お前は自らの義務を果たせ
「東通路、制圧完了」
「西側に侵入したバルムンク兵士、十五名を全員殺害、こちらは二人殺されました。ですが、戦闘は可能です」
「よし、ボリス殿下があの化け物を引き付け下さっている間に正面玄関まで敵を押し戻せ」
「はっ!!」
決死隊の猛攻は砦の中央、礼拝堂を起点にした左右の通路が終着地点であった。そこのすぐ手前には小部屋が並んでおり、つまりは侵攻地点が多種多様に分かれている。例えば、これがかつての精鋭、ファーヴニル部隊であれば一部屋ずつ、制圧していくところだが、決死隊にそんな機微は期待できない。
見事に部隊を分裂させ、部屋や後方の通路に潜んでいたスヴァルト兵によって次々と血祭りに上げられていった。
「こいつ、まだ息があるぞ」
「トドメをさせ!!」
「こ、この金があれば……もうこんなことしな、くても……」
それが最期の台詞であった。背中から心臓を一突きされた男は短く痙攣するとゆっくりと息を吐き、動かなくなった。その手には金貨が握られている。
恐らく小部屋かどこかで奪ったものだろうか、刻印からアールヴの神官が作ったグルデン金貨であろう。混ぜものが多く、金貨と銘打っておきながら、その貨幣はメッキがはがれ、地金である〈銀〉が覗いていた。
「フョードル様……なぜ、アールヴはこんなやる気も能力もない男を兵士にするのですか」
「知るか、ただ貧乏くじをひいただけじゃないのか。あるいは来世を期待したのかもしれない。知っているか、アールヴの思想では死んだら別の人間に生まれ変わるそうだ。まったく、人生が一度しかないことを理解できないのか。それと……」
フョードルと呼ばれた騎士はその兵士に平手打ちをくらわした。手首のスナップが利いた強烈な一撃で、思わず兵士は頬を抑えてへたり込む
「無駄口を叩くな」
「はっ、すみません」
「ありがとうございます、だ」
そして今度は逆の頬を叩く。ただし、今度は軽くである。
「フョードル様、セルゲイ様より、伝令です。側面攻撃に成功しつつあり、貴君ら協力を願う、とのことです」
「さすがは武勲厚き、ムラヴィヨフ家の騎士ですな。腐敗しきった官兵では相手になりますまい」
「このまま我らも正面から攻撃をかけ、盗賊どもにトドメを刺してやりましょう」
「……ううむ」
騎士、フョードルは思案する。確かに、このまま正面玄関を制圧して本城の外に討ってでればバルムンク連合軍の息の根を止められるかもしれない。だがしかし、その攻撃が失敗すれば今度はこちらが危ないのだ。先日の戦いでの損害は大きい。神官の裏切りによる城壁崩しでの犠牲者は実の所、スヴァルト側の方も同じ、いや、兵力の絶対数が少ないだけ、スヴァルト側の方がより深刻なのだ。
そして何より、砦での戦いは前哨戦。本当の戦いは、農民一揆を鎮圧したゴルドゥノーフ家主力軍を中核とした討伐軍による、バルムンク本拠地で行われるリューネブルクでの決戦である。
万が一、ここで撤退に失敗してボリス侯爵が囚われるようなことがあってはならない。
「正面からの攻撃を行う、だが本城からは出るな。大丈夫だ、それくらいの支援でもバルムンク連合軍は側面ががら空きになる。後は、セルゲイ殿が何とかしてくれるだろう。それと副官殿には礼拝堂の方についていて欲しい。ボリス殿下と親衛騎士団が負けるはずがないと思うが、いざという時のために、な。だたできるだけ決闘の邪魔はするなよ」
「はっ!!」
矢継早に命令を下し、騎士フョードルは再び攻勢を開始する。その傍らで、積み重なった連合軍兵士の死体が恨めしげに彼らを見つめていた。
*****
強靭な足腰による疾風の突きが、リヒテルを襲う。一瞬で相手の間合いを蹂躙するその絶技は、尚武なるスヴァルト貴族の面目躍如か。騎士の首を一撃で刎ね飛ばすリヒテルは彼にしては珍しく攻めあぐねていた。
「オレはこの十年、お前よりも上等なファーヴニルを何人も殺してきたんだぜ。ある時は正面から、またある時は暗殺で……そして奴らは死に際にいつもこう言う、こんなはずじゃなかったってな!!」
「お前が殺したファーヴニルと、今、お前が戦っている私と何の因果関係がある。過去の自慢話がしたければ、貴族のサロンでも行け、そしてその温室から出て来るな。死にたくなければな」
「関係あるさ、今のお前は追いつめられる前の奴らにそっくりの顔をしている。盗賊でありながら侠客と唄い、自らの分を弁えない愚か者どもが!!」
首を狙ったボリスの一撃をリヒテルは皮一枚の差で回避する。速度も速いが、何よりもその直前までに何の予備動作も見せない所がいやらしい。恐らく、自らの体の作りを完璧に把握しているのだろう。力のかけ方、体重の乗せ方。そして何よりも相手に感知されないほどの自然な動き。予備動作がないと言うのは間違いだ。リヒテルがボリスの動きを見抜けないだけ。ゆったりとしたその立ち姿が次の瞬間には白狼の跳躍に変化する。
「そろそろ、決着をつけようか、リヒテル。あちらも大勢は決まったようだしな」
「ちっ!!」
リヒテルと共に礼拝堂に駆け込んできた決死隊は十数名。対してボリスに付き従ったスヴァルト騎士らは六人。兵力差は倍だが、リヒテルとボリスの〈決闘〉と同じくして行われた戦闘はスヴァルトの有利に展開している。決死隊は皆、突入時の剣ではなく、スヴァルト兵から奪い取った槍で武装して、密集陣形を取っている。まるでハリネズミのような堅固さだ。
得物もバラバラで、各々勝手に自らの矜持で戦う騎士のように、非合理的ではない、ただ歯車のように互いに支え合い、共通の敵に立ち向かう。だが、戦さを司る女神はあくまで冷徹だった。兵力も、装備も、戦術でも勝っているにも関わらず、技量の差で屈服される決死隊。
移動の際に乗じたわずかな連携の不備を突かれ、戦列の端から突き崩されている。もはや三分の一の兵士がヴァルハラに赴き、陣形自体が崩壊寸前となっていた。
「貴様らの死体をエルベ河に沈め、鮭の餌にしてくれようぞ」
「そうなるかな?」
「な、リヒテル!!」
ボリスの攻撃を躱したリヒテルは、目の前の敵に背を向け、決死隊を追いつめる騎士に切りかかった。ボリスを超える、雷鳴のような速度の刃が首筋を狙う。完全な奇襲になったそれをしかし、騎士は背中に目がついているかのように機敏に反応する。右のカトラスを剣で受け、左のカトラスを手甲で防ぐ。
「我は、いずれ王の一族に加わるゴルドゥノーフ家の騎士、盗賊如きに遅れは取らぬ」
「その気迫だけは認めよう」
「何……あ、あああああ!!」
騎士の胸に槍が生えていた。リヒテルの攻撃に耐えるので精一杯だった彼は背後に対する備えを怠ったのだ。これは個人の失態ではない。他の騎士は各々の敵を打倒することに専念し、件の騎士の窮地に何の援護もしなかったのだ。
「やった、スヴァルトの騎士を……殺したぞ!!」
「いい判断だ、だが狙うのは鎧に覆われた胸ではなく、首筋にしろ、槍が抜けなくなってしまったではないか」
「あっ……」
「私の剣を貸そう。それでなんとか生き延びるのだ。この戦いが終わったら、私が本格的に鍛えてやる」
「あ、ありがとうございます」
「部下を気に掛ける余裕があるのか!!」
自分に背を向けた敵に温情を与える程、ボリスと言う男は慈悲深いわけではない。リヒテルが騎士に向かった瞬間に、ボリスはその不敬なる敵兵に必殺の三連撃を放っていた。一撃目はなんなく躱された。二撃目は紙一重で避けられた。だが、三撃目は……三撃目は振り向いたリヒテルの右肩にその槍を突き立てることに成功した。
「り、リヒテルさん……」
「今は、戦闘中だ、冷静さを失うな。お前は自らの義務を果たせ!!」
「はっ、はい!!」
リヒテルが左手に持っていたカトラスを渡された少年兵は、危なかっしい動作で戦列に戻った。だが、槍とカトラスでは長さが違う。よって彼は槍方陣に紛れる形で、スヴァルト騎士の足元を掬い始めた。
俊敏な動作は、その小柄な体躯も合いまってスヴァルト騎士を翻弄する。少年兵を狙えば槍方陣の餌食となり、槍方陣に向かえば、少年兵にカトラスで足を狙われる。その二律背反に戸惑い、スヴァルト騎士が先ほどまでと違って、体勢を整えるべく、徐々に後退していく。
「……忌々しいぜ、どうせ死ぬ命。なぜ、そう苦しみを長引かせようとするのか」
「分からないのか、やはりお前は貴族だよ。箱庭に住む世間知らずの貴族だな」
「何……?」
ボリスは勝利を確信していた。先ほどまでの戦いから、自分とリヒテルの力量は互角と判断した彼にとって、右肩を負傷し、片方のカトラスを渡した彼は脅威の度合いにおいて数段劣る。もはや生殺与奪は握ったも同然、後は槍を引き抜き、トドメの一撃を心臓か頭にぶち込んでしまえばそれで済む。だが、死を前にしたリヒテルのその余裕にボリスは何かの予感を覚えていた。
決して油断してはならない。慢心してはならない。それは箱庭に住むことを許された貴族でありながら、進んで死地に赴いた彼が会得した直感であった。この、悪い時にしか働かない直感は、いつも彼に不幸を告げる。
「お前はどうして人々が命を懸けて戦うのかを知らない。周りには無条件で生命を賭す忠臣ばかりなのだから仕方がないと言えばそうだが、それはスヴァルトの根源的な欠点なのかもしれないな」
「……その忠臣を作れないお前らが何を言う。アールヴは烏合の衆だ。自分勝手で独善的。自らの役目を理解せず、いつまでも迷ってばかりいる。放っておけば同士討ちすら起こしかねないお前らはな、オレらスヴァルトに管理されることが必要なのだ」
「残念だが、管理するだけの力量はお前らにはない。お前らにできることは、力で抑えつけることだけだ。だが、理解できているのか? 狩られる者が、狩る者よりも常に弱いとなぜ、確信できる」
「所詮は平行線だな。もういい、今回ばかりはオレの直感は間違っていたようだ。お前は殺す。それで終わりだ」
焦れたボリスは最も容易な解決法を選んだ。槍を引き抜き、リヒテルの顔に突き立てて殺す。それで全ては終わる。リーダーを失ったバルムンクは統制を失い、本拠地に攻め入る討伐軍を防ぎえないだろう。彼らはスヴァルトに逆らった愚か者として歴史に刻まれ、同時にスヴァルト支配は盤石となる。ボリスは王となり、そしていつの日か、いつの日かあの、可哀想な義妹の名誉を回復させる。輝かしい未来の第一歩。だがどうしたわけか、ボリスはその一歩を進もうとはしなかった。ただ目前と直立し、微動だにしない。
「……な、なぜだ。なぜオレの槍が動かない」
「どうした……引き抜かないのか。私にトドメをさすのではなかったのか?」
リヒテルは右肩に突き刺さった槍に左手を添えているだけだった。それだけでボリスは何もできなくなった。渾身の力を込めて槍をリヒテルから引き抜こうとするが、どうしてもそれができない。まるで何人もの人間が槍に絡みついているようにどうしても引き抜けないのだ。
「3、2、1……ゼロだ」
リヒテルは槍に添えた左手に力を入れる。槍は肉と皮を突き破り、上方向に抜けた。ちらっと見えた白い物ははじけ飛んだ骨の欠片だったかもしれない。ボリスが戦慄する。彼の表情は奇しくも、グスタフが目を刳り抜いた時に見せた表情に酷似していた。そして結果もそれに準ずる。硬直したその一瞬のスキを突いたリヒテルは、一本となったカトラスを左手に持ち替え、間合いを詰めてボリスを薙ぐ。
それは飾り帯を切り裂き、鎧を貫通し、肉を割って、骨に届いた。ボリスが苦悶の声を吐く、だがまだ浅い。警戒していた分、反応が少しばかり早かったのだ。それが命拾いとなった。
「……なんという気迫だ。この凄み、とてもアールヴとは思えない」
「いまさら何を言う。もう一度言う、お前は温室から出るべきではなかった。いや、出てもいい。だが出るのならばもっと自分の周り以外にも目を向けろ。籠の中の鳥は、広大なる空を知らない。そして、ネズミにも劣る」
「言いたい放題言うのだな、お前は……」
「それが辞世の句か、陳腐だな。ではそろそろ決着をつけようか、私はこんなところで止まる訳には行かない」
*****
「あの時の雪辱戦だ、シャルロッテ……一対一、今度は勝てよ」
「はい、グスタフ様」
仮面の死術士、シャルロッテは自らの頭を撫でるその手に愛しげに縋りつく。完全に隙だらけに見えるが、ヴァンはあえて攻撃しようとは思わない。数少ない証言からグスタフがテレーゼを圧倒する実力があることを知っていた。今、彼の得物はツヴァイハンターではなく、ただの長剣だが、それでもテレーゼと互角程度の腕前しか持たないヴァンが敵う相手ではない。
「さて、始めようか、ヴァシーリー・アレクセーエフ」
「誰の名前ですか」
「お前の本名だ、ヴァン。まさか、初めて聞いたのか?」
「ええ、リヒテル様からは聞いたことがありません。ですが、聞いていたとしても何の意味があるのです。そんなスヴァルト人であるとすぐに分かる名前、バルムンクでは使えません」
「なるほど、確かに……それは悪いことをしたな」
くだらない会話を繰り返しながら、ヴァンは退却の算段を立て始める。官兵宿舎の出口は抑えられている。だが窓から逃げられるだろう。ここは一階。十分に可能だ、問題はその窓にまるで監獄のように格子が嵌められているということ。斬らねばならない。その隙を作れるか……作れる。こちらには時間稼ぎの駒がある。アンゼルムを盾にすれば十分に時間が作れる。アンゼルムは殺されるだろうが、それは問題ではない。ちなみにヴァンはグスタフの一対一と言う言葉をまるで信用していなかった。敵は二人。
「……グスタフ様、切り揃えた耳、あの男、もしかして」
「そう、スヴァルトとの混血だ。お前と同じ……」
「そう、アッハハハハ。バカな男。それなのに、反スヴァルトを貫くバルムンクに与するの。そんなに自分を痛めつけたい? それとも他で生きられないほど、無能なの? どっちにせよ、そんな奴隷根性が染みついた男では私には勝てないわ。その屍兵と同じく、地獄に送ってやる」
(来る!!)
感情表現が豊かなシャルロッテはその動きが読みやすい。攻撃の瞬間は今、だがどこから。恐らく、本命はグスタフの剣、ならばシャルロッテは牽制にでるはず。
「Blüte(咲き誇れ)!!」
ヴァンは死術を展開した。本来ならば屍兵を操る時に使う術だが、副次効果として周囲の屍兵、正確にはその核となっている種を察知することができる。その調べによると……
「下か!!」
間一髪で間に合った。床を突き破って現れた無数の手はヴァンがいた場所で交差する。ドロドロと、緑色に変色した手には研ぎ澄まされたダガー。捕まれば、致命傷とまではいかないにしても、手足を傷つけられ、動きを阻害される。
「何、この仮面男、屍兵じゃないの。生きた人間なの。これじゃあ、トネリコの枝の効果が現れないじゃないの!!」
どうやら、アンゼルムは手に捕まったらしい。彼の場合、〈手〉はダガーではなく、屍返しのトネリコの枝を持っていた。だがどうやら、死体ではなく、生きた人間相手では枝の効果が現れないようだ。恐らく、生きた肉が壁となって、毒素を通さないのだろう。
「アンゼルム、その女を殺せ。そしてできる限り時間を稼げ、私は転進する」
「あ、ああああぁぁぁ!!」
屍兵は五感がない。目が見えている訳でも、耳が聞こえている訳でもない。命令はもっぱら念じるだけでいいので、言葉に出す必要はないのだが、あまり屍兵を扱ったことがないヴァンは言葉に出してしまった。先のエルベ河の戦いで神官兵に命令したようにである。
「に、逃げる気!!」
「……」
シャルロッテの苛立ちを聞き流し、ヴァンは格子のついた窓を袈裟懸けに一閃した。鉄でできたそれはまるで木片か何かのように切れる。そして今度は逆方向に斬り返す。ばつの字に分解した格子の断面は、いつかテレーゼの剣を斬ったように滑らかだった。
「よし、これで……」
「Холка〈枯れよ〉!!」
窓に足をかけた瞬間、ヴァンは一瞬、床が漆黒に染まるのを見た。石床が透過し、地面が見える。そこには絡み合った植物の蔦とそして寄生されているように置かれた……
「人骨……この砦は人骨の上に建てられている」
半ば捨てられた頭蓋骨。なぜかそれらの生前の顔が分かる。どれもこれもガリガリに痩せて、目ばかりが突き出ている。どんよりとした視線には力がなく、意識があるかどうかも怪しい。恨めしげな視線を向けて来るのは、むしろ幸福な方だ。もはや、恨むことすらできなくなった彼らは果たしてヒトと呼べるのか。
「見えるのね、さすがにかじった程度ではないか」
「どういうことだ」
逃げるのも忘れてヴァンはシャルロッテを問い詰めた。ふと見ると、骸骨たちはみるみる痩せていく。そこに苦悶の表情はない。果物が乾燥していくようにただただ干乾びていくのだ。
「この砦は元々、神官らが建設したものなのだけど、予算を横流ししたかった彼らはその埋め合わせのために貧民をかき集めて信じられない程の安値でこき使ったのよ。朝から晩まで重労働をさせたあげく、食事は小麦を溶かした薄いスープしか与えない。当然、バタバタと皆倒れたわ。でも貧しい人はたくさんいたからそれでも人手不足にはならない。どんどん、運んできてどんどん殺す。この砦はね、人骨で塗り固められて建築されたの」
「……」
「私の死術は大地に眠るその遺体に種を寄生させ、操るものよ。ふふふ、私のお父さんもその時、死んだわ。この死体のどれかが私のお父さん。親を亡くした私は奴隷商人に売られて、リューネブルクの司教府に流れ着いた。そこでどんな扱いを受けたか知っている。神官の慰み物にされるのがどんなことか。でもそれももうおしまい。私は力を手に入れた。奴らに負けない。ううん、奴らを屈服させるだけの力が……今度は奴らが私と同じ目に会う番よ。キャハハハハハ!!」
高笑いを上げるシャルロッテはしかし、はたと気づいて笑うのを止める。ヴァンの冷め切った視線を見て、烈火のような怒りを顕現させた。
「何よ……なんでそんなにつまらなそうな顔をしているのよ。怖がりなさいよ、それか罪悪感に打ちひしがれなさいよ。その砦建設にはファーヴニルも関わっているのよ。あなた達、ファーヴニルが……」
「くだらない」
「えっ……?」
「くだらないと言ったのです」
それはあまりにも平坦な声音だった。シャルロッテの言い分を戯言とかたずけるそれは冷徹だからではない。本当に関心がないのだ。その非道がなんだと言うのか。それに例えばバルムンクが関わっていたとしてもそれがなんだと言うのか。
「成したいことを成すがよい。死術士はつまるところ、法の外に外れた者。人間ではないのだ。人間ではないモノが、人間らしい感情でモノを語るな。相手を殺す理由は復讐にあらず、気に食わない、だけでいいじゃないですか」
「……何を」
シャルロッテは明らかに怯んでいた。彼女は恐らく、死術を学んで日が浅い。いや、他の、〈本当の〉死術士に会ったことがないのだろう。仲間を死体に変え、味方を殺し、あるがままに生き、死か追放によって外の世界に旅立つ外法の術士。ヴァンは死術士としてのその精神を完成させた。完成を阻害していた蒼い髪の少女がいなくなったことで、彼を止める者がいなくなってしまったが故に。
「地盤の各所に埋め込まれた死体を操れるのならば、その死体を動かすか、消滅させることで建物を崩せる。城壁を崩したのはこの方法か、だったら……」
「何を思いついたか知らないけど、あなたは負けよ、ヴァシーリー。あの時はただ崩すだけだったけど、今度は違う。建物の要となる支柱下の地面を崩すことで狙った場所だけを崩落させる。窓から逃げても無駄。あなたに覆いかぶさるようにこの宿舎を崩落させてぶっ潰してあげる。ぺらっぺらのパイ生地になりなさい!!」
「それを使ったら、私の勝利は確定する」
「何……?」
動揺するシャルロッテをあざ笑うようにヴァンは淡々と告げた。
「死体は恨んだり、ましてや復讐を考えたりはしない。死体はモノだ。ただ、消費されるだけの道具だ。そこのアンゼルムを見ろ、かつては部下に慕われ、連合軍の大隊長すら務めた戦士がいまでは私の命令一つで自決するただの道具でしかない」
「げ、外道め。仲間をそんな風に扱って良心が痛まないの」
「私は死術士ですから……」
「……っ!!」
「さあ、使いなさい。それで決着だ。この決闘も、戦闘も……そして戦争さえも……私の役目も」
最後の一言は誰にも聞こえることなく消えた。ハノーヴァー砦攻防戦、それが終焉の始まりだった。




