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ダークヒーローが僕らを守ってくれている!  作者: 重源上人
VS.アイドル魔法少女キューティクルズ編
34/76

第二話 襲い来る恐怖! 逃げて逃げて逃げて! 黒いロングコートのグラーヴェ!

 それは初代キューティクルズにして、ファッションモデル界の女王。レッドローズ・キューティクル。


 その意外な人物の登場に誰もが驚き、代表としてアオバが尋ねた。


「どうして、ローズさんが僕たちの事務所に!?」

「そこのプロデューサーさんにお願いされてね、次の公演まで私の家に匿ってくれないかって頼まれたのよ。ほら、私のお家は大きいから。それにみんなは暗いところだと変身できないけれど、ファッションモデルの私は服さえ着てれば変身できるから」


 ローズはそう言うと、勲章のような装飾のバラのコサージュをポケットから取り出して見せた。

 薄い笑みを浮かべてその変身アイテムを眼前で振って見せると、再びポケットにしまう。


「ローズさんが、僕たちを守ってくれるんですか?」

「暗くて変身できなかった時はね。私じゃ不安かな?」

「いいえ! そんなことないです! すごく頼もしいです!」

「そう、それじゃあ三日間のお泊まり会になるけど、よろしくね」

「はい!」


 アオバは嬉々とした笑みを浮かべて喜んでいた。


「ローズのおばっ……。お姐さんが来てくれるなんて、そんなに事態は深刻なんですか?」

「いま、おばさんって言おうとしたでしょ」

「ご、ごめんなさい! つい」


 アカネは頭を下げると同時に一歩後退する。


「いえ、いいの。原因は分かっているから。あのCMでしょ? 年を取ったからっておばさん役なんて引き受けた私が悪いと思うわ。今ではあの仕事を引き受けたこと後悔しているもの」

「で、でも! 心温まるいいCMでしたよ!」

「ネットでネタにされなければね……」


 ローズは深く肩を落としてため息を吐く。その仕草からはかつての後悔がにじみ出ていた。


「いいでしょうか? 私の企画を説明しても」

「あ、ブラック」


 ブラックがアカネとローズたちの間に割って入ってきた。


 ブラックはクリップボード付きの予定表を手に持ち、黒ぶちの眼鏡をどこからか取り出すとそれを掛けて、仕事人の真面目な顔で今後の予定を説明する。


「これからキューティクルズの皆さんには、安全のためにローズさんの家に三日間ほど泊ってもらいたいと思います。ローズさんの家ならば稽古も問題なく出来るはずです。まだ私たちの知らない大きな闇があったとして、定石通りならその闇はコンサートの光に吸い寄せられてくるはずです。その闇を怪人王は狙っているのでしょう。ならばヒーロー戦隊の怪人王が現れるのも三日後のコンサート当日になると思われます。怪人王が殺人予告を出してきた意図は分かりませんが、ひとまずは防衛に徹しましょう。コンサートの日こそがキューティクルズのもっとも強くなる日なのですから」

「え? ちょっと待って、殺人予告って? ヒーロー戦隊の怪人王ってどういうこと?」


 ローズが困惑した様子でブラックに聞き返した。


「あれ? ローズさんは聞いていないんですか?」


 アカネが尋ねる。


「ええ、私はシャドウが自然発生するようになったから、闇夜にみんなが襲われないように守ってほしいって頼まれただけだから」


 戸惑うローズに対して、ブラックは落ち着いた様子で説明を返した。


「当然です。私も殺人予告が来たと知ったのは先ほどの出来事が原因でした。ですが、やるべきことは変わりません。ローズさんは新たなシャドウとヒーロー戦隊の怪人王から、キューティクルズを三日間守ってください」

「……えっ、ちょっと待って? それ、わたし一人で?」

「いえ、ヒーロー戦隊側からもボディーガードを一人出してくれたそうです。頼りになる人物だと言っていましたので、怪人王はそのボディーガードに任せてもいいでしょう」

「でも、万が一ってことは?」

「あると思います」

「ちょっと~!?」

「頑張ってください。私の方でも予定を早めてみようと思います。最低でも、今晩まではなにも起こさないでください」

「そんな! ううっ! やっぱりジャスミンも呼ぶべきだった! 怪人王が関わってくるなんて聞いてないって! でも、ジャスミンも動かせない仕事入っているし、他のキューティクルズも明日までは仕事しているだろうし……」

「今日予定通りいけば、あとは他のキューティクルズも応援に来てくれるはずです。まずは私の伝えた通りの段取りでよろしくお願いします」

「うう……。わかったわよ、プロデューサーさん」


 ローズは重々しく肩を落としながらも納得した。


「ローズさんでも、怪人王を相手にするのは厳しいんですか?」

「ええっと、実物を見たわけではないからあくまで予測なんだけど、勝てないと思うわ。……ヒーロー戦隊とキューティクルズに基本スペックの大きな違いはないけれど、例えて言うなら私たちは獣を狩る狩人で、ヒーロー戦隊は罪人を狩る職業軍人。知能を持たないシャドウと高度な結社能力を持つ怪人とでは敵の強さが段違いなのよ」

「そ、そうなんですか」

「でも、いい闘いをしようと思えばできるわ。私たちキューティクルズだって敵が強いほど必殺技の威力が高まるから、そこらの怪人なら私でも一撃だし、怪人王が相手でも充分な時間稼ぎも出来る。戦闘経験の差も、悲しいことに私なら年の功で埋められるから、さほど問題はないはず。……さっきは驚いて弱音みたいな事言っちゃったけど、安心してね。あなた達に危害は絶対くわえさせないわ」


 不安がるアオバをローズが勇気づける。


 そしてその言葉がただ勇気付けるためだけの嘘ではないことは、ローズの経験に裏付けされた落ち着きを見れば理解できた。

 薄い笑みを浮かべて覚悟を決めている。ローズのそんな優しい笑顔は、戦闘経験と人生経験に優れた、大人の女性のそれだった。


 アオバはその姿に勇気づけられ、憧れの視線を向けた。


「それに、まだ来るって決まったわけじゃないもの。私から言わせれば怪人王の殺人予告はただの牽制よ。ヒーロー戦隊と絶対に協力するんじゃないぞ、って言う意味のね」

「怪人王は私たちを恐れているってことですか?」

「口では言わないでしょうけれど、きっとそうね。歴代キューティクルズが怪人王に勝てる要素はないでしょうけれど、ヒーロー戦隊と協力したキューティクルズが相手なら、逆に怪人王が勝てる要素がないもの」

「じゃあ、僕たちは早くヒーロー戦隊と協力すべきなんじゃないですか?」

「そのかわり、シャドウが怪人と同じように特殊能力を手に入れて、尋常じゃないくらい強くなるけど大丈夫?」

「あ……、それは、困りますね」

「でしょ? まあ、それはそれで悪い事ばかりではないんだけどね」

「え? いいこともあるんですか?」

「キューティクルズも強い敵と戦うと同じくらい強くなるでしょ? 強くなった分だけキューティクルズの輝きも強くなるから、力の源であるファンの数も増えるのよ」

「ええっ! 本当ですか!」


「それは素晴らしいことですわ! なんてことです、すぐにでもクロスオーバーしなければ!」


 とたんにミドリがその話題に食いついた。ファンの数に執着する気持ちを抑えることが出来ないようであった。


「あら、ミドリさん? 興味があったの?」

「ええっ! そんなメリットがあったのなら、すぐにでも怪人王に突撃を仕掛けるべきですわ!」

「だめよ? それは危険すぎるから。……でも、もし興味があったのなら、今度こっそり別の方法を教えちゃおうかしら?」

「本当ですの! ありがとうございますわローズさん!」


 ミドリは嬉々とした様子でローズに感謝する。 


「僕も教えてもらってもいいですか!」

「ええ、もちろん。でもこの内緒話は今日はやめておこうかしら。今日から三日間は少し、緊張しなければいけないでしょうからね」

「「はいっ!」」

「あらあら二人とも、もう緊張も解けちゃっているようね……。まあ体が硬くならないのはいいことかしら? それならいっそ、今日はうちでパーティーしちゃう?」

「パーティーですか?」

「ええ、みんなで一緒にスイーツを作るの。スポンジ買ってケーキ作って、クッキーも焼いて、フルーツタルトも作って、高級な紅茶で乾杯するの。普段そんなこと出来ないでしょう?」

「わぁ! すごい楽しそう!」


 アオバがキラキラと目を輝かせて喜んだ。

 豪邸で仲のいい友達同士とお菓子を囲んでの女子会である、楽しくないわけがない。


 しかし、深く眉根を寄せた不機嫌そうなブラックが、プロデューサーとしての視点から指摘した。


「却下します。コンサートが近いので、体型維持を心がけてください」

「うっ! そうだった……! ……ねえブラック、食べた分以上にリハーサルするからさ。……だめ?」


 アオバはお預けを食らった子供のようにブラックにねだる。


 そこに、ローズがブラックを安心させようと割って入った。


「私が責任もってカロリー計算するから大丈夫よ。これでも体型が命のファッションモデルなんですから。むやみにみんなを太らせたりなんてしないわ」

「……ローズさんが保証するなら許可します」

「ほんと! やったぁ!」


 アオバは歓喜する気持ちを隠そうとせず、両手を勢いよく突き上げて喜ぶ。

 緊張に満ちた防衛戦だったはずが、それはいつの間にかワクワクのお泊まり会へと姿を変えていた。


「それじゃあ、今日は羽目を外しましょうか。食材は私が用意するから、みんなは三泊分の着替えを家からとって来てね。車でみんなの家の近くまで送るわ」

「ありがとう! ローズさん!」

「感謝いたしますわ、ローズさん!」


 アオバとミドリが心躍らせるように感謝の言葉を寄せる。


「ほら、アカネも!」

「えっ!? あ……! ありがとうございます! ローズお姐さん!」


 アカネはブラインドの落ちた窓から目を離し、ローズに感謝の言葉を述べた。


「どうかしたの? アカネ?」

「なにか、視線が……。いえ、なんでもない。ごめんアオバ」

「……? なんでもないならいいけど」


 アオバはいまだに不安を残した様子のアカネを不審がった。


 初代キューティクルズという頼れるボディーガードの存在に、アオバの緊張感は完全に解きほぐされてしまっていたのだ。


「それじゃあ出発しましょうか。暗くならないうちにね」


 ローズが三人に声を掛けると、自然とローズの先導についていく形で事務所を後にした。


 アカネはその間ずっと、あの赤い眼が背筋を覗き込んでくるような、不気味な視線を感じ続けていた。


        ▼       ▼


「それじゃあアカネさん、ここで大丈夫?」

「はい! 近くまで送ってくれてありがとうございます!」


 そこは事務所からも近い住宅街の路地の入口だった。


「アカネさん、気をつけてくださいまし。そろそろ日も暮れてきますわよ」

「ありがとうミドリ。でも私の家までの通りは街灯がたくさんあるから、その光を集めれば変身できるから」

「ええ、わかっておりますわ。ですが街灯の光では必殺技も使えませんことよ」

「うん、分かってる。シャドウが出てきたら飛んで逃げて合流するよ。それじゃ、また一時間後ね」

「ええ、また」


 ミドリが後部座席のウィンドウを閉じると、ローズの運転する四人乗りの赤いスポーツカーは発車する。

 アカネはスポーツカーが見えなくなると同時に住宅街の路地に向きなおった。


「あ、夕日綺麗」


 思わずアカネは、正面の沈みかけの太陽を見てつぶやいた。


 今まさに沈まんとする太陽は真紅に染まり、直視してもさほどきつくないほどまで光を弱めていた。雲の隙間から放たれる陽光がヴェールのように揺らめき、暗く染まりつつある夜の空に僅かばかりの光を落としている。


 そんな太陽に感動を覚えながら、アカネは歩きだす。

 すると道を進むごとに、何かしらの違和感を感じ始めた。


「……あれ? この道、こんなに薄暗かったっけ?」


 どことなく普段と違う住宅街の路地。その正体にはすぐ気付けた。


「あっ! 街灯ついてない! ……そうだ、街灯つくの五時半からだ!」


 アカネはあわてて携帯端末を見た。表示された時刻は17:24。


 街灯は光センサーとタイマーの複合式で、周囲が暗くなっていること、かつ五時半を過ぎていることが点灯条件だ。

 季節の変わり目でまだ市役所が点灯時間の設定を早めていないのだ。


 微妙な夕暮れの時刻だからか、左右に並び立つ住宅にも生活の光が灯っていない。平日であることもあり家に誰も帰ってきていないのだろう。


 秒刻みで暗くなっていく夕日はあれよあれよという間に影をどんどんと濃くしていく。


「で、でも、あと五分だけか……。それなら、大丈夫、よね」


 自然とアカネの歩調は速くなった。


 夕日はもはや先端だけ残して沈んでしまい、ろうそくの炎のような紅い光だけを残している。


「く、暗いな~。でも、夕日綺麗……」


 そうつぶやいた瞬間に、小さな灯を瞬かせて夕日は完全に沈んでしまった。


 夜。

 影すらも生まない新月の夜。


 街灯の多く設置されたいつもの帰り道では見たこともないほどうす暗く、そして不気味なほど静かだった。


 遠くからはぼんやりとビルの光が見えているが、今の住宅街はゴーストタウンに見えるほど窓からの光がない。

 遠くの二か所だけ灯った玄関灯がくっきりと映えるほど光源がなく、足元は黒灰色の闇が色彩を染め上げた。


 幸いなことに歩けないほどの暗さではないが、いつもなら地球の丸みが見えそうなほど真っすぐだった道路が、真っ暗な闇に覆われて小さな光が複数灯るだけの深淵の闇へと変貌してしまっている。


 これでは変身もできない。アカネはそう思い、歩調を速めた。


「暗い……」


 これほどの暗さはアカネにとって初めてだった。偶然が重なっただけとはいえ、人の多い街中でこれほど光の無い時間に出くわすことなど稀だった。


 アカネは再び携帯端末の画面を確認した。表示される時間は17:26。家に到着する少し手前には街灯が点灯することだろう。


 あまりにも暗い夜だったせいか、星が静かに輝いていた。これほど綺麗に星の見える夜などそうそうない。雲がところどころ星を隠す穏やかな夜空だ。


 だが不思議と悪寒の走る。なにかどことなく寒々しい。普段なら夜空を見上げて感嘆の声の一つでも上げたところだったが、いまはなぜか歩くことに集中しなければいけない気がした。


「…………」

 

 なぜだろう、恐ろしい。

 おかしい。道に……、街に生気がない。

 そう思ったふとした瞬間に、アカネは顔を見上げた。


「……っぁ!?」


 声を潜めて驚愕した。


 T字路のカーブミラーに、黒いロングコートの男の姿が映っていたのだ。闇夜で真っ赤な瞳を爛々と輝かせ、アカネの背後から歩いて近付いて来ている。


 心臓が跳ね上がり、大きな鼓動が全身を駆け巡った。足が震え、自然と筋肉がひきつるが、何とか立ち止まらずに歩くことはできた。


 生物としての本能が足を止めてはいけないと警告している。

 カーブミラーを通り過ぎても黒いロングコートの男が歩み寄って来ているのを感じた。


 口に出すことなく、アカネは心の中で困惑する悲鳴を上げた。走って逃げることなど出来なかった。自分の歩調を早くした足を転ばせないようにすることが精一杯だった。


 恐怖で棒のように硬くなった足は今にも折れてしまいそうだ。冷や汗が全身から噴き出し、呼吸は静かに荒くなる。


 きっと転んだ瞬間、アカネは死ぬ。

 黒いロングコートの男に足首を掴まれ、闇夜の中へ引きずり込まれていくのだろう。

 目的は分からない。だが、シャドウよりも危険な存在であることは確かだ。


 そんな時だった。アカネは背後からコツン、コツン、と響いてくる、ブーツの鳴らす足音を聞く。


 アカネが二歩進むたびに、一歩分のブーツの音が聞こえてくる。

 穏やかで静かな足音だったか、アカネとの歩幅の大きさの違いもあり、一歩ごとにブーツの音は確かに大きく聞こえてきた。


 背後を振り返ることなんてできない。振り返った瞬間に襲われる気がする。振り返ってはいけない。


「(……怖い。怖い怖い怖い怖い怖い!)」


 アカネは顔を真っ青にさせながらも歩いた。


 コツン、コツン、としたブーツの音は徐々に近付いてくる。もしかすればもう手が届くほど近くにまで来ているかもしれない。


 アカネの背後から革手袋をつけた手が両頬を覆うように伸びてきて、口と顔を覆ってアカネを闇へ引きずりこんでいくのだ。そうなってはもう終わりだ。


 いったいどれほどの距離がまだ残っているのだろう。ブーツの音は一歩ごとに大きくなっていく。


「あ……。う、うわぁあぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 アカネは突然、駆けだした。


 なにも考えることはできなかった。真っ白になった思考の中で、恐怖に支配されてとにかく走った。

 捕まったら死ぬ。背後からきっと手を伸ばして襲いかかって来ている。とにかく遠くまで逃げなければいけない。転んではいけない。とにかく、逃げろ。


「うわぁぁぁぁぁ! あぁぁぁぁぁぁぁ!」


 もう背後まで迫って来ている。足を止めたら死ぬ。振り返ってはいけない。

 転びそうだ。足が固くなって上手く走れない。

 どうしてこんなことに。いやだ、捕まる。捕まる。捕まる! 


 アカネの思考が狂乱する。落ち着きが取り戻せないのだ。左右にふらつきながらも全力疾走でアカネは走っていた。


 その瞬間だった。アカネは転んだ。


「あぁっ!?」


 自分で自分の足に引っ掛けたのだ。膝小僧をコンクリートに擦りつけ、両手から地面に倒れ込む。


「いやぁっ!? あぁ!」


 慌てて再び駆け出そうとするも、足と足がもつれあい、体を真っすぐに伸ばしてまたも地面に倒れ込んでしまった。


 もう復帰できない。走ったところで間に合わない。


 そんな恐怖に蹂躙されそうになった瞬間だった。


 突然、アカネの頭上に光が満ちた。


「えっ!? ……っあ」


 街灯が点灯したのだ。アカネの頭上の街灯が点灯したのを皮切りに、周囲の街灯もいくばくかのタイムラグを経て順々に点灯していった。


 街灯が点灯した住宅街は普段の夜の色合いを取り戻し、灰色のコンクリート塀や住宅の茶色いレンガ風外装が視界に入る。

 見上げるとずらりと並んだ街灯が行く先の住宅街を照らし、恐る恐る振り返ると、黒いロングコートの男は闇と共に消え去っていた。


 普段と変わらぬ光に満ちた世界に戻った時、アカネは電柱の陰に隠れるように背中をコンクリート塀に押し付けて携帯端末を取りだした。


 左右をキョロキョロと確認しながら携帯端末を取り出すと、ロック解除を二回失敗させ、三回目で成功させるて電話履歴の一番上の相手を即座に選択した。


 電話に出た相手は、ミドリだった。


「どうかしました、アカネさ――っ」

「助けてっ!」


 アカネはコンクリート塀に自分の背中を押し付けて叫んだ。


「助けてっ! お願い助けてっ!」


 アカネは涙声で、とにかく叫んだ。


 周囲には光が満ち、アカネは変身は出来るはずだった。

 しかし、そんなことにも気付きもせずに、恐怖に怯えてただ叫んでいた。

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