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深霧のザーイエッツ  作者: 山崎 樹
第七章 強く儚きもの
86/121

いまさら自分の生きざまに後悔したか

北部戦線・ファーヴニル軍本陣・マリーシア、ブリギッテ、アンゼルム部隊1200対貴族連合軍9,800―――


「姉御、クロス・ボウの矢が尽きました。このままだと一方的に射られます!!」

「だったら、構えるだけでいい、威嚇ぐらいにはなるだろうさ」

「敵が九割、地面が一割。いや、敵が十割だ、地面なんて見えねえよ!!」

「泣き言は聞きたくないね、いつもの馬鹿力はどうした、夜まで持たせな」


 貴族連合軍の侵攻を食い止めるためにリヒテル救済とは別に、ファーヴニル軍本陣に残った傭兵隊長マリーシアらは果敢に迎撃し、貴族連合軍の出鼻をくじいてきた。

 だがその抵抗も終わりが近づいて来る。

 業を煮やした貴族連合軍は残存の予備兵力を全て投入し、兵力に物を言わせた強硬突破を敢行したのだ。

 友軍を、否、他家の名も知らぬ兵士などどうなっても構わない、犠牲を問わずに攻勢をかける彼らの前についにファーヴニルらは限界を迎えたのだ。

 矢が無い、剣や槍は血でその刃を曇らせ、それ以前に濃い疲労が体の隅まで広がっていた。


「この、絶望……酒場のツケがあの冷徹極まりないリヒテルに債権流れした時以来だ」

「ほら、見ろ、ブリギッテの嬢ちゃんはまだ冗談が言えるくらいに余裕があるじゃないか、お前らもまだ頑張れ」

「……姉御」


 蒼白な顔でブツブツと繰り言を呟き、それでもなお必死に指揮を続けるブリギッテ竜司祭長。

 それに元気づけられ、事実上、総指揮官として行動するマリーシア、だが彼女とて分かっていた。もう限界だと……。


「なんだ……つまらないことは聞きたくないよ」

「アンゼルムの野郎がおちますぜ」

「何、あいつは不死、なんとかって化け物になったんだろう、それがどうして……」

「それが慢心となった。何十、あるいは何百人と群がられて縄をかけられて身動きがは取れなくなって……前に出過ぎたんだ、そしてアンゼルムの野郎がやられれば奴らはもう恐れる物は何もない」


 不死兵アンゼルム、死術の力で人ではなくなった彼は実の所、その人間離れした膂力でもって先陣を切り、ファーヴニル軍の支えとなっていた。

 彼の存在は代替えが効かない、戦闘不能となればその損害を補填できないのだ。


「アンゼルム如きがやられたぐらいで……あたし等は舐められたものだね」

「貴族連合軍がそう思うだけです、姉御がどうこうではないですぜ」

「……」


 マリーシアが舌打ちする、何か悪態を吐こうとして、そしてはたと自分の唇が震えていることに気付いた。

 恐怖している、もうどうにもならない、確実な死が目の前で口を大きく開けていた。それを自分自身が一番理解していた。部下に言われるまでもなく。


「畜生が……夜まで持たなかったか!!」

「夜になっても包囲されてしまえば脱出はできませんぜ……姉御、決断してください」


 マリーシアは手下の懇願を無下にはできなかった。、そして何よりも自身の震えを抑えられなくなったのだ。

 腹立ちまぎれに其処らの石を蹴り飛ばすと、大声で旗下の兵に命令する。


「生き残っている者は武器を取れ、本陣を放棄する、ブライテンフェルト草原を脱出するぞ!!」


 バルムンク直轄軍総司令部に続き、左翼のファーヴニル軍本陣も陥落した。バルムンク連合軍はこれで両腕を失った。


(悪いな、エルンストの爺さん、あたし等はここまでだ……)


 マリーシアが無念やるかたない視線で背後を見る。

 その向こうにはエルンスト老率いるリヒテル救援に向かったファーヴニル軍の分隊がいるはずだ、だがマリーシアの目に映ったのは赤地に黒十字の旗。

 いつの間にか、貴族連合軍は戦線を突破し、本陣の背後に回っていた。ファーヴニル軍を包囲されていたのだ。


*****

 

中央戦線・死術士ヴァン率いるロスヴァイセ連合軍対騎士セルゲイ率いる法王軍騎兵大隊―――


 そして屍の兵が持つ死の刃が包囲された二人に振るわれる。

 仇敵たるセルゲイ、そして味方であるはずのヴァンにも……ヴァンは初めから生きて帰る気などなかった。

 テレーゼの好意は嬉しかった。再び触れ合いたいとも思った。だが彼が結局選んだのは敵との相討ち、そう、ヴァンが選んだのは死ぬことだった。

 自分自身を囮にして、敵の指揮官を道連れに串刺しにする。

 だが神はその死を賭した覚悟すら平然と踏みにじる。そう、ヴァンの覚悟は結局の所、無駄に終わった。


「……ご苦労」

「な、なんで……」


 絶望を示す低い声がヴァンの口から弱々しく漏れる。相討ちのはずだった。

 セルゲイの配下は奴隷とされたアールヴ人兵士、ヴァンの配下は死術で脅迫されたファーヴニル。

 すなわち、両軍の兵は強制的に戦わされている兵士のはずである、故に両指揮官の死亡でもって旗下の兵士は戦いを止める。

 左手でサーベルを抜き、向かってきた槍の半数を叩き落としたセルゲイ、しかし残りの半数は迎撃できなかった。ならば半数の十数本はその体を、ヴァンの身体ごと貫くはずだった。

 そのはずだった。


「……結婚式に参加できなくなったな」

「……」

「そうか、すまない」


 セルゲイの横に飛び込み、彼が受けるはずだった十数本の槍、それを代わりに受けた騎兵がセルゲイの耳元で何かを呟き、そしてどっと斃れる。 

 侵略者たるスヴァルト人の騎士、セルゲイ、それを弾圧されていたはずのアールヴ人の兵士が庇ったのだ。それをヴァン、セルゲイの両者が驚愕する。

 だが少なくともセルゲイはその驚愕を敵対者に見せない程度の器量は合った。彼がやったことはヴァンが倒れ、それでもって自由になった槍を突きつけることであった。


「最期に言っておきたいことはあるか?」

「何も、ない……」


 ヴァンは一言しゃべることに生命が一欠けらずつ体から抜けていくのを感じていた。セルゲイを確実に仕留めるために用意した多すぎる程の槍先、それはヴァンをも傷つけていた。

 セルゲイが半分程叩き落としたせいか、奇跡的にも急所は外れている。だが体の各所がえぐられ、貫かれ、そこからゆっくりと服が朱く染まる。

 そして相討ちを狙ったセルゲイは無事だ、それは単に指揮官が無事だと言う意味ばかりではない、部下が庇ったから助かった。

 そう、兵士が進んでその命を捧げる指揮官に死術を用いて脅迫した兵士で勝てるはずがないのだ。

 事実、周囲のファーヴニルは指揮官であるヴァンの窮地に際し、ただ困惑した表情を見せるのみ、助けようという態度は皆無であった。


「これが、私の限界……もうどうにもならない、私は義務を果たせなかった、安らかには眠れない……」

「限界か、なるほど限界だろうな、周りがこんな者達では……」


 勝利の瞬間、だがどこか吐き捨てるようにセルゲイが呟く、まるでここにはいない誰かをののしるような乱暴な口調であった。


「お前は自分の姿を鏡で見たことがあるか、まだ元服(十五歳)を迎えたばかりの子供ではないか。そんなお前に全ての責務を押し付け、平然としている、そんな奴らでは戦争に勝てるはずが無かろう」

「……」

「お前は貴族か、違う、お前は混血だ、蔑まれる混血だ。なんの特権もないお前がなぜすべての責務を背負って死なねばならぬ。ならば自分で選んだからか、そうかそれがアールヴ人の言う自由か、ならば私は自由など必要ない。よしんばお前が貴族だとしても、死に物狂いで事を成そうと言う人間を見て見ぬふりする自由など私は必要ない」


 

 セルゲイの声が辺りに響く、その瞬間、周囲の空気が震えた。兵士達が一斉に息を飲んだのである。


「さらばだ、ヴァシーリー、最期の審判の時にまた会おう」


 セルゲイが槍を突きだす、数多の死線を潜り抜けた騎士が振るう正確無比な突きは例え片手であっても一撃で急所を貫く。

 だがその致命打が横合いから伸びた槍によって弾かれた。


「……!!」


 それを放ったのは名も無きファーヴニル、先ほどまで、ヴァンの危機に茫然と立ち尽くしていた一人の男であった。


「今更、自分の生きざまに後悔したか……?」

「……」

「だがもう遅い!!」


 セルゲイが槍を持つ右手はそのままに、左手で持つサーベルで件のファーヴニルの首を一息で跳ねた。

 実力が違い過ぎる、騎乗したセルゲイと五分で戦えるには恐らくテレーゼ以上の実力が必要だ。


「セルゲイ様……!!」


 しかしその一撃を計っていたかのようにセルゲイの背後から槍が迫る、セルゲイの槍と剣は別々の相手を狙っている、反応出来ない。

 その一撃はしかし、後続のセルゲイ旗下の騎兵が弾き飛ばした。


「む……」


 気づけば空気が一変していた。そこにはもうなすすべもなく立ち尽くす臆病者たちはいない、自らの責務を放棄し、不平ばかりをこぼしていた者達はいない。

 そこにあるのは闘志、自らを上回る強大な敵に挑む、愚鈍で、そして熱い正義であった。


「初めに言っておこう、お前らに勝機はない、降伏せよ、そこの幼き指揮官を明け渡せ、さすれば寛大な扱いを約束しよう……」

「……」


 返答はない、セルゲイはだがどこかで分かっていた。先ほどとは違う、もはや降伏勧告は無意味だ。


「離脱してください……ここは危険です」

「そうだな、だが急ぐ必要はないぞ、どうせ彼らは不意打ちなどせんよ、それよりも奴の死体を運んでくれ、ここで放置しては戦闘に巻き込まれて粉々になってしまう」

「はっ……」


 下知を受け、騎兵がセルゲイを庇った先ほど件の同胞を運び出す。

それまでと違うのはセルゲイ旗下の騎兵達もであった。

 件の、セルゲイを庇った彼の心意気が乗り移ったかのようにその目には指揮官への敬意と、戦士としての矜持が揺らめいている。

 ゆっくりと槍方陣の中心から外へ、馬を歩ませる彼らに刃を向ける者はいなかった。

 そして彼らは外へ出る。槍方陣に開けられた穴は塞がれ、重傷を負ったヴァンの姿は見えなくなった。


「私はもしかすると、余計なことを言ったかもしれないな」

「いえ、張り合いがなさ過ぎて飽き飽きしていたところです、覚悟を決めた彼ら、戦士の礼にのっとり、蹂躙いたしましょう」

「そうだな……私は幸せだ、尊敬できる部下を持った」


 法王軍騎兵大隊、先の攻撃で損害を受けたが、それでも二百騎以上が戦闘可能だ。対してロスヴァイセ、ファーヴニル軍はそれにやや多い、三百程。

だがその姿は満身創痍、長引く戦いが彼らから力を奪い、何よりわずかでも体力が残る者は逃げ出していた。

 セルゲイが言った通り後悔するには遅すぎたのだ。

 彼らは死を前にして立ち止まった、その結果は変わらない。その敗北は覆せない。だが後に続く者に侠の精神を示すために彼らは立ち上がったのだ。


「前面横隊……!!」


 槍方陣を離脱した法王軍騎兵大隊が横一列に並び、突撃体勢を取る。失われた槍は斃した敵から奪い、斃れた味方より譲り受け、その規格はバラバラだ。

だが体力は残存、その負傷は軽微、そして戦意は天高く昇りつめる。


「敵は既に満身創痍、法王軍の誇りにかけて、我らに仇なす賊を殲滅せよ!!」


 ファーヴニルらが掲げる槍は弱々しく、並ぶ戦列は乱れに乱れ、目にしたものが軍人ならば嘲笑を免れないであろう、だがそれは脆弱ながら人の壁、人が手を取りあった小さくとも大きな壁であった。


「突撃!!」


 その壁に騎兵が突撃する。それは約束された勝利、そして、定められた敗北であった。

 崩壊しつつある槍方陣を薙ぎ倒し、騎兵の槍がファーヴニルらを貫く……。


*****

 

中央戦線・リヒテル対グスタフ―――


 決闘は続く、だがグスタフはそれと並行し、戦場の空気を感じ取っていた。鳥のような羽があるわけではない、神々の力があるわけでもない、だが分かるのだ。

 北部のファーヴニル軍、南部の黒旗軍、そして中央のバルムンク直轄軍、バルムンク連合の三軍が断末魔をあげて崩壊していく様を……。

 事実その時、バルムンク連合軍は各所で戦線が崩壊し、ウラジミール公国軍の軍勢が雪崩のように彼らを飲み込んでいた。


「終わりたくはないがな、もう時間がない。感じるぞ、バルムンク連合軍が各所で崩壊していく様を……」

「……」


 リヒテルとグスタフ、その最期の激突は、しかし実力は拮抗していても、残された体力が残酷に勝敗を導き出す。

 グスタフも消耗してはいたものの、対峙するリヒテルはもはや瀕死、直撃を受ければその一撃はトドメの一撃となるであろう。


「これで終わりだリヒテル。俺の敵、幼馴染、そして俺の親友、次の決闘は来世だ、次もまた俺の勝利だ!!」


 グスタフは叫んだ、自らの覇道を、勝利を唄い、そして思い出と決別する渾身の一撃を放つ、そしてそれは彼の明確なる失点であった。


「間に合ったぞ、リヒテル」

「エルンスト……この老いぼれが!!」



 今まさにその大剣をリヒテルに叩き込もうとした瞬間、右手に深々と矢が突き刺さる。

 背中に突き刺さるは獰猛な殺気、未だかつてないその執念と言うべき気迫にグスタフは己が危機を感じた。

 故に彼は背後に身構えてしまったのだ。十分の一秒に満たないわずかな瞬間、正面のリヒテルから気が逸れる。


「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 リヒテルは動いた。ぶちぶちと体の筋肉が断絶する音がする。心臓が、その酷使に耐え兼ね、その職務を放棄しようとする嘆きが聞こえる。

 だがそれでもリヒテルは動いた、まるで針の穴を通す精密さ、百分の一秒の隙を彼は確かにとらえたのだ。

リヒテルが放つ命を削って放つ風の刃、それは確かにグスタフの右腕を切断した。


「お前の命、貰っていく!!」

「リヒテル!!」


 交わされる視線、一方は死に逝く者、もう一方はその覇道を遮られようとした者。


「あっ……」


 そして各々を助ける者達。

 勝利の女神は公平であった。リヒテルだけを贔屓したりはしない、彼だけに援軍を許したりはしない。

 長引く戦闘、他者の参入を許さぬ決闘、その約定が崩れる。

 最後の力を使い、剣をグスタフの胸に突き刺すリヒテル、しかし彼の背後から現れる影の魔物が現れる、シャルロッテの影の魔物グートルーネであった。


「ご無事ですか、グスタフ様!!」


 何の遠慮も呵責もなく影の怪物がリヒテルの腹に食らいつく。

 そしてリヒテルは壊れた人形のように地面に叩き付けられた、その目がゆっくりと閉じられる。

 固く握られた手から双剣が零れ落ちた。


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