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第二十四話

同じ日の夜。

福岡。

梨央の部屋には蛍光灯の冷たい光が漂っている。

机の上のスマホが静かに震えた。

梨央の指先が止まる。

画面がパッと光る。

『涼真』

名前が表示される。

梨央は恐る恐るメッセージを開いた。


『今週末、福岡に行く。俺と会ってくれ』


時間が止まったようだった。

梨央の喉がきゅっと締めつけられる。

「週末……涼真が会いに来る?」

声にならない囁き。

胸の奥がどくどくと波打つ。

それは嬉しさではなかった。

恐怖。

鼓動が速くなる。

手のひらが汗でじっとりと濡れていく。

スマホを持つ手が小刻みに震えた。

(ごめん……涼真……)

心の中で謝る。

声には出せない。

その瞬間、背後でふっと空気が揺れた。

イマジナリー涼真が静かに姿を現す。

その微笑みは、いつもと同じはずなのに、どこか影が差して見えた。

「どうしたの?」

梨央は思わずスマホを持つ手を隠すようにして答える。

「……涼真が…週末こっちに来るって」

一瞬、空気が凍りつく。

部屋の温度が、二度ほど下がった気がした。

イマジナリー涼真の目がわずかに細められた。

「……そう」

声が低い。

梨央は思わず目を伏せた。

「会わなきゃ…いけないよね」

イマジナリー涼真の表情が静かに変わっていく。

柔らかな笑顔の裏に硬い何かが見えた。

「会いたいの?」

「それは……」

「俺がいれば十分じゃない?」

その言葉にはかすかな棘があった。

梨央の指がスマホを握りしめる。

「でも…その涼真は本物で……」

その瞬間、イマジナリー涼真の表情が凍りついた。

眉がぴくりと動く。

空気が一瞬で冷え込む。

「本物? 俺は偽物だって言うの?」

「そうじゃなくて!」

思わず声がうわずる。

涼真の目がゆっくりと梨央を射抜く。

その瞳には、怒りとも悲しみともつかない色が浮かんでいた。

「梨央が作ったんだよ、俺は。梨央の心の中から出てきたんだよ」

沈黙が梨央の部屋を覆う。

「だから…俺が本物じゃないなんて…言わないで」

梨央は言葉を失う。

喉の奥から何かがせり上がってくる。

声にならないなにか。

イマジナリー涼真の視線が、重たく肌に突き刺さる。

(助けて……)

叫びたいのに唇が動かない。

イマジナリー涼真が微笑んだ。

でもその笑みはもう優しさとは違っていた。

どこか壊れたガラスのように危うく、冷たい笑み。

梨央の胸に確かな恐怖が広がっていく。

彼が怒っているとはじめて感じた。


その夜、梨央は眠れなかった。

部屋の隅に立つ涼真の影が、朝まで消えることはなかった。


***


次の朝。

カーテンは閉じられたまま。

部屋の空気は夜と変わらず重たいまま。

梨央はベッドの上でスマホを握りしめていた。

画面には同じ名前がいくつも並ぶ。


『返事待ってる』

既読

『会ってくれ』

既読

『会いに行く』

既読


時間の違うメッセージが、止まらない。

それらを、梨央は全部既読にしたまま、何も返さなかった。

「既読」の文字がまるで梨央を責めているように見えた。

指は何度も返信ボタンの上まで動いた。

だが、そのたびに背後から声がした。

「返信しなくていいよ」

イマジナリー涼真。

彼はいつものように梨央のすぐ隣に座っている。

笑っている…が、その笑みは少しだけ冷たかった。

「でも……」

「俺だけ見てればいいって言ったでしょ?」

梨央は言葉を飲み込む。

喉の奥で言いかけた声が溶けるように消える。

「リアルの俺なんてもう必要ない」

梨央はスマホを握りしめる。

その手は震えていた。

「そんなこと……」

言おうとしても言えない。

涼真の視線があまりに静かで、あまりに深くて。

目を逸らした瞬間、何かを失ってしまいそうで。

(ごめん……涼真……)

心の中で謝る。


梨央は黙ったまま、画面を伏せた。

スマホの光が消える。

その瞬間、部屋の中の空気がまたひとつ重く沈んだ。

イマジナリー涼真は満足そうに微笑む。

「そう。それでいいんだよ」

彼の声がやけに優しく響く。

梨央はゆっくりと目を閉じた。

もう誰の声も届かない場所にいた。

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