第十八話
夜。
静まり返った部屋に、スマホの着信音が響いた。
梨央はベッドの上で体を起こし、画面を見つめる。
〈涼真〉
ビデオ通話のアイコンが、青く点滅していた。
鼓動が速くなる。
リアル涼真—―
もう何週間も顔を見ていない。
久しぶりに彼の名前を見ただけで、胸がざわついた。
指が画面に触れかけた瞬間。
「出なくていいよ」
鼓膜に声が届く。
顔を上げると、リビングの暗がりから、もう一人の涼真が姿を現した。
イマジナリーな彼は、いつもより静かな目をしている。
「……でも出ないと。涼真心配してるかも」
「俺がいれば十分でしょ?」
「そういうことじゃなくて…」
「じゃあ、出て何を話すの?」
息を呑む。
「話してみて向こうの俺と比べる?やっぱりリアルのほうがいいなって」
「違う!そういうつもりじゃ…」
彼は近づいてスマホをそっと取り上げた。
画面の光が彼の顔に淡く映る。
着信音が止まる。
心臓の鼓動だけが、部屋に響いた。
手の中には暗くなったスマホ。
そのすぐ後に通知音が鳴る。
画面を見る。
〈涼真:忙しかった?また後でかけ直す〉
視界が滲んだ。
(どうして出なかったんだろう……)
胸の奥がひどく重たい。
再びスマホが再び鳴った。
リアルな涼真からだ。
画面を見つめる。
今度は出なきゃ…。
震える指で画面をタップする。
「もしもし?」
「梨央…!よかった、繋がった」
涼真の声。
疲れているけど嬉しそう。
「ごめん、さっきは出られなくて…」
「気にしないで。ちょっと顔見ながら話そう」
画面に涼真の顔が映る。
少し痩せた気がする。
目の下にはかすかに隈が。
久しぶりに見る、本物の涼真。
「元気?」
「うん…元気だよ…」
続きの言葉が出てこない。
涼真が少し目を伏せる。
「ねえ、梨央」
「ん?」
「俺のこと…まだ好き?」
心臓が止まる。
その瞬間、画面の横にイマジナリー涼真が現れた。
「適当に答えて」
耳元で囁く『涼真』の声に梨央は混乱した。
二人の涼真。
どちらを見ればいいの?
画面の中のリアル涼真が、心配そうにこちらを見ている。
隣のイマジナリー涼真が、冷たい目で梨央を見ている。
「梨央?聞こえてる?」
リアル涼真の声。
「ほら、早く!」
イマジナリー涼真の声。
「あ、ごめん!電波悪い!」
「え?」
「ごめん、また今度!」
通話を切る。
画面が暗くなる。
リアル涼真はきっと画面の向こうで呆然としているはず。
梨央がスマホを落とした。
手が震えている。
「……やばい」
イマジナリー涼真が微笑む。
「大丈夫。俺がいるから」
でも、その笑顔が今までで一番、冷たく見えた。
イマジナリー涼真がそっと抱きしめる。
その声はあたたかくて、完璧だ。
それなのにその存在が今は遠く感じる。
「……うん」
その返事は、自分でも聞き取れないほど小さかった。
イマジナリー涼真は微笑んで、梨央の髪を撫でる。
「ほら、もう忘れよう。今夜は俺だけを見て」
梨央はうなずいた。
だが、心のどこかで別の声が微かに響いていた。
俺のこと…まだ好き?
スマホの画面に残る涼真の言葉が、暗闇の中でぼんやりと光っていた。
まるで現実がまだそこにあることを、静かに訴えているように。




