狂気の衣
本当は二日置きに投稿しようかなと思っていたのですが、書くのが楽しくて我慢できなくなった所存です。
都会の裏道、白昼でも薄暗く、地面は汚れ、捨てられた飲料の容器や缶で足場も悪いこの場所で、一人の女は怯える少女に向かって荒い口調で怒鳴った。
「あんたさぁ!早くあたしのこれ治せって言ってんだろ!クソガキがよぉ!」
静かな裏道に鳴り響く怒声。その声の主は濃い茶色の髪を後ろで束ね、華美なアクセサリーと濃い化粧、匂いの強い香水を身に付けている。しかし、派手な容姿をしている彼女の額には脂汗が滲んでいる。
彼女は深い傷を負っていた、腹部には切り裂かれた様な痕があり多量の血液が流れている。服は擦り切れ、小さい傷が体中に見受けられる。立っているのがやっとな彼女の後ろには、カマキリに似た霊器が辺りの様子を窺うかの様にキョロキョロと複眼を動かす。
「奴に次見つかったらどうすんだ!お前を囮にしてでも逃げてやるからな!」
彼女は少女に向かって吐き捨てるように叫ぶと、傷が痛んだのか腹部を抑えてうずくまる。
少女には目の前で苦しむ彼女が最後の希望だった。しかし今ではもう違う。
苦しむ女を涙に滲んだ瞳で見つめながら少女は、か細い声で言った。
「ごめんなさい、もう、私は」
そう言い残し、女に背を向けて駆けて行った。少女の後ろから女の怒号がしばらく聞こえていた。
それは唐突だった。緑に覆われた森の中心を流れる小川。その近くに一軒、木造の小屋がある。
その小屋の家主、赤い髪に赤い瞳、痩せ型にも関わらず筋骨隆々とした肉体を持ち合わせた少年アルジは普段通り小屋の中で朝食をとっていた。朝食のメニューはというと森で採れる山菜と川で釣れる魚をすり潰し、ペースト状となったものを茹でるつみれの様な食べ物。もちろん調味する事は不可能なため、味としては素朴。しかしアルジはそのつみれの様な食べ物を美味い美味いと呟きながら次々と口へ運ぶ。そんな宿主を見ながら、彼の霊器であり育て親でもあるグレンは一つ、提案をしたのだ。
「アルジよ、学校という場所に通ってはみないか?」
食事に夢中だったアルジはグレンの唐突な提案に、ポカンとした表情で虚空を見つめる。
「おいグレン、学校に通うって都会に行くってことだろ?霊器使いの俺が、嫌われている人間擬きがそんな場所に行くなんて無理だろ」
右手で自作の箸を持ちながら、左手をヒラヒラとさせてアルジは言った。嫌われている人間擬き、怪物や化け物呼ばわりされ誰からも避けられる霊器と、その所有者。なにもせずとも全て悪として認識される。その事を十分に理解しているからこそアルジはすぐに否定した。グレンは卑屈になっているアルジに対して、少し笑いを含んだ声で言う。
「では今のアルジが霊器使いだと知っている者は、我とアルジを除いて存在するのか?」
それにアルジは応える。
「え、えーと、ほら、俺の母さんとか」
戸惑うアルジに対してグレンは静かな声で言う。
「赤子だった頃のアルジと、厳しい鍛錬を重ねて屈強に成長した男を同じ我が子だと識別できる親も数少ないと我は思うのだがな」
そんなグレンにアルジは目に輝きを浮かべ、いつもより高めの声音で話す。
「それならさ!俺も学校に行けるのか!?ずーっと身体鍛えて飯食って寝る生活も飽き飽きだったからな!うおー!夢の都会生活、楽しみだなぁ!」
興奮するアルジを宥めるかの様にグレンは、都会で生活するのならと前置きをして言った。
「まずは学校、アルジの年齢だと高等学校だな。そこに入るにも勉学は欠かせない、それに編入はできたとしても学費を払わねば通う事は不可能だ。そして寝起きをする家だが、学生寮を借りるにしてもやはり金はかかる。つまり、まずアルジがすべき事は」
そう長々と話したグレンに対しアルジは苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。それにグレンが気づき問う。
「どうかしたのか、アルジよ」
落胆しうなだれるアルジが明らかに声のトーンを下げて応える。
「いやさ、都会暮らしって大変なんだな、俺さ、森で暮らしていてどれだけ楽な生活をしていたんだろうなぁってさ。あはは、ごめんグレン」
「何故我に謝る。それに森での生活も決して楽ではないと思うのだが」
困惑するグレンに、アルジはよし!と真剣な表情に切り替えて言った。
「まずは金稼ぎだ!編入ってのはその後だ!バイト探しに行くぞグレン!」
山奥での生活に慣れた少年と保護者の霊器は都会へと向かった。
アルジの住む森と、都会との距離はさほど離れていない。徒歩40分程度で到着する。
一人と一つは捨てられる以前に住むはずだった都会の街、<カゼリア>に到着した。
カゼリア、他の国でも類を見ない巨大な街。その形状はまるで蟻の巣の様に細い道がいくつも分かれており、この街に長年在住する者ですら把握しきれていないという。
「うおー!すっげぇ!なんだこの食べ物!見ろよグレン!」
アルジは目を輝かせながら大きな声ではしゃぐ。しかしグレンは冷ややかな態度だった。
「アルジ、ここに訪れる前に言ったはずだが、霊器の所有がばれてはいけないと」
「あ、あぁ悪かった」
それからアルジは一人、興味津々な表情をしてはグレンの言葉を思い出し我慢を繰り返していた。
アルジは街を歩きながら求人している店を探していたが、どの店も霊器使いが霊器を隠し持っていないかと恐れ非正規雇用は行っていなかった。
「あぁ、もう夕方か、腹減ったなぁ」
落胆するアルジはビルの屋上に沈んでいく夕日を見ながらため息をついた。
「確かに、身分も証明できない少し臭う者を雇ってくれる所など物好きしかいないだろうな」
はっはっはと高笑いするグレンに対してアルジが抗議する。
「確かに身分証明はできねぇけど、毎日水浴びしてたから臭くねぇよ!」
少年と霊器が騒いでいると突然、人気がない細道から女の悲鳴が響いた。
「なんかあったのか!?行くぞ!グレン!」
そう言うとアルジは悲鳴の聞こえた細道へと走り出した。
しかしそれを制止するかの様にグレンが声を上げる。
「待てアルジ!霊器使いの仕業かもしれない!余計な事に巻き込まれるぞ!」
しかしアルジはグレンに対して怒りを孕んだ声で叫ぶ。
「霊器使いだろうが知ったことかよ!ピンチの人を助けられなくて何が男だ!」
「アルジ!アルジが霊器使いだと知られたらまた森での生活となるぞ!」
グレンはアルジが抱く都会生活への憧れを理解していたからこそ忠告をしていた。
しかしアルジは足を止めずに、少し笑みを浮かべながら応える。
「俺がこの街に住めなくなっても死ぬわけじゃねぇ、だから助ける!」
そうしてアルジが足を止めたのは薄暗い細道の先、使われなくなってからしばらく経ったと思われる噴水が中央に設置された広場だった。
「なんだよ、これ、は」
アルジは目の前に広がる光景に言葉を失った。
そこには一人の女性が血だまりの中に倒れていた。近くには足掻いた様な血痕があり、地面には無数の傷跡が刻まれていた。アルジはすぐに女性の元へ駆けた、しかし一歩踏み出した瞬間。
「っ!」
アルジの足元に鋭い刃物で斬りつけた跡が二つ刻まれた。とっさに後方へ回避はしたものの、手製の革靴はつま先が切られ裁縫された部分が剥がれる。
「アルジ!霊器使いだ!彼女はもう助からない!逃げるぞ!」
グレンが叫ぶがアルジは動かない。動けなかった。
噴水の裏から一人、少年が現れた。銀色の短髪に金色の瞳、青い帽子を深く被りイヤホンを付けている。
身長はアルジと同じ、あるいは少し低い程度の少年の隣には紺色のローブが一枚浮いていた。
しかしローブの中身は無く、腕を通す部分が丸まり、まるで人間の手の様に細長い刺突剣を握っていた。
その刺突剣が向けられた先には一人の少女、薄い金色の長髪に翡翠色の瞳、その目には涙が浮かんでいた。
まるで少女を人質に取っているかの様な光景にアルジは一歩も動けなかった。
すると突然、銀髪の少年は口を開いた。
「一般人くんヒーロー気取りか?いや、いくらバカでも死ににくるバカはいないか」
銀髪の少年が嘲笑するかの様にアルジを見る。ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら。
そんな少年を睨んだままアルジは右手の親指に自身の犬歯で傷を付けた。じんわりと傷から血液が流れる。
その様子を見た少年は一瞬、怪訝そうな顔を見せたが途端にニヤリと笑った。
アルジは右手の人差し指で傷ついた親指を指圧して流れる血液量を増幅させた。
そして地面に親指を付け素早く紋を書き、叫ぶ。
「零式!」
刹那、アルジが描いた紋が赤く光り砕けると同時に彼の霊器、グレンが背後に現れた。
その光景を笑みを浮かべながら見ていた少年は笑いながら訂正をした。
「悪い悪い、一般人じゃなかったな!きひひ!」
「そこの女の人はお前が傷つけたのか」
奇妙な笑い方をする少年を気にも留めずアルジは問う。
「あぁ!そうだよぉ!俺に力及ばず負けたと思ったら急に命乞いしてきてさぁ!きっひひひ!この金髪の霊器使いをやるから見逃してくれってさ!」
おかしそうに話す少年は急に冷酷な表情へと豹変して続ける。
「だけど殺した、戦う意思の無い雑魚はいらねぇんだよ、こいつも含めてなぁ!」
少年はそう言うと剣を向けられていた少女をローブの霊器が掴み、明後日の空高くへと放った。
「グレン!」
アルジは叫ぶとグレンの右手に乗り、グレンは手の上のアルジを少女の方向へ投げる。
投げられた勢いを消すため壁で受け身を取り、少女の真下に走った。
落ちてきた少女を両手で受け止めたアルジは傷が無いか確認する。
「大丈夫みたいだな、よかった」
傷は無いものの過度の恐怖からか気を失っていた。
「俺はなぁ!お前みたいな戦う気があるやつと殺し合いてぇんだよ!きひひひ!」
アルジの背後から銀髪の少年が歩み寄ってきながら叫ぶ。少年の背後にはローブの霊器。
グレンがアルジの元へ戻ると同時に、彼に問う。
「アルジよ、勝てる見込みは」
「ない」
アルジはキッパリと、そう言った。
まーた進んでないよ・・・と思われるかと思います。
まだまだ慣れないタイピング、文才も皆無。大丈夫かな・・・
戦闘とかどうしようと懸念しつつ今後も頑張ります。