あくまのささやき。
「別に良いじゃん。教えてくれるって言うんだから」
あっけらかん、とした口調で言い放ってくれた悪友に、あたしは思わず
ぎ、っときつい視線を向けてしまった。
そんなあたしに呆れたような視線をちらりと向けると、直ぐに自分の爪
へと視線を戻し再度熱心に磨き始めた。
「てかさ。人の話きいてる訳?」
あたしが一生懸命話をしている間中横で爪のお手入れをする手を止める
事の無かった佐和に、あたしは八つ当たりめいた感情をぶつけた。
「聞いてるわよ~?だから返事してるじゃん」
確かに返事をしてくれるけど、口調が軽くてそのお手入れの熱心さと比
べたら佐和の中での優先順位がどちらかなんて、聞かなくても良く判る。
思わず溜息を付いたあたしに、佐和は手を止めて面白がるような瞳を向
けた。
「何?」
「ん~…何だっけ、その年下君?小学生だっけ?」
「…そうだけど何?」
「あんたがそんなだからそのコもチョッカイ出したくなるんでしょうね」
「…『そんな』?」
心底楽しそうにそう言うが、あたしにはその意味が判らず聞き返すが、
結局佐和に上手くはぐらかされてしまった。
「それよりあんた、次何とかしないとマジでやばいわよ?」
どうするの?勉強?
そう問いかけられたあたしには返す言葉が無く、黙り込むしか無かった。
別に頑張っていない訳では無い…と思う。
でも、判らないものは判らないんだもん。仕方ないじゃない。
何度教えられても覚えられないし、最早何処がわからないかも判らない
からどうしようもない。
昔っから『おバカさん』なあたしには、どうする事も出来ないのだ。
うん。正直、高校受かった事も奇跡に近いし?
…だからってあのクソガキに教わるのはアリエナイ。
誰が何と言ってもありえない!!
あの厭味ったらしい口調で何言われるかと思うだけでムカムカしてくる
んだから!
絶対!ありえないんだから!!
はた、と我に返ると、思わず握り拳固めてしまったあたしをまたしても
面白そうな瞳で佐和がにやにやと観察していた。
「な、何よ…」
「ねぇ、可奈?もーちょっとズルくなっても良いんじゃない?」
…何か企んでます、ってのがすんごい良く判る口調で佐和が言った。
「佐和?」
何だかいや~な予感がしてあたしは思わず身を後ろに引いた。
えっと、何だっけ?こういうの…何か変に優しそうで作ってるカンジ
…あ、『猫撫で声』だ。
「あのねぇ、可奈。教えて貰えば良いのよ、向こうが教える、って
言ってるんだから」
「絶対!ヤ!!」
その言葉にどっか行きかけてたあたしの意識がぐわっと現実に引き戻
された。
反射的に佐和の顔を思いっきり睨みつけてしまう。
「よぉく聞きなさいよ、可奈。向こうが『教えてる』って言ってるの
判らなかったら、あんたがイヤミでも何でも言って凹ませてやれば
良いのよ」
……はぁ?
言ってる意味が判らないんだけど??
「何よ、その間抜けな顔」
佐和が楽しそうに噴出しながら失礼発言をしてくれて、どうやらあたし
は思いっきり間の抜けた顔をしていたと気付き、慌てて表情を引き締め
た。
あたしのその様子に笑いを堪えきれない、とばかりに佐和が笑い出し、
あたしはまたしても佐和を睨み付けた。
「さーわー?」
「くくッ…ご、ごめんごめん。つまりね、あんたが理解出来なかったら
向こうの教え方が悪い訳。判る?」
「え、と…」
「だからね。可奈が判らなかったら、『あんたの教え方が悪いんだ』
って怒って良いって事よ」
て、事は…て事は、だよ?
まぁ、嫌な前提では有るが、あたしはおバカさんだ。
それも並では無いおバカさん。
対する奴は確かに頭は良い、がしかし教師じゃ、ない。
オマケに年下。
がっこの先生が教えてくれる事を理解出来なかったあたしに理解させる
のは楽じゃない、筈。
…あ、自分で言っててムカついてきた…けどまぁ、ここは堪えよう、うん。
で。で、だ。
そうなったら、あたしはあいつに思う存分イヤミを言える訳だ。
それも『正当』な理由で。
悪くない…悪く、ないぞ。
「ふふ。ね、可奈?教わった方が、良いでしょ?」
佐和がしてやったり、という顔で笑いながら言った言葉に、あたしは
うかうかと大きく頷いて、いた。