彼が道のその先に
今年の花粉は体に合いません。
10分ちょっと自転車をこぐだけで呼吸器がやられてしまいましたし、慢性的に体がだるくてもう……
そんな弱音を吐きながら書き続ける今日この頃。
今回は若干理屈っぽいですが、お勉強という訳では無いので理解できずとも気負わず気楽に読んでいただければと。
もし完全に理解できた貴方には魔術師の才能が……!?
戯れはこの辺りにして、そろそろ本編をどうぞ。
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「──『夢月花』発見っと。これで採取の方は終わりだな」
「早いな。まだ山に入って十分そこらだぞ」
「まあ、これだけ高速移動してりゃあ短時間でも範囲は見れるからな」
そう言って花を根から丁寧に採取すると移動を再開する。
──その速度は夜が暗さも相まって、一般人が一目見ても見間違えかと勘違いするような速度であった。
木の幹や土を蹴る音とガラスが割れるような音が連続で鳴り響く。
「『身体強化』を使ってるとはいえ、その速度か……凄いな」
「そっちこそ、その移動法はなんだ? 見たところ『縮地』のようだが……」
「似たようなものでな。距離を空間ごと破壊して進んでいる」
「なるほど……私には真似出来ない類のものだな」
互いの技量をどこか嬉しそうに褒め合いながら移動して行く。
彼らまでになると対等なまでに渡り合えるものは少なく、チカラに関して語り合える事なと滅多に無いのだ。
──天才が理解され難いのと同様に、圧倒的強者はそのチカラ故に理解され難い。
──それは、『強者の運命』と言う『呪い』であろう。
理解され難いからこそ、理解し合える可能性の高い強者同士は引き合い、引かれ合うのかもしれない。
「……零刀。お前はこれから会う『神狼』についてどれほどの知識を持っている?」
「本で読んだ程度だが……元は自然の『魔素』によって象られた『精霊』に近いモノで【神獣】と呼称される。呼称の所以としては一説だが──『精霊』が【光神】の元にあるならば【神】が従える【獣】。それ即ち【神獣】である──だったか。神に従っているかは知らんが、成り立ちが『精霊』に近いから元は『精霊』だった【光神】と近い存在であることは違いないだろうな」
『完全記憶』で己の記憶を呼び覚ましながら自分の考えを述べる。
「君は識者だな。私には武しかないから全てを理解することはできないが……理解が深いなら話は早い。【神獣】がチカラを震えばそれは【災害】に等しい。もし『神狼』が本気で暴れればそれこそ【災害】が如き影響を及ぼす。君はそれをどうにか出来るのか?」
「──俺の行く道を妨げるモノはなんであれ叩き潰して喰らい尽くす。俺はそうして来た。それにもう──それを|止めたら俺はもう進めない(・・・・・・・・・・・・)」
今の零刀は例えるなら自転車に後付でジャンボジェット機のエンジンと翼を積んでいるようなものだ。
エンジンを燃やし続ければ飛べるかも知れないが、それを辞めれば急激に堕ちていく。
零刀はこのまま、止まることさえ許されないのだ。
「……無駄話は程々にして、だ。そろそろだろう?」
「──ああ。奴の住処はすぐそこだ」
その会話から間もなくして、続いていた木々が途切れた広間のような所に出る。
──その中央に佇むは、10メートル程の巨体を持つ白雪の如きに毛皮に被われた一匹の巨狼。
「へぇ、コレが『神狼』か? 」
「……ああ。だが、様子がおかしい」
「グルルル……ルォオオオオオオオオオン!!」
夜の帳が降りし森より、その主たる『神狼』の雄叫びが天まで響かんと鳴り渡る──
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「──このままでは『世界』か『神野零刀』のどちらかが滅びる事になるでしょう」
【精霊王】を名乗る女性が話題の本人が居なくなった途端にそう切り出した。
「……【精霊王】、それはどういう意味だ」
私を含めて、それを聞いた皆がその言葉を呑み込めない中、アドルフさん1人だけがそう問いかけた。
「どう言ったも何も、そのままの意味です。ああ、選択肢を増やすのであればどちらも滅ぶ、というのも考慮に入れましょうか」
そんな中、【精霊王】は淡々と言葉を並べる。
「彼が挑もうとしているのは曲がりなりにも【神】。只人の身で神を殺すなど『規格』が違いすぎて不可能に近いのです」
「──でも今のレイちゃんは、『人間』じゃない。そこが問題なんだね」
隣に居る鈴がそんな指摘をした。
私にはそれの何が問題なのかは理解できないけど、二人の間で何らかの理解があったみたい。
「鈴、何を言って……」
「ああ、そっか。光輝達には解り難い話になるのかぁ……私達の世界ではここ以上に神話があるでしょ? その中に【神殺し】の逸話は数あれど、純粋な『人間』が【神殺し】を成した話はそうそう無いものなんだよ。勿論、地域信仰の『精霊』や【付喪神】なんかを広く【神】と定義するなら話は別だけどね」
「ええっと、つまり?」
「普通の人が【神】を殺すことは基本的に不可能なんだ。だけど、今のレイちゃんは『人間』じゃない。今のレイちゃんはヒトの形をとったバケモノ──」
「鈴!」
鈴の言い方につい私は声を荒らげてしまう。
「……うん、そうだね。今の言い方があまり良くなかったのは分かってる。でも、今はその表し方が重要なんだ。数多ある神話でよく【神殺し】を行うのは【神】かその血を引いた者だったり化け物なんだ。つまり──レイちゃんは【神殺し】ができておかしくない」
鈴はそう結論付けた。
全てを詳しく理解できたわけじゃないけど、レイくんならその元凶である【邪神】を殺せるかもしれない──
「待てよ。なら、なんで零刀が死ぬことになるんだ……?」
「隆静が気づくとは思って無かったけど、ここから先は答え合わせさせてもらうね──【精霊王】さん、と呼んでもいいかな?」
「ええ、構いません」
「レイちゃんのあの成長の仕方──普通じゃない。邪法外法の類だって言われた方がまだ理解できる」
そう告げた鈴の表情は今まで見た事ないくらいに真剣で──どこか敵意にもとれる気を放っていた。
「レイさんはそのあたりは誤魔化していましたからね……本来なら私が話すことでは無いのですが、ここでは必要な事として話させていただきます。彼は『魔物』を喰らってその特性を我がものとしてきました。その対象より『ステータス』の値で劣るものがあれば、足りない分を補うかのようにして喰らった対象の『ステータス』値へ変化したそうです。さらに『錬成』の応用で取り込んだ魔物のカラダを再現して手足のように扱えるそうです」
触手や翼を生やして戦っていたのを思い出し、そういう事だったのかと納得する一方、何故そうなったのかを疑問に思っていると──ふと、隣の鈴が何かを呟いていることに気づく。
「『ステータス』の上書き……ちがう、ならば不足の加算? 私たちとの違い……経験値以外を含めたすべて……すべて? 待って、レイちゃんは何を喰らったの? 【精霊王】さん、今言ったこと以外にレイちゃんは何か言ってなかった?」
「私が知っているのはこれだけで──」
「零刀は、魔物とかをたべる時に、【喰らう者】って」
その言葉に、イリスさんが言葉を加えた。
「元の世界における錬金に近い『錬成』、その命題である不老不死……【人間の完全化】、【魂を喰らう】──なるほど、さしずめ『魂のパッチワーク』ってところかな」
「『魂のパッチワーク』?」
聞いたことの無い言葉につい疑問が零れた。
「心理学なんかでも言われることだけど、『人間』って言うのは生まれながらに『不完全』なもの。それをどうにか『完全』にするために行われる行為の事だよ。本質が『不完全』なら、自分にない要素を他から持ってくれば良い。その為の【魂喰】。そして、その持ってきたものを自分に組み込む『錬成』。その二つがあれば【人間の完全化】というものが現実的になり始める。魂が完全になり、位階が上がるならばより上位の存在──【神】にだってなれるかもしれない」
「なんとなくだけど、言い方的に『良くないモノ』に聞こえるんだけど……」
「光輝のソレは正しいと思う。とある心理学では【完全なる人間】は【不完全な生物】にとって【悪】になるって言われてるくらいだしね。でも、それだけじゃあレイちゃんが滅ぶ事に繋がらない」
「リンさんの説明は、この世界しら知らない私にはわかりませんが……彼自身はもう『精霊』に近い存在になっています。だからこそわかる、このままレイさんが進み続ければ自滅する──現にもうレイさんは弱り、体が自壊し始めている」
「そう言えば、レイトと手合わせした時に弱体してるとか……」
「成長の果ての滅亡なら、『進化』かしら?」
【精霊王】の言葉にアドルフさんが思い出し、りあちゃんが意見を述べる。
「『魂のパッチワーク』だけじゃなくて『進化』まで? いや、行く末に【滅亡】があるからと言って決めつけるのは早い。第一、一個体の唐突な変化は『変体』であって『進化』は『種』全体の変化──いや、そっか! レイちゃんの『種族』は単一にして唯一無二。ならばレイちゃんの変化そのものが『進化』に値する? だけど世代の変化は──いや、自壊が己の能力が強くなりすぎたことによるものだとしたら、それによって自己の【破壊】と【生成】によって肉体の擬似的な世代交代を経ているなら『進化』という取り方もできる。それが【神殺し】のために何らかの『チカラ』に強制的に特化させてるなら──」
思考を巡らせた末に、鈴が至った結論。
「──ああ、なるほど。確かに滅亡するね」
それは、【精霊王】と同じ結論。
「……なるほど。ならこの話をした理由は何とかしてレイちゃんの『進化』──その『道』を止めろと?」
「そうです。貴女が聡明なお陰でよりその危険性に気がついたハズです。このまま、その『道』を進ませてはならない」
「──そういうことなら、私は降りさせてもらうわ」
そう言ってりあちゃんは立ち上がった。
「彼が行く『道』を妨げるなんて無駄でしかない」
「そうだな、りあの言う通りだ。そんなことにかまけるくらいなら、俺はアイツを助けられるくらいのチカラを着けたい」
「わ、私も! 私のチカラなら、レイくんを治せる!」
「──御覧の通りだよ【精霊王】。『勇者』である僕自身もレイ君と共に戦いたいと思っている。勿論、レイ君が道を間違えそうになったなら止めるさ。どっちにしろ、今以上のチカラが必要だけどね」
私達がそれぞれの思いを告げ、光輝がそれをまとめる。
「生徒らはこう言っています。試すのは程々にしては? もしこれ以上試すような真似をするならば──ここで今、殺り合うのもやぶさかではないですが?」
言い放った桜先生の周りでは床を突き破って木々が姿を現す。
「貴女、やはり……なるほど。アナタはそちら側に──いえ、これ以上は止めておきましょう。ここで私達が本気でやり合えば街が持ちませんからね」
「ええ、懸命な判断です」
会話を経て、木《矛》を収める。
「先生、宿の床なんですから気を使って下さい! いい大人なんですから!」
「う、悪かったわね……いい大人、
独り身……」
私の言葉に間接的にダメージを受けている桜先生を放っておいて、穴の空いた床に手をかざす。
「『巡るめくは逆巻時計。針は流転し、砂は上に落ちる。全ては逆さに回し、復させん』──【事象回復】」
手から零れた『魔力』が穴まで届くと映像を逆再生させるようにして床が【回復】する。
──私にとってはいつもの事であった。
「これは──ああ、なるほど。あのレイさんと同じくして呼ばれただけはありますね」
どこか驚きと納得の入り交じった言葉に顔を上げるが──そこには穏やかな笑みを浮かべた【精霊王】の姿。
「ええ、私の確認したいことは終わりました。最後にひとつだけ──異世界召喚は召喚される世界に及ぼす影響が大きい因子を持った人物を召喚します。もしその場、その集団に複数の因子が有れば集団ごと召喚される事もあるでしょう」
「なら、レイ君は──」
「……残念ながら、違うでしょう。因子が強いものは『職業』や『固有技能』として顕現します。例えば──どの【属性】にも分類されず現象そのものを引き起こす【魔法】などが該当するでしょう」
その言葉に私は、心臓が跳ねるような感覚を覚えた。
私の【回復魔法】は、何らかの【属性】を持っていただろうか?
なら、それが意味することは──
「……少しばかり話が弾みすぎてしまいましたね。私はそろそろおいとまいたします」
軽く礼を取って、【精霊王】は空気に溶けるようにして消えていった。
その場に残された私達が感じていること、していること。
困惑
思考
そして、決意。
「……難しいことはわからない。それでも、レイ君をこのまま失うのは嫌だ。僕はもうこれ以上、誰も失いたくは無い。だから──強くなりたい」
「今の俺なら、まだ教えられることはありそうだ」
光輝くんの言葉にアドルフさんが立ち上がる。
「戦いに関してなら俺が教えてやる。今の俺なら、まだまだ教えられることは多い。それに、【魔法】なんかに関してならレストに頼めだ学べる。盾に関しては、俺が知り合いを紹介してやる」
その言葉に歓喜する。
今の力を欲する私たちにとって、その言葉は強烈すぎた。
例えそれを悪魔が口にしていたとしても、誘惑に負けていただろう。
「水を差すようで悪いんだが……ひとつだけ聞かせてくれないか」
そんな中、隆静くんが声を上げる。
「鈴ってそんなに頭良かったか?」
「やだなー、わたしは普通だよ、普通」
「鈴、普通はあんな事まで知らないんだよ」
言い逃れを許さない、と言わんばかりの眼光で隆静くんは鈴を睨め付ける。
「はぁー、ここまできちゃったら仕方ないかなー」
こればかりはどうしようも無い、と言った具合に鈴は両手を上げ降参の意思表示をすると椅子に深々と座りジュースグラスを傾ける。
この流れ、このタイミング……まさか、鈴は私達の──
「わたしさ、そういう病気だったんだよ。具体的には中学生時代。アニメやラノベを読んでそういう方向の知識が深まっちゃったんだよネ!」
………………空気が凍りついた、という表現が正しいのだろうか。
鈴の発言に固唾を呑んで見ていた皆が今となってはポカン、と口を半開きにして呆気にとられている。
アドルフさんなんか理解出来なくてものすっごい首を傾げている。
「その中でも一時期、何とかして【神】に慣れないかなーなんて考えていた時期があってね……まさかその時の知識が役に立つなんて人生わかんないもんだねー!」
ワッハッハー、と笑う鈴に呆気に取られる私達。
このあとすぐにシリウナさんが帰ってくるまでそれは続きました。
何かとあの時期はそういうことに詳しくなってしまったものですよね……
まあ、こういったものを書く人はその時の気持ちを忘れない方がいいのでしょうが……
ちなみに今回出てきた内容には『進化』やアドラーさんを含むいくつかの心理学。多少の哲学や神話的内容が含まれています。




