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深霧のザーイエッツ  作者: 山崎 樹
第三章 幕間狂言
20/121

彼らはバルムンクが大嫌いなのよ

リューネブルク市・正門前・大草原――――


「貴官の勇戦に敬意を表す。再戦まで壮健あれ!!」


 ヴァンが牢から出された翌日、リューネブルク市の南地区の港にて捕虜の解放が行われた。

 司教府にて不意打ちで囚われた兵士312人、スラムの戦闘においてミハエル伯玉砕と共に降伏した将兵165人。計477人。

 兵士の顔は一様に強張り、感情の爆発が危惧されるようである。

 だが彼らを率いる騎士セルゲイが綽綽とした態度を保っている以上、自儘な行動は取れない。

 彼らは皆、規律正しく、秩序を守るスヴァルト兵である。


「見事なものね。さすがはスヴァルトいうことかしら」

「我らバルムンクのファーヴニルにも見習ってほしいものです」


 彼らを見送るリヒテルはやんわりと、姉でもあるバルムンク頭領アーデルハイドに追従した。

 正門にはスヴァルト兵が反乱を起こしたことも考えて、バルムンクのファーヴニル及び官兵が列席している。

 頭領、副頭領は勿論の事、新たに設立されるバルムンク軍の大隊長アンゼルム。

 名目上は客分扱いだが、その実績によりリヒテルの副官扱いとなっているエルンスト老。

 そして以前より反スヴァルトの姿勢を貫き、その功績から竜司祭長に着任した若き戦乙女ブリギッテ。

 しかしその中にヴァンの姿はない。

 彼が敵であるスヴァルト人との混血であった事実は流布しており、組織秩序の点から欠席を余儀なくされた。

 もっとも、本人はそうでなくとも出席しなかったであろう。

 ヴァンは公式の場はおろか、年に一度の聖誕祭ですら参加を拒絶していた。


「テレーゼは……」


 それらを見渡していた副頭領リヒテルはヴァンの処遇に不満を抱いていたテレーゼの欠席に溜息をついた。

 言い分も気持ちも分かるが、自身の立場を自覚していない姪をどう諭すか、考えるのが少し億劫である。


「元気よ、昨日も私のところに来たわ。ただ、公の場に出る気はないそうよ。許せないって、私の幼馴染をあんなふうに……」

「今は戦時中です。混血というだけで投獄したのは理不尽ですが、致し方がありません。ヴァンもそれは理解してくれるでしょう」

「だったら、戦争なんか起こさなければ良かったのに。前も言ったけれど、貴方の首では収まりが着かないわ」


 一瞬だけ、リヒテルが鼻白む。

 ミハエル伯がスラム掃討を決めていた以上、蜂起はやむを得ない。

 それを今、言うのは少々卑怯だと言えるが、彼は他の方法があったのではないかと逡巡してしまう。

 リヒテル自身、自覚しているが、九年年長の姉に、優柔不断な部分があることを知られている。

 意地悪されていることはわかっているが、それでも突っぱねることはできない……部下には見せられない姿である。


「ウラジミール公は七十を超え、不死の怪物と恐れられた異名にも限りが出てきました。彼はどうやら鬼籍に入るまでに、憂いを断つために我らファーヴニルの組織を一掃したいようです」

「その情報はどこから……」

「法王猊下からです。ただ、ご存じの通り、今の法王府はスヴァルトの傀儡に近い。情報自体が我らを蜂起させる罠なのではないかとも思えます」


 現在、このグラオヴァルト法国はスヴァルトの支配下になっている。

 ちょうど蜂起前のリューネブルク市のように、司教職などの高位神官や竜司祭(スヴァルトにとっては騎士)などの武官の地位を手中に収め、その威光は絶対的とも言える。

 ただ、その支配権はあくまで従来、神官らが持っていた権利を奪ったものであり、人々の支持を得ている訳ではない。

 特にファーヴニル組織を筆頭とした法の外にいる実力者には直接的な影響を与えるものではなく、その圧制が逆に民衆がファーヴニルを支持する源泉へとなっている。


「ですが、我らバルムンクの蜂起が成功することは彼らのシナリオにはないはずです。であるのならば、付けこむ隙がありましょう。副頭領に関しては次善の策をどのようにお考えですか……」


 アーデルハイドが皮肉交じりに詰問する。

 彼女は神官らの寝返りと、それに続くバルムンクの蜂起を知らされておらず、なし崩し的にスヴァルトと戦闘することになった。

 事後承諾と言う形で納得せざるを得なったことを根に持っているのだ。

 確かにその理屈におかしいことはない。

 だがこの後に及んでそこにこだわるのに、リヒテルはやや姉の狭量さを感じていた。


「最終的には講和に持ち込みますが、それにはある程度の勢力と何より、戦功が必要でしょう。何もウラジミール公の首に縄を付けろとは言いません。ただ容易には鎮圧できないと思われるくらいにならなくては。幸い、民衆に傲慢なスヴァルトは嫌われています。我らが長く生き続ける程、支配下の民は不穏な動きを見せるでしょう」

「そう、うまくいきますかしら」

「うまくいかせるのです、アーデルハイド頭領。単独で不足ならば、複数の組織と連携を取れればいい。彼らの地盤が不安定ならば、崩せばいいのです。私ならば、民衆の不満を煽り、反乱を起こさせることは可能です」

「無辜の民を巻き込むなんて……楽な死に方はできないわね、貴方」

「全てが上首尾に終わったならば、私は喜んで処刑台に昇りましょう。その時は介錯を頼みますよ、頭領」


 リヒテルは淡々と自裁を宣言した。彼はヴァンと同じく、いや、ヴァンに教えたように組織のために命を懸ける覚悟を固めていた。我はバルムンクの刃。その力は愛するものを守るために。


「そこまで考えているのなら、私は何も言いません。貴方の方針に従いましょう」

「ありがとうございます」


 頭領の了解を得て、リヒテルは安堵する。彼はここの所見え始めた頭領、副頭領間の不和を解消したかったのだ。

 彼はヴァンやアンゼルムが思うような簒奪など考えてはいない、あくまで頭領の意志に従うべきと考えている。


「リヒテルさん、奴隷や市民の中でスヴァルトについていきたい奴がいるんですが、どうしましょう?」


 会話が一段落したのを見張らかったようにリヒテル側近のファーヴニルが駆けよってくる。

 報告の内容は特に難しい判断を要求されるものではなかった。

 嫌われ者のスヴァルトではあるが、何も全ての住民に嫌われているわけではない。

 特に最下層の女にとっては傲慢だが、搾取することのない彼らと関係を持つことは大きな利益となる。


「人数は……」

「奴らと同じ、500人くらいです」

「随分と多いな。それだけ彼らが慕われていたということか……」


 リヒテルは独り言ちたが、アーデルハイドが笑っているのを見て訝しむ。


「慕われているわけじゃないわ。彼らはバルムンクの弾圧を恐れているのよ。市民はバルムンクが大嫌いなのよ」


 頭領アーデルハイドの顔にはバルムンクに対する隠しようのない侮蔑が垣間見えていた。


*****


リューネブルク市・スラム街・銀の雀亭――――

 

 同刻、銀の雀亭の二階にある、頭領アーデルハイドの私室にてテレーゼはツェツィーリエというけったいな名前の女医者と密談をしていた。

 いや、密談という表現は間違いである。

 密談と言うからには秘密にしなければならない。

 しかし、彼女は出かける際に警護のファーヴニルに行先を口走っており、そのせいで一階の酒場には監視役兼、フォロー役のファーヴニルが待機している。

 テレーゼはそれに気配で気づいていた。

 これがヴァンやリヒテルならば場所や日時を改めるところだが、彼女はばれたのなら仕方がないと開き直ってしまった。

 基本的に隠密という面に関して彼女は無能である。


「せっかく、いい気分でお酒を飲んでいたのに……なんだい?」

「朝からお酒を飲まないでくださる。堕落の始まりよ!!」


 対峙した女医者は全身からやる気の無さがにじみ出ているような、そんなだらしない女であった。

 まだ二十歳を超えたぐらいの若さだというのに、ヨレヨレのチュニック(上着)にツギハギだらけのズボンと、ボロを着ている。

 一応、その上から前開きのローブを羽織ってなんとか体裁を整えようとする努力は見えるが、自己流に着崩しているため、本当に気休めでしかない。


「貴方、本当に医者、モグリじゃありませんの?」

「モグリじゃない医者の方が珍しい。いや、一応教育は受けているよ、私は……」

「どうだか……」

「僕は頭領に選ばれたんだ。いかな娘だとしても、その決定には従わないと」

「母上の名前を出せば私が誤魔化されると……毒とか盛っているようなら斬り捨てますわ」


 意気込むテレーゼに対して、女医者ツェツィーリエはあくまでふざけた態度を変えなかった。

 少し脅そうかと危険な方向に考え始めるテレーゼだが、今回の目的はみかじめ料の取り立てでも、掟破りのファーヴニルを仕置きすることでもない。

 暴力に頼るのは避けたい。


「取りあえず、これに署名をお願いしますわ」

「なんだい、この紙は……ヴァンの解放活動? 面白いことをしているね」


 テレーゼが差し出した紙にはヴァンが不当に拘禁されていることと、それを解放することに賛同する旨の内容が書かれていた。


「無い知恵を振り絞りましたの。お母様にも兄上にも訴えっても無駄でしたので、今度は皆に訴えます」

「君は自分の頭で考えると面白いことをするようだね……しかしこの署名、名前が書いてあるのはいいけど、○や×はどんな意味なんだい?」

「自分の名前が書けない人は○か×で書いてもらいましたわ」


 自信満々に答えるテレーゼはしかし、ツェツィーリエ(長いので以下ツェリエ)があきれ果てたように両手をフラフラするのに少し動揺した。

 何か、おかしなことをしているのかしら?


「まったく馬鹿ばかりなんだからファーヴニルは……まあ、それはいいとしてこの印がその人が書いた、つまり君が書いたものじゃないとどうやって証明するんだい」

「それは……信じてもらうしか」

「いや、いい分かった。そこまで聞けばもう納得した。と言うより棚上げしよう。これ以上は面倒だからね」

 

 手をブンブン振って、煙に巻こうとするツェリエにテレーゼは憤然とする。

 母親を説得するために、知古の女医者から懐柔しようとした遠大な計画が頭から一時的に消え去る。いや、消え去らない。

 彼女は従者であり、幼馴染でもあるヴァンを救わんと、いつもは考えられないほどの忍耐力を発揮した。

 ちなみにそれは、彼女の我儘に付き合うヴァンが常に発揮している労力と同じくらいである。


「納得したのなら、これに署名をお願いします。貴方の署名があればお母様も少しは考える気になるかもしれませんわ」

「患者を説得するのに医者を使おうなんて、意外と腹黒いね。まあバルムンク頭領の娘ならこれくらいはするか、でもいいのかい?」

「何がですの?」

 

 ひひひ、と不気味に笑うツェリエの言わんとすることをテレーゼは察したが、あえて気付かぬ振りをした。


「助ける彼は混血とはいえ、スヴァルトだろう……口さがない輩がいろいろと言うんじゃないのかい。例えば、アンゼルムとかいう農民あがりはスヴァルトに村を焼かれている。仇に尽くす姫様に幻滅してあることないこと……」

「私とヴァンがいやらしい関係にあるのではないかとは言われましたが、気にしてはおりません」


 それは嘘であった。

 実はちょっぴりどころか心を三枚に卸されるくらい傷ついた。

 元々、頭領の娘という特権階級であり、快活な性格から皆に慕われてきたお嬢様である。

 掌を返すような仕打ちには耐性がない。

 ヴァンのように裏切られることに慣れていないのだ。

 ……だがそれはある意味では皆を信頼していることの裏返しでもあった。


「逆に言えば私はその程度で済みます。しかし混血とばれたヴァンはそんなものではすみません。もしかすると、今まさに拷問を受けているかもしれない……」

「いい勘している。いや、僕は加担していないよ。ほらっ、私は人を治すのが仕事だから……」

「知っています? 人って、肌の色が違っても一皮剥くと変わらないんですのよ」

「止めてください、貴方がファーヴニルだと、盗賊だということは知っています」

 

 迂闊な発言をしたツェリエをテレーゼが真綿で首を締めるように絞り上げる。色を失った彼女は観念したようにボソボソと情報を漏らし始めた。


「本当は口止めされているんだけど、まあこの際、しゃべっちゃおう。僕、痛いの嫌いだし……」

「正直者はバルムンクでは長生きするんですのよ」


 一転して喜色満面になるテレーゼ、それを不審そうな目で見るツェリエ。

 だが約定は交わされてしまった、もう反故にはできない。

 反故にすれば、それは力ずくで契約を履行するだけである。

 バルムンクの正義を標榜するテレーゼだが、彼女とて法の外にいる人間。

 咎なく、強者でもなく、無抵抗な人間を死よりも辛い苦痛の世界に送ったこともある。

 ヴァンはそれを職務として記録するが、彼女は嫌な思い出として記憶の底に鎮めるのだ。


「ヴァンとかいう混血はただの混血じゃない。バルムンク副頭領リヒテルの側近であり、組織の裏側を知っている貴重な人間だ。そんな彼を神官連中が放っておくと思うかい? 僕なら味方につけておくね。折しも上司がスヴァルトからバルムンクに変わった。堅物揃いのスヴァルトでは出来なかったことをしようとするのにうってつけだ」

「でも、ヴァンには買収は通じませんわ。お金にも権力にも、食べ物にも固執しないんですもの」

「そうかなぁ……君は彼の何を知っているんだい? 混血だということも教えてもらわなかった君が……もしかすると、とんでもない性癖があるかも……」

「まさか、主食が蜂蜜とか……」

「それは隠さなければいけない悪いことなのかい? さっきも思ったけど、君にとって食べ物は財宝や権力と等価値のようだね、貧乏人にはそうかもしれないけど、仮にもバルムンクの姫が……いや、話の腰が折れる、止めよう。ともかく、司祭長グレゴールが何らかの行動を起こしているはずだ。買収が通じなくてもだましたりすることは可能だろう」


 皆までテレーゼは聞かずに駆けだした。

 さっきまでと違い、確かなる指針が決まったのだ、後は行動あるのみ。

 彼女は待つことに慣れていなかった。

 打つ手がなく、手をこまねくのは敗北よりも苦痛だったのである。


「待ってよ、色気よりも食い気のお姫様!!」

「なんですの?」


 全力疾走を止められ、テレーゼが苛立たしげに外から二階の窓を見上げる。

 急いだ彼女は階段をショートカットするために窓から外に降りていた。


「行ってどうするのさ」

「司教府に潜入してヴァンと話します」

「そんな勝手なことをして……せっかく仲良くなったバルムンクと神官の仲を裂く気。馬鹿じゃないの?」

「仲良くなったからこれぐらい、いいのです。同じスヴァルト……スヴァルトと戦った仲間ですのよ」

「むむむ、そういう考えもあるか」


 言いよどむツェリエに今度こそテレーゼは振り返らずに走り去っていった

 。羽でも生えているかのようなものすさまじい速度であった。


「話してどうするのかねえ……まあ、好きにやらせてやろうか。でも、ヴァンという名の狂犬の闇は深いよ」


 そう言うと彼女はテレーゼが来る前と同じく酒瓶に手を付けた。

 肴はいらない、ただ酒だけを胃におさめる。

 食べ物の味や香りなど、とうに分からなくなっているが故に……。

 全体的な描写などの修正のため、次回更新は一週間程後となります。

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