不可視の剣<後編>
眼精疲労って辛いですよね・・・
霊力、それは霊器使いにのみ宿る特異な力。
霊器使いの体内に眠る霊器を生けるものとして具現させる。
それには宿主の違いはあれ、どれも限りがある。
永遠に霊器を動かすことはおろか、術と呼ばれる異能も無限としては使えない。
霊器を具現させているだけでも徐々に霊力は削られていく。
霊力は宿主の精神と直結しており、使用による疲労は免れない。
そして、術には霊力を大きく消費する特徴がある。
術の使用に必要な条件は三つ。
宿主の霊力が一定以上保たれていること。
宿主固有の紋を自身の血液で平らな場所に描き、術の詠唱をすること。
使用する術が開示されていること。
グレンは詳しく説明してくれた。
まだ召喚用の術以外は開示されていないアルジが聞いたのは一年ほど前の事だった。
「あぁ、分かったぞ」
辺りが夜の闇に包まれ始めた通りでアルジは呟く。
肩から脇腹まで続く赤い斜線のような深い傷。
そこからは大量の血液が流れ出ている。
脚を伝い、彼の足元には鮮血の円が瞬く間に広がっていく。
アルジは霊器の剣撃を正面で受けた。
一人の、誰かとも分からない少女を守るために。
「あぁ?何が分かったってぇ?きひひ!」
そう言い、銀髪の少年は地面に掌を置く。
あと一撃でも受けてしまえば少女を守ることもできずに終わる。
二度と、意識は戻らなくなる。
アルジは深い傷による激痛を意識の外に追い出し、叫ぶ。
「グレン!下をぶっ壊せえぇぇ!」
グレンも感じているであろう苦痛を感じさせない霊器の動き。
大きく振りかぶった両刃剣は地面を抉る。
その直後、彼らが立つ通りは地響きが鳴り亀裂が入った。
轟音とともに古い家屋は崩れ、埃と土煙が辺り一帯を覆い尽くす。
「無茶を、するな、アルジよ」
グレンは途切れながらも声をかける。
「これくらいしか、バカには思いつかなくてな、へへっ」
少女を家屋の瓦礫から庇ったアルジは額から出血している。
「おいおい!まさかこれで平らな場所を消そうってかぁ!?きひひひひ!お前正真正銘のアホだなぁ!?」
少年が嘲笑うように叫ぶ。
「次はしっかり壁も壊しとけよなぁ!」
少年は崩れなかった家屋の壁に紋を描く。
「不可視剣!」
ローブの霊器が刺突剣を持ち直し、振りかぶる。
「きひひ!今度食らえば死んじゃうぜぇ!きひひひひ!」
甲高い声で笑う。
しかし、ローブの霊器はゆっくりと手にした剣を降ろす。
「あ?何やってんだ!おら!早く」
少年は気づく、目の前の状況に。
そこにはグレンが地面を破壊した際に生じた埃と砂塵が残留していた。
「チッ!うっぜぇな!どういうつもりだ!あのバカ!」
苛立つ少年にアルジが応える、少女の額に手を当てて。
「お前の見えない術を食らった時、最初は衝撃波みてぇなのを飛ばしてんのかと思っていた、だけど、俺の後ろにいたはずのグレンには当たらず俺だけに命中した」
アルジは淡々と続ける。
「それで次に考えた、俺という標的を捉えてその位置に攻撃できるんじゃねぇかってな。だがそれも違った、現にこの子を狙うお前の攻撃を正面から食らったしな」
「き、ひひ!だからなんだよ!」
致命傷を負っているにも関わらず冷静なアルジに少年は焦る。
「そこで理解した。お前は一つの術で二つの攻撃方法があるんだと。なら対策は簡単だ、視界を遮ればいい。どっちにしても狙わないと当たんねぇし、むやみに術を使えば霊力が切れるしな、へへっ」
空元気のように笑う。
遠距離を狙うことが可能な術を持つ少年と、術を持っていないアルジではまともに戦うことができないとアルジは確信していた。
「だからなんだよ!これが無くなれば終わりじゃねぇか!きひ!」
少年は威勢を取り戻したかのように叫ぶ。
しかし少年に対しアルジは応じない。
「悪いなちょっと、いいや、すげぇ量の霊力を奪っちまって」
そう言い、少女の額から手を離す。
少女は気を失いながらも苦しげな表情に変わっていた。
「これで終わらせて助けるからな」
アルジは少女に言うと、奪った霊力を頭に集中させる。
途端、アルジの脳に大量の情報が流れ込む。
「これが、俺の術」
彼は大量の霊力により一つ、初めての術を開示した。
霊力は不安定な性質が故に所有者の意識で固定されている。
意識がはっきりとしている場合は命を落とさない限り決して放出されることはない。
しかし所有者の意識が失われている場合や眠りに就いている場合は例外とされる。
それはまるで鎖で固定されているものが脆弱な糸に巻かれているような状態になる。
不安定な霊力を他の霊力を持つ者が奪うことは容易。
そんな霊器使いに取れば常識のようなことをアルジは先月に知った。
だからこそ、今それが彼の希望となる。
もう砂塵は晴れた。
少年が通りの先に見える。
流れ出る血液で身体が冷たくなっているのを感じた。
時間は残されていない。
そう感じ、アルジは叫ぶ。
「一人の女の子を守れなくて何が男だ!いくぞ!グレン!」
「了解!」
しかし少年も動いていた。
「させるかあぁ!!不可視剣!!」
素早くローブの霊器は剣を振り下ろす。
「グレン!前だ!剣を投げろ!」
アルジに従いグレンは右手の両刃剣をブーメランの如く放つ。
重い金属音とともに不可視の剣とぶつかり火花が散る。
だがグレンの投げた剣は速度を失わなかった。
「なっ!?」
少年は高速で飛来する巨大な剣を即座に避ける。
しかし剣の刃が少年の横腹を掠った。
グレンの剣は少年の背後にある廃屋へと突き刺さる。
「ぐあっ!」
腹部から鮮血が吹き出した。
そして少年がよろめき、倒れる。
「今しかねぇ!」
アルジは何もせずとも流れ出る血液で紋を描いた。
そうしてアルジとグレンは叫ぶ。
「「俺と、俺らの!あの子を助ける最初の術!」」
そしてアルジは、詠唱する。
「壱式!!」
紋が赤く光り、砕ける。
それと同時、グレンの欠けている左腕に赤黒い腕のようなモノが形成される。
しかし彼らは別のことに驚いていた。
「くっ!痛みが!?なんだこれは!?」
「いってええええぇ!なんなんだよこれ!?」
彼らの左腕に激痛が走った。
アルジとグレンは気を失うほどの痛みをどうにか堪える。
「はぁ、はぁ、お前のせいで痛さも二倍なんだぞ!」
アルジは震える脚で立ちながらグレンを見る。
「それは我とて同じだが」
グレンもアルジを見下ろし応える。
そうして一人と一つは正面の先、腹部を抑えている少年を睨む。
「この術は一回を逃せば終わる」
アルジはグレンに再確認する。
「あぁ、指示を頼む」
それにグレンは応えアルジの背後に移動した。
そしてアルジだけが、ローブの霊器の元へと走り出す。
「うおおおおぉ!!!!」
鍛えられた足腰で踏み出す一歩は常人を遥かに超える速度だった。
「き、ひ!来んじゃねぇ!雑魚がぁ!」
よろめきながら少年は血液で紋を描く。
「不可視剣!」
しかし紋は光らない。
「あぁ!?なんでだよおい!!クソが!モルク!人間を止めろぉ!!」
少年が叫ぶとモルクと呼ばれた霊器がアルジの前に立ちふさがる。
「そいつをぶっ殺せぇぇ!!」
叫ぶとモルクは剣を持ち上げ、アルジに振り下ろす。
アルジはボロボロの身体で剣の横に逸れ、どうにか避けた。
「っおらぁ!」
そうして真横に降ろされたモルクの剣にアルジは突進する。
全力を込めたアルジの突進にモルクの手から剣が離れ、落とす。
「なんだよあいつは!?」
その光景を目にした少年は驚きを隠せなかった。
霊器を相手に人間が立ち向かっている異常な光景に。
落ちた剣を拾おうとモルクが動いた、しかしアルジもすぐに動く。
そして浮いているモルクの腕を掴み、地へと落とす。
驚きで少し動きを止めた霊器を、アルジはグレンのいる方向へと投げた。
「いっけええええ!!!」
宙へと浮いたローブにグレンが赤黒く染まる左腕で掴む。
その瞬間、少し離れていた少年が絶叫した。
「ぐああああ!!なんだ!なんだこれはあああ!!」
少年は頭を抱えて叫び続ける。
ローブの霊器、モルクも必死に暴れている。
しかしグレンは左手を一切緩めず、更に強く握りしめた。
「あああああああ!!!止めろぉ!!止めてくれえええ!!」
そして、ローブの霊器は消えた、まるで煙のように。
「っ」
それと同時に銀髪の少年は意識を失い、倒れた。
アルジは腰が抜けたようにその場に崩れ落ちていた。
宿主の元に、普段と同じ左腕が欠けた霊器が戻る。
「大丈夫、ではないなアルジよ」
グレンが声をかける。
「この程度で倒れてなにが男だ」
苦笑いを浮かべるアルジにグレンは告げる。
「少女が目を覚ましたみたいだぞ」
アルジは霊器の指差す方を見る。
そこには気を失っていたはずの少女が不安そうな瞳で辺りを見回していた。
アルジは少女に歩み寄り、声をかける。
「お、起きたか、怪我はしてないか?」
近寄るアルジに少女は驚き、少し離れる。
「「え?」」
アルジとグレンは同時に声を上げる。
それを悪いと感じたのか少女は口を開いた。
「ご、ごめんなさい。その、後ろの」
少女はアルジの背後に浮かぶグレンを指差す。
「あ、あぁ!悪い!オラ!戻ってろポンコツ鎧!」
「ぬ?なんだと?」
そう言い、アルジは霊力を止めるとグレンは消えた。
「あ、えっと、助けて下さったんですよね?」
少女はアルジに問う。
「あ、あぁ!まぁな!別にどうってことはなかったぜ!」
慣れない女性との会話にアルジは頬を赤く染め、目が泳いでいる。
「ありがとうございました、では」
少女は最後にそう言ってアルジに背を向ける。
「え?ちょ、ちょっと待ってくれ!キミの名前は!?」
焦るアルジに体内から笑いを堪えた声がする。
「ふっ、必死だなアルジよ」
「うっせぇよ!お前は黙っとけ!」
そんなアルジに少女は振り向かず応える。
「私はティルっていいます、それでは」
そのままティルと名乗った少女は歩いていった。
茫然と立ち尽くすアルジに、またも声がする。
「嫌われたのか?やはり臭っていたのか」
「あぁ、そうかもな」
痛み始めた傷を抑えながらアルジは応えた。
ふと、アルジは人影に気が付く。
銀髪の少年はアルジの術によって気を失っている。
「だれだ!」
立ち上がり叫ぶ。
「おっと私、怪しい者ではございませんよ」
建物の陰から姿を現したのは長い髭を蓄えた初老の男。
「なんだあんた、怪しいな」
アルジは目を細くして睨む。
「あぁ、すみません、私こういう者でございます」
名刺を受け取るとそこにはこう書かれていた。
『霊器所有者支援協会 会長ポルト』
それを見たアルジに初老の男、ポルトは笑みを浮かべて言う。
「あなたをぜひ、支援させて頂きたく参りました」
「へ?」
傷だらけのアルジとグレンは固まる。
深い闇が覆う通り、その場所で彼らは出会った。
やっぱり思いつきで書くのが自分に合っていると痛感致しました。
今後もノロノロと書いていきます。