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ダークヒーローが僕らを守ってくれている!  作者: 重源上人
VS.アイドル魔法少女キューティクルズ編
37/76

第五話 それは地獄からやって来た殺人鬼! 食人鬼クロスの追走! 悪意ある怪人王のバディネリ!

 深夜、零時。

 とある四十代の警備員が、夜中のショッピングモールの定時巡回を始めた。


 懐中電灯を片手に、非常灯だけが灯っている人気のない回廊をのんびりと歩く。

 ネット(あみ)のカーテン越しに衣料品店の中を確認し、いるはずもない不審な人物を探す仕事。


 当然それは退屈な仕事であり、警備員は水の止まっている噴水のふちに座ると大きなあくびを響かせた。


 多少サボっていても職務怠慢にはならない。それが一人夜勤である。ここらで一つ休憩して、携帯端末を開いてネット小説でも読もうか。

 そんな堕落した思考に陥った時だった。


 遠くから徐々に大きくなるスポーツカーのエンジン音。タイヤを滑らせる甲高いドリフト音。


 ヤンキーどもがここの広い駐車場を使って車を滑らせて遊ぶつもりだろうか? ならば注意しに行かなければならないだろう。警備員はやれやれ、といった面持ちで深いため息をつき、噴水のふちから立ち上がった。

 

 その瞬間、車のヘッドライトが警備員の全身を照らした。

 ヘッドライトの光は瞬く間に大きくなり、正面玄関の自動ドアを粉砕して豪快に入店してくる。


「なんっ! どあぁぁぁぁぁ!?」


 警備員はその場から飛び退くと、スポーツカーはすぐ隣を通り過ぎ、噴水に衝突して停止した。

 車体のフロントが衝撃で大きくひしゃげ曲がり、ボンネットが跳ね上がって上を向いた。


「な、何やってんだバカヤロっ――!」


 警備員が悪態を突こうとすると、車の扉が開いた。


 中に乗っていたのはヤンキーなんかではない。恐ろしく容姿の端麗な三人の少女だった。

 思わず息をのむほどの可愛らしさ。その存在を警備員はよく知っていた。


 それもどういうわけかパジャマ姿で無防備な体をさらしている、大人気アイドルグループ、キューティクルズの三人組だった。


「ちょうど良かったですわ警備員さん! 早くここの電気をつけて下さいまし!」


 運転席の扉を開けたのは、エメラルド・キューティクルこと、ミドリだった。

 今はあの特徴的なドリルヘアーはただのウェーブのかかった長髪と変貌しており、しかも肩にはバスタオルがかかったままの風呂上がりの姿である。


「なんでキューティクルズがっ!? うっそだろっ!?」

「警備員さんお願い! 僕たちは今、悪い敵に襲われているんだ!」


 後部座席からパジャマ姿のアオバも下りてくる。その猫っ毛はいまだ僅かに湿っており、靴ではなく室内用のスリッパを履いていた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺、あんた達の大ファンなんだよ! 写真を撮らせてもらってもいいか!? いや撮らせてくれ!」


 普段テレビでも見ることができないアイドルの私生活の姿を見ることができて、警備員は混乱すると同時にテンションが上がる。ポケットから携帯端末を抜き取ると、慌てて画面を操作し始めた。


「ああもうっ! 早く電気付けて! 後で写真くらい取らせてあげるから!」

「電気って、ブレーカー上げてくれってことか!? ちょっと待ってくれ、街が停電していることは知っているが、ここの発電機は少し使っただけでもウン十万消し飛ぶような代物なんだ! それを使うなんて大目玉なんて話じゃない、さすがにそんな事やりたくは……」

「お願い! 僕たちを助けて!」

「……わかりました、ここはかっこいいとこ見せましょう」


 警備員は途端に気取った声で返答すると、スッと背筋を伸ばして陸軍式の敬礼をして見せた。銃器をホルスターに仕舞うように携帯端末をポケットに入れると、即座に駆け出し動作していないエスカレーターを上っていく。


「ふー、良かった。警備員さん常識のある人で」


 アオバは後部座席から下りると、割れたガラスの上をチャリチャリと音を鳴らしながら歩いた。


「ミドリ、アオバ、怪我はない?」


 後部座席に座ったままのアカネが二人に尋ねる。


「わたくしは大丈夫ですわ。せいぜい濡れたままの髪がダメージを受けているくらいですもの」

「僕も大丈夫だよ。たいした怪我はしてないね」


 アオバはそう言うと空っぽ(・・・)の後部トランクの蓋を締めて、その上に腰をおろした。


「あれは一体何だったんだろうね? 片方は普通の殺人鬼だったとしても、私たちを襲ってきた鹿のバケモノは確かにシャドウだったよね? でも、あんなシャドウは見たことがないよ」

「そうでしたわね。私たちが相手をするシャドウはいつも動物型。ギャングスター・キューティクルズの人間型でもありませんでしたし、メタリック・キューティクルズのロボット型でもありませんでしたわ」

「一番近いのはローズさんたちの悪魔型かな? でも服着てなかったよね。普通悪魔なら燕尾服とか祭祀服とか変な衣装着てるのに……」

「やはりあれは新型。すでに怪人達とクロスオーバーしてしまったということなら怪人型シャドウでしょうか? そういえば、最初に暗闇でアオバさんを襲ったシャドウはどのような姿でしたの?」


 ミドリが尋ねると、アオバは片手に握った懐中電灯で周囲を見渡しながら答えた。


「僕のは骨と皮だけのハイエナみたいなシャドウだったよ。でも僕に飛びかかってきた瞬間に、あの殺人鬼が玄関のコートラックで串刺しにしてたからなにもできないみたいだったけどね」

「そうでしたの? 悪役同士でも仲良くないならありがたいことですわ。今回はあの殺人鬼のおかげで助かったようなものですから」

「だとしてもまだシャドウを相手にした方がマシじゃない? あの殺人鬼、変身した僕らが殴ってもびくともしなさそうだよ?」

「……ええ、たしかに。必殺技の一発くらいは耐えそうでしたわね」

「あ、でも、屋上のスポットライトがあれば勝てるかな? ここの光の量けっこう多いし、変身できれば勝てると思う。変身さえできれば……」


 アオバはそう答えると、警備員が走っていった方向に視線を向けた。


        ▼       ▼


 警備員は二階のブランド物衣料品店の中に入っていった。


 地下の機械室は遠いので、フロアごとの照明電源ボタンを押しに来たのだ。事務室に行けば一斉点灯も可能だが、緊急時であったため最低限の照明を点けるためだ。


 冬物のセーターやコートの並ぶ簡単な迷路を抜けて、レジ裏にある配電盤を目指して走る。


 だが目的地に着く寸前、警備員は足を止めた。


「誰だ!」


 ライトをレジ裏に向け、腰からトンファー型の警棒を抜く。


 レジ裏の配電盤には先客がいた。黒いロングコートにフードで顔を隠した、警備員よりも頭一つ大きい大男だ。

 配電盤を操作するつもりなのか、簡易ロックのカギ穴に針金ハンガーの先を突っ込んでいじっていた。


「そこから離れろ! 貴様なにものだ!」


 警備員はトンファーバトンを拳士のように右手に構え、そして左手で懐中電灯を向ける。


「ム……」


 懐中電灯の光を受けると、ゆっくりとその男は振り返ってきた。それと同時に、男は何かを取り出そうとポケットに手を入れる。


「動くな! ポケットから手を出せ!」


 警備員が警告した。


 しかし大男はそれを無視してポケットからボールペンとメモ帳を取り出すと、即座にメモを書いて見せた。


『私はキューティクルズの味方だ』


 機械で印刷したかのような丁寧な文字。しかし……。


「冗談抜かすな!」

「ム、ムゥ……」


 黒いロングコートの男は困ったような声を鳴らした。

 

「そうか、貴様がキューティクルズを狙う悪党か! 配電盤を壊すつもりだな! そうはさせんぞ!」


 警備員はそう断言するとトンファーバトンの握りを緩めて勢いよく回転させた。


 ブンッ、と力強い風切り音を鳴らして黒いロングコートの男のマフラーをトンファーの柄がかすっていく。

 大振りで放たれた攻撃だ。その一撃は牽制であると同時に目くらましであり、二撃目に深く踏み込まれた薙ぎ払いが胴体を狙っていた。


 その巧みな連撃を黒いロングコートの男は二歩だけ後退してたやすく回避する。そのまま慌てた様子もなく横方向に何歩か歩いていき、警備員から距離を取っていく。


 そしてそれは警備員の狙いでもあった。警備員は場所を入れ替える形で配電盤を背にすると、黒いロングコートに対峙する。


「どうした、かかってこないのか! それともビビってんのか! そりゃそうだ、元自衛官の俺に敵うもんか!」


 警備員はやや緊張した声色で叫んだ。彼の方は若干ながら恐怖しているようだった。


 しかし立ち回りは見事である。トンファーバトンの扱いはどこかの古武術のものだろう。構えはしっかりと整っており、脇も締まって体軸にも芯が通っている。

 とはいえ、それは黒いロングコートの男にとって見ればあまり関係の無い話であるのだが。


「おらぁ! どうした! 見掛け倒しか!? 見掛け倒しならよし! 俺から行くぞぉぉぉ!」


 警備員はトンファーバトンを回転させながら突撃していく。

 技術があるとはいえ戦いの場数を踏んだわけではない警備員は、果敢にも黒いロングコートの男に襲いかかり、そしてその一撃を見事に空振りさせていた。


        ▼       ▼


「ねえ、電気付けるの遅くない?」


 アカネが警備員の向かったであろう方角を眺めながら言った。


「発電機を起動させるのに時間がかかっているのでは?」

「そうかな? そうだといいんだけど」


 不安そうにアカネは言う。

 警備員が向かったであろう二階の衣料品店は角度の関係で良く見えない。手すりの透明なプラ板越しに見えるのは、ショーウィンドーのガラスとマネキンの頭部のみだ。


 そうしてぼんやりとアカネが二階を眺めていると、ショーウィンドーのガラスが盛大に砕けた。


「えっ!?」


 ガラスは一瞬にして小粒状に粉砕し、一面分のガラス窓が消え去る。二階の通路が死角になっていて、なにが原因でガラスが砕けたのかはわからない。


「何事ですの!?」

「分かんない! 警備員さんが行ったお店で、突然っ!?」


 キューティクルズの視線が二階の衣料品店に集まった。


 その時、血みどろの手が二階通路手すりの透明なプラ板を叩く。


 キューティクルズはその手の出現に三人そろって肩を跳ね上げた。

 血濡れの手がプラ板を引っ掻くように血痕を残して垂れ下がっていくと、顔に無数のガラス片を突き刺した、恐怖にまみれた表情の警備員が顔を晒した。

 

「キューティクルズっ! 逃げろぉぉぉぉぉ!」


 警備員がガラス越しに、血しぶきを飛ばしながら叫ぶ。


 それと同時に警備員の背後に何者かの影が現れ、警備員の体を強制的に引き寄せていく。


「ヴォォォォォォ!」

「やめろっ! やめてくれぇ! うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 警備員はプラ板と床を引っ掻くも体を引き留めることができず、瞬く間に正体不明の何者かに引きずられていき、手すりに血の跡だけを残して消え去った。

 

「警備員さんっ!?」


 アカネが叫ぶ。

 二階からは何の反応も返ってこない。血の跡だけを残して沈黙してしまった。


 一瞬にして場は緊迫する。


「助けなきゃ!」

「待ってアカネ! 懐中電灯すら持たずに行っちゃだめだ! 僕が先に様子を見てくるから、なにか明かりになりそうなものを探してから――っ!」


 その瞬間、打ち砕かれた自動ドアの向こうから、何かしらの光が三人を照らした。


「アカネさん! アオバさん! 誰か来ますわ!」


 その光は三人を正面に据えると、どんどんと近付いていく。


 騒々しいバイク音に気付いたのはそれからすぐだ。それはバイクのフロントライトの光だった。

 ショッピングモールの入り口手前の段差でバイクは高々と跳躍すると、割れた自動ドアのガラス片の上でタイヤを滑らせてブレーキを掛けた。


「誰!?」


 アカネが叫ぶ。

 突然真夜中のショッピングモールに飛び入り入店してくるバイカー。無関係な人物であるわけがない。


 バイクに乗っていたのは女性で、ヘルメットをしているので顔はわからない。黄色いライダースーツの上にミリタリーコートの袖を通した、剛毅なファッションの女性だった。


 停止すると同時に蹴飛ばすようにセンタースタンドを立ててバイクを停めると、ここが駐車場であると言わんばかりにバイクから下りる。

 ヘルメットを無造作にそこら辺に投げ捨てると黄色い長髪が広がり、即座にポケットから取り出したスポーツタイプのサングラスを顔にかけた。


「お前は誰だ! 答えろっ! 僕たちの敵か!? 味方か!?」


 アオバが懐中電灯を向けて叫んだ。

 

 黄色いライダースーツの女性は、何か訳知りな笑顔を見せて答えた。


「おーう! まずは褒めてやるぜ! よくあのシャドウを退けたな! 変身できなくてもそこそこはいけるじゃないか!」

「なっ! あのシャドウをけしかけてきたのはおまえかっ!?」

「おっと、そいつは誤解だ。私にシャドウを操る力はない。あのシャドウを操っていたのはまた別の奴だ」

「じゃあお前は誰だ! 敵か!? 味方なのか!?」

「いまはまだどちらでもない。が、どう転んでも敵にしかならない存在だろうな。無関係で済むかどうかはお前たちの次第だ」

「じゃあ敵じゃないか! 無関係で済みたいなら僕たちの前から消えてよ!」

「そういうわけにもいかない。いま結構いい感じで場を荒らすことができているんだ。このまま策略を張り巡らしているであろう連中の予定をめちゃくちゃにしてだな……。おっ、クロス! お前も来ていたのか!」


「ヴォオォォォォォォォ!」


 二階の手すりを飛び越えて、黒いロングコートの男がエントランスの床に着地した。


 その存在には、キューティクルズの三人も思わず驚愕する。


「なんであいつがここに!? ローズお姐さんの家からどうやって!?」

「ウソでしょ!? 僕が車で轢いたのになんで無傷なの!?」

「あり得ないですわ! あの殺人鬼、やはり亡霊か何かですの!?」


 その男の登場にキューティクルズは思わず身を寄せ合う。


 しかし黒いロングコートの男は怯えているキューティクルズを無視し、黄色いライダースーツの女性だけを睨み、真っすぐに対峙していた。

 対して黄色いライダースーツの女性は、笑っていた。


「ぷっ! あはははは! クロス、お前、殺人鬼か!? いや確かに殺人鬼だ! どう考えても殺人鬼だよな! あっはははは!」

「ムゥ……」

 

 黒いロングコートの男は少し落ち込み気味に肩を落とした。そのライダースーツの女性の爆笑に毒気を抜かれたようだった。


 そしてその女性の反応に、ミドリが疑問を持った。


「もしや、その殺人鬼をけしかけてきたのはあなたですの!」

「ははは! ああ、そうだ! あの殺人鬼を呼んだのは私だ!」

「では、まさかあなたが怪人王!」

「ばれたら仕方ない! そうだ! 私が怪人王・イエロー! そしてその男の名はクロス! 私が呼び寄せた、テキサス出身の連続殺人鬼だ!」


「ヴォッ!?」


 クロスは驚愕し、目を見開いた。


「十年くらい前にアメリカで62人の少女を殺した連続殺人鬼で、私が怪人王の力を使って蘇らせた! この世で最も残虐な殺人鬼だぞ!」

「やっぱり!」


 アカネが納得する。

 クロスが戸惑ったような視線を向けるが、キューティクルズの三人はまるでその視線に気が付かない。


 対して怪人王イエローは、ノリノリといった様子で殺人鬼の解説をする。


「クロスはお前らのような少女の肉を食べるのが趣味の殺人鬼でな! その殺し方は手慣れたもので、鉄のフックを背中に突き刺して吊るした後、足首を切り落として血抜きをするのさ! そして体に力が入らなくなったころに止血をして、生きたまま肉を少しずつ()いでいく! ほらほら想像してみろ! 裸にひんむかれた後、指一つ動かない体を少しずつ切り取られて喰われていくんだ! お前が血の抜けて青白くなった手でこいつの腕を抑えても、力で押し返されて乳首をハサミで切り落とされるんだ! そうしてお前の絶叫を聞きながら、今度はナイフで太ももの肉を100グラム切り落として目の前でソテーを焼くのさ! 何せ67人くらいを殺した熟練の殺人鬼だ! そうとう長生きさせてもらえるぜ! はっはっは!」


 イエローは楽しそうにクロスの紹介を行う。

 キューティクルズの三人は驚愕と恐怖の入り混じった、鬼畜を見る目でクロスを見ていた。


 そんな視線を受けたクロスは、慌てた様子で顔を左右に高速で振っていた。そのジェスチャーの意図はなんだかよくわからない。


「なんて恐ろしい……! そこまで恐ろしい相手を(よみがえ)らせてまで、なぜ私たちを襲うのですの!?」

「黒幕を引っ張り出すためさ! ほらクロス! さっさとキューティクルズをとっ捕まえてくれよ! じゃないと私がそいつらを切り刻むことになるぜ!」

「ムゥ……」


 クロスはどうしたものかと困惑した様子でキューティクルズとイエローを交互に眺める。


「おい、クロス! そいつらを任せるためにわざわざ殺人予告を出してお前を呼び寄せたんだ! 私はこれからやってくるであろう連中に用があってここから動けない。この出口は見張っといてやるから、私がその三人に危害を加えないうちに保護しておいてくれよ!」

「ム、ムゥ……」


 クロスはポケットから手帳とボールペンを取りだした。せめて誤解を解こうとメモをつづった。


「キューティクルズ! こいつはメモ帳に名前を書いた相手を麻痺させる能力を持っているぞ!」

「えっ! まずい!」


 アオバが懐中電灯の光を絞ってメモ帳に照射した。


 その瞬間、強い衝撃波がクロスの手のメモ帳を弾き飛ばした。


「オォッ!?」


 クロスは驚愕した。意外すぎる攻撃に反応できなかった。

 懐中電灯の光は空気弾のような代物へと強化されていた。殺傷性は感じられないが、木製のバレーボールでもぶつけられたかのような堅い衝撃がある。当たりどころが悪ければ骨も折れるのではないかと感じられる光の攻撃だ。


「ほらクロス! さっさとあいつらを保護しろよ! きちんと三人とも捕まえておくんだぞ! 一人でも逃がしたらそいつが私の獲物になるんだからな!」

「くっ! 言いたい放題い言いやがって! 僕たちが変身したら、おまえなんて返り討ちにしてやるんだからな!」

「ははは! やってみろ! と、言いたいところだが、私だってクロスオーバーはごめんだ。お前らの相手はそこの殺人鬼だ! さあクロス、そいつらを追っ払ってくれ! 私はもっと大本(おおもと)の悪党を退治しなければならない! 私とそいつ等が余計に戦わないで済むよう、しっかりと拘束しておいてくれよ!」

「お前の思い通りになんてさせるものか!」


 アオバはクロスに懐中電灯を向けた。

 クロスはどうしようもなく、その場でキューティクルズに困ったような視線を向けていた。


「……ムゥゥ」


 クロスはしぶしぶといった様子でうなだれる。


 そうして殺人鬼は動きだした。いまさら怖がられることは仕方ないと開き直って、なるべくフレンドリーに接しようと生物兵器的な重々しい歩調を見せた。


 キューティクルズの三人は距離を保とうと、同じくらいの速さで後退していく。


「まずいよアオバ! 襲ってくるよ!」

「くっ! ここは僕が足止めするから、アカネとミドリでどうにか電源をっ!」

「バカ言わないで! あんな強制負けイベント相手に死亡フラグ立てておいて、生き残れるわけがないでしょ!?」

「そうですわアオバさん! あれは死亡フラグ回収のプロ! 本当に殺されてしまいますわ!」


「ムゥ……」


 クロスは歩調を速めた。もはや誤解を解く方法は一つしかない。キューティクルズを一度無力化してから、長々と文章をつづって時間を掛けて説得する。そのためなら一度は殺人鬼であると思われてでも捕えなければならないだろう。


 そう決めた後のクロスの行動は早かった。フレンドリーさを捨てて背筋を伸ばし、大きな歩調が瞬く間にキューティクルズとの距離を狭めた。


「あっ! やばい!」

「こ、これでも食らえ!」


 アオバはクロスに懐中電灯を照射する。


 光の砲弾はクロスの肩に当たった。ぶつかった瞬間に肩を後ろにのけぞらせるも、歩調をまるで変える様子もなくゆっくりとキューティクルズに歩いて近付いていく。


「こ、この! この! この!」


 アオバはやたらめったらに光を照射した。光はクロスの腕に当たり、足に当たり、腹部に当たった。近付くにつれて光の威力は上がっていくが、衝撃で体が反る程度で牽制にすらなっていない。

 そんな中、光の砲弾はクロスの横顔をかすった。


「ムッ!?」


 光はソフトボールくらいの大きさまで威力が濃縮され、その一撃はクロスの口元のマフラーを吹き飛ばした。同時に顔を隠すラバーフェイスマスクも引きはがされ、フードも取り払われる。


 さすがのクロスもその一撃には大きく顔をのけぞらせた。


 懐中電灯に照らされたのは、潰瘍だらけのデコボコとした顔。黒ずんだ表皮の隙間から見える赤黒い表情筋。筋張った皮膚に、頬は格子状に穴が開いている。


 そんな恐ろしい素顔をしたクロスは、恐る恐るといった様子で、キューティクルズにギョロリと赤い目を向けた。

 

「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」


 絶叫。

 キューティクルズは三人同時に口を大きく開いて叫ぶと、ためらうことなく後方に走りだしていった。


「オオゥッ! ヴォォォォォォォ!」


 待ってくれ、という意味合いの怒声を上げて、殺意に満ちた殺人鬼がキューティクルズの背中を追いかけた。


 生命の危機を感じた三人が全力を出してくると、クロスも追いかけるのに速度を上げなければならなくなる。その様相は加工前食用肉を追いかける屠殺業者のそれだ。圧倒的な上位存在である殺戮者が、怯えて逃げる子猫を背後から追いかけているようなものだ。子猫の爪など恐れておらず、そして実際に子猫の爪では傷すらつかない。


 捕まればゲームオーバーの強制負けイベントが、キューティクルズの背中に迫る。


 それを見ていた怪人王イエローは、満足そうに爆笑していた。

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