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ダークヒーローが僕らを守ってくれている!  作者: 重源上人
VS.アイドル魔法少女キューティクルズ編
33/76

第一話 キューティクルズ大ピンチ! まだ見ぬ悪役にドッキドキ! 黒幕たちのコンチェルト!

「ねえ、アオバ? 今度のイベントからもうシャドウ出てこないらしいだけど、それじゃあ次のオープニングはどうやって盛り上げるつもりなんだろうね?」


 それは駅前広場の道行く人ごみの中で行われる、何気ない会話だった。


「ん~、どうなんだろう。僕にはシャドウのいないオープニングなんてイメージもつかないかなー。アカネはどうなの? なにかアイディアでもあるの?」

「……ぶっちゃけ、ブラックに全部任せるつもりだった」

「だよね~。僕も結局はプロデューサーに全部任せるつもりだった。ブラックプロデューサー、企画立てるのいつも早いから」


 彼女らは私服で正体を隠した、大人気アイドル魔法少女グループ《ブロードウェイ・スーパースター・キューティクルズ》の二人だった。


「ブラックが優秀すぎるのがいけないんだよ~。ついつい頼っちゃうもん」


 ルビー・キューティクルこと、赤沢(アカザワ)朱音(アカネ)が、天性の甘声でそう言う。


 アカネはマリンキャップとサングラスで顔を隠し、大きめの赤いニットトップスに白のボトムスを組み合わせたカジュアルな私服で正体を隠していた。

 それはゴシックな魔法少女衣装と比べると現代っぽさが強調され、一般社会に紛れていても違和感はない服装。……に、見せかけて、自分の可愛らしさの主張を一切制限するつもりのない、趣味全開のコーディネートだった。


「そんなこと言っちゃ駄目だよアカネ。もしブラックもキューティクルズの一員になってたら、僕たちよりも人気が出てたかもしれないよ?」


 サファイア・キューティクルこと翡翠(ヒスイ)青葉(アオバ)がそう答えた。


 アオバは自身の少年っぽさを活かしたデニムシャツにショートパンツというボーイッシュコーデで統一させている。大きめのマフラーとスポーティなサングラスで顔を隠しており、細めの体躯とあいまって忍者のようなスタイリッシュさを感じさせた。

 特徴的な猫っ毛のショートヘアーは僅かな風でもよく揺れ、質の良いトリートメントの香りを漂わせる。


「あー、それは困る。私センターなのに人気足りないのはだいぶ悲しい」

「でしょ? キューティクルズになれなかったブラックの分も僕たちがしっかりしてなくちゃ」

「うん……。私たちがしっかりしていなかったせいでダーク・キューティクルなんて存在になっちゃったし……。最終公演の時も一番辛い仕事をさせることになっちゃったもんね」

「せめて僕らに出来る事ってなにがあるかな? 僕らがアイディア持ち寄ってもブラックはそれよりもいいアイディアで企画を勧めていたりするから、本当になにも手伝えないんだよね」


 アオバはマフラーの上から顎に手を乗せて考え込んだ。


 その仕草は無意識ながらも可愛らしさを主張できるよう訓練されていた。何度も鏡の前で確認させられるアイドルの見栄えの訓練が、もはや身に染みてしまっているのだ。


 その仕草の見事さに、すれ違いざまの中年男性が思わず振り返る。

 だがその正体にまでは気付けず、中年男性はそのまま通り過ぎてしまった。


 知名度を考えればその二人の正体にだれもが気付けそうなものだったが、魔法の力ゆえか、その二人の姿は色あせて見えた。

 体を反射する光に灰色の光を混ぜて服装の彩度を下げ、眼球への刺激を最小限に抑えることで気配を絶っているのだ。光をつかさどるキューティクルズならではの技能であり、彩度が落ちた彼女らは雑踏の中で高い迷彩効果を獲得していた。


 そんな灰色がかった二人のうち、アカネがやや決意を込めた言葉で答えた。


「やっぱりキューティクルズをより盛り上げていくのが一番の恩返しじゃないかな? ブラックはキューティクルズを支えるために全力を出してくれているわけだし、私たちはそれに応えないと」

「結局そう言う結論になっちゃうか。……でもどうだろ? 僕たちの新曲、次のオリコンいけると思う?」

「あーそっか。それは考えてなかった。どーすんの次。大御所の新作と大ヒットしたアニメ映画の主題歌と、あと話題になったネット動画の一位が一斉に来るんでしょ? ふつーにオリコン一位無理じゃない?」

「次のコンサートで話題性が取れるか次第だね。でももうシャドウももういないし、僕たち結局ブラック頼りだよね?」

「うーん、情けない」

「今後については少しブラックとも話し合わないとかな? ちょっと待ってねアカネ。ブラックがもう事務所に来てるかメールしてみるよ」


 そう言うとアオバはその場で立ち止まり、ショートパンツの後ろポケットから携帯端末を取り出してメールを打ち始めた。


 アカネはその隣で立ち止まり、メールを打ち終わるまで待つ。

 事務所からの言いつけで歩きながらの端末操作は厳禁とされていたのだ。


「あれ?」


 そんなふとした瞬間、アカネは視線を感じて正面を向いた。


 道行く雑踏の中、これから進もうとした道の先に、真っすぐにアカネを見つめている男の姿があったのだ。


「…………」


 その男は今にも話しかけてきそうなほどアカネのことを見ているが、しかし沈黙している。


 彼は身長187センチ程度ある大男だった。まるで鎧のようなハードレザーのロングコートに、フードとマフラーで顔を隠していた。フードに隠れた素顔は闇に隠れて視認できず、目はおろか鼻先すら光に触れていない。手も黒い革手袋をつけているので素肌が見えず、人種すらも謎だ。


 その男は道行く通行人が両隣を通り抜けていこうと微動だにせず、ただ道の真ん中でじっと立ってアカネとアオバを静かに見ていた。


 フードに隠れてその目は見えないが、アイドルとしての感性が確かにその男が向けてくる視線を感じていた。


 だが不気味なことに、その視線からはなにも感じなかった。

 もしファンだとしたら羨望。ライバルアイドルのファンだとすれば敵愾心。ただの通りすがりだったとしても好奇心の眼差しを向ける。


 しかし、まるでなにも感じない。まるで亡霊のように不気味な視線をロングコートの男はアカネに向けている。


 まだ殺意があればその存在が何者なのかも察しが付く。だが、微動だにしないその男の視線は底冷えするほどの重苦しく、えもいえぬ恐怖を感じさせるものだった。


「あ、返信早っ! ブラックもう事務所にいるって」

「え? あー、うん」


 アカネは振り返り、生返事をアオバに返した。


 その瞬間、視線が消えた。


「あれ?」


 アカネが道を再び振り返った時、黒いロングコートの男の姿はなかった。一瞬で空気と入れ替わったかのようにその存在は消失している。


 視線をせわしなく動かして周囲を探るも、男は影も残さず消え去ってしまっていた。まるで幻影のような存在だった。


「どうかしたアカネ?」

「えっ!? い、いや、なんでもないよ! じゃあ、事務所に行こうか」

「……? うん」


 アオバは小さくうなずくと、道の先を進んだ。

 その時アカネの声が僅かに震えていたことに、アオバは気付きもしなかった。


「(なんだったんだろう、今の人? 私の見間違いかな?)」


 アカネが先ほどまで黒いロングコートの男がいた場所の周辺をキョロキョロと探ってみるが、その男の姿は見つけられない。


 気のせいだったのだろう。と、アカネは不安に駆られる思考をやめて、アイドル事務所に向けて歩いていった。


        ▼       ▼


「お疲れ様です!」

「「お疲れさまでーす!」」


 キューティクルズの二人はアイドル事務所の自動ドアをくぐると同時に、元気のいい挨拶を事務員さんに向けて返した。


 ダイアモンド・プロダクション事務所。煌びやかなアイドルの活動とは裏腹に、その建物は役場にも似た地味な内装をしていた。


 キューティクルズの芸能界参入以前は中小規模のプロダクションであったこともあり、駅近とはいえ敷地面積は相当に狭い。一階には事務室と階段と会議室があるだけで目につくものはなく、せいぜいキューティクルズの大判ポスターが階段の壁に貼られている程度だった。


「ねー、ブラック来てる?」

「ええ、二階で外国人を相手に営業かけているみたいでしたよ」

「そっかー、ありがとね」


 アカネは、窓口の男性事務員に簡単に礼を言うと、二階に向けて階段を上る。


 二階に上って最初に見えたのは、窓際の談話エリアのソファー深く腰掛けた、私服のエメラルド・キューティクルの姿だった。


 エメラルドは手に携帯端末を持ち、嬉々とした表情で画面を見ていた。


「ああ~っ! 更新するたびにフォロワーが増えていく毎日が、たとえようもなく楽しいですわ~っ!」

「ミドリちゃんも来てたんだ」

「あら、アカネさんにアオバさん、ごきげんよう」


 ミドリは携帯端末から視線を移すと、ソファーから立ち上がることなく二人に挨拶を返した。


 エメラルド・キューティクルこと、ミドリは、変身後と比べると二回りほど小さくなったドリルヘアーが特徴的な女性だった。

 シンプルながらも品のある深緑色のエレガントコート着こなすその姿は、大人びたファッションモデルのようである。しかし近づいてみるとその小顔にはまだ幼さが残っており、実際、中学生程度の年齢であるからいたしかたないとはいえ、いっそ目元に小ジワが欲しいとさえ思えてしまうような貴族的な少女だった。


「お二人とも、今日のレッスンは休みではありませんでしたこと?」

「あー、そうなんだけど、今後の事で話し合いがしたくって」

「うん、シャドウがいなくなってからは、僕らの今後が心配だからね」


 三人のキューティクルズは窓際の談話エリアに集まって話し始める。

 

「そうでしたか。でもその件では心配ご無用ですわ。早速ブラックプロデューサーが外国人さんを相手に営業を掛けておりましたから」

「あー、それ下で聞いた。私たちがオープニングの演出で悩んでいるのに、ブラックはそれよりもビッグな企画を考えているんだよねー」

「ええ、ブラックプロデューサーに任せておけばなにも気にすることはないですわ。信頼と実績のブラックプロデューサーでございましてよ」

「でも、それだとブラックだけが大変なんじゃない?」

「それならば、私たちはもっと大変なレッスンに励むべきではありませんこと? 私たちがもっともっと輝かなければ、ブラックもファンも悲しみますわ」

「あ、うん。そうだね。一理ある」

「それにフォロワーが増えないと、私も悲しくなってしまいます」


 ミドリは再び携帯端末の画面に視線を向ける。


 その様子にアカネは呆れて苦笑いを作った。


「……ほんとミドリ、SNSにドはまりしたね」

「ええ! とても世間とつがなっている感じがしますわ! 社交辞令ばかりの上流階級なんてうんざりですとも! この文字と画像だけの世界には、どんな愚痴でも言い放題でしてよ!」


 ミドリは両腕を大きく広げて背伸びをすると同時に、にこやかな笑顔をみせた。そのミドリの笑顔は窓から流れる陽の光を浴びて爛々と輝く。


 だが、突然そのミドリの笑顔が曇った。


「……あら? なんだか下が騒がしくありませんこと?」

「え?」


 ミドリは背伸びの途中で力を緩め、階段に向けて耳を澄ませた。


 そのミドリの様子に合わせて他の二人も階下に意識を向ける。


「せやから~! うちらアカネちゃんらと同じ中学なんやってば!」


 階下から聞こえてきたのは関西弁の少女の声だった。

 その声は存外に大きく、階を隔てた場所にいてもはっきりと聞こえてきていた。


 続けてぼやぼやと聞こえてくる「事務所は関係者以外立ち入り禁止です」という事務員さんの声も届いてきた。


「あ~もう! あんたもわからんやっちゃな~!」


 やや苛立ちの混じった声は二階の談話エリアにも明瞭に響く。


 その騒ぎにはさすがのキューティクルズの三人も反応を返さざるを得なかった。


「僕、あの声に聞き覚えあるんだけど」

「あー、わたしも聞き覚えある。隣のクラスの子だよね? 直接話したことはないけど、声だけはいつも聞こえてくるもんね? ちょっとだけ話を聞きに行く?」

「いけませんわ二人とも。きちんとアポを取ってもらわないと困りますわ。事務所ではルールを守らなくてはいけませんことよ」


 ミドリが二人をいさめる言葉を放つ。その言葉の合理性に説得されて、アカネもアオバも談話エリアから動けなかった。


「しゃあないなぁ! キューティクルズ! おるんやろ!」


 キューティクルズの三人が下りてこないことが分かると、階下の関西弁はひときわ大きな声で叫んだ。


「ヒーロー戦隊側の怪人王が、あんたらの殺人予告を出した!」

「えっ!?」


 アカネが驚く。アオバもミドリも同様に動揺していた。


「ヒーロー戦隊は訳あって手助けができひん! せやから、頼りになる一般人の人にボディーガードを頼んだ! あんたらを影から見守ってくれる頼もしい人や! せやけど、あんたらの方でも警戒しときや! 敵は手ごわいで!」


 その脅迫まがいの叫びを聞き、事務員が「お、おい! こいつをつまみだせ!」と大声を上げる。


 その声に合わせて、警備員が慌てて関西弁の少女を押し出しているのであろう喧騒が聞こえてきた。


「それと、シャドウはまだ生きとるで! キューティクルズ! まだ何もおわっとらんのや! これから何かが起こる! 身構えときぃ!」


 その声が聞こえたのを最後に、関西弁の少女の声は自動ドアに遮られてぐぐもった。自動ドアの鍵が事務員によって掛けられ、完全に追い出される。


「えっ、えっ!? あれってどういう意味!?」

「分からないですわ!」

「僕! ちょっと話聞いてくる!」


 アオバがすぐその場から駆け出そうとした。


「お待ちくださいアオバさん!」


 ミドリがアオバの腕を掴んで止めた。アオバの猫っ毛が大きく震える。


「なんで止めるのミドリ!?」

「おそらくあれはヒーロー戦隊の関係者! クロスオーバーだけは絶対にしてはいけないことですわ!」

「ちょっ、ちょっとっ! ああ、もう!」


 アオバはいらだだしくミドリの手を振り払った。

 

 おそらくもう関西弁の少女は雑踏にまぎれて追いかけることもできないだろう。顔を知らないのだから探すことはもはや困難だ。


「どういうことなのミドリ! クロスオーバーってなに!? いや、それよりももっとすごいこと言ってたよ彼女! シャドウがまだ生きてるってどういうこと!?」

「分かりませんわ。ですが、ヒーロー戦隊との接触だけは極力避けなければなりません」

「なんで!?」

「規模が違いすぎますわ! ヒーロー戦隊の相手は怪人! シャドウよりもはるかに手強い相手ですわ! 彼女はボディーガードをつけてくれるとおっしゃってました。彼らの問題は彼らに解決していただくのが一番です!」

「そこだけじゃないよ! シャドウが生きているって言ってたんだよ! シャドウの親玉を倒したはずなのに、どうゆう事!」

「分かりません! ですが、シャドウが怪人とクロスオーバーすればもう私たちの手にはおえませんことよ。ここは彼らとの接触は極力避けて、お互いの問題をそれぞれで解決するべきですわ!」


 アオバとミドリが声を張り上げて叫び合う。


 そんな状況の中、アカネはあわててなにも出来なかった。胸元のルビーを握りしめて、ただこの混乱した状況で二人を見ていた。

 その瞬間、喧騒に加わらなかったことによってアカネは一瞬だけ思考が働く。


「あの声……、そうだ! 思い出した! 銅羅(ドーラ)さんだ!」


 アカネはとっさに、関西弁の少女が見えないかと窓の外を見た。

 接触は避けた方がいいと言われながらも最低限の情報共有だけはしたく思い、名前を叫んで呼び止めるつもりだったのだ。

 

「えっ!?」


 驚愕。


 窓から見えた道路の先、事務所から道を挟んだ歩道に、あの黒いロングコートの男が立っていた。

 最初に見た時と同じ姿で、毅然とした立ち方で事務所の入り口を眺めている。


 その姿は不気味なほど静かで、体躯はコンクリートの塊のように重々しく、二階から見下ろしているというのにまるで小さく見えない。


 そんな男が突然、顔を上げてアカネの存在を見やった。


 夕暮近い陽光が男のフードの中に入り込み、その素顔があらわとなる。


「……っひ!?」


 光に触れたのは凹凸だらけの腐った顔、ギョロリと動く真っ赤な眼球。皮膚は裏返って赤黒い表情筋を晒し、血に染まった瞳孔はアカネの姿を見た瞬間に引き締まった。


 人間では、ないのだ。


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「アカネ!?」

「アカネさん!? どうしました!?」


 アカネは後退し、ソファーに足を引っ掛けて転んだ。そのままソファーに深く腰掛ける形で倒れこむと、両腕を体に張り使えるようにして怯えた。


「大丈夫ですか! アカネさん!?」

「窓っ! 窓の外にっ!」

「窓っ!?」


 ミドリはアカネを気遣ってそばに駆け寄り、アオバは勇敢にも敵を確認しようと窓の外を見る。


「アカネ、なにがいたの!?」

「ゾ、ゾンビみたいな、大男!」

「ゾンビ!? どこ! どこもそんなのいないよ!?」

「そんなっ!? たしかにいたんだよ!」

「いや、いないって! 僕には見えないよ!?」

「そ、そんなはずない!」


 アカネはソファーから勢いよく立ち上がると、アオバの隣に立って窓の外を見た。


 さっきまで確かにいたはずなのに、黒いロングコートの男の姿がない。対角線上の歩道はもちろんのこと、裏通りや店の中、手前の歩道にもその姿はない。


 まるで亡霊でも見たのかと錯覚してしまうほど、その消失の手際は鮮やかであった。


「確かにいたんだよ! 黒いロングコートを着たゾンビが!」

「落ち着いてくださいアカネさん! 誰も疑っていませんわ!」


 ミドリがアカネの肩を支えて言う。アカネは恐怖ゆえに興奮気味になり、肩をやや上下させるほど荒い呼吸を吐き出していた。


「僕! やっぱり外を見てくる!」

「いけません! こういう時こそ固まって行動しましょう! まだ状況が分からないのですから!」


 ミドリは再びアオバの腕を掴み、その動きを制止した。


 そんなとき、奥の応接室の扉が開いた。


「騒がしいですね? どうかしましたか?」

「ブラック!」

「ブラックプロデューサー!」


 応接室の扉から現れたのは、ふくらはぎまで届く長い黒髪の少女、ブラックであった。


 ブラックは四本の爪跡が残る目を不機嫌そうに歪めて三人を睨む。


「ブラック! 今さっき、下の階に――っ」

「ヒーロー戦隊が来たのですか?」

「えっ!?」

「あれだけの大声、応接室にも届きましたよ? 本当に迷惑な話です。今後の予定に支障をきたさなければいいのですが……」


 ブラックは悩ましげな様子で口元に手を当てていた。


 さらにもう一人、応接室からアメリカ人風の男性が歩いて出てくると、ブラックに声を掛ける。


「早速問題かい? プロデューサーさんよ?」


 その男性は堀の深い顔と顎下に髭を蓄えた四十代程度の外国人だった。ハンチング帽にトレンチコートという探偵のような風貌をしており、がっちりとした体形は荒事に慣れている男のそれだ。


 だが何より印象的なのは、両目に掛けられた眼帯である。額で交差させた黒革の眼帯は完全に両目を覆っており、どう考えても視界が確保できていない。

 しかし彼はまるでその眼帯がただのサングラスでもあるかのように普通に歩き、ブラックの近くで立ち止まると彼女の答えを待っていた。


「いいえ、問題というほどではありません。これくらいならば想定の範囲内です」

「想定って、どういうこと!? あのゾンビのこともブラックはなにか知っているの!?」

「ゾンビ? ……いったい何と見間違えたのかは知りませんが、それはさすがに想定に入っていませんね」


 ブラックは悩ましげに目元を伏せて考え込んだ。


 その様子に、両目眼帯のアメリカ人が不安がって声をかける。


「おいおい頼むぜ? 今回は前代未聞の大仕事なんだからな? 俺のような小物は予定の変更に対応する余裕なんてないぞ?」

「柔軟に対応してください。もともと不確定要素の多い企画です。雇い主にもそう伝えて下さい」

「ちっ。俺はただのメッセンジャーに過ぎないんだ。危険なことには巻き込まないで欲しいのだがな」

「あなたは高い報酬をもらって働いているんですよね? では金額程度の仕事をしてはいかがでしょう?」

「残念なことに俺はアメリカ人なんでね。高い給料をもらって、仕事はほどほどに手を抜くのさ」

「……では、結構です。ただし、企画終了後の対価については念を押しておいてください」

「ああ。そっちこそしくじらないでくれよ。でないと、俺も成功報酬が落ちないんでね」


 そう軽く言うと、両目眼帯のアメリカ人男性は階段を下りていき、姿を消した。


「どういうことなのブラック! 何か知っているの!?」

「もちろん知っています。ですがまずは落ち着いてください」


 ブラックは冷静さを見せつけるように平然と歩くと、窓に近付いてブラインドを落とした。


 そしてキューティクルズの三人に向かって振り返り、言った。


「先日、シャドウの復活が確認されました」

「そんな!」


 アオバがその現実に驚く。

 しかしブラックはそれ以上に驚愕の事実を述べた。


「それだけではありません。その復活したシャドウは、ショッピングモールにて自然発生した上、一般人に対して襲い掛かったそうです」

「えっ!? どうして!?」


 アカネが疑問に持つと、間を置かずにアオバとミドリも尋ねた。


「シャドウは僕たちのような強い光の近くでしか生まれないはずじゃないの!? コンサート以外でもシャドウが現れたってどういうこと!?」

「まさか、ついに人々の心の闇が溢れてしまったということですの!? あの深淵の闇を浄化したばかりというのに!?」

「いいえ、分かりません。私のダーク・キューティクルの力でも新しい闇は検知できませんでした。幸いなことにそのシャドウは近くにいたヒーロー戦隊のおかげで撃退することができたようですが、おかげでヒーロー戦隊の怪人王に目をつけられたみたいですね」


 そこまで言うとブラックは懐から携帯端末を取りだした。


「ですが、安心してください。その情報が入った時点ですでに対策は立てています。怪人王の殺人予告は意外でしたが、予定を切り崩すほどではないですね」


 その瞬間、ブラックの携帯端末が短くメッセージの着信音を鳴らして文字を表示させた。


「タイミングのいいことに、ちょうど到着のメールです。ひとまずは安心してもらえることでしょう」


 ブラックはその文字を確認すると同時に、階段から昇ってくる人物を見た。


 両目眼帯のアメリカ人と入れ替わりで階段を上ってきたのは、赤毛の中年女性だった。


「あら? もうみんな集まっているのね?」


 赤毛の中年女性は呑気そうな穏やかな声で言う。


 キューティクルズの三人はその人物を見た瞬間、驚愕した。


「ローズさん!」

「ローズのお姐さん!?」

「あらうれしい。やっとおばさんじゃなくてお姐さんって呼んでくれるようになったのね」


 そう女性は言うと、目元の大きなサングラスを外して懐にしまった。


 彼女はウェーブのかかった赤毛を前髪ごとポーニーテールに編み込んだ女性だった。

 目元にほんのりと浮かぶ小じわ。服装はダークグレーのチェスターコートにデニムのパンツ。キュッと引き締まった脚は長く、着飾らない今のファッションでもファッションモデルとしての才覚を感じさせる。そんなスタイルの良さを誇る女性だった。


 実年齢は判別できないが、目元の小じわが隠しきれなくなっていても充分と若く見える。その立ち振る舞いだけでもファッションモデルの業界人であるとすぐに分かってしまうのは、彼女が【ニューヨーカー・ファッショナブル・キューティクルズ】としての実力がいまだ衰えていないからだった。


「安心してね。私があなたたちを守るから」


 ローズは年季に裏付けされた自信を込めて、そう言った。


「うそでしょ、初代キューティクルズのローズさんが来てくれるなんて……! 一体どういうことなの、一体どれだけの大事なの……!? 一体、何が起こっているの!?」


 アカネは驚きの連続に、混乱した思考を休めることはできなかった。

 レッドローズ・キューティクルという大御所の登場に事態の深刻さを理解し、心臓の高鳴りを止めることもできず、ただ息を呑むしかなかった。


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