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ダークヒーローが僕らを守ってくれている!  作者: 重源上人
VS.法律戦隊ジャスティスレンジャー編
24/76

《サイドストーリー》 ユダっちの恋愛黙示録 【日常ギャグ】

こちらのサイドストーリーは、本編未読でもお楽しみいただける内容になっております。


「ああ~、学校始まっちゃったよ~! やだよ~! 勉強したくないよ~!」


 それは湾岸第七高校の教室の一角での話。

 勉強机に頭から突っ伏したモリスが、学生なら誰もが思うような愚痴を口にしていた。


「でもモリス、学校も悪いことばかりじゃないよ? だって仲のいい人たちとまたお話ができるし、学校でしかできないイベントだってあるじゃない。文化祭とか、運動会とか」


 それに反論する形で、モリスの机の向かい側に座ったユダが話しかけた。


「ユダっちはあっちこっちに友達がいるからいいかもしれないけどさ~。普通はそんなに顔が広いってことはないんだよ? ユダっちだけだよ? この学校のほぼすべての学生と顔見知りなのは?」


「そんなことないよ? 挨拶するついでに、一言二言お話しするだけだもん」


「も~! そんなこと言っているからさ、ユダっちは真性の無自覚悪女なんて変なあだ名付けられてるんだよ!」


「ええっ!? なにそのあだ名?」


「自覚なかったの!? だってユダっち、いかにもモテなさそうな男子にだって声をかけてさ、その上楽しそうに会話するでしょ? おまけに褒めるとこ無いような男子のいい所をわざわざ見つけて褒めたりするし。一体何人の男を勘違いさせてきたと思っているのさ!」


「勘違いなんてさせたことはないよ? だって普通にお話してるだけだもん」


「なにとぼけているのさユダっち! 昔からいろいろやっちゃってたじゃない! 例えばほら、血のバレンタイン事件とか忘れたの!?」


「血のバレンタイン事件!? 私そんな恐ろしそうな事した覚えないよ!?」


「あれ忘れたの!? ほらあれだよ! 中学二年生の時のバレンタインだよ! ユダっちバレンタインを知らなかったから、私が教えてあげたじゃん! そしたらさユダっち、なにをとち狂ったか次の日学校の男子全員にチョコレート配ったでしょ!?」


「ええっ!? それのどこが血のバレンタインなの!?」


「思いっきり男子が血の涙を流したからだよ! ダイヤとかスペードの形に混じってハート型があったりしてさ、一体どれだけの男子が勘違いしたと思っているのさ!?」


「勘違いって、あれ全部義理チョコだよ! 渡す時にそう言ったもん!」


「そんな言葉で納得する男はいないよ! 絶対深読みするに決まってるじゃん! だってバカで思春期な中学男子どもだよ!?」


「そんなこと言っても……。みんな喜んでくれたし……」


「そりゃ喜ぶでしょうね! ユダっち美少女だもん! でも、その後いっぱい告白されたでしょ? それはどうしたの?」


「もちろん、全部断ったよ?」


「鬼畜か、おのれは!」


「だって、恋愛とか全然分かんなかったし……」


「……よくそれでバレンタインやろうと思ったね?」


「チョコレート作りが思いのほか楽しくて。……あと、みんなと仲良くなれるいい機会だと思ったんだ」


「……まあ、男子にとってもいい経験だったかもしれないね。あの少年たちは大人の階段をカタパルトで登って、大空高くまで消し飛んだんじゃない? ……とにかくさユダっち、ユダっちはもう、バレンタイン禁止!」


「ええっ! 来年はクロスさんに送ろうと思っていたんだけど!? クロスさんはダメ?」


「クロスさんに? ……他の人には送る?」


「……義理は作る予定だった」


「なら却下! ユダっちのせいでカップルが二組ほど破局したんだからね! ユダっちはチョコレートの殺傷能力を知らなすぎる! あれは遊びで作っていい代物じゃないんだよ!」


「分かったよモリス! 来年はクロスさんだけにする。チョコレートは一個だけにするから!」


「それは本命?」


「もちろん本命!」


「それならよし! まあ、次のイベントはクリスマスだから、まだ考えるにはだいぶ早いけどね。そう言えばクリスマスパーティーはどこでやる? クロスさん家だと10人はいけるだろうけどそれ以上は厳しいよね? だとすると他には――」


 それは、いきなりの事だった。


「ユっ、ダっ、さーーーーーーーーん!!」


 校舎の窓向こう、校庭から、やかましいほどの叫び声が響き渡った。


 ユダとモリスは驚くと同時に、反射的に窓の外を見た。

 さらには昼休み休憩中だった他の生徒達や教職員達も窓をあけて校庭を見る。


 校庭には300メートルランニングトラックの輪の内側を目いっぱい使って描かれた、「好きだ」の三文字が踊っていた。

 そしてその文字の中心には野球服を着た坊主頭の青年が立っており、彼は両手を後ろ手に組み、両足を肩幅まで広げて、そして覚悟を決めたかのような精悍な表情にてさらなる大声で叫ぶ。


「ユダさんっ! 始めて貴方を見た時から、貴方の事が好きでした! 貴方の事が大好きです! どうか僕と、付き合って下さい!」


 青年は深々と頭を下げた。


 その坊主頭の青年の分かりやすい告白に、校舎中から「おお~!」と感嘆の声が響く。


 その大胆な告白に、モリスが呆れた。


「わ~お! 言ってるそばからこれだよ! あの人、野球部のキャプテンだよね。しかもなんて古臭い告白なんだろうね! ユダっち、あの人どうする!?」


 ユダはモリスの言葉が終るのと同時に、窓から体を乗り出し、野球部のキャプテンに向けて大声で答えた。


「ごめんなさ~い!!」

「一言で切り捨てた! さすがだぜユダっち!」


 ユダの断りの言葉に合わせて、校舎中からテンションの下がるような落胆の声が響いた。


「ユダさんが相手なら仕方ない」「キャプテンでも駄目なのか」「ユダさん誰が相手なら付き合うんだ?」「キャプテン公開処刑かよ、可愛そうすぎて泣けてくる」そんな雑声が往々にして響く。


 しかし、それでも野球部のキャプテンは諦めることなく、力強い仁王立ちのまま再び声を張り上げた。


「ユダさんっ! たとえ貴方が僕の事を嫌いでも、僕は貴方が大好きです! 僕に駄目なところがあったなら、僕は貴方の好みに合わせて変身して見せます! 頭のいい男が好きなら、僕はどんな大学にだって合格して見せます! お金持ちが好きならば、僕は実家の大企業だって継いで見せます! 僕のこの顔が嫌いなら、整形だってして見せます! だからユダさん! どうか僕にチャンスを下さい! どうか僕に、貴方を守らせて下さい!」


 野球部のキャプテンはそう叫び終えると同時に、再び深々と頭を下げた。


「わぁお! さすが野球部のキャプテン! 諦めないね! さあどうする!? あれは手ごわいよ!」

「どうしよう、私、恋愛なんてしたことないから分からないよ……。それに、私にはクロスさんがいるし……」

「じゃあそのことをそのまま伝えれば? おーい! キャプテーン! ユダっちには好みの男性がいるんだってー!」


「本当ですか!? お願いですユダさん! ぜひ教えてください!? 僕はその理想だって越えて見せます! 僕はきっと、世界一の男になって、貴方の隣を歩いて見せます!」


 野球部のキャプテンは胸を張り上げて叫び、ユダに懇願した。


 ユダは少しばかり戸惑ったが、やがて窓から顔を乗り出し、校舎中に聞こえる声で颯爽と答えた。


「えっとね! じゃあまずは、……全身大火傷でね!」

「えっ!?」


 野球部のキャプテンは驚愕した。


 校舎中から、「焼身自殺して出直してこいってことか?」「一体どんな男の趣味だよ」「なにをどう間違えたらそんな返答になるんだ?」との困惑の声が往々にして上がった。


 さらにユダはキャプテンを追い詰めるべく、矢継ぎ早に言葉を続ける。


「それで、身長が185センチ以上あってね!」

「身長っ!? だが、それくらいは今の時代なら整形で何とかっ……!」


「専門の学者でも解けない数学の問題を、一瞬で解けるほど頭が良くてね!」

「数学! い、いや、今から勉強すれば数学者になろうと思えばいくらでもっ……!」

 

「銃弾を見てから避けれるくらい視力が良くてね!」

「銃弾んっ!? せ、せめて、デットボールを避けるくらいで妥協していただければ……」


「あとね、暗いところだと目が赤く光るの!」

「もうそれは人間じゃないですよね!?」


 忍耐強い野球部のキャプテンでもたまらず突っ込みを入れざるを得なかった。


 たとえどれほどハイスペックな野球部のキャプテンでも、ユダの隣に並び立つことなど不可能であると証明された瞬間だ。


「オッケーユダっち! やっぱりあんたはゲスの極みだわ! 男の純情をズッタズタに引き裂きやがったぜ!」

「えっ!? 私はそのままのことを言っただけだよ!」

「だからこそユダっちは恐ろしいんだよ!」


 モリスとユダは顔を見合わせる。悪気のないユダは困惑の表情を見せ、モリスはそれが愉快だったのか、ニコニコ笑顔で笑っていた。


 校舎中の面々は、完全敗北を喫した野球部のキャプテンに対して、「ドンマイ!」「相手が悪かっただけだって!」「キャプテンが駄目なんじゃない! ユダさんが強すぎただけなんだ!」と励ましのエールを一斉に送っていた。


「う、うおおおおおおおおおおお!」


 野球部のキャプテンはその場で倒れ込んだ。両肘両膝をグラウンドに張り付け、砂利が吹き飛ぶほど大声で叫ぶ。


 全校生徒の前で犯した派手な失恋に、もはや立ち直れないほどの傷を負うこととなったキャプテンはもはや叫ぶしかなかった。


 その絶叫は観衆に憐みを感じさせるほど無様であり、さらにはグラウンドにでかでかと書かれた「好きだ」の三文字が追い打ちをかけて哀愁を漂わせた。


「くぉらぁ! タチバナぁ! 勝手にライン引きを使って神聖なグラウンドに文字を書きやがってぇ!」


 そして間の悪いことに白シャツにジャージズボンの体育教師が、野球部のキャプテンの元まで走って来ていた。


「げぇ! 生活指導のシロザキ先生だ!」


 校舎の中から誰かが叫んだ。


 その筋骨隆々の体育教師は怒り心頭といった様子で、野球部のキャプテンの正面まで全力疾走で駆け寄ってくる。


「せ、先生ぇ……」


 野球部のキャプテンは顔を上げてつぶやいた。


 キャプテンは皺くちゃに眉をひそめており、今にも泣き出しそうなほどみじめな表情をしていた。

 体育教師はその顔を見るや否や、襟首を掴んでキャプテンを無理やり立ち上がらせて、そして肉薄するほど顔を近づけると爆音のような怒声を響かせた。


「なんだその情けない顔はぁ! 失敗がなんだ! 失恋がなんだ! お前は良くやった! かっこよかったぞ! 恥なんて微塵もない男気溢れるいい告白だった! お前は全力を出したんだ! 胸を張って、学校に帰ってこい!」


 体育教師はキャプテンの襟首から手を離すと、ユニフォームについた砂利をはたき落として背筋を真っすぐに立たせた。さらに野球部のキャプテンの腰に平手打ちを加えて背筋をピンとさせると、再びうなだれさせることなくキャプテンを校舎に向け直した。


 野球部のキャプテンは体育教師を振り返って涙目で見やる。


「せ、先生ぇ!」


 野球部のキャプテンが耐えきれなくなり、つい涙をこぼしていた。


 その瞬間、体育教師はキャプテンから視線を外すと、校舎にいる生徒に向かって叫んだ


「野球部員っ! 全員集合ぉぉぉぉっ! タイヤを持ってこい! タイヤ引きのタイヤだ! グラウンド100往復して、あのバカでかい文字を消してやるんだ!」


 体育教師の叫びは全部の教室に隙間なく響いた。


 その瞬間だった。坊主頭の男子生徒達が十数人ほど、絶叫しながら窓から飛び出してくる。


「おっしゃぁぁぁ! 待ってろキャプテン! 今行くぜぇェェェ!」

「キャプテーーン! あんたは良くやったー!」

「うおおおおお! そんな黒歴史消してやるぜええええ!」

「湾岸第七高校! ファイっ! オー!」

「「「「「「「ファイっ! オー!」」」」」」」


 場所によっては二階の窓から飛び降り、ブレザーとシャツをそこらに投げ捨てながら坊主頭の男子生徒達は一斉に駆け寄ってきた。


 男の奔流がグラウンドに向かって一直線に突き進む。内履きのままグラウンドに駆け出し、道具置き場から紐付きの廃タイヤを引きずってくると彼らは暴れるように走りまわった。


「うぉぉぉぉぉ! みんなぁぁぁぁぁぁぁ!」


 野球部のキャプテンは涙ながらに叫んだ。その感涙しながらの絶叫は校舎中に響いた。


「うし! キャプテン! お前も参加して来い! 今日の五時間目と六時間目はさぼって野球部のトレーニングをすることにするぞ! 俺は他の先生方に土下座してくるから、お前らは俺が返ってくるまでにその文字を消しておけ!

「「「「「「「オッス!!」」」」」」」

「うぉぉぉぉぉぉ! 先生ぇええええええええ!」


 野球部のキャプテンは体育教師に抱きついた。体育教師の厚い胸板にキャプテンの顔が深くうずまる。


 体育教師はそのキャプテンの肩を優しく二回叩くと、校庭中で暴れている野球部員に向けて指を差した。


「ほら、キャプテン! お前も行って来い! お前が頼る仲間は俺じゃなくてあいつらだ!」


 野球部のキャプテンは顔を上げてグラウンド内の野球部員を見た。


 部員たちは一心不乱に校庭中を走り回っている。その様子に胸を撃たれたキャプテンは体育教師の胸から離れると即座に素早い一礼をして、迷うことなく部員たちの中に飛び込んだ。


「キャプテン! あんたの分のタイヤだ!」

「今の僕には一つじゃ足りない! あと十個くらいよこせ! うおぉぉぉぉぉっ!」


 野球部のキャプテンは近くの部員からありったけのタイヤの紐をひったくると、もはやなにも考えずに乱雑な角度で校庭内を往復した。

 

「みんな! キャプテンに続けぇ!」


 誰とも知れぬ野球部員が叫んだ。野球部員たちはキャプテンの背後に続き校庭内を無作為に駆け回り、白い砂埃を巻き上げて文字を消していった。


「湾岸第七高校! ファイっ! オー!」

「「「「「「「「ファイっ! オー!」」」」」」」」


 暑苦しい絶叫が校舎中に響く。


「ねえユダっち、ちなみにあのキャプテンに何か紛らわしいちょっかい出したわけじゃないよね」

「ちょっかいなんて出してないよ? 野球部には大会の必勝祈願で、手作りのミサンガを配ったくらいかな?」

「だから今年の野球部、甲子園まで行っちまいやがったのか……。じゃあさ、キャプテンにだけ特別扱いしなかった?」

「特にはしてないよ? でもキャプテンだったから、一つだけあった色違いを渡しただけかな?」

「オッケーユダっち、あんたはやっぱり腐れ外道だわ!」

「ええっ!? なんで!?」


 ユダはその評価に困惑した。


 その日の学校の授業では、しばらくやかましいほどの野球部員の絶叫が響くこととなった。五時間目六時間目の授業を誰もが集中できなかったのは言うまでもない。


 そしてもちろん、その後、ユダに対して告白する愚か者はいなくなりましたとさ。



 めでたしめでたし?

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