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深霧のザーイエッツ  作者: 山崎 樹
第三章 幕間狂言
22/121

それが罪だというのでしたら、私はその罰を受けましょう

リューネブルク市・司教府・執務室・リヒテル在中――――


―動員可能人数、1623名。内、都市の防衛と治安維持のための300名を除く、1323名をハノーヴァー砦攻略に投入―


 報告書を見て、リヒテルは小さく溜息をついた。

 これを書いたのはバルムンクの幹部の一人だが、彼から見れば書類の不備が多すぎるのだ。

 兵力自体は問題ない……むしろこれだけ集めたことを褒めるべきだろう。

 しかし、どうやって集めたのかが記載されていないのだ。

 バルムンクの元々の兵力が200名程、司教府の官兵が同じく200名。では残りの1000名以上はどこから集められたのか。

 答えは市外からかき集めたのだ。

 スヴァルトの支配により、生活を破壊された逃散農民や没落市民。

 あるいは戦利品や略奪品を求めた盗賊など、寄せ集めもいいところで、彼らを迎え入れることは軍における質の急速な低下を許すことになる。

 しかし、兎にも角にも今後のためには絶対的な数が必要であり、えり好みは出来ない。

 幸いなことに彼らを養う物資に不足はない。

 スヴァルトは十数年ほど前まで、辺境に押し込められており、商業の知識が蓄積されていない。

 故にたくましいアールヴ商人の自由を掣肘できないのだが、愚かなスヴァルトは各地に関所を設け、税を取り立てることで対抗しようとした。

 おかげで流通は滞り、物の値段は高まるばかり。特に複数の司教区に跨る大商会は大打撃を受け、彼らは今回のバルムンク蜂起をそれらの政策を撤回させる好機として盛んに融資を進めてくる。

 ちなみに本来ならリューネブルク市も同じ運命をたどるはずであったが、ミハエル伯が先手を打って、関所を撤廃していた。

 砦から発展したリューネブルク市は需要が供給を大きく上回っており、食糧などの自給率も低い。

 故に関税をかけられると机上の計算だが、物価は三倍以上に跳ね上がる。

 いかに経済に無知なスヴァルト貴族でも、反乱を起こされると気づいたらしい。


「だが、それ故市民はスヴァルトの圧制を経験しなかった。首都マグデブルクの虐殺も南部ヒルデスハイムの重税も知らず、惰眠を貪るのみ」


 未だ、リューネブルク市民はバルムンクの蜂起を評価せず、中にはミハエル伯の治世を懐かしむ者もいる。資金提供はおろか、募兵にも応じない。


「奴がウラジミールの公爵位を継げばどうなるのか知りもせずに……」


 リヒテルは吐き捨てるように言うと、立ち上がり、静かに退室した。


*****


リューネブルク市・司教府・地下倉庫――――

 

 地下倉庫の階段前にて、ヴァンはテレーゼを迎え撃つべく鎮座していた。

 乱雑に物資が積まれた倉庫内で奇襲を受ければ、対応できないとの判断からである。

 彼は今、テレーゼを敵と認識している。

 殺すことができない敵、傷つけたくない敵。

 されど自身が敵と認識したが故、相手もまた自身を敵とみる可能性は高い。

 それは混血である秘密をいつ知られてしまうかと、味方を猜疑の目で見てきた彼特有の心掛けであった。


「なぜ、ついてきたのです、アマーリア」

「あはは、私はあなたの愛人ですので、離れることはできないのです」

「……いつから愛人になったのですか?」


 ヴァンには理解しがたい理由を彼女は話した。

 戦闘能力のない彼女ははっきり言って邪魔なのだが……敵でもなく、それどころか主人の同盟者である司祭長の部下ということでヴァンは力ずくの排除をためらった。


「とにかく、戦いが始まったのなら、後ろに下がっていてください。テレーゼお嬢様は強い。巻き込まれても庇ったりはできません」

「庇ってくれるのですか?」

「貴方は司祭長の部下です。傷つけられては困るのです」


 ヴァンの言い草にあからさまにアマーリアは不機嫌な顔をする。

 それもまたヴァンには理由がわからなかった。


「建前ばかり……あはは、まるで台本があるみたいです」

「それが私に科せられた使命ですから、私情を捨て、大局を見て行動する。合理的に徹するのですから、確かに台本があるのかもしれませんね」

「だったら、危険を冒して諌めるのは非合理的じゃないんですか? まかせればいいんですよ、姫の義兄・リヒテルにでも、あなたを見捨てた……副頭領のいうことならさすがに聞くでしょう」

「諌めたいのですよ、私は……」


 ヴァンはそれで口を噤んでしまった。なんだかんだ言ってテレーゼに構いたい自分をこの女に知られたくなかった。

 誰かに知られたくなかった。


「……人を斬ったそうですね」


 恐らく……突然、虚空に話しかけるヴァンを見て、アマーリアはぎょっとしたはずだ。

 だがヴァン本人にしてはおかしいことでもなんでもない。

 彼女が隠れて様子を伺っていることに、気づいたヴァンにとっては……。


「元気そうですわね」

「おかげさまで……」


 棚の奥からゆっくりと現れる蒼髪の少女。

 スラムでの戦闘時より少しやつれたような気がする。

 だが、見たところ、大きな怪我はない。

 歩く動作に乱れがないところからもそれは間違いないだろう。


「私は……貴方が閉じ込められていると聞きました。ひどい目にあっていると聞きました」

「心配していただけたのはありがたいのですが、この通り、元気でいます。いらぬ気遣いです」


 ヴァンはわざと挑発的な言い方をする。

 今の発言でテレーゼが自分の様子を見るために忍び込んだことを推察した。

 その心遣いに胸が熱くなる、嬉し涙が流れそうになる。

 だが、その全てを鉄面皮の下に隠し通した。

 彼女は味方を斬った。

 衛兵の様子から非はあちら側にあるのだろうが、そんなことは問題ではない。 神官との揉め事は彼らとの連帯の妨げとなる、戦争に勝てなくなるのだ。

 そしてなにより、妨げとなった彼女が危険なのである。

 ヴァンはテレーゼとは違い、リヒテルの冷酷さを知っている。

 彼がテレーゼを組織の障害と判断しての粛清を決意する可能性もある。

 ならばその前にテレーゼを諌め、考え方を改めさせなくてはいけない。


「そうね……いらぬ気遣いだったのかもしれないですわね」

「ええ、ですから今すぐ戻ってください。そして副頭領に連絡を、リヒテル様ならばなんとかしてくださいます」

「貴方は?」

「私は罪人。許しがあるまでここにいます」


 テレーゼが大笑いした、少しも愉しそうではない笑い。

 アマーリアが良く見せるヒビの入った笑い方だった。


「なんの罪でとどまるのよ」

「それは……」

「貴方はただ、混血というだけで囚われたのよ。ごまかさないで、おかしいの。許されていいことじゃありませんわ!!」

「何も知らない女が……」


 テレーゼの発言に珍しく臆病なアマーリアが呪詛をぶつける。

 彼女もまたヴァンと同じ、スヴァルトとの混血。しかも肌の色というごまかしのきかない特徴を有している。

 差別はヴァン以上だったのだろう。

 気持ちは分からないでもなかったが、ヴァンは手でアマーリアの発言を制止した。

 この場において彼女が自分とテレーゼとの会話に口を挟むのをヴァンは許可しなかった。


「混血ということが罪だというのでしたら、私はその罰を受けましょう。理不尽ですが、抗ってもどうしようもないからです。ならば、自分が変わるしかない」

「私も手伝います。それでも……」

「貴方が危険です。必要ありません」


 その答えによって二人を繋ぐ大切なものが引き裂かれたのをヴァンは感じた。 予想通り、テレーゼは剣を抜く。

 彼女はファーヴニル、盗賊である彼女が最後に頼るのは暴力なのである。


「理由が必要なら、私の八つ当たりでいいですわ。貴方は悪くない、だけど負けたら引きずって連れていきます」

「残念ですが、貴方では私には勝てません」

「大きく出たわね。斬り姫の娘に対して……」

「事実だからです。そうとしか申し上げられません」


 ヴァンもまた剣を抜く。

 主人と従者、十年来の幼馴染。

 そしてともに死線を潜り抜け、腕を磨いてきた二人。

 ……それが今、雌雄を決する。


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