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深霧のザーイエッツ  作者: 山崎 樹
第六章 それぞれの決戦前夜
66/121

ならば戦場で散りたい

 この回で六章は終わりです。

司教府・コンクラーヴェ会場―――


 勝敗は決した。腐敗神官の権化たるグレゴール司祭長は総統リヒテルを罠に嵌めたつもりが、手の中で踊っていただけに過ぎず、悪事を暴かれ、裁きを待つばかりとなった。

 のみならず、彼が成した悪事は明らかな利敵行為であり、それは会場に集まった人間にとって、共通の敵と認識されるのに十分である。言うなれば、皆が団結するためのダシに使われたのである。

 もはや失脚どころか、生命の確保すら難しい。処刑台がちらついていた。

 

「仇敵、スヴァルトとの共謀、民衆に対してスヴァルトに転向するよう勧める書状を配布、さらにはこのコンクラーヴェに参加する人間に脅迫まで行っていた。貴様の罪は明白。酌量の余地はない」

「お待ちくだされ、総統リヒテル……わしはわしなりに貴殿の助けになるように行動したのです。わしはしがない事務屋じゃが、貴殿の助けになりたい……」

「処刑は明朝だ。近親者に対する手紙を書く時間は与えてやる」

「ぐっ……」


 取り付く島もない。元より他人を騙し、踏みつけて出世した老人だ、全ての権力を失った今、信じる者などいはしない。

 むしろ、その発する言葉は猛毒も同じ、聞くことすら忌避するほどだ。


「連れていけ!!」


 グレゴールは両脇をファーヴニル(この場合は兵士)に抑えつけられて会場の外へと連れ出された。

 恨み言を言わず、媚びるような笑みを最後まで保ったのはある意味賞賛に値するかもしれない。生きることを最後まであきらめなかったのだから……ただし、その根性は他者からの賞賛は得られない。

 リヒテルにとって、彼の老人の存在は今、終わった。公開処刑などにはしない、ゴミを焼却するように人知れず処分する。

 ただ、グレゴール司祭長の退場に、お付きのアマーリアが静々と従ったのが気になった。命令されなかったのにである。

 ヴァンにはアマーリアは司祭長に忠誠を誓っていると告げたものの、かの老人に人望があるとは思えない。権力を失った今、付き従う必要はないはずだが……。

 だが、逆に言えば気になったのはそれくらいだ。リヒテルにはやることがある。他の事を気に掛ける余裕はない。


「これより、対ウラジミール公、ブライテンフェルト会戦の作戦を発表する。だがその前に今一度問おう。命を賭ける気はあるか」


 真っ直ぐに屹立したリヒテルは恫喝することも、釈明することもなくただ、静かに問うた。


「戦場で果てる覚悟はあるか。皆にも故郷に家族がおり、帰りを待つ人間もいるだろう。その者達を悲しませることになっても構わないのか」


 会場が静寂に包まれる。誰もが自分の心に向き合い、その答えを苦渋に満ちた顔で選択する。


「無理強いはしない、我々は自由の民、アールヴ人だ。スヴァルト人のように、貴族の命令だからといって、簡単に命を捨てる狂信とは我々は無縁だ。今一度問う、私に従い、私に忠誠を誓い、私のために死ぬ覚悟はあるか」


 誰もが、簡単に答えは出せない。自分の選択で自分の組織の運命が決まるのだ。スヴァルトと戦うか、スヴァルトに従うか、中立を決め込み、横で勝利を眺める民衆のような小狡さはこの場では選択肢からは外れる。

 そのような醜態をさらす愚か者は幸いにもいなかった。彼らにとって中立は醜態であった。民衆は醜い、今の、それが彼ら共通の認識であった。

 長い、あるいは短かったかもしれない長考の末、一人の老婆が手を挙げた。誰あろう、最大の戦力を持ち、最大の発言力を持つヨーゼフ大司教である。


「なんですか、大司教」

「質問があるわ。さっきも言ったけれど、この戦い……勝てるの?」

「皆が私の命令に従ってくれるのならば必ず……」


 ある意味、傲慢極まりない言葉をリヒテルは発した。だがヨーゼフ大司教はそれを好ましく思ったようで、わずかに口元をほころばせる。

 バルムンク台頭以前、スヴァルトは不敗を誇っていた。

 神官軍は数倍の戦力を有していたにも関わらず惨敗し、各地のファーヴニル組織や傭兵団、盗賊団などはただ狩られる獲物のように駆逐されるだけだった。

 だが、バルムンクはその常識を二度覆した。そして三度目の奇跡を期待する者は意外なほど多い。

 実はヨーゼフ大司教、彼女もまたその一人だ。ただし性分か、口には決して出さないが……。


「スヴァルトは政を知りません。もし仮に彼らが神官の地位にとって代わるだけに留め、貴方達に何の干渉もしないのであれば、ここまで戦火は広がらなかったでしょう……」


 そこまで言って、スヴァルトとそれに媚を売る腐敗神官に玉座への道を閉ざされた老神官は先を続けた。

 少し茶目っ気をつけて、まるで童女のような稚気を見せて……


「残念なことにここで帰っても私はスヴァルトに処刑されてしまいます。数千の軍勢を動かしたのですから……それの矛先が自分達に向く前にスヴァルトは私を排除するでしょう。断りたいのだけど、死にたくないから従います。なぜって、貴方の命令を聞くのが一番、助かる可能性が高いのですから……」

「大司教……」

「貴方達!!」


 ヨーゼフ大司教が会場の皆を見渡して声を張り上げる。老齢とは思えない、張りのある大声だった。


「難しく考える必要はないわ、スヴァルトは私達に死ねと言っているのよ。死にたくないのならば、武器を取り戦いなさい。総統リヒテルに従いなさい。理由を考えるのは勝利した後でも遅くはないわ!!」


 その言葉で皆から迷いが消える。会場が次の瞬間、大歓声で包まれた。それは王への賛辞、強大なるスヴァルトと戦う闘志。

 皆の意志が一つになる。例外はただの二人だけ……仇敵スヴァルトの混血たるヴァン、そしてリヒテルに母親を殺されたテレーゼ。二人だけが誰にも気づかれないように静かに、席を立っていた。


*****


(あきらめるものか……あと少しで全てが手に入るというのに)


 会場が歓声に包まれていた同じ頃、連行されるグレゴール司祭長は必死に自分が助かる方法を模索していた。

 明日には処刑、しかも今までの悪行がばれた以上、恐らくは明日まで誰とも接触できないように隔離されることは明白だ。つまり牢に入れられた段階で全ては手遅れ。ならばそれまでの道で何か手を打たなくてはいけないのだ。


(この上はバルムンクの内部事情をネタにスヴァルトに……大したことは教えられないが、スヴァルトに重要な情報を知っていると思わせれば……駄目じゃ、返事が返ってくる頃にはわしは処刑されている。では神官仲間に……それも駄目じゃ。わしの部下は無能揃い、ブリギッテは日和見だから、危険を犯してわしを助けるはずがない……)


 思い悩むグレゴール司祭長……しかし答えはでない。実の所、心の奥底では理解していた。自分はもう助からない、と……。

 今まで、他者の生き血をすすって生きてきた腐敗神官の権化。情けや恩赦を期待できるような身分ではない、だがまだ、あきらめきれないのだ。生きたいのだ、死にたくないのだ。

 もっと贅沢したい、権力でもって他者の上に君臨したい。その欲望が抑えきれない。

 そんな中、後ろから……今では唯一の部下、否、道具であるアマーリアがやってきた。とろけるような満面の笑みを浮かべている。

 主人の幸せは自分の幸せ。奉仕できる、助けることができる状況を心底、嬉しがっているようだ。


(アマーリア、リヒテルに勘付かれた役立たずが……しかし、今はこいつしかおらぬ。おだてて使うかのう……)


 心の底ではアマーリアを侮蔑しながらも、表面上は救われたように安堵した表情を見せ、両脇を固めるファーヴニルの手にそっと金貨を握らせる。


「おい、ジジイ……これはなんだ?」

「少し、わしの孫同然の奴隷と二人っきりで話がしたい。少しだけ時間をくれぬかな?」

「そんなこと許されものか、俺はリヒテル様の命でお前を……」

「どうせ、死ぬ身では金など持っていても仕方がない。せめてあれと別れがしたい。すまぬが、腐敗神官であるわしには人に頼む方法がこれしか思いつかぬのだ。非礼になったのなら謝る。賄賂は取り下げよう」


 しおらしく謝るグレゴールは憐れな老人そのもので、見る者の同情を曳く。まさしく迫真の演技と言えた。

 もっとも、アマーリアに対し、グレゴール司祭長が与えてきた仕打ちを知れば、それがどんな演技であろうとも、その厚顔無恥さに呆れるだけだろうが、幸いにも二人のファーヴニルはかの老人の事をそこまで詳しく知らなかった。


「少しの間だけだぞ……」


 金貨三枚、独り身では一月豪遊できる賄賂と迫真の演技。それに心動かされたファーヴニルらはわずかな時間をグレゴールに与えた。

 

「待っておったぞ、アマーリア」

「私もお待ちしておりました。どのような命令でしょうか、できる限りのことはいたしましょう、私は有能です」

「うむ、いい答えじゃ」


 ファーヴニルらが指定したのは廊下の袋小路、声を抑えれば、その内容が知られることはないギリギリの距離にファーヴニルらがいる。

 逃げ道はない、老人と女では二人のファーヴニルを突破できない。それ以前に、おかしなことをすればすぐに抑えつけられる。そういう距離だ。

 それを理解したが、しかしそれを彼らの油断と判断したグレゴールは躊躇することなく、自らの策をアマーリアに話した。


「よいか、今よりお主は死術士ツェツィーリエの下へ迎い、わしを実験にするように頼むのじゃ」

「あのお医者さんですか……死に方が変わるだけではないですか?」

「最後まで話を聞け……いいか、今は時間を稼げばよい。実験をするといっても、いくばくかの猶予があるはず。少なくとも明日の処刑よりは遅れる。その間に状況を打開する。お主は有能じゃ、できるな」


 グレゴールは踏みつけてきた相手をおだてて、助けを求める屈辱を噛みしめながら懇願する。だが、アマーリアの答えは意外なものだった。


「無理ですよ、司祭長様……実験には年齢制限があるそうです。公募にも二十歳までとか……」

「いいから、やるんじゃ。他に方法はない」


 意外な奴隷の反抗的、少なくとも司祭長にはそう思えた、な態度に癇癪が破裂しそうになったが、なんとか抑えた司祭長は今一度、懇願する。

 死術士ツェツィーリエと連絡を取るように……だが、その解答は先と変わらなかった。


「無理です……他の方法はないのですか?」

「あればやっておる。ならばお主にはあるのか、わしを救える方法が……あるまい、お主程度には考え付くまい」

「ありますよ……しかも成功は確実です」

「な、なに……」


 グレゴール司祭長は訝しんだ。どう考えてもアマーリアに自分を助ける方法があるとは思えなかったのだ。

 そもそも彼女には彼女自身を助けてくれる存在すらいない。顔を斬られ、人事不省になった時も誰も助けに現れずに、自分で顔の治療を行ったそうだ。

 もし誰かが彼女を介抱していれば、顔の傷ももう少し目立たないものになったかもしれない。


「聞くだけならばただじゃな」

「ありがとうございます、あはは」


 だが、確かに聞くだけならばタダだ。そうグレゴールが判断したのはアマーリアの表情を見たからだ。

 主人の役に立てて嬉しい、彼女の本心に嘘偽りはない。その従順な姿にグレゴールは落ち着きを取り戻す。

 自分は一人ではない、まだアマーリアがいる。まだあきらめるには早い。

 グレゴール司祭長の心内を読んだかのようにアマーリアの笑みがより輝く。彼女は恋い焦がれた乙女のように、恋人に告白するようにその言葉を紡いだ。


「これ以上思い悩んだり、苦しんだりしないように、私が介錯いたします……死んでください、司祭長様」


 そう言うと、アマーリアは懐に手をやり、隠していた果物ナイフを迷うことなく、グレゴール司祭長の胸に突き刺した。

 老人の口から血の花が咲く。


「……おぬし……やはり、わしは、正しか……」

「あれ……失敗しました?」


 グレゴール司祭長が膝をつく。どうやら急所が外れたようだ。

 アマーリアは慌てた。それは殺し損ねた、という意味ではない、まるで

お茶をこぼしたような、大事な場で粗相をしてしまったような、お叱りを受ける小姓のような人に憐れみをもたらす動揺。

 このままではご主人様に怒られてしまう、動転したアマーリアは、当のご主人様に突き刺したナイフを力任せに抜き取ると、反動をつけてもう一度胸に突き入れる。

 

「……!!」


……だが失敗した。


「おかしいな……」


 床に後ろ向きに倒れるグレゴール、それにアマーリアは馬乗りになって、ナイフを引き抜く。そして三度目はナイフを逆手に持つと、もう片方の手も添えて、体重を込めて振り落す。

 三度目の一撃は体重がかかっていた分、反動も大きかった。司祭長の身体が衝撃で揺れる。

……だが失敗した。


「……!!」


 元より、人を殺すどころか、ロクに人を刺したこともないアマーリアでは荷が重かったかもしれない。

 だが彼女は諦めない。ここであきらめては全てが無駄だ。従者としての使命感を胸に何度でもそれを繰り返す。


 引き抜き、突き刺す……だが失敗した。

 体重をかけて……だが失敗した。

 刺して……だが失敗した。

 ……失敗した。

 ……失敗した。

 ……失敗した。


 ……グレゴール司祭長は死ななかった。


「おい、お前……何をやっている!!」

「これは……うう、取り押さえ……いや、殺してしまえ!!」


 アマーリアの凶行にようやく、あまりにも遅く、監視していたファーヴニルが気づいた。監視していた、とはおこがましい。

 グレゴールとアマーリア、老人と女には何も出来はしないと油断していたのだ。それがこの結果である。


「もう少し待ってください……もう少しで」

「うるせえ、このスヴァルトが……混血が!!」

「人間のやることじゃねえ……死にやがれ!!」


 アマーリアの懇願を無視し、二人のファーヴニルは剣で切りかかる。だが、その刃が振り落される瞬間、一筋の風が吹く。

 片方の剣は真っ二つになり、もう片方が持つ剣は割れて使い物にならなくなった。

 そして風がもう一度吹く……今度の風は司祭長の上を通り過ぎ、過ぎた後には、首と胴が離れた一人の老人の死体があった。


「手違いで……グレゴール司祭長の処刑が今、行われましたわ」

「あ、貴方は……リヒテル総統の妹君、テレーゼ様!!」


 ファーヴニルの剣を斬り落としたのはコンクラーヴェ会場を抜け出したテレーゼであった。


「な、何を……」

「この場は私が取り仕切ります」

「し、しかし、司祭長の連行はリヒテル様の命で……」

「その司祭長が死んでは命令違反ではありませんの。罰を受けたくなければ私に任せなさい」

「う……」


 ファーヴニルは怯んだ。総統リヒテルの妹分に逆らう事、何よりも命令違反で罰せられることに恐怖したファーヴニルは結局、その責務を放り投げた。


「分かりました……テレーゼ様にお任せします」


 さりげなく言質を取って逃げていくファーヴニルにテレーゼは不機嫌になる。彼女らしからぬ脅迫を用いたが、それがすんなり効いたことに少し不満だったのだ。

 これがバルムンク連合軍の兵士かと……だが、それ以上の問題が目の前にあった。

 無論、凶行の主たるアマーリア・オルロフである。彼女はグレゴール司祭長の首を跳ねたヴァンに感激していた。


「さすがはヴァンさんです。こんなにうまく殺せるなんて……感激です」

「なぜ……こんなことを、とは聞くまでもないか」

「はい、生きていても苦しいだけ、死んだ方が楽でしょう。私はそのお手伝いがしたかったのです。でも申し訳ありませんでした、上手くできませんでした」

「死が救いか……確かに、だがそれを言うことはお前も死ぬ覚悟があるのだな」


 ヴァンはアマーリアを殺す気だった。元よりここまでの凶行、決して許されることではない。

 数多の敵を殺し、同じ数だけの味方を殺してきて何をとも言えるが、それは身分が違うからだ。

 バルムンクの兵士は故あれば人殺しが許される特権身分だ。そしてアマーリアはその特権身分ではない。


「勿論、私も死んだ方がいいです。ですがお願いです、死ぬときはヴァンさんと一緒にして下さい」

「それで命乞いのつもりか……」

「違います。ヴァンさんはこの戦いで死ぬつもりでしょう、だったらお供させてください。一人は寂しいのです」

「……」


 ヴァンの右手は剣の柄にかかったまま微動だにしなかった。抜けば一人の生命を容易に奪うだろう。だが抜けない。アマーリアはバルムンクという組織に害のある人物ではない、それが分かったからだ。

 ヴァンと心中することはバルムンクという組織に何の不利益をもたらさない。


「ヴァン……どういうこと」

「話は終わりました。後の処理はこちらで……お帰りください、テレーゼ様」

「何を言っているのよ、死ぬってどういうことですの!!」


 テレーゼはその動揺を抑えることができなかった。幼馴染の死、それはテレーゼに残された最後の肉親がいなくなるということ。

 母親は殺され、兄とは別離した。そして幼馴染まで……いや、それよりも死ぬために戦うのなんてあまりにも可哀想ではないか……テレーゼは今、初めてヴァンの歪みを理解したのだ。その苦しみに気付いたのだ。

 それは身を引き裂くような痛みをもたらした。

 しかしこの頬を流れる涙の意味をヴァンは理解しえない。その優しさが誰にでも向けられるものではないと、知りえない。


「スヴァルトと戦うバルムンクでは、スヴァルトとの混血たる私はいずれ邪魔になりましょう。私は組織の秘密を知り過ぎました。他所に移ってはバルムンクの弱点となります。リヒテル様は組織のために私を処分する……ですが私もファーヴニル、武人です。ならば戦場で散りたいと考えております」

「何よ、何よそれ……それじゃあ、貴族主義のスヴァルトと変わらないじゃない、それじゃあ、私は何のために戦ってきたと言いますの……私は……が無事でいれば、それで……」

「所詮はバルムンクとスヴァルトの権力闘争、元より正義などありません」


 ごまかしきれない……そう考えたヴァンは愛し、忠誠を誓う幼馴染の少女に初めて心情を吐露した。

 その結果は明白だった。泣き崩れる幼馴染……その涙が今は嬉しい。

 だが、その涙を拭うことはできないのだ。ヴァンは死に逝く身、そしてテレーゼは未来に行く者だ。

 別たれた道は交差せず、だが両者の存在はすぐ近くに……その断絶を確かめるように、ヴァンとテレーゼ……間を遮るようにアマーリア・オルロフがヴァンを横から抱きしめていた。


*****


コンクラーヴェ会場―――


「まさか……そのような方法を、しかし成功するか」

「実績がないのだ、不安になるのは不思議ではない。だが一つだけ分かって欲しい、スヴァルトもまた我らと同じ人間だ。彼らの武器は遊牧民あがりの騎兵戦力と弓の腕……そして貴族に対する盲目的な忠誠、それだけだ」


 作戦を説明したリヒテルに羨望の視線が集中する。ファーヴニル、商人、農民、市民、それは全ての階層の人間が団結し、スヴァルトの攻勢に耐え抜くというものだ。

 これはリヒテルが先のゴルドゥノーフ騎士団との戦いで迂回してきた別働隊を市民が撃退したことにヒントを得た方法であり、今までこのような方法を取った人間はいない。

 戦いは武人でのみ行う。それが大方の意見であり、それ以上考えが発展しなかったのだ。それはスヴァルトも同様だ。

 故に武人階級たる貴族や騎士が特権を得ている。市民や農民が戦場で活躍しては彼らの権力を支える柱が崩壊してしまう。


「この戦い、一戦で終わる。高齢のウラジミール公に長期の戦闘は困難であり、にもかかわらずスヴァルト軍の指揮を取るそうだ。あの老人は選択を誤った。そこに我らの勝機がある」

「勝てる……勝てるぞ」

「よぉし、見てろよ、スヴァルト……人間を舐めるな!!」


 その手を一つに……この瞬間、バルムンク連合はリヒテルの下に一つになった。ウラジミール公に対抗する軍隊が完成したのだ。

 三日後、早馬でウラジミール公率いるスヴァルト軍が首都マグデブルクを出陣したことが知らされた。

 リューリク公家を中心とした貴族連合軍、二万八千、これは予想通り。しかしそれに法王シュタイナー、グスタフ卿が指揮する法王軍、一万四千が追従したのだ。

 総勢、四万二千、対するバルムンク連合軍は一万三千……。

 スヴァルト軍は大軍で戦闘ができる大草原を経由してエルベ河渡河を試みる。

 エルベ河を超えればそこはバルムンク本拠地であるリューネブルク市の手前、バルムンク連合軍が勝利するにはエルベ河でその侵攻を食い止めなくてはいけない。

 故に決戦の地はブライテンフェルト大草原……。

 アールヴとスヴァルト、国家の主導権を争う二つの人種が……その存亡をかけた聖戦を行おうとしていた。


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