表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/30

第二十二話

梨央のアパートの廊下。

莉香はエレベーターのボタンをそっと押した。

その指はまだ震えている。

(りお……)

涙が、また溢れる。

目の前がぼやける。

急いで(そで)で拭う。

エレベーターが来る音を聞き、俯いたまま乗り込む。

ドアが閉まった瞬間、莉香はスマホを取り出した。

画面には、涼真とのトーク履歴。

莉香は指を動かす。

「涼真くん、りおに会ってきた。 やっぱり様子がおかしい。本当に深刻なことが起きてる気がする。すぐ連絡ほしい」

送信。

莉香は目を閉じる。

(絶対に諦めない。必ず助けるからね)

エレベーターが、ゆっくりと降りていく。

数字が減っていく。

5、4、3、2、1。

莉香は小さく呟いた。

「待ってて、りお」


***


ドアの閉まる音が、まだ耳に残っていた。

その余韻が消えるまで、梨央は動けなかった。

静かな部屋。

冷えた空気。

誰もいない。

—―はずなのに。

「……よく頑張ったね」

背後から聞き慣れた声。

目の前にはイマジナリー涼真が立っていた。

まるで最初からそこにいたかのように自然に。

梨央は唇をかすかに動かした。

「…………」

涼真は穏やかに微笑む。

「莉香、余計なこと言うよね」

梨央はゆっくり首を振った。

「余計じゃない……」

「え?」

「莉香は、私のこと……心配してくれてる」

その言葉に涼真の笑みがわずかに歪んだ。

「でも俺のこと探り入れてきたじゃないか」

「そうじゃなくて……」

「俺がいなくなったら、梨央は一人だよ」

静かな声。

やさしくて、でも逃げられない。

梨央の指先が小刻みに震えた。

「…………」

涼真は一歩近づく。

「いいの?それで」

その瞬間、梨央の目から涙が零れた。

「……やだ。一人は……嫌…」

涼真がそっと両腕を広げる。

その動きはまるで夢の中のように滑らかだった。

「大丈夫。俺はずっとここにいる」

梨央は泣きながら涼真にしがみつく。

その胸の感触は現実のように温かい。

「お願い……離れないで……」

「離れないよ。約束」

涼真の声が穏やかに響いた。

お互いの唇がそっと重なったその瞬間、梨央の涙が止まった。

まるで心のすべてを預けたように。


***


涼真の腕の中で、梨央は目を閉じる。

温かい。

安心する。

でも——

胸の奥には小さな痛みがあった。

(莉香……ごめんね)

その言葉は声にならない。

涼真の腕が少しだけ強くなる。

「俺がいれば大丈夫」

その囁きに梨央の意識が溶けていく。

(……大丈夫、だよね)

自分に言い聞かせる。

窓の外では夕陽がゆっくりと沈んでいく。

部屋の中の光が少しずつ赤く染まり、二人の影が重なって、ひとつになった。

その影のうち、どちらが本物なのかはもう誰にもわからなかった。


***


【東京】

涼真のアパート。

デスクの上には設計図が広げられている。

コーヒーを飲み、ため息をついたその時、スマホが震えた。

莉香からのメッセージだ。

涼真は画面を見つめた。

(梨央……)

彼女の笑顔が浮かぶ。

電話での冷たい声が蘇る。

「電波が悪い」

あれは嘘だったにだ。

涼真は立ち上がり、虚空(こくう)を見つめた。

「今週末、福岡に行く」

スマホを開き、飛行機のチケットを検索する。

週末までそれまで梨央は大丈夫だろうか。

涼真は莉香に返信する。

「わかった。週末に行く。それまで梨央を頼む」


窓の外には東京の夜景が広がっている。

だが、涼真の心はすでに遠く離れた福岡にあった。

「待っててくれ、梨央」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ