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深霧のザーイエッツ  作者: 山崎 樹
第四章 欺き、欺かれて
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私達はしょせん豚でしかない

リューネブルク市よりハノーヴァー砦へ・バルムンク連合軍、スヴァルト領へ進軍中・輸送船内――――


 スヴァルトとの混血という出自が知られ、投獄されたヴァンは釈放された。

 しかし、所属していたバルムンクからは不名誉除籍という形で追放処分を受け、もう二度と復帰は叶わないだろう。

 十年の献身がいとも簡単に覆された形だが、ヴァン本人は気にしてはいなかった。

 掌を返されるのには慣れていた。

 理不尽だと思う心は既に擦り切れてなくなっていた。

 今の彼はバルムンクの傘下に入った官兵部隊の副官である。


「食糧の在庫が合っていないようですが……」


 船でエルベ河を下ってきた官兵部隊は徒歩の本隊より半日早く、ハノーヴァー砦の前面に到着した。

 今より一日後の早朝、総攻撃が開始される。

 それまでに運んできた物資の確認を行わなければならないのだが、どう数えても数が合わない。

 武器や矢盾、梯子やレンガ、分解した投石器などの攻城戦用の物資はヴァンが目を光らせ、横流しなどさせなかったのだが……さすがに千人分の食糧在庫までは一人では監視できず、既に二割強が減少していた。


「みなさん、戦場が近づくにつれて、恐怖から過食に走るんです。一応、一日に食べる量は決まっていますが守っている人はあまりいませんね」

「まとめ役の竜司祭長殿は?」

「くすねたワインで酔っぱらっています。後の責任は持つから、職務はヴァンさんと私に任せるそうです」


 残念過ぎる官兵部隊の内容を雑用係であるアマーリアが知れっと報告した。

 それにヴァンは怒らなかった。

 バルムンクを盗賊団と蔑んでいた官兵は、下剋上の末、自分たちの上司になったバルムンクに嫉妬し、容易には従わない。

 つまり、バルムンクからの転向組であるヴァンのいうことなど聞くはずがないのだ。

 不可能なことをヴァンはしない。

 ただ、官兵の腐敗と無能を計算に入れて働くだけである。

 しかしむしろその困難で理不尽な職務は彼にとって救いであった。

 十年過ごしたバルムンクを追放された痛手は想像以上の心傷をつけていたのだ。

 わけても幼馴染の蒼い髪の少女と会えなくなったことは致命傷に近く、激務こそがその痛みを和らげてくれる。


「……もしかして、テレーゼ姫のことを考えています?」

「なぜ、お嬢様のことがここに出てくるのですか?」

「スケベな顔をしていましたから……」

「それは言いがかりというものです」


 心象を見抜かれたような気がしてヴァンが内心、ドキリとする。

 奴隷娘アマーリアは初めてあった時と比べて強かで、狡猾になった。

 司祭長の愛人だったという経歴を利用して官兵ともうまく付き合っているようであり、その成長ぶりはヴァンには計算外だった。


「姫の結婚相手、未だに決まらないようですね。なぜか途中で話が立ち消えになるんです。特に顔合わせ以降は九割方、失敗に終わりますね」

「何をやっているのだ、テレーゼお嬢様は……」


 ヴァンは頭を抱えた。

 テレーゼ……彼女は自分が頭領の娘であり、バルムンクの顔だということを理解しているのか?

 例え、気に入らない相手だとしても、組織のために我慢する自制心はないのか?

 ……プライベートではどれだけ相手を虐待してもいいから。


「……まあ、政治的な配慮など、テレーゼお嬢様にはご無理と言う訳だな」


 ヴァンには正しい結婚の認識はない。

 死術士、正確には混血である自分と結婚しても相手が不幸になるだけ、と結婚に興味を持たなかったのだ。

 そのせいか、彼は結婚などただの契約に過ぎないと思っており、それ以上の意味を考えない。

 ちなみにテレーゼが仮に夫となった男にどれだけ暴力をふるっても彼は看過する気でいる。

 テレーゼお嬢様の伴侶になった時点でその男は一生の幸運を使い果たしたようなものだ。

 だったら、残りの人生は捨てたも同然……俯いて暮らすのが筋というものだろう。


「ヴぁんさん、愉しそうな顔……少し、嫉妬します」

「……」

「これならばまだ大丈夫ですね。妄想を心の支えにしてください」

「おい、その言い草は……」


 あんまりなそれにヴァンは思わず、アマーリアを叱責しようとする。しかし彼女は軽やかに回避すると、出口へと向かう。


「ヴぁんさんはそのまま、仕事していてください。私は竜司祭長に報告しに行ってきます」


 脱兎のごとく逃走するアマーリアを取り逃がし、ヴァンは手を伸ばした格好で固まった。完全なる敗者の姿だった。


*****


バルムンク連合・補給船団・旗船クリームヒルト・船長室――――


 飲み過ぎているのはわかる。

 だがそれでも自分の意志を離れた右手は樽からワインを掬い、口に運んでいる。

 それも水で薄めたりせずに直にである……それは毒を飲んでいるのと変わらない。

 官兵部隊の指揮官、竜司祭長代行、ブリギッテ・バウムガルト。

 腐敗しきった官兵の中でも気骨があり、スヴァルトに対する強硬姿勢を司教府ではなく、バルムンクに評価されて二十歳にして神官兵の長に任命された女傑。

 だが、その真実は世情にうとく、スヴァルトのおこぼれに預かれなかった世間知らずであった。

 マグデブルク大学主席という学力も持ち腐れであり、ただ、みっともなく寝そべったりせず、キチンと制服を着こんで、テーブルに座って飲酒しているところになけなしのプライドが感じられた。


(バルムンクはなんて愚かな奴だ、我ら腐敗神官が本当に戦争ができると思っているのか?)


 ブリギッテは十年前の敗戦前夜の首都マグデブルクを思い出していた。

 主力軍がスヴァルトに敗れた後、先代の法王は籠城どころか、敗戦の責任を居もしない裏切り者の存在に擦り付け、数千という市民を磔にしたのである。

 スヴァルトと取引していた商人、あるいはスヴァルトとの混血。

 何の関係もない彼らは虐殺された……彼らは味方に裏切られたのである、彼らが慕う、神官らに。


(私達はしょせん豚でしかない。腐肉を貪る豚だ。だったら、そういう戦い方をしようじゃないか)


 ブリギッテがテーブルの鈴を鳴らすと、二人組の官兵が天幕に入ってきた。

 異様に背が高く、ガリガリにさせた男と、背が低く、でっぷりと太った男であった。

 その不健康さは彼らが兵士として無能であることの証明であり、こんな奴らリューネブルクの司教府では存在しない。

 彼らは明日攻略する砦に駐屯するヒルデスハイムの神官兵であった。

 どうやら、神官の腐敗は南部の方がよりひどいらしい。


「これはこれは戦乙女ブリギッテ殿、ご機嫌うるわしゅう」

「噂にたがわぬお美しさ……」


 歯の浮くようなおべっかにブリギッテは形ばかりの礼をする。

 これがテレーゼならば二人は叩きのめされており、逆にアマーリアならば歓心買うため、満面の笑みを浮かべるだろう。


「わざわざ砦から抜け出してもらったのは他でもない。明日のハノーヴァー砦攻略戦だが、そちらは港側に配置されるのか?」

「ええ、大草原で育ったスヴァルトと違い、我ら官兵は水軍の伝統がありますから……明日の防衛戦では港を守るようボリス侯爵に言われております」


 エルベ河に隣接するハノーヴァー砦を攻略する方法は二つ。

 一つは正面からの城壁突破。

 そしてもう一つは物資を搬入する港から直接、中枢に侵入する方法である。

 しかし、市外に出たことがないバルムンクや難民崩れの飢狼軍は船上での戦いに慣れておらず、それは正式な訓練を受けたことがある官兵が担うのだ。

 それはスヴァルト側も変わらない。

 つまり、水上での戦いは神官同士が剣を交えることとなる。


「我々は明日からの戦いで手を抜く。だからそちらも手を抜いてほしい」

「わかりました、おっしゃるとおり手を抜きましょう。しかし、こちらはともかく、そちらは大将が堅物のリヒテルと聞きます。あまり戦果がなくては立場が危うくなりましょう」

「ああ、だからギリギリの所で失敗というふうにしたいのだが、お願いできるか?」

「それでしたら、河底に沈めた罠の場所を教えましょう。それを撤去すればかなり港近くまで行けます」

「助かる」


 着々と作戦会議は進んでいく。

 彼ら敵対するはずの両者の目的は戦闘の長期化である。

 ハノーヴァー砦攻略は長引かせることができないのだ。

 長引けば、首都からの討伐軍が本拠地リューネブルクに進軍してくる。

 つまり短気決戦に失敗すればバルムンク連合軍は引き上げざるを得ないのだ。


「いやぁ、ブリギッテ殿が話の分かる方で良かった。戦争と聞いて一時はどうなることかと思っていたんですよ。まったく、戦争で死ぬなんて馬鹿馬鹿しいとは思いませんか?」

「だが狂信的なバルムンクにはそれが理解できない。まったく、冬眠明けの熊より扱いにくい奴らだ」


 それから酒を交わして裏切り者同士は歓談した。

 天幕の外にて聞き耳を立てる者の存在など知りもせず……。


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