートの男を探した。その笑顔は凶暴そのものであったが、しかしどこか無邪気さを感じさせた。

 薪割り斧を肩に担ぎ、イエローは子供のように鬼ごっこを楽しんだ。

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