《エピローグ後日談4》 加速する物語 【日常ギャグ】
「ユダさんたちはどこにいるんだ?」
「そこらのテーブルに座っているってメールに……。っと、いたいた」
少し離れた場所のテーブルに頭一つ飛び出したクロスの後頭部を発見し、トミーはその黒いフードを指で指し示した。
クロスたち五人は合流してフードコートで一足先に食事を取っていた。六人掛けのテーブルにクロスを取り囲むように女性陣が密集し、思い思いの軽食を手元に談話している。
そしてレッドたちが最初に見て取れたのは、ユダが爪楊枝に刺したたこ焼きをクロスの顔面に近付けているところだった。
「はい、クロスさん。あーん!」
ユダは楽しげにたこ焼きをクロスの顔面に近付ける。クロスは困った顔つきで周囲に視線をさまよわせて戸惑っていた。
クロスの両隣りに座ったモリスとドーラの二人は、ユダの突然の行動にただ驚いている。
そしてセラは無関心そうにドリンクバーをストローで吸い上げている。
そしてそれは一瞬の出来事だった。
ユダは一切の隙を与えることもなく、クロスのマフラーを引っ張って空間を広げると、中に熱々のたこ焼きをポンと放り込んだ。
「ヘブゥッ!? へブッ、ホッゥ、ホヴァッ!?」
クロスは盛大にむせ込んだ。
買ったばかりであろう鉄板と同じの熱量のたこ焼きが口腔内で暴れまわり、ほかほかの湯気が呼吸と共に噴霧する。
「ユダっち、ちょっ!? なに放り込んでんの!? 火傷するってそんなん!?」
「あっ!? ごめんなさいクロスさん!? ジュ、ジュースジュース!」
クロスが口から蒸気を吹き出す様子を見て慌てたユダは、手元のドリンクバー(強炭酸)を迷うことなく一気にマフラーの中に流し込んだ。
「ガボヴァッ!? ガボッ、ゴボ、ブボォバァッ!?」
強炭酸飲料はフェイスガードの中で鼻をも覆う。
微細な氷まじりの炭酸は熱々のタコ焼きを冷やしてはくれたが、しかしすぐに飲み込めるほどの生易しい量でもなかった。
クロスは口から炭酸飲料をショットガンのごとく噴出せた。
「ちょっ!?」
「ご、ごめんなさい、入れすぎた!」
「うわわっ! 水浸しやんけ! セラぁ! なんかタオル持ってきて!」
「……どぞ」
「ハンカチしかないんか!? つかなにあんたは無関心気どっとんのや! ちょっとは手伝わんか!」
「……残念ながら、ハイテンションな現場は私の専門ではないので」
「知ったことかぁ! あっちから布巾でも雑巾でも取ってこんかー!」
クロスの周囲ではてんやわんやの大騒ぎであった。
いたしかたないといった様子でセラは雑巾を取りに行き、モリスとドーラは手元にある数少ないお手拭きでクロスの前身と周囲を拭っている。
ユダは手に炭酸飲料のカップと自分のお手拭きを持って、わたわたと両手を前後させて慌てふためいていた。
そんな様子をレッドとトミーは遠目から見ていた。レッドはその様子に思わず眉をひそめる。
「……なんでクロスさんは拷問を受けているんだ?」
「さあ、なんでだろうな? まあユダさんが暴走しているんだろう。それと俺の失策もあるかな? 合流するなんて予想外とはいえ、男女比率四対一になっては肩身が狭いなんてもんじゃない。女子に囲まれた男子なんて、人権なんてないようなものだからな」
トミーは額に手をのせて苦々しい顔を見せた。
クロスの置かれた状況は良く言えばハーレムだが、その実、雌ライオンの檻に放り込まれたぬいぐるみでしかない。
そんな女子空間の異常さに、レッドはただ驚いた。
「クロスさんのキャラをイジるとかあそこの女子連中どうなってんだよ? 一度クロスさんに襲われた身としては、あの状況は正気の沙汰とは思えないぞ?」
「そうなのか? 味方からすればすごく穏やかでいい人なんだけどな。……見た目以外は」
トミーは肩をすくめてみせると、ユダたちの様子を眺めた。
実際にクロスはその凄惨たる自分の状況に文句ひとつメモに書くことなく、必死に手渡されたペーパータオルで喉元をふき取る作業をしていた。
「ご、ごめんなさいクロスさん」
ユダが申し訳なさそうにしながらクロスのマフラーにおしぼりを当てていた。
そんなユダをモリスは思わず睨みつけた。
「ユダっち! 本当に今日くらいはちゃんと落ち着いて行動してよ! この調子だと割と真面目に逮捕者が出るかもしれないんだからね! 傷害罪でユダっちが補導されるか、見た目的にクロスさんが逮捕されるかもしれないんだからね!」
「うっ……。その、ごめんなさい」
「ムッ、ムゥ……」
ユダはシュンと手を引き、視線を落として落ち込んだ。
クロスもついでに見た目を指摘されて落ち込んだ。
クロスはユダを見やった。ユダは怒られて椅子に深く腰掛けて縮こまっていた。
そこでやっとクロスの手がポケットの中のボールペンに伸びる。
僅かに濡れたメモ帳をポケットから取り出し、言葉を速記した。
『別にユダを怒る必要はない 許してやってほしい』
「クロスさん! クロスさんこそ怒らなきゃだめだよ! まだここにきて一時間くらいしかいないのに、すでにもう散々じゃない!?」
モリスの怒りはクロスを気遣ってのものだった。しかしクロスはその怒りに対して丁寧な字で返答した。
『自分は大丈夫だ』
「……そんなこと言って、多少は怒ったりしてもいいんだよ?」
『別に熱々の油を頭から掛けられたわけじゃない』
「うっ! まあ、そうかもしれないけど……」
『怒るようなことじゃない 仲良くしよう』
クロスはそこまで書き切るとモリスの目を見て無言でうなずく。
「……クロスさんがそう言うなら」
モリスはそのメモを見ているとなにも反論できなくなり、ユダを見返して言った。
「ごめんユダ、言いすぎた」
「ううん、そんなことないよ。私も、はしゃぎ過ぎたと思う」
ユダは頭を下げたモリスに対して首を振った。
クロスはそんなユダに対してもメモを見せた。
『気にしなくてもいい たこ焼きもジュースもおいしかった』
ユダはそのクロスのメモを見て、とたんに顔を明るくして喜んだ。
「本当!」
「ユダさん、それは建前です」
ペーパータオルの束を持ってきたセラが心ない突っ込みをつぶやく。
それを聞いたユダは再び落ち込んで視線を下ろしてしまった。
「あう……。ごめんなさい」
「セラぁ! あんたなに余計な事言っとんのや! めちゃくちゃ綺麗にまとまりそうやったっやんけ!」
「反省すべきところでは反省すべきです。親睦会とはいえ節度は必要。今日はまじめにやりましょう」
「真面目ってあんた、……そんなこと言うたら、あんたの方こそ反省すべきなんやないか? そんなこと言うてるから、いつまでたってもうち以外の友達がおらんのやろ?」
「なっ!? ……そ、そんなことあるわけないじゃないですか!」
「じゃあ携帯のアドレス何人あるん?」
「バカにしないでください! 合計で8人登録されてます!」
その瞬間、ユダとモリスはあっ!となにかを察した。
クロスは同類がいたことに憐れむ視線を向けた。
しかしその視線にセラ自身は気付かない。
「そのアドレスつーんは、父親と母親と、うちを含めたミリタリーレンジャーの4人と、あと自分のアドレスやないか?」
「なんで内訳をっ!? ……まさか、ハッキングを!?」
「そんな高度な技能うちに出来るわけないやん。うち、火薬式の機械しか扱えんで? せせやけど8人ってことは、もう一人は?」
「……ユダさんです」
「もうアドレス交換したんかい! つーか数少ない友達ならそんなきつく当たるなや!?」
「し、しかし、反省すべきところは反省すべきと……」
「どーせ家の家訓やろ? あんたん家軍人の家系やからな。せやけどそんなん押しつけたらあかんで! あんたこそ謝りぃや!」
「そんな、私は……」
「反省すべきところは反省すべきなんやろ?」
「うっ……。…………それも、そうですね。ユダさん、申し訳ありませんでした」
セラは真摯にユダに向けて頭を下げた。
「そんなそんな! 謝らなくてもいいよ!? どう考えても私が悪かったわけだし!」
ユダは両手を前にして左右に振ってあわてて否定していた。
「お前ら、なに反省会してるんだ? 親睦会はどうなった?」
「あっ! トミー君!」
セラの背後にまでトミーとレッドが近づいて来てようやく全員がその存在に気付いた。
「ごめんね、大事な話してただろうに呼び出して。でもやっぱり、集団行動じゃないと色々とヤバいことになりそうで……」
モリスが言う。
だいたいの原因であるユダは目を伏せていた。
「いや、二人一組で行動しようと言ったのは俺だ。俺の考えが浅はかだった。反省すべきは俺だろうな。……しかし、フードコートに集まったとはいえ、昼食にはまだ早いぞ? どこで時間をつぶすか?」
「あ、それなら私、ゲームセンターにもクロスさんと行きたかったんだけど」
ユダが控えめに言った。
その意図には、すぐに全員が察することができた。
「ユダさん、ゲームセンターを荒らす気ですね?」
「あー、うん。その気持ち、すっごくわかるで」
「ユダっち、気持ちは分かるけど、下心がすっごい見えてるよ」
「う……」
ユダは心を読まれて気恥ずかしさに俯いた。
だが、トミーだけはそのユダの下心を否定した。
「んっ? 多分みんなが思っているような結果にはならないぜ? 全部の景品を取るのはおそらく不可能だ」
「え、なんで?」
モリスが疑問をもってして言う。
「ゲームセンターの機械は一部を覗いて、一定のお金が稼げるまで景品が落ちないようになっているんだ。クレーンが途中で弱くなったり、ルーレットが滑ったりしてな。どれだけ動体視力がよくても景品は落とせない。タグにひっかけたりすればいけるかもしれないが、最近のクレーンのアームは引っかけることも不可能な造りだったりする。クロスさんの能力を持ってしても、せいぜい取れるのは三割ってところだな」
「へえ、そうなんだ」
そのトミーの解説を聞くと、モリスは頷き、ユダは残念そうな表情をした。
「私ゲーム下手だから、一度でいいから景品を溢れるほど取ってみたかったんだけど」
「それはやめてさしあげろ。最近はどこのゲームセンターも経営がきついって、ゲーセン怪人が愚痴ってたぜ?」
「そうなんだ、それならやめとく」
ユダは素直にうなずいた。
だがその瞬間、再び目的地をなくしてしまったことに周囲は気がついた。
「じゃあさ、これからどこいく?」
「そういやざっきイベントの看板を見たんやけど、なんかイベントやるんやない? それを見にいかへんか?」
ドーラは周囲を見渡すと、吹き抜けの天井から吊るされている、三人のアイドルの写った百号サイズの看板を指差した。
「あれ、うちもよく知らんアイドルなんやけど、大きいイベントみたいやから行ってみぃひん?」
「イベントって、あの音楽イベントのやつか?」
「せやな。なんかテレビに出てたアイドルの来るやつや」
「日付を良く見たのか? キューティクルズのスポンサー応援のライブだろ? あれは来週だぞ?」
「あれ? せやったんか?」
看板には大きく19:00開演! と書かれていたが、よくよく見れば枠の下の方にわかりにくく開催日時が表記されている。
他の会場でも使う予定だったのか、開催日時は張り替えのできる白枠表記だったのだ。
「キューティクルズって、あの魔法少女シリーズの!?」
「え? 魔法少女シリーズってなに?」
モリスが大きく驚き、ユダが疑問を持つ。
その疑問にはトミーが答えた。
「ヒーロー戦隊とは別の正義の味方だよ。あのアイドルの正体は」
「えっ!? せやったんか!?」
トミーの解説にモリスも驚愕した。
「ああ、表向きはアイドルだが、アイドルイベントの一環で悪と戦う正義の味方さ。正式名称はたしか、《ブロードウェイ・スーパースター・キューティクルズ》だったか? 初代が《ニューヨーカー・ファッショナブル・キューティクルズ》で、こっちはファッションモデルの魔法少女。他にも《シカゴ・ギャングスター・キューティクルズ》や、《デトロイト・メタリック・キューティクルズ》とかがいた筈だな」
「へー。そんな正義の味方もいたんだ」
「ユダさんはテレビを見ないのか? ヒーロー戦隊と比べると歴史が浅いとはいえ、今季のスーパースター・キューティクルズは紅白にも出るほどの知名度だぜ?」
「存在は知ってたけど、正義の味方だってことは知らなかった。でも、正義の味方なら、戦っている相手は怪人でしょ。その怪人さんたちとも仲良くなれないかな?」
「いや、キューティクルズの敵は怪人じゃないんだ。人の心の闇から生まれるシャドウっていう動物型のバケモノが相手だ」
「シャドウってどういうの? 喋れる? モフモフしてる?」
「喋れないし、たぶんユダさんが思っているほど可愛らしい動物でもない。なんか悩み事があって苦しんでいる人がいたら、モヤモヤっと黒い煙が出てきて、狼とかコウモリとかに姿を変えて暴れまわるんだ。怪人と比べればだいぶ弱いが、それでも十分凶暴だ。しかし、もう今年中はその姿を見ることはできないだろうがな」
「え? どうして?」
「たしか一昨日あたりのキューティクルズ全国公演最終日が決戦で、シャドウを生み出すコアは破壊されたって話だ。今回のイベントはきっと普通の音楽イベントになるんじゃないか? 普段はイベントのたびにシャドウが出てきて、それを倒すためにアイドルに変身して、そして倒したらそのまま音楽イベントを始める、って内容だったんだ。でも今後は新しいコアが出るまでシャドウが生まれないから、次のイベントはオープニングが少し地味になるだろうな」
「へー、そうなんだ。ちなみにトミー君? 悩んでモヤモヤって出てくる黒い煙って、あんな感じ?」
ユダはこのフードコートの自分の隣の席で俯いている女性を指差した。
その女性は就職活動用のレディーススーツを身につけており、黒い背広の上から黒い炎のような湯気を揺らめかせている。
「ああ、ちょうどあんな感じだ。あれがその人の頭上でどんどん大きくなって…………」
就活生らしきその女性が「落ちた……、落ちた……」とつぶやくたびに黒い湯気は色濃くなり、頭上で湯気が球状に固まっていく。
「……紫色の目がギョロっと出てきてだな」
就活生の頭上の闇がクルリと振り返ると、獣のような鋭い眼光の目がこちらを向く。
「……ゆっくりと爪と牙が生えてくると」
闇の中から銀色に輝く爪と牙が伸びてくると、それに引き連れられるようにしてイヌ科イヌ属の前脚部と口角が生成されてきた。
「そしていきなり襲い掛かってくるんだっ!」
「ガアァァァァァァァァァ!」
飛び出してきたのは闇色の毛並みをした狼だった。
狼はもっとも近くにいたユダの顔を目掛けて飛びかかってくる。
「ヴォォォォォォォォォ!」
もっとも最初に反応したのはクロスだった。
クロスはデスボイスじみた怒声を上げながら、テーブルをひっくり返して立ち上がり、渾身の右フックを狼の喉元に叩きこんだ。
「ギャンッ!?」
狼は空中で回転し、隣の席でハンバーガーを食べていたカップルのテーブルに背中から突っ込んでいく。
「きゃあああああああああああああ!?」
カップルが悲鳴を上げて逃げ出して行った。
その悲鳴にフードコート一帯の視線は狼の元に集まり、休日の憩いの場は崩壊した。
狼の姿を中心として、日常はついに混乱の坩堝へと叩きこまれる。
殺し合いが始まる。




