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ダークヒーローが僕らを守ってくれている!  作者: 重源上人
VS.法律戦隊ジャスティスレンジャー編
15/76

第十三話 殴られ! 避けられ! 気絶して! 黒いロングコートの怪人 その力の正体!? 充血した赤い目の秘密とは!

「かかれーー!」


 ジャスティスレッドの号令と同時に、すべてのヒーロー戦隊が黒いコートの怪人に向かって駆けていく。武器に炎や雷をまとわせた極彩色の軍勢は、そのたった一人に吸い寄せられるように突撃していった。


「超古代文明の水の力! ウォーター・カッターソード!」

「音速のカポエラ奥義! エアリエル飛び膝蹴り!」

「積み込み国士無双・マージャン・スピアー! 倍満一本突き!」


 特に瞬発力のあった三名のヒーロー戦隊が、先陣を切って攻撃を仕掛ける。


 まずは有効射程10メートルのリーチを誇る、オーパーツブルーのウォーター・カッターソードの居合切り。

 研磨剤を含んだ水流レーザーによる斬鉄剣が、ウォータージェットの加速を加えて神速の速さで薙ぎ払われた。


 だが、そのオーパーツブルー最速の攻撃はクロスにたやすく屈んで避けられる。

 そして隣を通り抜けざまにクロスは力強いボディブローをオーパーツブルーの腹部に打ち込み、くの字に折り曲げて弾き飛ばした。


 オーパーツブルーは驚く間も無く背中を地面にぶつけて後転する。


 次に続いたのはカポエラ使いオレンジファイターによる、エアリエル飛び膝蹴りだった。


 まるでカタパルトで射出されたかのような勢いのある飛び膝蹴りだったが、それも僅かに身をひねらせただけのクロスに避けられる。


 それと同時に交差する瞬間を狙った怪人の右フックが、オレンジファイターのヘルメットにカウンターとして叩きこまた。


 オレンジファイターはヘルメットを支点に空中で一回転すると、受け身も取れずに地面に背中を打ちつけて気絶した。


 次にイエローギャンブラーのマージャン牌をつなぎ合わせて作られた槍がクロスの眉間をめがけて放たれた。

 しかしその達人の一撃も、クロスが手の甲で柄を叩くと簡単に軌道を逸らされて空を切る。


 さらには隙だらけになったイエローギャンブラーのヘルメットに上から振り下ろすようなクロスのストレートパンチがめり込み、イエローギャンブラーは地面に後頭部を二度バウンドさせて倒れ伏した。


「燃え上がれ野球魂! フレイムバット・スウィング!」

「三角定規ブレード! サイン、コサイン、タンジェント!」

「回転殺法! ゲリラククリ スラッシュ!」

「スモウ・パワー全開! スーパー頭突きじゃい!」


 第二波のヒーロー戦隊たちが到達し、クロスに攻撃を仕掛ける。


 スポーツレッドは片足飛びで勢いよく二十メートル跳躍すると、着地と同時に急停止してバッターボックスの野球選手の動きそのままに燃える金属バットを振るった。


 だが、スポーツレッドがそのバットを振り切る直前にクロスの手は前に伸び、バットの根元を掴んでフルスイングする前にその動作を停止させる。


 スポーツレッドは驚き、困惑して硬直した。クロスはその隙を突くように掴んだ手を引き寄せてバランスを崩させると、左肘の一撃をヘルメットにぶつけてスポーツレッドを地面に叩きつけた。


 スポーツレッドが地面を転がった瞬間、間髪いれずにブルーティーチャーが大きな三角定規の形をした剣を振り下ろしてくる。


 サイン!と叫ばれた瞬間に振り下ろされた攻撃をクロスは体をそらして避け、続くコサイン!と叫んだ瞬間に放たれた刺突を剣の腹を手ではじいて受け流し、片足を軸に一回転してから放たれる、タンジェント!と叫ばれた柄突きをクロスは掴んで受け止めた。


 クロスは掴んだブルーティーチャーの手を引っ張って後ろに押し流すと、同時に足を引っ掛けてブルティーチャーにとんぼ返りを打たせて転ばせた。


 続いて空を見上げると、空中で駒のように高速回転したグリーンミリタリーが頭上から飛来してきていた。


 だが、クロスは電動丸ノコ並みに高速回転するグリーンミリタリーの動きを見切り、ククリ・ナイフを持ったグリーンミリタリーの手首を難なく掴むと、その回転の勢いを大きく減衰させる。


「うおっ!?」


 グリーンミリタリーが空中で驚く。


 ちょうどグリーンミリタリーの体重がクロスの腕にのしかかってきた辺りで、直立不動の姿勢で飛翔してくるゴールデンファイターが飛来してきたので、クロスはグリーンミリタリーを盾代わりにするつもり空中から振り落とした。


「ぐはぁ!」

「どすこい!?」


 グリーンミリタリーは交通事故にあったかのような勢いでゴールデンファイターに弾き飛ばされる。一瞬のうちに数メートル先まで吹っ飛び、受け身も取れずに背中から地面に激突した。


 ゴールデンファイターは激突の衝撃で指向性を失い、穴のあいた風船のようにふらふらと飛びまわった後、直立不動のまま頭から地面にめり込んだ。


 ほんの一瞬だけ間が置かれ、第三波のヒーロー戦隊がクロスに向かって突っ込んできた。


 ここから先は全てのヒーロー戦隊の入り混じる、大混戦の始まりだった。



        ▼       ▼



 ヒーロー戦隊のヘルメットに拳を叩きこむ合間に、クロスはヒーロー戦隊を観察していた。


 クロスは思った。ヒーロー戦隊は弱い。弱すぎた。


 攻撃は全て大ぶり。動きも遅い。体重も軽くなっているようで、殴れば簡単に一回転する。ヒーロー戦隊のいずれの攻撃も当たれば死ぬような殺傷力のある攻撃とはいえ、たやすく避けることができる攻撃ばかりでは恐怖心も湧きようがなかった。


 とはいえクロスの攻撃もヒーロー戦隊のスーツには衝撃が貫通しないようで、その拳で動けなくなったヒーロー戦隊はほとんどいない。だが同士討ちによる攻撃は効果があるようで、時折起こる同士討ちによってヒーロー戦隊の数は少しずつ減らしてきていた。


 後はクロスのスタミナがいつまで持つのかの勝負だった。


 クロスは呼吸を整え、余計な立ち回りはせず、ヒーローたちの攻撃に対してカウンターだけをくりかえした。



        ▼       ▼



 黒いロングコートの怪人がヒーローたちを次々と返り討ちにしている最中。そのヒーロー戦隊の最後尾で、巨大な黄色い斧を肩に担いだままのジャスティスイエローが、戦線に参加する意欲も見せずに深く考え込んでいた。


 やがてイエローは苦々しそうにゆっくりと顔をあげると、隣に立っていたホワイトミリタリーに突拍子もなく話しかけた。


「おい、ホワイトミリタリー。お前はたしか、体を透明にすることができたよな?」

「え? あ、はい。たしかにミリタリーレンジャーは全員がインビジブル迷彩を装備しています。特に私の迷彩は光の透過率が百パーセントに近い一級品ですが……。それが何かしましたか? 透明になっている間はエネルギーを消費してしまって、私の攻撃の威力が半減してしまうことはご存じのはずでは?」


 ホワイトミリタリーは疑問符を浮かべて返答した。


 ジャスティスイエローはその答えを聞いても動じることなく、さらに自分の言葉を続けた。


「そんなことは知っているよ。ついでに聞くが、お前の武器はスナイパーライフルで間違いなかったよな?」

「はい、そうです。ですがこんな乱闘中に撃ったら、ほぼ間違いなく味方に当たります。あまりオススメはできないですね」

「そうなっても構わない。私が合図したら、あの怪人を狙って撃ってみてくれ。もしかすれば奴の能力が掴めるかもしれない。……頼めるか?」

「本当ですか? ……では、私は高台に移動してきます。合図、お願いします」


 ホワイトミリタリーは軍人らしい聞き分けの良さを発揮し、すぐにインビジブル迷彩を発動させて行動に移った。


 透明になったホワイトミリタリーは、小さな足跡と砂埃だけを巻き上げながら砂利の道を駆け抜ける。その足跡は近くの小高い砂利の丘の上まで点々と作られていった。


「さて、あとは私の勘が正しくないことを祈るばかりだな」


 ジャスティスイエローはホワイトミリタリーが配置についたことを確認すると、ヒーロー戦隊を子供のようにいなし続けている黒いロングコートの怪人の姿を遠目に眺めた。


 ジャスティスイエローの怪人を見るその眼は、敵にジョーカーを配られてしまった時に見せる賭け師のような苦々しいものだった。



        ▼       ▼



「フューチャーパワーよつるぎに宿れ! フレイムエナジー・センチネル・ぐはぁっ!」


 フューチャーレッドが何かしらの必殺技を放とうとした瞬間、クロスは長い脚を活かした足刀蹴りをフューチャーレッドのヘルメットに叩きこんだ。

 フューチャーレッドは側転するように空中で反転して、地面で首を直角に折り曲げて倒れた。


 今倒れたフューチャーレッドを含めて、クロスが倒したヒーロー戦隊は実に二十人目だった。


 とはいえ、実際に戦闘不能になっているのは同士討ちをしたり脳震盪を起こしたりして気絶した七人程度だけだ。


 ヒーロー戦隊は基本的に不死身でタフであり、綺麗に急所に攻撃が入らなければ痛みを感じていないかのようにすぐ起き上がって来ている。


 対してヒーロー戦隊側も現状の戦況は芳しくないようで、クロスに対する攻撃は激しさを増していた。


 だが、それでもいまだにクロスには傷一つ付けることができないでいた。


「この怪人、只者じゃないぞ! フラワーレッド! スポーツレッド! 映画館で見せたあの技! トライアングルアタックを仕掛けるぞ!」

「映画泥棒と戦った時のあれか!」

「分かった! 任せろ!」


 レッドポリス、フラワーレッド、スポーツレッドの三人が、三角陣を組んでクロスを取り囲む。


 灼熱に発熱した特殊警棒、幾何学模様の描かれた赤く光るスコップ、赤いメタリックカラーの金属バットをそれぞれ手に持ち、大上段に構えてクロスに向かいあった。


 三人の準備が整うと、前もって打ち合わせをしていたかのように三人の声が重なって響く。


「「「究極合体三連撃! 必殺! トライアングル・アターック!」」」


 三人は一瞬の間も置かずに加速し、クロスに向かって一直線に飛翔した。それは三方向から同時に繰り出される、弾丸よりも早い突進攻撃だった。


 だがそれは、クロスから見れば抜け穴だらけの間抜けな攻撃にしか見えなかった。


 たしかに三人で攻撃すれば威力は上がる、二人の攻撃が受け止められても三人目が切りつけることができる。だが驚いたことに、避けられることをまるで想定されていない攻撃だった。


 攻撃の到達まで二・八七秒。クロスが体を一身体分動かすのにかかる時間は、一・一八秒。どう考えても回避に困るような速さではない。


 ゆえにクロスは、当たり前のようにその攻撃を避けようと身を逸らした。


「……ムッ?」


 しかし一瞬の間だけ、クロスの動きが止まった。


 クロスの視界の端に、なにか違和感のあるものが映ったのだ。


 正面から襲ってくるポリスレッドのヘルメットのミラーに、数あるヒーロー戦隊に混じって、片手を上げているヒーロー戦隊が一人いたのだ。


 その片手をあげた誰とも知れぬ黄色いヒーロー戦隊は、三人のレッドが武器を振り下ろす一瞬前、まるで合図を送るかのようにその片手を振り下ろしていた。


 その瞬間、クロスの背中に大量の冷や汗が吹き出した。

 ひときわ世界が遅くなったような気がした。


「ヴォッ!?」


 クロスの視界の左上、少し小高い砂利の丘の上で、白色の光が円形に拡散した。

 その光の中心から重力を無視した光の弾丸のようなものが直進してくる。


 クロスは反射的に頭を後ろに退けると、その白光の弾丸はクロスの眼前を通り過ぎて、運悪く射線にいたフラワーレッドの胸部に当たった。


「ぐあっ!?」

「奇襲!? スナイパーがいるぞ!?」

「止まるなスポーツレッド! 切れ!」


 その意外な事態に、クロスの背後から襲いかかってきていたスポーツレッドは減速していた。

 そんな事態でも一切ひるまなかったレッドポリスがクロスの左側から襲い掛かるが、連携を失ったレッドポリスの攻撃を見きるのはたやすく、クロスはその特殊警棒が振り下ろされる前レッドポリスの腹部にボディブローを叩きこむ。


「がはっ!」

「レッドポリス! くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 レッドポリスが腹部をおさえて倒れ伏す。その状況に破れかぶれになったスポーツレッドが、クロスの背後から加速もしない状態で襲い掛かってくる。


 だが、クロスは他のヒーロー戦隊のヘルメットに映ったスポーツレッドの姿を見ており、振り向く必要すらなくその背後からの攻撃を完全に見切っていた。


 クロスは攻撃が振り下りされてくる前に背後に跳躍。右ストレートをスポーツレッドのヘルメットに叩きこんだ。


「あぐぅ!?」


 スポーツレッドは弾き飛ばされ背中から倒れると、両足を地面に大きく広げて転がった。


「おい、全員戦いながらでいいから聞け! そいつの能力がわかったぞ!」


 その時、ヒーロー戦隊の後方で誰かが叫んだ。ヒーロー戦隊はその呼びかけに反して、全員が戦いの手を止めてその声の主を見た。


 クロスもその声の主の方角を見る。


 全員ヘルメットをかぶっているので誰がしゃべっているのか分からないが、ヒーロー戦隊たちにとってはすぐに判断できたようで、間もなく誰かが反応した。


「それは本当か! ジャスティスイエロー!」


 フューチャーブルーが叫ぶ。


 それに合わせて、ジャスティスイエローは巨大な両刃斧の先をクロスに向けて言った。


「ああ! そいつの能力の正体は、完全動体視力だ!」


 ジャスティスイエローの答えに誰もがすぐに理解できなかった。


 だれ一人として完全動体視力という言葉に聞き覚えがなかったようだ。


 クロスも同様に完全動体視力という言葉はまるで知識になく、続くジャスティスイエローの解説を待った。


「おいイエロー! 何だその、完全動体視力ってやつは!」

「呼んで字のごとくさ! 奴は完璧な動体視力を持っている! つまり俺たちどれほど早い動きをしようとも、奴にはすべてスローモーションで見えているっていうことさ!」


 ジャスティスイエローの解説に、ヒーロー戦隊の全員が驚きを隠せずどよめいた。


「なんだそれは! そんなものがあり得るのか!」

「怪人の能力は何でもアリだぜ! だが、奴の能力は怪人としての物じゃない。おそらくは生まれ持った才能だ! 外国ではシャッター・アイとも呼ばれていて、数は少ないがたしかにその才能の担い手がいたらしい! どうも脳の情報処理が異様に発達した人間が、さらなる偶然で視神経と脳が直結した場合に起こる能力。その才能を持って生まれた人間は、飛んでくる銃弾に書かれた製造番号だろうと綺麗に見えたらしいな! だから変身しないでも私たちの攻撃を避けることができるんだ!」


「へ、変身しないでだと! じゃあなんだ! 奴は変身もしていないってのに、俺達をこんな簡単にボコボコにしていたっていうのか!」

「武器をよく見てみろ! 一般人保護のセーフティーがかかっているはずだ! 奴は人間形態のままで簡単に俺達をあしらっていたんだよ!」

「そ、そんな、バカな!」


 イエローの言葉が終ると、ヒーロー戦隊たちはクロスから僅かに距離を離した。

 驚いたことに、ヒーロー戦隊は一般人相手に恐れて距離を取ったのだ。


「……ムゥ?」


 クロスにとってもそのジャスティスイエローの言葉は驚くべきものだった。


 クロス自身、違和感を感じたことなどなかったのだが、たしかに振り下ろされる斧と光のような速さで飛ぶ弾丸が同じスピードで見えることなどあり得るはずがなかったのだ。


 もしかすればヒーロー戦隊がこれほどまでに遅く感じたのは、決してヒーロー戦隊たちのセーフティーとやらのせいではなかったのかもしれない。

 そうクロスは思考した。


「お、おい! じゃあ、どうすればいいんだよ! 奴はまだ変身していないってのにこの強さなんだろ!? 変身されたら俺たちに勝ち目はないんじゃないか!?」

「よく考えろ! 逆だ! 奴が変身していたら俺たちはすでに半分近くがやられていた。人間形態では俺たちのスーツにダメージが与えられないのに、なんでその姿で戦う必要がある! つまり奴は、理由は分からないが、今は変身することができないでいるんだ! このチャンスを逃す手はないぞ。怪人王ゾシマ以上のバケモノを相手にしたくなかったら、今のうちに倒し切るしかない!」


 ジャスティスイエローはそう全員に向かって鼓舞するように言った。


 ヒーロー戦隊が再びクロスを向いた瞬間、代わりにジャスティスレッドが取り仕切って作戦を言う。


「よし、全員! 奴を中心に円陣を組め! ゆっくりと距離を縮めていって、避けられないよう全員で一斉に取り押さえるんだ!」

「よし! 分かった!」「了解!」「分かりました!」「まかせろ!」


 ジャスティスレッドの号令を聞いたヒーロー戦隊は、各々の個性に合わせた返答を返して円陣を組んでいった。


 クロスを中心に半径十メートルの距離を広げていき、隙間ないヒーロー戦隊の包囲網が即座に完成する。


「…………」


 クロスは無言で、その統率のとれたヒーロー戦隊の動きを眺めていた。


 クロスは考えていた。今、そのヒーロー戦隊の動きはゆっくりしているのか、それともゆっくりしていないのか、完全動体視力というものが本当にあるのかを確かめようとしていた。


 だが、ヒーロー戦隊の動きは早いとも遅いとも思えなかった。きびきびとした動きで陣形を作り、一人残らずクロスを警戒している。


「ゆっくり近づけ、ゆっくりだぞ! どうせ早く動いても見切られるんだ、全員一斉に飛びかかるぞ!」


 ジャスティスレッドが言うと全員がその言葉に応じて、クロスに対する包囲網を段々と狭まっていく。


 クロスもただその包囲網を受け入れるつもりはなかった。このまま一斉に襲われてはクロスといえども力に押し負けてしまうのは道理だ。


 ゆえにクロスは、自分の感覚を確かめるためにもその陣形の一角に向かって走り出した。


「わっ! こっちに来たよ!?」

「フラワーイエロー! 早く武器構えて!」


 クロスが突破を目指したのは、先ほどの戦闘でも一切クロスに関わろうとしなかったフラワーイエローやフューチャーピンクといった、おそらく戦闘の苦手なヒーロー戦隊のいる一角だった。


 案の定、走り寄ってきたクロスに女性二人のヒーロー戦隊はろくな反応をすることができない。フラワーイエローとフューチャーピンクは武器を持ち上げると、素人以下の動きでクロスに武器の矛先を向けて後ずさっている。


「ヴォォォォォォォォォォォォォォ!」

「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」


 クロスは雄たけびを上げて二人の武器を振り払う。すると、ヒーロー戦隊二人は武器を手放して縮こまるように怯えた。


 二人の距離が離れて充分に抜け道が開いたので、クロスはその道を通り抜ける。陣形を抜けるついでにクロスは、フューチャーピンクの頭部を殴ってから通り過ぎた。


 その瞬間、クロスは確かに見た。世界がはっきりと遅くなっている状態を。


 今までは気が付かなかったが、世界が遅くなっている状況の中では自分の動きも確かに遅くなっていた。まるで水の中を進むようなゆっくりとした動きだ。だがその遅さに違和感はなく、体も重くなっていない。


 ただ、視界に入ってきた情報が0.001秒単位で更新されている。ほとんど動きの変わらないアニメーションフィルムが、コマ送りで少しずつ変化しているかのようにも感じられた。


 不思議なことにクロスは、昔から趣味でやっていた難解数式の解明をこの場で連想していた。意外なことにその数式の計算をしている時と、世界が遅く見えるこの状況が非常に似通って感じられたのだ。


 脳に力を込めるようにして煩雑な計算を一瞬にして処理していくこの感覚。その正体に、クロスはすぐに気が付いた。


 通常、人の脳は情報処理に限界がある。目から取り入れた視覚情報は視神経を通る過程で一度バラバラに分解され、脳内の後頭葉部でカメラのフィルムのように一枚一枚映像を現像させる。現像された映像は頭頂葉で知識に照らし合わせて判断され、海馬に必要な枚数だけが厳選されて記憶としての映像が保存されるのだ。それが人の脳の情報処理のメカニズムだ。


 ここで特徴的なのは、大脳辺縁系に位置する海馬は虚血に非常に脆弱であるということだ。過剰に記憶情報を処理すると血が足りなくなってすぐに機能を弱めてしまい、場合によって脳機能は死滅する。

 そのうえ海馬に限らず、脳は全般的に酸素欠乏に弱い。そう言った事態にならないために、後頭葉や頭頂葉は海馬の限界に合わせて本来の性能を抑えて稼働しているのだ。送られてくる血液の量の関係上、脳は10%が稼働率の限界であり、それを超えて稼働させることは酸欠による壊死を招く。そこで最初に死んでしまうのが海馬という脳の部位だ。


 では、海馬周辺に通常の五倍以上の血管が配置された場合はどうだろう。それも、眼動脈を常時隙間なく充血させるほどの太さと数を用意し、脳内にまんべんなく配置させた場合は、どうなってしまうだろうか。


 答えは簡単だ。血管から送られる栄養に応じて脳は通常より大きく堅く成長し、さらに脳の異常発達に連動して抑制機構も肥大するためリミッターも簡単に外れるようになる。


 通常、歩くような速さで稼働している脳のリミッターが外れた時、一斉に最高のパフォーマンスを発揮させた頭脳は、計算処理の内容(複雑系理論等)によっては、スーパーコンピューターすらも凌駕する性能を発揮できるのだ。


 その結果がクロスの能力だ。

 スーパースローカメラ並みにシャッターを切ってもその情報全てを処理し、判断し、記憶できる。さらには並列処理も可能で、視覚情報の高速処理中に思考するので、体感としてスローモーションに感じることが可能になるのだ。


 さらには培った難解数式の計算技能も応用すれば、物理学的な作用と反作用、支点と力点、抵抗と弾力、骨格と筋繊維、摩擦、空気抵抗に、慣性。それらすべてを計算し、視覚情報ゆえに初期値鋭敏性(未来を予測する際、数字を当てはめると僅かなズレでも未来を予測できない性質)に縛られらことなくごく短期的な未来予測も可能になる。


 つまりはただスローモーションで世界を見るだけではない。それと同時に運動物理学の計算を脳内で行うことによって、人体の反射機構を超えた超回避を可能とするのだ。


「しゃがめ! フラワーイエロー!」


 頭を抱えてうずくまるフラワーイエローの背後から、カタギブルーが飛び上がって襲い掛かってきた。


 カタギブルーは青い銃を両手で持ち、クロスの胸を狙って弾丸を放ってくる。


 だが、その青い弾丸もせいぜいプラスマイナス五センチ程度のブレ幅で直進運動をとるだけのシンプルなものだ。正確度も精度もさほど高くはなく、わざわざ脳内で数字に起こして計算する必要もない。


 これまで当たり前のように脳内で見てきた物体の動きは、クロスが意識したとたんにはっきりとスローモーションで見えるようになっていた。


 当然のようにクロスは身を逸らして回避すると、そのすぐ隣を弾丸がゆっくりと通り過ぎ、弾丸は物体の運動力学に沿って地面にぶつかり石片がはじけていく。


「避けられた!?」


 カタギブルーが弾丸を避けられたことを驚く。


 クロスは歩くような速さでカタギブルーに近付いた。両手をついて着地したカタギブルーがあまりに無防備だったので、カタギブルーのヘルメットに膝蹴りを叩きこんで弾き飛ばしてやった。


「まずいぞ! 奴を囲い込め! 一斉に掛かるんだー!」


 カタギブルーが地面に転がった瞬間に、ヒーロー戦隊の誰かが叫んだ。


 クロスによってすでに陣形は崩されており、場は再びクロスに有利な乱戦へと形式を戻してしまっていた。


「っく! まずい! どうにかして体勢を立て直さないとまずい!」


 クロスを中心とした戦場から少し離れた場所で、ジャスティスレッドがこの混沌とした状況に気持ちを焦らせる。


 戦況は再びクロスにかき回されていき、またもヒーロー戦隊は赤子の如くあしらわられ始めていた。


「……いや、これはこれで悪くはない。いいことを思いついたぞレッド」


 そう言うとジャスティスレッドの隣にいたジャスティスイエローが、巨大な斧を担いで一歩前に踏み出した。


 片手に持った大斧を振り上げ、刀身にまばゆいばかりの電流を溢れださせていく。


 レッドは何をするつもりだろうかとただ呆然と隣で見ていたが、イエローが大斧に尋常ならざる電圧を込めていくのを見て、慌ててレッドは問いただした。


「……おい! ちょっとまて! いったい何をする気だイエロー!?」

「こうするんだよ! ライトニング・ジャスティスブレイカァァァァァァ!」


 ジャスティスイエローが大斧を大上段から振り下ろすと、大斧の刃から黄色い高圧電流が拡散放射された。


 必殺技級の一撃が、クロスと五十人のヒーロー戦隊全員をまとめて貫いていく。


 それは敵味方関係なく粉砕する、暴虐的な大技だった。

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