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深霧のザーイエッツ  作者: 山崎 樹
第三章 幕間狂言
23/121

私は貴方を傷つけたくありませんから

sideアマーリア――――


「始まったかのう……」

「し、司祭長……様」


 ヴァンとテレーゼ、二人の決闘を茫然と眺めていたアマーリアは不意に肩を叩かれた。

 相手は誰あろう、権謀家と名高い司祭長である。

 彼はこの光景を食い入るように眺めていた、心なしか愉しそうでもある。

 アマーリアは思わず不安から、胸の傷を抑える。

 司祭長が笑みを浮かべている時は大抵、ろくでもないことを考えているときである。

 そして自分たち少女奴隷がその尖兵を担うのだ。

 アマーリアは司祭長とは数年程度の付き合いだが、その恐怖は身体に刻まれている。


「こうも状況がわしに有利に動くとはのう。偶然とはいえ、始祖の加護を信じたくなってくるわい」

「何が、そんなに愉しいのですか、私には仲間同士で争っているようにしか見えないのですが…」

「ふん、何が仲間か。バルムンクなどしょせん、わしの道具に過ぎぬ。仲間割れをしてくれれば、操りやすくて良いぐらいじゃ」


 司祭長の興奮した様子にアマーリアはついていけない。

 気の弱い彼女は宿り主たるヴァンが死なないよう祈るばかりであった。


「バルムンクの幹部二人が決闘とは…これはつけこめるな」

「司祭長様、私にはわかりません。二人のどこにつけこむ隙があるのですか?」


*****


sideヴァン――――

 

 ヴァンはテレーゼの突進に剣を正眼に構え、防御の姿勢で応じる。

 完全に後手に回った形だが、瞬発力で劣っている以上、他に方法がない。

 騎馬突撃(ランスチャージ)にも匹敵する彼女の突撃に正面からぶつかるのは危険すぎるのだ。


(初めは正面からの一撃……フェイントは絶対にない)


 テレーゼの雷撃のように速く重い、大上段の一撃をヴァンは右側、テレーゼにとっては剣を持っていない左側に回り込んで回避した。

 常に前を向いていたテレーゼと、彼女の隣で侍っていたヴァン。

 補佐するという立場故、ヴァンはテレーゼの癖を知っていた。

 未来予測と言うほどだいそれた物ではないが……しかし、実力が伯仲しているため、わずかなアドバンテージが容易に勝利へと結びつくのだ。


(初撃を躱されたのならば、仕切りなおすために一端、距離を置く)


 左か右か、あるいは後方か……だが立て直す暇をヴァンは与えたりはしない。

 追撃で勝利をもぎ取る


(上だと!!)


 ヴァンは一瞬、我が目を疑った。

 テレーゼはヴァンの無防備な頭上を手に入れていた。

 助走もなく、体のバネを利用した垂直に等しい跳躍。

 突撃の姿勢からの無理な体勢変化……だが、彼女は強引に攻撃を繰り出す


「とどめぇぇぇぇぇ!!」

「……!!」


 初めに回し蹴りが来た。

 だがヴァンはあえて防御することなくその一撃を顔面で受ける。

 蹴りはフェイントだ。

 本命は頭上から来る剣の一撃……それを受ければ、意識など簡単に刈り取られる。


「はぁぁぁぁ!!」


 左の眼に走る激痛。

 それに頓着することなく、ヴァンは両手で剣を持ち、迎撃の姿勢を取る。

 斬り払うのは本人ではなく剣。

 流れるようなその動きは全身の力をただ一点に集中させる。


「嘘っ!!」


 空中にいたため、踏ん張りが利かなかったテレーゼは押し負けた。

 そして甲高い音と共に半ばから斬られたカトラス。

 折られたのではなく、砕かれたのでもない。

 まるで初めからそうであったように、破壊されたカトラスの断面は綺麗であった。

 

「大口を叩くだけはありますわね」

「お褒めいただきありがとうございます」


 ヴァンは余裕の表情で応対するが、その実、それほど自身の優位を感じてはいなかった。

 蹴りを受けたせいで左眼が見えなかった。

 潰れたわけではない……だが、左側の視界が利かず、その分、反応が遅れるのはどうしようもない。


「次は躱せませんわ」

「次が最期です」


 互いに得物を構え、再び、相対する二人。勝利の天秤は未だ平行を保ったままであった。


*****


sideテレーゼ――――


 テレーゼは対峙する敵を侮っていたことを認めざるを得なかった。

 確実に仕留めるはずだった。

 躱されるはずがないと思っていた。

 しかし手に残るのは斬られた愛剣。

 綺麗に斬られたその断面は相手の卓越した技量を示している。

 たとえ、鍛冶屋の手でも、こうまで綺麗にはならない。

 奇襲はともかく、斬り合いは不利……自分は、武器ごと真っ二つにされてしまう。

 持久戦になればなるほどその可能性は高まるだろう。

 テレーゼは短期決戦に活路を見出すしかない。


(まだヴァンは手加減している。剣じゃなくて、私を狙えば簡単に倒せたのに……)


 テレーゼは敗北の予感を飲み込み、突撃を開始した。

 幼馴染の目を覚まさせるには勝利しかない。


 「はぁぁぁぁ!!」


 斬られた剣を逆手に持ち替え、ナイフを扱うように連続して突きを放つ。

 狙うは回し蹴りをいれたおかげで目が閉じられ、視界が閉ざされた左側。

 ヴァンはテレーゼの攻撃を捌きれなかった。

 無数の刺し傷が生じ、服を朱く染める。

 だが短い射程では長剣を扱うヴァンの懐には入れない。

 決定的な一撃を与えられないのだ。

 接戦が続く中、その事実にテレーゼは焦れた。

 そして思い切った賭けに出る。

 彼女は斬られて強度が落ちたカトラスであえて鍔迫り合いに持ち込んだのだ。

 刺し傷のせいで左手に力が入らないヴァンがじりじりと押されていく。

 だが、寿命がつきつつあるテレーゼのカトラスにとって、それはあまりに酷な事。

 二人の力がかかり、カトラスにヒビが入る。砕けるまでに凡そ、三秒。

 一、二、三。

 砕ける瞬間、テレーゼは剣を手から放していた。

 力んだ勢いのまま空振りするヴァン。

 無防備になったその瞬間……テレーゼの拳が、閃く……。


*****


sideヴァン――――

 

 (短気なのは欠点ですよ、テレーゼお嬢様)

 

 ヴァンは再び、テレーゼの動きを読んでいた。

 テレーゼが剣から手を離した瞬間、ヴァンもまた長剣から手を放していた。

 テレーゼの剣と重なるように飛んでいく自身の長剣。

 そして刹那の間もなく頭上を薙ぐ、彼女が放った必殺の一撃。

 態勢を低くしていたヴァンは紙一重でそれを躱す。

 彼が狙ったのはテレーゼのような必殺ではない。

 彼は慎重であり、計算高かった。

 がら空きになった、テレーゼの足を払う。

 そして間髪入れずの鳩尾狙いの踵落とし……態勢を崩したテレーゼは躱せなかった。

 杭打ちのように石床に縫い付けた。

 彼女の肺から空気が抜けるのが手に取るようにわかる。

 だが彼女の目は死んでいない、まだ意識を失ってはいない。

 再度の踵落とし、だがヴァンは必死のあまり、その攻撃が先の一撃と同じフォームを描いていることに気づかなかった。

 今度はヴァンが読まれた。

 突然、目に火花が散る。

 その目に映るのはぶつけられた薄汚れたポーチ。

 いつだったか、スリの物と交換したというそれは銀貨や銅貨をまき散らしてヴァンの視界を防ぐ。


「お返しよ!!」


 腹に響く重い衝撃。

 背筋で起き上がったテレーゼの頭突きでヴァンがひっくり返る。

 一瞬、ひるんだヴァンはしかし、それでも立ち上がろうとするテレーゼを抑えこもうとする。

 取っ組み合いになった。

 だが、鳩尾の一撃が効いているのか、テレーゼは呼吸が乱れ、抵抗が弱い。

 しばしの間、二人の力が拮抗する。

 だがそれも数分後には崩れた。

 テレーゼの腕が落ちた、ついで力尽きたかのように頭が床にぶつかる。

 

「勝負はつきました。降伏してください」

「なによ、なんなのよ。とどめくらい刺しなさいよ」


 駄々っ子のようにテレーゼがぐずる。

 その目尻には涙が浮かんでいた。

 流れ落ちそうで流れない、テレーゼが抑え込んだ激情は破裂する寸前に見えた。


「それはできません」

「……なんでよ」

「私はこれ以上、貴方を傷つけたくありませんから」


 テレーゼの顔が赤面した。真っ白い紙に赤い染料をぶちまけたかのような鮮やかな赤面であった。

 ヴァンは表にこそ出さなかったものの、ひどく慌てた。


「バカ……」


 その声を最後に、テレーゼは全ての抵抗を放棄した。


*****


sideヴァン――――


「着いて行かなくてもいいのですか?」


 テレーゼが足を引きずって帰って行った後、傷の手当をするヴァンにアマーリアが話しかける。

 なぜか彼女は不機嫌そうな顔をしていた。


「もう、道は違えてしまいました。一緒にいない方がいいでしょう」

「それは面白い冗談を言っているつもりなんですか、それとも独り身の私に対する嫌味ですか?」

「なんでそうなるのです」


 ヴァンは彼女の不機嫌の理由が分からなかった。

 テレーゼといい、アマーリアといい、たまに妙な行動を取ることがある。

 いくら理由を考えても分からない。

 そして分からないまま疑問は棚上げされたままであった。


「本当に分からないのですね。あはは、可哀想だから助言くらいはしてあげます。姫はまた来ますよ。あなたが賢くならなければ何度でも今日のような殺し合いは起こります。賭けてもいいぐらいです」

「そこまで自信を持って言えるのでしたら、理由を教えていただけませんか。もちろんタダとは言いません」

「あはは、さすがはスラム出身者、物を頼む方法を知っていますね。だったら私を連れて行ってください。この戦争が終わるまで傍にいさせてください」

「それは一人では自衛もままならないからですか」

「そうです。私達のような混血にとって、今一番怖いのはバルムンクなのですから……」


*****


リューネブルク市・市街地・エルベ河のほとり――――

 

「今、十年前の雪辱を晴らす時が来た!!」


 市内とスラムを結ぶエルベ河のほとりにバルムンク連合軍の千を超える兵士が集結していた。

 ミハエル伯を倒した勇猛なるバルムンク本隊。

 揃いの軍服を着た官兵。

 だがもっとも多くを占めるのは寄せ集めの新兵であった。

 彼ら新兵はスヴァルトの犠牲となった難民であり、ボロボロの服に支給された一振りの槍を持ってギラギラとした目を輝かせている。

 勝利すれば戦利品や奴隷が手に入り、生活が楽になる。

 否、手に入れなければ野たれ死ぬ運命なのだ。

 文字通り、死を恐れず、獲物に食らいつく餓狼のような兵士達である。


「諸君らの中には彼らによって親兄弟、愛する者を奪われた者もいるだろう。その悲しみを私は決して忘れない。共に仇を討とう、故人の屍を踏み越えて、スヴァルトを殺せ!!」


 リヒテルは寄せ集めの軍を団結させるため、共通の敵たるスヴァルトへの復讐の念を煽ることを選択した。

 それ以外の方法を思いつかなかったのだ。

 その無力感をリヒテルは他者に漏らすことはできない。許されない。


「諸君らを弾圧し、搾取したミハエルは死んだ。恐れられた彼は、その実、蹴り破れば崩れる腐った廃屋でしかなかったのだ。スヴァルトは決して倒せない敵ではない。団結し、心を一つにすれば、必ずや勝利の女神は我らを微笑むだろう」

「おぉぉぉぉぉぉ!!」

「行こう、戦友諸君。我らの敵の待つ地へ、我らを侮辱した者のいる場所へ。賽は投げられた!!」

 

*****

 

「素晴らしい演説でした、リヒテルさん」


 上気したアンゼルムを一瞥もせずにリヒテルは彼が敬愛する姉の状態を訪ねた。

 姉、バルムンク頭領、アーデルハイド・ヴォルテールは捕虜の解放以来、病気を理由に公務を休んでおり、弟のリヒテルでさえ面会は叶わないのだ。


「頭領のあれは仮病ですぜ、女医者を締め上げて吐かせました」

「そうか、私と会いたくないということか……」


 よくよく、嫌われたものだとリヒテルは口の中で呟いた。

 アーデルハイドは穏健派であり、一連のスヴァルトとの戦争を快く思っていない……できることなら、今回の反乱をなかったことにしたいくらなのだ。

 スヴァルトの捕虜を解放したのもスヴァルト側の態度を軟化させるための布石である。

 だが、リヒテルにとってはそんな中途半端な方法が通じると考えること自体が愚かとしか言いようがなかった。

 アーデルハイドは知らないのだ。

 スヴァルトにとって、貴族と平民の命は等価ではない。

 貴族を殺した自分らを彼らは決して許さないであろうことが……。


「それと、これは何かの間違いかもしれねえんですが、姫が司教府で官兵を切り殺したって、連絡が入っています」

「テレーゼが……」

「何かの間違いですよ。たとえ本当でも姫が何の理由もなく人殺しを……」

「分かっている。罪を擦り付けて脅迫するのは神官らのいつもの手だ、テレーゼは悪くない」


 かつて神官はテレーゼに神官殺しの罪を着せてリヒテルを招聘し、拘束した。 だがあの時と違い、今、神官らがいる司教府はバルムンクの支配下にある。

 立場も、力関係も変わっている。

 だが、同じ手を使ったということはどうやら神官らはそのことを正しく理解していないようだ。

 彼らは自分たちの手で死刑執行書にサインをした。

 その事実にリヒテルはほくそ笑む。


「姉上には少しの間、休息していただこう。その間、我らが動く。ついてこい、アンゼルム。戦場が待っている」

「はっ!!」


 勇ましくも進むリヒテル。

 その姿には英雄の姿が垣間見える。

 人々は彼を讃えるだろう、その心内の葛藤など知りもせず。

 これで三章、終了です。

 ついに原稿がなくなったので、次回更新は期間が空きます。

 最低でも一週間後には更新したいと思います。いつも、読んでいただきありがとうございます。

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