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深霧のザーイエッツ  作者: 山崎 樹
第四章 欺き、欺かれて
31/121

もはや、後戻りはできない

「北門を攻めていたファーヴニル部隊、二百人はほぼ全滅。わずかな生き残りは治療を受けていますが、この戦いに加わるのはもう無理でしょう。そして指揮官である連隊長テレーゼ・ヴォルテール様は瓦礫に押しつぶされて生死不明であり……」

「どうした……続けるのだ」


 いつもと変わらぬ口調のまま、リヒテルが報告を促した。伝令の兵士は短く深呼吸すると、何度も唾を飲み込んだあげく、まるで絞められる鶏のようにかすれた声で先を続けた。


「戦死と推測されます」


 それだけ言うと逃げるように兵士は天幕を出ていった。否、逃げたのだ。これから起こることがどれほど恐ろしいかを予測し、自分がとばっちりを受けないように離れたのだ。

 残されたのは司令官リヒテルとファーヴニル部隊の副官、アンゼルム。赤毛の青年はまるで折檻を受ける子犬のように縮こまり、顔面を蒼白にしていた。彼が助かったのは全くの偶然だった。城壁が崩れた時にたまたま瓦礫が頭上に落ちてこなかった。ただそれだけである。細かな傷は数えきれない程あったが、五体満足で、なにより無事に生きのびただけでも出来過ぎた幸運である。

 だが、それを喜ぶ余裕はなかった。部下が死んだ。同じ農村出身の弟達の多くが帰ってこなかった。そしてテレーゼ、愛した女を守り切れなかった。それらの事実が彼の精神をやすりでかけるように苛んでいたのだ。


「も、申し訳ございません。ひぐっ、申し訳ございません」

「謝罪の必要はない。そもそもお前は何が悪いと思っているのだ?」

「そ、それは……」

「城壁が根元から崩れることを予測できたのか? ではどのような方法で? どうすればこれほどの惨事を回避できたのだ。言ってみろ、答えてみろ!!」


 リヒテルの氷のような無表情が崩れた。彼は信じられない速度で腰の剣を抜き、残像すら残らないほどの速度で振り降ろした。

 アンゼルムは恐怖のあまり、熱病にかかったように呆けていた。そしてその口元には笑みが見えていた。これは救いなのだ。大きすぎる罪を抱えた者にとって死は救い。それでもってすべての罪は許される。アールヴ人は死ぬとその魂は別のモノへと転生すると信じている。どれほどの罪を犯しても、それは来世には引き継がれない。次の生では今度こそ悔いのない人生を……無論、死が恐ろしくない訳ではないのだが。


「ぐっ、ぎ……」


 振り降ろした剣の軌道を強引に変え、リヒテルは〈処刑〉を取りやめた。茫然と座り込む部下を見ているうちに次第に顔がいつもの厳ついものへと戻っていく。


「八つ当たりだ」

「へっ、は……?」

「すまないが、出て行ってくれないか。少し考え事がしたい」

「し、しかし……」

「今、私は自分が何を仕出かすかわからないのだ。分かってくれるな、アンゼルム」


 外に出ろ。ただその命令を聞いた故にアンゼルムはノロノロと立ち上がり、外に出ていった。完全に茫然自失の体だ。これでは体は無事でも今回の戦いにはもう加えられないだろう。


「お前に罪はない。罪があるのは……」


 アンゼルムがリヒテルの声を聞いて振り向いた。そして無言でその先を促してくる。だが、リヒテルはそれっきり続きを言おうとはしなかった。幾ばくかの沈黙の後、手を振り、退室を促す。アンゼルムは疑問をいうこともなく出ていった。

 ……全ては私の罪だ。その言葉をリヒテルはギリギリのところで飲み込んだ。彼は千人以上の兵士の命を預かる司令官なのだ、間違いは許されない。生死をかける彼ら兵士は最大限の努力でもって生き残ろうとしている。そんな彼らの生きようとする意志が司令官の間違いで踏みにじられたとあってはもはや二度とその下で戦おうとはするまい。言葉は魔法だ。口に出したその呪文は周囲に流布され、取り返しがつかない。もはやリヒテルは謝罪が許されない立場にいる。


「……そういえば、崩れた城壁の下でこんなものを拾ったな」


 城壁の崩れは河に程近い北門から起こり、放射状に広がった。地面が陥没し、そこから河の水があふれ、土台を失った城壁は形を保ったまま垂直に倒れた。まるでサンドイッチのように、外壁を突破したファーヴニル部隊を押し潰したのだ。連合軍の中で、最も勇猛果敢であり、ミハエル伯に勝った精鋭部隊がその瞬間に消滅したのだ。無論、交戦したスヴァルトの守備隊もかなりの被害がでている。恐らく一般兵は今回の城壁崩しを知らなかっただろう。ということは大規模な土木工事を用いた仕掛けではない。ではどうやって……


 生存者救出にはリヒテルも参加している。指揮を放棄して現場に駆け付けたことは司令官として大いに問題があるが、幸い、敵側も大混乱になり、戦闘どころではなくなった。そこでこの〈種〉を拾ったのだ。

 ヴァンは独学で死術を学んだ。バルムンクの倉庫に禁書として誇りを被っていた資料を駆使しつつ、試行錯誤の上で会得したのだ。ただし、リヒテルもある程度の知識はある。そうでなくば、死術士のヴァンを指揮できない。この種はヴァンが触媒に使う物と良く似ていた。もしかすると……


「誰か……死術士を呼んできてくれ」

 

 外で侍る護衛のファーヴニルに命令を下した。リヒテルはヴァンのことを公の場でもう名前では呼ばない。彼は混血、バルムンクの中で親しくしてはいけない存在なのだ。それに戸惑いがあるものの、後悔はない。ヴァンならば分かってくれる。


「もはや、後戻りはできないのだ」


 その独白を言い終えたか否かの時、件の死術士は現れた。


*****



「私の能力は死者を操ることだけです。それ以外は独学の限界か、それ以上のことには及びません」

「そうか……お前にも分からないか」


 明日の打ち合わせのためにリヒテルの天幕にやってきたエルンスト老は先客の存在を見つけた。火急の用事というわけではないのでしばし待とうかとも思ったが、意外にも入室を勧められた。先客である死術士ヴァンにである。彼は幾分、髪を切っていた。切り揃えられた髪から切り揃えられた耳が覗いている。それは彼がスヴァルトの血を引くと言う証。彼は自らの出自を隠さなくなっていた。


「死術はヤドリギ(ミストルティン)を用いた植物魔術でもあります。ヤドリギの種を死者に植え付け、苗木である〈杖〉で操る。ですので、種が地中から見つかったということは死術でもって城壁を崩したということですが、対応策は思いつきませんね。お手上げです。ただ分かったことがもう一つあります」

「なんだ……?」

「敵は今回の城壁崩しをもう一度使えるということです。今度は本城で……北門では外壁と内壁が崩れました。本城への道が出来たわけですが、その分、行動が読みやすい。今度押しつぶされるのは誰ですか。飢狼軍の中から選別しなくてはなりませんね」

「では、ヴァン、お前がその犠牲となるか? そう言うのならば覚悟はあろう」

「勿論です。命令、承りました」

「止めぬか、お主ら!!」


 あまりにも剣呑な雰囲気に耐え兼ねてエルンストが口を挟む。なんなのだ、この冷え冷えとした空気は。特にヴァン、彼はいつからこんなしゃべり方をするようになったのだ。少し前まではやや冷徹な印象こそあったものの、謙虚で、バルムンクの面々を大事に思っていたのに、今の彼はファーヴニルを駒のように扱っている。


「あまりにも今回の戦いは犠牲が大きすぎた。少し、慎重になってはどうだ」

「できません。慎重になって時間がかかればかかるほど、本拠地リューネブルクが危険にさらされます。確かに犠牲は大きかったですが、それ以上の犠牲を出さないためには多少のことは……」

「だが、テレーゼが死んだのだぞ」


 それはエルンストにしてみれば卑怯な言い方であった。ヴァンが慕う彼女のことをだせば多少なりとも自分がやろうとしていることを顧みてくれると考えた故の言葉であったが、リヒテルがやや目を伏せて悲しみを見せたのに対し、ヴァンは毛筋ほども動揺を見せなかった。


「それがどうしたのです? 彼女はファーヴニル、覚悟はあったでしょう。立派な最期です。私は誇りに思っていますよ」

「お主は!!」


 エルンスト老は激怒し、自分の肩ほどしかないヴァンを締め上げる。気道を圧迫するものの、やや顔が鬱血で朱くなる以外にはヴァンの顔に変化はなかった。逆にエルンストの方が動揺する。なんて目をしてやがる。これが十五、六の若者の目か。どこか自らの生を達観し、他者に無関心になった末期の老人のような目であった。


「悲しくないのか、愛していたのではないのか、テレーゼを!!」

「それは憶測ですか、では的外れですね。悲しくもありませんし、愛してもいません。彼女が死んでも涙すら流れませんでしたよ」

「止めろ、エルンスト、ヴァンの言うことは正しい」 


 どこかあきらめたようなリヒテルの声に屈し、エルンストはヴァンを締め上げていた手を離した。


「現状では神官と飢狼軍しか我らの手元にはない。しかし神官は信用できない。であるならば、飢狼軍に先陣を切らせよう。選別は任せる。条件は心身ともに頑強であること、自らの生が危険にさらされても、それ以上の利益があるのならば構わないと思う者。それと……」

「それと?」

「既婚者は外せ、条件はその三つだ」

「分かりました。それでは指揮官ですが私が勤めても構いませんか?」

「いや、前線指揮は私が取る。総指揮はエルンスト老にお任せしよう」

「わしか?」


 何気なく言ったリヒテルだったが、その発言に初めてヴァンが噛みついた。どこか憎悪しているような鮮やかな表情の変化であった。


「貴方が死ねばこの連合軍はおしまいですよ。それが分かっていながら前線にでるのですか?」

「そうだ、それがどうしたのだ」


 リヒテルに迷いは見られなかった。迷いが見られたのはヴァンの方だ。彼は怒りを隠そうともせずに泡を吹くようにまくしたてる


「危険を晒すのは立派ですが生憎と命の価値は平等ではない。貴方の命と、一般兵士の命では釣り合いが取れないのです。ならば代わりに私が出た方が失敗した場合のリスクも少なくて済む」

「言うようになったなお前も。だが、それは少し穿ちすぎだろう。報告では相手の前線指揮官はあのグスタフだという。奴に一対一で勝てるのは私だけだ。お前に勝つことができるのか、私に匹敵する強さを持つあの裏切り者に……」

「……自信がありません」


 ヴァンはグスタフと直接戦ったことはない。だが数少ない証言から彼の実力がテレーゼを大きく超えていることは推察できた。自分とテレーゼの実力は同じくらい、ならば自分はグスタフには勝てない。一か八かの博打で強者と戦うテレーゼに対し、ヴァンは低い可能性に賭けたりはしない。


「正直でよろしい。それにだ、この砦を落とせなければ遅かれ早かれ、連合軍はスヴァルトに敗北する。南部のファーヴニルと合流できなければ物量で押しつぶされる。ならば打てる手は今のうちに打つべきではないのか」


 何も答えないヴァンは、案にリヒテルの言っていることが正しいと認めていた。これで会話は終了した。後は両者ともやるべきことをするだけである。静かに退室するヴァンにリヒテルは一瞥すら与えなかった。もはや彼らの間にあるのは冷たい打算だけであった。


「それでは明日の打ち合わせをしようか、エルンスト老」

「そうじゃな、そうしようかのう」


 エルンスト老はこみ上げてきた言葉を全て飲み込んだ。ヴァンの豹変、それによる両者の関係の変化は好意的に思えることでは決してない。だが、それを口に出すことははばかれた。それを自分が解決できるのか。できはしない。二人の間にあるその静かな亀裂の正体を推測することすらできないのだ。ならば自分はせめてリヒテルの支えになろう。重すぎる荷物を背に抱えた彼の味方になろう。その身が滅びるその時まで。

 老人はその懊悩を心の中の箱に投げ込み、厳重に施錠した。二度と取り出してしまわないように。


*****


「北門を守っていた守備隊は200人中、153人が死傷しました」

「……七割か、意外と少なかったな」

「俺が直前で退避させてからな。だがボリス、死んだのは153人だ、七割じゃない。思っていても口にしちゃいけないぜ」


 同じころ、ハノーヴァー砦の司令室にて司令官、ボリス侯爵と副司令官、グスタフが報告を受けていた。城壁が崩れたのは勿論、意図的なものである。彼らは劣勢に陥った場合、この策を実行して最悪でも相打ちに持ち込む気でいたのだ。例えこの砦が連合軍の手に落ちようとも大損害を与えれば、彼らは本拠地リューネブルクを守れなくなる。首都マグデブルクから討伐軍が進発すればそれで全てが解決するのだ。


「水上での戦いはあまり芳しくないようだな」

「城壁が崩れた混乱を利用して包囲を脱出したようですが、十五隻中、生還できたのは半数の七隻。しかもその内、四隻は損傷がひどく、万全の戦闘は難しいようです。兵士に至っては三分の一の百を切っています。治療の後、戦線復帰できる者を数えても半数に届くかどうか……」

「彼らはムラヴィヨフ家の私兵団。オレの管轄じゃない、だが足を引っ張られるのは問題だな」

「明日の戦闘では予備兵力に回そうぜ。あの敗戦の後ではショックでまともに戦闘できないだろうからな」

「そうしようか。ではセルゲイにそう伝えろ、余計なことは言うなよ、思いつめて何かされてはかなわないからな」

「はっ!!」


 伝令の兵士が出ていくと、途端にグスタフは椅子にだらしなく寄り掛かり、素行を崩した。気安い仲だが、それでも目前の相手は王太子。限度というものがある。だが、寛容にもボリスはそれを許した。


「下手をうったな、グスタフ、お前らしくもない」

「あ、これのことか?」


 グスタフがあくびをしながら左目を指さす。そこは無残にも潰れている。城壁が崩れた時に彼はその上にいた。崩れることを知っていて、なおそれでもそこにいたのだ。

 持ち前の運動神経で城壁のサンドイッチを回避したものの、周囲を蹂躙した瓦礫を躱せなかった。右側から飛んできたそれは剣で弾いたが、〈左手が塞がっていたため〉左から飛んできたそれが見事にぶち当たったのだ。


「そうなるとわかっていてなぜ、北門に行った。お前のことだからただの気まぐれなのだろうが、そういった軽挙妄動は謹んでくれ。オレが〈王〉となった暁にはスヴァルトの改革を行う。首都の放蕩貴族共を大掃除しなくてはならないのだ。そのためにはお前が必要だ」


 ボリスは真剣だった。腐敗神官によって苦しめられるアールヴとは別に、スヴァルト側にも大きな問題があった。それは貴族である。それも十年前の戦いで名を馳せた勇者たちが今、枷となっていた。


「……かつて、ウラジミール公の一声で集まった万の軍勢が、今や鈍重なる豚に成り果てた。手に入れた領地を守ることに固執し、迅速な行動が出来なくなっているのだ」

「討伐軍の編成が進んでいないのか。まあ、確かに兵士を送っている間に自分の領地で反乱を起こされたらたまったものではないな」


 十年前の戦争で勝利したウラジミール公は付き従った家臣に気前よく所領をプレゼントした。権力が分散するという意味では褒められたことではないが、そもそも貴族の連合政権といったスヴァルトはそういった御恩と奉公で成り立っており、末端の兵士に神のごとく崇められるウラジミール公とてそれは変わらない。敵対したアールヴが恐れる程、鉄の結束を誇っているわけではないのだ。

 今回、ウラジミール公派とも言えるミハエル伯が敗死したことで報復を考えている貴族は多いが、同時に自分たちの領地でも反乱を起こされるのではないかと恐れている貴族もまた多い。場合によっては、盗賊のような下賤なものでも伯爵クラスの大貴族を倒せることをバルムンクは証明してしまったからだ。


「アールヴの国は数百年かけて堕落したと言うのに、我らスヴァルトはたったの十年で衰えた。この様はなんだ。抜根から皆の意識を変えなければ、必ずアールヴに盛り返される。人口比で五分の一でしかない我らスヴァルトは個々が優秀でなければならないと言うのに」

 

 ボリスの熱い思いを聞いていたグスタフは徐にナイフを取り出してボリスに突き付けた。ヘラヘラと笑っているグスタフだったが、その目は笑ってはいない。どこか苛立たしげでさえあった。


「甘いぜ、ボリス……」

「なっ!!」


 グスタフはゆっくりとした動作でナイフを自分の顔に突き刺した。正確には潰れた目にだ。グリグリとまるで子供が砂遊びをするように目玉をいじくると、カエルを踏み潰したような不気味な音をたてて、血が滴る潰れた目がテーブルに落ちてきた。

 ボリスは凍り付いたように身動き一つしない。恐れるような仕草を微塵も見せないところに彼のわずかに残った矜持が現れている。


「驚くなよ、ボリス。見えない目玉はいらないだろう? 同じように役に立たない貴族は殺してしまえ。お前が王になってやらなければならないのは大掃除じゃない、大虐殺だ」

「……そんな無慈悲なことができるか。同じ貴族だぞ、ウラジミールの大草原で遊んだ親友たちだ」

「そんな甘いことであのリヒテルに勝てるのかよ? あの男は既に覚悟を決めたぜ、十年前にな、最も俺に言わせればあいつはその分、欠点も多いのだがな」


 リヒテルの名前を出された途端にボリスの表情が強張る。明らかに怒っていた。それはミハエル伯が殺された時と同じくらいの、ただしまったく別種の怒りであった。ミハエル伯は卑怯な裏切りによって殺された。だが彼は自己の最期をある程度選べた分だけまだ幸せだ。それに比べてリディアは……


「卑怯だぞ、あの男の名前を出すのは……ああ、そうだ、リヒテルに関してオレは冷静ではいられない。卑怯にして卑劣、恥知らずめ。彼女は最後まで奴を庇おうとしていたのに、あの男は……」

「分かるさ、俺は彼女の侍従だった。あの時の無念、幾度となく悔やんだことか。だがそれも断ち切る時が来た。リヒテルのことだ、明日の戦いでは先陣を切るはずだ」

「まさか、奴は司令官だぞ。それが前線に出るわけがない」

「指揮はあの、エルンスト老が代行するだろう。いいか、あの男はとんでもない偽善者だ、兵士の命を犠牲にしたことをすまないと思っている。だから今度は自分が危険を晒して懺悔したつもりになるのさ」


 包帯を顔に巻き付けながらグスタフは自らの予測を話し始めた。その表情は手と包帯に隠れて見えない。ボリスにはどんな顔をしてグスタフがしゃべっているのか分からなかった。


「ではオレらもそれに合わせようか」

「何をするつもりだ、ボリス?」

「白々しいぞ、グスタフ。皆まで言わせる気か、明日はオレも前線に出るということだ。総指揮はお前にまかせる。だが、分かっているだろうな、オレは王太子だぞ。そのオレが戦死するようなことがあればお前も含め、この砦にいる全兵士は殉死させられる。主君を守り切れなかった罪でな」

「それは大変だが……なんでまたそんなことを今、口に出す?」

「妙なことは考えるなということだ。オレが死ねば今度は別の人間が継承者となる。その事態を歓迎する者も多い」

「おいおい、つまり俺がそいつらに買収されている可能性があるということか。十年来の親友を疑うのか?」

「その友情ができるだけ長く続くことを願っている、〈蜘蛛〉よ」


 そう言うとボリスは静かに退室していった。残されたグスタフは笑っていた。本当に楽しそうに笑っていた。


「なるほど、騙そうとするのはお互い様か。これは一本取られたぜ」


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