第十七話 ヒーロー戦隊も怪人も消え去り、後に残ったのは正義の味方ただ一人
「グオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
ジャスティスイエローは荒々しく咆哮し、誕生した。
そのやや前傾になった姿はまるで獣のようで、しかし身に付けた漆黒の鎧は下手な甲冑よりも分厚く、エッジの効いた関節部は牙のように刺々しい。
三メートルを超える体躯に屈強な太い双腕。背中には刃のようにささくれ立ったビロードの毛。鎧の隙間には脈動して光る黄色いネオンの光。頭部はたてがみの無い獅子のような特殊な造形のフルフェイス兜。鋭い眼光からは黄色い光が溢れ、殺意を持った視線を周囲に巻き散らかしている。
その獣じみた大鎧の怪人の姿を見て、怪人たちからどよめきの悲鳴が上がった。
「そ、そんな! わたし、あの怪人の姿を見たことがあるよ!」
「俺も見たことがあるぞ! あの形状は、まさしく…………!」
「あり得ないでござる! こんなこと、あり得ないでござるよ! なんでそんなに、そんなにも、怪人王ゾシマ殿にそっくりなのでござるか!?」
巨大な獣大鎧の怪人・ジャスティスイエローは、ゆっくりと怪人たちを見下ろした。
採寸も形状も装備も大まかには違うが、鎧の光沢やネオンの光り方、獅子のモチーフなどは完全に怪人王ゾシマに酷似していた。
イエローは兜の口を動かし、機械音声が混じったような声で言った。
「似ているのは当然だ。私こそが怪人王ゾシマの娘。私こそが、怪人の裏切り者ファントムの名を継ぐ者なのだからな」
「なんだと! イエロー! お前は俺達を、ジャスティスレンジャーを、最初から裏切っていたのか!?」
レッドが叫ぶ。
イエローは三メートルもの身長ゆえに高い視点からレッドを見下ろし、そして叩きつけるような怒りを込めた言葉を語った。
「どちらかといえば裏切ったのはお前の方だレッド。怪人を殺すという役目から逃げやがって。そもそもジャスティスレンジャーは、怪人王ゾシマが怪人を殺すために作り上げた組織だ」
「なんだって!?」
レッドが驚愕する。少し離れた所に立つ怪人たちも、その真実に絶句していた。
「こうなったからには最初から全部説明してやる。そもそも私の父、怪人王ゾシマは、カタギレンジャーとも戦った事もあるような正義の検事だった。世界崩壊の真実を知り、世界の危機を防ぐために五色の六法全書をつくり、法律戦隊ジャスティスレンジャーを創設した。だが、新たなヒーロー戦隊を作っただけでは同じことの繰り返しだ。だから私の父は怪人のコアを探し求め、永久にヒーロー戦隊が成長しないで勝ち続けることができるシステムを作ろうとしたんだ。だがそれには一つ誤算があった。コアを見つけた瞬間、自分か怪人王に選ばれたんだ。最初はそれも幸運と考えていたらしい。私をジャスティスイエローに選んで、それから六法全書に4人のヒーロー戦隊を選ばせた。運よくゾシマの息のかかったパープルが選ばれ、さらにはカフェの店員のニーナさんも怪人王の部下であることを疑わせずに組み込むことができた。そうしてジャスティスレンジャーは、怪人王ゾシマの最強の操り人形として完成したんだ」
ジャスティスイエローは手を掲げると、その怪人王ゾシマと同質の漆黒の装甲を眺めながら、思いをはせるように続きを語った。
「だが、ここで一つ問題が起きた。怪人王ゾシマは、怪人と交流するうちに、怪人が完全な悪人ばかりではないことに気付いてしまったんだ。……ちょうどレッド、お前と同じ感覚だろうな。そのまま怪人を処刑していけば世界を安定させることができただろうに、怪人すらも助ける方法はないかと模索し始めた。それが失敗の始まりだ。処刑してもいいような悪事を働いていた怪人が減って、無害な怪人が数を増やしていくと、怪人たちの絶対数に合わせて怪人王の力が高まっていった。気付いた時には怪人王ゾシマの力は地球をたやすく破壊できるまで強くなっていた。当然そんな強さの怪人王だ、もしジャスティスレンジャーが決戦を挑んでくる事態になれば、核兵器なんて目じゃない兵器が現れるのは確実だった。完全に失敗したんだよ、私のお父さんの計画は」
「ちょっと待て、俺たちヒーロー戦隊が怪人王ゾシマと戦った時、たしかに怪人王は強かったが、そんな世界を破壊できるほど極端な強さでは無かったぞ!?」
「当たり前だ、怪人王ゾシマは自分の能力を封印して、そして死ぬことで責任を取ったんだからな。歴代のヒーロー戦隊の封印が解けたのもそれが原因だ。……その後は知っての通りさ。怪人王ゾシマは死に、害の少ない怪人だけが生き残り、コアはここに隠された。父は最後の最後まで怪人たちの生き残る道を探していたが、結局、その答えは見つからなかった。最初から私にコアを渡していたらこんなことにもならなかったんだが……、まあ、これはこれで悪くはない」
イエローは自分の手を眺めることをやめ、片手を頭上に掲げると、鋭く尖った鎧の爪をはじいて鳴らす。
するとその瞬間、黒鉄で作られた黄色のラインの光を放つ、巨大な両刃斧がその手の中に顕現した。
「レッド、ここから先の戦いにジャスティスレンジャーは不要だ。すべての怪人は私が処刑する。甘ったれた小僧はお家に帰んな!」
「誰が帰るかよバカイエロー! 俺は今日、初めて六法全書を処刑のためではなく、誰かを守るために使うんだからな!」
レッドは六法全書を眼前に構え、チラリと怪人達の姿を見た。
怪人たちはそんなレッドを見て、その決意を互いに認めるように無言でうなずくと、レッドも彼らに応じてうなずきを返した。
「……六法全書よ! 絶望の闇に打ち勝つ光を我が手に! 変身!」
レッドは変身した。
開かれた六法全書から光の文字の羅列が飛び出し、レッドの体を包んでいく。赤い光の羅列が消えると、赤い両刃斧を手に持ったジャスティスレッドがそこにいた。
「俺はあきらめない! 絶対にそんな間違った処刑を認めない! 俺はお前の正義を、絶対に否定して見せる!」
ヒーロースーツに身を包んだジャスティスレッドが、ジャスティスアックスの先を怪人王イエローに向けた。
さらにはレッドの背後から、さらなる威勢の声が上がった。
「私たちも、ただ処刑される怪人と思わないでよね!」
「まったくをもってそうだぜ! 俺たち怪人はただ殺されるだけの獲物じゃない! 生まれ変わっても自分の生きる道を貫き通す、熱い魂のある奴らなんだ!」
「あの心やさしいゾシマ殿が我々を裏切っていたとは信じられぬでござる。だが、たとえ裏切っていたとしてもゾシマ殿は我々を助けるため命まで張ってくれた大恩人! なれば我らとて、御方の無念は晴らすのが恩義! 我らは生き残り、彼の方の願い通り、殺し合いの無い世界を探すのでござるよ!」
ユダを除く総勢十二名の、人間形態のままだった怪人が横一列に並び、そして一斉に両腕を高く交差させた。
「「「「「「「「「変身!」」」」」」」」」
黒い闇の炎が幾重にも立ち上がり、ゴミ怪人、お菓子怪人、剣道怪人、水着怪人、ガマガエル忍者、アメフト怪人、なまはげサンタ怪人、ホステス女郎蜘蛛、歯医者怪人、消火器怪人、ディスコジョッキー神父が、一斉に黒い炎の中から現れた。
「ああそうかいザコども! 希望を持ってる所悪いが、私の力は世界最強の怪人王の力だ! もしここでいい戦いができると思っているなら、それはきっと間違いだ!」
イエローは両刃斧を振り上げる。その刃に黄色い電流が帯電し、その電熱が刃を熔鉄のように赤く発熱させた。
その瞬間だった。
シェルター入口の閉じられた鋼鉄扉が、一瞬だけ赤く光った後、轟音と共にはじけ飛んだ。
白い白煙がその入り口から噴き出すように舞いあがり、その煙の中から幾数十人の極彩色の軍勢が姿を現していく。
「待たせてすまないジャスティスレッド! ヒーロー戦隊五十一名、全員復活だ!」
白煙の中からオーパーツレッドの声が上がった。
登場してくるのは、ずらりと並んだヒーロー戦隊だった。
彼らは白煙が消えて視界が晴れあがると同時に、レッドと怪人たちの姿と、そして巨大な獣大鎧の怪人王の姿を見た。
「さあ! これが本当の最終決戦……。って! いったいなんだこの状況!?」
「そのでかい怪人はなんだ! 裏ボスか!? というかジャスティスレッド、なんで怪人たちと共闘しているんだ!?」
当然の如く、ヒーロー戦隊はジャスティスレッドの置かれている状況を呑み込めないでいた。振り上げた武器の矛先を向ける方向が分からなくなり、混迷を極めたこの状況に戸惑っている。
「ちぃっ! いまさら来るのかよ! 忘れたころにやってくるとは、正義の味方の風上にも置けねえ奴らだぜ!」
そのヒーロー戦隊の登場にイエローは苛立ちを見せた。その振り向く動きに合わせて怪人王の大鎧が擦れ合い、筋肉が軋むような摩擦音が鳴った。
その瞬間、レッドははっと気がつき、イエローよりも先手を打つべく、慌てて叫んだ。
「みんな聞いてくれ! こいつが本当の悪の親玉だ! 俺たちは騙されていた! 俺の後ろにいる怪人たちはみんな被害者で、すべての元凶はこの大きな怪人のほうだ!」
「なっ!?」
その叫びを聞いたイエローは驚き一瞬だけレッドを振り返ると、すぐにイエローはヒーロー戦隊に向き直って叫んだ。
「騙されるなみんな! 私はジャスティスイエローだ! 今の私の姿は奴らの罠! レッドは怪人の能力で操られている! 本当の敵は、レッドの後ろの怪人たちだ!」
状況が掴めないヒーロー戦隊は、ジャスティスイエローの言葉でさらに混乱した。
「お、おい! その声、本当にジャスティスイエローか!? 何がどうしてこうなった!? どっちが本当の敵だ!?」
ヒーロー戦隊は戸惑った。誰もすぐには行動に移れず、全員がレッドとイエローを交互に見て、何をどうすればいいものかとただ傍観した。
「本当の敵はジャスティスイエローだ! イエローは怪人王ゾシマが送り込んだスパイだった! あの姿はイエローの本当の姿なんだ!」
「騙されるんじゃねえ! この姿は奴らの幻術で、本当の敵はそこの怪人どもだ!」
「くっ! わけがわからないぞ!?」
判断材料がなく、ヒーロー戦隊たちは判断を決めあぐねるしかない。
だが、完全に停滞していたその追求の場に、剣道怪人がハッと思いつき、言葉を投じた。
「待つでござるよ! 我々の怪人の中にそんな幻術が出来る怪人は居らぬでござる! オーパーツレンジャーのような古参のヒーロー戦隊ならわかってもらえるはずでござるよ!」
「むっ! 言われてみればそうだな。そこのカエル忍者なら似たことは出来たとは思うが、こんな大掛かりな変化の術や洗脳は出来なかったはずだ。ならば嘘をついているのは、そこの大きい怪人の方か!」
そのオーパーツレッドの言葉にヒーロー戦隊の敵意ある視線はイエローに向いた。
イエローは鎧の口角を苦々しくゆがめて歯噛みをしたが、すぐに表情を整えて、ヒーロー戦隊に歩いて近づいていくと説得するように言った。
「待ってくれよオーパーツレッド! 私は嘘をついちゃいないぜ! ほら、この手を掴んでみてくれよ! 霧のように透き通るはずだぜ!」
「それは本当か、ジャスティスイエロー!」
オーパーツレッドがその姿を確かめるためイエローに近付く。イエローはそれに応じて、握手するように手をオーパーツレッドに向けて差し出した。
差し出された怪人イエローの手は、オーパーツレッドの胴体ほども太さがあった。さらにその手甲は刺々しく、指先は槍のように鋭い。近寄るだけでも恐怖感を感じさせるほど攻撃的なデザインの手だ。
だが、オーパーツレッドは歴戦の戦士。怯えることなくその巨大な手の指先を掴もうと近づいた。
「ダメだ! 近づくなオーパーツレッド!」
レッドが叫ぶ。
だが、もう遅い。
「なっ!」
その黒く刺々しい鎧の手は、突然オーパーツレッドの体を掴んだ。
両腕ごと掴まれたオーパーツレッドは、人形のように軽々とイエローに持ち上げられ、硬く握りしめられる。
オーパーツレッドは抜け出そうともがいたが、その手の拘束は鋼よりも硬く、当然、霧のように透き通ることもなかった。
「なかなか全部はうまくはいかないものだな。悪いがこうなった以上、一番最初に消えてもらうのはあんただ、オーパーツレッド!」
イエローは掴んだオーパーツレッドを強く握りしめる。イエローの手の内側から黒い靄がにじみ出てきて、オーパーツレッドの体を薄く包んだ。
「しまった! 超古代文明の炎の力よ! 悪しき力を封印――!」
「じゃあな!」
イエローの手の中にいたオーパーツレッドは、一瞬にして影も残さず消失した。
その瞬きすらも許さなかった一瞬の出来事に、近くにいたオーパーツブルーが叫んだ。
「な、なにをしたジャスティスイエロー!」
「なんてことはない、宇宙空間にすっ飛ばしただけだ。今頃オーパーツレッドは北極星の近くをフワフワと飛んでいるはずだぜ。ここから四百光年先だから、もう戻ってくることはないだろうな」
ジャスティスイエローはこともなげにそんなことを言ってのける。
その言葉に殺意を見たヒーロー戦隊は、各々の武器をイエローに向けた。
「ジャスティスイエロー! おまえが裏切り者か!」
「裏切り者ではない。私こそが正義の味方だ。……父は色々と甘い奴だった。ヒーロー戦隊も封印なんてせずに、最初からこうしていればよかったんだ。これで理想的な条件がそろった。最後の手段だ。ヒーロー戦隊も、怪人も、ぜんぶ殺してハッピーエンドだ!」
ジャスティスイエローはヒーロー戦隊に向けて突進するかのような前傾姿勢を取った。
ヒーロー戦隊の全員が武器を眼前に構えて、ジャスティスイエローに対峙する。
「まずは私の能力を見せてやる! 一次元・《線》! ムーブ!」
イエローがそう叫んだ瞬間、黒い巨体は黄色いネオンの光だけを残して消え去った。
「なにっ!? 消えた!?」
誰もイエローの移動する姿を捉えることが出来なかった。
ヒーロー戦隊は二歩三歩と前に進み、その不思議な事象に驚きを見せる。巨体を活かした突進を想定していたヒーロー戦隊は、それが瞬間移動であったことに気付くのに時間をかけていた。
「私は後ろにいるぞ、間抜けども! 」
「きゃあっ!?」
ジャスティスイエローはヒーロー戦隊の背後から語りかけた。
ヒーロー戦隊が背後を振り返った時には、イエローはすでに大きく振りかぶった手を振りおろし、最後尾にいたフューチャーピンクの体を鷲掴みにしていた。
「フューチャーピンク!」
スポーツレッドが叫ぶ
イエローは手に持ったフューチャーピンクを掲げて見せつけると、人質を取ったことによる余裕を見せ、自分の能力を解説し始めた。
「これが私の能力、《次元操作》だ。怪人王ゾシマと同じ能力さ。さっきの私は長さが無限である一次元の《線》になって、この場所に移動した。オーパーツレッドを消し飛ばしたのもこの能力だ。もはや私に距離や速さは関係ない」
「くっ! フューチャーピンクを助けるんだ! 総員! 一斉突撃を敢行せよ!」
ミリタリーレッドが叫ぶ。
ヒーロー戦隊はろくな作戦もなしに、ジャスティスイエローに向かって全員が突撃を始めた。さらに遠距離攻撃な得意なヒーロー戦隊もジャスティスイエローに向かって後方からの援護射撃を放つ。
一見すると悪手にも見える無作戦突撃だ。だが、イエローの目的はヒーロー戦隊の壊滅。掴んだフューチャーピンクをそのまま人質として扱うつもりはないことは分かりきっていた。下手に時間を置けばオーパーツレッドのように宇宙空間に飛ばされてしまうことだろう。意外なことに、最良手段としての突撃作戦だった。
だがジャスティスイエローはそれを予測していた。フューチャーピンクを掴んだままの片手を盾にするように向け、そして技名を叫んだ。
「二次元・《平面》! ウォール!」
透明な壁がジャスティスイエローの正面に現れ、後方支援として放たれた弾丸の嵐が遮られる。さらには武器を掲げて突撃していたヒーロー戦隊もその壁を超えることができずに全身をぶつけて弾かれた。
「弾丸が、弾かれる!?」
「うぉ! なんだ! 見えない壁か!?」
透明な壁はミリタリーレンジャーの45口径フルメタルジャケットライフル弾はおろか、ガンマ光線や炎熱の刃すらも一切を防ぎきっていた。
「これは二次元で出来た壁だ。いかなる物体も厚みがゼロの壁を通り抜けることはできない。テレビ画面を触っても向こう側に行けないのと同じ理論さ。つまり私には物理攻撃は一切通用しない」
ジャスティスイエローは手を下ろしてその破壊不能の透明な壁を打ち消す。片手に掴んだフューチャーピンクを手前に掲げ、次なるヒーロー戦隊の行動を待った。
「くっ! 全員、必殺技だ! 必殺技であの壁を破壊するぞ!」
ヒーロー戦隊はそれぞれ五人一組に集まって必殺技を放とうと準備を整えていく。
だが、イエローはそれをあざ笑うように片手を向け、それらが集まりきらないうちに次なる技を放った。
「させねえよ? 三次元・《空間》 ワーク!」
「うおっ!? なんだ!?」
ヒーロー戦隊全員の体が宙に浮いた。浮き上がったヒーロー戦隊は空中で無意味に手足をバタつかせるも、一切の空中制動は不可能であった。
ヒーロー戦隊はイエローを中心にゆっくりと渦を巻くようにヒーロー戦隊は浮遊し、慣れない宇宙遊泳をするかのように不規則に体を回転させた。
「三次元の説明はいらねえな? ようするに私は、空間にあるすべての物体を自由に動かせる」
「くそっ! 下ろせ!」
「まあ、すぐ下ろしてやるよ。だがまずは順当に説明してからだ。四次元・《時間》 バック・イン・タイム!」
イエローは手に握ったフューチャーピンクを両手で包みこんだ。その瞬間、イエローの手の中から黄色い光があふれ出し、フューチャーピンクは核融合炉の中に放り込まれたかのような強烈な光の中に包まれた。
「や、やめろぉぉぉぉぉぉ!」
「安心しな、殺したわけじゃないぜ。ほら!」
イエローが手を開くと、中から一回りほど小さくなった、フューチャーピンクがちょこんとイエローの手の上で腰をおろしていた。
もともとフューチャーピンクは小柄な体系だったが、今のその姿はまるで小学生低学年レベルまで体格を縮めていた。
フューチャーピンク自身、自分の手や腹部を見て、その意外すぎる若返り現象に驚いていた。
「う、うそ! あたし、子供になってる!?」
「そんな! フューチャーピンクが、子供になっちゃった!」
「これに説明はいらないだろ? 怪人王の力は時間も自由自在に操れる。じゃあ次はお望み通り下ろしてやるとするか。五次元・《重力》! グラビティ!」
「うおぉっ!?」
宙を浮遊していたヒーロー戦隊全員が一斉に地面に墜落した。
コンクリートに盛大にひびを入れて、指一本地面から離せなくなるような過重力がヒーロー戦隊を押しつぶす。
「ぐあぁぁぁ! 地面に、めり込むっ!」
ミリタリーレッドが叫ぶ。重力の乗算は際限なく高まりを見せ、空間が陽炎のように揺らめいて見せるほどの重力場が形成された。
「無様だな。犬のように地面に這いつくばっちまってよ。死にたくなければ今すぐ変身アイテムを捨ててこの場から消えろ。そうすれば見逃してやる」
「だれがっ……! 諦めて、たまる、か……!」
「別にここはあきらめてもいいだろう? 誰も損はしないんだ。そりゃあスッキリはしないだろうが、これから起こることは今までと一緒だ。同族のよしみで力を捨てれば命だけは助けてやるって言ってるんだ。ここは素直に引き下がってもいいんじゃないのか?」
「だれが同族だ! お前はもう、悪の怪人だ!」
「私はまだ、正義の味方だ! もういい、おまえらもやっぱり世界を滅ぼす悪だったんだ。ひと思いに処刑してやるよ。五次元・《重力》! 超・グラビティ!」
「ぐあぁぁぁぁぁ!」
空間をねじ曲げるほどの重力がヒーロー戦隊を襲った。ヒーロー戦隊の下の地面がクレーターのように沈み、コンクリートにさらなるひびを入れていく。
「お前らのスーツは、核攻撃にも耐えられる無敵のスーツだ。たとえ怪人王の腕力でも切り裂くことはできないし、真空状態でも死ぬことはない。だが、たとえ内臓が破壊できなくても肺がペチャンコになれば話は別だ。窒息死なんて私の趣味じゃないが、殺せるならなんだって一緒だよな」
「ぐ、ぐっ、がっ……!」
「絶望したか? いや、お前らは絶望すべきなんだ。希望の力があの兵器になるんだ。だったらとうの昔に、そんなヒーローの力なんて捨てるべきだったんだよ」
「兵……器? ……なんの、こと、です?」
ジャスティスホワイトが疑問を持って訪ねた。
イエローはそのジャスティスホワイトの方向を向く。
「おっと、そういえばこれはオーパーツレンジャーとフューチャーレンジャー、あとカタギレンジャーくらいしか知らないんだっけか? よくも今までこの情報を隠してくれたよな? おまえらが新エネルギーの開発とか人類の進歩とか言っているせいで、この負のスパイラルが終わらなかったんだ。おかげで私は自分の手で自分の父親を殺す羽目になった。その償いもしてもらうぜ? 重力さらに倍でチェックメイトだ!」
「あがっ……!」
ジャスティスイエローが親指を下に向けて勢いよく振り下ろすと、ヒーロー戦隊全員が隙間なく地面に体を張り付けるほどの重力が加算された。コンクリートに深い穴を穿つほどの重力は、確実にヒーロー戦隊の肺から空気を絞りだしていった。
「私が操れるのはこの五次元までだが、怪人王ゾシマは九次元・《因果律》まで操ることができた。それなのに自ら死を選んだのは、世界創造能力や時空操作能力を持っていたかつての怪人王だろうとヒーロー戦隊には勝てなかったからだ。怪人王の実力に合わせてヒーロー戦隊の必殺技は強くなるからな。怪人王がどれほど強くなろうともヒーロー戦隊は必ずそれを上回る。だが、今回はその例外のようだな。元ジャスティスイエローの私なら強さの補正を受けずに済むし、ジャスティスレンジャーも四人では真の必殺技を放てない。私は最初で最後の、ヒーロー戦隊も殺せる正義の味方になれたんだろうよ。これで世界は救われる。世界はやっと、平和になるんだ。さて、あとは残った怪人どもを殺して、本当のグランドフィナーレといこうじゃないか」
イエローは這いつくばるヒーロー戦隊を見下ろすのをやめて、近くにいたはずの怪人たちとジャスティスレッドを探した。
「……ん? あいつら、どこ行った?」
イエローは辺りを見渡した。すぐに怪人たちは見つけられられなかった。
怪人たちは、シェルターの角に寄せられている木箱の山に集まって、手当たり次第にあちらこちらの木箱の蓋を開けていた。木箱の中に入っていたドライフルーツの袋や毛布を乱雑に引っ張りだし、何かを探している様子だった。
「まずいでござる! こっちに気付かれたでござるよ!」
「いそげ! 早く秘密兵器とやらを引っ張り出すんだ!」
ジャスティスレッドと怪人たちはイエローに気付かれたと分かると、さらに木箱をやたらめったらにひっかきまわしていった。
その謎の行動に、イエローは首を傾げた。
「おまえら何やっているんだ? ……ん? 秘密兵器? あれか、強制変身解除装置のことか? それならそこからちょっと離れた所にある黒い木箱の中だぞ?」
「なに! ほんとかイエロー!」
「ああ、私も開発に関わっていたからな。たしかにそれなら私の変身も解除できるかもしれないが……。だがそいつは、怪人のコアからエネルギーを供給して発動する仕組みだ。どうやって私の心臓部にあるコアにコネクターを接続するつもりだったんだ?」
「ええ!? そういう仕組みなの!?」
「な、なんですと!? それでは結局、変身したイエロー殿と戦わねばいけないではないでござるか!?」
イエローはそう驚く怪人達を見て、肩をすくめて呆れていた。
「お前らバカだろ? まあ見苦しく逃げているよりはマシか。五次元・《重力》 超・グラビティ!」
「のうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ござるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
ジャスティスレッドと怪人たちは一斉に超重力に襲われた。木箱の山の上に立っていた怪人たちが、派手に木端を巻き散らかしながら木箱の中に墜落していく。
埃と木くずが辺りに舞い散り、コンクリートのひび割れる音が鳴った。
その後、木箱の破砕音が落ち着いてくると、不気味な沈黙がこの核シェルターの中に反響し、呼吸苦から来る途切れ途切れの呼吸音だけが無機質な空間に響いていた。
「……これで長かったヒーローショーも閉幕か。全員窒息死とは派手さに欠けるが、ハッピーエンドで終わったんだから文句は言えないか……。あとは怪人の残党狩りだな。私が死んだ後も怪人は生まれるだろうし、跡継ぎも考えなければいけないことだろうな。信頼できる新たな組織が必要だ。あとは…………。いや、ここからがやっとスタート地点なんだ、今から気を張るのはやめておこう。ヒーロー戦隊が死んで爆散する瞬間の、豪華な花火大会でも鑑賞することにしようか……」
イエローは過重力の支配する死の世界の中で、無いあごひげを撫でるようにして思考した。
もう少しでヒーロー戦隊の敗北とともに、変身が解けて霧散する光が花火のように広がる。それがイエローの勝利を祝うのだ。その勝利の余韻に浸るために、イエローはゆっくりと背後を振り返った。
その瞬間、意外な攻撃がジャスティスイエローを襲った。
「ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
「!?」
イエローは目を見開いた。視界に入ったのは黒いロングコート、それと黒いフードの中で煌めく赤い充血した目。
百円玉で作られた大蛇がその男の背中に貼りつき、イエローの眼前にまでその男を持ち運んでいた。
そしてその黒いコートの男の手に持ったボールペンが、イエローの右目に深々と突き刺さった。
「ぐがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
イエローはたまらず目を閉じた。潰れた右目から血液のように黒い靄が噴出する。両手で貫かれた右目を抑えると、熱を持った黒いエネルギーがイエローの手の平の中に風圧を加えていた。
激痛がイエローの思考を灼く。だがイエローは、戦士としての経験を活かし、追撃を防ぐために無事である左目を無理やり開き、黒いコートの男を探して爪を構えた。
黒いコートの男は、すでに百円玉の大蛇に引き寄せられ、イエローの爪の届かない距離にまで離れた地面に置かれていた。
「……ッガァ!」
黒いロングコートの男、クロスは、地面に下ろされた後、すぐに膝をついて吐血でマフラーを赤く染める。
ユダが這いつくばるヒーロー戦隊の隙間を駆け抜け、重傷でありながら無茶をしたクロスの元に駆け寄っていった。
ユダは不思議なことに、過重力の支配する空間の中でも重力の対象にならずに自由に動き回っていた。それは片膝をついていたクロスも同様であり、服の布地がわずかに体に張り付いている程度でほとんど影響はなかった。
「クロスさん大丈夫!? ねえ、ヒーロー戦隊のみんな! みんなを助けるためにクロスさんは飛び込んだんだよ!? こんなちょっとした重力になんか負けてないで、誰でもいいから早くクロスさんを治療してよ!?」
ユダは片手でクロスの背中を押さえながら、近くにいたヒーロー戦隊を片足でつつく。
そのユダの言葉を聞いたヒーロー戦隊の何人かが疑問を持ち、僅かしか残っていない肺の空気を押し出して小さなつぶやきを放った。
「ちょっと…、し、た……?」
「!? そう、か……! ぜん、いん……! へん、しん、を……解け!」
誰がつぶやいたのか分からないか、勘のいいヒーロー戦隊の一人が、肺の空気をすべて吐き出して叫ぶ。
その声の聞こえたヒーロー戦隊たちは、地面に張り付いた腕を滑らせるように動かして、各々、腕時計型の変身アイテムのつまみを回したり、変身ベルトのスイッチを押すなどして変身を解除した。
あちこちで変身解除の効果音や機械音声が鳴った。光がいくつも跳ね上がると、盛大に息を吸い込む音が幾重にも響いた。
「すぅぅぅぅぅぅ! ぶはぁ~~~! ……は~! は~! は~!」
「はぁ、はぁ、はぁっ! し、死ぬかと思った!」
「けほっ、けほっ! まだ、生きてますよね、わたし……」
現れたのは仕立てのいいスーツを着た男、高校の制服をきた女の子、会社員らしい中年男性、ヘルメットをつけたままの航空自衛官、高校生バスケット選手、メガネをかけた白衣の医者、八百屋のおやじ、柔道家、女子中学生、カポエラー、白い神父服の男、スモウレスラー、白いタンクトップの体育教師、ギリースーツを着たゲリラ兵、サングラスをつけた和服の男性、黒いベストを着たハスラー(注釈ハスラー:ビリヤードのプレイヤーの名称)、白バイ警察官など…………。
例えを上げれば切りがないほどの多様な一般人がユダとクロスを中心にその姿を現した。彼らは皆一斉に身を起こし、ありったけの空気を肺に取り入れていた。
その様子に驚愕したのは、片手で目を押さえていたジャスティスイエローだった。
「バカな! なぜ重力の影響が消える! この力は一般人にも利く、怪人系統の能力だぞ!?」
イエローは片方だけになった目を見開いた。まるでその現象の原因が把握できず、イエローはただ起き上がるヒーロー戦隊の姿を見て呆然と驚いていた。
そしてそのイエローの背後でも、怪人たちが変身を解く音が響き、力強く空気を吸い込む音が聞こえてくる。
「っぜ~、は~、は~! まじだ! まじで重力が弱まっていやがる!」
「ぷは~! ああこれ! 六法全書のセーフティーが能力に影響しているんだ!」
モリスが言った。
その言葉を聞いた瞬間、イエローはハッと気が付く。
「六法全書だと!? いや、たしかにこの影響はそうだ! だが六法全書は石になったはずだぞ! 力は使えない癖に、セーフティーだけが影響しているのか!?」
ジャスティスイエローは自分の心臓部分を押さえて、体内にある六法全書の存在を確かめた。
「くっ! 六法全書ごとコアを取り込んだのは失敗だったか! くそ親父め! なんて機能をつけてくれやがったんだ!」
イエローは今は亡き怪人王に対して悪態をついた。胸を強く押したが、体内から六法全書を取り出す方法が見つからなかったのか、首を振って諦めていた。
「だが、この私の変身が解けたわけじゃない! 多少グロテスクになるが、全員の首を直接切り落としてやれば結果は同じだ!」
イエローは片手を背後にまわすと、巨大な黒の両刃斧をその手の中に顕現させた。
振りまわすようにして斧を両手に構え直し、とりあえず一番近くにいた花屋のエプロンを着た男に向けて斧を振り下ろした。
「まずはお前からだ!」
「かがめフラワーブルー! ビリヤードテーブルシールド!」
イエローの振り下ろした斧は。地面から生えてきたビリヤードテーブルに突き刺さった。
イエローは憎々しげに、そのビリヤードテーブルを生み出した黒いベストの壮年の男を見た。
「ちっ! その能力はスポーツブラックか! ヒーロースーツが無くなっても能力は使えるみたいだな!」
「そのようだな! 総員、人間形態のまま能力を使って奴を攻撃するんだ! 近接攻撃は絶対にしてはいけない! いまの私たちが奴に切られたら、ミンチ肉じゃ済まないぞ!」
スポーツブラックらしき壮年の男性が、年季の入ったハスキーな声で全員に注意する。
それに応じて、遠距離攻撃を得意とするのであろう、野球ユニフォーム姿のスポーツレッドらしき男性と、黄色いスカーフを首に巻いたミリタリーイエローらしき女子中学生がその場で立ち上がり、武器を構えた。
「任せろブラック! 出て来こい俺のトラウマ! 音速の100本ノック・ピッチングマシーン!」
「遠距離攻撃ならうちに任しとき! 世界最強の列車砲・グスタフドーラ砲! 召喚や!」
スポーツレッドである野球ユニフォーム姿の男が赤の魔改造ピッチングマシーンをどこからか取り出して、簡単な照準だけを合わせると時速330㎞の剛速球をイエローに向かって連射する。
さらにミリタリーイエローである女子中学生の腕にミニチュア版の列車砲が装着され、その砲身から列車砲そのままの砲弾を対物ライフルの徹甲弾のように発射する。
「私の能力を忘れたか!? 一次元《線》・ムーブ!」
イエローの獣大鎧の巨体が一瞬で移動して消え去った。音速の野球ボールと徹甲弾はコンクリートの壁に当たって穴を穿っただけだった。
イエローはその場から大きく移動し、いまだ回復しきれず立ち上がられないでいた、最後尾の相撲取りの男性の背後にまわっていた。
「スポーツゴールド! 後ろだ!」
「もう遅い、死ね!」
イエローはスポーツゴールドの頭部を二分割する勢いで、紫電を放つ両刃の斧を振り下ろす。
「ゴールドさん掴まってください! テレポート!」
そのイエローの斧を振り落ちる瞬間、スポーツゴールドのすぐ隣に瞬間移動してきたジャスティスホワイトが、スポーツゴールドの太い腕を掴んで消え去った。
振り下ろされたイエローの黒い斧は深々とコンクリートの床に突き刺さる。しかしそこに相撲取りのスポーツゴールドの姿はない。
「ちぃ! ホワイト! 邪魔するんじゃねぇ!」
「邪魔するに決まっています! イエローさん! 目を覚ましてください!」
「私の目はしっかりと覚めているよ! お前もヒーロー戦隊のはしくれなら、死んで世界平和の礎になってくれよ!」
「やめてください! イエローさん!」
ジャスティスイエローは巨体の重量を無視して一足飛びで跳躍し、元仲間のジャスティスホワイトに対してもまるで躊躇わずに斧を薙ぎ払った。
ホワイトはそれをテレポートでたやすく避け、さらに離れた場所に回避する。
「拙者たちも行くでござる。ツインブレード剣道の極意を見せてやるでござるよ!」
「バカ! 近づくなって言ってんだろ! とにかく飛び道具だ! 俺も水着の盾でフォローするから、なんでもいいから撃ちまくれ!」
「飛び道具ならダストシューターである私がこの中で一番だよ! 少しチャージするから、しっかり守ってよね!」
剣道着姿の男は双刃竹刀を持ってその場で右往左往する。
水着姿の男は手に女性用水着を幾重にも巻きつけて待機し、モリスは肩からダクトホースを伸ばしてエネルギーを溜めこんだ。
「ハエのように避けやがって! テメェらは害虫と一緒だッ! まとめて叩き潰してやる!」
イエローは近くにいた者から順に、教師風の男性やテニスプレイヤーの女性などに向けても斧を振るっていた。
海パン姿の男性が逃げ惑う女性教師に水着を覆いかぶせて守った。
さらに斧の風圧で吹き飛ばされたサンタクロース姿の男性を、黄金のまわしをつけた相撲取りが受け止めてコンクリート壁との激突を防いだ。
「死ねっ! 虫けらども!」
ジャスティスイエローは地面から生える黒板の壁を打ち砕き。炎をまとったバスケットボールを掴んで握りつぶし。幾重にも重ねられる光の銃弾の嵐を回避もせずに黒漆の鎧ではじき返す。
怪人王と同等の力を得たジャスティスイエローは、もはや疲れることもなく、傷つくこともなく、ただひたすらに自らの正義を振るっていた。
誰も気付くことはなかったが、生身の能力者たちが戦うこの場において、正義の味方、もしくは悪の怪人と呼べるものは、ついにジャスティスイエローただ一人となっていた。