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 翌日、快眠で目が覚めたユキは朝日を浴びるため窓を開けた。燦々と降り注ぐ太陽の光を浴びてあくびをする。マナーに厳しい家庭教師や王妃が見ていたら叱責されただろうが、ここにはユキ一人だけ。私室しか自由がないのは大変不便であるが、人の目がある分命を狙われずに済むのでプラスに考えるようにしていた。


 飲み込みが早いユキは、昨日のマナーの授業で習ったテーブルマナーを早速活かし、ナイフとフォークを器用に使いこなし食事をした。

 王妃が「少しずつ記憶障害がよくなってきましたね」と言っていたが、目は笑っていなかった。出来損ないの娘でいた方がイビリ甲斐があるからだろう。

 王は「よかった、よかった」と言ってニコニコしており、王妃の冷たい視線には気づいていないようだった。

 なぜ父はこの意地悪な女性と再婚したのだろう。聞いてみたいがさすがに記憶障害の設定だけでは乗り切れないと思い直し、食事を楽しむことにした。

 腹が減っては戦はできぬというし、何より栄養と体力をつけて健康体でいることが明日を生きる鍵を握っているからだ。


 今日は土曜日ということもあり、午後は自由な時間を過ごせるので、頭が痛むと言って私室にこもらせてもらうことにした。

 私室には侍女が待機する部屋があるので、完全に一人きりになるには寝室しかなかった。頭が痛むから睡眠をとると言って、寝室に立てこもる。

 しかし、これらはあくまで建前であって、味方となり得る狩人と小人を探すのが目的だった。

 シラユキの魔法は願ったことが叶うこと。ならば、白雪姫の王妃のように鏡を利用して魔法で探せばいいのだ。


「鏡よ鏡、私の味方になってくれる狩人と七人の小人を見つけて」


 手鏡をぎゅうと握りしめ、祈るように魔法を使った。

 すると、黒髪に白髪混じりの中年の男性が映り込んだ。彼は狩りをしている最中らしく、弓を構えて獲物を狙っているようだった。

 ユキは顔をよく見て必死に頭の中に記憶する。さすがに名前までは分からなかったので、自分の記憶と魔法を頼りにするしかない。


 いつの間にか画面が切り替わっており、これまた白髪姿の七人の小人が映っていた。彼らは炭鉱夫のようで、ツルハシを持って坑道で石炭を掘っているところだった。

 皆肌が黒く煤けているが、働き者であることの証明だ。


 八人の仲間を見つけたユキは、彼らとどうやってコンタクトを取るか考えていると、部屋をノックされたので、控えていたユキ付きの侍女が訪問者を招いたようだった。王妃付きの侍女が先触れを寄越してきたのだ。

 つまり、王妃が自らユキの元へとやってくる。侍女がいる手前いきなり殺しにかかるとは思えないが、実際にシラユキ姫は殺されてしまっている。油断できない相手にユキは心臓が痛くなった。


 それからほどなくして王妃がユキを見舞いと称してやってきた。ユキ付きの侍女であるアリスは手早く紅茶を淹れて、毒味をする。それを見届けた王妃はカップを口にして静かに紅茶を飲んだ。


「シラユキ、あなたが頭を強く打って倒れたと聞いた時は驚きましたよ。打ちどころが悪かったら命を落としてもおかしくなかったと医者は説明していました。あなたが無事でよかったわ」


 たおやかに微笑む姿は娘を身を案じる優しい母親そのものだった。

 しかし、ユキはそんな彼女の本性を知っている。普段からシラユキに付き従っていたアリスも、おそらく彼女のことには気づいているのだろう。

 王族の侍女になるには貴族でなければならないとどこかで聞いたことがある。アリスはおそらく上級貴族の娘なのだろうが、絶対的な権力者である王妃に楯突けば一家もろとも失うことになるかもしれない。

 それでもシラユキのそばにいてくれていたアリスは、きっと信頼できる人なのだ。


「お義母様、この度はご心配をおかけして申し訳ありません。時々頭が痛むことはありますが、わたくしはこの通り元気です」


 相手が猫を被っているのなら、こちらも特大級の猫被りを披露してやる。負けたら死亡エンドまっしぐらなので、この際使えるものは何でも使って絶対に生き延びてやるのだ。



 地獄のお茶会も終わり、どっと疲れたユキは時間を無駄にしたことに腹が立っていた。あの女を打破するのは遠い未来になりそうだ。


 寝室をノックされ、アリスが「少しよろしいでしょうか」声をかけてきたので「どうぞ」と入室の許可をした。

 アリスはどこか緊張した面差しでユキを見つめる。何かを言いたげだが言えない、そんな葛藤が見えたので「無理しなくていいのよ」と伝えると、覚悟を決めたらしくユキに話しかけてきた。


「シラユキ姫様、大変申し上げにくいのですが、よろしいでしょうか」

「ええ、どうぞ」

「あなた様は『シラユキ姫様』ではないですよね?」


 もはや確信しているといった声色にユキはたじろぐ。アリスは信頼できる人だと思っていたのに、ここにきてどうしてバレたのだろう。

 何か言わなければ。そう思っても何も出てこないユキは「何を言っているの、私はシラユキよ」とだけしか言えなかった。


「いいえ、あなたはシラユキ姫様ではありません。よく似た別の方です」


 なぜそこまではっきりと分かるのだろうか。ここでアリスを完全に味方につけることができればかなり心強い。打倒王妃の力になってくれるかもしれない人を手放したくなかったユキは、なんて答えるのが一番いいのかよく考えた。

 そして、口を開く。


「……どうして分かったの? アリス」


 アリスはユキの言葉を聞いてほっとしたのか、キリリとした相好を崩し柔らかく微笑んでみせた。


「私は『本来の姿』を見る魔法が使えます。その代わり、今は偽りの姿になっているのですが、それは今置いておきましょう。シラユキ姫様、あなたは一体何者なのですか」


 本来の姿が見えるのであれば、シラユキに似ているユキの本当の姿形が見えているのであろう。

 それならば、嘘をついても見抜かれてしまうだけだ。ユキはこれまでにあったことを全てアリスに話した。


 アリスは真剣に話を聞いてくれて、その上でユキのことを信じると言ってくれたのだ。そのことが思ったよりも嬉しくて、ユキはとうとう泣いてしまった。

 すると、アリスは「よく頑張りましたね、偉いです」と優しい言葉をかけてくれた。

 そして、ユキは改めて確信した。アリスは信頼できる唯一の人だと。


 アリスがいうには王宮に上がったのはユキとシラユキの中身が入れ替わる一ヶ月ほど前のことだそうで、シラユキには本当のことは言わなかったそうだ。


 しかし、ある日突然シラユキの見た目が少しだけ変わっていたことに気づき、それは中身も同じであることを察したのはアリスだけだったので、何かがあったのだろうが誰にも相談できずにいたらしい。


 お仕えしていたシラユキが亡くなっていたと知った時は、憎悪に燃えていた。

 そして、ユキとアリスは共に王妃を排する仲間として協力することになったのだ。


「そうだ、二人でいる時はユキって呼んでほしいな。私はシラユキとして生きていくことに決めたけど、本当の名前はユキだから」


 誰にも言えなかった本音をこぼすと、アリスは美しい笑みを見せて頷いた。


「それならば、私も本当のことを言わなければなりませんね。いいですか、ユキ、このことは他言無用でお願いします」


 他言無用とは一体なんのことか。瞬きをすると目の前にいたのは美しい娘ではなく、端正な顔をした青年が立っていた。


「……どちら様?」

「アリスだよ、ユキ。俺は本来の姿が見える魔法を使えるだけじゃなくて、認識齟齬の魔法も使えるんだ。ユキがユキでいるのなら、俺はただのエリスでいるよ」


 ユキは何が起きたのか分からなかった。本当のアリスは男(?)で、名前はエリスというそうだ。認識齟齬の魔法を使って侍女として潜入して、シラユキ付きの侍女になった。

 そう、侍女になったので着替えも手伝ってもらったのだ。

 つまり、際どい姿まで見られていたのだと気づき、ユキは枕を投げた。


「アンタ男だったのね!? 私の着替えを手伝ったりして、このスケベ男! スケベエリス!」

「仕方ないだろ!? 俺だって望んで着替えをしたわけじゃねえよ! ……あー、なんだ、その、男だと黙ってて悪かったよ」


 猫を被っていたのはユキだけではなかったらしい。あんなにしずしずとした美しい少女だと思っていたのに、中身は口の悪い青年だったのだ。この猫被りっぷりは大したものである。全く褒めてないが。


「……まあ、エリスにも事情があるし、許すよ。これからは自分で着替えるから、ドレスの着方を教えて。ところでエリスっていくつなの? 私は十五歳だよ」


 年頃の娘が着替えを手伝わされてあわやセクハラと弾級されてもおかしくないのに、ユキはエリスの事情を汲み取って許してくれたのが意外に思ったエリスは、この女とならうまくやれるかもしれないと密かに思った。


「俺は十七歳。この認識齟齬のおかげで両親と兄上と双子の妹しか本当のことを知らないんだ。アリスは妹の名前で、俺はアリスとして過ごしている。エリスは病に伏せって領地で静養しているということになっている」


 エリスは侯爵家の次男で、家を継ぐ兄がいるためある程度自由が利くエリスが家族を代表して、復讐の舞台に立ったのだという。

 艶のある黒髪に青い瞳は一際目を引く美しい青年だった。黒髪黒眼のユキも美しい娘であるので、二人が並べば可愛らしい恋人に見えたことだろう。

 だが、あくまでエリスは共闘仲間である。余計な感情は持たない方が身のためだ。


「頑張ろうね、エリス」

「ああ、絶対に勝とう」


 こうして同盟を組んだ二人は静かに闘志を燃やし、来たる日に備えて戦いの準備をすることにした。



「ここは白雪姫なる物語と似た世界で、狩人と七人の小人がシラユキ姫様を助けてくれるけど、王妃が老婆に扮し姫を殺しに来て、息絶えた姫に王子がキスをして蘇る。これで合ってる?」


 白雪姫の物語を覚えている限りでエリスに説明したユキは、理解の早い彼にこくんと頷いてみせた。

 エリスは納得いっていない顔をしていたが、そういう話なのだから仕方ないだろう。


「嘘をついているようには見えないし、本当のことだと信じる。そうなると、ユキは死ぬことになるのか? でも、シラユキ姫様はお亡くなりになられたらしいし、どうなるんだ……?」

「未来のことは分からないの。でも、シラユキ姫は私に生きてほしいと願ったから、きっと何とかなると思う」

「そんな他力本願でどうにかなるか?」

「シラユキ姫は願いが叶う魔法を使えるんだよ? だからここの世界に私がやってきたんだし、姫様の力はきっと無駄じゃないって信じてる」


 ユキが熱く語るとエリスは考えるような仕草を見せた。

 そして、軽く笑って見せると「確かにユキの言う通りだな、シラユキ姫様を信じよう」と明るく言ってくれたのが嬉しかった。


「その手鏡で狩人と小人を見たんだろう? どうやって協力してもらうんだ?」

「それを考えてたら王妃がやってきたの。私は姫だから自由に出かけられないし、エリスがどうにかできない?」

「……まあ、確かに俺の方が動く時間はあるが、俺が離れるとユキの命が狙われるリスクが高くなるだろう? そうなると、迂闊に動けない」


 エリスの言うことは尤もだ。体裁を気にする王妃は己の手を汚すことを嫌うだろう。だからこそ、一人の時間の時にシラユキは狙われたのだ。


「うーん、お父さんも守らなきゃいけないし、どうしよう……」


 二人でうんうん唸っていると、突然大きな音が部屋の外から聞こえた。ドンドン激しくノックをされ、エリスは魔法を使い一瞬でアリスの姿に変わり、「無礼ですよ! 一体何事ですか!」と訴えながら対応した。


 ユキはなんだか嫌な予感がした。残念なことに、そういう時に限って勘というものは当たってしまうのだ。


「シラユキ姫様、大変です! 陛下が倒れたとの連絡がありました!」


 血相を変えてユキに伝えにきたエリスは泣きそうな顔をしていた。

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