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ダークヒーローが僕らを守ってくれている!  作者: 重源上人
VS.法律戦隊ジャスティスレンジャー編
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第九話 正義の味方を舐めるなよ! 慈悲などいらない本当の正義! 最強の死刑執行人 ジャスティスイエロー見参!

「なあ、昨日の夜、ジャスティスレンジャーがやられたってうわさ聞いたか?」

「まじかよ! ほんとか!? 俺たちこんなところでトランプなんてしてていいのかよ」


 秋休み中の人気のない高校の校舎内で、三人の男子がトランプの散らばったテーブルを囲って対話していた。


 文芸部と銘打たれた、通称トランプサークル。仲の良い男子三人組によって構成されたその部活動は、休み中でありながらも熱心な活動を心がけていた。


 ほかに遊びに行くところもなく、彼女もいない三人組は、今日も黙々とトランプをする日々を送っていた。


「うわさだよ、うわさ。本当かどうかなんて誰も知らない話だぜ?」

「なんだよ、脅かすなよ。もし本当なら俺たちも余裕で秘密基地に帰れたのにな」

「……おっと、ヨッシーくん。急に話題を変えるからおかしいと思いましたが、今カードをすり替えましたよね。その手は無しですよ」

「ちぇっ、ばれてたか」

「おい、ヨッシー! またかよてめえ! 罰金払えよ!」

「分かってるよ。どうにも最近イカサマにキレが出ないぜ。ほら、チップ一枚」


 ヨッシーと呼ばれた男子は百円玉を一枚テーブルに転がす。


 テーブルにはいくつもの五百円玉と百円玉が積まれていた。チップ一枚は百円玉。五倍のチップは当然五百円玉だ。


 食券などならばともかく、実際の金品を賭けて行うトランプは完全に違法である。しかし三人はそれを悪びれもせず、学校に誰もいないことをいいことに再びトランプを配り始めた。


「ここ一年間トランプしかしていませんからね。イカサマもマンネリになってくるのは仕方がないことですよ。私も大分ネタが尽きてきましたから」


 メガネの男子が落ち着いた口調で言う。


「そろそろ他のギャンブル探さね? 簡単にイカサマ出来ないような難しいやつ」

「そんなこと言ったって結局最後はトランプに戻ってくるんだろ? パックギャモンも麻雀もすぐに飽きたじゃねえか」

「それもそうだけどよ~」


 再び配られた五枚の手札をヨッシーは確認すると、冷めた目をして手札をテーブルに伏せ、片肘をついて退屈そうに拳の上に頬を乗せた。


「ヨッシーくんが飽きたのはきっとゲームに対してではなく、このメンツに対してだと思いますよ。さすがに毎日同じ相手とばかりトランプしては、手の内も読めてしまうというものです。ここは少し趣向を凝らしてみませんか? 例えば……」


 メガネの男子がテーブルのトランプを再びまとめ、新たなゲームを始めるために一つの束を作っていった。そして少々趣の異なった手札の配り方をして見せようと、メガネの青年は手慣れた手つきでトランプをシャッフルする。


 その瞬間だった。乱入者が文芸部室の扉を勢いよく開けて突然現れた。


「よう、邪魔するぜ?」

「はっ!? えっ、ちょっ! 誰だ!?」


 三人は突然開かれた扉に驚き、背後を振り返った。


 その、さも当たり前のように入り込んできたのは、頭に包帯を巻いた金髪の女性だった。


 アンバーカラーのミリタリー調ファーコートに、インディゴブルーのデニムジーンズという妙に男っぽい雰囲気のその女性は、ゆっくりと歩いてテーブルに近づいて片手をそのテーブルに乗せる。


 その人物の姿に見覚えのあったヨッシーは、たまらずに驚いて叫んだ。


「うわっ!? 風紀委員の、き、黄龍きりゅうさん!? え、えっと、今日は学校休みですよ!」

「知ってるよ。おまえらこそ人気のない学校でギャンブルか?」

「これは、……ただの部活動です」

「そうか。……では刑法186条、常習賭博法が適応されるな。よってお前らは…………死刑だ!」


 その女性、ジャスティスイエローは、ゴツくて重さのある六法全書をテーブルの上に叩きつけた。


 その音に怯えて、椅子に座っていた左右の男子生徒二人が思わず飛び上がって離れた。


「ろ、六法全書!?」

「まさか! ジャスティスレンジャー!?」

「その通りだ! 年貢の納め時だぜ、ギャンブル怪人ども!」


 ジャスティスイエローは威圧的に言った。


 立ちあがった男子生徒二人があわてて腕を交差させて構える。


「最悪だぜ、おいっ! 変身!」

「くっ、変身!」


 男二人が交差させた腕を振り下ろした瞬間、その体は黒い炎の渦に包まれる。


 ほんの一瞬で炎は書き消え、カジノのディーラー似たブラックベスト姿のスリムな怪人と、巨大なトランプの山札に手足を生やしたような異形の怪人が現れた。


 だがイエローは、その怪人の動きを手のひらを差し出して制止する。


「おおっと待ちな! そう慌てるな。お前たちにはチャンスをやるつもりだ。新しい怪人どものアジトの場所を教えたら、今日だけは見逃してやってもいいぞ?」

「なっ、ふざけるな! だれが仲間を売るものか!」


 カジノのディーラーに似た怪人が叫ぶ。


 しかし口ではかっこいいことを言ってはいるものの、その怪人は引け腰の情けない構えのままイエローから距離を取るように退いていた。その動きだけでも戦闘経験の無さが見て取れるほどだった。


 イエローはすぐにその怪人を格下の相手だと確信し、見下す視線でその怪人を見た。


「じゃあ今この場で死んでもいいんだぞ? 言っておくが、逃げ道はすべて封鎖済みだ。別に私と戦ってもいいが、ヒーロー戦隊を相手に怪人が生き残れる可能性、ギャンブラーなら当然知っているよな?」

「……くそっ!」


 怪人の一人が窓ガラスに手を触れた。だが、怪人の手が窓ガラスのサッシに手を触れた瞬間、強烈な高圧電力が怪人の手をはじき返した。


「いってえっ! なんだこれは!?」

「静電気だ。電気椅子と同じ電流が今この部屋の中に流れている。言っただろ? 完全に封鎖したってな。……さあ選べ! この場で処刑されるか、生き残って未来に賭けるか、選択肢は二つに一つだ!」

「うっ!」

「これは、まずい……」


 怪人二人はたじろいだ。二人でどうしようかと顔を見合わせている。だが、二人はすぐに答えが出せそうになかったようで、壁に体が触れるか触れないかのギリギリの位置で無為に視線を交差させていた。


 しかしこの場でいまだに変身もせず、イエローの登場にも驚かずに椅子に座ったままのメガネの青年が、代わりに口を開いた。


「……黄龍さん。いえ、ジャスティスイエローさん。我々怪人が簡単に仲間を売らないことは、あなただってご存知でしょう?」

「……いいや、脅せば割とぺらぺら喋る連中ばっかりだ」

「そうでしたか。では私たちは例外です。私たち三人は、死んでも仲間のことはしゃべりません。それではあなただって困るでしょう? だから一つ、ここはギャンブルで決めませんか?」

「ギャンブルだと? ずいぶんと強気な発言だな? お前らの命は私が握っているんだぞ? そんなくだらない遊びに私が乗る必要があると思うのか?」

「全くありませんね。しかし、我々はギャンブル怪人。すべての運命はギャンブルで決める。我々はアジトの情報を賭けます。そして、あなたには私たちの安全の保証を賭けてもらいます。あなたが本当に欲しいのはアジトの情報のはず。でなければ、我々に取引なんて持ちかけない。このチンケな怪人である私たち三人を殺してしまって、アジトへの糸口を失ってしまうのはあなただって嫌でしょう? でしたら、それをスマートに口を割らせるためにも賭ける価値はあるのでは?」


 メガネの青年は席を立ち、イエローの正面を向くように椅子を移して、その薄いメガネのレンズ越しにイエローを睨み返した。


 そのメガネの青年の気迫に、イエローは嘲笑するような笑みをみせてメガネの青年を見下ろした。


「……はん! いいぜ、その口車に乗ってやるよ。お前らを殺すのはいつだって出来るからな」


 イエローはテーブルの上の六法全書をどかし、メガネの青年の対面の椅子に座った。


「そうこなくては! あいにくここにはトランプしかありませんから、もっともポピュラーなポーカーでよろしいでしょうか?」

「なんだっていいぜ」

「では……」


 そうメガネの青年は言うと、テーブルの上に散らばったトランプを一束にまとめていく。


 それを見ていたイエローは、ふと棚の上にカートン単位で用意されていた新品のトランプの山に視線を向けた。


「おっと待ちな。せっかくだ、そこの蓋の開いてない新品のトランプを使いな」

「新品……。ええ、まあいいですよ」


 メガネの男は棚の上に置かれていた新品の紙トランプに手を伸ばした。イカサマ防止用の封印テープを爪で切ると、メガネの青年はイエローの前にトランプの山札を差し出す。


「イカサマを気にするのでしたら、あなたが配りますか?」

「お前が配れ」

「はい、ありがとうございます。よくご存じでしたね、ギャンブル怪人はイカサマが出来ないということを」

「知らねえな。さっさと配れ」

「……ええ、では」


 メガネの青年は箱からトランプの中身を出すと、手馴れた手つきでカードをシャッフルする。充分にカードが混ざりきったところで、自分の手前とイエローの手前に五枚のカードを配り、山札をそっとテーブルの中央に置いた。


「俺たちの命を賭けたゲームが、安物の紙トランプで、しかもただのポーカーかよ」

「なんだっていいだろ」


 ギャラリーと化した二人の怪人がつぶやく。その声を無視して、メガネの青年は自分の手前のカードをめくった。


 手札は9が二枚、4が二枚、そしてAが1枚。最初に引くカードとしては悪くない手札だったが、メガネの青年はポーカーフェイスを崩さずにその手札を見た。


「交換は二回。役の強弱は通常のドローポーカーにのっとります。では、あなたからどうぞ」


 メガネの青年は自分の手札越しにイエローを見た。


 しかしイエローは椅子に深く腰掛けたまま、テーブルの上のカードに手を伸ばそうともしなかった。


「いいぜ、このままで」

「……は? どういうつもりですか」

「このままでいいって言ってるんだ、聞こえなかったのか?」


 メガネの青年は眉をひそめてイエローを見た。背後の怪人二人も、そのイエローの行動が理解できず顔を見合わせる。


 メガネの青年はやや不機嫌な表情になって聞き返した。


「それはふざけて言っているのですか?」

「そんなつもりはねえよ。ただ、まともにポーカーをやるつもりがないだけだ。手札なんか見ても意味がないからな。正義の味方は必ず勝つ、この手札は交換しなくても最強の役が揃っているにきまっている」

「んなっ!?」


 メガネの青年はポーカーフェイスを崩して驚いた。怪人二人も驚愕し、慌てふためいた。


「お、おい! これは楽勝なんじゃねえのか!」

「ああ、相手はギャンブルを運の勝負か何かと思っているぞ!」

「……信じられませんね。本当にそれでよろしいのですか?」

「いいに決まっているさ。ジャスティスレンジャーの運命力をなめるなよ。いつだって勝つべくして勝ってきたんだ」

「……その驕り、きっと後悔しますよ?」

「さてな、驕っているのはどっちだろうな?」


 イエローの不遜の表情は崩れない。メガネの青年は、それを勝機と見た。


「では、あなたはパスということで、私のターン」


 メガネの青年は手札からAを捨て、山札からスペードの7を引いた。


「では、またあなたのターンですが。もちろんこれもパスでよろしいんですよね?」

「ああ、いいぜ」


 メガネの青年は眉をひそめながら、手札から7を捨てて、代わりにQを引く。いまさらポーカーフェイスも意味がないので、メガネの青年は苦々しくその微妙なツーペアの役を見つめた。


「いやいや、これでも十分な役だと思うぜ!」

「ああ、だって相手はど素人だ!」


 メガネの青年の表情に気付いた怪人二人がフォローをかけ合う。メガネの青年も表情を戻し、再びイエローに向きなおった。


「では、私の役を披露してもよろしいですか?」

「勝手にしろ」

「では、私の手札は、9と4のフルハウスです」


 メガネの青年が投げ捨てた手札は、9が三枚と、4が二枚。役としては上から5番目くらいの、非常に強力な手札だった。


 だが、その強さが分からないのか、イエローはまるで表情を変えないでいた。


「では、あなたの手札を見せて下さい」

「ほらよ」


 イエローは手元に散らばっていた5枚のカードを集め、テーブルにトントンと叩いてまとめた後、無造作にカードをテーブルの上にほうり投げた。


 出てきた手札は、Aが四枚に、ジョーカーが一枚。


 それはポーカーにおける最強の役。ファイブカードだった。


「ファ、ファ、ファ、ファイブカードォォォォ!?」

「ンなバカなぁっ!」

「な、なんっ! あり得ない!? こんなの、イカサマではないですか!?」


 いきなり出てきたポーカー最強の役、ファイブカードを目にして三人は全員が目を丸くして動揺する。特にメガネの青年は一秒間に三回もイエローと手札を交互に見るほど慌てていた。

 

 その驚愕する表情を目にしたイエローは、ついにポーカーフェイスを崩して、凶暴な笑みを浮かべながら叫んだ。


「じゃあ、今度は本物のギャンブルを見せてやるよ間抜けども!」


 イエローはテーブルに身を乗り出し、胸ポケットからスティレットナイフを取り出して、勢いよくメガネの青年の手の甲に突き刺した。


「あっ! ああぁぁっ! うあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 メガネの青年の手はテーブルに縫いとめられる。手の甲から血が糸のように流れ出て、指先は自然と跳ね上がって痙攣した。


「動くな!」


 イエローは右のポケットから銀に輝く拳銃を抜いて見せる。


 怪人二人はほとんど反射的に両手を上げ降参の意思を見せたが、イエローはそんなことは関係なしに怪人二人の足を打ち抜いた。


「いぎゃあああああああああああああああ!?」

「足がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 弾丸は怪人二人の足のすねを貫通した。

 血しぶきの代わりに黒い靄のようなものがブーツや足首から跳ね上がり床にしみを作る。貫通した鉛玉は背後のコンクリート壁に深々とめり込んだ。


「この拳銃は六法全書の加護を受けていて、怪人の体にも風穴があく。そして変身後のジャスティスガンと違って、人間が相手でも風穴があく。それはまずわかったな?」

「ひぃ!」


 銃口がメガネの青年を向き、メガネの青年は怯えた悲鳴を漏らした。


 しかしイエローは銃口を上に向け、拳銃のシリンダーを横にスライドさせて弾倉を開くと、銃の中の弾丸をテーブルの上に落とした。テーブルの上には真鍮色に輝く9ミリ通常弾が4発と空薬莢が2個転がった。


「ロシアンルーレットは知っているな? 世界で一番愉快なギャンブルだ」


 イエローはテーブルに突き立てたナイフから手を離すと、弾丸を一発つまんで三人にその真鍮色の弾丸を見せつける。そしてその弾丸一発を銃のシリンダーの中に押し付けるようにしてはめ込み、腕にこすりつけて回転させながら再び銃に押し戻した。


 その動作を見ていたメガネの青年が、怯えるようにつぶやいた。


「や、やめてください……」

「弾は残り四発。だからまずは、……お前のキンタマを打ち抜いてからゲームスタートだ!」


 イエローはテーブルから身を乗り出し、そして拳銃をメガネの青年の股間に押し付けた。


「ああっ!」


 メガネの青年は恐怖のあまり、ほとんど無意識でイエローの銃を握る手を掴んでしまった。


 イエローはその腕を掴んだ震える手を見て、眉をひそめて怒りを見せた。


「……怪人のくせにびびってんじゃねぇよ!」

「いぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 イエローは片手で突き立てられたナイフをぐりぐりと動かす。


 広げられる手の甲の痛みにメガネの青年は叫び、慌ててイエローを掴む手をはじくように手放した。


「や、やめろぉっ!」


 足を打ち抜かれて地面に這いつくばった怪人が懇願する。


 だがイエローはその怪人を見向きもせずに撃鉄を上げて、メガネの青年の目を真っすぐに見据えて脅迫した。


「タマナシになりたくなかったら、いまから六秒以内に、アジトの場所を言え」


 ドスの利いた低い声でイエローは尋ねる。メガネの青年は涙ぐみながらも答えた。


「あ、あ……。じ、実は僕たちは、アジトの場所を、本当は、知らなくて……」

「一ッ!」 イエローは引き金を引く。しかし、弾丸は出なかった。

「ひゃっ! ほ、本当なんです! 僕たち、アジトの場所は、知らされて――」

「二ッ!」 イエローは引き金を引く。しかし、弾丸は出なかった。

「あああぁぁぁ~! やめてくださいやめてくださいやめて――」

「三ッ!」 イエローは引き金を引く。しかし、弾丸は出なかった。

「ひゃぁっ! 採石場の地下です! あの採石場の地下に、秘密基地があるんです!」


 ついにメガネの青年は口を割った。だが、その答えにイエローは眉をひそめた。


「採石場だと? ……おまえは嘘を言っている可能性があるな。四ッ!」 イエローは引き金を引く。しかし、弾丸は出なかった。


「本当だ! あの採石場に、俺たちの基地があるんだ!」

「メガネは嘘をついていない! だからやめてやってくれぇ!」


 地面に這いつくばった二人の怪人がメガネの青年を擁護する。その二人の様子を見て、初めてイエローはその答えに納得した。


「……おいおいまじかよ。あそこは俺たちが散々怪人との戦闘に利用した場所じゃねえか!」


 イエローは椅子の背もたれに体重を掛けて勢いよく座ると、額に手を置いて落ち込んだ。


 この街には採石場と呼べるものは一つしかない。そしてそこは、民間人がいないという理由でよくジャスティスレンジャーが怪人を誘いこんで戦った場所だった。行きつけの場所といっても過言ではない。


 ゆえにイエローは秘密基地の候補にも考えていなかったが、ジャスティスレンジャーに都合のいい場所ということは、それはつまり怪人にとっても都合のいい場所ということになる。


「ったく! ゾシマのくそったれめ! 最初からそこにあると教えてくれれば、こんな手間取らなくて済んだのによ!」


 イエローは今は亡き怪人王ゾシマに悪態をつく。

 そして同時に、メガネの青年の手を縫いとめるナイフをテーブルから乱暴に抜き取った。


「あいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっつ!」


 メガネの青年の手の甲が抜き取られた衝撃で余計に切り開かれる。青年が手を引き寄せると、その手の穴から滴るように血液が噴出した。


 イエローはその青年の様子を横目で見ながら、ナイフの刃をテーブルに押し付けて柄の中に収納する。そして柄だけになったナイフを懐にしまうと、イエローはおもむろに椅子から立ち上がった。


「ひぃっ!」


 メガネの青年はイエローの立ちあがる様子におびえた。もはやメガネの青年は、イエローの一挙手一投足すべてに恐怖していた。


「……おいメガネ。情けない声出すんじゃねえよ。一応ギャンブラーなんだろ?」

「は、はい……」

「なら種明かししてやるよ。五ッ! 六ッ! 七ッ!」 イエローは再びメガネの青年に銃口を向け、三回引き金を引く。


「うぅああああああああああああ!」


 しかし、弾丸は出なかった。


 メガネの青年は恐怖でのけぞり、椅子ごと背後に倒れ込んだ。床に強く後頭部を叩きつけ、そして変身したままの怪人二人の間に転がり込んだ。


 その間抜けな動きを見たイエローは、メガネの青年を無様と言わんばかりに鼻で笑った。


「はんっ! ブラフだよ。こんなものも見抜けないようなら、ギャンブルなんてやめときな」


 イエローは拳銃からシリンダーを押し出し、弾倉が空であることを見せつけた。そしておもむろに、服の袖の中から一発の銃弾を取り出してみせる。


 三人はその弾丸を呆然と見た。


「……まじかよ」


 怪人の一人がつぶやく。まさに圧倒的な力の差を見せつけられた気分だった。


 そして、実際に力の差は圧倒的だった。


「あんたらがギャンブルを仕掛けてくることくらい最初から分かっていた。私は怪人の習性については詳しいからな。これに懲りたらギャンブルは…………。いや、もういまさら懲りなくてもいいか」


 イエローは手に持った一発の弾丸をシリンダーに戻すと、テーブルに残った三発の弾丸もはめ込んだ。そして銃床をテーブルの上に置かれていた六法全書の表紙に押し付けた。


 [ジャスティスアックスッ! 死刑デス宣告ペナルティモォードッ!]


 六法全書がパーツごとに変形して拳銃にまとわりつく。

 それはまるで最初からそう変形できるように作られていたかのように、六法全書は自然に拳銃を取り込んで巨大なリボルバーマグナムに変形した。


「死ね! 罰ゲームだ!」

「「「うわああああああああああああああああああ!」」」


 イエローは待ったもなしに引き金を三回引いた。プラスチックカラーの銃から、スピーカーから鳴ったかのような重さの無いSFチックな銃撃音が鳴った。


 弾丸は怪人二人とメガネの青年の頭蓋を打ち抜き、脳漿の代わりに黒い靄のしぶきを破裂させ、壁と窓に衝撃的な黒い染みを作った。


 文芸部の三人は力無く床に横たわる。


 すると少ししてから三人は薄く黒い霧に姿を変えて、弾けて消えた。音もなくその爆発の中から灰色の光が飛び出し、その光はイエローのジャスティスガンに吸い込まれていく。


[ギャンブル怪人 トランプシューター、フィアーポーカー、ギャンブル・シャッフルの魂を封印しました]


 ジャスティスガンから機械音声が再生される。イエローはジャスティスガンを横に向け、チップの差し込み口に新たにトランプの絵柄の三枚のチップが入っていることを確認した。


「能力は?」


[このチップは、いつでも好きな時にトランプをつくりだすことができます。……トランプの絵柄と数字を自由に変更することができます。……ギャンブルで勝った相手に、どんな命令でも強要することができます]


「くっだらねえ能力だな。全部、破棄してくれ」


[了解しました]


 機械音声の返答と同時に、チップのケースの中にシャッターが下りてきて、チップをバキバキに砕いていった。シャッターが完全に下りきると、粉末状にまで粉砕されたチップがジャスティスガンの中から吐き出される。


「やっぱり怪人はこうするに限るな」


 イエローはジャスティスガンのチップカバーをあけて、少しばかり残ったススのような燃えカスを床に捨てた。燃え残りがないかを足で踏んで確かめ、床にその黒い燃えカスを広げていく。燃えカスはすぐに蒸発するように霧散し、シミの一つも残さずに消え去った。


 イエローはそこまで確認すると、三途の渡し賃でもくれてやるかのように袖から新品のトランプを取り出して足元に投げ捨てた。


 ジョーカー一枚とA四枚だけが足りない新品のトランプが、文芸部室に散らばった。


「……待っていろよ、赤目の怪人。てめえもすぐにこうしてやるからな」


 そうつぶやいてイエローは文芸部室から出ていった。頭に巻いていた包帯も脱ぎ捨てると、口元に不敵な笑みを浮かべて学校を後にした。


 その笑みは正義の味方と呼ぶにはあまりにも酷薄な、死刑執行人としての笑みだった。


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