Case.2:先達はかく語りき
「リヴさま!」
救いの神をみつけたかのような顔で、小柄な少年が駆けてくる。複雑に結われた緑青色の長髪が、細い背中に踊っていた。
「イカれ猫――じゃない、ユ=イヲンをなんとかしてください」
浅緑の瞳に涙を湛え、普段のクールさをかなぐり捨てて詰め寄ってくるフヒトは、最近のユイのお気に入りだ。格好のオモチャ、とも言う。
「……どうした?」
「もう限界です! なんなんですか、あのひと。意味わからないし、つきまとってくるし、意味わからないし、言葉通じないし、意味わからないし」
「あれの意味がわからないのは、俺もおなじだが」
えぐえぐとしゃくりあげる後輩は、よほど参っているらしい。常は落ち着いていて、物静かなタイプなのだが。図書室にこもりきりで、延々と書を読んでいることも多い。
「いもうと、が」
「妹?」
「はい。来年、入学してくるんですけど」
「中等部生か」
「ユ=イヲンに、なついてる、らしくて」
それはまた、とリヴは眉を寄せる。嫌な予感しかしない。
「……つまり、身内を懐柔され、盾に取られていると」
「もう嫌です。あのひと滅茶苦茶すぎて、僕の理解をこえてるんです。地味に要求のハードルが上がっていくのがこわくてこわくて」
ガタガタと震える後輩は哀れだが、救ってやれる術はない。
「あれに目をつけられた段階で手遅れだ。……あきらめろ」
「そんな」
フヒトは、目を見開いてかたまる。
少女のような顔が、絶望に染まるさまは、ある種の背徳感を漂わせた。
「なんで僕なんですか。監査議員だから? [史記]だから? あのひと、地位にもチカラにも興味なんてないでしょう。なんで僕に執着するんです!?」
「さあな」
リヴは、しばし目を閉じて、思考を巡らす。
理由はわからないが、きっかけならばわかる。おそらく、だが。
「――俺に近いからだろう」
あのどうしようもない愉快犯のなかで、己が特別に位置づけられていることは、知っている。
見下ろした窓の外、紫黒の瞳と、眼があったような気がした。