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「完璧すぎて可愛げがない」と捨てられたので、不完全な皆様の崩壊を高みの見物といたします

掲載日:2026/09/22

「完璧すぎて可愛げがない」と捨てられたので、不完全な皆様の崩壊を高みの見物といたします


「セレスティーヌ、お前との婚約は今日をもって解消する」


王宮の大広間で、王太子アルフォンスはそう宣言した。隣には、蜂蜜色の巻き髪を揺らすフローラ男爵令嬢が寄り添い、大きな瞳を潤ませている。夜会の招待客たちが息を潜めるなか、セレスティーヌは手にしていた扇を閉じ、婚約者だった男へ一礼した。


「理由を伺ってもよろしいでしょうか」


「お前は完璧すぎるのだ。礼儀にも法律にも数字にも間違いがなく、私が何をしても先回りして処理する。隙がなくて息が詰まる」


アルフォンスは胸を張り、フローラの肩を抱いた。フローラは困ったように眉を下げながらも、その手を拒まなかった。桃色のドレスには、王太子の瞳と同じ青い宝石がいくつも縫い付けられていた。


「私は、もっと守ってやりたくなる女性を妻にしたい。フローラのようにな」


「まあ、殿下。セレスティーヌ様を責めないでください。完璧にしか振る舞えないなんて、きっとお苦しいのでしょう」


「相変わらず優しいな、フローラは」


見つめ合う二人を前に、セレスティーヌはもう一度礼をした。十年にわたり王太子妃教育を受け、毎朝六時に起きて外国語の書簡を読み、昼食を取りながら陳情書を仕分け、夜は蝋燭が短くなるまで予算書を検算してきた。その結果が「可愛げがない」なら、反論しても仕方がない。


「承知いたしました。それでは、明朝までに王太子妃府を退去いたします」


「待て。急に仕事を放り出すつもりか」


「婚約者ではない女性が王家の機密へ触れるわけにはまいりません。担当していた権限、印章、鍵は、すべて返還いたします」


「大げさな女だ。お前一人がいなくとも、王宮は何も困らん」


「さようでございますか」


セレスティーヌは扇の陰で、ほんの少しだけ口角を上げた。


「では、不完全な皆様で力を合わせてくださいませ」


翌朝、セレスティーヌは約束どおり王太子妃府を退去した。机の引き出しには私物を一つも残さず、王家から預かった印章と二十三本の鍵を、番号順に並べて返却した。最後に持ち出したのは、欠けた縁を金で繕った白い茶碗と、母から贈られた銀のペーパーナイフだけだった。


その日の正午、彼女は王宮正門へ向かう途中で足を止めた。頭上の渡り廊下から、会議室へ駆け込む官吏たちの姿が見えたからだ。ちょうど小雨が降り始めたため、セレスティーヌは屋根のある二階回廊へ上がり、庭を見下ろす長椅子に腰を下ろした。


侍女が水筒から温かい紅茶を注ぐ。セレスティーヌが一口飲んだところで、階下の会議室からアルフォンスの怒鳴り声が聞こえた。


「どういうことだ! なぜ隣国との通商協定が失効する!」


「本日の日没までに更新の署名が必要なのでございます!」


外務卿の声が裏返っている。窓が開け放たれているため、会議室のやり取りは回廊までよく届いた。セレスティーヌは紅茶に砂糖を半匙落とし、銀のスプーンで静かにかき混ぜた。


「ならば署名すればよいだろう!」


「交渉全権をお持ちだったのは、セレスティーヌ公爵令嬢です。殿下が昨夜婚約を解消されたため、先方は彼女の署名を受け付けないと通知してまいりました」


「私が署名する!」


「殿下は先月、条文の確認を面倒だとおっしゃり、全権委任状への署名を拒否されました。今からでは先方の議会承認に三か月かかります」


「三か月くらい待たせろ!」


「協定が失効すれば、明日から鉄鉱石の関税が四倍になります」


会議室が静まり返った。アルフォンスは何かを言いかけたようだが、その前に別の官吏が扉を開けて飛び込んできた。


「殿下、大変です! 西部三州の収税台帳から、二万枚を超える金貨が消えております!」


「横領だと? 徴税官を捕らえろ!」


「徴税官だけではございません。送金先はフローラ様のご実家、ベルモント男爵家が所有する商会です」


「嘘よ!」


今度はフローラの甲高い声が響いた。昨夜のドレスとは違い、今日は白いレースを幾重にも重ねた朝用のドレスを着ているらしい。会議室の窓辺に現れた彼女は、両手で口元を覆っていた。


「お父様は、領民のために新しい製粉所を造っているだけです!」


「製粉所の建設費は金貨三千枚です。残る一万七千枚は、宝石店、仕立屋、別荘の改築費へ流れております」


「そんな細かいこと、セレスティーヌ様なら何とかしてくださったでしょう?」


フローラの言葉を聞き、セレスティーヌは焼き菓子を半分に割った。胡桃が多く入った方を侍女へ渡し、小さい方を自分の皿へ置く。会議室では、アルフォンスが机を叩いていた。


「そうだ、セレスティーヌを呼び戻せ! あの女は横領に気づいていたはずだ!」


「はい。三か月前から七度、殿下へ監査の許可を求めております」


財務官が答えた。


「殿下は何と返事をされた?」


国王の低い声が加わり、会議室の空気が変わった。いつからそこにいたのか、誰も気づかなかったらしい。しばらく紙をめくる音が続き、やがて財務官が記録を読み上げた。


「『フローラの父を疑うとは、嫉妬深い女だ』『金勘定ばかりしているから可愛げがなくなる』『男爵家には私が責任を持つ』と、ご署名入りで回答されております」


「その書類をこちらへ」


国王の声に続き、椅子が引かれた。アルフォンスの息遣いだけが、開いた窓からかすかに聞こえる。だが、崩壊はまだ始まったばかりだった。


「殿下! 国庫の今月分の支払いが、金貨八千枚不足しております!」


三人目の官吏が駆け込んできた。アルフォンスはもはや怒鳴らず、絞り出すような声で尋ねた。


「なぜだ。昨日までは足りていたはずだろう」


「不足分は毎月、セレスティーヌ様の持参金口座から一時的に立て替えられておりました。王太子府の浪費を公表すれば国債価格が下落するため、改革案が承認されるまでという条件で」


「では、今月も立て替えさせろ」


「婚約解消に伴い、口座の利用権限は昨夜零時に失効しております」


「八千枚くらい、ほかから回せ!」


「今月は近衛騎士団と国境守備隊の給与支給月です。先ほどの通商協定が失効すれば、備蓄武器の製造費も上昇します」


「ならば支払いを来月に延ばせばよい!」


国王が机を叩く音が、回廊まで響いた。庭の鳩が一斉に飛び立ち、灰色の羽が雨粒を散らした。


「国が滅びかけている時に、兵の給与を止めるつもりか!」


「父上、これはセレスティーヌが突然仕事を放り出したせいです!」


「昨夜、お前が追い出したのだろう!」


「ですが、あの女なら何とかできます。いつもそうしてきたのです!」


セレスティーヌは残っていた紅茶を飲み干した。冷めかけていたが、いつも王太子府で飲んでいたものより、茶葉の香りがよく分かった。立ち上がろうとしたところで、階段を駆け上がる足音がした。


「セレスティーヌ!」


アルフォンスが回廊へ現れた。上着の釦は一つずれ、額には汗が浮いている。その後ろからフローラと数人の官吏、最後に国王まで姿を見せた。


「まだ王宮にいたのか。ちょうどよい、すぐ会議室へ戻れ」


「何のためでしょう」


「通商協定を更新し、横領された金を回収し、国庫の不足を埋めるのだ。お前ならできるだろう」


「できません」


「なぜだ!」


「私はもう、殿下の婚約者ではございませんから」


セレスティーヌは空になった茶器を侍女へ渡した。アルフォンスが何か言おうと口を開いたが、その横からフローラが進み出る。白いレースの袖口が、雨を含んだ手すりに触れて灰色に汚れた。


「セレスティーヌ様、国が困っているんですよ? こんな時に意地悪をなさらないでください。完璧なあなたなら、簡単に直せるのでしょう?」


「いいえ。どれも簡単ではありません」


「でも、今までできていたではありませんか」


「三か国の言葉で条約を読み、七年分の台帳を照合し、毎月私財を立て替えていたからです。眠っている間に小人が直してくれたわけではございません」


フローラは意味が分からないという顔で、長い睫毛を瞬かせた。アルフォンスも黙っている。セレスティーヌは二人を順に見て、昨夜と同じ角度で一礼した。


「殿下は、もっと守ってあげたくなる女性をお望みでしたね」


「あ、ああ。だが、それと政務は別だ」


「別ではございません。明日から鉄鉱石の関税が四倍になります。フローラ様のご実家には金貨二万枚の返還義務がございます。さらに国庫には八千枚不足しており、国境守備隊への支払い期限は五日後です」


セレスティーヌは指を一本ずつ折りながら告げた。言葉を重ねるたび、アルフォンスの顔から色が消えていく。フローラは助けを求めて彼を見上げたが、今度は肩を抱いてもらえなかった。


「守ってあげたい可愛らしい方と、どうぞ力を合わせて乗り越えてくださいませ」


「待て、セレスティーヌ。お前は、この国がどうなってもよいのか!」


「いいえ。そのため、不正の証拠と未処理案件の一覧は、今朝すべて国王陛下と監査院へ提出いたしました」


国王が手にしていた分厚い書類を持ち上げる。その表紙には、セレスティーヌの几帳面な字で『王太子府緊急監査報告書』と記されていた。アルフォンスは自分を囲む官吏たちを見回したが、誰一人として目を合わせなかった。


「アルフォンス。お前の王位継承権は、監査が終わるまで停止する」


「父上!」


「フローラ嬢は証人として王宮に留め置く。ベルモント男爵家の資産も凍結する」


フローラの膝が崩れ、汚れたドレスが濡れた床へ広がった。アルフォンスは彼女へ手を差し出しかけたものの、途中で止めた。その指先は、セレスティーヌが一度も見たことのないほど震えていた。


セレスティーヌは二人に背を向け、階段へ向かった。公爵領へ帰れば、午後には母と庭で林檎のタルトを食べられる。明日の朝は目覚ましの鐘を鳴らさず、十年ぶりに陽が高くなるまで眠るつもりだった。


「セレスティーヌ!」


背後でアルフォンスがもう一度名前を呼んだ。彼女は階段の上から振り返り、欄干越しに元婚約者を見下ろした。


「どうすればいい。お前がいなければ、私は何もできない」


春の雨が止み、雲の切れ間から光が差した。濡れた庭の若葉が輝くなか、セレスティーヌは完璧な淑女の微笑みを浮かべた。


「まずは、不完全なご自分をお認めになるところから始めてはいかがでしょう」


そう答えると、今度こそ彼女は階段を下りた。高い回廊には、守ってもらいたかった令嬢と、誰かにすべてを任せてきた王子だけが残された。


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