狂気、激情、理性呑むモノ
どうも皆さま、暑いですね。
少し間が開いてしまいましたね。なかなか納得がいかなかった次第にございます。
最後までやりきらせてもらいますとも。
それではどうぞ
「──気に入らねェ。聞いてるだけで腹が立つ。その程度の理由で俺の前に立つな」
殴り飛ばして吐き捨てる。
「っ、なぜ、なぜ攻撃が通る……? 我は、『理』からほとんど外れているのだぞ!?そもそも触れることさえできぬはずだ!!」
「喚くな。そんなもん、少し考えればわかることだろ」
その言葉で察しが付いたのか、その表情が驚愕で彩られる。
「まさか、貴様も【理外者】だとでもいうのか!?」
「似たようなものだ」
理の内側人いる者は外側のモノに触れることすら叶わない。
それを可能にした理由は零刀の持つ【背理】の『称号』に現れている。
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背理
其れは理に背くモノ。
縛ろうとする一切合切を否定し、楔を噛み千切るモノ。
故にその垣根を超えて、その先へと牙を剥く。
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己の死を否定し、邪魔なものを否定して来た。
そんな彼はすでに理さえも否定することができるのだ。
「バカな、バカなバカなバカな! 5000年以上、5000年以上の時をかけてここまで来たのだぞ!? それを……この世界に来てたった数年でこの領域にまで至ったとでもいうのか……?認めるものか、そんなもの、認められるか……!!」
怨嗟の如く響くその言葉に零刀は表情一つ変えない。
「そんなもの──」
「『理不尽』だ──ってか?」
あきれたように、失望したかのように。
ため息交じりに吐き捨てる。
「そういうことだ」
『理不尽』を否定する。
ただそのためだけに『理不尽』そのものとなった零刀。
ここまで来て【邪神】はやっと気が付いたのだ。
目の前のカミノレイトという存在がどれほど異常な存在であったのかを。
「ふざ、ふざけるな! 【狂気宿リシ暗黒法典】!」
瘴気を纏って出現した黒い装丁の本を手に取る。
「──『狂わせ、堕とせ。混沌が真理を刻み込め』」
「イリス、離れてろ。あと、目も瞑っておけ」
「わかった」
瘴気が溢れ出し、零刀を呑み込む。
「ははははは! 世界の狂った真理を知って正気でなどいられるはずもあるまい!」
「──そうだな。正気でいられるわけもない」
瘴気から歩み出でる零刀に変化は見られない。
「ああ、鬱陶しい、気持ち悪い。何が真理だ、何が理だ。そんなもの、誰が決めたかすらわからねえそんなもの──」
瘴気の靄を、握る。握り、砕く。
「否定してやる」
「ッつ、ああああああああああ!?」
本から靄が溢れ、それが形容しがたいバケモノを生み出す。
「その程度じゃあ、俺を止められない」
零刀から靄が溢れ、名状しがたきバケモノを生み出す。
バケモノ同士がぶつかり合い、互いを喰らいあって消滅する。
「なぜ……私は、5000年だぞ!たかが、数年のガキに……!」
「それがわかってない時点で、お前は俺には勝てない」
零刀は一歩一歩、ゆっくりと歩み寄る。
「──させない」
動こうとした初老の執事の前に、イリスが立ちふさがる。
「……アイリスフィアお嬢様」
「あなたも、わたしを知っている。なら、きかせてほしい。わたしが、誰なのかを」
「……私はもう、自分を保つことが難しい。ですから、せめて、せめて……貴女様の手で、止めていただきたい……!!」
クロードと呼ばれた男は構えをとる。
「止めていただけさえすれば、死んでも貴女様のために、再び尽くします。ですから、どうかこの老いぼれを……!!」
「ん、わかった。完膚なきまでに、叩きのめしてあげる。『魔王』として」
イリスが『魔眼』を開放する。
溢れる魔力が質量をもって壁を叩き──城が崩れ始める。
「さすがだなイリス。魔力の質は俺以上だ」
「──【神域展開】」
城が崩れ始めた状況に紛れて別空間への扉を開く【邪神】。
「少し予想外なことも多かったが……力もなじんできた。【光神】【闇神】のチカラを手にし、更なる理外に近づいた私とやりあう気があるのであれば来るがいい」
そう言って姿を消した【邪神】をにらみ、一つ舌打ちをする。
「積極的にぶつかってこねェと思ったら、そういうことかよ。小賢しい」
呆れたように、失望したように。
どんどんと零刀から熱量が失われてゆく。
「愚かしい、嘆かわしい。これだから、ニンゲンは……いや、違うか。アレと俺が合わないだけか」
思わず零しかけた言葉を呑み込んで──ふと、背後へと振り返る。
「──零刀!」
「──遅かったじゃないか。正義のミカタさんよ」
崩れ始めた城に凝るがるようにして入ってきた『勇者』たちを見て、零刀は笑みをこぼす。
「な?正義じゃあ間に合わなかっただろう?」
「……そうだね。確かに正義だけじゃ間に合わなかった。でも、零刀がいてくれたおかげで間に合った」
「確かにな」
「僕と零刀なら──」
「悪いが、それはできそうにない」
光輝の言葉を遮って、零刀は残念そうに言う。
「なんで──」
「私たちは間に合わなかった。そういうことでいいのかなレイちゃん」
「ま、そういうこった。鈴なら何となくわかってたんじゃないのか?」
「それでも、感情で動いちゃうのが人間なんじゃないかなって言ってみるよ」
「……なるほど。確かにそうかもな」
どこか影を感じる表情で零刀は言い背を向ける。
「……僕たちにできることはないのか?」
「なさそうだな。そこの【最強】もやれることがなくて暇してるし、イリスは相手の『権能』の別空間で戦ってるみたいだし……まあ、ゆっくりしてればいいんじゃないか?」
なんなら菓子でも出そうか、と言う零刀に改めて無力感を感じる光輝たち。
「あまり落ち込む必要はないぞ。お前らはニンゲンにしてはよく頑張った。ここからは──バケモノたちの時間だ」
蠢く触手が空間を彷徨い、目当てのものを見つけたのかそこに触手が集中して行く。
「……ここか」
かぎ爪の生えた触手が空間にめり込み──引き裂いて、こじ開ける。
「……本当に行っちゃうの?」
「ああ、俺がやらないと、他にやれるやつもいない──いや、それはこじつけだな。俺がやりたい。ただそれだけだ」
彩の問いに零刀は苦笑を持って答える。
──これが性なのだ、と。
カミノレイトというバケモノはそうすることでしか自分を証明できないのだ。
それを感じ取ったからこそ、彩は問いかけたのだ。
「彩ちゃん、止めるのは無理だよ。だって、レイちゃんはもう……」
鈴はどこか悲し気に呟く。
「鈴……?」
「ああ、そう言えばお前はわかってるんだよな。まあ、そう言うことだ」
「どういう、こと? 理解できないよ! 何が、どうして!?」
ここにいるそれぞれは、それぞれの感覚で理解している。
光輝は『正義』として彼と戦ったことから。
隆静は昔からの付き合いから。
鈴はその特殊な知識から。
りあは彼の過去の在り方から。
桜は何かを貫く意思の在り方が似通っていることから。
そして少女は──その能力の特異性から心のどこかで察していた。
しかしそれでは納得できない、できるはずがない。
人間の感情はそれで納得などしてくれない。
ましてや、心を惹かれていた相手がバケモノとしてどこか遠くへ行ってしまうなんて──
「なんで、こんな……前回よりも……前回よりも?」
彩は突然頭を抱えてうずくまる。
「……ああ、そうか。やっぱりか。俺でもなく、ヤツでもなく──お前だったのか」
魔力が、瘴気が荒れ狂う。
【破壊】と【死】の奔流が城の崩壊を急速に加速させる。
「ああ、ふざけるなよ……!俺が、俺であるうちに、その『理不尽』を見逃せるわけがねェだろうが……!」
激情。
それだけが渦巻いてあたりを呑み込む。
「アイツならまだ自業自得だ。俺ならまだわかる。自ら望んでなった俺らなら……だが、こいつは違うだろ。バケモンになることさえ許されず、ただの人としてその業を背負わせるのは……」
あまりの激情に当てられ、誰も言葉を発せない中──急速に魔力と瘴気が収まってゆく。
「──終わらせよう、全て」
されど怒りは収まらず、その瞳の奥には激情が燃える。
「もう行く。ま、帰ってくる予定ではいるから、せいぜい待ってろ」
動けぬ彼らに、言葉も発せない彼らにそう言って彼は空間を渡る。
「これでもう、抑える必要もない」
空間の裂け目が閉じた瞬間──想像を絶する力が溢れ出し、白い空間を少しずつ染めてゆく。
そんな中を歩くこと少しばかり、視線の先に【邪神】の姿をとらえる。
「……愚かな。まさか本当に追ってくるとは」
「さっきまで醜態さらしてたやつの台詞じゃないだろうが」
「は、アレが全力だと本気で思っているのか?」
「なわけあるか。今の俺じゃあ触れることすら難しいかもしれないが──ま、いろいろと試してみるか」
「せいぜい絶望するがいい──理外に至る俺に貴様のチカラなど通用しない事実にな!」
神とバケモノが、ぶつかり合う──




