第十九話 ラストバトル! クライマックスは総力戦! 信じる未来に魂を込めて!
「全員! あの赤目を守れ! 彼がこの戦いの勝利のカギだ! 絶対にイエローに攻撃させるな!」
全員がジャスティスイエローの攻撃意思を察し、誰もが同時に武器の照準をイエローの眉間に向け直した。
個々人の狙撃技能などもはや関係なく、その照準は一ミリの狂いもなくイエローの眉間の中心で固定される。その統一感には不気味さを感じるほどだったが、だがイエローはその赤眼の集団に対して怯えることなく、むしろより強い殺意を見せて叫んだ。
「クロス! お前だけは絶対に殺してやる! お前を殺した瞬間、私の勝利は確定する! ならば、この駆け引きが最終決戦になるぞ! 覚悟しろ!」
イエローは無造作に左腕を前に突き出した。だが、その握りこぶしを握った左手はどこかに向けるわけでも、能力を発動させるわけでもなく、ただまっすぐに前に伸ばされていた。
「なにをする気だ!?」
誰もがそのイエローの行動の意図を理解することはできなかった。クロスの計算能力を持ってしても、イエローのその行動の意味が計算出来ない。
だが、正確には次の行動は予測できた。イエローは次に右腕を振り上げ、そして振り下ろす未来が見える。しかしそこまで予測しても、誰もがその行動の意図を理解することはできなかった。
「ぐ、おぉぉぉぉぉ!」
イエローは叫びながら手を振り下ろし、鋭く尖った爪を自分の左腕前腕部に深々と突き刺さした。爪は腕の装甲を貫通し、血液の代わりにエネルギー体である黒い靄を勢いよく噴出させる。さらにイエローは貫いた左腕を爪で引き裂き、左腕の装甲と中の硬い皮膚を引きちぎって破壊した。
「なんだ!? 自分で自分を!?」
「ええっ!? イエローはいったい何がしたいの!?」
誰もがイエローの自傷行為に理解を示せない。
イエローは自ら死にかけようとしているようにも見えた。その行為に利点などありえるはずなどなかった。
「ぐうぅぅぅぅっ! まだまだぁっ!」
イエローは大きく口を開くと、さらに自分の左手首に喰らいつき、半分ほどまで肉を噛みちぎった。噛みちぎられた手首が半月状に窪み、くぼんだ手首と切り傷からは暴風のような勢いで体内の黒い靄が噴出していった。
黒い靄の噴出量は尋常ではなく、あきらかに戦闘に支障が出るであろうほどのエネルギーをイエローは消失させていっていた。
「ぐっ! さあ、最終決戦の始まりと行こうじゃないか! 悪いが、先手は私が頂いた!」
イエローはさらに左腕前腕を右手で掴み、バキバキと音が鳴るほどの強さで握りつぶしていく。その腕から押し出される勢いで、辺り一面にまで黒い靄は噴出した。
その黒い靄は天井近くまで宙を舞い上がり、全員の頭上にまで降り落ちてくると、全員の視界を完全に覆う真っ黒な血霧となった。
「うっ! これは!?」
「しまった! これは煙幕だ!? 何も見えないと計算が出来ないぞ! イエローはこれを狙っていたんだ!」
辺りが騒然とする。
黒い靄のせいで視界が無くなり、全員が右往左往していた。赤目で統一されていた動きも焼失し、やがて自分の手すら黒さに滲んで分からなくなってくると、情報量不足でまともな計算は出来なくなっていた。
だが、勘のいい戦士たちはある一つの事だけは分かっていた。イエローの巨体の気配が、すでにその場にいないことに。
「まずい! 赤眼だ! イエローは赤眼の男を狙っているぞ!」
仕立てのいいスーツを着た男が叫ぶ。
だが……。
「もう遅い! 勝負には私が勝った!」
「か、神よぉぉぉぉぉぉ! ぐえっ!」
頭上から現れたジャスティスイエローに、フューチャーホワイトが踏みつぶされた。
その瞬間、クロスの体を支えていたミリタリーホワイトやフューチャーピンクの目から充血が消える。それはつまり、能力による優位性が一切消え去り、勝ち目が消失しているという状態だった。
イエローはダランとぶら下げた左手から黒い靄を巻き散らかしながら、迅速な動きでクロスを掴もうと右手を伸ばした。
「フューチャー医療奥義! サウザンド・レーザーメス!」
「90年式モシン・ナガン! オーバーロード・ショット!」
フューチャーピンクとミリタリーホワイトが同時に、千本の浮遊する医療用光学メスと、火薬超過させた7.62㎜ライフル弾を改造ライフル銃から放った。
だが千本の光学メスはイエローの全身の装甲に傷一つ付けることができず、7.62㎜ライフル弾もとっさに掲げられたイエローの右手の手甲にはじかれた。
「邪魔だ! どけ!」
「きゃあっ!」「ああっ!」
振り払われたイエローの右手にフューチャーピンクとミリタリーホワイトがはじき飛ばされた。軽乗用車と同じような衝撃力を持った攻撃は、二人を三メートル離れたところまで転がして打ちのめす。
クロスの体を支える人がいなくなり、クロスは背後に倒れ込んだ。
そのクロスの背を再び支え、何とか助けようと近寄ってきたのはユダだった。
「クロスさんは傷つけさせない! 貫け! 百円玉!」
ユダはクロスを片手で支え、もう片手をイエローに向けた。その動きに合わせて地面から何万枚もの百円玉が生成されてゆき、騎乗槍のように連なるとイエローに向かって襲い掛かってゆく。
だがその何本もの百円玉の槍の刺突も振り払われたイエローの右手によってたやすくバラバラに打ち砕かれ、電磁力を失った砂鉄のように百円玉は一斉に地面にばら撒かれた。
「いい加減、うぜぇんだよ!」
「きゃっ!」
イエローの拳がユダに向かって放たれた。
ユダはそれをとっさに引き寄せた百円玉の壁で受け止めようとするも、壁は受けきれず湾曲してユダを壁ごと弾き飛ばす。
クロスの背後にユダはいなくなり、クロスは地面に背中を打ち付けて咳き込みながら喀血した。
「今度こそ死ね! クロス!」
象よりも巨大なイエローの片足がクロスの真上で持ち上げられた。その一トン近い獅子の爪の生えたイエローの足が、クロスの全身を影で覆う。
クロスの体が踏みつぶされる。
その瞬間。百円玉に埋もれていたユダが急いで身を起こし、クロスに向けて片手を伸ばした。
「クロスさんの中の鉄の硬貨よ! こっちに来て!」
「ヴッ! ヴォゴォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
クロスは激痛に叫ぶ。
イエローの足がコンクリートの床を破砕する瞬間、クロスの体はその腹部を中心にくの字に折り曲げて、地面を滑るようにユダに引き寄せられて移動していた。
「ごめんなさいクロスさん! たぶん、今のはすごく痛かったと思う!」
痛いなんてものではない。体の内側を引っ張られて地面を引きずられたのだ。その証拠に、引きずられた地面にはクロスの太い血の跡が残っている。
「っつ! この野郎!」
イエローは回避されたことに対して苛立たしく叫んだ。すぐに右手を掲げ、今度は手を伸ばしてクロスを引き裂こうと爪を開く。
「クロスさん、本当にごめん!」
「ヴゴォォォォォォォォォォォォォォ!」
ユダはその場から駆けだした。クロスもそれに合わせて激しく叫ぶ。
ユダは握りしめた拳を引っ張り、まるでそこから見えない糸がクロスの腹部につながっているように引き寄せていく。反作用がないのか、全力疾走で走るユダと同速のスピードでクロスは床を滑っていた。
イエローが振り抜いた爪は、クロスのコートの端をかすってコンクリートだけを切り裂いた。
「っこの! ちょこまかと!」
イエローはユダとクロスを追いかけた。
ユダは全力で逃げたが、歩幅の違いもありイエローが三歩も歩けばユダはすぐに追い付かれる。ユダはそれでも走ったが、イエローがさらに一歩踏み込んだただけでその距離は爪の届く範囲まで狭まっていた。
「さっさと死ねっ!」
今度こそ避けられない勢いで、イエローの爪の振り下ろし攻撃がクロスの胴体めがけて放たれた。
「伸びろ! 大なわとび!」
「塹壕クリエイト! 有刺鉄線!」
「ポリス捕縛術、秘儀手錠投げ!」
「連なれ海パン! 夏の新作セレクション!」
「ノウゼンカズラの蔓よ! ジャスティスイエローに絡まれ!」
イエローの右腕に大縄跳びの紐が絡まった。
傷だらけの左手首には手錠が。腰には有刺鉄線が。左肩には結んで連なった水着が。そして全身につる性植物ノウゼンカズラの蔓が絡まり、イエローの動きはぴたりと止まった。
「ぐっ!」
イエローの振り落とされかけた手が止まる。
ユダはその隙にクロスをさらに遠くまで引きずっていき、安全圏内まで離れた。イエローは震えるほどに腕に力を込めたが、その手がそれ以上振り下ろされることはなかった。
「捕まえたぞ! みんな、このロープを引っ張れ!」
「もっとだ! もっと絡みつかせろ!」
さらに白シャツの体育教師が放つ綱引きのロープ。サンタクロースが投げる電飾と配線。キャバ嬢らしき女性の投げる蜘蛛の糸。消防士の投げる消火栓のホース。それらが全て連なり、そして重なってイエローの体に絡まっていく。
「ぐっ! ぐぐっ!」
手を振り上げた姿勢のままイエローは静止する。幾重にも巻きつけられたロープや植物は全霊の力を込めても引きちぎることが出来ず、イエローの足の爪だけが深くコンクリートに食い込んでいった。
「クロスさん!」
離れたところまで逃げ切ったユダはクロスに駆け寄った。ユダはクロスの体内の鉄貨を引き寄せることをやめ、すぐ隣に立ってクロスの腹部の傷口に手を添えた。
「グ、グゥ……」
クロスはユダの補助を受けて背中を起こした。そしてクロスは、目の前で拘束されたイエローを赤い目で睨んでいた。
イエローもまた、クロスを眼球のない黄色い目で、クロスを睨み返していた。
「引けぇー! 引っ張るんだー!」
白シャツの体育教師が叫ぶ。体育教師はその腕に巻き付けた綱引きの縄を少しずつ手繰り寄せた。
さらにはダンサー、花屋の店員、自衛官、キャバ嬢。彼らもそれぞれ繰り出した糸や鎖を全力で引く。されには糸などを出せなかった野球選手やレインコートの少女といった人たちも、掴めそうなロープや糸を掴むとその糸を体に巻きつけて引き寄せた。
やがてそれは、この場の全員を巻き込んだ綱引きに発展していった。
「っく!?」
イエローは右足の爪を滑らせて膝をつく。滑らせた右足が背後に引き寄せられていき、さらにイエローはバランスを崩す。右手で地面を掴み、再び右足の爪を地面に突き立てて力を拮抗させた時には、イエローはクロスを睨む余裕もなくなっていた。
「こっちだ! こっちまで引っ張って来てくれ!」
ジャスティスレッドが壁の近くで叫んでいた。
綱引きに参加する戦士たちのはるか後ろで、レッドはジュークボックスのような機械を黒い木箱の中から取り出していた。
綱を引く戦士たちはそのレッドを振り返る。そこにはレッドが取りだしたその機械と、それを組み立てる何人かの仲間の姿が見えた。
「コネクターってどこにあるの!?」
モリスが説明書を読みながら言う。
「ここにそれっぽいものが入っていたぞ! 多分これだ!」
トミーがジュークボックスの後ろから、ビニール袋に入っていた先端のとがった一メートルほどの長さの金属棒を取り出していた。そしてその金属棒を袋から出すと、モリスが見つけてきた赤い延長コードのような配線を棒の反対側に取り付ける。そしてその配線の反対側の接続部を手繰り寄せると、装置本体につなぎ合わせる場所はないかと探しだした。
その機械が組み立てられていく様子を見たイエローは、その機械の正体にすぐに気が付いた。それは絶対に活用できるわけがないとイエロー自身侮っていた、イエローが自身の父と共に作り上げた未完成の決戦兵器だった。
「強制変身解除装置か! 直接私につなげる気だな!? くっ! だがそう簡単に行くと思うなよ!」
イエローは腕と足を振るい、暴れた。
左腕は自分で傷つけたことが原因で力を込められないが、片手と両足だけでも十分すぎるパワーをイエローは残していた。肩を揺らし糸の張力に揺さぶりをかけ、僅かに力の弱まった瞬間にイエローは片手と片足を前に引き寄せる。
イエローの膂力と脚力は一本で十人以上の力と同等以上の筋力を有していた。ほんの僅かな予断も許されないこの綱引きに置いて、一人二人がバランスを崩して綱を緩ませるだけでもその均衡は崩れてしまう。
「うおっ!」「きゃっ!」
何人かがイエローの動きに合わせてよろめき、足を滑らせた。
それがイエローにさらに前進させるだけの余裕を与えた。イエローが進んだのは半歩にも満たない距離だったが、地面から生えた有刺鉄線やノウゼンカズラがいくつか引きちぎれていく。
だが、イエローの体を自由にするには至らない。千切れた鉄線や蔦は再び生えてくるとイエローに巻き付き、さらに強固にイエローを拘束した。
イエローにとってはここで蔓や綱をたやすく引き千切って格の違いを見せつけてやりたいところだったが、存外うまくはいかなかったようで、いたしかたなくイエローはクロスとユダの背後の空間に視線を向けて、転移しようと力を込めた。
「ちっ! 一次元《線》! ムーっ!」
その瞬間、クロスが前のめりに起き上がった。
「ヴォォォォォォォォォォォォ!」
イエローが瞬間移動しようとした時に、その行動を予測したクロスが、胸ポケットのボールペンをイエローに向けて投げた。
投げられたボールペンは勢いよく回転していながらも正確に先端がイエローに届き、その右目に深々と突き刺さる。
「ぐあぁっ!?」
イエローは右目から黒い靄を激しく噴出させてよろめいた。
すでにつぶされていた左目と合わせてその目は両方とも黄色いネオンの光が消え去り、イエローは頭を振るようにしてその痛みに苦しんだ。
そして巨躯を支える力が弱まり、イエローは地面に爪痕を残しながら背後に引きずられていく。
「よっしゃ! よくやったクロスさん!」
「今がチャンスだ! やれっ、ポリスレンジャー!」
ミリタリーレッドらしき自衛官姿の男性が叫ぶ。
それに合わせて、警察関係者らしき五人が応じた。
「まかせろ!」「分かったわ!」「そうか、了解した!」
その掛け声が上がった瞬間、制服を着た警察官や白バイ隊員、特殊機動隊員に事務職員らしきOL風の女性などの五人が、一斉に叫び、片手を天に掲げた。
「「「「「結界発動! 大捕物バトルフィールド!」」」」」
その掛け声が響いた瞬間、この核シェルターの壁に半透明の監獄の鉄格子のような幻影が浮かび上がった。それは四方の壁に黒鉄色の格子模様を描き、立体的に壁から浮き出して硬質化していく。
「完成だ! これでイエローはテレポートが出来なくなったはずだぞ!」
「みなさん、気をつけて下さい! この結界はもともと怪人を逃がさないためのものです! この結界の中では私たちも同じくすり抜けたりテレポートしたりする能力が使えなくなります! そういった能力を持っている人たちは注意してください!」
警察官の男性とピンクの服の事務員の女性がそう叫んだ。
鉄格子の結界は脱獄に使えそうな能力を封印するポリスレンジャーの基本技だった。怪人は逮捕するというスタンスを取っていたポリスレンジャーならではの特殊な技だ。
そしてテレポートが封印されたことを体感的に感じ取ったイエローは、そのことに歯噛みをして苛立だった。
「ちぃっ! そんな誰も覚えていないような固有技、いまさら持ちだしてくるんじゃねえよ!」
「効果があるみたいだぞ! みんな! いまがチャンスだ!」
「引けっ! 引っぱれぇ~~~っ!」
その掛け声に合わせて再び縄が引き寄せられた。
イエローもまた力を込め直すが、爪の引っ掛かりが悪く、ほんの僅かずつだが後ろに引きずられていく。
「っく!」
床の爪痕が後方に伸びていく。うまく爪を床に深く差し込むタイミングがなく、イエローは床のコンクリートを削りながらも滑っていった。
「このっ!」
イエローは両肩を左右に暴れさせる。それに合わせて、腕に絡まっていた縄跳びの紐や電飾を掴んでいた数人がバランスを崩した。
その力の弱まった瞬間を見計らい、イエローは何とか一歩前に踏み出した。
そしてイエローは右手を振り上げ、さらに遠くの地面に爪を突き刺す。
その膂力に引かれて地面から生えていた有刺鉄線やノウゼンカズラには強い張力がかかり、床のコンクリートに深いヒビを入れて今にも抜けんばかりに浮き上がった。
「ま、まずい! ノウゼンカズラの蔓が抜けそうだぞ!」
「だれか! だれか、もっとロープを!」
両者の力関係はほぼ拮抗していたものの、体格の大きいイエローの方が揺さぶりを掛けられる分やや有利であった。
強制変身解除装置までの距離はまだまだ遠いが、イエローにしてみれば地面から生えた有刺鉄線やノウゼンカズラを引きちぎるには三歩も歩けば充分だった。
「これが力だ! 変身もしていない非力な連中が、私の手綱を握れると思うなよ!」
イエローは叫ぶと同時に上半身をさらに前に押し出した。
ヒーロー戦隊と怪人の混合軍はそのイエローの勢いに押されだしていく。いくつかの有刺鉄線とノウゼンカズラの蔓が引きちぎれ、ところどころの地面のコンクリートが浮かび上がった。
だがそんな劣勢になって、このタイミングで新たに戦線に加わる戦士が現れた。
それは体力の回復に時間をかけていた相撲取りだった。
「どすこぉ~いぃっ!」
相撲取りの男が叫ぶ。
その瞬間、相撲取りの腰の注連綱がニ本伸び、イエローの腰にがっちりと巻きついた。相撲取りはその太い横綱を両腕に絡めてがっちりと掴むと、力の限り引き寄せた。
「はぁ~っけよいっ! 残った残った残ったぁ~!」
相撲取りが力強くガニ股で後退した。すると、それに合わせてイエローの体が見る見るうちに引きずられていった。
「なっ!? うおおおおおお!?」
イエローが慌てて全身に力を込めるがその勢いは止まらない。イエローが前に進むことをやめて地面を引っ掻くことに集中して、ようやくその力は拮抗した。
イエローは背後を振り向き、その新たに参加した相撲取りを見て苛立たしく叫んだ。
「ゴールデンファイターかっ!? イロモノ枠の癖にこんなときだけ活躍しやがって!」
「ごっつぁんです!」
相撲取りの男が返事を返すと同時に、その肩の筋肉が大きく張る。
相撲取りは注連縄を片手に一本ずつ掴み、修羅の金剛力士像のように不動の存在となってイエローを押さえつけた。脂肪の下に隠された大きな筋肉が鋼のように収縮し、岩のように鍛えられた足裏が地面に貼りつき動かなくなる。
「ぐ、うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
イエローはそれに対抗して獣のように右手と両足に力を込めた。
僅かばかり前身が前に傾いた、が、しかしイエローが新たに一歩を踏み出せるほどではなかった。
「どすこいっ! どすこ~い!」
相撲取りが力を込める。イエローの体は前進する動きを止め、再び後方に僅かに引き寄せた。
イエローの体重は一トン以上。相撲取りの体重は二百キロ前後。相撲取りの登場は極端に戦況を覆せるほどではなかったが、運命はゆっくりと怪人とヒーロー戦隊の方向に傾いていった。
綱引きは混合軍の優勢へと移り変わる。その戦況に焦ったイエローは、運命に抗うように先手を打った。
「くっ! 三次元《空間》! ワーク!」
イエローは正面にあったドラム缶を浮かべさせた。
ドラム缶は僅かに滞空した後、射出されるように一瞬で加速、放物線を描いて混合軍の頭上に降り注いでくる。
「まずい! 撃ち落とせ!」
「待って! 撃ったら爆発――!?」
「しねぇよ! 中身は水だ!」
トミーとモリスが後方の木箱の上で叫ぶ。即座にトミーは巨大なハードビスケットを投げ、モリスもゴミの弾丸を射出しドラム缶を破壊した。
破砕したドラム缶からは多量の水があふれ落ちた。雨とは比較にも出来ないくらいの巨大な水の塊が、全員の頭上に落下していった。
「わっぷ!? なんでや!? ドラム缶は撃ったら爆発するもんやろ!?」
「ゲーム脳は黙ってろ! 水の入ったドラム缶でもぶつかったら死ぬぞ! お前も早く撃ち落とせ!」
ミリタリーレンジャーらしき女子中学生と男性自衛官が叫ぶ。
ここが核シェルターであることもあり、飛来してくるドラム缶は再利用可能なステンレス製だった。中の飲料水を使用した後は、空のドラム缶は雨水受けとして使ったり、加工してナイフや金具にできる特注品だ。
そういった用途があるため、飛来するドラム缶はスチール製と比べてはるかにやわらかく、多少威力の弱い飛び道具でも簡単に爆散する。
しかしそれでも水200リットルが入っているドラム缶だった。もし撃ち落としに失敗したら重量200㎏の円柱が頭部にめり込むことになるだろう。
慌てて女子中学生が片手の列車砲で頭上のドラム缶を撃ち落とす。刺さると爆発するタロットカードを白衣の理化学教師が投げ、忍者の格好をした男性が口から水圧レーザーを放ちドラム缶を切り刻んだ。
ドラム缶を破壊すると同時に、目も開けられないほどの水流が全員に降りかかってきた。
水塊が目もとの水を拭う時間すらもないほどに断続的に降り注いできて、全身に滝のような水圧を加える。
そして何より、数tにも及ぶ水流が床に流れた。何人かがそのウォータースライダーのような水流を受けて足を滑らせてしまう。
「まずい! 足が滑る!」
誰かがそう叫んだ時には、もう遅い。
イエローはこれを好機とばかりに前進した。
「っおらぁ!」
イエローは獣のような片手の爪を一歩前に突き立てる。さらにイエローが力を込めると、さらなる一歩も踏み出すことができた。
地面から生えていたノウゼンカズラの蔦が十本近く千切れる。同じく有刺鉄線も限界ぎりぎりまで引き延ばされ、耐久限界を示す甲高い金属の収縮音が鳴った。
「どすこい どすこい どすこい どすこ~い!」
力士が再び力を込めてガニ股で後退していくが、その力士の足も滑って元の位置に戻るばかりで、まるでイエローの巨体を引き戻すことはできなかった。
「うおらぁぁぁぁぁぁ!」
イエローが叫び声をあげ、さらなる一歩を踏み出した。さらに多くの蔓と、有刺鉄線のいくつかがが引き千切れた。
「まずい! 抑えっ、きれなっ――ごぼっ!」
男性自衛官の男がそう叫んだ瞬間、水の塊が彼の頭上に落ちる。
彼もまた、頭上から降り落ちてくるドラム缶の対処のためアサルトライフルを片手に握っており、蔦はもう片手でしか掴めずに力を込める余裕もなかった。足場は鉄砲水のような水流を流しており、もはや現状を維持できない。
「隊長! ここは! うちが何とかしてくる!」
「待て! 危険だ! やめろ!」
男性自衛官の隣にいた女子中学生が綱を手放して駆けだしていく。
男性自衛官はその女子中学生を捕まえようと手を伸ばしたが、僅かにその手は届かなかった。
「列車砲装着! ダブル! グスタフ・ドーラ砲!」
女子中学生は連なった綱やロープの下を走り、両腕に小型の列車砲を装着して駆け抜けた。そしてイエローの足元近くまでたどり着くと、ドロップキックをするように盛大にスライディングをした。
水で濡れた床は非常によく滑った。さらには水流が女子中学生の体を押し流して、そのままイエローの股下まで連れて行ってくれる。
「ん~! 発射ぁ!」
女子中学生は両腕の列車砲を交互に発射した。発射の衝撃で女子中学生の体が左右に揺れるように滑った。
「うおっ!?」
イエローは足を吹き飛ばされ、両足を開いて両膝を付き倒れ込む。
さらに発射の反動で加速した女子中学生は、胸元を通り抜けざまに地面に刺さったイエローの片手をも打ち抜き、その爪を地面から引きはがす。
イエローの体が前のめりに倒れていく。
イエローの巨躯に潰される寸前に、女子中学生はギリギリでその下を抜け出し、滑りながら腰を回してイエローの方角を向き直っていた。
女子中学生の制服は水に濡れ、張り付いたスカートはめくれ上がって、黄色の山岳迷彩柄のパンツがあらわとなっていた。さらにはシャツも水が吸いついて張り付き、同じ柄のブラジャーも透けて見えている。
だがそんなことは構っていられない。女子中学生は向き直ると同時に、両腕の列車砲をイエローの顔面に向けて再度発射の構えを取った。
「今や! みんな引きぃや!」
「よくやったミリタリーイエロー! みんな今だっ! 引っ張れー!」
イエローの爪は地面から離れていた。倒れ込んだイエローに滑り止めをかける要素は何もなく、イエローの体は床の水面に波を作りながら引きずられていく。
「くっ! この小娘がぁ!」
イエローは再び足の爪で地面を引っ掻いた。
さらには片手の爪を再び地面に突き刺すついでにイエローは前方に飛び上がり、振り上げた片手を女子中学生の頭めがけて振り下ろした。
「あ、あかん! きゃっ!」
女子中学生はあわてて逃げようとするが、立ち上がろうとした瞬間に足を滑らせて前のめりに転んだ。
頭上から巨大な黒い手が振り落ち、女子中学生の背中を引き裂こうと落下する。
「百円玉よ! 押し流して!」
その瞬間、多量の百円玉が津波となって女子中学生を押し流した。
女子中学生は百円玉の津波にさらわれて遠くまで離れる。
イエローの黒い爪は女子中学生を引き裂くことなく、残留した百円玉をいくつか跳ねあげるだけで終わった。
振り下ろした爪が無為に終わったことに、イエローは苛立ちを見せてユダを睨みつけた。
「このっ!」
「百円玉よ! イエローの手を包んで!」
ユダがそう叫んだ瞬間、イエローの手元の百円玉が、磁石に吸いつくようにイエローの手に向かって積み重なっていく。
「うっ!?」
イエローが慌てて手を持ち上げた時にはすでに遅い。百円玉は吸いつくようにイエローの手に連なっていき、振り上げられた手は瞬く間に銀色の丸い球状になっていた。
「し、しまった!?」
再び振り下ろされたイエローの手はハンマーのように地面に衝撃を加えた。その銀色の百円玉の球体は地面にぶつかると激しくひびを穿つが、爪を突き刺すのとは違いその手は地面を掴むことはできなくなっていた。
「くそっ! くそっ! くそぉっ!」
イエローは再び銀の球状の手を振り下ろした。だが球状の手は地面に引っかかることなく、コンクリート床の表面の樹脂を削って金属音を鳴らすだけだった。
「今だ、引けー! ほら引けー!」
モリスが叫ぶ。
イエローはもはや漁で仕留められた大魚のように、地面を暴れられながらも引きずられていっていた。
「ぐっ! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
イエローの体は際限なく後ろに引き寄せられていく。もはや踏ん張りは効かない。
いたしかたなく、イエローは視界にあるありったけのドラム缶を浮かせて飛ばした。
しかしそれはもはや、イエローの最後の悪あがきだった。
「全部打ち落とせ! 後は引っ張るだけだ! 装置まで引っ張れ! 引っ張るんだ! そうすれば勝てる! 俺たちは、勝てるんだ!」
ジャスティスレッドが叫ぶ。
正真正銘、最後の応戦。全員がイエローの体を引きずりながら、最後のイエローの希望を打ち砕くべく、各々飛び道具を上方へ向けた。
「水遁! 水圧レーザーの術!」
「オーパーツ・シャイニングガン!」
「二十二口径・リチャード・J・ガトリング!」
「移ろわざる暗黒のタロットカード!」
「ジャスティス・トマホーク!」
「ヒートアップ・ダストシュート!」
幾重もの爆発。弾け飛ぶ一塊200㎏の水飛沫。散り散りに落ちてくる金属部品。
破片が男性教師のまぶたの上を切り裂いた。痩せこけたサラリーマン風の男が水流に流される。半分に千切れたドラム缶が激しく相撲取りに激突し、刃のように鋭くなった金属片が自衛官の膝に突き刺さった。
しかし、誰もが綱を、蔦を手放さない。水で滑る足をせわしなく動かして、遠距離攻撃の無いものは両手で綱を持ち、遠距離攻撃のあるものは片手で飛び道具を飛ばした。
滑る足がすこしずつ後退する。それに合わせて、イエローの黒い巨体がすこしずつ引きずられていく。
イエローは叫ぶ。イエローはもう、叫ぶしかなかった。
「ふざけるな! こんなところで、こんなところで負けてたまるか! 私は正義の味方だ! 世界の平和のために戦っているんだ! お前たちとは違う! 私はやっと、世界と戦える正義の味方になれたんだ! ここで私が負けたら、だれが世界を守るんだ! 私こそが正義の味方だ! わかっているのか!? もう悪の帝王もいないんだぞ! お前たちは真実を知った! これから先は善人だって殺さなきゃならない非情の世界だ! そんな世界に私のような覚悟は必要なんだ! 全ての責任を私によこせ! 私が全ての悪を殺し、世界を平和に導くんだ!」
その問いに、レッドが答えた。
「うるさいぞイエロー! それは俺たちみんなの仕事だ! 一人で戦って何になる! 手を取り合うことを忘れて平和が作れるはずがない! 仲間と一緒に戦ってこそのヒーロー戦隊だ! 俺たちは怪人たちとも手を取り合って見せる! 兵器は作らせない! 世界も守って見せる! 俺たちには、それが出来る! だって俺たちは、ヒーロー戦隊なのだから!」
レッドの叫びが広大な室内に反響した。レッドは全身を水にぬらしながらも猛々しく叫んだ。
そしてレッドは鉄製の先端のとがった金属棒。変身解除装置のコネクターを手に持って、イエローに向かって駆けだした。金属棒を逆手に持ち、綱を引くみんなの隣を走り抜けていく。
レッドは蔓や綱の下を通ってイエローの手前までたどり着くと、下腿部に飛び乗って太ももを駆け上がり、そして背中に飛びついた。
イエローの背のビロードの毛を片手で掴み、跳躍するようにして後背部に足を着地させる。そしてコアがあるであろう体の中心部を手さぐりで探り当てると、片手に握った金属棒をレッドは強く振り上げた。
「イエロー! これで、終わりだぁぁぁぁぁ!」
「まだだ! この私が、タマナシ野郎なんかにやられてたまるかぁぁぁぁ!」
イエローが叫ぶと、背中のビロードの毛が突然爆発するように鋭く跳ね上がった。
黒鉄の針のように硬質になったイエローの毛が、レッドの左手と両足の太ももを貫通して縫いあげる。
「ぐっ!?」
「死ね! タマナシ野郎がぁぁぁぁ!」
イエローはさらに、背中に黒い輝きを放つ高圧電流を流した。電流は黒い毛を通電していくと、貫いたレッドを体の内側から灼き上げた。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「レッドっ!?」
「ジャスティスレッド!」
レッドはイエローの背の上でエビぞりにのけぞって苦しんだ。電流に灼かれて全身の筋肉が弛緩し、体がまるで言うことを聞かなくなっていた。
しかしたとえ体が言うことを聞いたとしても、黒鉄の針山に手を突っ込んで金属棒を突き刺すことなど出来はしない。
あまりの電流に筋繊維が反応して、真っすぐに伸びたレッドの右手の先から赤いグリップの金属棒が滑り落ちる。
金属棒はイエローの右肩の先から転がり落ち、赤いコードを引き連れながら垂れ下がっていった。
そのレッドの様子を感じ取ったイエローは、薄く勝利の笑みを浮かべた。
「ヴォォォォォォォォォォォ!」
「なっ!?」
だがそれと同時に、クロスがイエローの顔面に飛びかかっていった。
落ちてきた金属棒をクロスは走りながら掴み取り、それを大きく振り上げてイエローの右の眼窩に深々と突き刺す。
「がぁあぁぁぁぁぁぁっ!」
イエローは痛みに苦しみ、背中を跳ね上げるように大きくのけぞらせた。
イエローの顔面は天井を向き、クロスはそれに引き連れられるように上に乗っていた。
クロスは眼窩を貫いた手をいまだ離していなかった。両足をイエローの鼻の下辺りに乗せてバランスを取り、イエローの顔面の上に立って金属棒を引き抜いた。クロスは兜の突起を掴んでその片手を支えに姿勢を保ち、今一度高く腕を振り上げ、今度は腕の中ほどまで深くイエローの目に金属棒を突き入れる。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
イエローは獣の如き叫びをあげた。クロスを掴み振り落とそうと右手を持ち上げるが、蔓や縄に引き寄せられてイエローの手は肩より上まで持ち上がらない。
「クロスさん!」
「クロスさん、お願いだ! その棒をコアに突き刺してくれ!」
綱を引く戦士たちから声が上がる。三メートル近い体格を誇るイエローの頂点で、クロスは仲間たちから声援を受けて再び金属棒を振り上げた。
その瞬間だった。絶叫で大きく開かれたイエローの口の奥に、闇を渦巻いて漂う、黒水晶の六法全書が存在していることに気が付いた。
「喰い殺す、喰い殺してやるぁぁぁぁぁぁ!」
イエローはクロスを噛みちぎろうと口を開いた。
凶暴なまでに暴れるイエローの口の上で、クロスは両手両足を用いて丁寧にバランスを取り、何度も開閉される口に噛みちぎられそうになりながらも、口の奥に見えるコアを狙って再び金属棒を振り上げた。
「グウゥッ!」
クロスはこのとき、口の端から血をこぼしていた。
激しい衝撃と運動で体内の鉄貨が内臓を切り開き、逆流してきた血液が口から喀血を引き起こす。腹部から流れ出る血はイエローの口の中に滴り落ち、深淵の見えぬイエローの口の中へと消え去っていっていた。
だがクロスは吐き出した血をかみしめるように歯を食いしばると、イエローの背の上で立ち上がった。
自分の血で真っ赤に染まった黒いレザーの手袋が、金属棒の赤いグリップ部分を強く掴む。
クロスは全霊の力を込めて叫んだ。
「ヴォォォォォォォォォォォ!」
「ガァァァァァァァ!」
イエローがクロスを喰い殺そうと特に大きく口を開いた瞬間、クロスは自分の身を乗り出すように前のめりに倒れ込み、口の中に上半身を突っ込んだ。
ほんの一瞬でもタイミングが遅れれば口は閉じられ、肩から真っ二つに噛みちぎられるような刹那の瞬間。金属棒は深く突き刺さり、イエローのコアにまでその先端はたどり着く。
金属棒は黒水晶の六法全書の表紙を貫くと、すべてのページを突き破って貫通した。
「がっ!?」
イエローは体を硬直させる。クロスを噛みちぎりかけた顎がその瞬間止まり、牙がクロスの肩に触れた状態で静止した。
「強制変身解除装置、起動だ!」
トミーが叫び、モリスが振り落とすような勢いで装置のレバーを下ろした。
装置が起動した瞬間、イエローの口の中から黒い雷光があふれ出た。黒い電流がクロスの体を口の中から吹き飛ばしていく。
黒い電流は金属棒から赤いコードを伝って装置に流れていった。その黒い電流を装置が取り込んだ瞬間、虹色の光を放って強制変身解除装置は起動する。
その虹色の光は瞬く間に際限なく光量を高めていき、やがて誰もが一寸先の視界すらも確保できないほどの白さで辺りを包んでいった。
やがて世界が一新されたかのような白さの中で自分の手や腕すらも見えなくなると、全ての感覚が消失した白い暖かな世界の中で、音や声すらも聞こえなくなっていっていた。
それは決戦の余韻すら忘れさせるほどの、暖かな世界だった。