《エピローグ後日譚1》 クロスさん、ショッピングモールに行く
店舗内包型複合施設
それは、その地域に存在する商店街を絶対に殺す、巨大なショッピングストアの集合体。
92,000平方メートルにも及ぶ広大な敷地面積に、屋上駐車場含めた5,200台にも及ぶ収容駐車台数。そこに六階建ての横に長い巨大建造物が屹立し、宮殿のようなガラス張りの正面玄関がお客様を待ちわびている。
内部は太陽の光を受け入れる吹き抜け構造だ。遊歩道のような緑の用意された長い通路、色彩鮮麗な衣料品店がそれぞれの個性に沿って立ち並び、奥に見えるのは全国展開しているアイスクリームショップと業界最大手のおもちゃ屋さん。店舗の隙間には銀細工を扱う小物屋台やパワーストーンを取り扱う小規模店舗もこっそりと営業し、遠くから聞こえてくるのはゲームセンターのけたたましい電子音。
室内でありながら矢印つきの標識が設置され、食料品売り場、ゲームセンター、トイレ、連絡通路、ホームセンターと、客の求める目的地を大まかに案内してくれている。
それだけ広大な内部容量を擁していながら、秋風が冷たい時期にもかかわらず店内は一部の隙もなく暖かい。
地下に用意された大型自家発電機が、一か月単位200万円以上もの燃料をガボガボ喰らって暖房や照明を維持してくれているのだ。その消費電力は小規模住宅街の総電力にも匹敵するが、それをたやすく用意できるのは大規模建造物ならではだった。
そんな大型ショッピングモールの玄関口付近にて、複数人の男女が会話を繰り広げていた。
「大きぃ~い! ここ、始めてきたよ! クロスさん一緒に行こっ! 私、今日は行きたいところがあったんだ!」
そう喋るのは、髪留め代わりにヘッドホンで長い黒髪をまとめて、薄紫色のポンチョを羽織った少女、ユダだった。
年齢こそは高校生だが、背格好は中学生、そして愛嬌あるはしゃぎ方は小学生。そんな精神年齢が低そうな女子高生のユダは、背後に立っていた黒いロングコートの男に対して嬉々とした表情で声をかけた。
「ムゥ……」
黒いロングコートの男は困ったようなつぶやきを漏らした。
その男、クロスは周囲の人々から頭一つ抜け出た身長187センチの大男だ。威圧的ななハードレーザーのロングコートに、艶のない厚手のライダーグローブ。そして幅広のフードと黒紫色のマフラーで深く顔を隠している。
その露骨に顔を隠したファッションから漂う不審者の香り。ハードレザー装備によって誇張された高身長はまさに悪役。さらにチラリと見える赤い双眸は視線をさまよわせている。
彼の周囲を複数人の男女が親しげに囲っていなければ、子連れの親ならば迷うことなく警備員を呼ぶことだろう。それほどまでにクロスの持つ雰囲気は異質に見えた。
そんな彼の周囲に集まっているのは、中学生高校生程度の一般的な男女だった。
赤いジャケットが特徴的な真面目そうな青年。ジャスティスレッドこと赤井和人。
ウェーブのかかった髪に、夏物のミニシャツを身に付けた薄着の少女。怪人ダスト・シューターこと森須レン。
短髪だが顔鼻立ちの整った、女性受けしそうな落ち着いた雰囲気の男子高校生。怪人パティシエール・ロマンこと富井条。
黄色いスカーフを巻いた女子中学生。ミリタリーイエローこと銅羅黄泉。
同じく女子中学生程度の、白字に赤十字のワンポイントデザインシャツにカーキ色のミリタリージャケットの少女。ミリタリーホワイトこと世良白雪。
彼らは統一感こそないが、いずれも不審な点など何もない少年少女たちだった。
しかも彼らはみな整った顔とスタイルをしており、まさに充実した学生生活を謳歌できる類の勝ち組集団にも見えた。
それが余計にクロスの黒いロングコートの異質性を増長して見せている。
そのクロスさえいなければ、彼らの集団はこのショッピングモールの宣伝用ポスターに利用できるほど清涼な集団に見えたことだろう。
そんな集団の中から一人、ウェーブのかかった髪の少女のモリスが、クロスの隣から抜け出てきて、ユダをクロスの腕から引き離した。
「はいはいユダっち、目的忘れないでね。今日の目的はヒーロー戦隊のみんなと親睦を深めることが目的なんだからね」
「あ、そうだった。ごめんねモリス」
ユダはモリスに謝った。ユダはクロスからやや距離を取る。
だがそのモリスの言葉に、ミリタリージャケットの女子中学生が冷静な無表情を見せてそっけない反応を返した。
「別にかまわないのでは? 今日はヒーロー戦隊と怪人の親睦会ですので。一般人のクロスさんとユダさん一人が抜ける程度ならなにも問題ないとおもいますが?」
ミリタリーホワイトこと世良白雪がそう無関心そうな言葉を紡ぐ。
「なにいっとんのやホワイト! ……やなかった、シロユキ! せっかくの親睦会やないかい! みんなで一緒にいこうや!」
そう大声で反論したのはミリタリーイエローであった女子中学生、銅羅黄泉だった。
その喋り方は関西系らしく、基本的に語尾が上がる関西弁特有の特徴的なものだ。
言葉の内容はともかくとして、周囲を通り過ぎる買い物客が横目にチラリと銅羅の姿を見るほどに、その彼女の声は大きかった。
「……あんまり大きな声で反論しないでください。貴方の言うことももっともですが、あまり根を詰めてもいい結果は得られないはずです。それからイエロー、……ではなくてヨミ、私の下の名前を呼ばないでください。正直私はシロユキっていうキャラではないので」
「んなら、セラ! セラは熱い気持ちが足りひんのよ! そんなドライな関係で信頼が生まれるわけがないやん! つーかうちも名前で呼ぶのやめてくれへんか! ヨミって名前は中二臭くてなんかイヤなんや!」
「そうですか。では、ドーラ」
「……なんで外人っぽく言ったんや! 誰やねんドーラって! うちの名字は銅羅や! ……ああ、確かにドーラって発音してまうな。……んならやっぱり、今まで通りイエローって呼んでくれへんか?」
「イエローだと名称が被るので駄目です」
「せやろな! んもー! ……まあ、それはしゃあない。とりあえずはドーラでもええわ! しかしやっぱり今日はみんなでワイワイやるべきとちゃうんか? 親睦会ってそうゆうもんやろ?」
ドーラはそう言うと振り返り、周囲に賛同を促すように視線を向けた。
それに応えたのは、怪人達のまとめ役として第一線を切っているトミーだった。
「いや、悪くない案かもしれない。全員で一斉に会話しても話に参加できない人が出るから、何人かで別れて親睦を深めるのもありだ。まずは一度二人一組で行動して、昼ごろになってからフードコートに集合するっていう流れはどうだ? なにも全員で同じ店を巡る必要もないだろ? お互い行きたいところもあるだろうし、気が合いそうな二人で組めば会話も弾むはずだ」
何かと幹事や司会進行役に抜擢される事の多い要領のいいトミーは、全員が納得できそうな段取りを即座にスラスラと答えて見せた。
その進行の巧みさに、ドーラも自身のトレードマークである黄色いスカーフを揺らしながらうなずく。だが、同時にあることに気がついて首をひねった。
「いや、トミー先輩、それだとだれか一人余ってしまうで? うちら今7人やろ? フューチャーピンクは仕事で帰ってしもうたし、あのやかましいフューチャーホワイトは雑木林に捨ててしまったしで数が合わへんで? うちまたあの俗物神父を拾ってくるのはイヤやで?」
「クロスさんは人数に数えなくてもいいさ。クロスさんはしゃべれないからな。自然と一緒に行動するユダさんと会話することになるはずだ。クロスさんも、それでいいかな?」
トミーの問いかけに、クロスは黒いロングコートを揺らしてコクンとうなずいた。
「なるほどな! せなら、うちがクジでも作ろか?」
「いや、俺はレッドに少し話しておきたい事があったから、俺はレッドと組む」
「俺に話? なんだ?」
トミーはレッドをチラリと見た。
この中で唯一、レッドと色のあだ名で呼ばれる赤いジャケットの青年は、現在ではヒーロー戦隊側の取りまとめを行っている重要人物となっていた。
その役目はまだ主役であり、かつリーダーであるという象徴的な意味合いもあって、彼はいまだにレッドと呼ばれていた。
そんなレッドはトミーに向けて疑問符を浮かべた視線を向け返していた。
だがレッドが続けてなにか言葉を話そうとした瞬間、その様子を見ていたモリスが、ふと何かに気付いて大仰に驚いた。
「……レッドと二人きり!? トミー君、それは大丈夫なの!?」
モリスは心配するようにトミーに向かって言う。
トミーはそのモリスの驚きに疑問を持った視線を向けた。
「大丈夫って、何のことだ?」
「なんでって、……レッドは、ホモってうわさが」
「はあぁっ!? なんだそりゃ!? 俺は初耳だぞ! 」
そのモリスの言葉には、レッドが目を見開いて驚愕していた。
その出所不明なうわさにどうしようもなく困惑したレッドは、喰いつくようにモリスに向かって質問を返した。
「おい、その噂はどこからの情報だ?」
「えっ? だってレッドはジャスティスホワイトと付き合っているんでしょ?」
「ジャスティスホワイト? 白石が何か関係があるのか?」
「いや、だって。……あ」
モリスは何かに気付いたかのように口をつぐんだ。
ジャスティスホワイトこと白石つかさは、レッドの彼女であり、そして美少女の見た目と性格をした、男性だ。
だがレッドはそのことを知らない。……つまりはそういうことであり、そういうことである。
その話を追った深い追求が始まる前に、トミーが二人の間に割って入った。
「俺はレッドと事務的な話し合いをするだけだ。レッドだって俺とラブロマンスするつもりはさすがにないよな?」
「当たり前だ!? 俺はノーマルだぞ!?」
トミーの問いかけにレッドは当然とばかりに返した。
そのレッドの返答を聞くと、モリスは冷や汗を流しながらレッドから視線を逸らす。
「ではトミー先輩とレッドさんが組むとして、他の組み合わせはどうしますか?」
「あんたも中々動じない奴やなぁセラ」
空気の流れを無視してセラが全員に声をかける。
そのセラの話に乗るようにして、トミーが話をまとめようと口を動かした。
「とりあえず俺とレッドは決定として、モリスはドーラと組んだらどうだ? 物静かなセラと組むよりは話がはずむはずだ。で、セラはユダさんとクロスさんとの一緒の班だ。ユダさんはよく暴走するが、落ち着きのあるセラと一緒なら安心できる。時間を忘れて集合場所に来ないなんてこともないだろうしな。こんな感じでどうだ?」
「私はそれで結構です」
「うちもそれで構わないで。つーかトミー、あんたずいぶんとまとめ役慣れとんのやな」
「まあ、これでも一応幹部の一人だったからな」
「え? せやったんか!?」
「ああ。怪人王ゾシマの元で主に集会の手配をしていた。とはいえ実力でなったわけじゃなく、いわゆる事務方の幹部だ。癖の強い怪人たちを三人一組で行動させて、かつ分裂しないように見張りながら情報を吸い上げる仕事だった。……さて、いつまでも入り口付近につっ立っているのもあれだろ? レッド、俺たちはとりあえず落ち着いた場所で話をしようか。北にあるカフェでどうだ? あそこのカプチーノは俺がお勧めできるほど甘くておいしいぜ?」
トミーはそう言うとレッドの肩をポンと叩いて歩きだした。
「ああ、分かった。行こう」
レッドはその後ろについていく。
そのレッドとトミーの姿が見えなくなりかけた時、ユダはクロスを引き連れながら、嬉々とした表情でセラに話しかけた。
「よろしくねセラ。私の買い物は2階だから、セラも一緒に行こっか!」
ユダの純粋な親しみを込めた笑顔がセラに向けられる。
その笑顔は親睦会の目的や責任感などを無視した、子供らしいワクワク感から来る愛くるしいものだった。
ユダはまるで当然のようにセラの手を握ると、クロスと同様に力を込めて引っ張っていこうとした。
セラは突然手を握られたことに驚いていたが、しかし無理に振り払おうとせず、大人びた落ち着きを持ってして付き従った。
「私は迷子になりませんから、手は握らなくても結構ですよ? 目的地を知らないので、ユダさんが先導してください」
「うん、わかったよ!」
だがユダは手を離そうとはせず、セラの手を引っ張って近くのエスカレーターに向かって歩いていく。
身長差がほとんど無いせいもあり、中学生であるはずのセラが落ち着いた姉のように、高校生であるはずのユダがはしゃぐ妹のように見えてしまっていた。
そしてそこに引き連れられるクロスは、何者であるかという表現は難しいが、その姿が不審者とは言えなくなる程度にはユダとセラの姿は微笑ましかった。
そして最後に残ったモリスとドーラが、お互いに目を見合わせる。
「えっと、それじゃ、よろしくねドーラ!」
一瞬気まずくなりかけた空気に先手を打って、モリスが先に声をかけた。
それに合わせてドーラも即座に挨拶を返す。
「ああ、よろしくな! ところでモリス、うちらはどこ行くん?」
「ああ、それなんだけどね……。少しの間だけ、私たちはユダっち達を離れたところから身守らない?」
「え? なんでや?」
「えっとね、私、ユダっちとの付き合いは長いんだけど、だからこそ、なんだかすごく嫌な予感がするの。ユダっちの今の状態は、なんというか暴走状態に近くてさ、多分周りが良く見えていないと思うんだ。はしゃぎすぎて変な行動起こしそうで怖いんだよ」
「……悪い予感は無視できひんな。女の勘と悪い予感は100%当たるんや。せならうちも付き合ったるで、任せときぃ!」
「ありがとう! ユダっち達は二階に向かったみたいだから、私たちは三階の吹き抜けから見守ろうと思うんだ!」
「了解や! ほんなら行こうか!」
モリスとドーラもその場から歩きだした。
ユダたちの向かったエスカレーターとは違う方向に歩いてゆき、尾行がばれないようにまずはエレベーターに向かって進んでいった。
三者三様に道を進み、やがてショッピングモールの雑踏にまぎれて彼らのその姿は見えなくなる。
もうこの瞬間にはだれもが忘れていた。
今、自分がともに行動している相手は、かつては命を奪いあった宿命の敵であったということを。