第十四話 逆転!逆転!大逆転! 血のように赤く染まる空! 勝つのはどっちだ!
「……おい! ちょっとまて! いったい何をする気だイエロー!?」
「こうするんだよ! ライトニング・ジャスティスブレイカァァァァァァ!」
ジャスティスイエローが大斧を大上段から振り下ろすと、大斧の刃から黄色い高圧電流が拡散放射された。
必殺技級の一撃が、クロスと五十人のヒーロー戦隊全員をまとめて貫いていく。
「ぎゃあぁぁぁ!」
「うわぁぁぁぁぁ!」
「きゃぁぁぁぁぁ!」
「ヴォァァァァァァ!?」
クロスだけでなく、ヒーロー戦隊全員が行動不能になるほどの電流が空間を通り過ぎていった。ヒーロー戦隊は一人残らず全身を弛緩させて地面に倒れ込み、クロスも片膝をついて動けなくなる。
「やはりあいつだけダメージが薄いな。だが、さすがに今の一撃は効いたみたいだ」
「イエロー、何やってんだよ! 味方を全員巻き込みやがって!」
ジャスティスレッドがイエローの胸倉を掴んでまくし立てた。
だが、イエローはそんなレッドの様子に呆れたように返事を返す。
「おいおい、ミリタリーホワイトは巻き込んでないぜ? あいつの集団治療バックパックを使えば20分もあれば全員回復できる。そんなことよりもまずはあいつにトドメを刺さなきゃならねえ。レッド、お前も手を貸せ」
「あ、おい!」
イエローはレッドの手を振り払うとすぐに駆け出していった。
黒いコートの怪人の息の根を止めるため、ジャスティスイエローはその巨大な処刑斧を担いで、死屍累々としたヒーロー戦隊の上を飛び越えていく。
「グ、グググ……!」
クロスは体内から焼かれるような痺れにたまらずうめいた。
ジャスティスイエローの電流がクロスの体を通り過ぎた後、すぐにクロスは立ち上がろうと力を込めたが、無数の針が体の内側から突き刺さるような痛みが行動を阻害して力がまるで籠らない。
地面に触れた膝は僅かたりとも浮き上がることはなく、指の間に放電現象が見られるほど体内に残留した電荷が神経を阻害している。
今のクロスにできることは目線を上げて周囲を確認することが精一杯だった。
視界には倒れ伏したヒーロー戦隊を飛び越えて走って来るジャスティスイエローの姿が映っていた。
クロスに回復する時間を与えないつもりか、飛び越えにくい所に寝転がっていたフューチャーブルーの腹部を遠慮なく踏みぬいてでも、ジャスティスイエローは最短距離を走っていた。
ジャスティスイエローはクロスの少し手前まで近づくと高く跳躍し、空中で手に持った両刃の大斧を高々と振り上げた。
「うおおおおおおお!」
ジャスティスイエローが叫ぶ。
クロスの頭上に巨大な斧の影が落ちてくる。それは相も変わらず大ぶりで軌道も変わらない単調な攻撃だったが、現時点ではその単調な攻撃も随分と恐ろしく見えた。
「グッ! グオオオオ!」
クロスは腰のひねりを用いて無理やり体重移動を行った。上半身を地面に倒れ込ませ、勢いをつけて強引に体を転がらせる。
ほんの0・78秒後。巨大質量がクロスのすぐ隣に叩きつけられた。粉砕された地面が衝撃で撒き上がり、土ぼこりが風圧に押されてクロスの背中に降りかかる。
「レッドいまだ! 捕まえろ!」
「ああ! 掴んだぞ!」
「グオッ!?」
クロスは死角から現れたジャスティスレッドに左手首を掴まれた。
常人の倍はあるような握力でクロスは引っ張り上げられると、足に力を込める間もなく無理やり立ち上がらせられた。
さらには即座にクロスの反対の腕もジャスティスイエローに取り押さえられた。クロスは二人がかりで両腕を完全に拘束されてしまう。
ヒーロー戦隊は腕力こそあるものの体重そのものが軽くなっているので、クロスの腕力に持ち上げられないよう二人は両手でがっちりとクロスを取り押さえていた。
「もう逃がさねえぜ! おい、誰か! こいつにトドメを刺せ! セーフティーのかからねえ剣か鈍器で、こいつを殺るんだ!」
ジャスティスイエローが周囲に向けて声を張った。
その声に反応して、電流でしびれて動けなくなっていたヒーロー戦隊の中から一人、四つん這いの姿勢から立ち上がろうとする戦士がいた。
「ぐっ! あっしがいくでぇ! 暗黒カタギ奥義! 闇金・体力レンタル30%超回復! うおおおおおおお!」
赤柄の刀を杖にして立ち上がったのはカタギレッドだった。
体の内側から黒いオーラのようなものをカタギレッドは噴出させると、一瞬のうちに手足のしびれを消し去り、ややよろめきながらも立ち上がれるまで回復させていた。
「ヒート長ドス! リアル・ポン刀モード! そのどてっ腹に風穴空けてやらぁぁぁぁ!」
カタギレッドが瞬間移動したかのような一足飛びの加速で、クロスにして見ればホバー移動するかのようなゆっくりとした低空移動で、赤い刀身を腰だめに構えたカタギレッドが突進してきた。
クロスは両腕を掴まれていて身動きを取ることができない。完全動体視力の能力も拘束されては意味がなく、クロスは自身の腹部に赤い刀身がめり込んでいく瞬間を見た。
ヒート長ドスが腹部を貫通すると、クロスの背中から盛大に血しぶきが飛び散った。
「グガァッ!」
クロスはうめいた。
自分の臓器の内側を熱せられた刃が通り過ぎる感覚。刺された瞬間は日本刀の切れ味がいいこともあって、熱が通り過ぎたのような痛みしか感じられなかった。
「カタギの基本その一ッ! 刺したら、ひねるッ!」
クロスの腹に刺さった刃が、九十度ねじられた。
バチュッ、という皮膚が千切れる音を鳴らして、クロスの傷口は広げられた。
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
クロスは激痛のあまり絶叫した。両腕に筋力の限界まで力がこもるが、両脇のジャスティスレンジャーはがっちりと掴んで離さない。
「よっしゃ、よくやったカタギレッド! そのまま体の内側から焼いてしまえ!」
「体力が足りねえから弱火でいくでぇ! 三十秒だけ掴んで待ってろ! ヒート長ドス、加熱!」
刀の根元から炎が灯り、刀身の表面を滑るように炎は燃え広がってクロスを腹の中を焼き始めた。
「ガッ、グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
クロスは野生の獣よりもはるかに低い声で叫んだ。その苦痛の叫びは、クロス自身の想像よりもはるかに化け物じみた絶叫だった。
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ジャスティスレッドのすぐ目の前で、黒いロングコートの怪人は悲鳴を上げていた。その声はレッドのヘルメット越しに響き、激痛の感覚をレッドにも体感させてくれていた。
「お、おいイエロー! いくらなんでも、この処刑方法はまずいんじゃないか!?」
「なにビビってんだよレッド。怪人を殺す方法にうまいもまずいもねえだろうが! そんなこと考えるなら、早くこいつが地獄に行けるよう祈ってやれ!」
ジャスティスイエローが怪人の悲鳴を気にもかけずに言った。
レッドは戸惑った。果たして自分は本当に正しいことをしているのかどうか、と。
叫ぶ怪人の悲鳴は、たしかに人間離れはしているが、確かに生きているがゆえに発する絶叫だ。怪人が必殺技にやられて靄のように消えるのとはわけが違う。傷口から血が噴き出しているのがその証明であり、相手は生きた人間なのだ。
人間状態の怪人を殺すのはレッドにとって初めてのことだった。そしてその行為は、まるで本当の殺人を幇助しているかのようにも思えた。
「く、ちくしょうっ!」
レッドはたまらず悪態をつく。
怪人は今も叫び続けており、その声量はまるで変わらず、臓器が内側からこんがり焼かれていくにつれて音量はどんどんと高くなっていった。
視線の先で燃える刃が血液を蒸発させて赤い煙を上げていた。怪人特有の黒い靄が出てきてくれればレッドもまだ納得できたのだが、一向に怪人が靄になる気配はない。
ゆえにレッドは、自分がいま掴んでいる相手は、人間、なのだと、そう自然と考えてしまっていた。
「ああもう! ちくしょう! 俺はジャスティスレンジャーだっ! 殺人は、しない!」
レッドは突然、両手を広げ、掴んでいた怪人の手を解放した。
「な、なにしてやがるレッ――」
「ガアァァァァァァァァ!」
黒いコートの怪人は自由になった左手でイエローの胸ぐらをつかむと、刀を持つカタギレッドに向けて引っぱった。
「がっ!?」
「いぃっ!?」
カタギレッドとジャスティスイエローはヘルメット同士をかち合わせて、衝撃で左右にはじかれて倒れ込んだ。
黒いロングコートの怪人は両膝をついてしゃがみ込み、痛みにうめきながらも腹に突き刺さった刀の柄をつかむと、いまだ炎を吐き出し続けているヒート長ドスを腹から一気に引き抜く。
「ヴォアァァァァァァァッ!」
怪人の腹から刃が抜けていくとさらなる絶叫が響く。
ヒート長ドスの表面からは焦げた血液の湯気が立ちあがり、付着した血液が炭化して刀身を黒く染めていた。
怪人の傷口から血が心臓の律動に合わせて噴き出している。
片手を腹の穴に、もう片手を背中の穴にあてて血液の流出を受け止めると、すぐ近くにジャスティスレッドがいるにもかかわらずにその場でうずくまり、荒い呼吸を繰り返しながら静止していた。
レッドはその怪人の前に立ち、怪人の両肩に手を置いて言った。
「おい、怪人! 死にたくなければ、今すぐこの場で変身しろ! 変身して俺たちと戦え!」
ジャスティスレッドは黒いロングコートの怪人の肩を揺さぶった。
そのジャスティスレッドの甘い信念に基づいた考えとセリフに、ジャスティスイエローが怒りをあらわにした。
「おい! 何をばかなことを言ってやがるレッド! 今すぐそいつを殺せ!」
「断る! 俺たちは殺人をしない! 俺たちはジャスティスレンジャーだ! 正義の味方は、人殺しなんてしないんだ!」
「馬鹿野郎かてめえは! ジャスティスレンジャーである私たちが怪人に情なんて持つんじゃねえよ!」
「情じゃない! 信念だ! 俺の信念がこの殺人を許さないんだ!」
「なにが信念だこの間抜け! ろくな覚悟もしていない癖にっ――くっ、レッド! 避けろ!」
ジャスティスイエローの叫びに反応して、レッドは黒いコートの怪人の頭上越しに正面を見た。
「クロスさんから離れろ! ゲーセンコインバルカン! コイン・シュート!」
「うわっ!?」
突然の叫びと共に、黒いロングコートの怪人の足元周辺に銀の小円盤がいくつも撃ち込まれた。
ジャスティスレッドはそれをとっさに飛び退けてかわすと、その弾丸を放った銀鎧の怪人が高台のベルトコンベアーから飛び降りてきた。
「この、能力は……!」
「遅くなってごめんなさいクロスさん! ここから先は、私たちがあなたを守る!」
銀鎧の怪人は、少女の声に機械音声を重ねたかのような不可思議な発声で喋っていた。
そのわずかな少女の声に聞き覚えのあったレッドは、その怪人の登場に戦慄した。
「やっぱり来たか……! ユダ、さん……!」
ジャスティスレッドは黒いロングコートの怪人から離れ、ジャスティスイエローの隣に立つと武器を構えた。
銀鎧の怪人は着地すると同時に黒いロングコートの怪人に駆け寄る。
その新しい怪人の登場に、ジャスティスイエローが慌てて叫んだ。
「まずい! 赤目の怪人を逃がすな! ここで逃がしたら、もう次のチャンスはこないかもしれな――っ!」
「お待たせ~! ハードビスケット・ブーメラン!」
「ヒァアッハァー! ブレイズアップ・ダストシュート!」
ジャスティスイエローのセリフをさえぎり、直径一メートルのビスケットと、真っ赤に熱された圧縮ゴミの弾丸がジャスティスイエローに向かって発射された。
ジャスティスイエローはとっさにその攻撃を大斧ではじき落とすと、その攻撃の放たれた方向を見た。
「増援だとっ!?」
ジャスティスイエローは驚愕して叫んだ。
どことも知れぬ高台から跳躍して突然現れたのは、すでに一度封印したはずのお菓子怪人とゴミ怪人だった。
その二体は登場と同時に、黒いロングコートの怪人を守るように正面に移動していく。
「くっ! ここにきてザコ怪人どもがわらわらと出てきやがって!」
ジャスティスイエローは苛立ち、たまらず悪態をついた。すぐさま大斧を構えると、正義の一撃を加えるべく突撃姿勢を取る。
さらにはそこから少し離れた場所にいたカタギレッドも刀を杖に立ちあがり、怒りを込めて叫んだ。
「おどれら、それで形勢逆転したつもりか!? 闇金・体力レンタル200%超回復! ファイナル鉄砲玉アタックや!」
ジャスティスイエローが体勢を整えるよりも早く、カタギレッドが代わりに突撃した。
カタギレッドは全身から赤黒い炎を噴き出させながら、弾丸と同等の秒速360メートルまで加速して、ヒート長ドスを腰だめに持ち突撃していく。
だがそのカタギレッドの射線上に、さらなる怪人が立ちはだかった。
「ダークサイド剣道! ツインブレード竹刀でござる!」
「海パンエナジー夏の新作セレクション! 鉄壁のAカップ水着シールド!」
カタギレッドの亜音速の刺突攻撃は、横から割りこまれた双刃竹刀とAカップ水着の手甲に突き刺さった。
「なんやとっ!?」
カタギレッドが驚く。
ヒート長ドスの切っ先は、竹刀は貫通したが薄いAカップ水着の手甲を貫くことはできなかった。
カタギレッドは驚愕と共にその場で停止し、阿吽の如き姿で目の前に立ちかまえた二人の怪人の姿を見た。
「剣道怪人のキクチヨに、海パン怪人のヌーディストやと!? おどれら、一度やられたくせにいまさら復活して来たんか!」
カタギレッドはその二体の怪人に苛立ちをぶつけるように言った。
一人は剣道の防具に熊の毛皮をつなぎ合わせたかのような武者鎧に、柄の双方から刃が伸びた竹刀を持った、外国人が考えた間違った純日本風のような大鎧の怪人だった。
もう一人はサメの顔に、首に浮輪、片手にビーチバレーボールを取りつけ、残りの体の部分に多種多様な水着を張り付けた、そんな奇妙なデザインをしていた怪人だった。
「三度目の正直! 歴代怪人大復活の巻でござるよ!」
「悪魔参謀、今だ、やれっ!」
海パン怪人が叫ぶと、カタギレッドの頭上に大きな球状の影が落ちた。
「喰らうがよい! 悪魔大鉄球!」
「なっ!? おわぁぁぁぁぁっ!」
カタギレッドは直径三メートルの巨大鉄球に押しつぶされた。カタギレッドの体は完全に地面に沈み込み、巨大鉄球の下に作られたクレーターの中に埋め立てられて地面と一体化し見えなくなった。
その鎖を手繰り寄せ、巨大鉄球を手元に戻していくのは、装飾のない鉄兜に幅広の灰色マントを着こんだ怪人だ。
その怪人は意外なことに、素顔をさらしていた。顔を灰色に塗ってはいるが、しわがれた老人の顔を隠そうとはせず、その上に機能性無視の大鎧と兜を着こんでいる。ヒーロー戦隊黎明期の古めかしい時代の雰囲気を感じさせる、いかにも格式高そうな怪人であった。
「まずい! あいつは二十年前に封印された悪魔参謀! ということは、私らがチップに保存していた歴代の怪人たちが全員復活しているということか!?」
「その通りだぜチョキチョキ! 完全復活だぜーチョキチョキー!」
カニの姿をした怪人が中型トラックを運転して登場してきた。
中型トラックはヒーロー戦隊からは少し離れた場所で停車すると、荷台に乗った七体の怪人が一斉に飛び降りる。
「ゲコゲコゲコォ! 十年来の怨み! 晴らしてやるゲコ!」
「ここから先はペナルティなしの延長戦だ! 今日こそ貴様らをタッチダウンしてやるぜぇ!」
「悪い子はいねえがぁ! 今日はクリスマスじゃないが再登場してやったぜぇ! 悪い子にはプレゼントをあげねぇとなぁ!」
「ハァ~イ! お命一つ、ポッキリ頂いちゃうわよォ~!」
「チュィーン! チュィ~ン! わたくしの因縁の相手はミリタリーレッドただ一人! 今日こそあなたの奥歯のインプラント、抜かせていただきますよっ!」
「消火器の押し売りは悪ではない! 今日こそ、その不抜けた考え方を消化してやるぜ! フラワーレンジャー」
「主曰く! 《レッツ・フィーバータイム!》 さあさあ、みなさん! 踊りましょぉ!」
ガマガエル忍者、アメフト怪人、なまはげサンタ怪人、ホステス女郎蜘蛛、歯医者怪人、消火器怪人、ディスコジョッキー神父が登場した。
いずれも時代、モチーフ、コンセプトも違う、デコボコとした悪の怪人たちだったが、それらがいま肩を並べてヒーローたちの前に立ち構える。
「っく!? 厄介なザコどもが今更現れやがって!」
ジャスティスイエローが苛立ちを込めて言った。
対するヒーロー戦隊は、ジャスティスレッド、ジャスティスイエローを除いて、全員が地面に寝そべっていた状態だった。
「ゲコゲコォ!」
カエル忍者怪人が高い跳躍力を活かしてその倒れ伏したヒーロー戦隊の中に着地する。
そして両手を大きく広げ、ジャスティスレッドに向けて勝ち誇ったかのように叫んだ。
「ゲコゲコ! かつてはあれほど威勢のあったヒーロー戦隊も、こう地面に這いつくばっては情けない限りだゲコ、ゲ、……ゲコゲコォ!?」
カエル忍者怪人が近くに転がっていたフラワーレッドのヘルメットを踏みつぶすと、フラワーレッドのヘルメットは卵の殻を割るように簡単に砕け散った。
その瞬間、フラワーレッドの肉体は枯れ葉と枯れ枝に分解され、風に吹かれて跡形もなく消え去っていく。
「フラワー分身解除! 守りたまえ、大いなる生命の木よ!」
どこからともなくフラワーレッドの声が響き、そして地面に這いつくばっていた四十四人すべてのヒーロー戦隊の体が枯れ葉と枯れ枝に姿を変えていった。
ヒーロー戦隊の姿がすべて風に吹き飛ばされて消え去ると、今度は徐々に大きくなる地鳴りが足元から響いた。
「じ、地震だゲコォ!?」
「ジライヤ殿! そこから離れるでござる!」
剣道怪人が警告するが間に合わない。地鳴りが一瞬だけ落ち着くと、巨大な大樹が爆発するような勢いで地面から生えてきた。
カエル忍者怪人はその大樹にアッパーカットを喰らう形で打ち上げられ、大樹の中心に乗って天高くまで持ち運ばれていった。
大樹に持ち上げられた土くれが大樹の完成と共に吹き飛び、雨のように辺りに降り注ぐ。
「ゲコゲコォ! なんでぇ!? でっかい木ィ!?」
カエル忍者怪人はその大樹の葉の上を転がり落ち、土とともに落下しながら叫んだ。
盛大に尻もちをついて着地したカエル忍者怪人が見た物は、あきらかにこの荒涼とした採石場に生えてくるはずもない、青々とした十メートル級の巨木だった。
「いったい何が起こったのでござるか!? この木なんの木でござるか!?」
剣道怪人が叫ぶ。
しかし怪人たちはすぐにそれが何かわからなかった。
その太い枝葉の上には、すでに戦闘不能状態と化していたはずの四十人前後のヒーロー戦隊がぶら下がっていた。
「ぐっ! うおおおおおおおおお!」
その枝葉の中から、一人のヒーロー戦隊が転がって飛び降りた。
そのヒーロー戦隊の一人、ミリタリーブルーは、手に持った青いメタリックカラーのシャベルを高々と掲げ、着地と同時に勢いよく地面に突き刺した。
「塹壕クリエイト! 超々硬度・ピラー・トレンチ!」
シャベルが地面に突き刺さった瞬間、大樹を囲う壁のように地面が円形で盛り上がり、巨大な塔型の塹壕が形成されていく。
壁は地面を吸い取り密度を濃縮させていくと、茶色い幾何学模様を描いて凝固した。
「これは、ミリタリーレンジャーの塹壕じゃ!? しまった! さっき生えてきた木は、すべての生命を癒すフラワーレンジャーのセフィロトの木じゃっ! 早くこの塹壕を壊さぬと、ヒーロー戦隊が全員復活してしまうぞ!」
悪魔参謀が叫ぶ。
予想だにしていなかったヒーロー戦隊の連携プレーに怪人たちは目を見張った。
何体かの怪人が巨大鉄球を投げつけたりカニの爪で切り裂いたりしてみたが、その塹壕の壁には傷一つ付けられなかった。
「よっしゃ! よくやったぜフラワーレッドにミリタリーブルー! お前たちはそのまま回復に専念してくれ! 俺たちはこいつらから逃げ回りながら秘密基地を探す!」
ジャスティスレッドが塹壕の柱に向かって叫ぶ。
その叫びを聞いて怪人たちは焦りを見せた。
塹壕の柱は鉄筋コンクリートよりもはるかに硬く、粘度も高い常識外れの代物だった。
悪魔参謀の巨大鉄球を受けてもひびすら入らなかった壁を短時間で壊さなければならない状況に、怪人たちはてんやわんやで各々の技を繰り出す。
しかし、アメフト怪人の体当たりも、消火器の逆噴射による突撃も、目覚ましい効果を上げることはできなかった。
「ヒャァッハァ! ここはゴミ怪人様の出番だなぁ! 究極の一撃を見せてやるぜぇ!」
「無駄だ! ミリタリーレンジャーの塹壕は原子炉の壁より硬いんだ! お前たちのどんな攻撃だって貫通しないぞ!」
ジャスティスレッドがゴミ怪人に向かって言う。
だが、ゴミ怪人はガスマスクの顔に不敵な笑みを浮かべさせながら、逆に叫び返した。
「だれがゴミを飛ばすと言った!? 空を見てみろジャスティスレッド! 落とすんだよォ!」
ジャスティスレッドが空を見上げると、雲ひとつない青空の中に赤い点が七つほど現れていた。
「なんだ、あの赤い光は!?」
「スペースデブリって知ってるか!? 宇宙ゴミとも言われる、多段ロケットの切り離し部分や、もしくは壊れた人工衛星などの衛星軌道を漂うゴミのことだ! 今回は特別に、アポロ11号のメインブースターを傷一つ無い状態でプレゼントしてやるぜぇ!」
ゴミ怪人は腕を掲げて振り下ろす。それに合わせて、背後に光る赤い点が見る見るうちに大きくなっていった。
その光る点を仰ぎ見ていたお菓子怪人が、ふと疑問符を浮かべた。
「ねぇダストぉ? アポロ11号のメインブースター。七個ぐらい落ちてきてるんだけどぉ?」
「……は?」
お菓子怪人の指摘に、ゴミ怪人は呆けた声を漏らして振り返った。ゴミ怪人自身もまた、なぜか七つも落ちてくる赤い点に疑問符を浮かべていた。
「あ~、うん。ちょっと余計な宇宙ゴミもついてきたみたいだね。さすがに七つもいらないなぁ。いくつか減速させて、大気圏で燃やしちゃおう」
そうゴミ怪人は少女の声が混じったような奇妙な声でつぶやくと、手のひらを空の七つの点に向けて、振り払った。
次の瞬間、空の光は一瞬だけ強く光った後、十六個くらいにまでその数は分化した。
「ぁ…………やべっ……」
「え、ちょっ!? やべって言った!? やべって言ったよね!? 具体的にどうやばいのかな!? ダストイーター!」
お菓子怪人が慌てて言う。ゴミ怪人は呆然と空を見上げながら、肩をすくませて言った。
「ああ~……、うん。ちょっと制御不能になっちゃったみたい。一つ二十トンくらいの破片が、秒速ニキロメートルくらいの速度で落下してくるね。それもだいたい六十個くらいに分化してくるわけだから、……クラスター爆弾で、だいたい760個分かな? これは地形が変わっちゃうなぁ!?」
「ごめんダストイーター。ちょっと言ってる意味がわからないよ!」
「はッはッは! 笑って許して! パティシエール!」
「ちょっと、まっ! ギャァァァァァァァァァ! 降ってきたぁぁぁぁぁぁぁ!?」
空から音速を超えた巨大質量が落下してくる。その物体は少し離れた砂利の丘にめり込むと、激しい爆炎をあげて丘ごと爆散した。
その先陣を切った、たった一発の落下物の衝撃波だけでも大地が大きく揺れる。次の瞬間に落ちてくる計62発分の宇宙ゴミが地面に触れた時には、ドラムをたたくような勢いで大地が上下した。
落下物の空力加熱による燃焼で空が赤外線で赤く染まって見えていた。ほとんど視認できないほどの速さで宇宙ゴミが無数に振り落ち、跳ね上がった土壌が怪人の頭上に降りかかった。
「ぎゃあああああ! ふざけんな! 丘が一つ抉れたぞ!」
「ぶつかったら死ぬでござる! 助けてくれでござるぅぅぅぅぅぅ!」
「緊急退避じゃ! 安全な場所を探すのじゃ!」
血のように赤く染まったスペースデブリが黙示録さながらの地獄絵図を描く。
怪人もジャスティスレンジャーもトランポリンの上で跳ねまわるようにして絶叫しながら逃げ回り、自分の頭上にスペースデブリが落ちてこないことを祈りながら安全な場所を探した。
その宇宙ゴミの一発が、ヒーロー戦隊の大樹を守る塔型塹壕に直撃した。
だが意外なことに、塹壕は焦げ跡と僅かな表面のひびだけ残してほぼ無事だった。その様相にジャスティスイエローが活目して走り出した。
「レッド! 塹壕だ! 塹壕の裏に隠れるんだ!」
ジャスティスイエローがレッドに向かって言う。二人はあわてて塹壕の裏に向かって進んだ。
「秘密基地だ! 秘密基地に逃げるんだぁぁぁぁぁ!」
海パン怪人が叫ぶ。
激しい大地の震動で海パン怪人は空中で犬かきをするように跳ねながらも、一つの小高い丘に向かって進んでいった。
どうにか地面を蹴りながら海パン怪人はその一つの小高い丘に向かっていくと、ほかの怪人たちも同様に、海パン怪人に続いてその丘に向かって飛び跳ねていく。
宇宙ゴミの一つがその小高い丘にぶつかると、丘の上の砂利がめくれ上がり、コンクリート製の直方立方体の頂点の一つがあらわになった。
その様子を、円柱の塹壕の裏からジャスティスイエローが見て叫んだ。
「くそ! あんなところに隠していたのか! おいレッド! 私たちも行くぞ!」
「待てイエロー!? せめてこの雨が止むまで待つべきじゃないか!?」
「そんなことしていたら扉が閉められちまうだろ! 今がチャンスだ! いくぞ!」
「おい! ちくしょう!」
その激しい空爆の中をイエローとレッドは突っ切っていく。
震度六クラス以上の強烈な縦揺れに二人はよろめくが、地面に手をつきながらも強引に採石場を走り抜けていった。
▼ ▼
「クロスさん! ユダっち! こっちこっち!」
秘密基地の入り口前で、ゴミ怪人ダストイーターがモリスの地声そのままに叫んでいた。
空からは五秒に一個のペースでスペースデブリが落下を続けている。そんな激烈な空爆にさらされて真っ赤に染まる採石場の中心から、クロスに肩を貸したコイン怪人がふらつきながらも最大限のスピードで駆け抜けてきた。
なんとか運よく被害に遭わずに丘の元に入ってこれたコイン怪人は、そのまま大きく口を開いた秘密基地の入り口までたどり着き、そして秘密基地の入り口のすぐ隣の岩壁にクロスを横たえた。
そこまでたどり着くと足場の揺れは大きく軽減されている。だが、背後ではまだまだたくさんのスペースデブリが振り注いできており、日光よりも強烈な赤い閃光が明滅をくりかえしていた。
「大丈夫でござるか、クロスどの!? 血がダラダラとこぼれておりますぞ!?」
剣道怪人を筆頭に、幾人もの怪人がクロスの元に心配して歩み寄ってくる。
クロスは自身の手で傷口を抑えていた。だが、指の隙間から溢れる血液は留まることがなく、衣類が吸収しきれなくなった血は地面に滴って血痕を作っていた。
採石場の中心部から続くその血痕の多さに気付くと、怪人たちが慌てて止血の手当てをしようと密集してくる。
「これ、わたくしの糸で編んだ包帯です! 使ってくださいまし!」
ホステス女郎蜘蛛怪人が蜘蛛糸で織った弾性包帯を指先に生み出して駆け寄ってくる。
「ゲコゲコォ! 風魔伝来のガマの油だゲコォ! これも使ってほしいでゲコォ!」
それに合わせて、カエル忍者怪人も両手いっぱいに白くボコボコとした油を生みだしながら近づいてきた。
「うおっ!? なんだその油ぁ!?」
「きもっ!? そして、くさっ!?」
「おい!? 誰かその馬鹿押し返せ!」
「ゲコゲコォ!?」
カエル忍者怪人はクロスに近寄ることも許されず押し戻された。
その白い油は蟾酥と呼ばれるガマガエル由来の本物の医薬品で、実際に強心作用、鎮痛作用、止血作用のある代物だったのだが、その見た目と強烈な悪臭ゆえに満員一致で却下されてしまっていた。
「あ、あんまり変なものは持ってこないで! とにかく、何とか止血だけして、クロスさんを病院まで――っ!?」
ユダが叫ぶ。
しかし、その声は途中で途切れた。
コイン怪人の背後に人工衛星が落下し、ひときわ赤く強く輝いた瞬間に、赤い閃光の中からジャスティスレンジャーの声が大きく響いてきた。
「いけ! レッド!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ジャスティスレッドが高い跳躍から落下してくると、重力加速を乗せた赤い両刃斧を振り下ろす。
両刃斧はコイン怪人の背中に殴るように叩きつけられ、激しい火花を散らして爆発。コイン怪人を吹き飛ばした。
「うぁっ!?」
「すまないユダさん!」
ジャスティスレッドはコイン怪人に向けて思わず叫んだ。しかしその謝罪に気が付く余裕のある怪人はいなかった。
「ジャスティスレンジャー!? まだ襲い掛かってくるのかよ!」
海パン怪人が叫んだ。
クロスはレッドの足元にうずくまっている。完全に無防備な状態だったクロスを助けようと怪人たちはあわてて駆け寄ってくるが、次の瞬間には電気をまとった大斧が横薙ぎに払われた。
その横暴な物理攻撃は近くの岩壁を破壊し、大斧の刀身は半分までが岩の中に埋まった。その巨大質量に威圧されるように怪人たちは牽制される。
その巨大な斧を振るった人物、ジャスティスイエローは大斧を岩から抜き取ると肩に担ぎ、即座に足元のクロスの襟首を片手で掴んで持ち上げた。
「おっしゃ捕まえたぞ、この赤目野郎!」
「ッガァ!」
ジャスティスイエローは乱暴にクロスを持ち上げると、それを盾のように正面に構えた。
そして即座に大斧を片手でマグナムに変形させ、五十口径はあるであろう無駄に大きな銃口をクロスの後頭部に押し付けた。
「おら、離れろ! 今すぐそこの道をあけるんだ!」
ジャスティスイエローが怪人たちに向けて威圧した。
怪人たちはクロスを人質に取られたことにうろたえ、後ずさるように数歩後退する。
「まずい! みんな手を出すな!」
お菓子怪人がトミーの声で叫んだ。
怪人たちは動揺して何の行動も出来ない。
その隙に、ジャスティスイエローはクロスの襟首を引っ張っりながら、秘密基地の入口に向かって後ろ向きに進んでいった。
そして秘密基地の開いた扉の乗り越えると、ジャスティスレッドとも合流してさらに後退していく。
「レッド、扉を閉めてくれ! そこの赤いボタンだ!」
「ああ!」
遅れて入ってきたレッドが叩くように赤いボタンを押すと、岩壁に偽装された鉄組みの壁が地面からゆっくりと持ち上がって来た。
「まずいでござる! ジャスティスレンジャーが秘密基地の中に入ってしまうでござるよっ!」
「近寄るんじゃねぇ! こいつを殺されたいか!」
剣道怪人が一歩だけ近寄ると、ジャスティスイエローはクロスの後頭部に銃口をグリグリと押し付けて威圧する。
そのイエローの怒気に当てられた怪人たちは行動を完全に制限された。扉が完全に閉まるまで、怪人はその場でうろたえながら棒立ちするしかなかった。
偽装扉は天井まで届くと、フシュッ、と空気を抜く音を鳴らして強固に固定される。
ジャスティスイエローは完全に扉が密閉されたことを確認すると、すぐさま配電盤らしき金属ケースをマグナムで撃ち抜き、再び開かないように破壊した。
その瞬間、小さな振動が足元から響いた。
「イエロー、下だ! 足元からなにか出てくるぞ!?」
「なに!?」
ジャスティスイエローはクロスを引きずりながら坂道を後ずさる。
扉の根元から、鎖やクリスマスの電飾飾りなどが飛び出してきて、まるで蔦のように扉に絡まっていったのだ。
「何だこれは!?」
ジャスティスレッドが叫ぶ。
その不可解な蔦にはいくつものプレゼントボックスが取り付けられていた。プレゼントボックスには電光表示板が取り付けられており、蔦が完全に扉に絡まった後、その電光表示板は次々と《起爆準備完了》の赤文字を点灯させていった。
その様子を見たジャスティスイエローは、その仕組みに気付いて笑った。
「ははっ! こいつはいいぞレッド! これはあいつらが仕掛けた罠だ! 扉を無理やり開いたら爆発する仕組みだ! あいつら、もうこの扉から入ることはできないぜ!」
イエローは嬉々としてそう言った。
その証拠に、外からは扉を開けようと攻撃を加える音が一切聞こえてはこなかった。
「よし、コアはこの地下だ! 急ぐぞレッド!」
イエローはクロスの襟首を手放し乱暴に投げ捨てると、今度は足首を掴んでコンクリート坂を駆け下りていく。
「グゥゥッ!」
引きずられるクロスがぐぐもったうめき声を漏らした。コンクリートの下り坂を乱雑に運ばれて、多量の血痕が地面に描かれた。
「お、おい、もうちょっと丁寧に扱ってやれよ」
「知ったことか!」
イエローはいらだだしく叫び、さらに乱雑な運び方でクロスを引きずっていった。