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ダークヒーローが僕らを守ってくれている!  作者: 重源上人
VS.法律戦隊ジャスティスレンジャー編
12/76

第十話 過去に思いを馳せる地下世界! 決戦への序幕がついに開く! 最後の秘密基地 核シェルター到着!

 クロスはユダのその小さな手に袖を引かれて、町はずれの採石場を歩いていた。


 陽はすでに高く、秋の終わりといえども吹きすさぶ風はやや暖かい。巻き上げられた砂が僅かに渦を巻き、長大なベルトコンベアーの柱の下に砂が入り込んで砂丘が積もり上がっている。


 そんな採石場の少し奥、人気のない仮設事務所を通り過ぎて、ショベルカーといった重機の並べられた区画のさらに奥までユダはクロスを引っ張ってきていた。


「ここ! ここなんだよ。私たちの秘密基地の場所は!」


 ユダは嬉々とした顔で、何もない岩壁の前に立って言った。


 だが、何もない岩壁が目の前にあったのは一瞬の事。ユダが再び岩壁を振り返った次の瞬間、岩壁は騒々しい稼働音を鳴らしながら砂埃を巻き上げて地下へと沈んでいく。

 岩壁の取り払われた先には、山をくりぬいて作られたのであろう地下へと続くコンクリートの下り坂がどこまでも深く続いていた。


 ユダはその地下道の奥へとクロスを引っ張っていく。二人がトンネル内に入り込んだ瞬間に、オレンジ色の作業灯が点灯して地下までの道のりを明るく照らしていった。


 やがて三百メートルほどまで地下に進むと、鉄骨がむき出しの武骨な扉が現れた。

 ユダが壁の赤いボタンを押すと、その扉はゆっくりと左右に開いていく。

 

 扉の奥には、体育館三個分ほどの広大な空間があった。


 ウレタン樹脂系の光沢のある薄緑色の床。壁際に等間隔に並べられた直径二メートルほどのコンクリートの円柱。壁に押し付けられるように高く積まれた木箱とコンテナ。隅に並べられた鋼色のドラム缶は百本以上あり、積まれることなく整然と列を作っている。


 天井の高さは学校の体育館よりやや高く、中央部の空いたスペースはバスケットコートを四つ並べてもまだまだ余裕があるほど広い。よく見渡して見れば一番奥の柱の陰には四トントラックが二台も用意されていた。


 その広大な地下空間の真ん中をユダは歩きながら、クロスに対して話し始めた。


「ここは元々どこかの核シェルターだったみたいで、怪人王がまだ生きていた時は、ここを改造して第二の秘密基地にするつもりだったらしいの。でも怪人王がやられちゃって、最初の秘密基地もジャスティスレンジャーに破壊されちゃったから、まだ何も改造されてないけれどここが私たちの今の秘密基地なんだ」


 そう言うとユダはその基地内を見回した。だが、ユダはすぐに失望するように視界をさまよわせることをやめた。


「……何もない場所だけど、本当はいろんな怪人の夢が詰まっていたんだよ。怪人だけの、何にも脅かされる事のない平和な地下世界を作る、っていうのが怪人王の言っていた夢でね。……もう、その夢が叶うこともないけど、それでも怪人にとって安全なお家はここだけだから。みんないつかここに帰りたくて仕方なかったんだ。……今のこの採石場周辺には人がいなくて、ヒーロー戦隊のレーダーの精度が上がってからはすぐに見つかっちゃう危険な場所になっちゃったけれど、それでも私たちの居場所はもうここしかないから。……一番楽しかった頃はみんなでワイワイ好き勝手に能力使って遊んでいたんだよ。秘密基地のアイディアを出し合ったり、みんなで隠し扉を作ったり、秘密兵器を作ってはそのたびに兵器を暴走させたりして……。困った時は怪人王ゾシマが、そんな問題を全部解決してくれてた。今ではそんなことしても守ってくれる人が誰もいないからできないけど、いつかまた、夢にあふれたあの頃に戻りたかったな」

「……ムゥ」


 クロスはユダに引かれながらその夢の跡地を眺めた。


 その広大な核シェルターのどこにも人影はなく、耳鳴りがしそうなほどの静かな空間にはネズミの呼吸音すら聞こえはしない。この無機質で寒々しいコンクリートの空間は孤立的で、人間味のかけらすらも感じられはしなかった。


 例えて言うならば棺桶の中だ。地下の深くに作られたがゆえに閉塞感があり、石造りで冷やかな空気が流れている。この何もない空間には寒さしか存在しない。死んで棺桶の中に一人取り残されたら、きっとこのような感覚を抱くだろう。


 だが、きっと学校の体育館のように人が集まればもっと明るい空間になるのかもしれない。

 今は人気のないただの無為に広大な空間だが、ユダの眺める郷愁の視線を見れば、かつてここに暖かな空気が流れていたことは容易に想像することができた。


 とはいえ、その空気感が二度と取り戻せないように見えるから、棺桶のような印象を受けるのだが。


「行こう。奥に、私たちのコアがあるの」


 ユダはクロスの手を引くと少し足早に歩いた。


 シェルターの付き辺りの壁までクロスを案内すると、壁に取り付けられた赤いボタンを押す。


 天井に取り付けられた赤の回転ランプが回り出し、トラックの後退音のような甲高い警告音が鳴った。壁にあった鉄骨の柱と鉄筋コンクリートブロックが轟音を鳴らしながら左右に開かれ、奥に隠されたさらなる空間がクロスの視界に広がった。


「……ムゥ」


 クロスは驚き、その奥の空間を見た。


 隠し扉の奥にあったのは、さらなる体育館一個分の拡張スペースだ。その空間には物資の類は一つもなく、代わりに部屋の中央に、宙に浮かんだ正八面体の黒水晶だけがあった。


「その浮いているのが、絶望のコア。私たちの力の源。……私たちは、この水晶みたいのから力を貰って生きているの」


 その黒水晶は人一人がすっぽり入れそうなほどの大きさがあり、重力を無視してクロスの目線ほどの高さをゆっくりと回転している。表面はガラスのように硬質で、天井のライトを反射して平面の一部が白く輝いていた。宝石のようだがほとんど透明度はなく、水晶というよりも金属に近い見た目の結晶体だった。


「とりあえず、まずはチップにされちゃったモリスたちを元に戻さないと」


 ユダは黒水晶に近づくと、ポケットから怪人のチップを取り出して地面にばら撒くように広げた。そしてその中からモリスのチップを探して拾い上げると、まずはそのチップを黒水晶に近付けた。


「えっと、どうやったら元に戻せるんだろう? クロスさんも色々試してみて」


 ユダは地面からトミーのチップを取り上げると、クロスに手渡した。


 クロスは渡されたチップをつまんで受け取ると、とりあえず水晶にコンコンとぶつけてみる。


「あ、水晶さわる時は気をつけて。その水晶、見た目の割にガラス並みに脆いらしいから」

「ヌッ……」


 クロスはあわてて水晶をチップでつつくことをやめた。チップには何の変化もない。


 ユダが水晶に近付けているチップも何も変化もなく、試しにユダはチップを上下に振るって見ていたが、それでもユダの持つチップに変化が現れることもなかった。


「どうすればいいんだろ? 近づけてもダメ、振ってもダメ。……遠心力で引っ張り出せたりしないかな?」


 そう言うとユダはチップをグルングルンと大きく振り回し始めた。なるべく遠心力をつけようと、回す手の速さをどんどんと加速させていく。


「………………」


 ……嫌な予感がする。


 クロスがそう感じた時にはもう遅い。

 やがて六回転で最大の加速がついたところで、ユダは手を滑らせてチップを地面に思いっきり叩きつけていた。


「あっ!?」


 ペチーン。と、妙に乾いた音がこの広大な空間に響いていた。


「……ッヴォ!?」


 さすがのクロスも仰天する。


 地面に叩きつけられたモリスのチップは、綺麗に中心から真っ二つに割れていた。


 ユダとクロスは時が止まったかのように体を硬直させていた。事態の深刻さに気付くと、まずはユダが大声で叫んだ。


「モ、モモモ、モリスのチップがーーーー! あ、ま、真っ二つになってっ!? やばい、どうしよう!?」


 ユダはあわててモリスのチップを拾い上げた。


 ユダがチップを手にとった瞬間。モリスのチップはブスリブスリと音を立て始め、破損した部位から焦げ臭い煙が噴き出す。

 そのあきらかに平常ではない黒い煙がさらに強く濃く噴き出てくると、ユダは焦りのあまり混乱した。


「えあっ! なんか変な煙出てきた! クロスさん、パスッ!」

「ヴォッ!?」


 クロスは投げつけられた二つのチップ片をそれぞれ片手で受け止めた。


 チップは手の中で噴出花火のような勢いで煙を巻き上げていく。全身を包むほどの噴煙にどうするべきか分からず、クロスは右往左往して慌てふためいた。


 やがて、モリスのチップから爆発するような勢いで煙が拡散する。

 盛大な黒煙が一挙に吹き上がり、その強烈な黒煙は暗闇の中にクロスをすっぽりと包みこんでしまった。


 クロスの周囲から、視界の一切が消え去った。



        ▼       ▼



 ジッ! ジジッ!


「……ッツ!?」


 気がつけば、クロスは白黒で彩られた世界にいた。


 先ほどまでの核シェルターとは明らかに違う場所だ。そんなどことも知れぬ街中に、クロスは立っていた。


 目の前にいたはずのユダは消え、その代わりに誰とも知れぬ通行人がクロスの目の前を通り過ぎていた。


「!? ……ッ!??」


 クロスはただひたすらに混乱した。


 慌てて左右を振り返ろうとも、なぜだか視界は動かない。


 目の前は人の行き交う大通りだ。左右の建物は日本のではあまり見かけない漆喰の塗られたレンガ壁。過ぎ去る人々は頭にターバンを巻いた中東圏の外国人。空気は砂漠化地域のように熱く乾燥しており、遠方の建物は陽炎の中で揺らめいている。


 いや、外国人が行きかうのではなく、今いる場所はまさしく外国だった。


 建物は中東イスラーム様式の漆喰建築。足元は舗装のされていない硬い赤土。通り過ぎる車は少なく、年式も古くて砂塵で薄汚れた中古車ばかり。代わりにスクーターの数は倍ほども走っていた。


 ここはまぎれもなく中東のいずれかの国。少なくとも、日本国内でないことはだけは確かだった。


「レン……ごめんね。…………ごめんね、レン………………」


 背後から声が聞こえて、クロスは振り返った。


 そこにはクロスよりもはるかに背の高い女性が……、いや、女性の身長は日本の一般成人女性やりもやや低いくらいだった。身長が低くなっていたのは、クロスの方だった。


 その女性はウェーブのかかったぼさぼさの髪をしている。顔鼻立ちの整ったアジア系の顔つきだ。

 おそらくは日本人だが、汗と泥で汚れた藤色のワンピースはみずぼらしく、とてもじゃないが日本人だと思えないほどひどいものだった。

 

 そして不思議なことに、生ゴミを大事そうに胸元に抱えていた。


 その震える手に抱えたいくつもの生ごみを、涙目になりながらもゆっくりとクロスの目の前に差し出してきた。


「……朝ごはん。…………こんな生ゴミを食べさせる私を許して。……レン」

「ううん、お母さん! レン、生ゴミとか大好きだよ! ほら、この黒くなったバナナの皮とか、すごくおいしそう! ……だから泣かないで、お母さん!」


 クロスは女児の声でそう答えていた。


 クロスはこのとき、やっと自分が別人の姿になっていたことに気が付いた。


 今の自分の存在は、五歳から六歳くらいの女児の姿だ。そして今の自分の声には、どことなく聞き覚えがあった。


「……ごめんね、…………ごめんね、レン」


 目の前の女性は涙ながらに謝った。そしてその女性の瞳の奥に映った自分の姿を見て、クロスは今、自分がずいぶんと幼いころの、森須レンとなっていたことに気が付いた。


 幼少のモリスは汚らしい生ごみを抱えた母親らしき人物に近づき、腐臭に怖気づくこともなく、むしろ生ごみに顔をうずめるようにして母親に抱きついた。


「お母さん、泣かないで。……レン、お母さんと食べる生ごみ、本当に大好きなんだよ」


 ブッ!


 テレビのチャンネルを変えたかのようなチラつきを見せて、画面が移り変わった。


 目の前には先ほどまでの女性が、黒いごみ袋で作られたベッドの上に横たわっていた。


 その母親の姿は先ほどよりもはるかにやつれていて、腕を上げることもできなさそうなまで筋肉が衰えていた。乾ききった体は干物のように衰弱しており、手や顔には先ほどまでの映像には無かった赤い斑点がある。その斑点は栄養失調によるものか疫病によるものか判断が付かなかったが、まともな健康状態ではないことだけはよくわかった。


 そんな母親に対して、幼少のモリスは手の中にあるこぶし大ほどの生肉を差し出した。


「お母さん。今日はほとんど腐っていないいいお肉があったよ。腐りかけの部分はもう私が食べちゃったから、病気とか気にしないでお母さん食べていいよ」

「……ごめんね。…………ごめんね、レン」


 女性のくぼんだ目から、しぼり出てくるような涙が一滴二滴とこぼれ落ちてきた。


「お母さん、泣かないで! レン、ゴミの中で暮らす生活が大好きなんだよ! なにもお母さんが謝ることなんてないんだよ!? 一生こうしてゴミの中で過ごしていたいくらいだよ! ……お母さん、だから、泣かないで……、ね?」

「……ごめんね。…………本当に、ごめんね」


 女性のこぼす涙が止まることはなかった。


 そこにモリスの幼い手が伸びて、そこらに落ちていたぼろ布で女性の涙をぬぐっていた。


 ブッ!


 再び場面が切り替わった。場所は先ほどまでと変わらないゴミ袋のベッドの前だ。


 だが、ゴミ袋に横たわっていた女性の肌はすでに灰色に腐り、眼球もなく、体中にはハエとウジが湧いていた。


 視点主であるモリスはしばらくその物言わぬ投棄死体を眺めていた。だが、やがて添い寝をするようにゆっくりと、その死体の隣にモリスは倒れ込んだ。


「お母さん。死んだら、お腹一杯おいしいご飯が食べられるかな? ……ううん、レンはゴミが大好きだから、死んだらまた、お母さんが持ってきた、生ゴミが食べたいな……」


 モリスは幼い手を腐った死体の腕に巻き付けた。ハエとウジがモリスの腕にも飛びつくが気にしない。モリスは眠るように目を閉じ、そしてまた死体に語りかけた。


「レン、悲しいことなんてなかったよ。……泣きたいことなんてなかったよ。……だからお母さんも、泣かないで…………」


 ジジジッ! ジジジジジジッ!


 目の閉じられた暗闇の世界の中でノイズのような雑音が鳴り響き、暗黒の霧が晴れるかのように、クロスは白黒の世界から追い出されていった。



        ▼       ▼



 クロスの回りから黒い煙が霧散して消えていく。


 気がつくとクロスは元いた核シェルターの中に戻って来ていた。呆然とその場に立っていると、両手に持った割れた怪人チップから突然、黒い電流が溢れでてくる。


 クロスはそのチップを即座に手離した。


 チップが地面に落ちた瞬間、爆発するように黒い煙が巻き上がり、そして誰かの声がその黒い煙の中から響いた。


「うわぁ!?」


 それはモリスの声だ。

 ボンっ! と軽い爆発音を鳴らして、黒い煙の中からモリスは現れた。モリスは地面に四つん這いになって倒れ伏しており、体の姿勢を整えると痛そうに両手で頭の上をさすっていた。


「うぅ~、目が回るぅ~。ひどいよユダっち。グルングルンに回したあげくに、地面に叩きつけるなんて~~」

「モリスっ、モリス~~!」


 ユダはすぐにモリスに抱きついた。モリスはその抱きつく勢いに押されて背後に尻もちをつく。後ろ向きに倒れたモリスは叩きつけられたお尻の痛みで震えていたが、自分の胸に顔をうずめるユダを見て、そのユダをなぐさめるためにお尻から手を離し、ユダの後頭部を優しく撫でた。


「あいたたた、もうユダっちったら。なにもそこまで泣くことないでしょうに」

「うう……。も、もう、会えないかと思っていたから……。涙、止まんなくって……」

「ああ、はいはい。まったくもう、ユダっちは私がいないとだめな子なんですから」


 モリスはユダの頭を子供をあやすように優しく撫でる。モリスの胸にユダの涙がしみてゆき、モリスはそれを受け入れりようにしてユダが落ち着くまでじっと待っていた。


「…………」


 クロスはその様子を静かに見ていた。二人はまるで仲の良い兄弟のようにも思えた。


 とはいえクロスはこれまで交友関係といったものを一切得たことのなかったため、クロスは友達のあり方などを知らなかった。ゆえにこのユダとモリスの感動の再会も、きっと当たり前のものなのだろうと受け取っていた。


 その二人の様子が落ち着くまでに、クロスは地面に落としてしまっていたトミーのチップを再び拾い上げる。


 ちらりと抱き合うユダとモリスを見た後、少し逡巡する間をおいて、クロスはトミーのチップも手元で二つに割ってみた。


 チップからはすぐに黒い煙が溢れ出て、瞬く間にクロスの顔を覆っていく。


 目の前が完全に真っ暗になると、先ほどと同じように視界のちらつきを見せて、クロスは白黒の世界にいざなわれていった。



        ▼       ▼



 ジジッ! ジジジジ!


「ママ、お菓子食べたい!」

「だめよぉ~、お菓子なんて食べたら大きくなっちゃうでしょぉ~? ママ、条ちゃんにはいつまでもちっちゃいままでいてほしいの~。だから、豆腐とこんにゃく以外は、食べちゃだめなのよ~」

「でも僕、お腹すいたよ!」


 眼前には、厚めの化粧をした妙齢の女性が立っていた。


 今の自分の身長は相当に低い。おそらくは3歳から4歳ほどといった所だろうか。


 そんな子供の身長であったトミーの目線に合わせて、その女性は前かがみにしゃがみ込んで話しかけていた。自分のすぐ目の前で深い胸の谷間を左右に大きく揺らしており、そして目を覗きこむように顔を近づけてマスカラの乗ったまぶたをパチパチとまばたきさせていた。


 その目の前の女性は、長い髪を全部積み上げた特大のパフェのような髪形が特徴的だった。天に向かって積み上げられたドリルのような髪にはさらにこれでもかというほどのかんざしが突き刺さっており、まるでクリスマスツリーのような装飾だった。しかしそのインパクトのある髪型の割にその女性はたれ目と泣きボクロが温和そうな雰囲気を醸し出していて、客商売に慣れているのか口調も聞き取りやすく、ゆっくりとした話し方が印象に残る。


 そしてその女性は、赤いルージュの塗られた唇を艶めかしく動かしながら、幼少のトミーの姿をしたクロスを説得していた。


「こんにゃくならいくらでも食べてもいいわよぉ~。私もこんにゃくにはとってもお世話になったからねぇ~。こんにゃくはサイコ~のダイエット食よぉ~」

「僕、お菓子が食べたいんだよ!」

「もう、聞き分けのない子ねぇ……。ねえあなた、私がキャバレーのみんなと旅行に行っている間、ジョウちゃんには豆腐とこんにゃく以外は食べさせちゃだめよぉ」

「分かっているさマイハニー。気をつけていってらっしゃい」


 幼少のトミーは振り返ると、この高層高級マンションの広い室内の中で、ソファーの背もたれの向こうから手だけを振る男性の姿を見た。その男性の顔は見えないが、高級そうな白スーツと金時計だけは見て取れた。


 その時、背後から玄関の扉を開く音が鳴った。


「お願いねぇ~。それじゃあ、いってきまぁ~す」


 再びトミーが振りかえると、そのホステス風の容貌をした女性は、大きなトランクを持って玄関を出ていった。


 玄関の扉が閉まってからトミーはしばらく玄関の扉をじっと見つめていたが、やがて振り返り、ソファーに寝転がっていた男性の近くまで走っていった。


「パパ、お腹がすいたよ!」


 トミーはソファーに寝転がった男性の前に立つと叫んだ。


 その男性は両手を枕にしてソファー寝転がったままで動こうともせず、近付いてきたトミーを見向きもしない。エアコンの風を浴びて気持ちよさそうにサラサラの金髪を揺らし、白いスーツに白ネクタイをきっちりと決めたその姿を崩さない。

 その男性は顔が異様に整っており、ただソファーでだらけているだけなのにまるでファッションモデルの撮影がここで行われているかのように格好がよかった。


「よし、それじゃあそろそろ俺も準備しようかな。俺も十日間ほど出かけてくるから、お前はこれで好きなもの食べててくれよ」


 その白いスーツの男性は懐からニ百万円分ほどの万札の塊を取り出してトミーに手渡す。


 そして男性は左手薬指のプラチナの婚約指輪を抜き取って胸ポケットにしまうと、トミーの姿を無視して着替え用の衣服を衣装棚から取り出し、旅行用のトランクを持ってきて詰め込み始めた。


 幼少のトミーはその父親に対して、食事の催促を口うるさく続けていた。


 ブッ!


 画面が切り替わった。トミーはフローリングの床に寝転がっている。マンションのリビングには誰の姿もない。トミーは一人で、高層マンションの一室に取り残されていた。


 エアコンの風はとっくの昔に止まり、灼熱の太陽光がリビングの空気を赤く焼いている。


「ママぁ、お腹がすいたよぉ……。お菓子が食べたいよォ……」


 トミーの視線が上を向いた。視線の先には開けっぱなしの冷蔵庫がある。冷蔵庫の中身は空。床には空の豆腐の箱とこんにゃくの袋だけが散らばっていた。


「……お腹がすいたよぉ…………。ママ、いつ帰ってくるの…………」


 トミーは目の前に散らばった一万円札の一つを手にとった。その一万円札にはなぜだか一口かじられた跡があった。


 トミーはその一万円札を口元に持ってくると、少しだけ迷った後、口に入れて食べてみる。


 二、三回ほどその一万円の端を咀嚼してみるも、当然おいしくなかったようで口に指を入れて湿った一万円の破片を取り出していた。


「おいしくない……。お菓子が食べたいよぉ…………。ママぁ…………」


 トミーは誰もいない室内で呟いた。

 先ほど一度口の外に出した一万円札の破片を再び口に入れる。もう立ち上がる力もないのか、トミーの視界はフローリングの床に倒れ込むように張り付くと二度と動かなくなり、ゆっくりと暗闇の中に落ちていった。


 ジジジっ! ジジジジジジジジっ!



        ▼       ▼



 再びクロスの視界が晴れあがってきた。黒い霧がクロスの周囲から取り払われ、それが完全になくなると同時に二つ折りになったトミーのチップから電流が噴き出す。


 クロスは手の中のトミーのチップを即座に地面に投げ捨てた。


「痛ってえぇぇぇぇぇ! 腰が痛えぇぇぇぇぇぇ!」

「「トミーくんっ!」」


 クロスの足元にトミーが転がり落ち、それを見たユダとモリスが声を上げた。


 チップを山なりに折り曲げて破壊したことが反映されているのか、トミーは腰を曲げてエビぞりにのけぞって、腰元を痛そうに両手で支えていた。


「そうか、チップは割ればよかったんだね! 残りのみんなも早く復活させてあげなくっちゃっ!」

「待ってユダっち! これ結構痛いからっ――」

 

 サイレンの轟音。


「えっ!」


 モリスの声は爆発するがごときサイレンの音にかき消された。


 突如、このシェルターに内蔵されたスピーカーからサイレンの音が幾重にも反響して鳴り響いたのだ。


「なっ! 何この音!」


 モリスが驚く。


 それはいきなりの事だった。

 天井のスピーカーから最大音量の警笛音が鳴り大気をビリビリと震わせる。


 状況が理解できないその場の全員は周囲に視界をさまよわせ、その警報の原因を探した。


「な、なに! なに!」


 ユダが慌てる。

 そして最初にトミーがこの警戒音の原因に気付いた。


「これは敵襲の警報だ!? ユダさん! そこの壁のボタンを押してくれ!」


 トミーが叫ぶ。トミーはまだ体調が回復していないようで立ち上がれず、代わりに電線がむき出しの壁設置式ボタンを指さしていた。


 ユダは走り、その施工途中のボタンを叩くように押した。


 そのボタンに反応して、この体育館のように広い空間の四方の天井から映画館にあるようなスクリーンモニターが下りてくる。モニターには、この採石場に続く砂利道の映像が映し出されていた。


「う、うそでしょ!?」


 モリスが驚愕して悲鳴を上げた。


 モニターには、この採石場に続く砂利道の映像が映し出されており、その映像の中心には、見覚えのあるヒーロー戦隊たちが隊列も組まずに歩いて来る姿が映っていた。


 それはジャスティスレンジャーを筆頭とした、ここ三十年間に活躍した四十八人のヒーロー戦隊たちだった。

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