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少しばかりしっかりとした造りのマンションの最上階の一室。
目の前にある扉のチャイムを連打。
その後に聞こえてくる、何処か抜けたような声に俺の胸の中は安堵と歓喜で満たされていく。
俺、俺、俺は………。
「カヤト。来てくれると思っていた」
にっこりと微笑むヒョウに、嗚咽で上手く呼吸が出来ないまま、思いっ切り抱き付いた。
「お前を見ると、安心する…してしまう……ッ…ヒョウ、どうしよ……どう………うぅっ………」
色々と言葉にしたいけど、何も形成されない単語の羅列にヒョウは律儀に相槌を打ちつつ、俺を部屋の中へと入れて、二人してソファの上に座れば、抱き締め返すように背中に回した手でぽんぽんと優しく叩いてくれた。
子供の時にでさえ、お母さんにしてもらったことのないその行為に、涙がやっぱり溢れて……。
「ヒョウ、だめだ、俺、迷惑、けど、いて、隣……怖い、怖いよ……ヒョウ………」
「見ていた。カヤトが出て行った方に広がる……色。いつも見て取れてた。まとわりついていた黒い色。何人分かの黒い色が、いつかカヤトを呑み込むんじゃないかって、俺は不安だった」
俺にまとわりつく、黒い色。
それはきっと、俺をいらないと密かに思い、それでも口にすることは流石に人の道から離れていると出来ずにいた両親の抱えていた色だろ?
何も言わないヒョウは、きっと分かっている。
俺が、どんな立ち位置にいる人間かを。
「俺とカヤトが出会ったのは、実は公園のあの時じゃない。カヤトがあの男に告白されていた時」
引っ越し先と、これから通う学校とやらを下見しておこうと立ち寄った時に、下校時に告白を受けている俺を見掛けたって、ヒョウは言う。
俺の兄に……マナトに近付く為に吐いた偽りの告白を、馬鹿みたいに舞い上がって喜んで、受け入れている俺に。
あの時は、これ以上の幸せはないって思って、すんごい笑って。
……だって、嬉しかった。
この幸せを逃せば、俺はまた暗い渦の中に放り出されて、見向きもされなくなってしまうから。
だから。
「自分を見て欲しいって、思った?あの時のカヤトは、懇願するような紺色とそれでも拒絶されることを受け入れるような、水色の色で周囲の人を突いては見ないようにしていた」
「……うん。俺を俺として見て欲しいって思ってた。ヒョウは、そういう事……ない?」
「ある。だから、俺はカヤトを見ていた」