最後の休日・三
リューネブルク市防衛戦前夜・スラム街・銀の雀亭前・夕方―――
「そしてなぜか突然、機嫌を悪くしたテレーゼと剣の稽古をする羽目になったと……」
「はい、あの回し蹴りを躱せていれば、引き分けではなく勝ちだったのですが……私は未熟者です」
「それよりも、なぜそうなったことの方が私は知りたいな」
決戦前の夕方、右肩をさすりながら、仕事を終えて銀の雀亭に駆け付けたリヒテルを前にヴァンが愚痴る。
ただ、その愚痴は状況を知る者からするとあまりにも不可解なことでもあり、両脚義足、右腕が義腕のリヒテルの補佐として帯同しているイグナーツに多大なストレスを与えた。
彼は癖になりつつあるのだが、頭を抱え、リヒテルと同じ金色の髪をかきむしった。
「いったい、あのお嬢様は何をしているのだ……あれだけ、あれだけ昨晩、指導したと言うのに」
「やはりイグナーツ殿、貴方が余計なことを吹き込んだのですね」
最期の決戦を前に、明日死ぬかもしれない……そう言った場合、イグナーツはどうも恋愛を重視するようで、つまりは幼馴染であり、主従といったあやふやな関係であるヴァンとテレーゼを言うなればくっつけようとしたのであった。
しかしそれは失敗した。
原因はヴァンの鈍感さと恋愛に対する興味の無さ、そしてテレーゼお嬢様の無能故である。
無論、当人、少なくともヴァンにしてみれば余計なお節介以外の何物でもなかったのだが。
「あらあら……愉しいことをしているようね、お婆さんも混ぜてくれる」
「ヨーゼフ大司教……お体は大丈夫ですか?」
そして四人、否、五人目の登場人物が現れる。神官軍の長、ヨーゼフ大司教と、彼女を補佐する副官の連隊長である。
男の名を持つこの老司教は先の大戦での消耗が激しく、ほとんど寝たきりとなっていたが、最後の休日を前に体に鞭打ち……と言うよりも愉しいことを探しに外へ出たと言える。
つまりはタフなのだ、彼女は絶望の末に無気力になることはなく、最後の瞬間までその茶目っ気を残しているのだろう。
「体は大丈夫よ、寝てても明日には死ぬかもしれないのだから、休んでいても仕方がないわ」
「その発言は……明日、死地に赴く将兵の前で言うべきではない」
「勿論冗談よ、何、イグナーツ、なんでそんなに余裕がないのよ……それよりもそう、ヴァンとテレーゼがどうなるかの方が心配ね。私に任せなさい」
「また、余計なことをする人間が……少し、放っておいてくれませんか」
ヴァンは現れた老司教を恨みがましく睨みつける。
イグナーツはそれが独りよがりとは言え、あくまでヴァンを助けようとしているのだが、愉しそうな表情から、明らかにヨーゼフ大司教は単に人の恋愛を面白がっているだけである。
性質が悪すぎる。これはもう朴念仁なヴァンにとっては攻撃も同じだ。防衛しなければならない。
単純に払いのけても諦める相手ではない、ならば搦め手から攻める。
これは軍事演習だ。剣ではなく言葉で戦う戦闘……真面目過ぎるヴァンはそう思わなければこのくだらない事柄に向き合う気力が湧かなかった。
「まずは……」
「それよりもヨーゼフ大司教、貴方に恋愛に関する知識や経験があるとはとても思えないのですが……」
「あら、半世紀以上も男達を魅了し続けてきた私にその発言は無知すぎるのではないかしら」
「ですが貴方は独身でしょう」
明らかに偏見混じりな発言をヴァンは発した。
瞬間、受け止めた大司教はこめかみに青筋を立て、それに気づいた副官とイグナーツが恐怖の余り、背筋をピンとそらしたが、ヴァンは相手が激怒したことは理解しても、なぜ、激怒したのか分からなかった。
故に対処の仕様がない。自分が槍衾の前に立っていることもイマイチ把握していなかった。
「目が空き切っていない子羊を蹂躙するのは心が痛むのだけど……貴方がそういう態度でいるのならばこちらはそれ相応の対応をしましょうか」
「……?」
「……無知とは罪ね」
「まったくです。大司教様は十年前のスヴァルトの侵略以降、種々の有力者の支援を……」
「それは恋愛と関係ないのでは……」
「少し黙りなさい、アロイス」
しかし、何やら雲行きが変わってきた。どうもこの副官はこういったことに不得手なようで、だが副官としての矜持か、上官を援護すべく口を挟んだ。
逆に足を引っ張ると言う結果をもたらす可能性を考慮しないままに。
「はっ、すみません……ですがこの子供があまりにも不敬でありまして、大司教様はえっと……モテモテでありました。五十歳を超えたあたりから……」
「つまり五十歳前はモテなかった、と」
「いや、確かに大司教様は理想が高く、いや、お高くとまって、いやいやそうではなく……」
そしてヴァンに向くはずだったヨーゼフ大司教の怒りがそのまま副官に行く。
副官の敗因は自分がまったく得意ではない場所ででしゃばって行動したことにある。結果は大惨敗であった。
「アロイス……ダンスは好きかしら」
「はっ、申し訳ありません大司教様」
「別に謝って欲しい訳ではないのよ、ただ貴方には踊って欲しいだけ。私が楽器を奏でるから、貴方は踊りなさい」
「ど、どのくらいの時間を……」
戦々恐々として、まるで母親に虐待される幼子のように震えながら直立する彼女の副官、アロイス・クラルヴァイン。
折檻を待つ健気な態度を見る者の同情を誘うが、残念なことにその仕打ちをする者には欠片程の慈悲もなかった。
「今から……明日の一時課(午前六時)までかしらね」
「は、半日ですか、それはあんまりにも、明日はスヴァルト、いえ法国軍との決戦ですし、私もやるべきことが……」
「楽器を奏でる私の指が疲れるか、踊る貴方の体が動かなくなるか、どちらが先かしら?」
ネチネチと自身に忠実な副官をいたぶる様はヨーゼフ大司教の陰険な本性がはっきりと見えていた。
ただ当の二人は本気かもしれないが、周りからすればあきれ果てる光景でもある。
特にイグナーツ。
本来ならばスヴァルトの弾圧を受け、そういった理不尽な事柄に耐性があるはずのイグナーツがヒステリックな唸り声を漏らすと荒々しい足取りで店の中に入っていく。
「どこに行くのですか、イグナーツ殿。せっかく店先に席を作ったのに……わざわざ狭い店の中に入る必要はないですよ」
「少しツマミを作ってきます」
中ではアマーリアが増えていく人数に合わせて調理を続けていた。司教府での奴隷であった彼女の料理は恐らく水準以上。
味覚に障害のあるヴァンは評価を下せないが、リヒテルはともかく、マリーシアやヨーゼフ大司教が文句をつけていない所からそれが分かる。
そして何より、ある種のプロフェショナルであるヴァンは業種が違えど、他人の職場に勝手に入り込む人間を好まない。
戦士であるイグナーツなど、しょせんは素人。日常的に家事を行っている彼女には適わない。
「それでしたら、アマーリアが何か作っているようでしたよ。人の仕事場に勝手に入っては邪魔になるだけです」
「あの女に何ができるのです。事、料理に関しては私の方が上です」
「そうなのですか?」
「言いませんでしたか……私達がライプチィヒで会食を行った時、料理は全て私が作っていたのですよ」
「えっ……あれをですか」
イグナーツがバルムンクに懐疑的だった頃、ヴァンやテレーゼと会食を行った時の料理は豪勢かつ手の込んだものだった。
味覚がマヒしているヴァン、辛い物にしか興味を持たないテレーゼの両名では残念ながら正しい判定は下せなかったとはいえ、その豪華さは最期の晩餐を暗示させるほどであった。
しかしまさかその料理をファーヴニル頭領、つまりは盗賊団の親分が作っていたとは……他人の組織の事はとやかく言いたくはないのだが、ヴァンには、はっきり言って驚きであった。
「りょ、料理が趣味なのですか……」
「趣味ではないですが、炊事洗濯、繕い物など、なんでもできます。自慢ではありませんが、先の戦いの時の我が軍の兵士が着ていた防寒具、その何着かは私のお手製です」
自慢でない、と謙虚なことを言いつつも、誇らしげにのたまうイグナーツ、一瞬、ヴァンはならば良し、と納得しかけたが、料理が出来るならばそれは別な意味でアマーリアと一悶着起こすこととなる。
自分の部屋を土足で踏み荒らされて嬉しい者などいない。
故にヴァンは力づくでもイグナーツを行かせまい、としたが、それを止めようとする人物が現れる。
ヴァンにとって育ての親と言うべき、リヒテルであった。
「行かせてやれ……それで何か問題が起こっても誰かが死ぬわけではない」
「しかし、リヒテル様……」
「ヴァン、長の命令は絶対ですよ、では行ってきます」
「あ、ちょっと……イグナーツ殿!!」
捕えられないよう、早足で厨房に向かうイグナーツと、茫然と虚空に手を伸ばしたままのヴァン、滑稽な光景であった。
しばし時が経ち、我に返ったヴァンがリヒテルに向き直る。
「戦場から帰った辺りからお変わりになったようで……」
声に幾分、非難めいた物が混じっていた。
「そうだな、悪い方に変ったな。こんな日常が続いた可能性もあったのかもしれないと、益体もない事を考えていた」
「その言い方はいささか卑怯ですね、私達はそれを自ら壊して戦争を起こしたと言うのに……」
「そうだ、自分自身で決めた。そして結果がこの体たらくだ」
そう言ってリヒテルが酒を口にする。
ヴァンは目を見張った。リヒテルが酒など、意識を混濁させて愉しむ物を用いるなど、拾われてからの十年、見たことがなかった。
そう、明らかにリヒテルは弱くなっていたのだ。
あるいは……だからこそ、誰かに助けを求められたのかもしれない。
全て、自らの手で行ってきた孤独な独裁者はそこにはいなかった。
「少し、中の様子を見てきます」
「そうか……テレーゼによろしくな」
リヒテルが杯を振る。わざわざ店内に席を作ったもう一つの理由、リヒテルはもう義妹であるテレーゼとは職務以外では会えない。
組織のため、テレーゼの母親を殺したのだ。
その事実はもう取り返しがつかない。
変わったとしても、取り返しがつかないことはあるのだ。
*****
リューネブルク市防衛戦前夜・スラム街・銀の雀亭店内・夜―――
「どこまでも忌々しい放火魔ですね」
「ふん、負け惜しみは見苦しいな、アマーリア」
ヴァンの予想通り、厨房では一悶着が起きていた。
そろそろ料理の仕上げを行おうとしていたところ、イグナーツが現れ、厨房を貸せと脅しをかけてきたのだ。
無論、アマーリアは激怒し、自らの職場を守るべく、断固とした抗議を行ったのだが、一般人の範疇を超えていない彼女はとかく暴力に弱い。
イグナーツに、空中で野菜のみじん切りを披露されては引き下がらざるをえなかった。
彼が何を考えてそんな大道芸を披露したのかは不明だが、少なくともアマーリア相手には脅しとして機能したのだった。
「ついでにのぼせたリーリエ嬢の介護食も作りましょうか。しかし、良かった」
「……何がです?」
「テレーゼのお嬢様が、です。落ち込んでいるとばかり思っていましたが、甲斐甲斐しく自らの部下を看護する様を見て安心しました。もう立ち直ったのですね」
「はい……?」
野菜の次に肉を切り始めながら厨房を占拠してご満悦なイグナーツ、しかし彼が洩らした一言を聞き、アマーリアが不快そうな顔をする。
要約すれば、お前は何を言っているんだ?……である。
「あれで立ち直っている……貴方の目は節穴ですか」
「えっ、何、違うのですか?」
途端に狼狽えるイグナーツ、彼が振り落した包丁が彼の指のすぐ近くに着陸する。
「底辺の底辺まで落ち込んでいますね」
「しかし傍目には……」
「テレーゼさんみたいなタイプは表面に出ないのですよ、でも心は上の空だからミスを連発する。さっきなんてのぼせたリーリエになぜか包帯をしようとしてましたよ。しかもユルユル……」
「……」
イグナーツが今度こそ沈黙する。
実の所、彼の恋愛云々はしょせん空回りしただけの事であり、彼本人の経験など、ヴァンやテレーゼよりマシ、程度の物でしかない。
口先だけの張り子のトラとはまさにこのことだ。
「あれは、明日の戦闘中に凡ミスを犯してすぐに死にま……それはマズイですね。それはマズイ……テレーゼさんが死ぬとヴァンさんが敵討と称して後追いしかねない、ああ、本当に面倒くさい女……なんで好きなら好きと素直に言えないかなぁ!!」
色々な意味で自分を棚に上げたアマーリアが絶叫する。
周りがまったく役に立たない以上、彼女が動くしかない、そう、恋敵というべき彼女が動くしかないのである。
その理不尽さ訳と分からならさに辟易しつつもそれでも動くのは打算故か、あるいは本来の優しい性格からか。
バルムンクが崩壊間近であり、混血として出自を責められない以上、彼女は自由だった。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
弱い人間には強くなるアマーリアの態度にやや腹立しさを感じつつも、自分が悪いと分かっているだけに何も言い返せないイグナーツ。
彼は大人だ、ただ思い込みが激しい欠点はあるが、大人なのだ。
みっともない真似はできない。
「今回は私の負けですね、まあ、たまにはあの狂女の好きなようにさせてあげますか」
一人、誰も聞いていないのに捨て台詞を放つイグナーツ、去りゆくアマーリアの背中を見つつ、はたと重要なことに気付いた。
ぐつぐつと煮込まれたスープ、味付けのための塩、瓶一本分、丸ごと入れてしまった。
これはもう食べられない……イグナーツはガックリと床にへたり込んだ。
*****
リューネブルク市防衛戦前夜・スラム街・銀の雀亭店内・夜―――
とは言うものの、テレーゼを慰めてヴァンとくっついてしまっては、アマーリアはただの、いい人、に成り果ててしまう。
それは彼女の本意ではなかった。
あくまで、明日の戦闘でヴァンの足を引っ張らない程度で立ち直る。
できることならばそこで幼馴染、あるいはヴァンの主人、リヒテルの義妹のポジションで満足してくれればこの上ないが、そこまで望むのはさすがに贅沢というものだった。
「よし、笑顔です、笑顔……あはは」
心の内を全て隠し、極上の笑顔を作る。あくまで自分は貴方のために尽くしたいと言う姿勢を崩さず、相手を懐柔する。
ちなみにその方法をスヴァルトの騎士に試したところ、かの騎士は彼女の意図に気付き、腕を折ると言う方法でそれに報いた。
つまりは大失敗に終わった訳だが、その後にヴァンと出会ったことでなぜかある程度は成功したと記憶されている。
作り笑顔とヴァンに会ったことは何の関係性もないのだが、彼女は物事を客観的に見れないことがままある。
「大丈夫、大丈夫……ヴァンさんやリヒテルのゴミと違ってテレーゼさんはこういう駆け引きには長けていない」
恐る恐るリーリエの看護するテレーゼの後ろに近づく。
驚いたことに彼女はまだ包帯を巻いていた。お湯でのぼせた人間の治療としては根本的に間違っている。
もしかするとテレーゼは件の幼女を梱包して配送したいのかもしれない。
彼女は武人、荒事が多い故に怪我の治療には心得があるはず、やはりヴァンとの事が余程、堪えたのか……どちらにしろ、やりやすくなったことは確かだ。
「テレーゼさん」
内心、ほくそ笑み、アマーリアがテレーゼに声をかける。振り向くテレーゼ、しかしその顔は白けきっていた。
「なんですの……裏切り者」
「うっ……」
アマーリアが凍り付く、既に彼女の意図は見抜かれていた。
テレーゼの顔には、腕を折られたのに懲りないですわね、と書いてあるようだった。
無論、テレーゼはアマーリアとヴァンの出会いなど知らない、これはただの被害妄想であった。
「私、頭は悪いですけど耳はいいの、ヴァンが気付かない範囲で様子を伺うことぐらいはできますのよ」
「……」
「約束は破るためにある……でしたかしら?」
「あ、それは……」
何か言い訳をアマーリアがひねり出すよりもテレーゼの動きが早かった。
まるで怯える兎に飛びかかる狼のように俊敏な動作、背中に回り込んでアマーリアの両手両脚の関節を極める。
「ヴォルテール家に伝統の関節固め……ですわ!!」
「痛い痛い痛い……あはは、あはは、痛いです!!」
激痛がアマーリアの体を包む。思慮の足りない裏切り者は当然の報いを受けた。
ちなみにヴォルテールの家名は神官である父、ベルンハルト枢機卿の物であり、彼の嫁となった母アーデルハイド、つまりは荒事専門のファーヴニルの家名とは別物である。
ヴォルテールの名を科した武芸の伝統は約十八年である。
「そうやって……痛い痛い、暴力に頼るからなんでも、うまくいかないんじゃあ」
「む、それは確かに……」
これ以上は本当に怪我をさせる。そのギリギリのラインでテレーゼはアマーリアを放した。
そこら辺は心得たもの、アマーリアは気絶寸前で、息も絶え絶えとなった。
「い、痛い……休戦、一時休戦しましょう。今回、私は引きます」
「信用できません……貴方、また約束を破ってヴァンとみ、みだらなことをするつもりでしょう」
「みだらって……それはなんですか?」
「それは……キ、いえ、なんでもありませんわ」
喉元まででかかった言葉を飲み込み、テレーゼが顔を赤らめる。
その純情とも臆病とも見える引け目をアマーリアが目ざとく見つける。勿論、容赦なくその弱点を突いた。
「三人で一緒に寝ましょう。同じ場所にいるのですから、抜け駆けも何もできません、これで今回は手打ちということで……」
「はぁ……!?」
暴力に屈したアマーリアがなんとかこの場を収めようとする。両者が利益を得るその意見は双方の歓迎を受けるはずだった。
しかしアマーリアはテレーゼの純情ぶりを見誤っていた。
羞恥の余り、テレーゼの顔が燃え上がるように赤面する。
「そのようなふしだらな真似はできません!!」
「でしたら、不参加ということでいいですね、でしたら私が二人っきりで寝ますので、別に他は何もしませんよ、今回はここであきらめます」
「そ、そのようなことも許しません!!」
じゃあ、どうしろと……呆れたようにアマーリアが白い眼を向ける。
しばし考え、譲歩案を考え出した彼女はもしかすると、お人好しかもしれない。
「でしたら酒場の床で毛布にくるまって寝ましょう。神官軍は野営で使う奴があったはずですから……」
「リーリエから目を離したくないので場所はここで、それで手を打ちましょう!!」
何が基準かは分からないが、テレーゼが納得したのでアマーリアはそれでよしとした。
数分後、様子を見に来たヴァンがその内容を聞かされ、大量の疑問符を頭に抱えたが、抵抗する意味も必要もないので素直に従った。
その夜、いかに冬の十二月、身を切る冷たい夜だとしても三人で固まって寝ては、暑苦しい、の一言であった。
少なくともテレーゼ、アマーリアに両側を挟まれたヴァンはそう思った。
しかしその夜はよく眠れたのだ。リヒテルに拾われてからの十年、久しく味わっていなかった深い深い眠り。
暗殺を警戒することも、非常招集に備えることもない、そこにはただ、温もりだけがあった。
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???―――
「バルムンクの勝利の条件、それは法王シュタイナーとコンタクトを取り、簒奪者グスタフを反逆の罪で捕えること。グスタフが指揮する法王軍は国に忠誠を誓っているのであって、グスタフ個人に忠誠を誓っている訳ではない。そしてグスタフの罪が暴露されて法王軍が撤退すればこの戦争は終わり……まっ、そんなことだろう」
「……始祖シグルズよ」
「神に祈るんじゃない、俺に傅け!!」
彼が軽く蹴ると、その神官は小石のように天幕に叩き付けられた。
神官の名はシュタイナー、法王シュタイナー三世である。
アンゼルムの決死の行動でその束縛から解放された彼は今、再び彼の手中に戻った。
「再度、首都に護送しますか?」
「馬鹿を言え、また奪い返されたらどうする、リヒテルのために命を捨てられる奴がまだ生き残っている以上、外には出せない……こいつは俺の目の届くところに置いておく」
「かしこまりました」
これでバルムンクの勝利はなくなった。そしてそれはグスタフに科せられた時間制限の消失をも意味していた。
運命の女神がバルムンクを、ヴァンやリヒテル達を完全に見限ったのだ。
「潰したぜ、勝利の可能性を……さあ、始めよう、時間制限なしのデス・ゲームだ。十年前のようにな!!」
次回、最後の戦い開始です。




