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ダークヒーローが僕らを守ってくれている!  作者: 重源上人
VS.アイドル魔法少女キューティクルズ編
40/76

第八話 真実を探る怪人王の牙! クロスオーバーへと続くオーバーチュア!

 イエローはミリタリーコートを揺らしながら作業場に近づいてきていた。

 チェーンソーを構えたクロスから十歩ほど離れた場所でイエローは立ち止まると、鉄フックに引っ掛けられたキューティクルズの姿を仰ぎ見た。


 その見事なまでのクロスの拘束術に、イエローは感嘆の声を漏らす。


「おおー、クロス。お前やっぱり期待を裏切らないな。逃げ回る相手を三人、しかも同時に拘束するとはな。……正直期待以上だ」


 イエローはそう言うと、今度はバツが悪そうに頭を人差し指で掻いた。


「全くを持ってありがたい話だ。私の方はしくじって黒幕どもを逃してしまった。隠し玉を持っていたレッドローズにしてやられたよ」

「ローズさんだって!? おまえ! ローズさんになにをした!」


 区切り壁越しに、机に縫いつけられたアオバが叫ぶ。


「なにもしてねえよ。むしろ最初に何かしてきたのはあいつらだ」


 イエローは壁越しにアオバに向かって言った。


「ともかくだ、私はそこの吊るされているキューティクルズを尋問したい。レッドローズがいたということは、最悪の場合キューティクルズ全員が悪党であるという可能性もある」


 イエローは商品棚に掛けられていた薪割り斧を手に取った。

 斧の安全具を外すと赤い塗装のされた鋼の刀身が姿を現す。その刀身の大きさは大人のこぶし二つ分ほどで大きくはないが、銀に煌めく刃は確かな殺傷性を保証していた。


 イエローはその市販品の斧の先を、天井につるされた二人に向ける。


「そいつらはグレーだ。主犯ではないにしろ、片棒を担ぐ気かも知れない。ちょっと怖い思いをしてもらってでも洗いざらい喋ってもらうつもりだ。クロス、邪魔はしないでくれよ?」


 イエローはクロスに向けて、いたずらを思いついた子供のような笑顔を見せた。


「いいや、つーかお前も手伝ったらどうだ? なんかすでに一人お漏らししてるぞ? どんだけ怖がらせたんだよお前」

「ム、ムゥ……」


 クロスは痛いところを突かれ、眉根を落として困った表情を見せた。


 視線を向けられたアカネは表情を真っ赤にして、「い、いやぁ……」とつぶやきながら濡れた股間を片手で隠す。

 ズボンの裾からはいまだに水滴が滴っていた。


「まあ悪党かを見極めるのに精神を限界まで絞る必要があったからちょうどいい。クロス、お前が尋問してくれたら手間が省けて助かるんだが、どうだ? 拷問してもいいぞ、私が許可する」


 イエローは軽い笑みを浮かべて言った。


 クロスはポケットからホワイトボード用のマーカーペンを取り出して、区切り壁に直接文字をつづった。


『これ以上誤解されるのは 困る』

「いまさらじゃねえか、いっそ殺人鬼になっちまえよ。そいつらを裸に引ん剥いたらきっと楽しいぞ?」


 イエローは愉快そうに笑った。


『断る』

「ふふっ、まあ、だよな。じゃあ、私にそいつらを預けてくれないか?」


 クロスはマーカーのキャップを閉めると、壁に書いた『断る』の文字を、マーカーペンの底で二度突いて見せた。


「そうか、そいつは残念だ」


 イエローはさほど残念そうな表情を見せず、ポケットから煙草でも取り出すかのように手榴弾(グレネード)を取り出した。

 それは円柱形でネイビーグレーの色合いをした、いかにも軍密売品といった面持ちの一品だった。


「よし、じゃあ殺し合おう!」


 手榴弾の安全ピンを口で外すと、小石でも転がすかのような手軽さでクロスの足元に投げ込む。


「……ムゥ」


 クロスは困ったような声を鳴らした。

 だが、手榴弾に戸惑う様子はまるでない。


 その手榴弾は製品番号や文字が、ペンで黒く塗りつぶされていたのだ。


「爆弾ですわ!?」


 代わりに吊るされたミドリが驚愕して身をすくませる。


「……」


 クロスは慌てる様子もなく手榴弾に背を向けると、棚からドライバーを抜き取った。


 そうして安全ピンが抜かれてからちょうど三秒後、手榴弾は破裂して強烈な閃光と爆音を鳴らす。


 あまりの音の大きさに逆にシンッと静かになったかのような錯覚を感じるほどだった。

 数秒すると頭痛がするほどの甲高い耳鳴りが訪れ、感光された網膜が再び視界を戻していく。


「いってぇ!?」


 イエローの声。


 作業場の中心部、ミドリとアカネの吊るされた鉄フックの上部にイエローはぶら下がっていた。

 フックのチェーンを片手で掴み、そして肩に刺さったドライバーに驚愕している。


「やりやがったな!」


 イエローはクロスを睨んで言った。


 クロスは閃光手榴弾(フラッシュバン)が炸裂する瞬間にドライバーを投げていたのだ。


 投げられた手榴弾の表面が黒く塗られていたということは、そこに書かれていた文字が読まれて欲しくない代物であるということである。

 それはすなわち意表を突くことが前提の非殺傷兵器であるということだ。


 そこまで予測できれば投げ込まれた手榴弾は閃光手榴弾(フラッシュバン)煙幕手榴弾(スモークボム)のようなものだとたやすく想像できる。


 クロスはチェーンソーを両手で構えると、チェーンにつかまったイエローを見上げた。


 イエローは口でドライバーを引き抜くとクロスに向けて叫んだ。


「やっぱりてめぇは厄介だな! だが、こいつはどうだ!」


 イエローは片手に握った市販品の斧を振り、壁にあったブレーカーのスイッチを叩き上げた。


「えっ!?」


 アカネが驚愕する。


 ブレーカーが上がった瞬間にこの資材館の天井照明が点灯し、充分な光量が視界を広げたのだ。


「さあクロス! 駆け引きといこうじゃないか!」


 イエローはチェーンを手放し、空中で反転すると斧でチェーンを切り落とした。


「あっ!?」

「きゃっ!?」


 ミドリとアカネが作業台の上に尻もちをついて落ちた。

 イエローはその隣に片手をついて着地し、隙を見せずクロスを睨む。


 クロスが作業台に近寄ってくると、イエローは斧を逆手に持ち替え、コートから再び手榴弾を取り出して口で安全ピンを引き抜いた。


「ヴォッ!?」


 クロスは驚愕する。


 ミドリとアオバの間をすり抜けるように投げられた手榴弾は、本物の殺傷兵器だった。

 破片手榴弾(フラググレネード)と呼ばれるスタンダードな手榴弾だ。文字すら書かれていないパイナップル型の手榴弾であり、外殻の鋼鉄片をまんべんなく飛ばすためデコボコとした特徴的な形をしている。

 有効殺傷範囲は10メートルほどだが、破片は200メートル先まで届くこともある凶悪な代物。当然、近距離で使われれば全身がズタズタに引き裂かれる殺意に満ちた爆弾だ。


 そんな爆弾がクロスの手の届かない場所に、しかもこの作業場を消し飛ばしてしまえるような場所で、数秒後爆発する。


「さあキューティクルズ! 変身しないと爆死するぞ!」


 イエローはアカネとミドリの背後に隠れてそう言った。二人を盾にするかのような立ち位置だった。


「ア、アカネさん!」

「ミドリ!」


 アカネとミドリは作業台の上で片手を天井に掲げた。


「「変身!」」


 すると光が細い糸状に集約し、二人の周囲を(かいこ)の繭のように包み込んでいく。


「ま、まずい、僕も! 変しっ――!」

「ヴォォォォォォォ!」


 作業台にドリルで縫いつけられていたアオバも天井に手を掲げる。

 だが光が降りかかってくる前にクロスがその上に覆いかぶさり、変身を中断させた。


 その瞬間に、爆発。


 手榴弾はオレンジ色の小さめの爆炎を光らせると、黒い2~3センチほどの鋼片を巻き散らかした。

 

「きゃあぁぁぁぁ!」


 アカネが叫ぶ。


 鋼片は地面にネジ打ちされた仕切り壁を弾き飛ばし、硬木材の作業台の柱を一本叩き折る。鋼材の柱には一瞬のうちに無数の傷が刻まれた。


 爆風が光の繭を吹き飛ばし、赤と緑のアイドル衣装に身を包んだ二人のキューティクルズに作業台の上で尻もちをつく。コルセットはおろかスカートのフリルすらも傷つきはしないが、それでも破片の威力は強力であった。


 作業台を挟んで向かい側にいたクロスの背中にも破片は突き刺さった。

 高い防御性能を誇る黒いハードレザーのロングコートを貫通し、鋭い破片は肉を切り裂き背中の肋骨まで到達する。


「グゥゥゥ!」

「な、なんで僕を守って!?」


 クロスがうめき声を上げ、その下に隠されたアオバが驚きの声を漏らした。


 そして作業台の上では、変身したキューティクルズを盾にしたイエローが、二人の頭部を手のひらで鷲掴みにしていた。


「変身したな、キューティクルズ!」


 イエローは頭を掴まれて驚いている二人の表情を見て、凶暴な笑みを見せながら楽しそうに言った。


「な、なにを!?」

「変身したからには! あなたなんかに負けっ――!」

「いいや終わりだ! 封印術! 二次元・《平面》 カード!」


 イエローが両手を握りつぶすとキューティクルズの二人は消え去った。悲鳴すらも無く、あっけなくキューティクルズが消失する。


 そのままゆっくりとイエローは作業台から立ち上がると、高台から見下ろすようにクロスを見た。


 クロスもまたよろめきながら振り返り、壁沿いの作業台に片腕を乗せて体を支えながらイエローを見上げた。


「ふはははは! クロス! この二人は頂いていくぞ!」


 イエローは見せびらかすように二枚のカードを掲げる。

 そこには装飾のされた厚手のカードが握られていた。カードには変身したアカネとミドリの姿がそれぞれ描かれている。何故かその姿はゲームのカードのように格好付けたポーズで描かれていた。


「そんな! アカネ! ミドリ!」


 クロスのすぐ隣でアオバが叫ぶ。

 

「お前は運がいいな! 変身していたらお前もカードにしていたところだ! だがとりあえずはこの二枚だけでも充分だろう! お前はそこのクロスの足かせとして働いてくれ!」


 イエローはアオバに向けてそう言うと、再びクロスに向き直った。


「クロス! まさか誰かを守りながら私と戦えると思ってはいないよな! せっかくだから私の新技を披露してやる! 六次元・《分子運動》 グレイシャル!」


 カードをポケットに仕舞って片手を前につき出すと、叫びと同時に握りしめた。


 その瞬間、このホームセンター資材館一帯が、強烈な冷気で覆われた。


「えっ!? なにこれ! 氷!?」


 床に白い氷紋が広がっていき、鋼材の柱には霜が張り付いた。天井にはこまごまとした氷粒が生成され、空気中の水分がダイアモンドダストとしてキラキラと輝き出す。


「六次元はつまるところ熱量だ! 怪人王の力は温度すらも自在に操れる!」


 イエローは自慢げに言った。


 だがクロスとアオバ、それぞれの周囲一メートル以内は冷気が届かず、氷が床を這って近付いてくることもなかった。


「お前も変身していれば氷漬けだったぞ! 私の能力は変身していない相手には危害を加えられないからな! だが、こいつはどうだ! 六次元・《分子運動》 ブレイズ!


 その瞬間に氷は一瞬にして蒸発した。僅かな湯気が飛び、床や鋼材の柱に無数のひびが発生して音を立てる。


「壁にひびが!? 建物が、崩れる!」

「熱膨張を知っているか? キンキンに冷やした金属を一瞬で加熱した! 分子の結合が崩壊するぞ!」


 建物の柱が内側にゆっくりと折れ曲がる。壁からは石片が飛び散り、ゆっくりと天井が傾斜していく。


「ヴォォォォォォォ」


 クロスはとっさにアオバの隣に突き刺さったドリルをぶん殴り、ドリルの刃を真ん中から叩き折った。

 そして再びアオバの上に覆いかぶさると、両肩を掴んで無理やり身を起させドリルの刃から引き抜いた。


「きゃあっ!」


 アオバはそのままクロスに引き寄せられると、膝裏を持ち上げられ、お姫様だっこに近い形で抱えあげられた。



「私はこれから暴れまわる! 悪役の陰謀を滅茶苦茶にするために! この世に力技で解決できない問題はないと、黒幕(バカ)どもに思い知らせてやる! じゃあなクロス! この崩落から生き延びれたらまた逢おう! 一次元・《線》 ムーブ!」


 イエローは長さが無限の線に変身し、その場から消え去った。


「ヴォォォォォォ!」

「きゃぁぁぁぁ!」


 アオバを抱えたクロスの頭上に無数の石粉が降りかかる。


 物質的に脆弱になった鉄骨の柱が建物の内側に向けてグニャリと折れ曲がり、ガラスを割るような音を立てて一本ずつ折れていく。建物の側面が曲がって沈んでいくと、割れた壁の内側から断熱材が白い(ほこり)を吹き出してきた。


 アオバはクロスに抱え込まれたまま成す術なく体を縮込ませていた。

 クロスはそんなアオバを抱えて、暴風のように吹雪いてくる白い埃の中を駆け抜けてこの資材館の事務所兼休憩所の中に飛び込んだ。


 事務所の中でもすでに崩壊は始まっており、沈んできた天井がちょうど高窓を押し潰しているところだった。


 クロスは崩壊の遅い右の壁沿いに進むと、部屋の角にアオバを投げ捨てた。


「いたっ!」


 アオバは盛大にお尻を打ち付ける。

 そこは建物の角柱が部屋を圧迫する入り口近くの場所であり、アオバの脇の下には空っぽの傘立てがあった。


「グォォォォォォ!」


 クロスは部屋の中央にあった三人掛けのソファーを持ち上げると、アオバの頭上に立てかける。それは超簡易的なシェルターである。

 

 だがアオバはそのソファーの座面のクッションに顔を押され、後頭部を壁にぶつけた。


 そしてその簡易シェルターが出来上がると、折れ曲がった鉄扉がすさまじい勢いで事務室の中に吹き飛んできた。

 頭上からは天井が電線を千切って火花を散らしながら崩れ落ち、建物は重力に沿って圧縮されていく。


 総質量約200トンの瓦礫が、隙間なく落下した。



        ▼       ▼



 それからどれくらいの時間が流れたか分からない。


 アオバは暗闇の中で目を覚ます。


「わっ!?」


 汗臭いソファーの座面が足の先に触れている。

 完全な暗闇なので手さぐりで探ってみると、使い古されたソファーの座面がお尻の形に凹んでいることがよくわかった。アオバの周囲はソファーに囲まれている。


 ソファーをなぞっていくと指は革のひび割れた背もたれを通っていき、一瞬だけ手が空中に離れて今度は何者かの腕らしきものに触れた。


「ひっ!」


 アオバはのけぞるように怯え、背中を傘立てに押し付けた。


 その腕は硬縮した死体のように硬かった。体温も感じず、ハードレザーの手触りがなければ建材の一部であるかのようにも感じられた。


 それと同時に、アオバの胸元に液体が滴ってきた。


「えっ! あ、油!?」


 アオバが液体を手で(ぬぐ)うとヌルリとした感触が皮膚を伝わってきた。

 ずいぶんと暖かい機械油のようだった。


 その時、鈴を鳴らしたかのような電子音が響いた。


「あっ!」


 完全な暗闇だったこの空間に、僅かばかりの光が輝いた。


 アオバの足元に携帯端末が転がっていたのだ。先ほどの電子音は聞き慣れたメッセージの着信音だ。アオバは携帯端末を持ってきていないのでこれは誰かの私物である。


 裏返って地面に転がっていたそれを手に取ると、画面の光で周囲が明るく照らされた。


「きゃぁぁぁぁぁぁ!?」


 まず目に入ったのは、血の滴り落ちてくる鉄筋。それがアオバの胸を貫かんばかりに近接していた。

 滴り落ちてきていたのは機械油ではなく血だった。よく見ればアオバの胸元はへそまで血で真っ赤に染まっていた。


 さらに血の滴る鉄筋をたどっていくと、鉄筋は黒いグローブをつけた手の真ん中を貫いていた。血はそのグローブの手の甲から垂れていたのだ。


 グローブのさらに奥には灰色のコンクリートの塊があり、瓦礫同士が隙間なく積もっている。

 この割れた鉄筋コンクリートは洗面台の向こう側の壁だった代物だ。六メートルは離れていた向こう側の壁がここまで押し出されてきたのだ。今回の崩落の惨状を想像するには充分すぎる品である。


 さらに視線を上げると、苦痛にゆがむ火傷にただれた顔があった。


「グ、ゥ……」


 赤く充血した眼が光を反射して蛍のような光を放っていた。

 噛み締めた歯が格子状に穴のあいた頬肉を引きのばして唸っている。体の半分はソファーの背もたれに隠れており、背後にある瓦礫が体を圧迫していることはすぐにわかった。


 その赤い目がギョロリと下を向いてアオバを見下ろすと、その体が僅かに動いた。


「わっ! わっ!」


 アオバの眼前にあった血の滴る鉄筋コンクリートが、石を擦りつける音を立てて迫ってきたのだ。

 アオバが体を縮込ませて回避すると背後の瓦礫をいくつか引きつけながら鉄筋コンクリートは入り込み、先ほどまでアオバの胴体があった場所に突きさすように落ちて行く。


 鉄筋は壁にぶつかると堅い音を立てて制止、背後の瓦礫も崩落することなく動きを止めた。


 アオバの目の前にはその鉄筋に貫かれた血濡れの手があった。


「私を、助けてくれたの?」


 アオバは体を丸めた状態で尋ねた。


「でも、なんで……? あなたはいったい……」


 その時、携帯端末の画面のライトが消えかけた。

 アオバはあわてて携帯端末の電源ボタンを押して再び画面を点灯させる。


「えっ!?」


 その時、画面に表示されたメッセージの文面が目に入った。


 先ほど着信があったメッセージの差し出し主の名前に、《レッド》と書かれていたのだ。


 文面は『キューティクルズは無事だろうか? 今ここら一帯が停電している。変電所で爆発があったらしい。イエローの仕業と決めつけるのは早いが、何かを仕掛けてくるかもしれない。クロスさんもどうか気をつけて護衛を……』画面に表示された文字はここまでだった。


 だが、それだけでも充分すぎる内容だ。


 アオバは驚きの表情でクロスを見上げた。


「う、嘘でしょ! レッドって! 護衛って! いや、これ違う人のケータイ、……いや、クロスさんって名前が書かれてっ! ……そういえば、僕たちを守ってくれるヒーロー戦隊のボディーガードがいたとかって! ま、まさか!」


 アオバは目を丸く見開き、驚愕した。



        ▼       ▼



 アカネは暗闇の中で目を覚ました。


 縛られている。アカネは縛られている。

 引っ越し業者の使うベルトのようなもので胴体をぐるぐるに巻かれ、壁に寄りかかって座っていた。足首にも同様にベルトで縛りつけられている。


 辺りを見回すが暗くてなにも見えない。

 変身は解けてしまっており、服装はパジャマのままだ。パンツの湿り気を見るに冷えてはいるがまるで乾いておらず、さほど時間が経っていないこともわかった。


「ひっ!」


 そんな時、小さな電灯が点灯し、アカネは怯えて声を上げた。


「よう、目が覚めたか」


 イエローが言う。手に持ったこぶし大ほどの小さなランタン型懐中電灯を床に置き、アカネを見下ろした。

 光源が出来たことで周囲が見渡せるようになり、今いる場所が貨物コンテナの中であることに気付いた。貸倉庫としてのレンタルコンテナか埠頭の輸送用コンテナなのか判断はつかなかったが、それでも縦に凹凸のある鋼鉄の壁は特徴的だった。車一台入りそうな大きさがあり、天井も高い。


「あっ! ミドリっ!」

「むぐ! むぐぅぅ!」


 アカネはイエローの足元に座り込んでいたミドリの姿を見つけた。

 アカネと同じようにベルトでぐるぐる巻きにされ、黒い布袋を頭に被らされている。口に布のようなものを詰め込まれているのか言葉を話すことができないようだった。


「まずはお前に質問がある。きちんと答えることができたらそれ以上お漏らししなくて済むだろうから、しっかり答えてくれ」

「どうしてこんなことするの! 私たちはあなたと敵対するつもりはない! お願いだから解放して!」

「……しらじらしいことを言うんじゃねえ! お前らの目的ははっきりと予想が付いているんだよ!」


 イエローは怒りを込めて叫ぶと、手に持ったスパナの先をアカネに向けた。

 ホームセンターの資材館から拾ってきた工具だろう。大型機械用の長さ三十センチある大きなスパナで、鋼鉄製ゆえに重々しく()びた銀色に輝いていた。


「私はそんなの知らない! 目的っていったい何のこと!?」

「クロスオーバーさ! 貴様ら、アメリカの悪党どもと契約を交わしただろう? 報酬が何かは知らないが、ヒーロー戦隊と協力して私の撃破を狙うことが目標のはずだ」 

「どうしてキューティクルズの私たちがあなたを倒す必要があるの!?」

「理由は二つ。一つはヒーロー戦隊とキューティクルズで協力すれば私の殺害もやりやすくなるからだ。二つめは二組合同によるヒーロー戦隊のインフレを加速させるため。これで喜ぶのはアメリカの悪党どもだけだから、こいつらに何かよさげな報酬を用意されたんだろ」

「アメリカの悪党なんてのも知らないよ! 私たちは何も知らない!」

「知らないだと? いいや思い出せ、お前は知っているはずだ」

「そんなの、知らないものは知らないよ!」

「そうか、それじゃあこうすれば思いだせるか!?」


 イエローはスパナを振り上げると、ミドリの頭部をぶん殴った。


「ふぐぅっ!?」

「ミドリっ! やめてっ!」


 ミドリはその一撃で上半身を床に倒した。荒くなった呼吸に合わせて頭部の黒い袋が膨張と収縮を繰り返す。


「ミドリ、大丈夫!?」

「大丈夫じゃないだろうよ? お前の返答次第でこいつは血まみれだ!」

 

 イエローはミドリの肩を掴んで再び起こさせると、アカネを睨んだ。


「さあ、思い出せたか!? お前は確かに見たはずだ!」

「待って! 本当に知らないの!」

「そうか! じゃあもう一度だ!」

「だめぇぇぇ!」


 イエローは今一度ミドリの頭をスパナで殴った。再び勢いよく上半身を床に打ち付けると、今度は乱雑に襟首を掴んで無理やり起こされた。


「むぐぅ! ぐぅ!」

「やめて! やめてぇ!」

「じゃあ、思い出せ! あのアメリカ人を!」

「アメリカ人! そ、そうだ! 昨日事務所に、両目に眼帯を付けた怪しい外国人が来てた! その人!?」

「ほら! 思い出せたじゃねえか! そいつはミリオン・アイズっていう金次第で何でも請け負うクソッタレ野郎だ! そいつは事務所でなにを話してた!?」

「な、なにをって! ちょっと待って、えっと……!」

「思い出せないか!? なら!」


 イエローは再びスパナを振り上げた。


「待って! そうだ、ブラックが新しい企画があるって言ってた! 今まで以上に盛り上がるって!」

「企画……? クロスオーバーをショーに盛り込むつもりか? いや、報酬としてアメリカでの大規模な公演とそのバックアップでもを約束されたのか? おい、詳しく教えろ」

「それは本当に知らないの! まだ決定してない企画だから何も分からないし、三日後のイベントですら私たちは歌と踊りしか練習していないもの!」

「……おいおい、企画すら知らないでどうやってイベントを進行させるつもりだったんだよ」

「いつもはオープニングと同時にシャドウが出てきて勝手に盛り上げてくれるから、企画なんて必要なかったんだよ! イベントの段取りは全部ブラックの仕事だったから!」

「そうか、じゃあ些細なことでも全部教えろ。不審な点はなにかなかったか?」

「わかんないよ! ブラックはいつも秘密主義だし、私も昨日は他の事で頭がいっぱいだったからなにも思い出せないんだよ!」

「なら思い出させてやる!」


 イエローはスパナをそこらに投げ捨てると、今度はポケットからスティレットナイフを取りだした。


「やめて! 何をする気!」

「早く全部言え! こいつが本当に血まみれになるぞ!」


 イエローはスティレットナイフを逆手に持ち替えると、ミドリの襟首を掴み取り押さえると、脳天に勢いよく突き刺した。


「むぐぅ!?」

「駄目っ!? やめてぇぇぇ!」


 アカネは涙ながらに叫んだ。


「次はもっと深く刺す!」


 イエローはナイフを抜き取ると、すぐさまもう一度頭に突き刺した。それは頭蓋骨を貫通しそうなほどの一撃だった。


「待って! 待って! ブラックは、ブラックはぁぁぁ!」

「さっさと答えろ!」


 イエローは再びナイフを引き抜いた。

 ミドリの頭部が逃げ出そうと暴れるが、襟首を掴んだイエローの手はがっちりととらえて逃がそうとはしない。


「ああっ! そうだ、明日、キューティクルズが集まるから、それまでなにも起こさないでほしいって言ってた! 明日キューティクルズが集まるって言ってた!」

「明日か! なにをするつもりだと言ってた!」

「それは、たぶん、私たちの護衛だと思う!」

「キューティクルズ全員で護衛だと! そんなわけないだろうが!」

「分かんない! 私は護衛だと思ってた! どうするつもりかなんて本当に知らないの!」

「……っち! 明日か。じゃあ明日に何か大事(おおごと)やらかす気だな。今日シャドウを使ってなにをやるつもりだったのかも気になるが、しかし……」


 prrrrrrr! prrrrrrr!

 イエローのポケットから携帯端末の着信音が鳴った。イエローの言葉は途中で途切れた。


「……っち! タイミング悪いな。こんな時に緊急連絡が鳴るのかよ」


 イエローはミドリの頭部からナイフを引き抜くと肩を壁に立てかけさせ、立ち上がった。


「ミドリっ! ミドリっ!」


 アカネは前のめりに倒れ込み、なんとかミドリに近づこうと床を這いずる。


「どうした、ニーナ」


 イエローは小型の携帯端末を取り出すと電話に出た。


『ミリオン・アイズを探知したわ』

「なに? あいつの変装をどうやって見分けた?」

『私の監視カメラじゃないわ。アンダーグラウンド外殻部の地下道に使われていない生体探知装置があって、試しに起動していたら運よくたった二か所しかないそこをあいつが通ったのよ。しかも女性に変装していたから探知した数値との誤差に気付いて、なんとか判明したってわけ』

「ずいぶんなミラクルが起きたんだな」

『ええ奇跡よ。マーカーは付けたけど、また変装されれば新しく追跡は難しくなるから早めに対応してね。幸いなことにやつはそこの近くの埠頭よ。いま地図を送信しておくわ』

「分かった、すぐ行く」


 イエローは通話を切り、データの受信を待った。

 そのちょっとした待ち時間に、イエローは床に這いつくばるアカネと壁に寄りかかったままのミドリを見やった。


「よし、尋問は終わりだ。お前はほとんど関係していないと分かった。お前は白だ」

「……終わった、の? 帰っても、いいの?」

「いいや、まだだ。せめて事態が解決するまでの間はここでお留守番だ。活躍されても困るからな」


 イエローはそう言うと、人が変わったかのように軽い笑顔を見せた。


「そうびくびくするなよ。ほら、種明かししてやるよ」


 ミドリの手前までイエローは近付くと、頭にかぶせた黒い袋の端をつまみ、一気に引き抜いた。

 アカネはミドリの血まみれの顔を想像したが、頭部には意外なものが装着されていた。


「え……。これは、ヘッド、ギア?」

「ああそうだ。ショッピングモールから拝借してきたボクシング用のヘッドギアだ。それもジュニア用で一番綿のたっぷり入っているやつでな。ナイフも衝撃もほとんど貫通しないはずだから安心しろ。さすがの私でも女の顔をそうホイホイ殴ったりはしないよ」


 ミドリの頭には青いヘッドギアが装着されていた。ナイフが突き刺さった場所からは白い綿が少しだけ飛び出している。工事用ヘルメットよりも質のいい三重構造で衝撃吸収性もよく、過保護な親向けの商品である。


「後でお前たちには食事と、あと替えの下着を持ってきてやるよ。おとなしくしているなら危害は加えないから、ここを家だと思ってゆっくりくつろいでくれ」


 イエローは踵を返し、コンテナの扉を勢いよく開けて出て行った。


 コンテナの外には海辺の景色が広がっていた。


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