表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

帝国騎士の誇り

作者: 綴 詠士
掲載日:2026/01/29

 村人殺し。これが全ての始まりだった。


 ミリドは『敵』と相対する。細剣を持ち、白に赤い文様が刻まれた甲冑を着て、敵を見定める。


「ミリド! どうして裏切った!」


 大剣を構え、ゴランが叫んだ。

 

 ゴランは帝国騎士団の団長で、ミリドと同じ甲冑を着ている。

 

 そして今はその職務に則って、裏切り者を処刑する執行者だった。


 ミリドは細剣を大きく振る。


「裏切ったわけじゃない! 命令が受け入れられなかっただけだ!」


「命令拒否は帝国への罪だ! 長年帝国騎士として勤めてきたお前がこんなことをするとは、いくらお前でも庇えないぞ!」


 ゴランは大剣を構えながら首を振る。


 ミリドは目を細める。


「……そんなのどうでもいいだろ?」


「どういう意味だ?」


「あの命令に比べたらどうでもいいだろうって言ってるんだよ? なあ、団長ならわかるだろう?」


「……」


 ゴランは表情をこわばらせた。


「いつも団長は民を助けろって言ってるじゃないか。あの村人たちは違うのか? なんの罪もない、ただのいい人達だ」


 ミリドが言うたびに、ゴランの大剣が震える。


「あいつらはただ日々を必死に生きてるだけだ。シャーリーも村長も他の村人たちも」


「やめろ」


「団長。あんたは昔、俺を助けてくれたじゃないか。あの時みたいに皆を助けてくれ」


「……」


 ゴランの剣を持つ手が緩む。


「皆を助けて一緒に来いよ。あんたなら村人達とも上手くやれる」


 ミリドはゴランの目をじっと見て言った。


 ゴランは目をそらし、大剣を強く握りしめる。

 

「それは、受け入れられない」


「本心を語ってみろよ! 団長!」


 ゴランは何度も何度も首を振る。そして息を大きく吐くと、大剣を構え直す。目が据わり、顔から表情が消える。

 

「もう沢山だ。私は帝国騎士団の団長としての職務を遂行する。帝国騎士の誇りに懸けて、帝国の命令を完遂する! ここで裁きを受けろ罪人が!」

 

「分からず屋が!」

 

 誰もいない夜の平原で、二人は剣を振るい合う。


 ***


 その日。ミリドはとある村への駐在を命じられた。

 

「なんでこんなことを俺が。こんな辺鄙な村にどうしていかないといけないんだよ。都の警備とかの方が楽でいいんだが」

 

 ミリドが村の情報が書かれた書類を見る限り、その村はどこにでもある漁村だった。そして都からは遠く離れている。

 

 帝国騎士団の会議室でミリドは露骨に嫌そうな顔をしていた。

 

「どうやら、その村では禁じられた異教の神を祀っているようでな。帝国法に違反している可能性があるので、調査せよというのが命令だ」

 

 女性が言う。副団長のルネだ。

 

 この場には団長のゴラン、ルネ、ミリドの他、数人の騎士団員もいた。

 

 そして椅子に座ったゴランが言う。

 

「事実であれば由々しきことだ。ミリド。お前は人の心をつかむのが上手い。お前にならこの村の秘密を暴けるはずだ」

 

「いやいや、嫌だよこんな面倒なの。というか普段は俺がやる気がないだのなんだの言ってるじゃないか団長」

 

「やる気はないが、仕事はこなすだろう? 俺は騎士としてのお前は買っている。行ってこい」


 ゴランは真摯な目でミリドを見る。ミリドはバツが悪そうに口を開く。

 

「……仕方ないな。団長がそこまで言うのなら行ってくるとするか。任務を終えたら何か報酬が欲しいかもな。いつもの店で酒を奢ってくれよ」

 

「口が減らん奴だ。まあ、そのくらいは良いだろう」

 

 ゴランとミリドが笑い合うと、傍にいたルネが口を挟む。


「団長。彼にあまり甘くしないでください。あと深酒は団長の健康にも関わるので控えてほしいです。……ミリド。事実が確認出来たら、直ぐに報告しなさい。騎士団から政府に報告するわ」

 

 ミリドは「はいはい」と頷く。

 

「仮に異教の神を信仰していたら?」

 

「その場合は帝国法に則って裁定が下されることでしょう」

 

「なるほど」

 

 ミリドは書類をくず籠に捨てて、会議室を出た。


 ***


 そして村につきミリドは仲間の騎士たちと駐在生活を始めることになった。


 都から馬に乗り、はるばる1週間ほど。その果てにようやくその村、アローラ村に着いた。


 広々とした青い海の傍にポツンとある漁村だった。浜辺から離れたところに木で作られた家が10軒ほどまばらに建っている。


 海には1つだけ木の桟橋が掛けられていて、そこに小舟がいくつか括り付けられている。

 

「寂れた村だな。なんもねえ」


 ミリドは馬から降りると、仲間の騎士たちを置いて、村の家に向かう。


 すると、偶々女性がこちらを見ているところだった。


 若く、細身の身体の女性。銀髪で眼は宝石のような緑色。使い古された麻の服を着ている。


 彼女は近くに落ちていた木の棒を右手で拾い、ミリドと相対する。


「どちら様?」


「帝国騎士団のミリド・ロレンツという者だ。村長に会いに来た」


 淡々というミリドを彼女はじろじろ見て、ミリドが距離を詰めようとすると、その分後方に下がる。

 

「帝国騎士団? 本当なの? 盗賊じゃない証拠は?」


「……見て分からないのか?」


 ミリドは手で自分の鎧をコンコンと叩く。


「知らないわよ。帝国騎士なんて見たことないもの」


 彼女はミリドを睨む。ミリドはため息をつく。


「はあ、田舎だな。まあいい。とにかく村長に会いに来たんだ。村長なら帝国騎士は知ってるはずだ。案内してくれないか?」


「……」


 彼女はまだ木の棒を構えていたが、ミリドを促すように棒を振る。


「分かった。ついてきて」


「ありがとう。ちなみに名前は」


「……そんなもの聞いてどうするの?」


「俺が名前を言ったんだから、あんたも言わないと公平じゃないだろ?」


「シャーリーよ」


「じゃあシャーリー、案内を頼む」


 シャーリーは無言で歩き始める。ミリドは黙ってついていった。


 道中で他の村人とも会う。


「あらシャーリー。そっちの人は?」


「帝国騎士とかなんとか言ってる人。村長の家に連れてくとこよ」


「ふうん。……ところで体調は大丈夫? また力を使って倒れたって聞いたけど」


「大丈夫よ。ピンピンしてるでしょ」


「そうだけど、無理しないでね。皆が貴方を大切に思ってるんだから」

 

「あはは。ほら、行くから。じゃあね」


 そんな話をしつつもシャーリーは先導する。


 道を歩く。離れたところにひときわ大きな家がある。誰が見てもあれが村長の家だった。


 ミリドは村長の家を認識しつつも、さっきの村人の言葉について聞く。

 

「随分と慕われてるんだな」


「見た目を見ればわかるでしょう。女神そのものじゃない?」


 シャーリーは自分の顔を指さす。銀髪に緑の目。ミリドがどれだけ客観的に見ても美しいと思う容姿。


「確かに容姿は整ってるな。都でも目立つだろう」


「あらそう? 都の人も大したことないのね」


 村長の家に着くと、村長はミリドたちを直ぐに受け入れ、帝国騎士団がここに暫く駐在することを許可した。


 そしてミリドのアローラ村での駐在生活が始まった。


 ***


「つっても、こんな村でなにしろというんだよ。ったく」


 ミリドは浜辺に座り、海を見ながら呟く。


 駐在生活が始まって間もないが、殆どの村人達からは距離を置かれ、村で暇を潰す毎日だった。


「あー、都に戻りてえー。都の警備任務なら、屋台とか、店とか行き放題なのに!」


 そんなことをぶつぶつ呟いていた。


 浜辺の土を踏む音が聞こえてくる。ミリドは即座にそちらを見た。


 シャーリーが歩いてきていた。シャーリーは少し距離を開けて立ち止まる。

 

「こんな所で何してるの? 帝国騎士さん」


「ミリドだ。名前くらい覚えてくれ。何か用か?」


「別に? 偶々あなたがここにいるのを見かけたから、声をかけただけよ」


「なるほど、こんな村だ。やることなくて暇なんだろ?」


 ミリドが冷笑すると、シャーリーは眉をひそめる。


「その田舎を馬鹿にする癖やめた方がいいわよ。帝国騎士なんて仰々しい名前の癖に、中身は薄っぺらいのね」


「……」


 ミリドが黙ると、シャーリーはミリドを見下ろしながら口を開く。


「図星? まあいいけど。ところで、貴方たちは何しに来たわけ?」


「それはもう言っただろう。ここに一時的に駐在しにきただけだ。辺境の治安の維持のためにな」


「そのためにわざわざ都から?」


「何が言いたいんだよ。別に俺だってこんな村来たくねえよ。はー、もう都の外の仕事なんてまっぴらごめんだ」


 小さな石を拾い、ミリドは海に投げつける。


「ふーん。じゃあ帝国騎士さんは、来たくもないのに命令されてやって来たのね」


「そうだ。来たくもないのに辺境に来させられて、こうして村人に尋問受けてるわけだ、可哀想だろ?」


「可哀想ね。小間使いにその肩書きはもったいないわ」


「うるさいな」


 ミリドはシャーリーから目を離し、海を見る。


 海の遠くの方では小舟が浮いていた。そのうえで村人が漁をしている。


「シャーリーは漁はしないのか?」


「私? 無理よ。私は村のお荷物だし」


 そう言うと、シャーリーは右手で自分の左腕を指さす。


 左腕には力が入っておらず、体の動きに合わせて揺れるだけだ。


「……そうか、無神経なことを言ったな」

 

「生まれつきだからいいわよ。村の皆もよくしてくれるしね。時々もっと色々できれば村の為になるのにとは思うけど」


 シャーリーは少し俯くと、気を取り直したように言う。


「貴方はなんで帝国騎士なんてやってるの?」


「そんなこと聞いてどうするんだよ」


「いいじゃない、聞かせてよ。浜辺で座り込んでるわけだし、暇なんでしょ」


 ミリドはため息をつく。


「昔、帝国騎士に助けられたんだよ」


 ミリドは過去を思い返す。


 幼い頃、父が家族を引き連れて都に引っ越すことにしたこと。


 道中で盗賊に囲まれ、皆で涙したこと。


 そこに現れたゴラン率いる帝国騎士団が、直ぐに盗賊を討伐したこと。


「だから帝国騎士に憧れて、こうしてなってるわけさ。ま、いつも忙しいし、今じゃ着く仕事を間違えたって思ってるけどな」


「ふうん。その割に誇らしげだけどね」


 ***


 二人で語っていると、突然悲鳴が響いた。


「誰か! 助けて!」


 その声は海から聞こえてきた。


 ミリドとシャーリーが海を見ると、小舟に二人の漁師が乗っていて、小舟の周りに黒く獰猛な巨大魚達が口を開き、漁師たちを今にも食い殺そうとしているところだった。


「なんだあれは?」


「黒竜魚よ! あのままじゃ二人が殺されるわ!」


 唖然とするミリドをよそに、シャーリーが冷静に言う。


「助けないと!」


「助けるって言ってもどうやって!? 陸ならいくらでも行けるが、海は俺も無理だぞ!」


「舟で行くのよ! 来て!」


「あ、ああ!」


 駆けだすシャーリーの後をミリドが追う。


 シャーリーが桟橋にある小舟に飛び乗り、桟橋に括り付けてある船の縄を取る。


 ミリドが乗り込むと、シャーリーに櫂を渡される。


「漕いで!」


「やったことないぞ!」


「いいから! 帝国騎士なんでしょ! このままじゃ二人が死んじゃう!」


「分かったよ!」


 ミリドはとにかく必死に櫂を動かす。


 最初はゆっくりと、だが直ぐにミリドがコツをつかみ、小舟は見る見る早くなる。


 そして黒竜魚に囲まれる漁師たちの元に近づいていった。


「あの舟の横を抜けて!」


「黒竜魚はどうするんだ!?」


「考えがあるわ!」


 シャーリーは自分の服の袖をまくると、腰の小さな短刀を取り出す。そしてそれで自分の左腕を斬りつける。


「おい!」


「早く漕いで!」


 ミリドは言われるがまま漕ぐ。


 黒竜魚に囲まれる漁船の傍を駆け抜ける。


 その時シャーリーは腕から滴る血を水の中に垂らしていく。

 

 すると黒竜魚たちはその血の匂いに色めき立ち、直ぐに漁船から離れ、ミリドたちの小舟を追いかけていく。


「上手く釣れたわね」


 シャーリーは喜ぶ。


「いや、やったけどよ! 俺たちの方に来てるんだが!」


「それは大丈夫よ」


「何が大丈夫なんだ!?」


 ミリドが叫ぶ。


 するとシャーリーが腕を掲げる。血が舟に滴っていく。


「女神よ。私の血を捧げましょう。そして敵を打ち滅ぼしたまえ」


 そうシャーリーが呟いた。


 すると血が空に向かって垂れた。


 赤い血が空に昇っていく。ミリドが櫂を漕ぐのも忘れてその光景を見上げると、血は空中で大きな塊になった。


 赤黒い液体の塊は見るものに嫌悪感を覚えさせるものだった。海に鉄の臭いが漂う。

 

 血の塊から血の矢が飛び出していく。


 赤い血の矢は黒竜魚を正確に打ち抜く。黒竜魚の耳をつんざく悲鳴、その体にも何度も矢が刺さっていく。


 血の塊からは大量の矢が飛び出し、どんどん黒竜魚を撃ちぬいていった。


 ミリドは唖然として目の前で起きている現象から目が離せない。


 血の矢は全ての黒竜魚を撃ち殺す。そして海に静けさが戻った時には、海に黒竜魚達の死骸が浮かんでいた。


 海は赤黒く染まり、ゆっくりと波で揺れる。


 突然、シャーリーの身体が崩れ落ちた。体から力が抜け、小舟から落ちそうになる。


「おい! 大丈夫か!」


 ミリドはシャーリーを抱き寄せる。体は冷たく、彼女は荒い息を吐くだけで反応がない。腕からは血が止まらず、シャーリーの肌も青白くなってきていた。


 慌てて、ミリドは櫂を漕ぎ、陸に帰った。


 ミリドが駆け付けてきた村人たちに状況を伝えると、彼らは慣れた様子でシャーリーを連れて行った。


 ***


「本当にありがとうございます。何とお礼を言えばいいことか」


 村長の家で、ミリド達、帝国騎士団は村長や村人達から歓待を受けていた。


 テーブルには魚をふんだんに使った御馳走が並べられている。都の料理と比べると落ちるが、それでも手間暇が掛けられているのは誰もが分かっていた。


「いや、あれはシャーリーのお陰だ。俺は何もやってない。……ところでシャーリーはどこに?」


「あの子の家で寝かせておりますよ。女神の力を使ったのですから、明日まで起きないでしょう、いつものことです」


「……」


 ミリドは黙り込む。


「さあ、皆さま。お食べください」


 村長がそう言うと、騎士たちは食事を始める。


 賑やかな場だった。この村に来てから1週間ほどだが、帝国騎士がこの村でこんな歓待を受けたことはなかった。

 

 ミリドも料理を食べる。


 そうして時間が過ぎていった。


 そして食後、ミリドは村長に呼ばれて、村長の部屋に来ていた。


「何か話があるのか?」


 ミリドが単刀直入に聞くと、村長は深く頷く。


「あの子の力のことなのです」


「……まあ、そうだろうと思ったが」


「あの力については黙っておいてほしいのです。帝国が知れば厄介なことになりかねませんから」


 村長は懇願するように言った。


 ミリドは頬を掻く。そして目線を彷徨わせた末に聞く。


「シャーリーの力は何なんだ? さっきあんたは女神の力って言ってたが。女神とは?」

 

「……」


 沈黙。


 そして村長はコップに入った水を少し飲む。


「実はこの村では古い女神を祀っているのです」


「……」


 異教の神。その言葉がミリドの頭に響く。


「その女神は帝国には禁じられた神でして、もし帝国に知られればどうなることやら」


「いい扱いは受けないだろうな」


「ええ。ですから私たちは隠して信仰しておったのです。細々と静かに。どうせこんな村の古い信仰です。表に出さなければ帝国も何も言ってこないと思っておりました」


 そして村長は辛そうな顔をする。

  

「俺も村長の意見には同意だが。何か問題があったのか?」


「ええ、それがシャーリーです」


「……」


「あの子は女神の化身なのです」


 ミリドは海でのシャーリーを思い出す。

 

「女神の化身? それはあの力のことか?」


「ええ。おそらく見られたと思いますが。しかもシャーリーは女神の姿にそっくりです。だから問題でした」


「……」


「帝国は恐らくシャーリーのことを聞きつけたのでしょう。そして貴方達をここによこしました。違いますか?」


 村長は今までにないほどの鋭い目つきでミリドを見る。ミリドは気押されつつも口を開く。


「……俺たちは辺境の治安維持のためにここに来ただけだ。それ以上の命令は受け取ってない」


 ミリドがそう言うが、村長の目は緩まなかった。


「貴方がそういうのならいいでしょう。いいですか? シャーリーのことは何も言わないで、このまま任務が終わるまで黙っておいてください。それがこの村の為です」


「……考えておこう」


 ミリドは曖昧な返事をして、村長の部屋を出た。



 

***

 

「異教の神を信仰しているのは事実なのね?」

 

 ルネが言った。

 

 空に月が浮かぶ夜。ミリドは浜辺で青い石を持っていた。通信石だ。

 

「ああ。間違いなく信仰してる。とはいえ、それだけだけどな? 村の人たちは普通に過ごしてるし、問題行為も見当たらない。昔の神を忘れられないだけだ」

 

「重要なのは異教の神を信仰している事実よ。これは団長に報告します。じきに帝国にも伝わる事でしょう」


「……村に罰が下されることはないよな? 村の人たちは悪い奴らじゃない」


「あら、あんなに行くのを嫌がってたのに、辺境の村を気に入ったの?」


「そういうわけじゃないが。ともかく、罰を下すのはやめてくれ」


「それを判断するのは私達じゃなく、帝国よ」


 ルネは淡々という。


「ところで、あと一つ聞きたいことがあったの」


「なんだ? もう話は終わっただろ?」


 ミリドは魔法を解こうとしていた。


「その村に白い髪で、緑の目をした女はいなかった?」


「……」


「ミリド?」


「……」


「聞いてるの? もう一回聞くわね。その村に」


「そんな女いなかったよ」


 そう言うとミリドは魔法を解いた。通信石が壊れる。


「はあ」


 石の破片を地面に捨て、ミリドはため息をつく。


 任務を託されたときのゴランの顔が思い浮かぶ。


『やる気はないが、仕事はこなすだろう? 俺は騎士としてのお前は買っている。行ってこい』


「すまん。団長」


 暗い海に呟いた言葉が溶けていく。

 

 ***


 翌朝。ミリドはシャーリーの家に行った。


 家にはシャーリーしかおらず、彼女は椅子に座ってミリドを迎える。


 左腕は包帯でぐるぐる巻きになっていて、顔もどこか血の気が無い。とはいえ、その口は健在だ。

 

「あら、村の英雄じゃない。凱旋しに来たのかしら」


「英雄はシャーリーだろ。元気か?」


 ミリドは苦笑しつつも、シャーリーの左腕を見る。


「もう歩けるし、元気に決まってるでしょう。今は一休みしてただけよ」


 そう言いながらとミリドに椅子を勧める。ミリドはシャーリーの向かいの椅子に座った。


「大丈夫そうで安心した。シャーリーが倒れて、そのまま死ぬかと思って心配してたんだ」


「あんな怪我じゃ死なないわよ。帝国騎士を名乗るくせに随分心配性ね。もっと強い心を持っておかないとやってけないわよ」


「帝国騎士の何を知ってるんだよ」


 ミリドは腕を組みつつ聞く。


「そういえば村長に聞いたんだが。シャーリー、あんたは女神の化身なんだって?」


「……」


 シャーリーはぽかんとする。


「村長が言ってたの? 村人以外にはいうなって言ってたくせに」


「シャーリーも最初に会ったとき自分を女神とか言ってただろ」


「そんなもの本気にするとは思わないでしょ。それで、何? 私が女神の化身だから何だっての?」


「いや、ただ聞きたかっただけだ。女神の化身なんて言葉、この村にきて初めて聞いたからな」


「なるほどね。まあ、村人がそんなこと言ってるだけよ。私は言い伝えにある女神の容姿と力を持ってる。それだけ」


「なるほどな」

 

 少しの間二人で話し、ミリドは家を出た。


 ***


 後日。命令が下された。

 

「村人を殺せ? それが命令なのか?」


「ああ、そうだ」

 

 ゴランは重々しく言う。

 

 ミリドは村から少し離れて通信石を使い、ゴランと会話していた。


 村人達が遠くで魚を干したり釣りをしているのを見て、ミリドは今ほど都に帰りたいと思ったことはなかった。

 

「なんで?」

 

「帝国法では異教の神の信仰は堅く禁じられている」

 

「そういう話じゃない! 村人達は何もやってないぞ? 殺すのはやりすぎだろ」

 

「だがそれが命令だ。……もう決まったのだ」

 

「いや、おかしい。なんで極端な話になってるんだ?」

 

 ミリドは手を動かしながら聞く。

 

「その女神はかつて帝国を滅ぼしかけた神だ。その信者が生き残ってるだけじゃなく、女神の化身もいるのは見過ごせない」

 

「……」


 つばを飲み込む音が響く。

 

「女神の化身?」


「お前たちの部隊の騎士から報告が来ている。お前はルネに『そんな女いない』と言ったらしいがな」


「だけど」

 

「ミリド。帝国の為に任務を遂行しろ。それが帝国騎士だろう?」

 

 その言葉がミリドの頭に響く。ミリドは村の方を見てしまう。


 ゴランのため息が聞こえる。

 

「お前の気持ちはよく分かる。だが時には私情を排さないといけない時もある。分かったな?」

 

「……」


「頼んだぞ」

 

 魔法石が砕け、ゴランの声は聞こえなくなる。

 

「くそ」

 

 ミリドは壁を叩く。

 

「ただの任務じゃなかったのかよ。そんな命令、帝国騎士に相応しくないだろ……」


 ***


 数日後。


「命令は既に下されたわ。まだ何もやってないの?」

 

 ルネはそう言った。

 

「ああ。あんな酷い命令だ。遂行するのには心の準備がいる」

 

「……はあ、だから感情移入するなって言ったのに」

 

「だけどあの命令はおかしいだろう。どうして殺すまでいかないといけないんだ? 信仰を改めさせるじゃダメなのか?」

 

「ダメよ」

 

「どうして!」


「それが帝国の命令だからよ。団長は貴方が任務をこなすのを待っているわ。モタモタしないでくれない?」


 ルネの声が刺々しい。


「そんなに急かさないでくれ、団長なら俺が望むまで待ってくれるはずだ」


「私は団長みたいに甘くない。副団長として言うわ。今すぐ任務を遂行しなさい」


 冷徹な言葉に、ミリドは通信石を投げたくなるのを抑える。

 

「なにをそんなに急いでるんだよ。煙草でも吸ってきたらどうなんだ? 眉間から皺が取れなくなるぞ」


 ミリドが聞くと、ルネは歯噛みする。 


「黙りなさい。……貴方がモタモタするから団長の意思が疑われてるのよ。昨日なんて大臣に『帝国騎士団の団長は異教徒なのか?』なんて言われたわ」


「なるほど。それで団長を敬愛するあんたはイライラしてると」


「黙れ。貴方はただの騎士。拒否権はないのだから、職務を遂行しなさい」


 一方的にルネが言うと、魔法石が砕ける。


「怖い怖い」


 ミリドは破片を踏みつぶす。

 

 すると離れた所で話していた騎士たちがミリドに声をかけた。

 

「おーい、ミリド。どうだった?」

 

「副団長は説得できたの?」

 

 その二人の声を聴き、ミリドは顔を曇らせる。

 

「いや、無理だった。副団長は任務を遂行しろと」

 

「そっか。やっぱり」

 

 女騎士がため息をつく。

 

 そしてミリドは言う。

 

「……俺、考えてることがあるんだが」

 

「何?」

 

「この村の人たちと一緒に、逃げないか?」

 

「逃げる?」

 

「ああ。この村の人たちは殺したくない。なら逃げるのがいい」

 

「でもどこに」

 

「山を二つ超えた先にある王国に逃げよう。あそこならこの村と同じ女神を信仰してるし、村人たちも受け入れてくれるはずだ」

 

「それ、本気で言ってるの?」

 

「ああ、勿論本気だ」

 

「……」

 

 そして騎士たちは話し合った。

 

 その結果、結論が出た。


 ***


「王国に逃げるって本気?」


 村長の家でシャーリーが腕を組む。


 この大きな家に村長を始め村人全員と帝国騎士たちが集まり、話し合いを行っていた。


 ミリドは深く頷く。

 

「帝国は村人を全員殺すように、俺たち帝国騎士に命令した」


 その言葉を聞いて、村人たちからざわめきが広がる。


「私たちが何かやったの!?」

 

「帝国は残酷だ! 俺たちのことはなんも考えてねえ!」


「あんた達帝国騎士が何か伝えたんじゃないのか?」


 騒ぎ出す村人たちをシャーリーが手で制す。


 村人たちは口を閉じ、シャーリーとミリドを見る。 


 そしてシャーリーが鋭い目線でミリドを刺す。


「なんでそんなことになってるのか。説明が欲しいわね」


 ミリドは苦々しい表情をすると、村人たちを見渡す。

 

「実はな俺たちはこの村で異教の神を信仰しているという噂があり、その調査のために来たんだ」


 その言葉に、村人たちが息をのむ。


 村長が一歩出る。


「やはり治安の為というのは嘘だったのですね?」


「ああ。すまない。極秘だったからホラ吹いた」


「つまり、シャーリーのことも帝国に伝えたと?」


「……帝国にそのことは報告されている」


 村人たちがミリドを指さす。


「じゃああんた達のせいじゃないか!」


「お前らのせいで、あたしたちが死ぬんだ! あんたたちに御馳走なんて振る舞うんじゃなかった!」


「死神が!」


「……」


 ミリドは耳を抑えたくなるのを必死にこらえる。シャーリーがパンパンと手を叩く。

 

「皆やめて。ここで帝国騎士たちを責めても何も変わらないわ」


「だけどシャーリー!」


「ちょっと頭を冷やしなさい。私たちに逃げろという事は。ここに追手が向かってるのよね?」


 シャーリーはミリドの目を覗き込む。


「ああ。そうだ。だから早く王国に逃げるんだ」


「……」


 村人たちは黙り込む。村長が口を開いた。


「私たちはただの漁民。王国に行ったところで何ができるのでしょう。例え王国に着いたところで頼れるものもない我らは飢え死にするだけです」


 その言葉に村人たちが頷く。


 ミリドは黙ってしまう。だけどシャーリーは違った。


「なら私がなんとかするわ」


「シャーリーが?」


 ミリドは目を丸くする。


「ええ、私は女神の化身なのよ? 王国も女神を信仰してる。なら私を貢ぎ物にして、その代わりに皆の安全を確保する。完璧な解決策じゃない?」


「どこがだ。村人はともかくあんたは一生自由を失うかもしれないぞ」


「構わないわよ。元々私は村のお荷物。こういう時に役立つべきよ」


「でも」


「貴方は心配性なのよ。今死ぬかもしれない事に比べたらそんなのどうでもいいでしょ。ほら、皆はどうなの?」


 シャーリーが村人たちの顔を見渡す。村人たちは辛そうな表情を浮かべ、黙り込む。


「異論無いみたいね。善は急げよ。行きましょう」


 ***


「皆急げ! モタモタしてると命まで置いていくことになるぞ!」

 

 ミリドが叫ぶ。

 

 道を村人たちがぞろぞろ歩いていた。シャーリーもその中の一人だ。

 

 騎士たちは馬に乗り、村人たちの周囲を警備し、村人たちを先導する。

 

 そのようにして山越えが始まっていた。

 

 当然ながらゴランやルネには何も伝わっていない。

 

 だけど、早く進んだ方がいいのは確かだった。

 

 そしてそうしていると。夜。

 

 平原についた時。

 

 声が響く。

 

「追手だ!! あの鎧は帝国騎士団だ!」

 

「くそ、こんな時くらい仕事サボっててくれてもいいだろ」

 

 ミリドは毒づくと叫ぶ。

 

「全員直ぐに移動! 道を進め!」

 

 村人たちは混乱しつつ、我先に駆けていく。


 だがシャーリーはミリドの傍にやってきた。ミリドは思わず叫ぶ。


「おい! 早く行け! 死ぬぞ!」


「誰に言ってるのよ。私なら戦えるわ」


「それはそうだが、まだ本調子じゃないだろ……」


 二人の会話を帝国騎士団は待ってくれない。


 騎士たちを連れ、ゴランがやってきた。

 

「お前たち! 何をしている!」

 

 ゴランが叫ぶ。その傍にはルネがいる。

 

 ミリドは先頭に出る。


「団長。行かせてくれ」


「ミリド、お前……」


 ゴランの眉が曇る。


「見逃してくれ。俺たちは王国に逃げるだけだ。あそこならあんた達も来れないし、異教徒は帝国から出ていく。問題ないだろ?」


 ミリドはゴランから目を離さない。


「だがそれでは命令に背く」


「これが最善だろ? 異教徒は逃げ出しましたって報告しとけばいい。そうすれば馬鹿な大臣たちもこれ以上何も言えないだろ」


「……」


 ゴランは額に手を当てて考える。


「なあ、いいだろ?」


 だがルネが遮った。


「待ちなさいミリド」


「……なんだ副団長」


「私たちはそこの女神の化身の生け捕り、もしくは死体を持ち帰るように言われている。それはどうするのかしら?」


「なんだその命令。どうせ帝国から出ていくんだからいいだろ?」


「だめよ。団長の評価に関わるわ」


 ルネは冷徹に言う。

 

「団長。裏切り者たちも含め処刑しましょう」

 

「ルネ……。それは」

 

「私たちは命令を遂行するのが仕事。私情に流されてはなりません」

 

「それはそうかもしれんが」

 

「団長。行きますよ」

 

 ルネは叫ぶ。

 

「全員この裏切り者たちを処刑しろ! 村人も含め、全員を処刑だ!」

 

 その言葉に騎士たちは戸惑い、団長の様子を見る。

 

 だがルネは気にしない。

 

「裏切り者には死が待っている。そうですよね? 団長。私が尊敬する団長は、何があろうと職務を遂行するはずです」

 

「……。そうだな」

 

 ゴランは頷くと叫んだ。

 

「全員突撃!」

 

 そして争いが始まった。


 ***

 

 夜の平原。

 

 ミリドとゴランが斬り合っている。

 

 シャーリーや村人、ミリドの仲間の騎士たちは既に王国に向かった。

 

 ルネや帝国騎士団は彼らを追っている。

 

 ここには二人がいるのみだった。

 

 そして大剣がミリドの肩を貫いた。

 

「……団長」

 

 ミリドは憐みの目をゴランに向け、そのまま崩れ落ちた。

 

「はあ、はあ」

 

 ゴランは荒い息を吐く。

 

「これで終わった。裏切り者は死んだ」

 

 自分に言い聞かせるようにゴランは呟いた。

 

「ああ、だけどいつまでこのようなことを続ければよいのだ」

 

 ゴランの言葉は夜の風に吹かれ、消えていく。





他の掌編、短編は作者ページへ。気に入ったらブクマ/評価をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ