第2話 勘違いとはいえ酷すぎる
空に及ばずとも高いと思わせる城壁。
流れる道を通り、外側と内側に繋がる門を潜り抜けた俺は、
この……
……ウィズダム帝国に辿り着いた。
ここには魔法学や機械化工学、あらゆる面において優れた国だ。
戦争による歴史が濃く刻み込まれており、
俺はこの国に来て、あの戦いの意味を知るために来た。
「……とりあえず、進むか」
呟く俺に後ろから騒音なる足音が聞こえる。
振り向けば帝国の騎馬隊らしき軍勢が俺の横を通り過ぎていく。
その中にただ1人だけが存在感が違った。
太陽の光に等しい輝きを持つ金髪は腰まで届き、後ろに一本の束を結い、刃のように鋭い藍色の瞳をした少女が鎧のドレスを纏い、その美貌の容姿は誰もが振り向くほどの絶世な雰囲気を漂わせていた。
彼女はこの国の第二皇女殿下であるトューナ・マルセイユと呼ばれる姫君。帝国において最強の剣士に称される名君……『帝国七剣聖』の1人にしてあの美貌だ。性格柄も良いことから国民からも絶大なる人気を誇る女性。
その彼女が今、俺の横を通り過ぎるのである。
「きゃー! トューナ様ぁ」「姫!」「皇女殿下様!」
と騒がしくもお祭り的な雰囲気で、和む。
これもトューナ皇女の人望があってのことであろう。
「……楽しそうだな」
小さくそう呟いた次の瞬間、少女に降りかかる銃声が俺の耳元に響いた。
それがどういう意味なのかあまり知らないが、何でもこの帝国によって滅ぼされた国が植民地として扱われ反乱が多いと言われていた。
たぶん、王族でもあった彼女が狙われた理由も植民地で酷い扱いを受けたから、ああやって反乱するしかなかったんだろうな、と俺は思った。
きっと今の銃声はその滅ぼされた国による賊軍の仕業だろう。
銃弾は彼女を囲う兵士が銃声の音とその戦場で繰り広げた反射神経が動き、
盾を姫の前に身を構え、銃撃を防ぐ。
「姫を守れ! 精鋭は卍ノ陣を敷き、兵は賊軍をひっ捕らえよ!」
指揮官と思える人物が馬に跨りながら手にした剣を振るう。
兵……騎馬1つに男女で1組で乗馬し、駆け抜ける姿が見られる。
この世界は、魔力尊女卑男で魔力源とする力が言葉通り女性は大魔力を持ち、男性は微弱な力しか持たない。
しかし、男性には男にしか持たない『属性』を女性に援助することで、より大魔法を放つことができる『融合魔法陣<ユニゾン>』が今現在、この世界において基本的な戦術となっている。
先ほどの騎馬隊は各々が持つ剣や槍を振るい、女性は先陣切って走り抜け、
後方からサポートする男性の属性付与により、彼女らが持つ武器に炎や雷、風などを纏いだすことができるのだ。
「……」
そして、なぜだ。なぜ……
先ほど向かって行ったはずの騎馬隊がいつの間にか俺の周りにいるのだろうか、みんな怒りに満ちた表情をしているし、闘志をむき出しにしている。
「怪しいヤツめ、姫君に銃を構えるとは貴様っ、何者だぁ!」
もしかして、俺の近くにそういうヤツがいるのかな。
と、思って周囲を見渡すが……俺以外誰もいなかった。
というより、勘違いされているような気が……
「あ、あの……俺、姫様に銃を向けた覚えは……」
「何を言う。その怪しい恰好、その腰に携えている刀。そして何よりも手に銃を持っているではないか」
「え……?」
確かにローブを羽織ってはいたが、銃なんて俺使ったことがないぞ。
でも手には何か握られた感触がある。
俺はゆっくりと視線を手元に向けると……
「うそ、だろ……!」
熱を帯びた銃が俺の手の平に握られているじゃないですか。
長旅で疲労感があって誰かに何かされたのかすら感じなかった。
つまり、俺は無罪ではあるが誰かに罪を擦り付けられたということになる。
……
…………
………………
あれ、ちょっとマズくね?
「ひっ捕らえよぉ!!」
「「「おおっ!!」」」
これはヤバい。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい……!
降りかかる刃と矛先。それに加え、俺はただ一本の刀と弾が尽きた拳銃だけ。
「う、うあああっ!?」
俺にできることは、ただ叫ぶだけであった。
その瞬間―――
「―――やめろっ!」
帝国内を響かせるような一喝の声が襲い掛かる兵士たちを抑制した。
しかもその声が聞き慣れているのだから、余計に兵士たちが硬直するのは当然だろう。
声の正体はウィズダム帝国第二皇女殿下であるトューナ・マルセイユ本人だったのだから。
「お前たち、彼は少年だぞ。いきなり彼を犯人扱いするのも愚行に過ぎん。帝国の恥と知れ!」
トューナは兵士たちに道を作らせ、自らはその道を渡り俺のところへとやってくる。
俺から五歩分の距離で馬から降りてこちらに迫ってきた。
「ひ、姫様っ、この者に近づくのは危険でございます!」
司令官の男が前に出てトューナに話しかけるが、対するトューナは鋭利な眼光を男に睨み付けた。その力のこもった瞳は誰もが怯ませるものであった。
「うっ……」
「どんな相手でも、相手にする。それが私の騎士道精神であり、理念でもある。そんな私の掲げる理念をお前は傷付けることになるんだぞっ」
「……!?」
驚愕に等しい表情をする男の姿にトューナは呆れたように息を吐く。
そして、座り込んだ俺の右手に握られた拳銃を取り、銃を色々な角度で見ながら口を開く。
「それに、この少年は犯人ではない。拳銃の持ち手に魔力を感じる。おそらくは空間魔法<スペース>の物理転移による力だろう。これは属性による魔法ではないし、男にこれほどの魔法を放つとは思えない。犯人は女だ」
「な、なんと……!」
「騎士団長たるお前がこの分じゃあ心配だな。こんなの一目見れば分かるぞ」
「……ひ、姫様は特別なのですよっ。普通は魔力を認識するには鑑識魔法<オブサーブ>が必要なのですからっ」
魔法にはいくつか魔力を行使することで、空間魔法・鑑識魔法・領域魔法など魔力の質によって決まり、それに属性が付与されることによって様々な魔法を使うことができるのだが……彼女はどうやらその鑑識魔法を使わずして認識したのだ。
騎士団長の男は気難しそうな表情になりつつ、
トューナから一歩下がって敬礼し、軍隊をまとめて並列させる。
「……済まなかったな、少年。見たところ同年代に見えるところから君はクレッセント学園に入学するしに来たのだな」
「え、ちが……」
「私はそこの2年生でな。学校で会ったら挨拶ぐらいはしてくれよ」
一笑に付すトューナの表情に呆気に取られ、俺は口をパクパクと動かす。
だが、このときに思い出したのだが、今の時期は入学シーズンなのだ。
たぶん皇女殿下は俺をその学校に入学する生徒だと勘違いしてしまったのだろう。
トューナは馬に跨り、俺に背を向けると再びこちらに振り返ってきた。
「そうだ。お詫びに入学試験の内容を教えてやろう。試験内容は男女のペアを決めてからのサバイバルバトルだそうだ。試験官が君たちの動きを観察し、判定する。そしてクラスが決められるわけだが、私も立会いするからまた会えるだろう」
楽しみにしているぞ、の言葉を最後にトューナたちが率いる軍勢が城へと向かっていく。俺はただ唖然としか見てられなかったが、どうにも釈然としない。
学園になんて入る気がないのに、なんかもう入学する予定のあるヤツに見られているじゃん。しかも皇女殿下にもう入学することを前提に話しているし……
……困った。