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第二十一話

その瞬間、梨央の背筋が凍った。

喉が詰まり呼吸が浅くなる。

視界の端でイマジナリー涼真が動いた。

梨央のすぐ背後に立ち、その手をそっと彼女の肩に置く。

「言っちゃダメだよ」

低く、やさしい声。

でも、その優しさの奥に、冷たいものが混じっている。

梨央は頭の中が真っ白になった。

莉香の顔が遠ざかる。

(どうすれば……どうすればいいの……?)

「りお?」

莉香の声。

梨央の唇が震える。

「……なんでそんなこと言うの」

「え?」

「そんなわけないじゃん」

その声は小さくかすれていた。

莉香がゆっくり目を伏せる。

「りお……」

その瞳に涙が(にじ)む。

「そうだよね…私が悪かった…」

「涼真以外に好きな人なんていないよ」

嘘をついているわけじゃないのに、胸が苦しくなる。


莉香はすぐには口を開かなかった。

視線を落とし、膝の上で指を絡める。

ほどいて、また絡めて。

何かを言えば、もう戻れなくなると知っているみたいに。


「……りお」

呼ばれただけで、胸がきゅっと縮む。

「私ね」

莉香はぼそっと一言つぶやくと、言葉が止めた。

その後、小さく息を吸ってまた続けた。


「正直…怖いんだ」

視線が梨央に向く。

その目には責める色はなく、ただ不安だけがあった。

「りおが……遠くに行っちゃいそうで」

部屋の時計が、やけに大きく鳴る。

「一人で抱えなくていいんだよ」

声は低く、慎重で、壊れ物に触れるみたいだった。

「誰かに話すだけでも……少し、違うから」

「…うん。ありがと」

また、間が空く。

その間に言葉を飲み込んでいるのがわかる。


「……ねえ」

ほとんど祈るような声。

「一回だけでいいから」

唇がかすかに震えた。

「……病院、行ってみない?」


梨央の時間が止まった。

「……え?」

「お願い。心配なの」

「病院って……」

梨央の声が震える。

「心療内科とか…そういうところ」

梨央の指がぎゅっと膝の上で握られる。

胸の奥がぐらりと揺れた。

背後でイマジナリー涼真がゆっくりと笑う。

「ひどいね。親友が君をおかしいって言ってるよ」

その声が梨央の心に深く刺さった。


窓の外では昼の光が淡く揺れているのに、部屋の中だけが冷えている。

梨央がゆっくりと顔を上げた。

「……私、病気じゃない」

瞳は涙で濡れていた。

莉香が小さく息を呑む。

「そうじゃなくて、私は——」

「大丈夫だから!」

梨央の声が大きく弾けた。

その響きが部屋の壁にぶつかって跳ね返る。

莉香は言葉を失った。

梨央は(うつむ)いたまま、必死に声を絞り出す。

「莉香は……心配しすぎ。私、本当に大丈夫だから」

「でも——」

「もう帰って」

「りお……」

「帰ってって言ってるの!」

声が震える。

怒りでも悲しみでもなく、ただ限界のように。

莉香の目に涙が浮かぶ。

それでも彼女はただ頷いた。

「……わかった」

ゆっくり立ち上がる。

バッグを握る手が小刻みに震えている。

「でもね、りお。いつでも連絡して。待ってるから」

梨央は何も言えなかった。

唇が動きかけて、止まる。


莉香は静かにドアに向かった。

足音がやけに遠く感じた。

ドアノブを握る手が止まり、莉香は小さく振り返った。

梨央は俯いたまま、顔を上げない。

莉香の目にひとすじ涙が落ちた。


ドアが閉まる。

その瞬間、部屋の中の時間が止まったようだった。

梨央の耳の奥でイマジナリー涼真の声が囁く。

「よかったね。もう邪魔する人はいない」

梨央の肩が小さく震える。

涙がこぼれても、誰も拭ってくれなかった。


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