シコウノマオウ
一部の神話を好きな人にはわかるかもしれないネタが使用されてます。
多少の自己解釈はありますが、何かご意見などがございましたら、参考にさせていただきますので感想欄までお気軽にお越しください。
それでは、どうぞ。
紅が、あふれる。
大地を紅く、染めてゆく。
「本当に、残念だった……」
クリティナがポツリと呟いて剣を引き抜く。
栓が外れたイレモノから生物にとって重要な要素が抜け出てゆく。
それを背に、サンホールの元へと駆け寄る。
「サンホール、大丈夫か?」
「ええ──残念ではあります。ですが、これでよかったのですよ」
はたから見ていてもわかるくらいに傷心しているサンホールに、クリティナの心にズキリと痛みが走る。
(本当に、これでよかったのか……?)
そんなことを考えて、つい視線を落とし──かかと付近まで血が広がってきているのが見えた。
「──サンホール!」
「え、きゃっ!」
本能的に体が動く。
咄嗟にサンホールを抱えて全力で飛び、宙に足を着けて留まる。
──視界の端で、膝を着いていた肉体が崩れてゆく。
──次の瞬間広がり続けていた紅が黒く染まり、爆発的に広がってゆく。
「な、なんだ!?」
「『鑑定』しても【不明】としか出ないぞ! 気をつけろ!」
先ほどまで【神敵】を倒したと喜んでいた騎士たち──【聖光騎士団】の者たちが慌てて構える。
──しかし、そんなものは意味をなさない。
彼らの足元まで広がった黒から何本もの触手が、触腕が伸び騎士たちを打つ。
「な、なんだこれは!?」
「うわあああああ!」
「切り飛ばしてやれ!」
「ダメです隊長! 切っても切っても再生してキリがないです!」
まさに、阿鼻叫喚。
そんな光景を上空から見ていたクリティナが舌打ちをする。
「なんだこれは……サンホール、何かわからないか? ……サンホール?」
返事のない彼女を不審に思い視線を移せば真っ青な顔をしたサンホールの姿があった。
「大丈夫か!? 何があった!」
「……ダメ、アレは、どうしようもない。手の施しようが、ない」
震える声で紡ぐ彼女は、何かにどうしようもなく怯えているようであった。
「……サンホール?」
「あんなの、存在していいわけがない……あんなの、生み出すつもりなんてなかった! ゔぅ、おえぇ……!」
えづき、嘔吐する。
あまりの現実に、身体が拒絶反応を起こしてしまったのだ。
「混沌で形づくられた秩序なんて、そんな矛盾があっていいはずがない! こんな冒涜が、許されるはずがない! そんなことがあってはならない!」
「──クフ、クハハハハハハハハッ!」
悲壮な声とは真逆の、この場には不釣り合いなワライ声が響き渡る。
「誰がそんなことを決めたんだ? 神か、理か? ああ、答えなんて求めてはない。気に入らなければ『否定』するだけだ。たとえそうであれ、なんであれ、だ」
黒く染まった大地から盛り上がるようにして現れたのは──黒いコートに身を包んだ黒髪黒目をした零刀の姿であった。
「【魔王】、生きて、いたのか……!」
「まあな。それよりもそこ、気を付けた方がいいぞ」
「なにを──」
騎士が何かを返す前に黒く染まった地面から大きな顎が現れて呑み込んだ。
「う、うわああああああ!?」
「ほら、悲鳴を上げるだけじゃあそいつらを呼び寄せるだけだぜ? 踊れ、足掻け、その命が尽きるまで──俺を楽しませてくれよ!」
両手を広げて嗤う。
「こうか?」
ソレが腕を振るえば黒海が波打ち、騎士たちを宙に飛ばす。
「いや──こうか?」
腕を上げれば巨大な腕が生える。
「ならこうか!」
その腕を振り下ろせば同じように巨腕も振り下ろされ、叩きつけの衝撃でさらに吹き飛ばされる。
「あー、なんか動きが鈍いな……『深さ』が足りないか?」
瞳の奥に、更なる黒が湧き上がり、澱み、蠢く。
「──ああ、ここは心地がいいな。全てを感じる、遍くが俺の手中だ」
手を握り、開く。
まるで慣れない動きを繰り返して確かめるかのように。
──それもそのはず、彼はバケモノとして生まれたばかりなのだ。
「光輝、あの状態のレイちゃんを『鑑定』できる? 難しいなら無理はしなくていいから」
「わかった。やってみる──『鑑定』」
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【魔王】神野 零刀 Lv0 Age0 男
種族:名状しがたい既知を脅かすナニカ
職業:練成師 魔王
体力 0
魔力量 0
魔力 0
筋力 0
敏捷 0
耐性 0
魔耐性 0
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「なんだ、これ」
「なあ、何が見えたんだ? たかがニンゲン程度の眼で、いったい何が見えたんだ?」
突然振り返った零刀が問いかける。
向けられた何処までも黒く、昏い瞳に思考が止まる。
「光輝、あの瞳はまともに見ない方がいい。あれは【魔性】──いや、ここまでくると【深淵】かな。とにかく、まともな人間が見たらろくでもないことになるよ」
「……ったく、会話のために目を合わせてくれさえしないなんて、失礼じゃないか?」
楽しそうに笑って言う零刀に隆静が眉をひそめる。
「……お前、本当に『神野零刀』か? 少なくとも俺の知っているアイツは、足掻くことを求めても足掻く誰かを嗤うことはしなかった」
「……俺は今、嗤っていたのか?」
「ああ、嗤っていたぞ。お前が一番嫌うタイプの『理不尽』みたいにな」
「ッツ、なんだ、頭が、割れそうだ……!」
突然頭を押さえて苦しみ始める零刀。
「──サンホール、少し待っていてくれ。ここで、終わらせるから──!」
サンホールを魔法で浮かせたクリティナがここしかない、と零刀に切り込む。
「はぁあああ! 【魔滅聖光斬】!」
「うる、せぇ、頭に──響くんだよォ!」
黒海から泥があふれ出して壁を創り出し、斬撃を防ぐ。
「俺は、俺の道を行く! それを邪魔する奴は何であれ『否定』してやる!!」
腕を振り上げる。
それに呼応して泥が湧き上がり、クリティナを打ち上げる。
「く、まだまだ──」
体勢を立て直し、零刀に向かっていこうとするクリティナだが、視界の端にサンホールの姿が映る。
──泥の余波が今にも彼女にまで届きかけていたのだ。
「サンホール!」
宙を蹴ってサンホールの元へと向かう。
全力で宙を駆けた末に手が届く。
「──え?」
その手で虚脱している彼女を突き飛ばす。
「昔は助けてもらったからな。これでじゃ清算には足りないけど──最後に助けられてよかっ──」
最後まで紡ぐことすらできずに、クリティナは泥に呑まれていった。
◆□◆
落ちてゆく、落ちてゆく。
大切な友達に届かないのはわかっているけれども、伸ばさずにはいられなかった。
彼女がこの黒に呑み込まれたのは私のせい。
見えてしまった真実の狂気に恐ろしくなって何も考えられなくなって──
そのせいで彼女は呑み込まれたのだ。
固いような、柔らかいような、なんとも言えない感触の大地に背中を打ち付けて息が詰まる。
神のお告げで【魔王】を倒す?
そんなの無理だ。
私だけが聞くことのできたその声に、どこか英雄の一人にでもなったつもりでいたのだろうか?
そんなことできるはずがない。
あんなものをどうにかするなんて不可能ではないか?
できるのなら矮小な私たちではなくその【神】がやればいい。
ただ、これほどまでに大きな存在をどうにかするなんて……そんなこと、たとえ【神】でさえ──
ふと、視界に黒に塗られた大地が映った。
『真実』を見ればわかる、これの本質は彼の【魔王】という存在で世界の一角を上塗りしたものだ。
どちらかというと性質は【大地】というよりは【海】に近い。
──混沌に形作られた秩序だ。
まるで、この世の中のすべてを混ぜ合わせて凝縮したかのような代物だ。
波打つもとに視線を上げる。
クリティナを呑み込んだ泥がちょうどもとに戻っていた。
そこに彼女の姿はない。
思わず視線を落とす。
──目が、あった。
その向こうに、確かに彼女はいた。
それは『真実』だ。
恐る恐る、手を伸ばす。
ゆるりと伸ばしたその手は境界を越えてゆく。
「まってて、いま、助けるから──」
手を、伸ばす。
まだ届かないと手を伸ばし続け──届いた。
「やっと、届いた」
──気が付けば私は、黒い海の中にいた。
息ができなくて苦しいこともない。
むしろ、呼吸の必要がなくて楽なくらいだ。
「──どうしてここに来た」
「どうしてって、クリティナを助けに──」
「なら、帰ってくれないか。私はもう、ここにいることで救われている」
彼女からの返答は、拒絶。
その顔は穏やかで、幸福そうですらあった。
「ここは、すべてを感じられる。何よりもここでは『理不尽』が向けられることはない」
その言葉に私は『真実である』としか判断できない。
「なに、を……」
「ああ、サン。君もこっちに来るか? ここはいいところだ。周りを見てくれ」
その言葉に周囲に目を向ける。
そこには先ほどまで戦っていた騎士たちが漂っていた。
彼らの顔には総じて幸福が浮かんでいてそれが『真実』であるとわかってしまった。
「ああ、ああああ……」
その光景に『異常』を感じながら『真実』であることに心がきしむ。
そして、クリティナ以外に視線を向けたせいでこの世界に焦点が合ってしまう。
生と死が混濁し苦痛と快楽が混在し最高と最悪が両立し希望と絶望が垣間見え何もかもが存在しているのに何も存在さえしていない……
「ああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
そんな冒涜が許されていいわけがない。
そんなもの、【神】が許さな──
「【神】、が……?」
ふと、周囲を見渡す。
そこには幸福に包まれた満たされた人たち。
「救済……圧倒的存在、救うもの……きぼう……まさか」
全てを持った圧倒的なモノ。
それはもう、何もしないソレよりもよっぽどふさわしい。
「──ああ、気が付かなかった。やっと気が付いた」
そうだ、なぜ今まで気が付かなかったのだろう。
「ああ、あなたが、あなた様が、あなたさまこそが──神様なのですね」
◆□◆
「大丈夫か?」
「ああ、助かった」
隆静に手を貸してもらった零刀は礼を言って身体を起こす」。
あの直後、零刀は自分に向かって『否定』のチカラを自分に向かってぶつけたのだ。
つまるところ、自爆である。
「……なにがあったんだ?」
「自分を強制的に変えたんだが……その時に混ざった【邪神の欠片】にやられてたみたいだ。ああ、最っ悪だ。まさか【聖女】のチカラに混じってるとは……思慮が足りなかったか」
頭を重そうに振る零刀はハッと思い出した。
「あ、そういやあ【聖女】、取り込んだままだったな」
【黒海】が零刀の身体に波が引くように戻ってゆく。
引いたところに残されたのはひれ伏す騎士たちの姿と膝を着いて頭を低くした【聖女】サンホール。
「……なにやってんだお前ら」
「発言をお許しください、我らが【神】よ」
「誰が【神】だ。あんなのと一緒にするな」
「では、なんとお呼びすれば……」
「普通に零刀でいいだろ。なんなら【魔王】でもいいぞ」
「では──【魔王】様。私たちはあなた様に酷い仕打ちをしました。私たちはあなた様が望むのであれば自決する所存です。ですが──お許しいただけるのであれば我らがこの身すべてを捧げます」
「いったい何の冗談だ。お前らはリムの──【光神】の信者だろうが」
「ええ、我らは【光神】様の信者でございます。ですがそれ以上に【魔王】様に心酔しているのでございます!」
その振る舞いはまさに【狂信者】。
その瞳の奥には先程の零刀を思わせる黒が澱み、蠢いていた。
「──ああ、お前もアレを『視た』のか」
その言葉に含まれる感情は『憐憫』と若干の『同情』。
「はい、彼らは『表面』を。私は──少しばかりその先を」
「──お前はまだ『人間』か?」
「私にそこまでの【深さ】は見えませんでした。……いえ、私は眼を背けたのでしょう。アレら全てを超えるものがその先にあるとしたら、人の身では耐えられない」
自分の身を抱いて身体の震えを抑えるサンホールを零刀は紫紅の瞳で見据える。
「確かお前は……何か『願い』があって【光神】の信者をやってたんだろう?」
「その『願い』はあなた様の御力によって成就しました。私の友──クリティナの深意を知ることができました。そして、私だけではなく【救済】を感じた彼らも含めて、私たちはあなたへ尽すことによって少しでもその恩を返させていただきたいのです」
そう言って再び臣下の礼をとるサンホールを見て零刀はどうしたものか、と頭をかいて──ふと気づく。
「──ああ、そうしないと正気を保てないのか」
アレを直視して、正気が保てるわけがない。
零刀でさえ『否定』のチカラがなければ今ここに『神野零刀』として存在できなかっただろう。
そして、目の前の彼女らは零刀にとっては加害者だが、彼女達は被害者でもあるのだ。
【邪神】に利用されていた、というのもあるが、それ以上にアレを見せてしまった零刀による被害者とも取れるのだ。
「あんな混沌とした世界の真理をなんの選択肢も与えずに魅せちまったしなぁ……」
ある意味零刀は、彼女たちのことを自分の『道』に導いてしまったのだ。
「しゃあないか。それについては自由にすれば良い──いや、直ぐにやる事ができた」
その言葉と共に空を見上げる。
普通の者達には見えていないが──この場では零刀と『眼』を持つサンホールのみが見えていた。
「零刀君、どういうことだい?」
「直ぐにわかる。光輝、お前らも手伝え──お前ら、早速だが大立ち回りと行こうか」
「「「全ては我らが【魔王】様のために!」」」
歩き出した零刀に並び光輝が歩く。
そしてその後ろにサンホールたち『光神教会』だった者たち。
「そんな『理不尽』なんて『否定』してやる」
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「なんて、ことだ……」
豪奢な司祭服を身にまとった初老が崩れ落ち、膝を着く。
そんな姿を、金髪の少女が見下ろす。
「──これが、事の瑣末。全て彼の、計画通り」
「馬鹿な……全てが彼奴の──【紫紅の魔王】の掌の上だったとでも言うのか……!?」
「その通り。零刀は、『光神教会』の、一部の者をけしかけてくることはわかっていた。零刀を倒せば儲けもの。駄目なら謝罪と賠償、さらに条約を結ぶことで繋がりも持てる。そんな打算。そう言ってたよ、『光神教会』【教主】」
「この、小娘が──」
「──動かないでくださいよ。うっかり殺しちゃうじゃないですか」
怒りに身を任せ用とした【教主】だが──その首筋に短剣を当てられて動きを止める。
「シリウナ、殺さないで。幾つか、聞いておきたい。あなたも、【邪神】側?」
「ふ、ふふふ……何を言って──」
「うそ。シリウナ、腕は要らない」
「はーい、スパッと」
「ぎゃあああああ!!?」
「ん、うるさい。まだ、聞きたいことがある。【邪神】は、どこにいる?」
「まさか、お前も【聖女】と同じ『眼』を──」
「知らないみたい。反対も要らない」
「はい」
「うぎゃああああ!!」
「……あれは『加護』ありきの『眼』。わたしは違う」
「コピー出来なかったのが悔しいんですよね」
「うるさい。……ダメみたい。【邪神の欠片】がノイズになって心の奥が見えない」
「──じゃあ、用済みですね。殺します」
有無を言わさず、首を撥ねる。
「……さて、零刀が大立ち回りするって。わたしも、いく」
「私も行きますよ。──私にも、やる事ができましたから」
「じゃあ──【転移】」
【教主】の死体を残して2人は消える。
──これから起こるであろう騒動を、ぶち壊すために。
次の回を上げたらステータス回を上げてから最終章突入ですかねー




