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深霧のザーイエッツ  作者: 山崎 樹
第七章 強く儚きもの
83/121

十年の因縁に今、決着を

南部戦線・法王軍・本陣―――


「良いのですか法王猊下、貴重な騎兵戦力の三分の一をあの憎きウラジミール公救援に向かわせるとは……」

「声が大きい、それと今の私は法王ではなく、法王軍司令官代行だ、スヴァルト人は威信を重視する、おいそれと私を<王>とは呼ぶな」


 リューリク公の一族であるグスタフ司令官、その腹心たる竜司祭長セルゲイが出払った本陣にてリューリク公家の侍従長とさえ呼ばれている被支配者階級の長、法王シュタイナーは深き葛藤の中にあった。

 彼は征服され、奴隷とされたアールヴ人の長であり、本来ならば支配者であるスヴァルト人に忠誠を誓わなければならない立場である。

 だが彼はその絶望的な状況でも長としての責任感を忘れてはいなかった。この十年、少しでもアールヴ人が苦しまないように心を砕いてきた。

 犬のような真似もした、無駄と知りつつも、受理されないことを分かっていながら幾度となく嘆願もしてきた。

 そして今、その努力が報われるか否かの機会が廻ってきたのだ。

 スヴァルトに対する反乱を起こしたリヒテル、彼は血を分けた姉であるアーデルハイドを組織の意見を統一する、たったそれだけのために殺した、アーデルハイドはシュタイナーにとっては旧友、個人的には憎むべき存在だ。感情的にはリヒテルは死んでも悲しい存在ではない。

 だが正直な所、リヒテルの反乱がここまで大規模になり、ウラジミール公率いる大軍勢に耐えきるとはシュタイナーは考えてはいなかった。

 あるいはバルムンクはスヴァルトに対する対抗馬となるかもしれない。

 スヴァルトの苛酷な支配を支えるのは軍事力、その軍事力が対抗馬となったバルムンクに分散された状況ではその支配を緩めざるを得ない。

 完全に主人と奴隷で別れたライプツィヒ市と、ある程度、礼節が保たれていたリューネブルク市、そのスヴァルト人の対応を分けたのは自分達に対抗できる武装組織があったか否かだ、ロスヴァイセは弱く、バルムンクは強かった。

 目前のバルムンクと戦うためには足元の市民を敵に回してはいけない、その認識が例えばセルゲイのような穏健的なスヴァルト人を生み出す。


(バルムンクには生き残って貰わなくてはいけない、この場はずるずると戦闘を引き延ばして終わらせ、しかる後に秘密裡に交渉して講和させる)


 グスタフはシュタイナーの心内を見抜き、故に彼に司令官の地位を与えず、名目上の地位に落とし込んだのだ。

 そしてリヒテル打倒のために自身が前線に出た時に、あえて階級を飛び越して新参のセルゲイに総指揮を任せた、だがセルゲイはその思惑に気付かずにウラジミール公の救援に向かい、この場には法王シュタイナーしかいない。


「騎兵戦力が半減した今、敵の騎兵戦力に対抗するのは難しい、側面を攻められては大きな打撃を受けるだろう、進軍の速度を緩めろ、側面を突かれないように慎重に行軍するのだ」

「しかし攻勢を緩めれば戦力を温存したと非難されてしまいますが……もう二時間ほどで日が暮れます。挽回の機会はありません」

「そう見られないよう軍を動かすのだ、何、私は指揮官として無能だと思われている、なんとでもごまかせる、だがもしも抗弁しきれなかった時は……」


 シュタイナーは沈黙し、その後の言葉を飲み込んだ、彼の喉はカラカラに乾いていた。先ほどの自信がいつの間にかなくなっていたのだ、その理由を目の前の指揮官は読み取り、彼に代わって先を続ける。


「もしもの時は次席である私に責任を擦り付けてください」

「すまない……」

「猊下にはいまだやるべきことがあります、スヴァルト支配に内部から対抗すると言う責務は尊い、それに助力できるのならば私は喜んで死刑台に昇りましょう、妻子の元へ向かいます」


 シュタイナーは自分が他者を犠牲にしなくては生きていけないその無力さに歯噛みする。だが同時に自分にも味方がいるという事実に安堵してもいた。

 混血と言う出自を抱え、他者を警戒し続けなければならないグスタフとは違い、シュタイナーには彼に忠誠を誓ってくれる存在がいる。

 数は多くない、スヴァルトの奴隷と化した彼を蔑む人間の方が圧倒的に多い、そして慕ってくれているが、理解してくれている訳ではない、シュタイナーを理解できるのは立場が近しいグスタフだけだ。

 その孤独は拭えない、だが支持してくれている人間がいる以上、それに応えたいと思うことは確かだ。


(グスタフ、悪いな……個人的に私はお前が嫌いではない、一人の死んだ女のために世界を敵に回せるお前を尊敬する、だが私は王なのだ、リヒテルと同じく、アールヴ人の王なのだ)


 シュタイナーは決断した、迷いながらも決断した、リヒテルが光ならば彼は影、誰からも称えられない王はそれでもやはり王なのだ。

 その決断が戦局を一変させる、法王軍主力が事実上、戦線を離脱した。それは対峙する黒旗軍が自由になったのと同義である。

 平均的な司令官でも法王軍の異常を気づいたであろう、ある程度の時間があれば気付いた。

 だとするならば黒旗軍司令官、ヨーゼフ大司教は気づくのが早かった、それだけで彼女が卓越した司令官であることが証明される。


「全軍、反転……リヒテルの救援に向かいなさい!!」


 法王軍が攻勢を緩めたのを即座に見抜いた彼女は全軍を反転させ、中央戦線に進路を取った。背中から切りかかられるのを覚悟した大回転であった。

 事実、積極的攻勢は控えたとしても、戦力を温存していると思われないくらいには戦う法王軍は黒旗軍の最前線、反転後は最後尾の兵士を蹂躙していった。

 だがそれでも大部分の兵士が法王軍の射程から逃れる、彼らは未だ勝利をあきらめてはいなかった。


*****

 

中央戦線・エルンスト老率いるファーヴニル軍分隊2000対リューリク公家軍8000―――


 ヨーゼフ大司教率いる黒旗軍が大回転の後、中央戦線に歩みを進めた同じころ、彼らに先んじてエルンスト老率いるファーヴニル軍分隊二千がリヒテル救援のために中央戦線に到着した。

 エルベ河に沿って進軍し、敵リューリク公家軍の側面を狙う、だがやはりと言うか、その意図は気づかれていた。


「損害を恐れるな、リヒテルを救援しろ!!」

「敵は少数、包囲して殲滅しろ、グスタフ卿率いる法王軍に後れを取るな!!」


 ファーヴニル軍分隊の四倍の兵力を誇るリューリク公家軍は即座に迎撃体勢を整えた。

 ウラジミール公救援のために主力たる騎兵戦力の大半を欠いた状況だったが、それでも精鋭たる公の軍隊、得意の矢戦に持ち込んで損害を度外視して突っ込んでくるファーヴニル達を射殺していく。


「エルンスト老、敵陣までにたどり着けません、盾を構えても、ぐっ、矢の数が多すぎます!!」

「このまま攻撃を続けるのじゃ、そうすれば奴らは……」

「弓兵はこのまま矢を放ち続けろ、なるべく正確に、そして効率的にな、矢を無駄にするな!!」

「槍兵は陣形を維持しつつ、半包囲の体勢に移行、ファーヴニルらを氷点下のエルベ河に叩き落してやれ!!」


 リューリク公家主力軍指揮官、騎士ヴァジーム・レフ・グラトコフは威勢よく命令を下す。

 対峙するファーヴニル軍はこちらの四分の一の兵力しかいない、だがそれでも追いつめて必死になられてはこちらの損害も馬鹿には出来ない。

 何時間にも及ぶ死闘によりさしもの精鋭たるリューリク公家軍の兵士は疲れが色濃く見えていた、何度か補給を受けたものの、矢などの消耗品も底を突きつつある。

 故にここはわざと退路を断たずにそこに追い込めばいいのだ、エルベ河は大寒波により水が凍って氷の橋が出来ている。誰だって死にたくはない、追い込めば兵士の何割かは氷の橋を渡って逃げようとするだろう。

 だがその希望は偽りだ、その氷の橋に人間の体重を支える強度はない、渡れば氷は割れて氷点下の河に投げ込まれる。


「馬鹿な奴らだ、見ろ、河に浮かぶ屍を、偽りの希望にすがり、身の程知らずの反乱を引き起こしたバルムンクの最期を暗示しているようではないか、奴らの行いはまさに蟷螂の斧、全ては無駄であったのだ、ここで滅びるがよい!!」

「無駄なことなどありはしない、死した兵士、彼らは道を作った、今じゃ、合図を送れ!!」


 互いの友軍を挟んで、本来ならば聞こえないはずの両者は確かにその時、言葉を交わした、互いに相容れぬ正義、貫けるはどちらか一方のみだ。

 そしてその結果はすぐ目の前に存在していた。


「なに……船だと、敵は河から来ると言うのか!!」

「バルムンク連合水軍の旗船、クリームヒルトよ、適切なる支援を期待しておるぞ!!」


 逃走した兵士が割った氷、その細い通路を広げながら船団が針を縫うように巧みな操船で戦場へ近づいて来る。

 貴族連合軍の騎兵らを返り討ちにした水上からの援護射撃である。まさに移動要塞と化したその船団は船の上という高みから一方的な攻撃を加えることができるのだ。

 ちなみにこの策を用いるのは二度目、しかし前回対峙した貴族連合軍はその敗北を恥じとして隠蔽したため、他の軍に情報が届いてはいなかった。

 故に騎士グラトコフにとっては驚愕であったのだ。


「側面を突かれた!!」

「我らはリューリク公家の戦士、この程度で狼狽えるな!!」


 ファーヴニル軍分隊を半包囲しようと、前方に意識を集中させていただけにリューリク公家軍の動揺は激しかった。

 だが歴戦の勇姿たる騎士グラトコフはその脅威にいささか穴があるのに気付く。


「余程慌てて駆けつけたと見える、距離が近づきすぎている、これではこちらの矢も届くではないか、それに細い通路を通ってきた関係で船団が渋滞を起こしているぞ、半分の船が攻撃に参加できていない……」


 グラトコフの推察は正しかった。割れた氷の間を縫って進む船団、本来ならば船団を統率するはずのブリギッテ竜司祭長は北部前線にて貴族連合軍を足止めしている、指揮官を欠いた水軍はその分、動きがいつもと比べて柔軟性を欠いていた。

 敵も万全の体勢で挑んできたわけではない、その朗報をグラトコフは部隊に伝え、適切なる指示を下す。


「敵も動揺している、弓兵、一斉射撃だ……操舵手を狙え!!」

「操舵手を!!」

「そうだ、操舵手を殺せば船は制御を失い、流氷に当って座礁する、あの細い通路だ、一船でも倒れれば他を巻き込んで船団は壊滅する!!」

「はっ!!」


 号令一下、カウンターの要領でリューリク公家の弓兵が一斉射撃を試みる、既に奇襲を受け、敵兵の矢で狙われた状況での射撃である、その蛮勇こそスヴァルト、使命のためには喜んで命を捧げられる狂信である。


「放て!!」

「射させるな、弓兵を……!!」


 数百の矢が各々の船団を操作する操舵手を貫く、彼らは盾などで守られていたが、相手は精鋭たるリューリク公家の弓兵、得物は熊の腱などで裏立ちしたコンポジッド・ボウ。

 先に戦った貴族連合軍の寄せ集めとは矢の威力が違う。

 殺せなかったとしても盾を、皮鎧を貫通し、操舵手を行動不能に追い込んでいく、たちまち制御を失い、傾く船団。

 だが後方から現れた船員が斃れた仲間に成り代わり舵を手に取る、そしてまた射殺される新たな操舵手、しかしまた代わりが現れ……三度目から騎士グラトコフは数えるのを止めた。

 理解したのだ、操舵手を狙うという策は効果を表さない、文字通り全滅させなければ船は沈まない。


「なるほど、相手も死にもの狂いか……」


 震える声でグラトコフは独り言ちる。

 先のバルムンク直轄軍で感じた恐怖が再燃した、認めなければならない、バルムンクの兵士は栄光あるリューリク公家の精鋭と同等の実力を持つ存在だと。


「見ろ、あの水軍の勇姿、わしらを信じ、命を賭けてくれる戦友の姿を……信頼してくれている戦友を侠客たるファーヴニルが裏切れるものか、今からわしが先頭に立ち、リヒテルを救出する、皆はわしの後についてこい、わしが下がるようならば遠慮なく斬れ、さあ行こう、勝利は目前じゃ!!」


 戦場にエルンスト老の朗々たる声が木霊する、その時、何倍もの兵力を誇るリューリク公家軍は確かに怯んだのだ。


*****

 

中央戦線・リヒテル対グスタフ―――


 黒旗軍の大回転、ファーヴニル軍の強襲、それから少し経った頃、彼らの熱意が他の戦場にも波及し始めていた。

 無論、中央戦線の中心、混沌たる戦場にて決闘を行うリヒテルとグスタフの元へとその意気込みは伝ってていた。


「リヒテル、お前の首に剣を突きつけた時からどうも周囲が騒がしくなったぜ、なんだ、そういう能力でもあるのか、悲鳴を皆に聞かせる情けない能力でも……」

「……そうではない、攻勢の限界だ。長引く戦闘に末端の兵士が耐えられなくなったのだ」


 そこには真っ赤な肉袋があった。全身の隅々まで切り刻まれ、流される血は常人ならばととっくに意識を喪失ししていることだろう。

 立っているのが不思議なほど、ましてやそれで戦っているなどたちの悪い冗談としか思えない。

 敗因は何か、連戦の疲れか、仲間を気づかったせいか、あるいはその言葉に惑わされたせいか、何にせよ、一つだけ確かなことは、リヒテルはグスタフより弱い、ただそれだけであった。

 かつての親友、幼馴染、十年続いた因縁はリヒテルの死でもって終わろうとしていた。


「疲労が精神の減退をももたらし、束ねてあった意識が拡散していく、もうすぐ戦闘は終わるぞ、皆が皆、お前のように強靭な精神を持っている訳ではない、兵士が疲れ果てた、ここまで耐えたバルムンクの勝利だ」

「それは希望的な観測だな、リヒテル。お前は今、俺に釘付けにされている。他の情報など手には入らない、どうしてそれが分かる」


 敗北が確定した後、なおも見苦しく生に縋りつく、少なくともグスタフにはそう見えた、せせら笑うグスタフ、だが本心では馬鹿にしてはいない、むしろリヒテルの自分にはないその能力を警戒していた。

 自分とリヒテルは互角、自分が優位に立ったのは自分に有利な条件に誘い込んだから、そうでなければ勝てるはずがない、そう互角なのだ、リヒテルと自分が互角、そうグスタフは思い込みたかった。


「私には分からない、だがお前はその異常に気付いた、そして私はお前の動揺を見抜ける」

「ははは、なるほど、やはりお前は決して油断できない相手だ、十年以上前、あのヴォルテールの屋敷で初めて会ったとき、殺しておけば良かったぜ」


 グスタフは横目で戦場を見やる。法王軍分隊とバルムンク直轄軍との死闘、圧倒的な兵力を誇る法王軍分隊が優位に立っているが、その中に黒い巨大な獣のようなものがチラチラと見える。

 グスタフの飼う奴隷、死術士シャルロッテが操る影の魔物グートルーネだ。

 しかし彼女は女である、男尊女卑が激しいスヴァルト人の竜司祭長セルゲイは彼女の従軍を禁じた、女子供が神聖なる戦場に出て来るな、というのがその理屈だが、彼女が出て来るということは恐らく、セルゲイが彼女を抑えられる状況にない。

 スヴァルト人は将校が戦闘に立つという伝統があり、よってスヴァルト人将校であるセルゲイが負傷したという可能性もあるが、グスタフは最悪の状況を想像した。


(スヴァルトの王、ウラジミール公救援のためにセルゲイが持ち場を放棄したか……だとするならば今の法王軍司令官は法王シュタイナー、だが奴は元々戦争には反対、ずるずると戦闘を引き延ばしてドロー(引き分け)に持ち込む気か)


 冗談ではない、現在、グラオヴァルト法国軍は実の所、圧倒的に有利な立場にはない、バルムンク連合軍の予想を遥かに超えた抵抗にリヒテルが言うように兵士が限界を迎えつつある。

 侮ってはいけない、会戦前の余裕などとうに吹き飛んでいる。

 バルムンクはここで滅ぼさなくてはならない、スヴァルト人の支配、何よりもグスタフの野望を叶えるためにも引き分けでは負けなのだ、勝利以外では再びバルムンクはその勢力を回復させてしまう。


「何もかも、自分の思い通りに人を動かそうとしたツケが回ってきたな」

「そうかもしれないな、だがこのくらいはいっそ俺に対してのハンデというものだぜ、リヒテル。この戦いが終われば俺は玉座に座る、簡単に手に入れては面白くない」

「戯言を!!」


 どこにそんな力が残っていたのか、折れた二つの剣を操り、リヒテルがグスタフに奇襲をかける。

 狙いはやはりグスタフが左目を失っていることを鑑みて左側、だがそこを狙うことはグスタフも分かっていた。即座に反応して、しかし……。


「まったくそればかり……ぐっ!!」

「そうだな、左を狙われると思い込んでいるお前の思考が単純すぎてあくびが出る」


 フェイント、左を狙うと見せかけて逆方向からの二連撃、うかつにもグスタフは反応が遅れた、刃は目のすぐ下を通り、浅く傷を作る。一瞬でも遅れれば右目が切り裂かれていただろう。


「今度は右目を失くしてみるか」

「冗談、お前が無様に命乞いする姿を見るまでは右目を取っておきたいぜ」


 返礼として大剣を振るうグスタフ、それが起こす衝撃波がリヒテルを襲う。体をなます切りにする、飛び取る血、服の隙間より見える朱色は肉、では白は骨か。だがリヒテルに効果はない。


「ちっ、直撃以外は効果なしか……」

「悲しいことだが、痛みはもう感じなくなってしまったよ、私の身体はもう私個人のためにある訳ではない、全ては皆のため、生死すらも自儘にはできぬ、ここで……お前に倒される訳にはできないのだ、グスタフ!!」


 まるで炎が消える前の、最期の放光のように輝くリヒテル、それを血走った目つきでグスタフが見やる。


「面白い、今ここで十年の因縁を断とう、お前の姉であるアーデルハイドと、そしてお前が使い潰した俺の弟ヴァンの元に送ってやろう」

「何、ヴァンがお前の弟だと!!」

「動揺したな、それがお前の敗因、お前は結局、誰も守れなかった!!」


 大剣と双剣がぶつかり合う、それがリヒテル、グスタフ、最期の邂逅であった。


*****

 

中央戦線・リヒテル不在のバルムンク直轄軍700対法王軍分隊3000―――


「俺達は間違ってはいない、全ては一千万のアールヴ人のため」

「侠客たるファーヴニルの誇りのため」

「リヒテル様のため……」


 リヒテルがグスタフの決闘に応じて不在となった後、バルムンクの勇士達はまさしく死にもの狂いの抵抗を敢行した。

 数の差は戦術、そして精神力で補う、その世迷言が現実のものとなっていた。

 腕を斬られ、片眼を射抜かれても戦い続ける選ばれた兵士達、むしろ敵対する法王軍の方が顔色を失っていた。

 まるで追いつめられているのは数で勝る法王軍の方だと言うように、増援はまだか、本隊はどうなった、だがこの時点で司令官に就任した法王シュタイナーが戦闘の引き延ばしにかかったために助けは来ない、来たのは友軍の恐慌を見かねて法王シュタイナーの命令を無視した一部の部隊だけであった。

 その中にグスタフの奴隷、死術士シャルロッテがいた、彼女はグスタフの役に立つために命令無視、厳罰覚悟で戦場に望んだ。

 彼女が戦場に出るのを禁じたはセルゲイはウラジミール公救援のために陣を出ていった、今、彼女を止める存在はいない。

 しかしその意気込みは蛮勇を尊敬するスヴァルト人の中では尊敬されるであろうが、結局の所、彼女と、彼女の操る影の魔物はただの一人組みだ。戦局を覆せる力はない。

 だがそれが意外な効果をもたらす。


「影の魔物、まさか……」

「俺達は悪くない、全ては正義のため!!」

「裏切った、影術士部隊が裏切った」


 先立つ事、数時間前、混血、貧民、孤児、蔑まれていた人間、それも幼い子供ばかりで構成された影術士部隊は突然の大寒波で連絡が取れなくなり、その消息を絶った。

 彼らバルムンクの兵は大寒波の折、怪しげな術を使う彼らを野戦陣地に入れないようリヒテルに提言した、味方をも襲いかねない彼ら影術士部隊に対するその態度は正当だ、間違ってはいない、平等で差別なく、誰にも非難されることはないだろう。

 だがシャルロッテが操る影の魔物に相対した彼らの心に浮かんだものは、切り捨てた味方に復讐されるという恐怖であった。


「許してくれ、俺らは悪くない、悪くない!!」

「リヒテル様、早く、早くお戻りください!!」


 もはや敵軍もまた影の魔物を戦場に投入したという正解が出て来る思考回路はない、先ほどまでの勇気は霧散し、ただ逃げ惑うばかり。

 強大な敵、自軍の何倍もの大軍にも怯まなかった彼らは自分自身の罪悪には耐えられなかった。

 そして突如として士気を崩壊させたバルムンク直轄軍に法王軍の矢が、槍が叩き込まれる。

 会戦開始より凡そ五時間程だろうか、正確な時間は誰にも分からない、バルムンクの精鋭たちはグスタフの決闘に応じた総統リヒテルを除いて全滅した。


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