【ジャスティスイエロー編】 密会のコーヒーショップ 悪役たちの品評会
「はあ、疲れた……。ニーナ、コーヒーくれ。……ブラックで」
「あら、いらっしゃいイエロー。今、濃いの淹れるわね」
「ああ、たのむ。……戦うのと違って、情報屋の仕事は体力が削られて困る」
飲み屋街雑居ビル四階。カフェ・グリーンマイルの一室で、バーテンダーのニーナと、そして疲れ切った表情のイエローが会話していた。
「ニーナ。ついでに注文を頼んでもいいか?」
「いいわよ? なにが必要?」
ニーナはコーヒーをサイフォンに掛けると、引き出しからメモ帳とボールペンを取り出した。
「ショットガンが欲しい。ソードオフ仕様の物だ」
「ソードオフ? それって本場アメリカでも違法な改造じゃなかったからしら?」
「いや、普通のショットガンのバレルをのこぎりで切り落としてくれるだけでいい。なるべくコンパクトにして懐に隠しておきたいだけだからな」
「分かったわ。水平二連の物なら一週間以内に入荷出来るわね」
イエローは水平二連と聞いて眉をひそめた。
「水平? 骨董品はやめてくれよ。せめて上下二連のやつはないのか?」
「水平二連はコレクションアイテムとして人気があるのよ。上下二連なんて実用品探すくらいなら、セミオートショットガンの方がまだ入荷が早いわ」
「いや、セミオートは趣味に合わないし、かさばるからパスだ」
「そう、じゃあとりあえずは水平二連ね。これはあの怖い一般人の人対策かしら?」
「ああ、奥の手として隠しておこうと思ってな。それともう一つ注文いいか?」
「なにかしら?」
「爆弾だ。アタッシュケースに入るくらいの大きさで、最低でも十キロはほしい。種類は軍用火薬ならなんでもいい。それに遠隔起爆装置と時限爆破装置を取り付けたものだ。とりあえず一つあればいいが、最終的には五つは欲しいところだな」
「分かったわ。でも、これは何に使うのかしら?」
「さてな。まだ決めちゃいない。だが時限爆弾は活用の幅が広いからな。道路を発破したり脅しに使ったり人質の膝にのせたり、とにかくなんにだって役に立つはずさ」
イエローはまるで料理用のパプリカの使い方でも説明するかのような気軽さで、爆弾の注文を頼んでいた。
その危険物の存在に慣れきったイエローを見て、ニーナは何ともいい難い微妙な表情をしていた。
「……イエロー、ずいぶんと悪役らしくなっちゃったわね?」
「もともと私はこんなもんだったろ? 敵が正義の味方になったから悪役に見えるだけだ。……ところで、トミーはまだ来ないのか?」
「少し電車が遅れていて、いま駅に着いたみたいね。……そう言えばイエロー、あなたに伝言があったわよ」
「伝言? だれだ?」
「フューチャーピンクさん」
その名前を聞いた瞬間、イエローはさらに深く眉をひそめた。
「なんだと? 内容は?」
「フューチャーピンクさんが今日うちに来てね。貴方にありがとうって伝えておいてほしいって。内容はそれだけ」
「フューチャーピンクが? なぜ?」
「ほらイエロー、あの最終決戦の日、フューチャーピンクさんを能力で小学生にしちゃったじゃない。そのせいでね、史上初の女子小学生大蔵省大臣が誕生して、内閣支持率が10パーセントも跳ね上がったらしいのよ」
「……まじかよ」
イエローは無意識的に額に手を当てて、いかにもやっちまった感のある落ち込みを見せた。
「もともと財政再建で成功した実績があったから、余計に人気が出たらしいわね。ネームバリューが付いたから、一部でマスコット的扱いをされるみたいよ」
「いや、おかしいだろ!? 誰も何も気が付かないのか!?」
「もともとオーパーツレッドが内閣総理大臣になってから国会は色々とおかしいもの。そんなこと誰も気にしないわ」
「そういえばオーパーツレッドもどうやって北極星から帰ってきたんだ? 四百光年は簡単に帰ってこれる距離じゃないだろ」
「あら? 宇宙から帰ってこられる方法なんてそう何通りもないはずだけど?」
「……まさか、あの連中か? だが、なぜ?」
「もともとオーパーツレッドには貸しがあったみたいね。大昔に困っているところを助けてもらったことがあったんだって」
「だとしてもヒーロー戦隊の大物を運んでくるなんて危険すぎるんじゃないか? 下手打ってクロスオーバーしようものならあいつらにだって全滅の可能性がある。概念エネルギーが溢れかえっているこの時代に、そんな危険な事あいつらがするのか?」
「それでも貸しは貸しだから。きっと彼らの中でも議論したんじゃないかしら? 案の定姿を見せることなく消えていったところを見ると、リスクは最低限で抑えるつもりのようね」
「消えてもらわないと困る。クロスオーバーしたら私だって迷惑だ。……ところで今、オーパーツレッドは何をしているんだ? もう完全に職場復帰できたのか?」
「そう言えばちょうど国会中継やっていたわね? 少し見てみる?」
ニーナはカウンターの下からリモコンを取り出し、部屋の隅にあった小さなテレビの電源をつけた。
『……ブッ!本日の国会もこれにて閉幕。 次週! ついに始まった予算案編成! しかし! 野党の罠にはまった与党は過半数の議員が議会に出席できない事態に! 赤沢内閣総理大臣は牛歩戦術に苦戦し、監禁された与党の仲間たちを助けに行くことが出来ない! このまま新年度予算案は否決されてしまうのか! しかし! 野党優勢の中、赤沢内閣総理大臣に力を貸す者達が現れた! それは、かつて議席数を奪い合った宿敵、共産党の役員たちであった! 犬猿の仲同志で手を組む熱い展開で、果たして与党は過半数の賛成を得ることができるのか! 次回、国会中継! 野党の罠、防衛費を削減せよ! 次週の国会も、お楽しみに!』
「バカじゃねえの!? 国会で好き勝手やりすぎだろ!?」
「もう完全にヒーロー戦隊のノリね。こうなったからにはだれもオーパーツレッドを止めることはできないわ。……それと、また防衛費が削減されるのね。もうトイレットペーパーを買う予算もないって、ミリタリーレッド泣いてたのにね」
「いや知らねえよ! 自衛隊なんて給料泥棒であるのが一番なんだから、別にいいじゃねえか」
「まあ活躍する事態が少なければそれに越したことはないわね。それに国会は……。あっ、トミー君、やっと到着したみたい。今エレベーターから降りてくるから、まずは報告を聞きましょう」
ニーナは視線をバーの出入り口の扉に向けた。
すると同時に、エレベーターの到着するチンッとした音が鳴り、誰かがこの階で降りてきたことが分かる。
そうして少ししてから、扉の鈴を鳴らしてレインコートを着たトミーが来店してきた。
「すまない、遅くなった」
トミーは水滴のついたレインコートを脱いでコートラックに掛けると、イエローとニーナの元まで歩いてきた。
「よう、トミー。呼び出してさっそくで悪いが、今日の親睦会の報告を教えてくれ」
「ああ、分かっている。シャドウの件だな」
トミーはイエローと席を一つ分空けた椅子に座ると、バーカウンターに肘を乗せてイエローに向けて話し始めた。
「あれは間違いなくキューティクルズの敵、人の心が生み出す獣、シャドウで間違いない。襲ってきた理由は不明だが、狙いは間違いなく俺たちだった」
「クロスオーバーはしたのか?」
「いいや、幸いなことにクロスさんが全部対処してくれた。変身はおろか能力すら一切使っていない」
「そいつはありがたい。……しかしシャドウを生み出す劣等感のコアは、二日前のキューティクルズ最終公演の時に破壊されたはずだ。シャドウにそんなことができる知恵はないし、コアの破片が残っていたとしてそれを誰かが投げ込んだ可能性はないか?」
「すまないが正直分からない。俺は親睦会の方に気を回していたからな」
「そうか、まあいいだろう。劣等感のコアを使われたからといってそれが直接キューティクルズ関係者の仕業だと決めつけるのは早いからな」
「ああ、キューティクルズの敵は悪役がいないことで有名だからな。いつだって自然発生する人の心の闇が相手だ。本来キューティクルズ周辺でしか発生しないはずのシャドウが襲い掛かってきた時点で、それは誰かが意図的に発生させなければ不可能だ」
「そうだ。……だがそれについて推理する前に、今日の親睦会の様子はどうだった? レッドにはきちんと説明できたか?」
「ああ、全部素直に納得してくれたよ。あの様子じゃ、少し嘘が混じっていても簡単に信じたんじゃないか? しかも俺とあんたのつながりにもまるで気付いていない様子だったぜ?」
「そうか。まあ、あのレッドが裏切りに気付けるわけがないか」
「俺が怪人王ゾシマの元幹部、って説明した時点で、同じく重要なポストにいたあんたとのつながりを考えてもいいものなのにな」
「あの最終決戦では私はすべての怪人を殺すと宣言していたからな。実際あのとき私はお前だって殺すつもりでいたし、怪人の味方がいないと考えても仕方がない」
「とはいえ可能性すら気付かないとなると不憫だよな。まだニーナさんの能力にすら気付いていないんじゃないか?」
「ああ。きっといまだに変身できない元コーヒー怪人なんだって信じ切っているぜ? ジャスティスレンジャー結成時に組み込まれたスパイだったって説明を聞けば、隠しごとの一つや二つくらいあって当然なんだがな」
「ニーナさんが監視カメラ怪人で、しかもずっと監視されていたって知ったら、きっと気持ちいいくらいびっくりしてくれるんだろうぜ。本当に主人公らしい男だよな、レッドって」
トミーは肩をすくめると、呆れたようなジェスチャーをして見せた。
「これからの事を考えると不安になってくる話だ。あいつがまだ悪役と戦って勝てばすむ問題だと考えているなら、私たちの仕事は相当大きくなるぞ」
「きっとそうなる。ところでどうなんだ? 今回の件と合わせて、どこか動きはあったか?」
「ああ、それはニーナに説明してもらおう。ニーナ」
イエローがバーカウンターの向こう側に視線を向けると、ニーナは砂糖を多めに入れたカプチーノをトミーの前に差し出し、それと同時に話し始めた。
「幸いなことに世界情勢に大きな動きはなかったわ。さすがに動きの速い軍需企業のボニー&クライド社とニューク社は日本に密偵を送ってきたみたいだけれど、オーパーツレッドが二日前に復帰してからは密偵も大きな動きは出来なくなっているみたい。今回のシャドウの件も密偵は情報が得られていないようなありさまよ。彼らは近日中に見つかって強制送還されるでしょうね」
ニーナはバーカウンターの奥に戻り自分用のコーヒーをサイフォンに掛けると、再びリラックスした様子で話し始めた。
「他の四社は出遅れた上に、オーパーツレッドが先手を打って牽制したおかげで日本に密偵を送れなかったようね。エレクトロ・アーツ社に至ってはヒーロー戦隊の技術開発を見限って、今後も独自開発路線を続けるみたい。一番厄介なアメリカの介入だけれど、マイケル大統領がうまく副大統領と各州の兵器開発設計局を抑えてくれたようで動きがないわ。他に大きな動きをしようとしている勢力はなさそうなんだけれど、西海岸のギャングがミリオン・アイズを雇って日本に送り込んだという情報が入って来ているわね」
「ミリオン・アイズか。裏での人探し専門の探偵だからそいつは別件だろうな。おそらくは借金取りか裏切り者の探索だ。しかし放っておくにも厄介だから、一応気には留めておいて、もし首を突っ込んでくるようなら私が処刑してくる」
「お願いねイエロー。それにしてもオーパーツレッドの復帰が早かったのは助かったわね。もう少し遅ければ密偵の数が五倍くらいになってたわよ」
「……まあ、先手を打ってくれたのは助かった。しかし私の立場上、敵対する可能性あるオーパーツレッドはいないでいてくれた方が嬉しいんだがな」
「ええ、まあそうね。オーパーツレッドの能力は怪人王の能力を持ってしても厄介な相手ですものね」
「ああ、万が一でも直接対決する事態は避けたい」
「でも今は共同戦線に近いからいいじゃない。それに、今までヒーロー戦隊を守ってきていたのはオーパーツレッドだったのよ? 第二次世界大戦終結後、アメリカに情報を吸い取られるだけだったヒーロー戦隊が、バブル景気の勢いを利用したとはいえ対等な相互情報授受規約まで結ばせることができたのはオーパーツレッドがいたからこそよ? 他国からこそこそとやってくる情報収集部隊を排斥できたのもオーパーツレッドの実績ですもの。きっとイエローにとっても悪くない働きをしてくれると思うわ」
「しかし徹底はしていない。完全な解決に導くことも出来ないだろうさ。所詮は政治家で、妥協のプロだ」
「……まあ、たしかに基本的に後手に回ってから解決しようとするヒーロー戦隊らしい考え方をしているのは間違いないわね」
「しかも、おそらく怪人との融和も楽観視しているんじゃないか? まず間違いなくこれから厄介な敵がちょっかいを出してくるだろうと言うのに、ジャスティスレッドにすべて任せていたら深刻な事態に発展しかねないぞ? 場合によってはあの融和を早々に引き裂く必要だってある。オーパーツレッドにその汚れ役は期待できない」
「それもそうね。……共同戦線を張るのはいい考えだと思ったんだけど」
「パイプをいまさら作る必要はないさ。こちらからの情報は怪人ファントムの名義で一方的に送りつけてやればいい。監視カメラ怪人とケータイ怪人を擁護する私らの方が情報収集能力ははるかに上なんだ。私らは自由な行動が出来ることに利点があるんだから、それをわざわざ二人三脚で遅くする必要もないだろう?」
「それもそうね。でも、相当強大な敵が出てきたらどうするの?」
「その時はオーパーツレッドをけしかけて、私らは別ベクトルから攻める。その強大な敵の種類にもよるがな」
そこまで聞いて、今まで黙っていたトミーが話しに割って入ってきた。
「もうすでに敵は来ているだろ? 今回のシャドウの件は何らかの外的要因が働きかけなければ不可能だ」
「ああ、そうだな。……予想通り見えない敵が来たわけだ。今はまだどの勢力なのか判断が付かない」
「可能性の話で構わないが、今どんな勢力が候補に挙がっているんだ?」
「可能性は低いが、一番最悪なのはあの強欲なリチャード副大統領が裏にいる可能性だ。そうなれば隠密に優れた暗殺者のインビジブルや、情報収集のプロであるドクター・バグズが派遣されてくる。もっともそいつらはオーパーツレッドとマイケル大統領が目を光らせているから、国境のファイヤーウォールを破ってくることがまず不可能なんだがな。まあ、向こうの大統領が仕事をサボってなければ副大統領が黒幕である可能性は低いと考えていいだろう。同様に七大軍需産業も準備の必要な作戦はとれないだろうから、こいつらも除外だ」
イエローはわりと楽観した落ち着いた口調で話しながら、手元のブラックコーヒーを一口すすった。
「ならまず目を向けるべきは国内だ。近年独立した宮城県ロボット研究所の人造人間どもに、巻き菱自動車の極秘開発部門の私兵部隊。こいつらは近年の業績悪化でケツに火が付いてロケットブースターみたいになっているような状態だから、無理やりにでも新しいヒーロー戦隊を生み出そうと躍起になっていることだろう。それも欲張って自分の管轄下でヒーロー戦隊を独占するつもりで、コアが破壊されたあと怪人王に選ばれるよう悪の軍勢を作っているんじゃないか? 今回はその一環で手に入れた劣等感のコアの破片を試しにヒーロー戦隊にぶつけてみた。そんなところが私の推理だ。上手くすればヒーロー戦隊とキューティクルズの二つを相手に悪役になれるんだからな。独占出来れば何兆という収益と未来技術のデータが約束されるわけだ、中小企業が夢を見るには悪くはない話だろうな」
「そうか、それじゃあ国内の連中が一番怪しいってことか」
「ああ、私はこれからキューティクルズ最終公演の様子を探ってみようと思う。そのときコアのかけらやエネルギーの回収をしている研究員を見つけたらビンゴだ。国内の小悪党が相手なら私が息を吹きかけただけでも死んじまうだろうから。きっと簡単に解決する問題だよ」
そうイエローが言いきった時だった。カウンターの奥で自分用のコーヒーを注いでいたニーナが、とたんに表情を曇らせて静止した。
「……いいえ、残念ながらイエロー、あなたの推理は少し惜しかったみたいね」
ニーナが目を閉じた状態で呟く。
その様子に不穏な様子を感じ取ったイエローは、無意識に苛立ちを感じまたもや眉間に深い皺を作って聞き返した。
「どういうことだ、ニーナ?」
「敵は国内の小悪党ではなかったみたい。……キューティクルズのアイドル事務所に、……今、ミリオン・アイズが入っていったわ」
ニーナは目を見開き、そしてイエローを見て行った。
「してやられたわね。西海岸のギャングはフェイク。最悪なことに裏で糸を引いているのは、アメリカよ」