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ダークヒーローが僕らを守ってくれている!  作者: 重源上人
VS.法律戦隊ジャスティスレンジャー編
2/76

第一話 夜の埠頭に表れた黒い影! 新たなる強敵! 黒いロングコートの怪人現る!

 月の無い夜、街灯のない港の倉庫街に、遠くで鳴る船の汽笛が反響する。


 その暗い夜の人気のない埠頭の一角で、黒須はファッション雑誌を片手にうなだれていた。


 ファッション雑誌の表紙には、黒いハードレザーのフード付きロングコートを羽織った、若い優男の写真が載せられている。

 タイトルには、《これからくる冬の最新コーデには クール&スタイリッシュが一押し! 今流行りのロングコートでイケメン男子に磨きをかけよう!》と仰々しいフォントでの喧伝だった。


 実際その雑誌の表紙に乗っているやわらかな笑みを浮かべた優男は、重々しいハードレザーのフード付きロングコートにライトグリーンのロングシャツを違和感なく掛け合わせ、優しさと頼りがいを一度に表現している。まさにファッション系統に相当こなれた美形にしか出来ない、見事な着こなしを披露していた。


 そのあまりにスタイリッシュな表紙を再び視界に入れて、黒須はまたも、大きくため息をついた。 


 そう、その黒須が今まさに着ているその服こそが雑誌に載っているロングコートだった。

 だが、黒須が袖を通したそのロングコートの様相は、ファッション雑誌の表紙と比べるとあまりにも異質なものに見えた。


 黒須はまず、その黒いハードレザーのロングコートの前チャックを胸元まで閉めていた。そのせいで全身が上から下まで黒のハードレザーで固めてしまっており、まるで防弾防刃の皮鎧のような重厚感のあるファッションと化してしまっている。

 さらに黒紫色のマフラーでコンプレックスである不細工な顔と口元を隠し、フードを目深にかぶることで生まれつき充血の治らない目も全て隠していた。さらには手の甲に残る火傷を見せないためにコートと同質の黒い革の手袋をも装着していたため、全身が不気味なほど黒ずんでいて重々しい。


 いくら不細工な顔にコンプレックスがあるとはいえ、艶のない黒革の一式で隙もなく素肌を隠しては不審者としか言いようがないものであった。

 当然そんな黒づくめの格好で街中を歩けば、軽く十回は警察官にナンパされてしまうことだろう。


 黒須は埠頭の係留用のビットに腰かけ、闇夜の海の水面に今の自分の姿を見た。


 いくらファッション雑誌の優れたコーディネーションを真似しようとも、黒須のような容姿に難のある男性を急にイケメンにすることはできなかったようだ。


 たとえようもない悲しみを乗せて、黒須は雑誌を海に叩きつけた。


「……ハァ」


 黒須の口からため息がこぼれる。


 六万八千円のコートでも黒須のコンプレックスを隠す事は出来なかったようだ。


 せめて、生まれつき充血の治らないその真っ赤な目さえなければもう少しまともになれたのではないかと思うが、それでもやはり不細工であるというコンプレックスはいくらでも残るものだった。


 黒須が係留用ビットから立ち上がると、その187センチの長身に合わせて黒いロングコートが重々しく揺れた。

 生まれつき充血したまま治らない赤い眼がフードの中できらめき、幽鬼を思わせるプレッシャーを誰もいない暗闇に叩きつける。


 近くに誰もいないことを確認し、ゆっくりと一人暮らしのマンションに帰るために黒須は歩きだした。

 自分の恵まれない容姿に絶望しながら、重い足取りで海沿いに倉庫街を進んでいく。


「……?」


 やがて黒須がとある倉庫の一つを通り過ぎようとしていると、一瞬、まばゆい光が倉庫の裏側で光った。


 ふと、黒須は不気味に思い立ち止まる。


 すると次の瞬間、轟音と共に黒須のすぐ脇を激烈な炎が倉庫の壁を突き破って飛び抜けていった。


「ヴォッ!?」


 黒須は驚きで変な声を鳴らしながら、衝撃波を浴びて尻もちをつく。一体何が起こったのか判断が付かず、黒須はただただ混乱した。


 爆炎は倉庫の中の鋼材とドラム缶を押し出して海の中に落としていく。何トンもあるであろう資材が海の中に雨のように降り注ぎ、炎が海の上をすべって多量の水蒸気を巻き上げる。


 揺らぐ炎が目の前のコンクリートや鉄骨建材に絡み付き燃え広がり、爆炎の通り過ぎた後には炎の道が作られ、光焔が辺りを真昼のように照らしていた。


 燃えているのはおそらく重油だった。倉庫の中にあった輸入品の重油が引火したのだろう。


 しかし、火気厳禁であるはずの倉庫で、人の手もなしに勝手に爆発することなどあり得ない話だ。さらに言えば、ドラム缶が爆発したにしては妙に指向性を持った炎だった。


「……う、ぐぐぐ」


 不思議な事に、倉庫の中から痛みにうめく人の声らしきものが聞こえてきた。


 重油による爆発ならばその人は声を出す前に絶命している。それ以前に、錠前が掛けられているはずの倉庫の中に人が残っているはずがない。


 本来ならば二次災害に供えてこの場から離れなければならないのだが、黒須はその人の声が気になり、ほんの少しばかり炎に近寄って、倉庫に空いた大穴から中を覗きこんだ。


「レッドさん! あの怪人さんまだ生きてますよ!」

「どうやら大量の五百円玉で壁を作ったようだな。あの怪人の硬貨を無限に作る能力、思った以上に厄介だ」

「ブルー! ホワイト! もう一度三人の合体攻撃で決めるぞ! ジャスティスアックス、モードチェンジ!」


 レッドが手に持った片手斧を根元から折り曲げる。すると[モードチェンジ! 銃殺刑・モォードッ!]と、変な機械音声を鳴らしながら、斧は長銃に変形した。


 黒須はそのあまりの光景に目を見張った。


 まず、炎の中で横たわっていたのは銀鎧姿の怪人だった。

 硬貨を模した銀の円盤をいくつも鎧に張り付け、硬貨を大量につなぎ合わせたマントを羽織っている。兜は古今東西でも類を見ないドラム缶のような円柱形。そのデザインは機能性を完全に無視しており、古来の鎧と呼べるいずれの代物とは一線を画した代物だった。


 そしてその対面に立つのは、テレビのヒーロー戦隊ものそっくりの三人組だった。

 手に持ったプラスチックカラーの斧をそれぞれ折り曲げて銃の形に変形させている。その動きも斧の変形具合も、まさしくテレビで放映する演出に近いそれだった。


 これはテレビの撮影中なのではないか、と、当たり前の疑問を黒須は抱くが、テレビカメラもレフ板もなければ、当然番組スタッフの一人も見当たらない。


 黒須が番組スタッフを探してキョロキョロしていると、銀鎧の怪人は炎の中でゆっくりと身を起こしていく。たとえ防火服を着たスタントマンが中に入っていたとしても、燃えた重油の中で演技することなど演出としては危険すぎるものであるように思えた。


 だが、銀鎧の怪人は燃える重油を体に張り付けていても気にするそぶりを見せず、のどの焼けそうな炎熱をも無視して喋りはじめた。


「ぐっ! や、やめてくれジャスティスレンジャー!? 別に私は、まだ何も悪いことはしていないではないか!?」

「偽造硬貨の製造が悪いことじゃないってか!? 観念しろ、コイン怪人!」


 ジャスティスレッドが長銃に変形した斧を怪人に向けた。おもちゃじみた長銃だったとはいえ、その銃口には実銃に近い螺旋状のライフリングが施された妙にリアルな長銃だった。


 その見た目以上に殺伐としたその展開に、黒須はつい危険性を忘れて中の様子に見いってしまっていた。


「待て、レッド!? そこに誰かいるぞ!」


 ジャスティスブルーが黒須に気付く。


 黒須はヒーロー戦隊に視線を向けられて驚き、あわてて一歩後ずさった。


「なに、誰だ!」

「レッドさん! あの人には六法全書のレーダーが反応しません! 彼は、一般人です!」

「一般人だと!? なんでこんなところに一般人がいるんだ!?」

「よく見ろレッド、ホワイト! あれが通りすがりの一般人に見えるか!? 奴は怪人の援軍だ!」


 ブルーが不審者全開の黒須の格好を見て、疑いようもなくそう断言した


「オッ、オ!」


 慌てた黒須の口からは濁った声しかでない。両手を左右に振って否定のジェスチャーをするが、ジャスティスレンジャーはそのジェスチャーの意図をくみ取ってはくれなかった。


 さらに運の悪いことに、黒須の充血した目に光が反射してその眼窩は不気味なほど赤く発光して見えていた。その普通にはあり得ない黒須の赤い目の光り加減も、怪人じみて見せる演出に一役買っていた。


「え、援軍!? た、助かった! 私はこっちだ! 助けてくれ!」


 さらに不運が重なり、銀鎧の怪人がろくに確認もせずに黒須に助けを求めてくる。


 それを聞いたジャスティスレンジャーは黒須が怪人であるとついに確信した。

 迷うことなくジャスティスブルーが両手の双銃を黒須に向けてくる。


「やはり怪人の援軍だな!? レッド! 先手を打つぞ!」

「待って下さい! 六法全書に反応しない怪人なんて初めてです! 慎重に行きましょう!」

「ホワイト、お前も早く銃を……。あっ! 物陰に隠れたぞ! 一斉射撃だ!」


 黒須はあわてて倉庫の裏を走って逃げていた。


 ジャスティスレンジャーのおもちゃじみた拳銃から、五十口径ライフル弾並みの破壊力のある弾丸が連射される。


 身をかがめて倉庫の裏側を逃げる黒須の頭上に、コンクリート壁を貫通した弾丸が突き抜けていった。はじけ飛ぶコンクリートの飛礫がクロスの背中に降りかかり、灰色の粉塵が雨のように降り注ぐ。


 黒須が運よく倉庫の裏道を抜け切ると、長方形の貨物コンテナが賽の目状に置かれた貨物置き場があった。慌てて逃げていた黒須は、その十字路しかない単純な迷宮に逃げ込んだ。


「こっちに逃げたぞ! ブルー! ホワイト! 囲い込んでくれ!」

「分かった!」

「分かりました!」


 ジャスティスレンジャーが三手に分かれて十字路の迷宮に侵入する。


 ブルーが黒須以上の足の速さでコンテナの向こう側に回り込もうとしていたため、黒須はとっさに道を変えて逃げようとした。


「ッ!」

「わっ!」


 黒須は曲がった先の道でばったりとジャスティスホワイトと出くわした。


 小柄な女性の体躯をしたジャスティスホワイトは、とっさに銃口を黒須の胸に向ける。


 黒須は走って勢いが付いており身をかわすこともできそうにない。

 ゆっくりとジャスティスホワイトが銃口を心臓部に向けてくる様子が感じられた。


 慌てて黒須は、ジャスティスホワイトの腕を掴んで、自分の脇の下に銃口を押し流し、銃を脇で挟んだ。


 ジャスティスホワイトは引き金を引く。ホワイトの銃は黒須の脇の下で放たれ、銃弾は黒須の背後に飛んでいった。


「あっ!?」

「ぐわっ!?」


 ホワイトの銃弾は、背後に回り込んでいたジャスティスブルーに当たった。


 ブルーのスーツから火花が飛び散り、ブルーはきりもみ回転をしてコンクリートの地面に転がった。


「ご、ごめんなさいブルーさん!」


 ホワイトは手を黒須の脇の下に挟まれたままで、誤射してしまったブルーに謝った。


 黒須もホワイトの腕を脇に挟んだままの状況で、どうしようかと動けずにいた。


「ホワイト! そいつから離れろ!」

「ッ!」


 さらに黒須の背後から追いついてきたレッドが、銃口を黒須の背中に向けていた。


 黒須はとっさにレッドの方を振り向くと、つられてホワイトが、レッドと黒須の間によろめいた。


 レッドの炎の弾丸が三点バーストの速射で、正確に黒須に向けて放たれてくる。


「きゃぁぁっ!」


 弾丸はジャスティスホワイトに当たった。三発とも見事にホワイトの背中に当たり、黒須の隣を吹き飛んで転がっていった。


「オオッ!?」


 黒須は驚き、転がるホワイトの背中をその目で追った。

 そのつもりがなかったとはいえ、完全にホワイトを盾にした形だった。


「てめえ! よくもホワイトを!? 絶対に許さねえ!」


 おかげで黒須は余計な怒りを買うこととなった。


 ジャスティスレッドは駆ける勢いのまま跳躍し、空中で銃を斧に変形させて横薙ぎの一撃を放ってくる。


「ッ!!?」


 黒須はとっさに屈んで炎をまとった斧の一撃を回避。黒須のフードをかするように赤い熱線が通り過ぎ、そして返しの刃で振るわれる二撃目を、黒須ほぼ無意識的な動きで飛びのいて避けた。


 黒須はもともと動体視力には自信があったため、続けてレッドが放つ振り上げ攻撃もしっかりと見えていた。


 だが、だからこそ恐怖するしかない。その斧は確かな殺傷性を持ってして、黒須の首を狙ってきているのだ。ほとんど無条件反射的な動きで身をひねっていなければ黒須の頭蓋は綺麗に焼き切られていたことだろう。

 特撮じみたファンタジーな見た目に反して、殺人に慣れた戦士のような凶悪性がある。


 レッドはさらに最大の勢いをつけた振り上げ攻撃を繰り出してきた。これも確実に、黒須の頭蓋を狙っていた。


「おぉうりゃぁぁぁぁぁぁ!」

「ヌァァッ!」


 黒須は変な声を上げながら飛び退いた。


 少し身をひねれば避けられそうな大ぶりの攻撃だったが、死の恐怖におびえた黒須は、必要以上に遠くまで転がって避けていた。


 赤く熱せられたジャスティスアックスがコンクリートにぶつかると、破砕された飛礫が黒須のコートに降りかかってくる。その威力に黒須は絶句した。


「くそっ、素早いな! だがいつかは当たるぞ! 俺の斧は熱くなれば熱くなるほど攻撃範囲が広がるんだ! これではどうだ!」


 レッドは再び跳躍し、初撃と同様の横薙ぎの一撃を放つ。


「待てレッド! やめろ!」


 銃撃のダメージから回復したブルーが、周辺のコンテナに書かれたマークに気付いて叫ぶ。

だが、レッドは止まらない。


 レッドの斧は円形の衝撃波を放ち、周囲のコンテナもまとめて切り裂いていっていた。


「うわっ!」

「ウッ!?」


 コンテナの切り傷から白い霧が噴き出した。それは強烈な風圧を持ち、一瞬にして世界をホワイトアウトさせるほどの白煙を噴き出していく。


「バカ! 窒素ガスだ! これが可燃性ガスだったら大爆発していたぞ!」

「す、すまない! ブルー!」


 辺りは完全に白煙に包まれていた。強烈な風圧はいまだにレッドたちの体を押し、ついには自分の手すらも見えないほどの白さまで濃度を増していった。


「窒素ガスよ! 凍れッ!」


 ブルーが両手の斧を交差させて振り下ろすと、強烈な冷気がコンテナ沿いに走った。


 強烈な風圧は止み、霧が晴れると、白い氷がコンテナの切り傷を覆い噴出を止めたことが分かった。


 霧がその重さに従って沈んでゆき、広がって霧散すると次第に視界は明瞭になる。そして気がつくと、つい先ほどまでレッドの足元に転がっていた黒須はどこかに消え去っていた。


「しまった!? 逃げられたか!」

「探すぞ! まだ近くにいるはずだ!」


 再び立ち上がった三人のヒーローは、黒須の逃げたであろう方向に、三人そろって駆け出した。



        ▼      ▼



 「ハァアッ! ハァアッ!」


 黒須は息が切れて動けなくなるまで埠頭の街灯の無い倉庫街を駆け抜けていた。

 あの三人を振りきったといえるにはたいした距離を走ってはいなかったが、それでもヒーロー戦隊の姿は見えなくなるほどまでには距離を離していた。


 しかし、これはいったいどういう悪夢だろうかと、黒須は混乱する思考の中で考えた。

 かつては憧れたこともあったようなヒーロー戦隊に、まさか命を狙われて追いかけられるなど夢で見るにしても最悪な話だ。


 しかも彼らは本気で殺しに来ている。まるで自分が悪の怪人役であるかのようにも思えた。

 怪人役とはこれほど絶望的なものだったのかと、自分の高鳴る心臓の鼓動を聞いて黒須は思い知った。


 黒須自身、自分の顔は確かに怪人じみた不細工顔だと卑下していた。しかし、まさか無条件で死刑囚と同等に扱われるとは思ってもみなかった。さらには何一つとして言葉を交わすことが出来なかったことも悪因の一つだろう。


 黒須は改めて、自分のその姿を憎々しく思った。


「見つけたぞ! 赤い目の怪人だ! あそこの貨物に寄りかかっているぞ!」

「ッ!?」


 ジャスティスレンジャーたちは少し離れた海沿いの道路で叫んだ。


 だが、彼らはなぜか黒須のいる場所とはまるで違う、海の向こうに伸びた船の停泊所の方に視線を向けていた。


「何者なんだお前は! 新手の怪人か! なぜレーダーに映らない! 黙っていないで、少しは答えたらどうなんだ!」


 ヒーローたちは、暗闇ではためくビニールシートを相手に話しかけていた。


 たしかに暗闇の中で見れば黒須のロングコートに近い見た目の、艶のない厚手のビニールシートだった。さらには貨物を止めるバックルが偶然赤いメタリックカラーだったため、それが黒須の特徴的な赤い目だと勘違いさせたようだ。


「おい! 怪人! お前の今いる場所はもはや逃げ場がない! ここで俺たちが必殺技を放てばお前はもう避けられないぞ! そんなところで余裕ぶっていないで、せめて名乗りくらいはあげたらどうだ!」


 ジャスティスブルーがビニールシートに対して言い放つ。ビニールシートが名乗りを上げるわけがないので、当然、ビニールシートは貨物に寄りかかったままの余裕をヒーロー戦隊相手に見せつけていた。


 ついにヒーローたちの苛立ちが募り、ジャスティスレッドがまずその斧に手をかけた。


「仕方ない、ジャスティスビームで奴を蹴散らしてやろう」

「待って下さいレッドさん! あの余裕は変です! なにか策があるに違いありません!」

「だったらなおさらここで倒す! これが失敗したら、次は五人全員で戦えばいい!」

「レッドの言うとおりだホワイト。もし必殺技を反射でもされたりしたら、お前のテレポート能力で何とかしてくれ。これで倒せなくとも、奴の能力の一端は推し量れる」

「……は、はい、分かりました」


 ホワイトは納得して懐から短銃をとりだす。レッドが片膝をついて高めに長銃を構え、その両脇からブルーとホワイトが変形させた短銃と双銃をレッドの長銃の真上と左右に取り付けた。


[ジャスティスアックスッ! 死刑(デス)宣告(ペナルティ)モォードッ!]

 合体した武器から変な機械音声が鳴った。合体した銃の銃口に、光が集まり濃縮してゆく。


「被告人に判決を言い渡す!」

「その行いは悪逆非道! 更生の余地はなし!」

「寄って判決はっ!」

「「「死刑!」」」

「ジャスティス・レーザー! 執行!」


 レッドの掛け声と同時に、極太の光線がビニールシートを貫いた。


 一瞬、カメラのフラッシュが焚かれたかのような強烈な光が埠頭に満ちた。太陽よりも明るい熱線が停泊所と海を円柱状にえぐる。


 熱波は黒須にも届き、熱風が黒須の重いロングコートの裾をも浮き上がらせた。


 熱線が細くなって終息した時には、蒸発した海水と、液化したコンクリートが大量の湯気を巻き上げ、白い水煙が一面に広がっていた。


 白く靄のかかったかのような視界の中で割れた海がその姿を元に戻してゆくと、コンクリート製の停泊所は消え去り、すべてが海に沈んでいっていた


「やったか!?」


 確実なビニールシートの消失の手ごたえに、レッドが銃を抱えて起き上がった。それに続いて、ブルーとホワイトも銃を手元に戻して立ちあがる。


「分かりません。レーダーにはもともと反応がありませんでしたから」

「いや、たしかに奴はジャスティスレーザーで消し飛んだ。テレポートとかもしていなかったようだ」

「だとしたら、いくらなんでもあっけなさすぎるぞ。見た目だけで、中身は雑魚だったのか?」


 ヒーローたちはビニールシートがあまりにもあっさりと消えたことに疑問を感じていた。だが、誰一人としてビニールシートが黒須ではなかったことを疑う者はいなかった。


 これはたとえようもない幸運だった。これで死んだことにしてもらえれば、これ以降ヒーローたちに追及される事もないだろう。


 そう黒須は思い、気付かれないうちにその場を離れようとした。


「待って下さい! レーダーに反応! これは……私たちの背後です!」


 ホワイトが叫ぶ。ヒーロー戦隊たちは一斉に背後を振り向いた。


 彼らの背後からは視界を覆い尽くすほどの……、コンテナの津波が頭上から襲いかかって来ていた。


「うわ!?」

「きゃぁ!?」


 ヒーロー戦隊たちはまとめて鋼鉄製のコンテナに覆い隠された。


 空箱でも一つ百キロ以上ある鋼鉄のコンテナが重力の流動性に沿って流れ落ちる。最上段を流れるコンテナのいくつかは海の中へと滑り落ちていった。


 それは明らかに不自然なコンテナの崩落だった。台風が来ても吹き飛ばない重量がある上、さらにはがっちりと固定されていたコンテナだ。誰かが固定を外して、さらに強力な力で押し出さなければ崩れるようなことはあり得ない。


 ゆえに黒須はコンテナの山があった方向を見た。


 するとまだ崩れ落ちていないコンテナの山の頂上に、あの銀鎧の怪人の姿があった。焼けて黒くなった鎧を支えるように手でおさえながら、ヒーローたちが全員コンテナに沈みすぐに抜け出してこないかを確認していた。


「……危なかった」


 銀鎧の怪人はそうつぶやくと、コンテナの山から飛び降りた。そして離れていた場所の黒須に向かって、よろめきながらも歩いて近付いてくる。


「助けてくれて、ありがとう。ところで、あなたはどこの怪人?」


 銀鎧の怪人が黒須に近付くと、その銀鎧が靄のように消え去った。

 二メートル近い大柄で恐々とした鎧の中から、あきらかに採寸の合わない百四十センチほどの小柄な女の子が現れる。


 その少女の見た目は中学生ほどだったが、服は近くの高校の青い学生服だ。長いストレートの髪は銀鎧の色を吸い込んでいくと不思議と徐々に黒く染まっていく。瞳も髪と同じく沈むような深い黒で、その服装に飾り気はなく、髪をまとめるために首に掛けられた大きめのヘッドホンだけが唯一の装飾だった。


 それは黒須の勝手な印象だが、どこか冷たそうな雰囲気を持つ、落ち着きを持った少女だった。


「!? 隠れて、こっち!」


 背後から何かを感じ取った少女が、黒須の手を引いて貨物の後ろに押し込んだ。


 その瞬間、ヒーローたちの沈んだコンテナの山の手前に、小さな光が瞬く。


「レッドさん! ブルーさん! 大丈夫でしたか!?」


 高く積もったコンテナの山のふもとに、ジャスティスホワイトがその光の瞬きと共に現れた。


 黒須と銀鎧の怪人だった少女にジャスティスホワイトは気付かず、コンテナの山に近付いて一番上のコンテナに手をかける。


「んんっ!」


 ホワイトは小柄な体ながらも一つ百キロ以上あるはずの鋼鉄製のコンテナを軽々と横に転がしていく。コンテナに埋もれてしまったレッドとブルーの救助にまわっているようだった。


「……私たちに気付いていないみたい。……今のうちに、逃げよう」


 黒髪の少女は黒須の手を引き、街灯の無い埠頭の道を静かに駆け出した。黒須はその少女の小さな手に引っ張られるように連れられて行く。


「とりあえず、ここらへんももう危ないって、他の怪人たちにも伝えなきゃ」


 黒髪の少女はポケットから携帯端末を取り出し、手早くメールを打ち始めた。


 背後では超質量のコンテナが転がる金属音が鳴り響いており、ホワイトはどうやらレッドとブルーの救助に夢中で、逃げ去ろうとする黒須と少女の姿が見えていなかったようだった。


 だが……。


「ホワイト! どけ!」


 コンテナの中から叫び声が響き、同時に銃撃が放たれた。


 コンテナに体を挟まれたままのブルーが、片手で黒須を狙撃したのだ。


 その不意を突いた弾丸は、黒須の脇をすり抜け、黒髪の少女の背中に直撃した。


「っあぐぅ!」

「!?」


 少女の体が弓なりに弾かれ、黒須の手を手放して前に転がっていった。


 さらに乱雑に連射される弾丸が黒須の肩や足首をかすって飛びぬけていく。黒須は少女の体を抱え、飛びこむように再び倉庫街の裏道へと逃げ込んだ。


「くそっ! ホワイト! またあの怪人は不意打ちを仕掛けてくるかもしれないぞ! 周囲は俺が警戒するから、早くこのコンテナをどかしてくれ!」

「は、はい!」


 ホワイトは再びコンテナに手をかけた。


 ヒーロー戦隊といえど、コンテナに身を挟まれたこの状況で必殺技級の強烈な一撃を打ちこまれれば無事では済まない。そんな奇襲に怯える緊張感の中で、ジャスティスレンジャーたちはコンテナから抜け出そうと必死にもがいた。ジャスティスレッドとブルーがコンテナから抜け出すまで、約八分と相当な時間がかかってしまっていた。


 しかし、彼らにとって恐るべき正体不明の怪人が、再びここに帰ってくることはなかった。



          ▼       ▼



「フゥーッ! フゥーッ!」


 黒須はマフラーの内側から呼吸を押し出した。


 怪我を負った謎の少女を抱えてすでに十分間ほど走り続けている。スタミナに自信のない黒須がマフラーを口に巻いて走ったのだから、息が切れるのは本当に早かった。


 だが目的地に着くのもすぐだった。


 埠頭から事務所区画の裏通りを抜けて、七階建てのマンションの中に黒須は飛び込んだ。


 閉まりゆく自動ドア越しにヒーローたちが追いかけてきていないことを確認し、黒須はマンション一階奥の角部屋まで走る。すぐにポケットから部屋の鍵を取り出して扉を開けると、滑り込むように部屋の中に入り込んだ。


「フゥー! フゥー! フゥー!」


 黒須は扉の内側で呼吸を落ち着ける。


 廊下を進んでリビングの扉を開け、部屋のカーペットの真ん中に少女をうつ伏せに横たえた。


「う、うう……!」


 少女はうめく。学生服の背中部分が大きく破れ、右肩甲骨下部付近の皮膚が手のひらほどの範囲で火ぶくれを起こしていた。ヒーローたちに撃たれた傷が痛むようだ。


 しかしコンクリートをぶち抜く銃弾の直撃を受けたにしては軽すぎる被害だったといえよう。


 とはいえ無視できるような傷害の範囲ではないので、黒須は引き出しから救急キットを取り出して、中から火傷にも使える消毒用のスプレーを手に取ると、すぐに傷口に吹きかけた。


「いっつぅ……!」


 消毒用の救急スプレーが背中に触れると、しみつく痛みで少女が声を漏らす。


 黒須はすぐに大判のガーゼで傷口を覆い、テープで留めた。


「う、う……。ありが、とう」


 少女が途切れ途切れに感謝の言葉を言う。彼女はしばらく痛みに身を縮こませていたが、やがて這いあがり、壁に手をつけて上半身を起こした。


「二度も助けてくれて、本当に、ありがとう。おかげで死なずに済んだみたい……」


 少女はさっと部屋を見回した。


 そこは十二畳の大きな部屋だった。3LDKの家族向けの一室だ。シングルサイズのベッドにソファーベッド、机にはノートパソコン。組み立て式のパイプハンガーラックには、グレーやブラウンといった地味めな色合いの服が12着ほど。ゴミ箱は二つ。インターネット通販の大きめの段ボールが部屋の端に一つ。テーブルの上には飲みかけの缶コーヒーが一つ。テレビだけが50インチと非常に大きいが、基本的に家財は一人暮らしのものだ。


 黒系色の家具が多く落ち着きのある部屋だったが、割と綺麗に片づけられているせいかモデルルームのようにどことなく味気なく見えた。見渡してみてもポスターの類は一つもなく、黒須の人となりを感じさせるものはない。


 だが、ノートパソコンのある作業机には幾重にも難しそうな数式の並んだ紙が張られている。その数式が意味するところは少女には分からないが、何かしらの仕事か趣味を持っていることだけは理解することができた。


「……ここは、あなたの部屋?」


 黒須はこくりとうなずくと、テーブルからメモ帳とボールペンを取り、文字をつづって少女に見せた。


『大丈夫か?』


 メモには几帳面な字でそう書かれていた。

 

 その黒須の突然の筆談に、少女は不審がった。


「メモで会話するの? ……もしかして、しゃべれないの?」


 黒須は再びうなずく。どう説明するか黒須は少し逡巡した後、口元のマフラーを手で掴み、顔を保護するラバーマスクを引きのばして自分の顔を晒した。


 フードの下に隠された、黒須の火傷で黒くただれた顔が、部屋の明かりに触れあらわとなった。


「えっ!? そ、それは、マスクじゃないの!」


 黒須は左右に顔を振った。黒須の火傷は、人間離れして醜いものだった。


 顔面全体が炭のように黒ずみ、壊死した皮膚がくぼんで潰瘍をつくっている。

 網目状に収縮した表皮の内側には、頬骨筋、頬筋、口輪筋といった表情筋が表出ており、体内から噴き出した浸出液がラバーマスクに糸を引くほど溢れていた。

 唇を無くした口角は黒紫色に変色し、葉脈のように収縮した表皮が喉の奥まで波打っている。隙間なく充血した目の周辺も眼輪筋がむき出しになっており、眼窩は異様に窪んでいた。


 その火傷のただれはフードで隠れた頭部まで続き、首の下も全ての皮膚が筋張っていた。よく見れば手袋と袖の隙間に見える手首にも同様の火傷の痕が残っており、その傷跡はほぼ全身に広がっているのだとよくわかった。


 これではヒーロー戦隊に悪役に間違われても仕方がないだろう。と、黒須は考えながら、再びマフラーで口元を隠し、メモ帳のページをめくって再び文字を書き連ねた。


『さっきの全身タイツの連中は何者だ?』


 少女にメモを見せる。少女はそのメモの内容に驚きを見せた。


「何者って、あいつらはヒーロー戦隊に決まってるよ。……もしかして、あなた……、本当に、怪人じゃないの?」


 黒須はうなずいた。


 確かに黒須の顔はホラー映画の殺人鬼じみていたが、黒須自身は悪事など働いたこともない引きこもりの青年だった。学業は通信教育で済ませたため友達もいない。ヒーロー戦隊のような謎の武装組織に狙われる理由など、あるはずがないのだ。


『君はいったい、何者だ?』


 再び黒須は少女にメモを見せた。


「……私はメダル怪人の、リング・ナイトロード。……本名は湯田あかね。第八高校の一年生で、仲間からはユダって呼ばれてる。……あなたは?」


 黒須は再び手早くメモを書いて返答する。


『黒須 仁(18) 一般人』

「そう、やっぱり、怪人じゃないのね。……それなのに、どうしてヒーロー戦隊に立ち向かったの?」


 立ち向かった、などとは勘違いも甚だしい。実際は全て偶然の出来事。黒須の醜悪な見た目と、発声障害のハンディキャップが生み出した単なる悲劇だった。


 ゆえにそのことを黒須はメモに書いた。


『勝手に勘違いされただけだ』

「だとしたら、生き延びられただけでもすごいことだよ。普通なら、ヒーローに襲われて、三十分以内には死んでいるもの」


 ユダの口から物騒な話が出る。ヒーロー戦隊と怪人との戦いだなんて、テレビの中でしか見た事のない話だった。だが、実際のその戦いは放映できるような生易しいものではなかった。


 彼らのおもちゃじみた武器から放たれる必殺技は、確実に人を殺せる威力があった。倉庫街のコンクリートをいともたやすく吹き飛ばしたあの銃と斧も、当たっていれば当然の如く黒須をミンチ肉にしていたことだろう。


 それだけでなく、そのバカげた威力のある兵器を使われてまで襲われる必要があった、怪人、という存在も不思議なものだった。


 黒須は再びメモを書き、ユダに質問した。


『怪人とは?』

「怪人は私みたいな、一度死んで、特殊な能力を身に付けることができた人の事。たとえば私は、いくらでも、どんなコインでも作りだすことが出来る」


 ユダは手を前に差し出すと、手のひらの上に大量の硬貨を湧きださせて見せた。


 溢れてこぼれる硬貨は多岐にわたり、五百円玉から一円玉、スイスの5フラン硬貨やアメリカの50セント硬貨まである。それらは金属音を鳴らしながらカーペットの上に小さな山を作り、消えることなく新品特有の光沢を放ちながら転がって沈黙した。


「あと、変身も出来る。変身すれば、普通の人の何倍も強くなる。警察の拳銃だって、痛くもかゆくもなくなる」

『他には?』

「他には無い。変身できれば、だいたい怪人」

『それだけなのに、無条件で殺されるのか?』

「うん、怪人は法律では裁けないから、ヒーローたちが退治しているんだって。私が生まれる前から、ずっとそういう仕組みらしいよ。私たち怪人はたとえ何も悪いことはしていなくても、怪人ってだけで殺されちゃう。……でも、あなたに限って言えば……、えっと、クロス、さんは、怪人じゃないから、誤解が解ければ、大丈夫、だと思う」


 ユダがクロスに気を使った回答を返す。クロスが一般人だと分かったからにはこれ以上巻き込むわけにはいかないと、そう考えてくれているのか、ユダはクロスから一歩引いたかのような立場で説明を始めていた。


 それに気付いたクロスは、どこか他人事のような感覚で回答を返した。


『恐ろしい話だ』

「本当に、そう。最近、ヒーローたちのレーダーの性能が上がったって話を聞いていたけれど、まさか、人間の状態でもこんなに簡単に見つかるなんて思っていなかった。……明日は学校が休みだから、モリスと、トミー君にも、このこと伝えなくちゃ。……あ、モリスとトミー君は、私と同じ怪人仲間。ちょっと、電話をかけるね」 


 そういうとユダは、ポケットから携帯端末を取りだして電話をかけ始めた。


 電話のスピーカーから呼び出しのコール音が漏れて聞こえてくる。やがてコール音が止まると、ユダと同世代くらいの若い女の子の声がスピーカーから大きく漏れて部屋の中に響いた。


『やっほーユダっち! どうしたのー!』

「さっき、船着き場で、ジャスティスレンジャーに襲われた」

『え、……ええーっ! だ、大丈夫だったの!? 怪我はなかった!?』


 スピーカーから響くその大きな声に押されて、ユダは一瞬スピーカーから耳を離した。


「う、うん。大丈夫。クロスさん、っていう、すごく強い人に、助けてもらえたから」


 クロスはそのすごく強い人という評価を受けて、慌てて首を左右に振った。だが、ユダはそのクロスの反応に気付かずにそのまま電話を続けた。


『クロスさん? 聞いた事のない怪人さんだね? 違うエリアの人?』

「ううん、一般人の人だって」

『ええっ、一般人!? なにそれわけがわからないよ!? その人、ほんとに強いの?』

「……強いよ。ジャスティスレンジャーの弾丸をすべて回避して、迷路に誘い込んで返り討ちにして、その上ジャスティスレンジャーに幻覚を見せて必殺技を回避したりてた」

「オォゥ!!?」 


 クロスはユダのその盛大な勘違いに目を見開いた。首をこれでもかとブンブンと振るが、ユダは電話に夢中でクロスの様子にまるで気が付かなかったようだった。


「とにかく、そのことは明日詳しく話すから、明日は予定通り駅前に集まろう」

『オッケーいいよー! そんなに頼もしい助っ人が来たのなら作戦会議をしないとね! やっと秘密基地に帰れるかもしれないよ! トミー君にはあたしから連絡しておくから、ユダッちはちゃんとその人を連れてきてよねーっ!』

「あ、ま、待って! その人は私を助けてくれただけで、別に協力してもらえるとはまだ言ってなくて!」

『そこはユダっちの腕の見せ所だよっ! 色仕掛けでも何でもして、絶対に連れてきてよ! 私たちだって命がかかっているんだからさ!』

「い、色仕掛けだなんて、そんなの、私、出来ないよ!?」

『やるの! やんなきゃだめ! ユダッちは黙ってさえいればクールビューティだから余裕だよ! 明日、駅前で待っているからねー』

「ま、まって! モリス! モリスー!?」


 ユダは電話がいつの間にか切れていたことに、通話終了の文字が浮かぶ携帯端末の画面を見て気が付いたようだった。


 どうしたものかと、ユダはオロオロとクロスの顔と携帯端末を交互に見た。


「ご、ごめんなさい……。急な話の流れで、うまくかじを切れなかった。でも、あなたに迷惑をかけるつもりはないから……。これは、私たち怪人の問題だもの」


 ユダはそう言うと、通話画面を切った携帯端末をポケットにしまった。


 だがどうにも迷う心が残っているようで、伏せ目がちに視線を下に向けながらも、チラリとクロスのフードの中を覗き込み、僅かな希望を託すように言った。


「でも、もしかして、ほんの少し、ほんの少しだけでも、力を貸してもらえたりって、できたり、しますか?」

「……」


 クロスは少し考え込むと、再び、ボールペンを動かした。


『おそらく、期待には添えない』

「そ、そうだよね。ごめんなさい。一般人のあなたを巻きこんではいけないって、分かっていたつもりだったけど。……明日、朝一番でモリスの所に言って、この話は断ってくる」


 ユダは意気消沈した様子で目を伏せた。


 するとすぐに、なぜだかユダは部屋の四方の壁と天井を見渡し始める。そして再びクロスの方に向き直ると、遠慮がちに話し始めた。


「あ、あの、ところで、この建物には、何人くらい住んでいるの?」

「?」


 クロスはそのいきなりの質問に疑問符を呈す。だが不思議に思いながらも、とりあえずメモに速記して答えた。


『おおよそ 70~80人』

「あ、あの、それじゃあ……ものすごく、頼みにくいことなんだけど。……今日だけでいいから、泊めてもらっても、いいですか?」

「!!?」

「ち、違うの! あの、ヒーロー戦隊のレーダーって、人が多いところだと怪人を見つけられないらしくて、でも、最近は精度が上がったみたいで、多分、ここを出れば見つかってしまうから、どうしようもなくて。……あ、あの、廊下でいいから、泊めてください。色仕掛けなんて、しないし、迷惑も、絶対かけないから……」

「…………」


 クロスは少しばかり困惑したが、もともと人がいいこともあり、すぐにうなずいてユダに許可を出した。


 そして、さらにメモ帳に文字を速記してユダに見せる。


『分かった。だが寝るからにはベッドを使ってくれ』

「そ、それはさすがに申し訳ないよ。わたしは、押し込み強盗みたいなものだから」

「……ッム、ムゥ」


 クロスは手早くメモをつづって返した。


『強盗なのか?』

「ち、違った!? え、えっと、押し掛け女房?」

『駆け込みの居候?』

「そ、そう! たぶん、そんな感じ。だから、気遣いなんて、いらないから」

『怪我人は ベッドで寝てくれ』


 怪我人という単語を見て、ユダは背中のやけどがチクリと痛んだかのように背中の傷を片手でさすった。


『あと、これを着てくれ』


 そういうメモをクロスは見せると、ハンガーラックから一着の黒のジャージの上着を取りだし、ユダに放り投げた。


「これ、いいんですか」


 クロスは小さくうなずく。


 ユダはあまり気にしていないようだったが、背中の服の破れは存外に大きく、下着も肌着もまとめて引き裂かれ肌が丸ごと露出していた。そのような状態の少女をそのまま部屋に泊めてしまうのは論理衛生的にも非常によろしくない。仕方なくまだパジャマ代わりにしても違和感のないジャージを着てもらうほかなかったのだ。


「……ありがとう、今度、洗って返します」


 クロスはそのユダの言葉にふと疑問を思い、手早くメモを書いた。


『返しに来れるのか?』

「そ、そうだった。私たち、一夜限りの関係だった」

「……ン、ンゥ」


 出来れば、その言い方は勘弁してほしかった。


 たしかに黙っていればクールビューティという、さっきの電話口の評価は妥当だとクロスは静かに思った。


 そして一夜限りの関係、というのもあながち間違いではない。


 クロスはユダの申し入れを断ったのだ。あきらかに危険な世界の住人である彼らが再び逢いに来てくれる理由も道理もない。ユダと会う機会は今回が生涯で最後になることも必然だろう。


「あの、せめて、お金は払うから」


 そういうとユダは、テーブルにいくつもの五百円硬貨をジャラジャラと生み出していく。


 そのユダの様子に、クロスはあわててメモを新しく書き足した。


『いらない おそらくそのお金に価値はない』

「あ……、ご、ごめんなさい! 気を悪くした? この、お金は、私が責任を持って、捨ててくる」


 ユダはあわててテーブルの上の五百円玉をかき集め、制服のポケットに詰め込み始めた。


『消せないのか?』

「うん、硬貨は、生み出した時点で、すでにただの金属だから。だから私は、本物の硬貨でも武器に出来るんだけど、物質を消すのは、それ専門の怪人にしかできないことだから」


 そう説明するとユダは、制服のポケットに硬貨を詰め込むのをやめる。代わりにジャージの上着のポケットに硬貨を全て詰め込み始めた。


「じゃあ、あの、これ、着替えるね」


 ユダは硬貨を全て手に持ったジャージのポケットに詰め込み終えると、クロスに背中を向けて少し離れていった。ベッドの反対側に座り込み、ユダは頭だけ出して隠れると、制服のボタンを一つずつはずしていく。


「……!?」


 クロスは慌ててユダに背を向けた。


 ユダは制服のボタンを全て外し終えると、肌着もひとまとめに脱ぎ捨ててベッドの上に乗せた。


「あ、ブラも壊れちゃってる。……まあいいか、無くても同じだし」


 ユダにはブラジャーを使って支えるような贅沢な肉は僅かたりとも存在しない。発育がよろしくないのが原因か、ユダには警戒心がずいぶんと少なく、ベッドの向こう側で当たり前のように上半身裸になると男物LLサイズのジャージをすぐにその上に着てチャックを閉めて立ち上がった。


「……ブカブカ」


 ユダは自分のジャージ姿を見ながら、再びクロスに向かって振り返った。


 たしかにユダにとってクロスのジャージはブカブカだった。袖は手を指先まで覆い隠しており、下はスカートを全て包んでしまえるほど大きい。首元は縦織りゴムのハイネックのため隙間なく喉を隠してはいるが、あきらかにバランスの取れたファッションとは言えなかった。


「中になにも着てないと、なんだか少し、スースーするね」


 ユダは自分の胸に手を当てて言った。


 ユダは肌着を一切着ずにジャージを着たようだった。ユダの手元には脱ぎ捨てられた穴のあいた制服と、白いジュニア用スポーツブラが転がっている。


 仮にも男であるクロスの部屋で、さすがにそれは無防備すぎるといえるだろう。


 ゆえにクロスは急いでメモを書き足した。


『申し訳ない 今なにか肌着を持ってくる』

「あ、大丈夫! これだけでも、充分あったかいから。これ以上は、もらえない。もらったら、私が頼んで迷惑をかけたことになっちゃう」


 ユダは遠慮していた。よほど一般人に関わることが禁忌なものであったようだ。


「本当に今日は、何から何までありがとう。私、今日はもう寝るね。明日はきちんと、モリスに断りをいれておくから」


 ユダはクロスのシングルサイズのベッドの上に乗ると、ジャージから飛び出した小さな手で布団の端をおもむろに掴んだ。


「あ、布団は使ってもいいって、言われてなかった」


 ユダはクロスを振り返り、幼さの残る瞳で懇願するようにジッと見た。


「……使っても、いいですか?」


 クロスはすぐに小さくうなずいた。


「ごめんなさい、……ありがとう」


 そうユダは答えると、クロスに背を向けて布団を頭までかぶって眠った。クロスの布団が楕円のふくらみを見せ、何度か小さく揺れ動ぐと、やがてベッドの上のユダの動きは静止した。


 クロスはひとまずこの場を離れた。さすがにレザーのロングコートのまま眠ることはできそうにもなかったので、ハンガーラックからパジャマ代わりにしているパーカーを持ちだし、フローリングの冷えた廊下を歩いて一つの小部屋に入った。


 クロスが入った小部屋はトイレ付きの一般的なシャワールームだった。ユダの姿が見えなくなると一気に現実的な世界に引き戻されたかのように感じ、少しばかり冷静になれる。


 白とライトブルーのタイルで出来た床に、FRP素材の簡素なパールホワイトの壁が四方を囲うシャワールーム。そのいつも見知った空間に入ると安心感がクロスの中に満ち、暖かなシャワーの流水を恋しくさせた。


 クロスはまず、マフラーを外して棚に置いた。フードの中に手を入れて首の後ろのマジックテープをはずし、ラバーフェイスマスクをはがして棚の上のマフラーに重ねて置く。


 黒くただれた顔が鏡に映されていたが視界に入れない。クロスはロングコートを脱いで、火傷を保護していた体に張り付けられているラバージャケットも掴むと、ベリベリと音を鳴らしながら潰瘍部から浸出液の糸を伸ばすラバージャケットを外した。


 クロスのやけどは体のほぼ全面に広がっていた。顔面、首元、胸部、わき腹、肩、両腕、手の甲。いずれも黒く変色し、深い潰瘍が穿たれた皮膚はウジが湧きそうなほどに醜悪だ。


 血の涙が出そうなほどに赤く染まった両目、唇の無い縦に裂けた口、格子状に空洞のあいた頬。そして皮膚を裏返して腐らせたかのような肉体。知らぬ人が見れば、まず間違いなくクロスのことを悪魔と呼ぶだろう。


 不慮の事故でこのような体になってさえいなければ、おそらくクロスは学校にだって通っていたかもしれないし、もしかすれば友達とおしゃべりしていたかもしれない。


 それは何千何万回と鏡を見る度にクロスの考えることであった。だが、それを思い出すのは久しぶりのことでもあった。


 元々赤い目だけは生まれつきだったので、この体でなくとも友達も出来なかっただろうし、顔も何かしらで結局は隠していたと思う。そう考えるようになってからはほとんど受け入れた自分の見た目だった。


 だが、ユダと出会って、……いや、久方ぶりに他人とつながりを持って、クロスは一人で居続ける事の寒さを思いだしてしまっていた。明日、ユダがこの家を出た瞬間から、クロスはまた再び一人ぼっちに戻る。

 本を読んで、テレビを見て、退屈しのぎに始めた難解数式を解く遊びをしたりして、机に座ったまま無為に一日が過ぎるのだ。そのことを考えれば、自然と火傷を撫でる手にも力がこもってしまっていた。


 一人ぼっちは正直嫌だった。出来ることならユダには力を貸してあげたい。先入観を持たれずに他者と知り合える機会など、クロスにとってそれは奇跡に他ならないチャンスでもあるのだ。


 だが、ユダに手を貸したとして、何の役にも立たないことは明白だ。相手はヒーロー戦隊であり、今夜は特別運が良かっただけで、次に会えば殺されるのはクロスの方だろう。


「……」


 クロスは首を振って考えることをあきらめた。人とつながりを持つことは、クロスの醜悪な見た目の特性上、不可能な事なのだ。


 冷たい心をいやすため、黒須はシャワーの蛇口をひねった。ボイラーの動く音だけが、遠くから静かに聞こえていた。



        ▼        ▼



「なんだったんだあの怪人は?」


 場所は夜の埠頭。崩れた積木のように積み重なったコンテナの山のふもとで、変身を解いた三人の男女が会話する。


 海沿いの街灯の下でジャスティスレッドは変身を解き、青年・赤井和人に戻っていた。


「結局、戻ってこなかったですね。怪人を助けに来ただけの増援だったのでしょうか?」


 変身を解いたジャスティスホワイト、白石つかさはそう言った。

 小柄な体に、華奢な手足。白みを帯びたロングヘアー。服装は白のふんわりとしたニットワンピース。飾り気はないが、清楚という単語かしっくりくるような高校生。それが白石つかさだった


 そしてその隣、ジャスティスブルーも変身を解き、青柳瞬に戻って会話を始めた。


「だとしたら助かった。身動きが取れない状態でそこの重油にでも火をつけられていたら、俺たちはただでは済まなかったはずだ」


 レッドの赤井和人とブルーである青柳瞬の二人は、ユダと同じ藍色を基調とした高校の制服を着込んでいた。襟元に沿って描かれたネイビーブルーのライン縫いに、辞書のデザインの胸元のエンブレムは完全にユダのものと同一だ。


 しかし闇夜での戦闘であったがゆえにそのことに気付けた者はいない。


 三人は顔を見合わせ、これからの予定について話し合う。


「明日、また駅前に集まって対策を練ろう」

「夜はまたバーに集まって、ニーナさんになにか知ってることはないか聞いてみませんか? 元怪人だったニーナさんなら、きっとあの怪人について何か知っているかもしれないですし」

「賛成だ。パープルとイエローには俺から連絡しておく」

「頼んだブルー。今日はここで解散にしよう」

「ああそうだな。レッド、お前はちゃんとホワイトを家まで送ってやれよ」

「言われなくてもそうするよ。行くか、ホワイト」

「あ、ありがとうございます、レッドさん!」


 ホワイトはレッドの腕に寄り添った。ホワイトはさぞ幸せそうな顔をして。レッドの片腕に両手を巻きつけ、二人並んで街の明かりに向けて歩きだした。


「あの怪人。まさかな……。いや、そんなはずはないか……」


 ブルーはそうつぶやいて、暗がりの路地に向かい、自分も自宅に向かって歩き出した。


 楽観視はろくな結果につながらない。散々怪人との戦いでその教訓を学んでいたブルーはそのことを思い浮かべて空を見る。星が見えそうなほど晴れた夜空に見えたのは、不気味な予感。


「正義が悪を求める限り、か……」


 いつになったら戦いは終わるのだろう。


 自然と浮かんできたそんな疑問は胸の内で噛み殺した。答えは簡単だ。永遠に戦いは終わらない。だが、そんが現実は信じたくない。そう思ってしまう程度には、ブルーもまだ年相応の子供だった。



        ▼       ▼



「……」

「すぅ……、すぅ……」


 クロスがシャワーから戻ってくると、ユダはすでに寝息を立てて眠っていた。


 これでも一応、男の部屋なのだが、ユダには危機意識というものがないのか心地よさそうに眠っている。実際クロスは安全な男であるとはいえ、一応それは少し複雑な気分であった。


 ともかくクロスもソファーベッドの背もたれを倒し、黒いレザーのロングコートを布団代わりに掛けて、横になった。


 死の恐怖を感じた夜だったというのに、不思議と襲撃の恐怖におびえることはなくクロスは眠りに落ちていった。



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― 新着の感想 ―
[一言] つまり怪人ってのはあれか、555のオルフェノク的な?
[一言] すごい面白いです、 何となくダークヒーロー無双かな?って読み始めましたが すごく引き込まれる世界観でとても好きです この先の展開が楽しみです!
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