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ダークヒーローが僕らを守ってくれている!  作者: 重源上人
VS.法律戦隊ジャスティスレンジャー編
18/76

第十六話 ヒーロー戦隊の隠された秘密! そして怪人王の再臨! ぶつかり合う二つの覚悟が未来を決める分岐点!

「……それは何のつもりだ、レッド?」


 ジャスティスイエローがゆっくりとした口調で問いかける。 


 それに対して、ジャスティスレッドは感情を吐き出すかのような叫びでイエローに向かって答えた。


「見ての通りだ! これ以上の処刑はさせない! 彼らの罪は再審が必要だ!」

「ふざけやがって、その答えはヒーロー失格だぜ? ジャスティスレッド」


 イエローは頭上に掲げた斧を静かに下ろした。後頭部に長銃の銃口を押しつけられているにもかかわらず、それを恐れもせずにイエローはゆっくりとレッドに向き直る。

そして正面を向いたイエローのヘルメットにはレッドの長銃の銃口が押し当てられた。


 そのヘルメットのミラーにはレッドの姿が映っていた。その自分の姿を睨みつけるようにして、レッドはヘルメットのミラー越しにイエローの目を見据えていた。


 それに対してイエローは、ミラーに隠されて視線こそ見えないが、しかし強烈な怒りと苛立ちの目をレッドに向けていた。


「お前は子供だレッド。自分の使命を綺麗なものだと勘違いした子供だ。正義の執行は綺麗事じゃないんだ。そんな腑抜けた考えで世界が滅んだらどうするつもりだ?」

「世界は滅ぼさせない! そして怪人もこれ以上処刑させない! 方法はこれから考える! だが、信じてくれ! 俺は解決策を絶対に見つけて見せる! だから俺に時間をくれ! 俺に未来を託してくれ! お願いだイエロー!」

「……いいや、お前も愚か者だ。確かにすぐに世界は滅びやしないだろうが、その甘えた考えがいずれ世界を滅ぼすんだ」


 ジャスティスイエローはレッドに銃口を向けられながらも、そう冷静な声で返答した。


 レッドはイエローを説得しようと言葉を探していた。その言葉が見つかるまで、ほんの僅かな時間が流れた。


 そんな僅かな時間の中、黒い紫電に体を灼かれ地面でいまだ這いつくばっていたユダが、ふとつぶやいた。


「世界が、滅びるって、どういうこと? そんな話、聞いたことないけど?」

「はっ!? なんだって!?」


 レッドは思わずユダに聞き返した。


 いまさらになって強烈な命題にひびが入る。世界が滅びる理由を怪人達が理解していない。


 それは、塗り固められた真実の崩壊だった。


「そ、そうでござるよ! 怪人が多いと、世界が滅びる!? そんな事ありえないでござるよ!」

「俺も聞いたことねえぞ!? そりゃ、怪人王の中には世界を滅ぼせるくらいすごい奴もいたが、怪人王がいない今、俺たちだけで世界は滅ぼせないぞ!? お前らは何を言っているんだ!?」


 剣道着の男性と海パン姿の男性も同時に慌てて喋り出す。


 レッドはその情報にたとえようもなく混乱し、怪人たちとイエローを交互に見た。


「な、なんっ……! どうゆう事だイエロー!?」

「……おいおい、怪人どもの言葉を信じるのかレッド?」

「説明しろ! そう言えば、世界が滅びると最初に説明したのはお前だったな! まさか怪人が増えれば世界が滅びるという話、あれは嘘だったのか!?」


 レッドはさらに強く銃口をイエローの眉間に押し付けた。


 イエローの頭部が銃口に押されて僅かに後ろに下がるが、イエローはそれに対してもまるで動じる様子を見せなかった。


「そんなわけないだろう? ……まあ、疑問に思ったのなら仕方ない。一から全部教えてやるよ」


 そう言うとイエローは斧を地面に突き立て柄を杖代わりにすると、レッドに向けて話し始めた。


「……レッド、核兵器が何から作られているか知っているか?」

「なんだいきなり? ……プルトニウムだろ?」

「……正確には少し違うが。まあ、細かいことはいい。じゃあ、プルトニウムとはなんだ?」

「それは、放射線の出る、鉱石じゃなかったか?」

「本気でそんなことを信じているのかレッド? そんな地下資源、本当にあると思っているのか? 半径10キロを吹き飛ばせる石が、本当に地中に埋まっているとでも?」

「っ! どういうことだ!?」


 レッドはうろたえた。


 そのうろたえも当然だと言わんばかりの余裕を見せ、イエローは続きを語っていく。


「プルトニウムなんて物質は都合のいい大ウソだ。本当の名称は、アトミックパワー・エネルギーレンジャーヒーロー変身ベルト。つまり、かつてのヒーロー戦隊の変身アイテムのかけらなんだよ」

「なんだって!?」


 レッドは動揺し、イエローに向けた銃口が僅かにブレた。


 しかしイエローの視線は微動だにせず、そのまま話を続けていく。


「始まりは1940年代後半の話だ。宇宙最強を名乗れるだけの怪人……、いや、正確には宇宙人が現れた。それを倒すためにエネルギーレンジャーというヒーロー戦隊が戦い、月にまで宇宙人を追い詰めて、命を賭けた最大級の必殺技を放った。宇宙人は消滅、エネルギーレンジャーの変身ベルトは砕け散り、彼らは一般人に戻った。それだけなら何も問題なかったんだ。正義と悪の戦いは有史以前からあったらしいし、その結末もよくある話だったからな。だが、その宇宙空間に飛散した変身ベルトのかけらを、当時のアメリカ軍が集めて研究することによって、必殺技を再現可能にしたんだ。それが今の核兵器の原型になった。アメリカとロシアの宇宙開発競争もそのベルトのかけら集めが発端さ。核兵器の威力は知っての通りだが、その後、強力な怪人王が倒される度にヒーローの必殺技は研究され、核兵器は進化していった。怪人王の強さは基本的にインフレしていくから、当然、それを撃退するための必殺技の威力も跳ね上がっていく。その結果が今の中性子爆弾だ。お前は気付いていないかもしてないが、私らのジャスティスレーザーだって研究されれば、幻の超兵器サリシャガンの虎やスカラー波兵器、縮退炉だって開発されるかもしれん。今の日本の総理大臣が実はオーパーツレッドだから政府は私らに直接干渉しないし、各国も表向きは研究を停滞させているからすぐに世界は崩壊しないが、いずれは世界を破壊するだけの超兵器が開発されることは間違いない。だから、新しい怪人王が現れて、新しいヒーロー戦隊が新しい必殺技を編み出さないようにするためにも、怪人たちが強くならないうちに数を減らしていく必要があったんだ」


 イエローはそこまで言うと両刃斧を地面から持ち上げ、斧を黄色い大型マグナムリボルバーに変形させた。


 そしてそのマグナムをレッドの長銃と交差するように持ち上げ、銃口をレッドの眉間に向ける。


「な、イエロー!」


 レッドは銃口を向けられて一歩後ずさった。


 イエローはその精神的に揺さぶられたレッドをあざけ笑うように、さらに話していく。


「レッド、お前はもう家に帰ってもいいんだぜ? コアさえ手にしてしまえば怪人を殺すのは私一人でもできるからな。何より問題はコアを破壊しないってことだ。新しいコアが生まれなければ、ヒーロー戦隊の進化は停滞する。そうなれば話は高度に政治的な問題が絡んでくることになるんだ。技術開発の最先端であるヒーロー戦隊が進化しないとなると、軍需産業の職員であるミリタリーレンジャーや戦争屋のカタギレンジャー辺りがコアを破壊しに私を襲ってくる公算が高い。さらには技術開発の利権にどっぷりつかっている1990年代組のオーパーツレンジャーやフューチャーレンジャーだって敵にまわるだろうな。日本のヒーロー戦隊の技術革新をあてにしているアメリカ政府や七大軍需企業もここぞとばかりに手を出してくるはずだ。正直説明しきれないくらいの利権が絡んでくるんだぜ? お前が知らないだけで、ヒーロー戦隊は相当難しい戦いをしていたんだ。今回初めて私がそんな連中を出し抜いた。ジャスティスレンジャーは今日限りで解散したっていいくらいだ。どうせお前には世界を相手にしながら怪人を殺る覚悟はないだろう? そのジャスティスガンの引き金を引く覚悟すらないはずだ。私は引けるぞ? 世界を守るためなら、お前の頭だって撃ち抜ける」


 イエローはマグナムの撃鉄を起こした。

 機構が動く静かな金属の打擲音がマグナムの中で鳴る。そのわずかな金属音は、粛々としたこの静かな空間には妙に大きく響いていた。


「勝負するかレッド? どっちが先に引き金を引けるか?」 

「そんなこと、出来るわけないだろ! 俺たちは、仲間だったはずだ!」

「そう思うなら、……ここで消えろタマナシ野郎!」


 イエローは引き金を引いた。イエローのマグナムリボルバーの銃口から、強烈な黄色い衝撃波が飛び出した。


「がっ!?」


 レッドは頭部をその衝撃波に打ち抜かれ、音が反響するよりも早く七メートル後方にまで吹き飛んでいった。背中からドラム缶の密集地帯に突っ込んでいき、ひしゃげ曲がったドラム缶から飲料用の水を大いに飛び散らせて停止する。


「うっ、ぐっ……!」


 そのひしゃげたドラム缶の上に、ジャスティスレッドはソファーでくつろぐようにめり込んで動けなくなった。


 それと同時にレッドのヒーロースーツが赤い光と共に消え去り、ジャスティスレッドは人間形態の赤井和人に戻っていく。


「子供が綺麗事を言っていい世界じゃないんだよ、ヒーロー戦隊ってやつはな……」


 イエローはレッドを見下すような視点から言った。


 そして一度下ろしたリボルバーの銃口を、今度はユダの眉間に向け直した。


 ユダは驚きと恐怖によって、目を大きく見開く。


 だがイエローはユダのその眼を見返すことなく、信念をもってした強烈な怒りをレッドにぶつけた。


「これが汚れ仕事に見えるなら、いますぐ正義の味方の誇りなんて捨てるべきだ!」


 ユダに向けられたマグナムの撃鉄が起こされ、カチリ、と、心臓の凍るような金属音が大きくこの空間に響いた。


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 レッドが叫ぶ。

 切れた唇から血しぶきを飛ばしながらレッドは叫んでいた。


 だがレッドが行動するには一手遅い。イエローの引き金を引く指には僅かな逡巡すらもなく、手早くマグナムのシリンダーが回転する。


 撃鉄が振り落ちる。その瞬間だった。


「グ、グォオォォォォォォォォォォォォォォォ!」


 黒い影がユダの全身に覆いかぶさった。


 イエローの放った弾丸は瞬間的に加速を弱め、クロスの背に小さな穴を穿って血しぶきを飛ばす。鉛の弾頭に姿を変えたイエローの弾はクロスを貫通せず、その体内で留まりユダを守った。


「ちぃ! くたばりぞこないの怪人が!」


 イエローは憎々しげに言う。


 ユダがクロスの下で、「クロスさん! クロスさん!」と何度も名前を叫んでいた。


 クロスはユダに覆いかぶさったまま動かず、臓器裂傷による筋反射によって小刻みに震えながらも、ユダを抱え込むように力強く全身を覆っていた。


「変身も出来ないエセ怪人が出る幕じゃないんだよ! てめえもここで退場だ!」

「グガァッ!」


 イエローはクロスのすぐ隣まで近づいていくと、クロスの腹を思いっきり蹴り飛ばした。クロスの体は放物線を描いて吹き飛ばされ、三メートル先のコンクリートの床にその身を転がしていく。


 そしてイエローはクロスが再び起き上がってこないことを確認すると、銃口を再びユダに向け直した。


 イエローの足元に這いつくばったユダは、目じりから僅かに涙をこぼしながら、クロスの元にまで這って進んでいた。


 イエローはその地面を這うユダの背中を、足で踏みつけて押しとどめた。


「うぅっ!」


 ユダは抑え込まれて呻きを漏らす。マグナムの銃口が静かに後頭部に照準を合わせられ、その殺意を感覚的に感じ取ったユダは動きを止めた。


「今度こそおやすみだ。死ね」


 ジャスティスイエローは撃鉄を起した。そして即座に引き金に力が込められた。


「ぐうおおおおおおお! ジャスティス・ガンッ!」


 その瞬間だった。レッドが動かない体に鞭打ち、六法全書を長銃型のジャスティスガンに変形させて、引き金を引く。


 赤い光の銃弾はイエローのマグナムを弾き飛ばした。イエローのマグナムはウレタン樹脂の床で跳ね上がり、テンポよく何度か回転した後、無機質な音を立てて地面に転がった。


 イエローは少し間を置いてから、レッドを見て小さなため息をついた。


「……はぁ。……レッド、私を本気で止めたいなら、銃ではなく私自身を狙うべきだった。だからお前はタマナシなんだ。何の覚悟もないタマナシ野郎だ。いや、多少は覚悟を決めたのかもしれないが、それでもお前の覚悟は甘すぎる」


 イエローは片手をあげて、指をパチンと鳴らした。


 すると地面に転がっていた黄色いマグナムは電気に分解されて消え去り、代わりにイエローの手に電流が集約してマグナムが再び手の中に顕現した。


 同時にイエローは、今度は弾かれないようマグナムを巨大な両刃のジャスティスアックスへと変形させる。その空気中に自由放電を繰り返す斧を振り下ろし、刃をユダの首筋に添えた。


 ユダの体の一切の動きが止まった。死の恐怖にユダの目は閉じられ、目じりからは涙が零れた。


「こいつはお前にとって大切な人なのかもしれない。だがな、だからといって正義はブレたりしていいものじゃないんだ」

「だったらもう、正義の味方なんてやめてやる! ユダさんは殺していい人じゃない! いや、きっとそこの他の怪人だって殺していい奴らじゃなかったんだ! 無実の彼らを殺して世界を守るなんて間違っている! 次は本当にお前を撃つ! 俺は自分自身の正義のために、お前を止める!」

「はんっ! タマナシ野郎に正義が見つけられるものか! 覚悟のない男が勝手なことを言いやがる!」


 イエローは慈悲もなく片手で両刃斧を振りかぶった。


 同時にレッドは叫んだ。


「俺はもう覚悟を決めた! だからイエロー、あんたを説得したい! 話を聞いてくれ!」

「御託はいらねえ! 決めたら迷うな、貫き通せ!」


 イエローはほんの一遍もためらうことなく、殺意を込めた斧を振り下ろして見せた。


「この、バカヤロォォォォォォォォォ!」


 レッドは叫びながら引き金を引き絞った。レッドの長銃の銃口から、特大の火花が散った。


 イエローが斧を振り切る寸前に、赤い光の弾丸がジャスティスイエローを貫く。

 弾丸は炸裂弾のように赤い爆炎をあげて爆発。殴るような弾丸がイエローの体の表面ではじけた。


「ぐぁぁぁぁぁっ!」


 イエローは立っていた場所から10メートル遠くまで吹き飛んでいった。


 シェルターの出入り口付近の壁まで吹き飛ぶと、イエローは背中を打ちつけてコンクリート壁に細かなヒビを入れる。


 ほんのわずかな時間だけイエローはコンクリート壁に磔になると、やがてゆっくりと前のめりに落ちて地面に倒れた。


 パチリ、パチリと静電気を飛ばすような音を鳴らして、イエローのヒーロースーツもまた、過分なダメージを処理しきれず消え去っていく。


 イエローの手元には黄色い六法全書と銀色の小口径六連装拳銃が転がり落ち、イエローは人間形態にて地面に這いつくばった。


 だがイエローは地面から顔を浮かすと、切れた唇から流すように血をこぼしながらも喋り始めた。


「いってぇ……。ちくしょう、タマナシかと思ったら、しっかりタマ出るんじゃねえか。変身が、解けちまった……」


 イエローはゆっくりと身を起していく。右手に銃を、左手に六法全書を再び強く握り、膝をついて体を起こしてレッドを睨みつけた。


「何度でも私を打ち抜けばいい。私も私自身の正義を貫く。……今度は私も反撃するから、てめえはてめえで自分の正義を守りきって見せな! どっちが先に心を折るか、勝負だ!」


 イエローは額から血を流しながらも再びまっすぐに立ち上がると、黄色い六法全書を眼前につきだした。


 黄色い六法全書は神秘的に輝き、微細な白銀の電流を燃え上がる炎のように放出させる。

 地面から湧き上がってくるようなエネルギーにイエローのブロンドの長髪が浮き上がり、その一本一本の毛髪の隙間には黄色い電流がはじけていった。


「六法全書に宿りし刑法のイカズチよ! あの間抜けに罰を与える力を我が手に! 変身!」


 イエローは片手で六法全書を開いた。


 本来ならば六法全書の中の文字が浮き上がり、そしてイエローの体を光で包む、……はずだった。


 だがその瞬間、異常な出来事が起こった。


「なっ!?」


 開かれたページから文字が噴き出してくることなく、六法全書は黒い靄を吐き出しながらどんどんと黒く変色していきはじめた。


 ページの中が真っ黒になって印字された文字が見えなくなってくると、六法全書はイエローの手の中にありながらもひとりでに閉じられた。やがて本全体がインクに染みていくように黒く染まっていくと、タイトル文字すらも消失して六法全書は完全な黒い塊へと変貌していった。


「な、なんだ!? 六法全書が! 力が、消えていく!?」

「なんだ!? なにをしたイエロー!?」

「私はなにもしちゃいねえぞ! 六法全書が勝手に、自分自身を封印しはじめやがった!?」


 イエローは黒く染まっていく六法全書にたとえようもなく焦った。やがて六法全書が完全に輝きを失った瞬間、六法全書は黒い鉱石のように硬質化していった。


「イエロー! その色は!」

「これは、怪人のコアか!? 怪人のコアが、六法全書を乗っ取っているのか!?」


 六法全書はとうとう本の形をした黒水晶と化してしまっていた。


 イエローは慌ててその本を今一度開こうとしたが、黒水晶と化した六法全書のページは硬質化してしまい、一切の力を受け付けなくなっていた。


「変質っ! いや、むしろ合体か!? 正義の六法全書が、悪のコアと合体だと! こんな事、あり得るのか!?」


 本来ならばあり得ない、信じられない異常事態。


 イエローは再び両手で表紙を掴んで無理やり開こうとするが、六法全書は完全に黒水晶と化してしまっており、イエローのいかなる力にも反応することはなかった。


「あ、体のしびれがっ!」

「電流が、消えたでござるっ!」


 それに合わせてイエローによる支配が消え去り、怪人たちの自由が即座に回復した。


 そうして黒い電流による体のしびれが消え去った瞬間、怪人たちは立ち上がり、ユダはクロスの元に走っていった。


「クロスさんっ!」


 ユダはクロスの手前にしゃがみ込む。


 クロスが押さえていた手の上にユダも手を乗せると、吹き出したクロスの血でユダの白い手の上にも血の道が作られた。そのクロスの出血量は、たとえ医療の知識を持たないユダでも致死量だと分かるほどだった。


「今、止血するね! クロスさんの中の鉄分よ、鉄の硬貨になって、血を止めて!」

「ヴォッ!? ヴォゴォォォォォォォォォォォォォォォォォ!?」


 クロスの腹部で多量の硬貨が擦れ合う音が鳴る。激痛でクロスが絶叫した。


 クロスの体の内側で、旧ドイツの10ペニヒ鉄貨が膨らみを作っていく。それはクロスの体内で製造され、クロスの裂傷部分である腹筋と背筋を押し広げる形で止血した。


 その治療という名の拷問が決定打となり、クロスは白目をむいて、泡を吹いて気絶した。


「クロスさんっ! だめっ! 死なないで、クロスさんっ! クロスさんっ!」


 ユダが涙目になってクロスの名を呼ぶ。だが、クロスは完全に沈黙してしまっていた。


 そのユダの治療が行われた反対側では、立ちあがった人間形態の怪人たちと、同じく人間形態のままのレッドが、六法全書の形をしたコアを手に持つイエローを取り囲んでいた。


 イエローは完全に変身できなくなっていた。怪人たちに実銃である小口径回転拳銃を向け、その危機的状況に表情を険しくしながら後ずさっている。


「くそっ! こんなつまらねえ逆転劇とかありかよ!? てめえら、それ以上私に近付くんじゃねえ!」


 イエローは弾丸を一発、地面に向けて威嚇射撃を行った。


 弾丸は怪人達の足元のコンクリートを穿ったが、一部の怪人が僅かに驚いただけでろくな牽制にはならなかった。


「無駄だよジャスティスイエロー。ヒーローの加護の無い拳銃なんて、撃っても私たち怪人の体には効かないよ。無駄な抵抗なんてやめて、早く私たちのコアを返してよ!」


 モリスが言った。

 ほかの海パン姿の男性や剣道着姿の男性も、威圧的にイエローを睨みつけながら近づいていく。


 それに圧倒されるような形で、イエローはさらに半歩身を引いた。そしてその背後にはコンクリートの壁。もはやイエローに逃げ道はなく、それ以上身を引くことは出来なくなっていた。


「っち!」


 イエローはたまらず舌打ちをした。


「もう逃げ場はないでござる! 観念するでござるよ!」

「ああ! お前はもうジャスティスレンジャーに変身できない! ただの拳銃なんてものが俺たちに通用すると思うなよ!」


 剣道着の男性が双刃竹刀の先端を向け、海パン姿の男性が連なった紐ビキニを鞭のように構えた。ほかの怪人たちも各々武器を構え、イエローに対して消火器の噴出口や奥歯用研磨ドリルの先を向けていく。


 そしてその怪人達の中心に立ったレッドもまた、イエローに対して長銃の銃口を向けながら言った。


「イエロー、お前の負けだ。俺は自分の正義を信じて、怪人のことをもっとよく知っていくつもりだ。たとえこの考えが間違っていたとしても、イエローの言う正義とは違う、本当の正義をいつか必ずみつけてみせる。……だからイエロー、この場は引きさがれ。もしそのコアを破壊するつもりなら、その瞬間にお前の全身を焼き上げてやるからな」


 レッドは長銃のコッキングを引いて力を込めると、イエローを威圧した。


 イエローは完全に追い詰められていた。しかしイエローは決してその危機を前にして膝を折ることはなかった。

 逃げ出すなんて真似はせず、むしろ何か覚悟を決めたようにレッドをにらみつける。そして意外にも僅かにほほ笑むと、ゆっくりとした口調で言った。


「だれがこのコアを破壊しようとするものかよ。こいつは私の父が命をかけて守った、たった一つの世界平和の鍵だ。……レッド、お前も覚悟を見せたんだ、今度は私が覚悟を見せる番だよな!」


 イエローは拳銃を怪人に向けることをやめて、六法全書を脇に抱えると、銃口を自分の顎下に押し付けた。


 「なっ!?」


 まるで自殺するかのような銃の構え。その意外な行動に、その場の全員がイエローに近付くのをやめて身構えた。


「何をする気だイエロー!」

「見ての通りだ! 命を賭けて、大逆転するのさ! 正義の味方らしくな!」


 イエローは自分の顎下で銃の撃鉄を起こした。


 イエロー自身、その行動には緊張と不安で僅かに冷や汗を垂らすほどだったが、イエローの覚悟がブレることはなく、体の震えなどは一切見せない。その確固たる信念と絶対の正義を心の支えにして、イエローは宣言するように叫んだ


「確率は二分の一、と、考えることにしようか! 私は自分の人生と、ジャスティスレンジャーとしての正義と、世界平和の夢を、今、すべてこの瞬間に賭けた!」


 イエローは引き金を引いた。


 顎下で弾丸が炸裂する。貫くような弾丸がイエローの後頭部から飛び抜けていき、脳漿と血しぶきが飛散してコンクリート壁を赤く染めた。


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「うおおおおおおおおおお!?」

「なな、なぜでござるかぁぁぁぁ! なぜ自害したでござるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 その一瞬の惨劇に周囲から絶叫が鳴った。剣道怪人にモリスやトミー、他の怪人たちも一斉に、イエローの遺体から離れていく。


 イエローは白目をむいて前のめりに倒れていった。


 滞空した血霧がイエローの背中と黒い六法全書を赤く染めていく。吹き出した血は瞬く間に水たまりを作り、イエローの頭部を中心とした半径30センチの赤い真円を描いた。


 うつ伏せに倒れたイエローの頭蓋は見るも無残に開かれていた。灰色の脳に穿たれた銃創の中に、赤い動脈血が滴り落ちていく。せめてザクロのような、と表現できればまだマイルドに感じられたのだが、実際にはじけた頭蓋は灰色と骨白色と赤い流水線の三色で、吐き気を催す生々しい彩色だった。


 レッドはその信じられないようなイエローの行動に、微動だに出来なくなっていた。


「……イ、イエロー? いったいどうして……?」


 完全な死体と化したイエローを前にして、レッドは長銃の先を下ろし、混乱する思考を落ち着かせようとした。


 なぜ自殺したのか。どうしてこうなったのか。しかし、レッドの中に答えはまるで見出せそうになかった。


 だれもがイエローから距離を取り、誰ひとりとして声を出せない、そんな戦々恐々とした沈黙が続いた。


「え……? なに、この音?」


 そんな黙とうに近い沈黙が過ぎた時、モリスがいきなり言った。


 相当小さい音なのか、レッドには何の音も聞こえなかった。


 だがモリスのその言葉を皮切りに、他の怪人たちも耳の良いものから順に一人二人とその音に気付き始めていく。


「……む? 拙者にも聞こえるでござるな? ……この音、どこかで…………?」

「う、うそだろ、この音!? 聞き覚えがあるぞ! まさかこの音!?」

「六法全書だ! ジャスティスイエローの六法全書から、鳴っているぞ!」


 トミーのその叫びを聞き、レッドはイエローの死体を見た。


「六法全書!? …………っは!?」


 レッドがイエローの遺体を見つめていると、突然、何かが脈動する音が大きく鳴った。それは心臓の鼓動するような律動音。太鼓のように空気と肌を震わす肉々しい音だ。


 その音は、レッドの視線の先、イエローの黒い六法全書から重々しく響いていた。その音に共鳴して、床に散らばった赤い血が黒く染まり始めていく。

 黒い血は炭が飛散するように蒸発していき、血だまりから黒い塵がまるで羽虫のような動きで宙に舞った。


 血液の黒色化はやがてイエローの体内に入り込んでいくと、イエローの全身を黒い塵で覆っていった。イエローの体の表面に黒い塵が覆いかぶさり、イエローの死体は一回り大きな靄の人型へと姿を変えていく。


「……賭けには、勝った」


 どこかからか響く、どす黒い、地の底から響くような声が聞こえてきた。


 イエローの黒く染まった死体が、両手をついてゆっくりと身を起こす。


 霧のように霞みがかったイエローの死体は段々と黒さを増してさらに膨らみ、まるで生きていた頃の動きのままに立ち上がった。


 その異様な姿のイエローを見たレッドは、思わず叫んだ。


「イエロー! まさかおまえ、怪人にっ!?」

「そうだともレッド。見せてやるよ、命を賭けて悪と戦う、本当の正義の味方の姿をな!」


 黒い影となったイエローは真っすぐに立ち、ゆるやかに、しかし堂々たる動きで両手を頭上で交差させた。


「…………変身っ!」


 黒い影が両手を振り下ろした。


 その瞬間、黒い影のイエローを中心に強烈な衝撃波が起こり、その風圧にレッドを始め、怪人の面々も足が浮くほどの勢いで吹き飛んでいった。


 黒い霧のような靄が全員の視界を覆う。すぐには誰もが、変身したイエローの姿を見ることはできなかった。


 吹き飛んで地面に背中を打ちつけていたレッドが受け身をとって誰よりも早く身を起こし、イエローの姿を最初に視認した。


 どんよりと霞みががった黒い靄の中で、黄色いネオンの光の線が巨大な輪郭を作っている。


「イエロー! この、バカ野郎ォォォォォォォォォォォォォォ!」


 レッドは叫んだ。三メートルを超す黒い異形の巨体に対して、レッドはそれを見上げる形で叫んだ。


「グオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」


 ジャスティスイエローは荒々しく咆哮し、誕生した。


 正義を受け継いだ怪人王がついに、再臨する。


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― 新着の感想 ―
[一言] 途中で読むの挫折してしまった。 イエローだけが本気であとは正義も悪もごっこか。 不殺なんてやってたらせっかくのアクションもただのショーだね。 ···いやまさかこの作品ギャグ路線なんか。
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